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魔法のコトバ*  Season4 放課後-10-
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魔法のコトバ* Season4 放課後-10-

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「ちょっと寄って行こうか?」
画材屋さんで買い物を済ませた帰り道、佐倉くんが駅前にあるミスドを指差した。
店内に入ると、ドーナツの甘い香りが鼻をくすぐる。
カウンターで注文したものを受け取って、窓際のカウンター席にふたり並んで腰かけた。
グラスの中をストローでかき混ぜると、カラン涼しげな音をさせて、氷が崩れた。


「……佐倉くん。さっきは、その……どうもありがとう」
「ん?」
「嘘をついてまで、私をあそこから連れ出してくれて……」
「あれで──────よかったんだよね?」
「うん……。でも、どうしてわかったの? 私が、その……蒼吾くんが、苦手だって…」
「ああ…」
佐倉くんが苦笑しながら、私を正面から覗き込んだ。
ひどく間近に佐倉くんの顔が見えて、胸が小さく音を立てる。


「ましろちゃんが泣きそうな顔、してたから。蒼吾とふたりきりにしてほしくない───、そういう顔してた」

何もかも見透かすみたいな顔をして、佐倉くんが笑う。
昔から佐倉くんは、人の感情の起伏に敏感で。
他の人なら気付かないような些細なところにも気付いて、手を差し伸べてくれる。
だから佐倉くんの側にいると私は、いつも穏やかでいられるの。
この人の隣は、すごく心地いい。



「すごいな、佐倉くんは。私が言葉にしなくても、何でもわかっちゃうんだもん」
「ましろちゃんは、わかりやすいから。だって、すぐに顔にでちゃうだろ? 賭け事は絶対出来ないタイプだな」
「うん…苦手」
婆抜きはいつもビリだった。
だってジョーカーが回ってきたら、顔に出ちゃうんだもん。
「困ったことがあれば、いつでも言って。助けになるから」
佐倉くんが笑う。


「……ねえ。本当に、佐倉くんって彼女、いないの?」
「この前から同じ質問ばかりだね。確認してどうするの?」
「だって……」
佐倉くんがあまりにも優しいから、そういう特別な子がいるのなら、その子が羨ましいなって、素直に思うの。
「昔から人気者だよね。クラスの女の子、みんな佐倉くんのことが好きだった。佐倉くん、優しいから…」
「……俺が優しいのは、ましろちゃんだからだよ。誰にでもって、わけじゃない」









「え……?」



弾かれたように顔を上げたら、佐倉くんと目が合った。
真顔でそんなことを言うから、本気なのか冗談なのかわからない。








「ましろちゃんは俺にとって、ちょっと特別なんだ。昔から…ね」





視線に堪えかねて顔を伏せた私に、佐倉くんが優しい口調でそう言った。
弾かれたように顔をあげると、私を見つめた視線が、柔らかく微笑む。
言葉の意味を頭の中で噛み砕くことができなくて、私は曖昧な笑みを浮かべながら、飲みかけのアイスティーに口をつけた。


氷がグラスに当たる涼しげな音と佐倉くんの言葉が、いつまでも耳の中に残っていた。




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魔法のコトバ*  Season4 comments(0) -
魔法のコトバ*  Season4 放課後-9-
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魔法のコトバ* Season4 放課後-9-

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蒼吾くんを前に動けなくなった私は、下を向いたまま立ちつくした。
じわじわとお腹の痛みが増してきて、額に汗が浮ぶ。
やばそうだな、って思ったけれど。
足が棒のように動けなくなって、どうしようもない。
迫り来る腹痛に、ただ唇を噛締めて我慢するしかなかった。
もうこんなの、嫌なのに。



「ごめん、ましろちゃん」


穏やかな優しい声色が鼓膜を掠めて、その声に顔を上げると、佐倉くんがこっちに歩いて来るのが見えた。
「職員室で担任に捕まっちゃってさ、随分待っただろ? ごめんな」
優しい言葉に安堵したのと同時。
じわりと熱いものが込み上げてきて、目尻に涙が溜まる気がした。


「…あれ───蒼吾…?」
見慣れない組み合わせに目を丸くして、ふたりの顔を交互に見比べる。
「野球部は今日、早い上がり?」
「…明日、練習試合があんだよ」
蒼吾くんの表情が明らかに不機嫌になった。
なんで?
「…園田、お前───佐倉と待ち合わせしてたのか?」
突然、話を振られて、身構えてなかった私はがっちり蒼吾くんの視線に捕まった。
強く視線を投げかけて、私の心の内を探ろうとする。
怖い。
「ましろちゃん、美術部に入ったから」
佐倉くんの言葉に割り込まれて、蒼吾くんが弾かれたように彼を振り返った。






