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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-15-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-15-

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一晩中泣いて。
気持ちが浮上しないまま朝が来た。
暗闇のどん底で、もう浮上できないって思ってたのに朝はちゃんと来る。
気だるい体を起して部屋のカーテンを開けると。
気持ちのいいぐらい青い空が広がっていて。
また、泣きそうになった。




いつも家を出る時間をずらして。
重い足取りで玄関を出た。
この時間だと、蒼吾は朝練に行ってる。
もう。
合わせる顔がないのに。
学校では会っちゃうんだ。
こういう時、幼なじみのクラスメイトって関係がわずらわしく思える。
蒼吾が大事にしてくれた、友達って関係。
私から駄目にした。




「うっす」
突然の背後からの声に。
ビクリと体が上下した。
「蒼、吾…」
2件離れた蒼吾んちの自宅前。
制服に身を包んで、鞄を斜めがけにしてポケットに手を突っ込んだまま、蒼吾が壁にもたれるようにして突っ立ってた。
なんで、こんなところにいるの?


「お前、おっせぇよ」
時間ギリギリじゃん、って。
蒼吾がため息をついた。
だって、蒼吾に会いたくなかったから。
どんな顔をして会えばいいのかわからなかったから。
目が合わせられなくて、私は下を向いた。
「でも、学校休まなかっただけでも偉いよな。やっぱ、真面目な学級委員体質だよ、お前」
そう言って笑う蒼吾は、昨日までとちっとも変わんない。



「…なん、で……?」

なんでそんなに普通に笑ってられるの?
私の気持ち、届いてないの?
それとも、もうどうでもいいの?
蒼吾の気持ちが、わかんないよ。
私はきゅっと唇を噛み締めた。
そんな私を振り返った顔が、大きなため息を付いた。

「な、お前、勇気ある?」
「え?」
「学校、サボる勇気」
ぽかんって。
訳がわからず見上げた私を見て。
「ちょっと、気分転換!!」
返事も聞かずに、その場から連れ出した。







蒼吾は。
家から10分ほど歩いたところにある河川敷へと私を連れ出した。
あいつはここが大好き。
昔、よくここで遊んだり野球をしたりした。
最近は友達と公園で遊んだりする事もなくなったから、ここに来るのは久しぶりなんだけど。


「ブランコ、ちっちぇーな! こんなんだったっけ?」
でっかい体を折り曲げて嬉しそうにブランコに乗る。
体はでっかくなったけど、子どもっぽいところは相変わらず。
昔とちっとも変わらない。
妙にはしゃぐのは、きっと私に気を使ってくれてる。
普段通りに接してくれてる。
でも。
今の私にはそれが余計に辛く思える。

「話って、なに?」
ブランコに乗る蒼吾に切り出した。
蒼吾の行動にはいつも理由がある。
なにか伝えたい事があるから、私を待ってた。
「何か話があるから待ってたんでしょ?」
早く言ってよ。
昨日の今日で、私の気持ちも限界なのに。
「鋭いな、お前」
困ったように笑う。
付き合い長いんだもん、そんなのお見通しだよ。
蒼吾は立ちこぎしていたブランコから降りて、そのままそこに腰を降ろした。
大きな体のせいで、ブランコがひどく小さく見える。

「オレさ…、あれからいろいろ考えたんだ。お前のこと、真剣に」
やっとコトバを切り出した。
キィって、ブランコが小さく音を立てた。
「そしたらさ、いっぱい後悔や反省することがあって。
俺、鈍いからさ、言われるまで日下部の気持ち、全然気付いてなかった。気付いてないから、お前を傷つけるような事をいっぱい言っちまって。あんなことさせるまでお前の事追い詰めてたのかなって思ったら、すっげー自分が嫌なやつに思えて」
困ったように頭を掻いた。
昔からの蒼吾の癖。
「お前のあんな顔…、初めてみた。もう付き合い長いのに」
「……」
「お前にあんな顔させるなら、もう俺は近くにいねーほうがいいんじゃねぇかとか、友達、やめた方がいいんじゃねーかとか。いろいろ考えた。
馬鹿な頭で一生懸命。おかげで昨日、眠れなかったよ」
そう言って笑う。
横になったらすぐに寝ちゃうような。
授業中、ほとんど居眠りしてるような蒼吾が。
私の事を考えてくれたんだ。
ちょっぴり胸がズキンと痛んだ。

「でも、やっぱり嫌なんだわ。友達やめるとか、もう話さないとか。そういうの嫌なんだよ。逃げてるみたいで。絶対嫌なんだ。だから、ちゃんと向き合おうと思って待ってた」
ずっと俯いてた蒼吾が顔を上げた。
いつもの真っ直ぐな視線で、私を見た。
胸がギュッとなった。





「オレ、お前のことすげー好き。大事だって思ってる。お前の気持ち、すげぇ響いた。ガツンときた」

真っ直ぐな視線。
もう迷いがない、ちゃんと蒼吾の中で決めた答え。





「でも……それは、園田を想う好きとは違ってて、なんてゆーか、その…。
友情っていうか、家族とか兄妹愛っていうか。隣にいるのが当たり前なんだけど、園田を想う気持ちとはまったく違うものなんだ」
だから、ごめんって。
大きな体が地面に付きそうなくらい折り曲げる。

「でも、友達でいたいって。オレ、ずるいのかな」
真っ直ぐにこっちを見た。


蒼吾の中で、精一杯考えたコトバ。
私を傷つけないように、泣かさないように精一杯。
馬鹿だよ、蒼吾。
私、あんたに振られたんだよ?
もう放っておけばいいのに。
無視すればいいのに。
手を離せばいいのに。



「……馬鹿だよ、蒼吾は」
真っ直ぐすぎて眩しいぐらいに、馬鹿だ。
「もういいよ。蒼吾の答え、最初からわかってたから」
断られるのは、最初からわかってた。
ただ、気持ちが限界だったから。
伝えたかった。
蒼吾が少しでも私の事を考えて、悩んで。
答えを出してくれた。
それだけでも嬉しいよ。

「忘れていいよ」
笑って見せた。
蒼吾はちょっと困ったような、笑ったような。
複雑な表情で私を見つめた。

ほんとは。
絶対避けられると思ってたの。
蒼吾とはもう友達でいられないって。
自分から蒼吾の手を離したんだって。
答えなんてとっくに分かってたのに。
何で困らせるのをわかってて言っちゃったんだろうって。
すごく後悔した。
気持ちが届かないことはわかってたはずなのに。

私が。
ずっと気持ちを伝えられなかったのは。
ふられることよりも。
蒼吾を失くすこと。
それが一番怖かったのかもしれない。



「ね」
「ん?」
「頼みがあるの」
「うん?」
「一発殴らせて?」
「…は…?
…ちょっ、待てって…!」
私は思い切り、蒼吾の脇腹にグーでパンチしてやった。
かなり本気。
「…お、前っ、いいってゆってねーのにっ」
顔をしかめて脇腹を押さえる。
「ここ、みぞおちだぞ! フツー、女だったらビンタとかだろ!?」
しかも昨日殴られたとこだし。
ブツクサ文句を言う蒼吾。
おかしくって笑っちゃう。
「…んだよ?」
「蒼吾、弱すぎ」
「弱すぎ、って、お前なぁ。フツー、あんな真面目な話の後に殴られるなんて誰も思わねぇって!」
「ちゃんと断ったでしょ?」
「いいって言う前に殴っただろっ!」
「あー、すっきりした!」
「何だよそれ!」
拗ねたように脇腹を抱える蒼吾がおかしくって。
また笑った。


よかった。
私、ちゃんと笑えてる。
蒼吾との関係はきっと、これが一番いい。





「蒼吾」

「…んだよ?」

ブツクサと文句を言う蒼吾の胸に。
トンって、頭を寄せる。







「蒼吾、好き」






「………」

「大好きだった」


「…ああ」







「ありがとうね」




一瞬。
私を抱きしめようかためらった腕が。
そのまま触れることなく、体の横に降ろされた。
同情とか、そんな気持ちで簡単に抱きしめちゃいけないんだって。
蒼吾はちゃんとわかってる。
悲しいけど、変えられない関係。
こうやって触れられるくらい近くにいても、抱きしめてもらえない。
それが私と蒼吾の距離。
もう、それは一生変わる事はない。

