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魔法のコトバ* Season2 初恋-5-
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「蒼吾!行くぞ〜!!」
終わりの会が終わって、隣のクラスの男子が廊下から顔を出した。
「今行く!!」
蒼吾くんは一度教室の外を振り返って、慌しくランドセルに荷物を詰め込む。
乱暴に詰め込まれた教科書の端が折れても全然気になんかならない。
「あ、園田」
思い出したように蒼吾くんが振り返った。
「明日も算数の宿題、よろしくな!」
ランドセルを肩にかけながら蒼吾くんがにっと笑う。
「いいよ」
「じゃ、またな」
「うん。バイバイ」
蒼吾くんは手を上げると、誘いに来た隣のクラスの友達と部活に行ってしまった。
こういうやりとりも、今日で最後になちゃうのかな。
席替えしちゃうと、もうこんな風に話せなくなっちゃう。
背中を見送りながら、思わず涙ぐみそうになるのをぐっと堪えた。
黒板に大きく書かれた『席替え』の赤い文字がすごく憎らしい。
帰って宿題をやろう。
蒼吾くんにノートを見せてあげられるのは、明日できっと最後だ。
席が離れたら蒼吾くんはきっと、新しく隣になった子に宿題を見せてもらう。
もう私のノートは必要なくなる。
だから今日は、しっかり宿題をやっておこう。
きれいに書いて、念入りに答え合わせもしとかなきゃ。
そう思うといてもたってもいられなくなって、急いでランドセルに教科書やノートをしまった。
私がぼんやりしている間に、クラスメイトのほとんどが教室からいなくなった。
急がなきゃ。
ふと。
机に影が落ちて私は顔を上げた。
見上げると女の子が3人、机の前に立っているのが視界に映る。
…なに?
「ねぇ」
ひとりが口を開いた。
いつも髪の毛をふたつに結った気の強そうな女の子。
確か水野さん、だっけ?
去年も蒼吾くんと同じクラスで、始業式の日に一緒に座ろうって誘ってた女の子。
メゾピアノの派手な水色パーカーに膝上のデニムのミニスカート。
短いスカートから覗く足を大きく開けて私を睨みつけるように立ってた。
「ねぇ!」
水野さんはもう一度、強く私に言った。
「園田さんって蒼吾くんの事、好きなの?」
水野さんの言葉に私は大きく目を見開いた。
どうしてそんな事、私に聞くの?
訳が分からず水野さんを見上げた。
すごく怖い顔で睨みつけるように私を見てる。
どうして怒ってるの?
私、何か気に触ることしたかな?
鈍感な私は水野さんの質問の意図が見えず、口をぽかんとあけて顔を上げた。
きっとすごく間抜けな顔してる。
そんな私に痺れをきらして、
「蒼吾くんの事が好きなのかって聞いてるの!」
水野さんはもう一度聞いた。
蒼吾くんを好き?
私が?
好きだけど…。
何でそれを水野さんが聞くの?言わなきゃいけないの?
「ねぇ。質問わかってる?日本語分かる?に・ほ・ん・ご!!」
そう言って水野さんはずいっと私に顔を近づけた。
少し吊りあがった切れ長な細い目が私をギロリと睨みつける。
怖い。
私は思わず体を縮こまらせた。
横にいてそのやり取りを聞いていたふたりがクスクスと笑う。
木村さんと中村さん。
確かそんな名前だったと思う。
ほとんど話したことがないからうろ覚え。
「園田さんって言葉、わかんないんじゃないの?」
「日本人じゃないんでしょ? 英語で話してあげたほうがいいんじゃない〜?」
嬉しそうに顔を見合わせて、馬鹿にしたように笑う。
「日本人じゃないって……何?」
「園田さんって外国の血が混じってるんでしょ? だから目とか髪の色が薄いって聞いたの」
「ひとりだけ茶色くて変なの!」
「…確かに外国の血は混じってるけど…私、ちゃんと日本人だよ?」
「じゃあ何で髪がこんなに茶色いのよ! 校則違反じゃない!!」
水野さんが私の髪をグイッと引っ張った。
「痛いっ!!」
無理やり引っぱられて、私は机にうつ伏しそうになるのをかろうじて両手で踏ん張った。
どうして?
何で私が、こんなことされなきゃいけないの?
そんなの誰にも迷惑かけてないし、水野さんたちには関係ないじゃない。
「こんな変な髪で、蒼吾くんに近づかないでよ!」
水野さんが私の髪を握りしめたまま強くそう言った。
「隣の席だからって調子に乗らないで!」
「調子に乗ってなんか…」
「蒼吾くんがこのままの席でいいって言ったのは、あんたが隣だと文句言わずに宿題みせてくれるからよ! 園田さん真面目だしね」
ああ、そっか。
水野さんは蒼吾くんが好きなんだ。
鈍感な私はその言葉でやっと気がついた。
だからさっきの終わりの会で「席替えしなくていい」発言をした蒼吾くんに腹を立てて、私に焼きもちやいてるんだ。
別に蒼吾くんとは隣の席ってだけで、なんでもないのに…。
「ちょっと仲良くしてもらってるからって調子に乗らないで! 蒼吾くんに近づかないで!」
「園田さんみたいにとろくて見た目の変わってる子、蒼吾くんは迷惑なんだって!!!」
迷惑って───。
それ、蒼吾くんが言ったの?
「あんたみたいな鈍くさい子、迷惑なだけなの! 友達がいなくて同情してるだけなんだから!!」
迷惑?同情??
それも、蒼吾くんが言ってたの?
「あんたなんて宿題を見せてもらうだけの都合のいい存在! ただそれだけなんだから!!」
「席替えしたら、もう蒼吾くんに近づかないでよ!!」
「行こ!!」
3人は言いたいことだけ言っちゃって捨て台詞を残して帰っていった。
始業式の日に蒼吾くんの隣の席をゆずってもらえなかった事や、今日の蒼吾くんの発言に根を持ってる。
そういうのはお門違いって言うんだよ?
やだな、こうゆうの…。
迷惑とか、友達が少ないからかわいそうとか。
ほんとに蒼吾くんが言ったのかな。
宿題見せてもらうだけの都合のいい存在って、ほんとに思ってるのかな。
ふと視線を感じて顔を上げると、さっきまでの私達のやり取りを見ていたクラスメイト達が、私と目が合うと逃げるように教室から出て行った。
ぽつんと広い教室に私だけが残される。
「…痛いなぁ、もう……」
そっと引っ張られた髪を手で直すと、切れた髪の毛が数本、パラパラと机に落ちた。
随分強く引っ張られたみたい。
やだな、お腹も痛いよ。
気がついたらポロポロと涙が溢れて頬を伝ってた。
痛くて、悲しくて、悔しくて。
何も言い返せなかった弱い自分が情けなくて。
私は広い夕暮れの教室で声を押し殺すように泣いた。
こんなの今日が最初で最後だよ。
そう、自分に言い聞かせて。
でも。
これが全ての幕開けだなんて、この時は思いもしなかった。
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