「園田が……美術部───?」



確認を取るみたいにまた、私を振り返る。




べつに。
佐倉くんがいるから、入ったんじゃないよ?
なんだか勘違いしてるみたいな表情が、やだな。





「佐倉。ちょっとこいつ、借りてもいいか?」


蒼吾くんが私を指差した。



「俺はいいけど…」




ちらり、佐倉くんが私の様子を窺う。
───蒼吾と一緒で大丈夫?
そんな風に気遣ってくれる優しい視線に、私はますます泣きたくなった。



「いや。やっぱりダメだ───」
「何でだよ?」
蒼吾くんが思い切り顔をしかめた。
「明日どうしても必要な画材があってさ、今日のうちに買っておかないと駄目なんだよ。ね、ましろちゃん?」
佐倉くんの手が触れた。
落ち着かせるように、そっと背中を撫でてくれる。
私の気持ちを察して、フォローしてくれてるんだって、佐倉くんの優しさを痛いほど感じて、目頭が熱くなった。
ただ強く深く頷く。





「そういう事だからさ、また今度にしてくれる? ───行こっか、ましろちゃん」

そのまま背中を押して、その場から連れ出してくれた。
「じゃあな、蒼吾」
佐倉くんが軽く手を上げると、蒼吾くんは無言のまま自転車にまたがって。
夕日の向こうに消えた。






何か言いたげな蒼吾くんの表情が、心のどこかで引っかかったままだったけれど。
蒼吾くんの存在を受け入れる勇気は、その頃の私にはまだなくて。
臆病で弱虫の私は、小学生の頃の記憶のまま、立ち止まっていた。




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魔法のコトバ*  Season4 comments(2) -
魔法のコトバ*  Season4 放課後-8-
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魔法のコトバ* Season4 放課後-8-

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下靴に履き替えて、玄関を出た。
まだ運動部の活動時間のグラウンドは、いろいろな音が入り混じって騒がしい。
凪ちゃんの姿を探して、背伸びをしてみたけれど。
人の姿を遠目から認識するのが難しい夕暮れ時で、凪ちゃんの姿は見つけられなかった。
校門まで出ると。
西の空がほんのり夕焼け色に染まっていて。
ずいぶんと陽が落ちるのが早くなったんだなって。
ぼんやりと空を見上げながら、そんなことを思った。


「ごめんな、待った?」
「…ううん。待ってない……よ──────」


あれ?

隣で同じように誰かを待っていた女の子が、怪訝そうな顔で私を見た。
うっ、わー。
ボーっとしてたから間違えちゃった。
てっきり佐倉くんだとばかり。
私は恥ずかしくなって下を向いて顔を隠した。




……やだ。
これって、私も──────。




佐倉くんと待ち合わせしてるみたいに、見えるんじゃないのかな。
校門での待ち合わせなんて、カップルの王道だ。
もっと目立たない場所にすればよかった。
勘違いされたら、佐倉くんに迷惑かけちゃう。
人の噂って、すごく苦手なのに───。







「じゃーな〜!」
「うーーっす!」


自転車の集団が私の前を駆け抜けた。
その中の一台が、キーッとブレーキ音を響かせて、私の目の前で止まる。
俯いた視界に映り込んだのは、薄汚れたスニーカーと、藍色の自転車。






これ…って、まさか──────。






見覚えのある深い藍色に、私は恐る恐る顔を上げた。








うわ…やっぱり……。




蒼吾くんだ。









彼の顔を認識したとたん、私の顔が引きつった。
なんでわざわざ、こんなところで止るのよ。







「園田」


地面に片足をつけた状態で、蒼吾くんがじっと私を見遣る。
あきらかに私を見つけて立ち止まった───そういう感じの態度に、私はびくびくした。
石ころのように動けなくなって、そのまま固まってしまう。
ここから逃げたくて仕方ないのに、足が棒のようになって動けない。
蒼吾くんはじっと私を見つめたままで、何も言わないから、余計に息苦しく感じる。
何も言わずに立ち尽くすだけの私たちを、行きかう人々が、不思議そうに振り返った。









やだ。やだ。やだ。
なんだか──────怖い。







私はまた、じわじわとお腹が痛くなるのを感じて、ぎゅっと唇を噛締めてそれに堪えた。
こんなところで、座り込みたくない。
また、蒼吾くんの前で。
弱いところなんて、見せたくないのに。








「園田」


先に口を開いたのは、蒼吾くんだった。







「……あのさ。お前、今、時間ある? オレ、お前に話したいことあるんだけど…」



私はぶんぶんと、これでもかってなぐらい首を横に振ったけれど。
蒼吾くんは簡単には、あきらめてくれなくて。





「お前がオレと、話したくないのは知ってる。けどさ……ちょっとだけ、いいか?」



そう言って近づいてきた。







どうしよう…。
蒼吾くんとなんて、話したくないのに。
ましてやふたりきりでなんて──────絶対に、やだ。
無理に決まってる。








どうしようもなくなってしまった私は、蒼吾くんの顔もろくに見ることもできずに、ただひたすら俯いて蒼吾くんが諦めてくれるのを待った。




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魔法のコトバ*  Season4 comments(2) -
魔法のコトバ*  Season4 放課後-7-
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魔法のコトバ* Season4 放課後-7-