ちゃんとはじめからわかってたよ、蒼吾。
それでも。
知っててもらいたかったの。
少しでも。
心の片隅でもいいから、蒼吾を想う私がいることを。









暑い夏が幕を開けて。
蒼吾はベンチ入りを果たせないまま、中学最初の夏の大会が終わった。
秋が来て、冬が来て。
街を真っ白に染めた雪が溶けて。
また、春がくる。


季節が巡って。
何度も春を迎えても。
私の思いはあの日に立ち止まったまま。
新しい春を迎える事がなかった。




高校生になって。
新しい制服に身を包んで。
野球部が夏の甲子園へ向けて、練習を始めた夏。
真っ黒に日焼けしたあいつをスタジアムのベンチで応援しながら涙した夏の大会の決勝戦。
甲子園行きの切符を逃してみんなが涙した高校最初の夏。


見上げれば眩しいぐらいの真っ青な夏空は。
真っ白なユニホームとあいつの笑顔を連想させる。
青空に浮ぶ真っ白な雲。
それはいつまでも消える事のない、あいつの心に浮ぶ恋心のようで。
見上げるたびに胸が痛んだ。



新学期が始まる直前の登校日。
夏の思い出に花を咲かせる浮き足だったクラスメイト達の中。
私はひとり、職員室に呼び出された。


新学期から、ましろが帰ってくる。


ずっと心の奥に鍵をかけて大事にしまい込んでいた気持ちが。
ざわりと音を立てた。


無邪気に笑う教室の片隅。
もう薄れかけてるって思ってたあいつの初恋の記憶。
それでもやっぱり、あいつの心の中には。
まだ、ましろがいたんだ。



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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-14-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-14-

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あの時の蒼吾の顔は忘れられない。
いつも大口開けて笑ってる口元が。
ボールを追って真剣にきゅって結んだ口元が。
ぽかんって。
半開きになって驚いたように私を見つめた。







「……好き。蒼吾が、好き………」

言うつもりなんてなかった。
ずっと胸に秘めていくんだって決めていたのに。
一度口からあふれ出してしまった気持ちが止まらない。
もうひとりで抱え込むのは限界だった。


「好き。大好き…っ」







「………日、下部………」


ぽかんって半開きになった口元が。
小さく動いて名前を呼んだ。
顔が歪んだ。
すごく辛そうに困った顔をした。










「ごめん、俺…」


初めて知った私の想いに、動揺の色。
すごく困ってる。
だって、目を見てくれない。
いつだって真っ直ぐに人の目を見て話す蒼吾が、困ったように目を伏せてこっちを見ようともしない。



「………どうして? …なんで謝るの?」
そんなに簡単に謝らないでよ。
「私じゃ、駄目なの?」
「………」
「もう、ましろはいないんだよ?」
見上げたその顔が、ひどく困った顔をする。
ほんとは。
そんな顔をするんじゃないかって分かってた。



「ごめん、日下部…ごめん………」


体の横で握り締めた蒼吾の拳が震えてた。


「…俺にはできねーんだよ。
あいつにとっての俺はただのクラスメイトで、忘れたい記憶なのかもしれねーけど。忘れらんねー。
あいつへの気持ち、捨てることなんてできねーんだよ」
すごく切なそうに言うんだ。
「…そうやって、ずっと待つの?」
いつまで?
「もうましろは、帰ってこないんだよっ!?」
蒼吾の胸にすがりついた。
みっともないくらいに。


「…わかってんだよ。そんなこと」
目を伏せたままで、蒼吾が小さく笑った。
「でも、駄目なんだ。
俺、ずっと頭から離れねーんだよ。あいつの泣き顔が。
キスしたあの日から、ずっと。園田の笑った顔が思い出せねえ。忘れなれない。園田以外、考えられない。
だから……ごめん。ごめんな…」
すごく切なくて困ったような顔。
蒼吾はあの時のましろの話をする時、いつもこんな顔をする。
私では引き出せない、ましろを想って見せる表情。
切なくてみじめで涙が溢れた。






「なんで…? なんで、ましろなの……?」


私の方が長いのに。
ずっと一緒にいるのに。
もう、ましろはいないのに…っ。



「……俺の、初恋なんだよ。
あいつが戻ってきても戻ってこなくても、俺。あいつの事は一生忘れらんねぇ」
だからごめん、って。
頭を下げた蒼吾。
「な、に。それ…」
声が震える。
「そんなの…っ、私だって───」
初恋だったよ。
初めて好きだって、愛しいって思えたのが蒼吾だった。
でも。
気がついた時には、蒼吾はもうましろを見てて。
苦しくて、切なくて。
何度も何度も諦めようとしたけど駄目だった。
私だって。
蒼吾のこと、初恋なんだよ───?




答えなんて最初から分かってた。
やっぱり、言うんじゃなかった。
でももう。
私には溢れ出す気持ちを押さえることなんてできなかった。







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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-13-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-13-

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あの日。
野球部で行われた練習試合でエラーを連発した蒼吾は。
罰としてグラウンドの整備と部室の掃除を言い渡された。
1年生で夏の大会にベンチ入りするのは、うちの野球部では珍しくて。
2年生なのにまだベンチ入りもできない先輩からの嫌がらせ。
「ひがみみたいなもんだろ」
って。
笑いながら、蒼吾が話を続けた。

「残って掃除してたらさ、見えたんだよ。あいつが。
女子の部室の周りをウロウロしてるところ」
田口先輩。
さっきのサイテー男。
「部活もやってない顔だけのもやし男が、こんなところに珍しいなって。
そん時はそれぐらいにしか思ってなかったんだけど。
お前が遅くまで頑張ってんの見えたから、せっかくだから一緒に帰ろうって思ってさ。でも、いつまでたっても出てこねぇし、入れ違いになってんじゃないかと思って部室を覗きに行ってみたら、見えたんだよ。少し開いた窓の向こうに、あいつの茶色い髪が」
きゅっと口元を結ぶ。
目元や口元の殴られた跡がひどく腫れて痛々しい。





「俺、カッとなって。後先考えずにあいつ、殴り飛ばしてた。……ごめん…」

なんで蒼吾が謝るの?

「怖かったろ?…もう平気か?」
覗き込む心配そうな顔。
その顔が小さく笑った。
「お前、ひでー顔」
そう言って笑った蒼吾が、少し困った顔をした。




「泣くなんてらしくねーぞ?」





「だって…っ」


涙が止まらない。




「だって…、私のせいで…っ」








蒼吾。
試合に出られなくなっちゃった。
ベンチ入りできるんだって、あんなに嬉しそうだったのに。
あんなヤツの。
私のせいで───。






正当防衛とはいえ先輩をぼこぼこにのしてしまった蒼吾に。
夏の大会の出場停止が言い渡された。
顔に殴られた跡のあるような生徒を、正式な試合には出せないという学校側の判断。
そんなのおかしいよ。
だって蒼吾は何も悪くないのに…。
助けてくれただけなのに。
蒼吾が来てくれなかったら、今頃、私は────。



「泣くなって」
ほら、って。
「ちょっと汗くせーかもしんねーけど」
でっかいスポーツバッグからタオルを取り出して、それを私に突きつける。
「もう泣くなって。試合、これが最後じゃねーんだし、次があるって」
「ごめん…ごめんね…っ」

蒼吾がきてくれて本当に嬉しかった。
私の為に後先考えず助け出したくれた蒼吾。
あんな時なのに胸がきゅうってなった。
嬉しくて嬉しくて。
溢れ出した気持ちが止まらなくなりそうなくらい。
誰よりも助けに来て欲しかった蒼吾が来てくれて、ほんとに嬉しかったんだ。

