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魔法のコトバ* Season6 気付いた想い-17-
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気がついたら。
誰もいない教室に座ってた。
何をするわけでもなく、ただ1点だけをぼーっと見つめて。
時折、ポケットにしまった携帯が震えてたけれど。
それにかまう余裕なんてなかった。
「園田さん?」
見回りに来た先生が驚いたように声を掛けた。
「どうしたの?電気もつけないで」
気がつけば教室は真っ暗。
「とっくに下校時間、過ぎてるわよ。早く帰りなさい」
うつろな目で黒板の上の時計に目をやった。
どれぐらいこうしていたんだろう…。
とぼとぼと校門までの道を歩く。
ずいぶんと遅くなっていて、校内にはほとんど人影がなかった。
たぶん私が最後。
ずずっと鼻を啜り上げたのと同時に携帯が震えた。
そういえばさっきから何度も震えてる。
ようやくそれに気付いてポケットから取り出してみると、着信はママから。
『もう随分遅いけど大丈夫?』『凪ちゃんと一緒なの?』『車で迎えに行こうか?』
って心配のメール。
相変わらず心配性だなって、小さく笑って。
もうすぐ帰るからってメールを返す。
パチンと携帯を閉じたら、乾いた音が夜空に溶けた。
すぐそばでブレーキ音がした。
ジャっと乾いた地面を踏みしめる音がして。
「よお」
聞き覚えのある声に私は顔を上げた。
「夏木くん…──?」
まだ残ってたの?
「乗れよ」
「え?」
「暗いし、送ってっちゃる」
「いいよ…」
私は首を横に振った。
「いいから。乗れって」
有無を言わさず私の手から鞄を抜き取ると、乱暴に前の籠に突っ込んだ。
こうなったら蒼吾くんは頑としてゆずらない。
「…ありがとう」
諦めて、仕方なく自転車の後ろに乗せてもらう。
それを確認すると。
「ちょっと遠回りすんぞ」
そう言って蒼吾くんはいつもの道を外れた。
駅とは反対方向。
いつもの住宅街から離れて河川敷への道。
「どうしてこっちなの?」
外灯も少ないし寒いくて遠回りなのに。
「意外とこっちの方が早いんだぜ?」
そう言って坂道を駆け上った。
私だったら降りて押しちゃいそうな坂道なのに。
さすが運動部、鍛え方が違うのかな。
「俺、よくここの公園でおやじとキャッボールやってたんだよな」
自転車を漕ぎながら蒼吾くんがポツリと呟いた。
「六年のクラスマッチの練習でさ、グラウンドが使えなかった時も、ここで練習しただろ?覚えてねーの?」
「…うん」
「あ。園田が転校した後か。お前いなかったんだな」
大きな背中が小さく笑った。
今日の蒼吾くん。
いつもよりおしゃべりだ。
気を使ってくれてるのがすごく伝わってくる。
「寒い…ね」
吐く息が白くかすんで夜空に溶けた。
今日、こんなに寒かったっけ。
悴んだ手を擦り合わせる。
あれからずっと、手の震えが止まらない。
キィーーッと。
ブレーキ音がして河川敷ど真ん中で、自転車が止まった。
「…どうしたの?」
立ち止まった背中に声を掛けた。
そしたら蒼吾くんは無言で自転車を降りて、大きなスポーツバッグからゴソゴソと何かを取り出した。
「これ。使えよ」
無愛想に突き出されたのは、大きなスポーツタオル。
「使ってないやつだから汚くねーよ。肩にかけとけば少しは違うだろ」
「いいよ。大丈夫」
ぶんぶんと首を横に振った。
「寒いんだろ?いいから使えって」
「でも」
「いいから!」
強引にタオルを押し付けられた。
「──手、ずっと震えてるじゃねーか」
ぎゅって私の手を握って、その手にタオルを握らせる。
蒼吾くん、気付いてたんだ。
でもこれは寒さの震えじゃないから。
あの絵を拾ってから震えが止まらないの。
「…ありがとう」
笑って見せたつもりなのに、口の端が引きつって口角が思ったように上がらない。
笑ってるんだか、泣いてるのかわかんない。
笑顔が思ったように作れなくなった。
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