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放課後は、美術室に行った。



活動日でないこの日は、昨日と同じで誰も来ていなくて。
活気のない美術部に、少し物足りない寂しさを感じたけれど、佐倉くんが笑顔で迎えてくれたことで、その寂しさはどこかへ飛んでってしまった。
彼の笑顔は、安らぎを与えてくれるから不思議。


顧問の先生から預かったという大きなスケッチブックと、1ダースの鉛筆を佐倉くんから受け取った。
今の部員の課題は。
文化祭で開かれる校内個展へ向けて、作品を提出すること。
佐倉くんは水彩画を出品する為に、準備室でデッサンをしていた。
あの時見つけた何枚ものキャンバスは、全部、佐倉くんが描いたものなんだって後から知った。
すごい。
佐倉くんにそんな才能があるなんて、知らなかった。
ふと視線を泳がせた校庭の風景は。
キャンバスに描かれていた光景によく似ている。




描きかけのスケッチブックは真っ白なまま、鉛筆を置いてぼんやりと視線を外へと泳がせた。
考え事ばかりしてるから、思うように手が動かない。

「何かあったの?」

ふと、佐倉くんに、そう聞かれた。

「ここに来てからずっと、溜息ばかり。上の空で手も止まってるし……何か考え事?」


今朝の蒼吾くんの態度が、気になって仕方がない。
彼の困ったような表情が頭からずっと離れないだなんて、どうかしてる。
また、何か云われるんじゃないか……。
そう思うと、大きなため息が零れた。



「今日はもう、その辺にしておいたら? その様子じゃ、はかどるものもはかどらないだろ?」
せっかくの部活動初日なのに、これじゃあ何の為に、ここに来たのか分からない。
何やってんだろ、私。
「俺も今日はもう上がるつもりだから───よかったらこの後、付き合わない?」
「…え?」
「画材を見に行くつもりなんだけど…。ましろちゃんも一緒に、どうかな?」
「…いいの?」
「喜んで。ましろちゃんが一緒だと俺も楽しいから。じゃあ、外で待っててくれる?
俺、準備室の鍵を職員室に返してくるから」
「うん。わかった」
「じゃあ後で」


佐倉くんは手早く片づけを済ませると、私にそういい残して廊下の向こうに消えた。
その姿を見送ってから、自分の荷物を片付けて、私も美術室を後にした。





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魔法のコトバ*  Season4 comments(0) -
魔法のコトバ*  Season4 放課後-6-
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魔法のコトバ* Season4 放課後-6-

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鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしてた、と思う。
まさかそんな褒め言葉が、佐倉くんの口から飛び出すなんて、想像もしていなかったから。



「…もう、佐倉くんってば。私を買いかぶりすぎだよ。
私みたいな子にそんな風に言っちゃったら……変に勘違いしちゃうよ?」


笑って返すことが精一杯な私に。







「いいよ。勘違いしても。本当にそういう意味で言ったんだから」




佐倉くんが真顔で告げた。



「ましちゃんって、可愛いよ。素直さが眩しいぐらいにね。
そうやって自分を下げて見ないで、もう少し自信を持てばいいのに。俺以外にもましろちゃんのそういう良さ、気づいてくれるヤツって、いっぱいいると思うよ?」




私を覗き込んだ佐倉くんの顔がゆっくりと笑みの形になって、そのままポンと頭を撫でられた。
まるで子どもにそうするみたいに、佐倉くんの手が優しく私の頭を撫でてくれる。
トクンって、胸が鳴った。
なんだろう、これ。
嬉しいとか楽しいとか、そういうハッピーな感情とは少し違う、温かい気持ち。
コメカミのあたりがきゅうっとなって、胸の奥が熱い。







「佐倉くん」
「なに?」
「こういうこと、他の女の子にしちゃ…だめだよ。勘違いしちゃうから。その……特別、なのかなって───」
「ああ。そっか。これもか」
今さらながらに気づいたみたいに、佐倉くんは私の頭から手を降ろして、ゴメンなって笑う。
ほらね。
佐倉くんの行動は、特別な意味なんてないの。
彼は誰にでも優しいから……。




「もう。髪が変になっちゃった……」
「あー、ゴメンゴメン」
照れ隠しにわざとにそう言って、髪を直す私に佐倉くんがまた触れてくる。
「ほら、そういうところ。不用意に女の子の体に、触れちゃダメだよ…」
「でも、ここ。跳ねてる。自分だとわかんないだろ?」
「あ……」
「ハイ。もう直った」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
屈託なく笑う佐倉くんに、拍子抜けしてしまう。
私が天然だというのなら、佐倉くんだって十分にそうだ。
そんな無邪気に笑いかけられると、怒る気も咎める気もなくなってしまう。




「じゃあ……私、教室に鞄を取りに戻ってから帰るね」
「ああ。また明日、待ってる」
「うん」








「───あ。ましろちゃん」



半分まで階段を降りた私の背中に、再度、佐倉くんの声。







「俺、しないよ」






「……え? なに?」




「さっきの話の続き。
俺がこういうことするのは、ましろちゃんだから。ましろちゃんは昔から、俺の特別なんだ───」








そう言った佐倉くんの表情からは、真意が読み取れない。
いつも私には笑顔をくれる人だから、嘘なのか冗談なのか、全く。




佐倉くん。
そういうこと言っちゃったら、私。
勘違い、しちゃうよ?


