でも。
ほんとは。
できることならあんな場面。
蒼吾になんて、見られたくなかった────。




ごしごしと唇をぬぐう。
やだ。
もうこんなのやだ。
「もうあんまりこするなって。血、出るぞ」
それでもやめられない。
いくら擦ってもなかったことになんてできないのに。

「好きでもないやつとのキスは、カウントしねーんだろ?」
「…え?」
「昔、お前が園田に言ってた。
あれ、カウントされてねぇんだろうな。俺、結構マジだったのに」
そう言って笑う。

話題を変えて気を使ってくれてるのは分かる。
自分の痛い過去の話をおもしろおかしく話して、私を笑わせようって。
心の傷を軽くしてやろうって。
でも。
蒼吾は時々、ものすごく残酷だって思う。
だって。
こんな時なのにましろの話。

無理矢理キスされたことよりも。
嬉しそうにましろの話をする蒼吾の顔を見るほうが辛いなんて。
こんな時だから、なおさら惨めな気分になる。
抱きしめて大丈夫だよって。
そんな都合のいい事を期待してたわけじゃない。
だけど。
こんな時にましろの話なんて聞きたくないよ。
後先の事も考えないで、私を救い出してくれた蒼吾。
なんで?って聞いたら。
きっと、お前は俺の大事な友達だろ?って。
笑って言うんだ。
それ以上、望んだらいけないのも分かってる。



でも。



もしこれが私じゃなくて、ましろだったら?


大丈夫だよって。
俺がいるからって。
優しく抱きしめてくれるの?
好きだよって、キスしてくれるの?


もし、ましろだったら────。












「日下部?」


立ち止まって私を呼んだ蒼吾。
いつも見ていた大きな背中が振り返って──────笑った。





ドクンって。
胸が音を立てた。
ポケットに手を突っ込んだままの振り返って笑う顔。
今まで両手にいっぱい抱えてた気持ちのカケラ。
こぼれ落ちないように大事にしまっていたもの。
その器が音を立てて壊れた。




気持ちがもう。限界だった。








「どした?」


心配そうに私を振り返る蒼吾の制服の開襟シャツの胸元を両手で掴んで。
自分の方に引き寄せた。

軽く背伸びをして、唇に触れる。






泣くなって言うんだったら。
さっきのキスの感触、消してよ────。







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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-12-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-12-

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夏の大会間際に。
個人で出場が決まった高跳び。
どうしても思った記録が出せなくて。
みんなが部活を追えた後もひとりで残って練習してたあの日。

辺りが暗くなるまで練習して。
バーの輪郭が見えなくなるまで頑張って、やっと納得のいける高さが飛べた。
すごく嬉しくて。
明日、蒼吾に話そうって。
すがすがしい気持ちで部活を終えた。
「日下部、もう上がれよ。みんなとっくに帰ったぞ」
って、顧問の先生の声に。
私は喜びを噛み締めながらマットやバーを体育倉庫にしまった。
蒼吾も頑張ってんのに負けてなんかいられない。
そんな気持ちが私の背中を押してくれた。
頑張らせてくれた。
これも、蒼吾のおかげ。
って。


なのに。


水道で顔を洗って汗を拭いて、部室に帰る。
みんなとっくに帰っていて、部屋はガランとしてた。
早く着替えて帰っちゃおう。
蒼吾、もう帰っちゃったかな。
帰りにちょっと寄ってみよっかな、なんて。
逸る気持ちを押さえながら、ユニホームのランニングの上に羽織ったパーカーを脱いだ。
「…ッ!?」
ふいに誰かに口元を塞がれた。
な、に?
一瞬、目の前が真っ白になった。






「……声、出すなよ?」


耳元で声がした。
男の声。
聞いた事がある。
震える体で恐る恐る後ろを振り返る。
「…先、輩…?」
先週、屋上で私に告ってきた先輩。
茶色いサラサラの髪が揺れた。
なんで、ここにいるの?
いつからいたの?
全然気付かなかった。


目が合った先輩が。
「お前、むかつくんだよ」
チッって、耳元で吐き捨てるように言った。
「ちょっと顔が可愛いからって、調子に乗ってんじゃねーよ」
な、に…言ってんの?
言ってる意味が、わかんない。
動悸が激しくなって。
怖くて逃げ出したいのに体が動かない。

「俺、結構もてるんだよね?今まで女をふったことはあっても、ふられた事ってねぇの。お前が初めて。結構、屈辱的だったよ」
そう言って顔を近づける。
「誰とも付き合わないって噂、ほんとだったんだな。お高くとまってんな、お前。
憧れのマドンナ日下部凪、か。お前を落としたら俺のステータスが上がるって思ってたんだけど」
耳元にざらりとした声。
鳥肌が立った。
「お前、男と付き合ったこと、あんの?」
口を塞がれたままの状態で私は首を横に振る。
それが精一杯。
「だろーな。好きなやつって、誰?そいつ俺よりもいい男?」
顔を近づける。
ゾクって寒気がした。
「名前、教えてよ?」
ブンブン。
首を横に振る。
あんたになんて絶対教えてやらない。
「同じガッコのやつ?」
不敵に笑う口元。気持ちが悪い。
絶対、言うもんか。
「1年?それとも上級生?」
絶対、言わない。
「運動部?」
フッって、耳元に息を吹きかけられた。
一気に恐怖心が足のつま先から頭の天辺まで駆け上がって。
目頭が熱くなった。
「ふーん」
そんな私を、馬鹿にしたような顔で見下ろすと。


「やめた」

え?

な、に…?

「そいつの名前を聞き出して、ぼこぼこにしてやろうかと思ったけど。
やめた。気が変わった」
そう言って顔を近づけた。
きれいな顔してるけど、企んだように笑った表情が気持ち悪い。
吐き気がした。
「お前、やっぱすげー美人。気が強いところも結構、タイプ」
なに、言ってんの…?
「付き合った事がないってことは、そういう経験もなしか」
なんの、こと…?
「キス。したことねーだろ? もちろんその先も」
どくん。
って心臓が鳴った。
蒼吾を思ってる時の、胸がぎゅってなるような感覚じゃなくて。
危険を感じて震える感じの音。
じわりと嫌な汗が出てきた。
危険だって。
頭の中でシグナルが鳴り響いてるのに体が動かせない。
怖くて怖くて、動けない。











「俺をふったこと、後悔させてやるよ────」



そう言った口の端がニヤリと上がったのが見えて。
私の口元を塞いだ手が、一瞬、離れた。
声を出そうって、口を開けようとした瞬間。
また。
唇が塞がれた。
さっきとは違う感触。



「…ッ…!!」

ぬるりとした生暖かい感触が唇に触れる。

「…ッ、や…っ…!!!」



先輩は。
私の両腕を壁に押し付けて、無理やり唇を押し付けた。
舌が唇をこじ開けて侵入してくる。
「…っ、や、だッ…やめて、…っ!!」
声は届かない。



みんながカッコイイって、イケメンだって騒いでた先輩は。
軽薄で馬鹿で、サイテーな男だった。
遊んでるって噂、本当だったんだ。
顔は良くても中身はサイテー。
こんなやつ、ちっともタイプじゃない。
夢もなくて放課後もプラプラしてて、中身のないような人間。
そんな男、やだ────!




手がランニングの裾から侵入してきて、肌に触れた。
じっとりと湿って生ぬるい手。
悪寒が走った。
「や、だ…っ!!」
抵抗するのに全然手応えがなくて。
「誰か…っ」
声を上げるのに届かない。
「黙ってろ!」
その声でさえ、簡単に塞がれる。
嫌だ。
蒼吾以外の人に触れられるなんて。
嫌だ……っ!!!!














