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魔法のコトバ* Season4 放課後-6-
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鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしてた、と思う。
まさかそんな褒め言葉が、佐倉くんの口から飛び出すなんて、想像もしていなかったから。
「…もう、佐倉くんってば。私を買いかぶりすぎだよ。
私みたいな子にそんな風に言っちゃったら……変に勘違いしちゃうよ?」
笑って返すことが精一杯な私に。
「いいよ。勘違いしても。本当にそういう意味で言ったんだから」
佐倉くんが真顔で告げた。
「ましちゃんって、可愛いよ。素直さが眩しいぐらいにね。
そうやって自分を下げて見ないで、もう少し自信を持てばいいのに。俺以外にもましろちゃんのそういう良さ、気づいてくれるヤツって、いっぱいいると思うよ?」
私を覗き込んだ佐倉くんの顔がゆっくりと笑みの形になって、そのままポンと頭を撫でられた。
まるで子どもにそうするみたいに、佐倉くんの手が優しく私の頭を撫でてくれる。
トクンって、胸が鳴った。
なんだろう、これ。
嬉しいとか楽しいとか、そういうハッピーな感情とは少し違う、温かい気持ち。
コメカミのあたりがきゅうっとなって、胸の奥が熱い。
「佐倉くん」
「なに?」
「こういうこと、他の女の子にしちゃ…だめだよ。勘違いしちゃうから。その……特別、なのかなって───」
「ああ。そっか。これもか」
今さらながらに気づいたみたいに、佐倉くんは私の頭から手を降ろして、ゴメンなって笑う。
ほらね。
佐倉くんの行動は、特別な意味なんてないの。
彼は誰にでも優しいから……。
「もう。髪が変になっちゃった……」
「あー、ゴメンゴメン」
照れ隠しにわざとにそう言って、髪を直す私に佐倉くんがまた触れてくる。
「ほら、そういうところ。不用意に女の子の体に、触れちゃダメだよ…」
「でも、ここ。跳ねてる。自分だとわかんないだろ?」
「あ……」
「ハイ。もう直った」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
屈託なく笑う佐倉くんに、拍子抜けしてしまう。
私が天然だというのなら、佐倉くんだって十分にそうだ。
そんな無邪気に笑いかけられると、怒る気も咎める気もなくなってしまう。
「じゃあ……私、教室に鞄を取りに戻ってから帰るね」
「ああ。また明日、待ってる」
「うん」
「───あ。ましろちゃん」
半分まで階段を降りた私の背中に、再度、佐倉くんの声。
「俺、しないよ」
「……え? なに?」
「さっきの話の続き。
俺がこういうことするのは、ましろちゃんだから。ましろちゃんは昔から、俺の特別なんだ───」
そう言った佐倉くんの表情からは、真意が読み取れない。
いつも私には笑顔をくれる人だから、嘘なのか冗談なのか、全く。
佐倉くん。
そういうこと言っちゃったら、私。
勘違い、しちゃうよ?
*
「────え? 美術部に入ったの?」
次の日。
朝一で凪ちゃんに昨日の入部を告げた。
「私にしては早い行動で、びっくり?」
「いや、そういうわけじゃなくて…。なんで美術部なの? ましろ、絵に興味なんてあったっけ?」
「パパが絵画関係の仕事してるから、多少は知識あるの」
「そっか。それなら最初から決めてたんだ」
「…うん…。でも、部活動が強制じゃなかったら入らなかったと思う」
「なるほど」
凪ちゃんが納得した顔で笑う。
「でも美術部だったら……佐倉が一緒で、ましろも安心だね?」
「え?」
突然、凪ちゃんの口から上がった佐倉くんの名前に。
意味もなく鼓動が加速した。
佐倉くんが昨日、あんなこと言うから───。
「だって、佐倉だけじゃない? ましろがまともに話せてた男子って。…蒼吾とは……あんな事になっちゃうし……」
4年生のキス事件。
あれ以来、蒼吾くんとまともに話してない。
自転車で送ってもらった時も、交わした会話に内容はなかった。
あの事件以来、彼がすごく苦手。
あの当時の苦い記憶を思い出してしまって、息苦しくなるから。
ずっと避けたままで、自転車に乗せてくれたお礼さえ、ろくすっぽ言ってない。
そんなままじゃあダメだって、心の中では分かってるつもりなんだけど。
「───オレが、なに?」
突然、頭の上から低い声が降ってきた。
聞き覚えのある硬質な声に、ビクッと一瞬、私の体が強張る。
「蒼吾…。おはよ」
「うっす」
見上げた先に背の高い男子、蒼吾くん。
制服のポケットに手を突っ込んだまますぐ後ろに突っ立って、私達を見下ろしてた。
う、わ…。
何だか機嫌、悪そう…。
「これ、借りてたCD。サンキュー」
「どう? よかった?」
「ああ。ipodに入れた。また貸してくれよな」
持っていたCDケースを凪ちゃんに手渡して、自分の席に戻って行く。
…よかった。話しかけられなくて。
そう思ったのも束の間。
「───あ。園田…」
足を止めてこっちを振り返った蒼吾くんと、運悪く視線が合わさってしまった。
ああ、もう。
サイアクだ。
がっちり絡まった視線はなかなかほどけなくて、どうしたらいいのかさえ分からなくなった私は、自分から乱暴に視線を外した。
あからさますぎて、申し訳ないぐらいに。
私を呼んだはずなのに、蒼吾くんは何も言わない。
「蒼吾、何? 用があるならさっさと云えば?」
煮詰まらない態度に、しびれを切らせたのは凪ちゃん。
間に入られたことで、蒼吾くんもようやく口を開く。
「………またで、いいや。ゴメン」
また?
またって、次があるってこと?
「変な蒼吾」
凪ちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「ましろ。行こ。次、移動教室だから早く行かないと遅刻しちゃうよ」
準備した教科書をトンってそろえて、立ち上がる。
私は。
蒼吾くんが言いかけた言葉が気になってしまって、この日の授業もまた、ちっとも頭に入らなかった。
蒼吾くんは、何を伝えたかったのだろう。
またってことは、次があるの?
わかんない。
蒼吾くんが考えてることは、あの日からずっと、私には理解できないままだった。
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