「────え? 美術部に入ったの?」


次の日。
朝一で凪ちゃんに昨日の入部を告げた。



「私にしては早い行動で、びっくり?」
「いや、そういうわけじゃなくて…。なんで美術部なの? ましろ、絵に興味なんてあったっけ?」
「パパが絵画関係の仕事してるから、多少は知識あるの」
「そっか。それなら最初から決めてたんだ」
「…うん…。でも、部活動が強制じゃなかったら入らなかったと思う」
「なるほど」
凪ちゃんが納得した顔で笑う。



「でも美術部だったら……佐倉が一緒で、ましろも安心だね?」
「え?」
突然、凪ちゃんの口から上がった佐倉くんの名前に。
意味もなく鼓動が加速した。
佐倉くんが昨日、あんなこと言うから───。



「だって、佐倉だけじゃない? ましろがまともに話せてた男子って。…蒼吾とは……あんな事になっちゃうし……」





4年生のキス事件。
あれ以来、蒼吾くんとまともに話してない。
自転車で送ってもらった時も、交わした会話に内容はなかった。
あの事件以来、彼がすごく苦手。
あの当時の苦い記憶を思い出してしまって、息苦しくなるから。
ずっと避けたままで、自転車に乗せてくれたお礼さえ、ろくすっぽ言ってない。
そんなままじゃあダメだって、心の中では分かってるつもりなんだけど。






「───オレが、なに?」


突然、頭の上から低い声が降ってきた。
聞き覚えのある硬質な声に、ビクッと一瞬、私の体が強張る。



「蒼吾…。おはよ」
「うっす」


見上げた先に背の高い男子、蒼吾くん。
制服のポケットに手を突っ込んだまますぐ後ろに突っ立って、私達を見下ろしてた。
う、わ…。
何だか機嫌、悪そう…。







「これ、借りてたCD。サンキュー」
「どう? よかった?」
「ああ。ipodに入れた。また貸してくれよな」
持っていたCDケースを凪ちゃんに手渡して、自分の席に戻って行く。


…よかった。話しかけられなくて。


そう思ったのも束の間。









「───あ。園田…」




足を止めてこっちを振り返った蒼吾くんと、運悪く視線が合わさってしまった。
ああ、もう。
サイアクだ。
がっちり絡まった視線はなかなかほどけなくて、どうしたらいいのかさえ分からなくなった私は、自分から乱暴に視線を外した。
あからさますぎて、申し訳ないぐらいに。
私を呼んだはずなのに、蒼吾くんは何も言わない。







「蒼吾、何? 用があるならさっさと云えば?」



煮詰まらない態度に、しびれを切らせたのは凪ちゃん。
間に入られたことで、蒼吾くんもようやく口を開く。






「………またで、いいや。ゴメン」















また?





またって、次があるってこと? 






「変な蒼吾」
凪ちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「ましろ。行こ。次、移動教室だから早く行かないと遅刻しちゃうよ」
準備した教科書をトンってそろえて、立ち上がる。






私は。
蒼吾くんが言いかけた言葉が気になってしまって、この日の授業もまた、ちっとも頭に入らなかった。
蒼吾くんは、何を伝えたかったのだろう。
またってことは、次があるの?
わかんない。



蒼吾くんが考えてることは、あの日からずっと、私には理解できないままだった。







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魔法のコトバ*  Season4 comments(0) -
魔法のコトバ*  Season4 放課後-5-
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魔法のコトバ* Season4 放課後-5-

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職員室で入部届けをもらって。
その日のうちに用紙に記入して、先生に提出した。
顧問の先生は、清水先生っていう女の先生。
年は30台前半…? もしかしたら20代後半なのかな?
髪をひとつに束ねて眼鏡をかけた、ちょっぴり地味な先生。
コンタクトにして髪型を今っぽくしたら、それなりに見えそうな綺麗な顔立ちをしているのに。
あまり自分のことには関心がなく、真面目な感じ。
でも見た目の地味さとは正反対の明るい性格で、入部届けを提出した私に。
「部員が新しく増えて嬉しいわ! これから一緒に頑張りましょう」
満面の笑みで喜んでくれた。
優しそうな先生でよかった。