「────なに、やってんだよ?」



部室に風が抜けた気配がした。
キィって小さく扉が開いて、知ってる顔が見えた。
その顔つきが変わった。
「何やってるんだって言ってんだよっ!!」
ガンッッって、扉を蹴り上げる音に。
私を押さえつけていた先輩の体がビクリと上下した。
蒼、吾。
なん、で………。


先輩の返事も聞かずに。
ものすごい剣幕で部室に駆け込んだ。
私がどんなにもがいても振り切れなかった腕を、いとも簡単に引き剥がす。
「何だよ、お前?」
先輩の声に耳も貸さずに、そのまま引き剥がした顔を殴りつけた。
すごい音がして、細い体が吹っ飛ぶ。
「ってぇ、なぁ…」
殴られた頬に手を当てて、先輩がよろよろと立ち上がった。
「なんだ、お前。1年坊主か?」
「凪になにしてたんだよ…っ」
「…凪?」
先輩が顔をしかめた。
私と蒼吾の顔を見比べて。
ハッって馬鹿にしたように笑った。
「なるほど、こいつか」
ハハハッって乾いたような声で笑う。
勘にさわる笑い方。
さっき間近で見た気持ちの悪い表情を思い出して、吐き気がした。
「ふーん」
品定めをするように、蒼吾を上から下まで舐めるように見つめる。
「俺の方が、だんぜん勝ってるけどな」
私を見て馬鹿にしたように笑った。
「なんのことだよ」
苛立ちを隠せない蒼吾の声。
「いーや、こっちの話」
「あ?」
「探す手間が、省けたって事だよっ!!」

「蒼吾っ!!!」

私が声を上げるよりも早く、先輩の拳が蒼吾の顔をぶん殴った。
ガシャンって、派手によろけた大きな体がロッカーにぶつかる。
「喧嘩、ふっかけたのはそっちだろ?」
先輩がニヤリと笑った。
「お前、喧嘩したことあんの?俺、人の女盗っちゃって修羅場る事が多いから、喧嘩なれしてんだけど」
平気?って、馬鹿にしたように笑う。
「上等だよ」
切れた口元をぬぐいながら、蒼吾がゆらりと立ち上がった。
カチン、って。
スイッチが入ったような音が頭の中で響いた。
やばい。
やばい、よ。
こうなったら蒼吾は止まらないんだ。
だめだよ。
こんなところ見つかったら、怒られるだけじゃすまないって。
自宅謹慎どころか、停学になっちゃうよ。
そうなったら、蒼吾。
試合に出れなくなっちゃう────。


「だめだよ、蒼吾っ!!」
そんなの駄目だ。
背番号もらったって、あんなに喜んでたのに。
あんなに嬉しそうだったのに。
こんな事で試合、駄目にしないで…っ!!





「凪、お前、先生とこ行ってこい」
「チクル気かよ?」
「もしもの時の保険だよ。お前の側には置けねぇだろ」
「ハッ。負け惜しみかよ?俺に勝てる自信がねぇからそんな事ゆーんだろ?」
「負ける気はしねーよ」
「…蒼吾っ」
「さっさと行けよっ!!」


止めなきゃって思うのに。
体の力が抜けて立てない。
派手な音がして先輩の体が倒れ込む。
その体に蒼吾が馬乗りになって殴り飛ばした。
喧嘩慣れしてるって自信満々だった先輩は。
何度か蒼吾を殴った後。
簡単に床に転がった。
いくら喧嘩慣れしてるからって。
毎日、早朝から夜遅くまで部活で鍛えてる蒼吾の体力に勝てるはずがない。
血が飛び散って、ロッカーにこびりつく。






怖い。
早く誰かに知らせなきゃ。
でも、腰が抜けて座り込んだまま立てない。
怖くて怖くて、体の底から震えが来る。



先輩や蒼吾が怖いんじゃない。
一番怖いのは。
蒼吾が試合に出られなくなること────。











「蒼、吾…っ!!」


お願いだからもうやめてよ。
蒼吾が辛そうにしてる顔なんてもう見たくない。

ましろがいなくなって。
抜け殻みたいになった蒼吾を助けてくれたのは大好きな野球だった。
野球がいつもの蒼吾を取り戻してくれた。
だから。
野球まで蒼吾から取り上げないでよ…っ。



「もう二度と凪に近づくなっ!」



って。
蒼吾が先輩をのした瞬間。
半開きになった部室の扉から。
「なにやってんだ、お前らっ!!!!」
って。


先生の声が、響いた────。



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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-11-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-11-

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それから私達は中学生になった。
一部の生徒を除いてほとんどのクラスメイト達が、そのまま校区内の公立中学へと進学した。
成績のよかった私は。
一時期、私立中学への受験を進められたりもしたけど。
蒼吾と離れるのが嫌で、そのまま公立中学に進む事を決めた。


蒼吾は中学に上がっても野球を続け、私は陸上部に入った。
風を切って走ったり、跳んだりするのは好き。
なによりも同じグラウンドで頑張ってるあいつを見てると、自分も頑張れる気がした。

ましろとは、時々手紙のやり取りをする程度。
蒼吾もあまりその事には触れてこなくなった。
それでも。
口には出さないけれど、あいつの心の中にはまだましろがいる。
悲しいけど変えられない事実。










「ごめんなさい」
昼休みの屋上で、私は頭を下げた。
これで何度目だろう。
「なんで俺じゃダメなの?」
茶色い髪が揺れた。
ラフにざっくり切られたさらさらの髪を手で払いながら、長身の腰を折り曲げて私を覗き込む顔。
「付き合ってるやつ、いんの?」
「いません」
「じゃあいいじゃん。試しに俺と付き合ってみてよ?」
「ごめんなさい…」
「なんで?」
「…好きな人がいるから、…だから先輩とは付き合えません…」
もう一度頭を下げた。
覗き込んだ顔が一瞬、眉をしかめた。
「わーったよ」
そう言うとチッと舌打ちをする。
「ごめんなさい」
先輩の気配が屋上から消えるまで、私は顔を上げられなかった。


「すげーな、お前」
声がした。
「───蒼吾…」
顔を上げると給水タンクの上に蒼吾が腰かけて私を見下ろしてた。
手には食べかけの焼きそばパン。
いつからいたんだろう。
「中学上がって何度目だよ?」
タンクから飛び降りて、苦笑混じりに言った。
「あいつ、3年の田口だろ?イケメンでカッコイイって女子が騒いでたやつ。ちょっと軽そうだけど。でも結構モテるのに、お前が好きだったとはな」
すげーじゃん、っておもしろそうに笑う。
無神経。
「なん?」
きょとんとした顔で私を見る。
「焼きそば、ついてる」
「マジで?」
慌てて頬をぬぐう。
「給食、食べたんじゃないの?」
「食ったよ。でも足りねーんだよ。成長期」
そう言って笑う蒼吾の身長は、もうかれこれ高くなってた。
からかうと真っ赤になって怒るくらいチビだったのに。
中学に入る少し前ぐらいから蒼吾の身長はぐんぐん伸びた。
いつの間にかすっかり追い越されて、見上げなきゃいけないくらいに。

「好きな人がいるから、って。誰だよ?」
腰を折り曲げて私を覗き込む。
最近、妙に男らしくなってドキドキする。
身長のせいだ。
「…蒼吾には関係ない」
ぷいって、顔を逸らす。
そんなに近くで覗き込まれたら、まともに目が合わせらんないよ。
「すごいよな、そいつ。ナンバーワンじゃなくて、オンリーワンってやつ?確かそんな歌詞の歌があったよな」
何だったっけ、って呑気そうに声を上げた。
ほんと無神経。
でも悔しいから好きだなんて絶対、言ってやらないんだ。
どうせ届くことのないこの気持ち。
初恋は実らないっていうでしょ。
あれほんとだ。



「そういう蒼吾は、どうなの?」
「あ?」
残りの焼きそばパンをほおばりながら顔を上げた。
ハムスターみたいにほっぺたが膨らんでる。
「好きな女の子とか、いないの?」
「…いねーよ…」
「彼女とか、欲しくないの?」
中学に上がってから、彼氏彼女の関係の友達をよく見かけるようになった。
あの安部でさえ、今は彼女がいたりする。
これが結構、可愛くて。
ちゃんと仲良くやってる。
彼女の事、大事にしてあげてる。
すごく意外。