部活動の事を聞いた当日に、部活を決めて入部届けも出しちゃったなんて。
凪ちゃんが聞いたらびっくりするだろうな。
自分でも行動の早さにびっくりだもん。
あのトロクサイ私が、だよ?
私でもやる気になればできるんだって、少し自信が持てそう。
それもこれも佐倉くんのおかげ。
私は隣を歩く佐倉くんを見上げた。

男の子にしては小柄な佐倉くん。
それでも背の低い私から見ると十分見上げなきゃならない高さ。
睫毛、長いな。
男の子なのに色が白くて繊細で、端整な顔立ち。
女の子より綺麗だなんて、なんて羨ましいの。





「なに? 顔に何かついてる?」

視線に気付いた佐倉くんが、立ち止まって私を覗き込んだ。

わ、わわ……っ。
顔、近いよっ。



「ねえ、佐倉くんって…」
「ん?」
「相変わらず女の子にモテるんでしょう?」
「えー? なにを突然に」
「だって……佐倉くん、相変わらず格好いいから……」
私の言葉に目を丸くすると、次の瞬間、ぷっと吹き出した。




あれ?
私、何かおかしなこと、言ったっけ?






「ましろちゃんっておもしろいね。面と向かってそんなこと、普通、言わないよ? 素直っていうか、天然っていうか───そういうところは相変わらずだね」

佐倉くんがまた笑う。







「だって……」


昔、佐倉くんにはファンクラブみたいなのがあって。
彼を好きな女の子が集まって、「抜け駆けはなし」「佐倉くんはみんなのもの」みたいなルールがあったから。
今もそういうの、あったりするのかなぁ…なんて、思っちゃった。
昔から隠れファンが多いのに。
彼自身、それを意識してないっていうか、自覚していないっていうか。
鼻にかけないから、嫌味がないの。
最近はあからさまに「俺って格好いいだろ?」みたいな男の人って多いのに、いつだって佐倉くんは控えめだ。



「それに俺、ずっとフリーなんだ。ましろちゃんが言うみたいに俺がもてるんだったら、彼女のひとりやふたり、いてもおかしくないだろ?」
「えっ……? 佐倉くん、フリーなの?」
「悪い?」
意地悪く佐倉くんが笑う。


「……佐倉くんみたいな人なら、彼女がいてもおかしくなさそうなんだけど…」
「だから言ったじゃん。俺、もてないって。寂しい人生、送ってんの」
大げさに肩をすくめてみせる。
「ごめんね。変なこと聞いちゃって」
「いいよ、べつに」
佐倉くんが笑う。
「俺、ましろちゃんのそういうところ、可愛くて好きだから」




何気なくこぼした佐倉くんの言葉に、私は思わず足を止めてしまう。








え?




……ええっ!?





かわいいだなんて。
そんなの両親にしか言われたことない。
凪ちゃんぐらい可愛い子なら言われ慣れてそうだけど、私にそういう免疫はまったくない。
カーッって。
耳まで真っ赤に染まるのが分かった。
どうしよう。
佐倉くんがそんなつもりで言ったんじゃないのは、分かってるのに。
私だけが特別な意味に取ったみたいで、恥ずかしい。
これは勘違いじゃないの。





ただ。



素直に……嬉しいだけ───。







どう反応したらいいのかわからなくなって下を向いてしまった私に、佐倉くんが追い打ちを掛けるように言った。







「そうやって何でも素直に受け取れるところは、ましろちゃんの長所だと思うよ?
俺さ、付き合うんだったら……ましろちゃんみたいな、素直で可愛い子がいいな」





って。










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魔法のコトバ*  Season4 放課後-4-
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魔法のコトバ* Season4 放課後-4-

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「…佐倉くん…だよね?」
私は恐る恐る彼の名前を呟いた。
確かに見覚えのある顔は彼なんだけど、いまいち記憶が曖昧すぎて。
だってあれから4年。
私の記憶の中の佐倉くんは、5年生のまま、止ったっきり。
眼鏡だって、かけてるし…。
昔はかけていなかったよね?


「こっちに戻ってきてたんだ、ましろちゃん」

そう言って眼鏡を外した佐倉くんが、嬉しそうに笑った。







───あ……。


間違いない。
あの笑い方。
ちょっと目じりの下がった、にこって感じの優しい笑い方。
ほんとうに佐倉くんだ。
私は確信した。




佐倉 隼人(サクラ ハヤト)くんは、小学校時代のクラスメイト。
4年生の夏に転入してきて。
私が渡米するまで、ずっとクラスメイトだった。
出席番号が近くて、隣の席になったり、学習班が一緒だったりで。
彼とは何かと縁があった。

シュガーフェイスで、柔らかく笑う可愛い男の子。
人当たりが良くて、誰にでも同じように優しくできるから。
転入してきてから、あっという間にクラスの人気者になった。
佐倉くんが来たことで、あの当時人気者だった蒼吾くんが、霞んでしまうぐらい。



ちょうどあの頃の私は。
キス事件以来、男の子なんて──────って、苦手意識が強くて。
クラスの男子とは、ほとんど話すことがなかった。
そんな私が唯一、普通に話せたのが佐倉くん。
彼の人当たりのいいところとか、柔らかい雰囲気とか。
私のことを面白半分にからかってくる男子とは全然違って、訳隔てなく接してくれる佐倉くんは、すごく話しやすかった。
転校してからはもちろん、交流なんてなかったけれど。
仲のいいクラスメイトだったと思う。




「ましろちゃんとはもう、4年ぶりぐらいになるのかな?」
バケツを片付け終えた佐倉くんは、窓際の席に戻って描きかけのスケッチブックを手に取った。
「佐倉くんも同じ高校だったんだね」
「そ。蒼吾や日下部とは腐れ縁ってやつ。Cクラスってことは…もう、ふたりには会ってるだろ?」
「うん…」
「俺はAだよ。いつでも遊びに来て」
佐倉くんが笑う。

「絵、描いてたの?」
「ああ」
「こんな狭いところで?」
佐倉くんは、美術室でキャンバスに向かうでもなく、狭い準備室の窓際に腰かけてデッサンをしていた。
「狭いところの方が落ち着くんだ。俺……貧乏性かな?」
肩をすくめて笑う。
目尻が下がって可愛いの。
佐倉くんが笑ったら、自然とつられて笑顔になる。
柔らかく優しいオーラを持った人。
相変わらずもてるんだろうなって、笑顔を見ながら確信してしまう。



「ここに来たってことは、入部希望だろ?」
「とりあえず見学だけなんだけど……たぶん、美術部にすると思う」
ここ以外、私に向いているものが見つからない。
「ね。今日は、活動日じゃなかったの?」
もう夕刻なのに、私以外が美術室の扉を開けることはなかった。
「顧問の先生の都合でね、2学期から活動日が月曜に変わってさ。自由参加の今日は俺だけ……? みたいな」
肩をすくめて佐倉くんが苦笑した。
「たぶん今週はこんなもんだと思うよ。みんなやる気ないからね。部員がそろうのは、来週になるかな?」
「…そうなんだ」
じゃあ来週まで入部を待ってみようかな。
どんな人がいるのか気になるし。
私ってとことん臆病者。
石橋を叩いてなおかつ落とし穴がないか、崩れそうなところはないか、確認してから慎重に渡るタイプ。
なのに見落としてはまって動けなくなっちゃうの。
まいっちゃう。




「美術部、おいでよ?」
佐倉くんが笑った。
柔らかい笑顔が私の心を包む。




「歓迎するよ? 俺もましろちゃんが来てくれると、嬉しいし」



社交辞令だってわかっていても、そんな風に言われると素直に嬉しい。
知ってる人がいるのは、臆病な私にとって、とても心強い。
「ね。どうかな?」
返事をするのにそう時間はかからなかった。


「…佐倉くんがいるなら……入ろっかな」
「本当? ましろちゃんが一緒だと、嬉しいな、俺」
「わ…っ」
ぎゅって、佐倉くんに手を握られた。
そういう人とのスキンシップに慣れてない私は、びっくりしてそれを振り払ってしまう。

「あ。ゴメン。嬉しくってさ、つい……」
「ううん。私の方こそ。嫌とかそういうのじゃなくて…ただ、びっくりしただけだから……」
お互い顔を見合わせて、どちらともなく笑う。





「おかえり、ましろちゃん。俺、ましろちゃんが帰ってきてくれて、すごく嬉しいよ」


心底喜んでくれているような表情で、佐倉くんが笑ってくれた。
その言葉に特別な意味なんて微塵もないんだろうけど。
私はすごく嬉しくて、胸の中がほっこり、温かくなった。






明日から放課後が、楽しくなりそう。





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魔法のコトバ*  Season4 comments(0) -
魔法のコトバ*  Season4 放課後-3-
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魔法のコトバ* Season4 放課後-3-

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準備室に踏み込んだら、たくさんのキャンバスが窓辺に立てかけてあった。


どれもここから見える、窓の向こうの風景。
夕暮れ。銀杏。桜の舞う世界。
季節や時間はバラバラだけれど、全部同じ場所で、同じ視線から描かれたもの。
透明感溢れる色彩と、繊細な筆使いが印象的な絵画だった。



「……すご…い……」

思わず手を伸ばして、その絵に触れた。
まるでその季節の温度を絵の中に閉じ込めたような筆のタッチに、溜息が零れる。
触れた指先から温度が伝わりそう。
これって、生徒作品なのかな?
そうだとしたら、かなりすごい。
ここの学校の美術部って、レベル高いんじゃないの?
そう思ったら、ドキドキしてきた。
この絵を描いた人ってどんな人なんだろう。
会ってみたいな。
その人が描いてるところを間近で見れるのなら、私───毎日、美術室に通う。
そう思わせるほど、キャンバスの絵は強く私を揺さぶった。
私もいつか、こんな絵が描けたらいいのに───。