「俺、部活やってるし、そうゆーのめんどくさいんだよ」
膨らんだほっぺがもごもごと動いて、だんだん小さくなってくる。
「あんま、時間もねぇしな。デートする時間があったら、バッティングセンターにでも行ってるって」
大きな口を開けて笑う。
「…まだ好きなんだ」
「んあ?」

「ましろ」

その名前に、ぴくりって。
蒼吾の体が止まった。
顔つきが変わる。
動いていた口元が止まって、きゅっと一文字に結ぶ。
「まだ、好きなの?」

「…どーだろうな」
困ったように笑う。
「俺さ、あいつにした事とか、気持ちを伝えなったこととか。まだいまだに、すっげー後悔してる。
けど、どんなに後悔したってもう無理なんだよな。あいつ、海の向こうだし」
笑いながら空を見上げる。
ふわふわした白い雲が浮ぶ青い空。
「時差、何時間あると思ってんだよ?こっちは昼間なのに向こうは夜だぜ?すっげぇ距離だよなっ」
時差まで調べてたんだ。
勉強とかまったく興味がないくせに。
気持ちが一目瞭然。
嫌になる。
ぼんやり見上げた青空に浮ぶ真っ白い雲はフワフワしてて。
ましろのあの柔らかそうな髪や笑った顔を思い出す。


「そうだ」
蒼吾が思い出したように話題を変えた。
「俺さ、背番号、取れたんだ」
イシシって笑う。
「うそ、ほんとに?」
「15番!レギュラーじゃなくて控えだけど。でも勝ち進めば出番があるかも」
「1年生なのにすごいじゃん!」
「だろ?うちの野球部、人数多いからな。1年生でベンチ入りって、俺だけ」
そう言ってVサイン。
嬉しそうに笑う。
こういうところは相変わらず子どもっぽいんだけど、可愛いんだ。
「よかったら見に来いよ。…って、新人戦、陸上と同じ日か」
「うん。でも勝ち進んだら見に行けるでしょ?絶対見に行くから、勝って?」
「ああ」
「蒼吾んちのおじさん、喜びそうだよね」
「姉貴とかには絶対ゆーなよ?うるせーから」
すごく嬉しそうで、そんな蒼吾を見るのが幸せで。
宝物のような大事な時間。
でも。
私がその試合をだめにした。





忘れもしない。
あの日────。








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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-10-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-10-

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春は嫌い。
浮き足立った世間の波に、自分だけ取り残されてるような感じがするから。
あの日の惨めな気持ちを思い出す。









6年生になった春。
新しく担任になった岡田先生が言った。
「───残念なお知らせだが、園田が転校した」
教室が大きくざわめいた。
だって誰も知らされてなかったから。
5年生から持ち上がったクラスメイトのまま、卒業するんだって誰もが思ってた。
なのに。
「お父さんの仕事の都合で、サンフランシスコへ移住した」
ざわめきが強くなる。
だって小学生にとって海外なんて遥か遠い国。
「本人たっての希望で、転校することはみんなに内緒にしていてくれということだったので、今日まで伏せていた。別れが辛かったんだと思う。ひとりクラスメイトが減って寂しくはなるが、また新しい気持ちで新年度をスタートしてほしい。以上!」
そう締めくくった先生の声は。
あいつの耳に最後まで届いていなかった。




「日下部っ!」
朝のHRが終わったとたん、蒼吾がすごい剣幕で顔を寄せてきた。
「なに?」
理由は分かってたけれど、わざととぼけたような声を上げた。
「……こっちこいよ」
授業の準備をしていた私の腕を強く引っ張って、蒼吾が廊下に連れ出した。
刺さるようなクラスメイトの視線なんて視界に入ってない。
何もしゃべらない背中が怒ってる。
屋上へと続く階段の踊場までくると、ようやく腕が解放された。
つかまれたところがジンジンする。

「なに? こんなところまで連れてきて」
「園田が転校ってどういうことだよ?」
やっぱりその事。
クラスのみんな知ってるんだから、別に場所を変えなくってもよかったじゃん。
「お前、聞いてたんじゃないのか?」
顔がひどく怒ってる。
「聞いてたよ。でも、ましろが誰にも言わないでって言ってたから…」

泣きそうな顔で外国に行くことを告げたあの日。
クラスのみんなには言わないで、って。
ちょっぴり寂しそうな顔で笑いながら、ましろが言ったんだ。

「目立って騒がれるのが苦手だってこと、蒼吾も知ってるでしょ?」
「だからって…」
唇を噛み締める。
「何で言ってくんなかったんだよ…っ!!俺が、あいつの事好きなの知ってるくせに…っ」
すっごく悔しそうな顔で言うんだ。
なにそれ。
それを私に言うんだ。
なんでそんなにもましろが好きなの?
熱いものが胸に込上げてきて、私は強く唇を噛締めた。

本当は。
蒼吾にだけは話そうって思ってた。
ましろへの気持ちを知ってたから。
でも。
誰にも言わないでね、約束だよって、ましろのコトバに。
ずっと心の奥深くに閉じ込めていた私の心に、魔が差した。
誰にも、って。
蒼吾にも言っちゃだめってことだよね?
だって、約束したんだもん。

ましろの転校が決まって悲しかった。
本気で泣いた。
ましろのこと、大好きだったから。
でも。
泣きつかれて、ふと冷静になってみたら。
心のどこかで、もしましろがいなくなったらって思う自分がいて。
もしそうなったら蒼吾は────って。



嫌な子だ、私。








「何でお前が泣くんだよ」



無愛想な蒼吾の声が降ってきた。
知らず、涙が零れる。
だって。
「私の気持ち、全然わかって、ない…っ」
ぎゅっと掌を握りしめた。
気持ちのカケラがこれ以上、溢れてしまわないように。
「なんだよ、それ…」
「…私だって…っ」
蒼吾が好きなんだよ?
私の顔を見ればましろ、ましろって。
そんなのひどいよ。
溢れる涙をぬぐいもせずに私は真っ直ぐに蒼吾を睨みつけた。
弱い部分なんて見せるつもりはなかった。
私が泣いたってこいつは痛くもかゆくもないんだ。
いつだってましろだけ。
泣いたって抱きしめてくれたりなんか、しない。


「…悪かった、よ」
小さく呟く声。
「悪かったって」
そう言ってバツが悪そうに頭を掻いた。
「お前ら、仲よかったもんな。転校するって聞いて、お前だって辛かったよな。俺、カッっとしてて。…ごめん」
頭を下げた。

ほんと。
わかってないんだ。
こいつは鈍感だから。
きっと言わなきゃ私の気持ちになんて気付かない。
もしも、ここで。
私が好きって伝えたら、蒼吾。
どんな顔、するんだろう。
少しは私の事も見てくれるようになるの?
心の隅にでも私の事を考えてくれる時間ができるの?
ましろは、もういないんだから。
私は、きゅっと唇を噛み締めた。


「でも、さ。
…俺だって辛いんだよ。
俺、あの時のまんま、ちっとも進歩してねぇよ。園田に、好きもごめんも。何にも伝えてねぇのに…っ!」

悔しそうに唇を噛み締めて俯く蒼吾の顔。
それを目の当りにしたら、もう、何も言えなくなった。
すごく惨めで、報われない気持ちを思い知らされた瞬間。
ましろがいてもいなくても。
蒼吾の気持ちは変わらない。
きっと、これからもずっと。
そう思ったら悔しくて悔しくて。
溢れる涙を乱暴にぬぐって。
気がついたら、口から出てたコトバにびっくりした。