「誰?」


突然、予想もしなかった方向から声を掛けられた。
誰もいないと思っていたから驚いた。
「きゃぁっ!」
思わず後ずさり。
その拍子に、準備室の端に重ねてあった水入れの山に足が引っかかる。
おそらく、さっきまで授業で使ったであろうバケツ。
まだ乾いてないまま高く積み上げられてたそれが、一番下が崩れたせいで、ガラガラと大きな音と共に崩れ落ちてきた。




ひゃぁーーーっ。





やっちゃっ…た…。







「大丈夫?」
慌てて座り込んで、散らばったそれを拾い集めようとした私に。
声の主が、少し笑いを含んだ声で問いかけた。
鈍くさいなって、思われた。
辺りに飛び散った絵の具の混じった水が、私の足や上靴にも付いて、水玉模様。
汚いし、恥ずかしいしで、もう最悪…。




「乾かすためだけに置いてるバケツだから、テキトーでいいよ」


顔の横から手が伸びてきた。
私の手からバケツを受け取って、邪魔にならない場所にそれを並べる。
私は思わず顔を上げて、その人を見上げた。
逆行で表情まではよくわからないけれど、柔らかい雰囲気の男の子。
茶色がかったさらさらな髪が陽に透けて、すごくキレイ……。



「入部希望?」


その人は私に背中を向けたままで、そう聞いた。


「あ…はい」


優しい口調に思わずうなづいてしまう。
まだはっきりと、決めたわけではないのに。





「一年生?」

「…はい」

「何組?」

「Cクラスです…」

「いつ、こっちに戻ってきたの?」



「えっ…と、夏の間に───」













え?






私が驚いたように顔を上げたのと同時。
バケツを戸棚に並べ終えたその人が、振り返った。
眼鏡をかけたちょっとインテリっぽい感じの彼。
色白できれいな顔。



あれ……?



この顔。

私、知ってる───。








「あ…!」


思わず私は、大きな声を上げた。









そんな私を見て。



「あいかわらずだね、ましろちゃんは」




そう言って彼、佐倉くんが懐かしそうに顔を緩ませて笑った。





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魔法のコトバ*  Season4 放課後-2-
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昼休みの間に、凪ちゃんが部活とクラブ活動のプリントをもらてきてくれた。
活動内容や顧問の先生の詳細を書いた一覧表だ。
「とりあえず放課後、少し見て回ってきたら?」
っていう凪ちゃんのアドバイスで。
その日の放課後は、部活動見学をすることにした。


とりあえず一覧表に目を通して、めぼしい活動をピックアップ。
プリントの1枚目と2枚目は運動部。
それは最初から却下。
目を通すことなくそのページをめくる。
料理クラブとか、読書クラブとか。
みるからに籍を置くだけみたいなクラブもあったけど。
どうせやるのなら、ちゃんとしたものをやりたい。
午後の授業も上の空で、私は一覧表とにらめっこしてた。






「…あ……」

ふと。
その中に心引かれるものを見つけた。
これなら私にも出来るかも。
ちょっとやってみたいな。
自分に合ってるかどうかはわからないけれど、とりあえずそこに行ってみようと心に決めた。







* 







放課後。
私は特別教室のドアを覗いた。
まだ誰も来ていないのか、それとも凪ちゃんが言ってたみたいに幽霊部員の多い部なのか。
教室には誰も来ていなかった。
あれ?
活動曜日を間違えたのかな?
慌てて一覧表に目を落とす。
今日が活動日で、間違いないはずなのに。
今週はたまたま、活動してないのかな。
どうしよう。


「まあ、いいや…」
人がいないならいないで、そのほうが都合がいい。
ゆっくり様子を見られるのなら、それで。
私は誰もいない教室に、そっと足を踏み入れた。







教室に入ると独特な匂いがした。
石膏とか、絵の具とか、キャンバスとか。
いろいろな画材の匂いが入り混じった独特な空間。
普通の人ならきっと顔をしかめる匂いだけど、私はこの匂いが好き。



数ある部活動の中で、私が選んだのは『美術部』。
そういう部に入った経験はないし。
特別な絵が描けるわけではないけれど。
私はただ、漠然と絵を描くのが好きだった。


私のパパは昔、絵をやっていて。
書斎にはパパが昔描いた絵がたくさん置いてある。
私は昔からそれを見るのが大好きで、よくこっそり書斎に入っては、パパの絵を眺めてた。
そのうちに眺めるだけじゃ満足しきれなくなった私は、いつの間にかパパを真似して絵を描くようになった。
クレヨンから始めて、今では、水彩も油絵も描ける。


「絵が好きでもそれで食べていける才能は、ほんの一握りなんだよ。パパはその一握りに入れなかったけれど、ましろにはずっと、好きな絵を描いてほしいな」
絵を描く私を見ながら、嬉しそうにパパが言った。