「もう、ましろは帰ってこないから。ずっと向こうで暮らすんだって」




とっさについた嘘に、蒼吾の顔が大きく歪んだ。








「…んだよっ、それ!!」



ガンっ!って、屋上への扉を蹴り上げた。








「もう、ましろには会えないから」


だから。


もうこれ以上、ましろを好きにならないで───。









「…ち、きしょう…っ」
泣きそうな顔で頭を抱え込んで座り込む蒼吾の姿に。
惨めな気持ちと、大きな罪悪感が胸を締め付けた。






ほんとは。
「仕事のめどがついたら2〜3年で帰ってこれるかもしれないから……だから、待ってて」
って、笑ってさよならしたんだけど。
教えてやらない。
だって、海の向こうに気持ちは届かない。
蒼吾の気持ちはもうずっと、ましろに届かなければいい。




小学生の私達にとって。
海の向こうの外国は、永遠に手の届かないような場所だった───。








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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-9-
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「凪ちゃん、音楽室いこ」
移動教室の前の休み時間。
珍しくましろが私の席に誘いに来た。
あの事件以来。
蒼吾を避けていたましろは、2学期になって私の席にあまり来なくなった。
理由は簡単。
私の前に蒼吾が座ってるから。
だから休み時間は、私がましろの席に移動して話す事の方が多かった。

「早いね、ましろ」
「うん。日直だから。音楽室の鍵、取りに行かなくちゃいけなくて」
あ、なるほど。
特別な理由はないんだ。
「じゃあ、行こっか」
準備の出来た教科書と筆記用具を持って席を立った。
その時。





「ましろちゃん」


背後から誰かに呼び止められた。



え?

ましろ…ちゃん?



今の、なに?
声が高かったけど、明らかに男子の声だった。







「リコーダー、忘れてる」
小花柄のキルトで作られた可愛いリコーダーケースを手渡す顔が爽やかに笑った。
転入生、佐倉。
真っ白なTシャツに水色のチェックのシャツを合わせた爽やかな格好。
夏でもあまり汗をかかない顔がにっこりと微笑んでる。
今。
ましろのこと、名前で呼んだよね?
「ありがとう」
って、嬉しそうに袋を受け取るましろ。
特に驚いた様子もなく、普通に笑って返す。
名前で呼ばれても違和感がなかった感じ。
ちらりと前の席を見ると。
クラスメイトと大口開けて笑ってたあいつの顔が固まってた。
うっ、わ…。



「じゃ、音楽室でね」
って。
佐倉は何事もなかったかのように、他のクラスメイトと一緒に音楽室へ向かった。
「いこっか」
振り返ったましろが笑う。
「あ、うん…」
こっちは放心状態。
あれって、今初めて名前で呼んだ感じじゃない。
呼びなれた感じだった。
あいつ、いつからましろを名前で呼んでたんだろ。
全く気付かなかった。

「凪ちゃん?」
どしたの?って。
自分より少し後を歩く私を、ましろが不思議そうに足を止めて振り返った。
「ね」
「ん?」
「ましろって…佐倉と仲いいね」
一瞬、きょとんとした顔をすると。
「…そっかな」
照れたように笑う。
「もしかして…あいつのこと、好きだったりする?」
私の言葉にくりんとした目がますますまん丸になって。
「まさか〜」
って、大げさなくらいに首を横に振った。
「そんなんじゃないよ。佐倉くんって優しいでしょ?なんか話しやすくて」
照れたように笑う。
「だよね」
でも、名前で呼んでたよね。
だからどうだって言われても困るんだけど。
蒼吾のあんな顔を見たら、ちょっと気の毒に思えた。
「佐倉くん、すごくいい人だよ?」
って屈託ない笑顔を見せるましろ。

この時はまさか。
数年後にましろが佐倉に恋をするなんて思いもしなかったから。
ふたりの仲良しな関係をこれ以上、深く追求する事はしなかった。
でも。
佐倉が転入してきたおかげで。
私は6年生の春まで、3人の微妙な関係に振り回されることになってしまった。










「ね、ましろにちょっかい出すのやめてくれる?」
昼休み。
探し回ってやっと見つけた屋上で。
スケッチブックを片手に座り込む爽やかな横顔に、ちょっとぶっきら棒な口調で声を掛けた。
「え?」
って。
描きかけのスケッチブックから佐倉が顔を上げた。
「だって、やたらとましろばっかり構うでしょ?」
ましろだけ名前で呼ぶし。
それってまた、ましろが反感買うんだよ。
ていうか、ましろのこと好きなの?
「なに?日下部ってましろちゃんの保護者?」
「そんなんじゃないよ!」
ムッとした。
「ごめんごめん」
そう言って笑う。
「でも雛鳥を守ってる母親みたいだよな?」
「なにそれ」
「ましろちゃん、ふわふわしてて雛っぽくない?」
かわいいよな、って付け加えた。
それ、蒼吾の前で言わないでよ。
あいつ、きっと動揺する。
ただでさえライバル出現か!?ってなぐらい焦ってるのに。
真っ直ぐなくせに不器用なやつ。
ささっと告っちゃえばいいのに。
そうすれば私だって少しは吹っ切れる。
でもふられるんだろうな。
そうなったらまた堂堂巡りだ。
はぁ、ってため息が出た。

「もういい」
「いいの?」
だって佐倉と話してると調子がくるっちゃう。
こっちが気を張って話してるのに、のんびりした穏やかな表情で言うんだもん。
力が抜ける。
まだ威勢のいい安部と話すほうが私の性に合ってるかも。
「そう?」
特に気にするでもなく、佐倉はまた手元に視線を落とした。


ふとその手元を覗き込むと、描きかけの絵が目に飛び込んできた。
屋上から見える景色。
空の青と山の緑のコントラスト。
「絵、うまいね…」
気がついたら思わずそんなコトバが出てた。
一瞬、顔を上げた佐倉が目を丸くするとにっこりと笑った。
「さんきゅ」
また視線が手元に落ちる。
「絵、好きなの?」
「うん」
顔も上げずに頷く。
真剣な横顔。
「人とか動物とかは、描かないの?」
佐倉の絵があまりにもうまいから、ちょっと聞いてみたくなった。
「生き物を描くのはあんまり好きじゃないんだ」
「どうして?」
「なんとなく」
ふーん。
こんなに上手なのに。
「ね。私、描いてみてよ」
だって、うまい人が描く自分ってちょっと見てみたい。
この前の図工の時間に、席の隣同士でお互いの顔を描き合ったんたけど。
安部の描いた私の絵って最悪だった。
ほんと。
破り捨ててやりたいぐらい。
そういえばあの日、佐倉は欠席してたんだっけ。

「日下部を?」
きょとんとした表情で座ったまま、私を見上げた。
「うん、描いてよ」
私のコトバにちょっと困ったような顔をした後。
佐倉は新しいページをめくるとサラサラと鉛筆を動かし始めた。
細くてきれいな手が魔法のように動く。
ちょっとすごいなって思った。
折り紙で鶴も折れないようなぶきっちょな蒼吾と全然違う。

「できたよ」
そう言って差し出された絵。
思わず私は顔をしかめた。
「なにこれ」
「雛鳥を守る日下部母の絵?」
苦笑まじりに差し出された絵は、二頭身の私が鳥に扮して怒っている漫画のようなイラスト。
絵っていうより漫画だよ、それ。
「ひどっ」
私は頬を膨らませた。
あははって、佐倉が笑う。
笑うとその辺の女の子よりも可愛い顔して笑うんだ。
不覚にもちょっとドキっとしてしまった。
クラスの女の子達は、きっとこの笑顔にやられたんだ。
危ない危ない。

「とにかく。ましろに必要以上にちょっかいださないでよね」
「…ん〜。考えとく」
「考えとくって…」
「ましろちゃんってさ、ぽやぽやしてて何だか放っておけないから、つい構いたくなるんだよね。日下部もそうじゃないの?」
それは分かるんだけど。
「とにかく、忠告したからね!」
「はいは〜い」
佐倉はわかってんだかわかってないんだか。
気のない返事をして手をヒラヒラと振ると。
また何事もなかったかのようにスケッチブックに視線を落とした。
変なやつ。
何考えてるのかわかんないよ。