パパは一握りの才能にはなれなかったけれど。
絵が好きな事を生かして、有名な画家さんの絵を買い付けにいったりする仕事をしてる。
サンフランシスコへの転勤も、有名な画家の画廊のお手伝いに行ってたわけ。
日常で絵に触れる機会が多かった私は、自然と描くのが好きになった。
趣味…とまではいかないけれど───大好き。






絵を描いたり何かを作ったりすることは、自分の世界でできる事。
だったら、チームワークや集団行動の苦手な私でも参加できるでしょ?
何よりも。
『初心者、大歓迎! 絵や芸術が好きなら誰でもOK! 自分のペースで自由気ままに』って。
キャッチフレーズに惹かれたの。






それって。


私でも、大丈夫……だよね?








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「…え? 部活───?」



凪ちゃんと机を合わせて、お昼のお弁当を囲んでた昼休み。
突然切り出された言葉に、思わず食べかけの卵焼きを落っことしそうになった。


「あれ? 聞いてなかった?」
凪ちゃんが首をかしげたまま、ウインナーを頬張る。
「ましろがなかなか入部届けを持ってこないから、先生に催促してくれって言われたんだけど」
「聞いてないよ」
「やっぱり?」
凪ちゃんがあからさまに、大きなため息をついた。
「あの先生、言ったつもりが言ってないって事が多いんだもん。今回もやっぱりなんだ」
もう。しっかりしてほしいよ、と呆れたように呟いて。
「───で。どうするの?」
楽しそうに聞いてきた。
「どうするって言われても……」
今、聞いたばかりで、すぐになんて決められない。






凪ちゃんの話によると。
うちの高校は『積極性とやる気を育てる』という思考で。
必ず何らかの部活に、参加しなければならない校則があるらしい。
毎日参加型の部活動と、毎週曜日を決めて活動するクラブ活動のふたつがあって。
どちらかには在籍しないといけないらしいんだけど…。



「まぁ、すぐには決められないよね?」
「だって、どんな部活があるのかもわからないし…」
「じゃあ、あとで一覧表をもらってくるから、それ見て考えたらいいよ。活動内容もいろいろ載ってるから」
「…うん」
「面倒くさいんでしょう?」
心の内を見透かして、凪ちゃんが笑う。
「在籍だけの幽霊部員みたいな人もたくさんいるから。面倒なら活動の少ないクラブ活動にするといいんじゃない?」
「…ん〜」
面倒くさいといえばそうなんだけど。
それよりも、新しい環境に飛び込む事の方が苦痛。
やっと、学校にも慣れてきたばかりなのに、また一から飛び込まなきゃいけない環境があるなんて。
私はまた、大きくため息をついた。




「それ、似合ってる」
凪ちゃんが指差した。
「制服。前のも可愛かったけど、うちの制服の方がましろによく似合う」
「……ホント?」
真新しいセーラー服。
1年生は真っ白のスカーフ。
フワフワしててかわいいの。

転入してから一週間。
クラスの雰囲気や学校生活にも慣れて、新しい制服が届く頃にはすっかり落ち着いた。
何気なく過ぎてく毎日の中で、少しずつクラスメイトの顔と名前が一致するようになった。
クラスになじんだっていうよりも、みんなと同じ制服を着ると目立たなくなった。
あまり存在感ないもん、私。





「ましろは新しい環境に飛び込むの苦手だもんね」
「…うん」
「だったら、私と同じ部に来る?」
「凪ちゃんって、何部なの?」
何をやってるのかは知らない。
昔は部活、やってなかったよね?

「私? 陸上部よ。今、短距離と高跳びをやってるの。
中学からはじめたんだけど、これでも結構早いし、飛ぶんだよ?」
何となく目に浮かぶ。
小学校の時からスポーツ万能で、クラスの女の子の中でも、一番早かったから。



ていうか、それ。
私じゃ、無理でしょ。
陸上なんて。
いくら一緒の方が安心できるからといっても、運動部は論外だ。






「べつに、選手じゃなくてもいいの。マネージャーとか。運動苦手でも、できるよ?」

…うっ。
自分から切り出す前に指摘されちゃうほどの運動神経って、どうなんだろう。
私は何ともいえない表情で笑った。




「でも……運動部は、いいや」
私には向いてない。
どちらかといえば、ていうか絶対、文化サークル向き。



「そう? マネージャーが足りないから、ましろが入ってくれると助かるんだけど…」
「ごめんね」
私は苦笑した。
「ま、断られるだろうって、なんとなく想像はしてたけどね。
それはまたゆっくり考えるとして───早くその卵焼き食べたら?」
凪ちゃんが笑った。





あまりにも唐突すぎて、食べかけの手が止まったまま。
私はゆっくりと、お箸に挟んだ卵焼きをほおばった。






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