その後。
佐倉は私の忠告を聞き入れることはなく、相変わらずましろと仲良しこよしだった。
そのたびに私は。
頬杖をついて、なんともいえない表情でふたりを見つめる蒼吾の背中を。
複雑な気持ちで見守った。
ましろは。
佐倉のおかげで男子への恐怖心とか、トラウマとか。
いじめられてた頃の心の傷が少しずつ和らいできている感じがした。
そんな様子を見てたら。
佐倉にましろに近づくな、なんていえなくて。
私はただ複雑な気持ちでふたりを見守った。

ましろの心の傷が回復しても。
蒼吾との仲は相変わらず。
4年生が終わっても、5年生になっても。
私とましろ、蒼吾と佐倉は微妙な関係のまま。
少しずつ大人へ階段を登っていった。



そんな中。
6年生を迎える前の春休み。
いつもと違う泣き出しそうな顔でましろがこっそりと私に言った。





「私、春で転校しちゃうの…。外国、行っちゃうんだ…」



って。


一瞬、何の事いってるのかわからないくらい。
頭が真っ白になった。





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佐倉は。
転入早々、秋の風を舞い込んだ。
暑苦しい汗だくの男子と違って、すっきりした爽やかな雰囲気。
涼しげな横顔が印象的な男の子。


初めて佐倉に出会った次の日。
「佐倉隼人です」
よろしく、と。
みんなの前で自己紹介をして爽やかに笑った転入生に。
クラスの女子のほとんどが掌をかえしたようになびいた。
だって。
ましろ一途な見込みのない蒼吾より、やっぱこっちでしょ。
私も乗り換えちゃおっかな。
なんて。
佐倉の周りに群がる人だかりを横目でぼんやりと見つめた。
春のように浮かれたクラスの女の子達。
さっきの休み時間なんて、隣のクラスの子まで見に来てた。
秋の風っていうより、春だ。
みんな頬をピンク色に染めて浮かれてる。
苗字だって『さくら』だなんて、春みたいな名前。
男のくせに薄いピンクのポロシャツなんて着ちゃって、でもそれが妙に似合ってる。
よれよれのTシャツを着てるクラスの男子とは大違い。
きれいな男の子っているんだな。

私も。
佐倉に群がってる女の子達みたいに。
簡単に気持ちを切り替えれたらいいのに。





「ね、凪ちゃん」
ましろのくりんとした茶色い目が私を覗き込んだ。
「え?」
「ね、ちゃんと聞いててくれてた?」
耳に掛けた茶色くてふわふわした髪が揺れた。
「ごめん、暑くてボーっとしてた。なに?」
「席、今度は近いといいね」
席替えのくじ引きの列に並びながら、ましろが柔らかい表情でふんわり笑った。
「そだね」
つられて笑う。


2学期の席替え。
一番の当たりくじはもちろん、転入生佐倉の隣。
女の子達は頬を桜色に染めて、自分の引いたくじの番号と、黒板に書かれた席の番号を見比べる。
佐倉の様子を横目で気にしながら。
紙とにらめっこをしながら一喜一憂してる姿が何だかおかしくて。
他人事のようにぼんやりと見つめてた。
でも。
その女の子たちから歓声が上がることはなくて。
佐倉の隣っていう一番の特等席を引いたのは。
ましろだった。


ましろはつくずく運があるっていうか、ないっていうか。
席替えに縁があるなって思った。
「……なんでまた、園田さんなの?」
影でこそこそ話す水野さんたち。
たぶんましろには欲とかそういうのがないからでしょ。
神様はその辺をちゃんと見てる。
「わ…。転入生君の隣だ。どうしよ、凪ちゃん…」
なんて動揺しながらも。
運んだ机を佐倉の机と合わせて、恥ずかしそうに話してる。
うん。
隣が佐倉なら大丈夫かな。
あいつ、優しそうだし。
嬉しそうに笑うましろの姿にホッとしながら、私も新しい席へと机を移動した。
廊下側から3番目の一番後ろ40番の席。
隣は────。

「お前かよ、隣」
そう言って嫌そうに顔をしかめた男子。
「…安部」
まさか、隣?
「39番」
そう言って安部が、番号を書いた紙を突きつけた。
うわ。
最悪だ。
なんで安部と?
私は大きくため息をつきながら持ってきた机を安部の机と並べて座った。
ついてない。
2学期の間ずっと、安部と仲良く机を並べて生活しなきゃならないなんて。
明日からの毎日を思うと憂鬱になってため息が出た。
ぼんやり頬杖をついて、嬉しそうに笑うましろと佐倉を眺める。
なんだ。
あのふたり意外に気が合うのかも。
男の子相手にあんなに笑ってるましろの顔って初めて見たかも。
これって。
蒼吾的にはちょっとやばいんじゃない?
今までましろとあんなふうにしゃべる男子っていなかったから。
あいつ、大丈夫かな。
なんて心配してたら、フッって前の視界が遮られた。




「なんだ、俺の後ろ日下部か」
って、無愛想に私の前に机を置いたあいつ。
「よろしくなっ」
その顔がニッと笑った。


蒼吾が、前の席…?
うそ。
何で今さら────。
蒼吾とはもう友達でしかいられないって、好きになるのやめなきゃって思ってたのに。
神様は意地悪だ。
なんで私ばっかりこんな辛い思いをしなきゃいけないんだろう。
なにか罰当たりな事、したかな。
なんて、神様を恨めしく思ったりもしたけど。
気持ちは正直だ。
決意なんて吹っ飛んじゃうくらい。
だって。
目の前に蒼吾がいる。
手を伸ばせば届きそうな距離に。
毎日、こんなに近くにいるんだ。
蒼吾の馬鹿でかい声も、笑った顔も。
授業中気持ち良さそうに眠る後ろ姿も。
こんなに近くで見られるんだ。
手を伸ばせば簡単に届く。
あの、大好きな背中に────。


「日下部」
って。
急に振り返って名前を呼ばれて。
弾かれたように伸ばしかけた腕を引っ込めた。
「なに?」
平然ぶって首をかしげてみる。
ほんとは超ドキドキしてるのに。
そんな私の様子なんて蒼吾はちっとも気付かずに。
ちょっとちょっと、って手招きをする。
なに?
って、顔を寄せたら。
「お前の前でラッキーかも。宿題、よろしくな」
って。
小さく耳打ちをしてあの顔で笑ったんだ。
いたずらっぽいくしゃって感じの笑顔。

諦めようと思ってたのに。
胸がきゅぅってなって気持ちが一気に加速する。
そんな顔して笑わないでよ。
もう諦めるんだって、心に決めてた決意がぐらりと揺らいだ。


でも。
そう思ったのは最初だけ。
いつもあいつの視線は教室の中央。
佐倉と楽しそうに笑うましろに視線が向けられていて。
頬杖をついて眺めてる横顔が普段の蒼吾の表情とは全然違っていて。
また泣きそうになった。
やっぱり後ろの席じゃなかったらよかった。
それならいっそ、蒼吾もましろも視界に入らない席の方がよかったって。
みじめな気持ちでいっぱいになった。
私が見ている背中は、相変わらず振り返ってはくれない。
これからもたぶん、ずっと。




神様はやっぱり意地悪だ。







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あの後、溢れる涙をぐっと抑えて。
私は蒼吾への気持ちを心の奥深く閉じ込めた。
彼女と友達をやるのには、そうでないとやってられないと思ったから。
園田さんはあの教室での出来事を、知らない。
クラスで蒼吾の気持ちを知らないのは、ましろだけ。




あの事件以来。
ましろに友達宣言をして、私達は結構うまくやってる。
ましろは見た目の通りのんびりおっとりした性格で、優しくて頑張り屋さん。
マイペースで意気地のない性格に、たまにイラっとさせられることもあるけど。
持ち前の愛嬌と可愛らしさで困ったように笑われると、つい気持ちが和んで許してしまう。
ぽやぽやしてて女の子らしくて。
女の子の私から見ても守ってあげたいなって思わせるようなタイプの女の子。
裏表がなくて。
名前に負けないくらい、真っ白で汚れてない。
彼女の見えてる表が全て。
ましろのそんなところに、蒼吾は惹かれたのかもしれない。

自分のために友達になったましろは。
気がつけば、親友になってた。
見た目も性格も、好きなものも。
何もかもが正反対な私達だったけど。
話してみたらすごく気が合って。
ましろと過ごす時間の心地よさに、いつの間にか惹かれていった。


「ずっと友達になりたいって思ってたんだ」

あの日、ましろに言った言葉に嘘はなかったけれど。
蒼吾のことがなかったら、こんなに仲良くはなってなかったのかもしれない。
そういう意味では感謝しなきゃね。
でも。
時々、まだ胸が痛む。
遠くからましろを見つめる蒼吾。
隣にいる私なんて通り越して、視界にも入らないくらいの真っ直ぐな視線。
それに気付かないましろの鈍感さは、ある意味すごいと思う。

あの事件以来。
ましろと蒼吾が話すことはなかった。
もちろん私も含めてクラスメイト全員。
蒼吾の気持ちをましろに告げる事はない。
気持ちを伝えるのは、私達じゃない。
蒼吾本人だって思うから。
だから誰も何も言わなかった。

でも。
ふたりの距離は、あの日のまま。
私は。
あの日、蒼吾がましろの家に行った事件を。
ましろが蒼吾と二度と話さないって決めた想いを、知らなかった。













新学期。
9月になってもうだるような暑さは変わらなくて。
今年の夏は記録的な猛暑を記録したというニュースが流れた。
小学生の私達にはそんなことはどうでもよくって。
とにかく暑いのを何とかしたい私は、膝までまくりあげたデニムのスカートをパタパタと扇いだ。
風が入って気持ちがいい。
「凪ちゃん、それ中見えちゃいそうだよ…」
ましろが小さく耳打ちした。
「だって、女子しかいないもん。大丈夫だよ」
5時間目の体育の授業の後。
男子よりもひと足先に運動会の練習を終えた私達は、教室で男子の帰りを待ちながら下敷きやノートを扇いで涼を取っていた。
だって暑いんだもん。
特に炎天下で行われた体育の授業の後。
こうでもしないとやってらんない。
先週まであったプールの授業。
冷たくて気持ちがよかったプールの水が恋しい。

「でも…」
ましろが恥ずかしそうに顔を赤らめた。
当の本人は涼しい顔をしてる。
暑くないはずなんてないのに。
きっとましろは灼熱の砂漠に投げ出されたって。
こんなはしたない事しないんだろうな。
ハンカチで額に滲む汗を軽く拭きながらぼんやりと窓の外を眺めてるましろ。
水色のレースキャミに合わせた真っ白なワンピースが風にフワフワ揺れる。
ほんと、女の子女の子してるんだ。
羨ましい。
「日下部さん」
廊下から呼ばれた。
「先生が用があるから来てくれって」
「職員室?」
「ううん。まだ男子が練習してたから、グラウンドの方にいるんじゃないかな」
「わかった、ありがとう。行ってみるね」
私は暑さの引かない気だるい体を起して立ち上がった。




校庭に行くと、まだ男子が運動会の練習をしてた。
プログラムに組み込まれている競技『マスゲーム』。
うちの桜塚小学校で代々伝統となって引き継がれてる組体操。
4年生・5年生・6年生の男子で行われる組体操が毎年、運動会のラストを飾る。
これが結構、ダイナミックでカッコイイんだ。
日頃情けないクラスの男子が2割り増しでかっこよく見えちゃう。

私を呼び出した先生は、運動場のど真ん中。
なかなか出来ないピラミッドの指導に当たってる。
呼び出しておいてこっちを見ようともしない。
この調子だと帰りのHRまで遅くなっちゃうよ。
女子だけでも先にさよならして帰りなさいとか言うのかな。
私はまだまだ暑い9月の日差しに目を細めながら、校舎の影に入った。
それだけでも全然気温が違う。
校舎の壁に背中を預けるとひんやり冷たくて、ちょっと気持ちが和んだ。
ぼんやりとグラウンドを眺めながら、ため息を零した。


ゆらゆらと浮かび上がる夏の陽炎の向こう。
ピラミッドの天辺。
背筋を伸ばして立ち上がる蒼吾の姿。
あいつ。
体がちっちゃいからピラミッドの天辺なんだ。
身長、伸びるのかな。
この前、身長のことでからかったら真っ赤になって怒ってた。
成長期過程なんだよっ!って。
気にしてるんだ。
牛乳嫌いだから伸びないんだよ。
こんなに人がいても蒼吾だけは見つけられる。
いつだって気がついたら目で追ってる。
嫌になっちゃう。


それにしても、暑い。
やっぱり教室に戻って出直してこようかな。
私は暑さに耐え切れず、またスカートを少し上げてパタパタと扇いだ。
「それ。中が見えそうだけど大丈夫?」
突然、空から声がした。
ぎくり、と身を縮こまらせて私は恐る恐る声のした方へ顔を上げた。
校舎横の外階段。
一階と二階を挟む踊場のところ。
手すりに体を預けるようにして見下ろす顔。
見たことのない男の子。
薄い桜色のラルフローレンのポロシャツに、膝丈の黒のカーゴパンツ。
ちょっぴり長めのサラリとした髪は夏なのにほとんど汗で濡れてなくて。
涼しそうな顔で笑う。
男の子のくせに色が白くてきれいな肌。
誰、だっけ?


「おー、日下部!悪いな」
ようやく授業を終えた担任の茂野先生が、汗だくの顔を首から下げたタオルでぬぐいながらこっちにやってきた。
クラスの男子達もあちーとか言いながら、こっちにやってくる。
「なんですか、先生」
暑いから早くしてほしいんですけど。
私は流れる汗をハンドタオルでそっとぬぐった。
「お、一緒だったのか。それならちょうどよかった」
そう言って先生が見上げた先。
さっきのきれいな顔の男の子と目が合った。
にっこりと笑う爽やかな顔。
なんか調子が狂う。
「放課後、そいつを校内案内してやってくれないか?」
「え?」
「2学期からちょっと遅れたけどな、転入生。明日から4年1組のクラスメイトになるんだ」
そう言って振り返った先。
「俺、佐倉隼人。よろしくね、日下部さん」
涼しそうに笑った彼。



それが佐倉と私の、最初の出会いだったんだ。







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魔法のコトバ*  Season8 comments(0) -
魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-6-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-6-

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意識を失った園田さんは顔が真っ青で、呼びかけてもピクリとも動かなかった。
とにかく保健室に連れて行かなくちゃ。
「誰か、先生呼んできて」
そう言って顔を上げた時。

「オレが連れてく」

横から伸びてきた腕に、私は弾かれたように顔を上げた。


「────蒼吾」

連れてくって、どうする気?

「オレが、おぶってくから」
園田さんの横に腰を降ろした蒼吾は、ゆっくりと彼女の体を引き上げた。
意識のない園田さんの体はぐったりと力がない。
病院に連れて行ったほうがいいんじゃないのかなって、心配になっちゃうほど。
「無理だよ」
意識のない人間は重いんだよ?
「いいから。手伝えよ」
「…う、うん…」
園田さんの体を支えながら蒼吾の背中へと背負わす。
クラスでも小さめな園田さん。
細くて軽い。
でも、蒼吾だって決して大きい方じゃない。
まだまだ成長過程の私達の男女の体格差なんてないに等しいのに、それでも蒼吾は聞こうとしなかった。
馬鹿だよね。
自分が傷つけた責任の重さをちゃんと背負おうとしてる。
どこまでもバカみたいに真っ直ぐなんだ。


「…んだよ、蒼吾…。お前、園田の事、庇うのか?」
安部が口を開いた。
「やっぱり園田の事、好きなんじゃねーか!」
ハッって鼻を鳴らして、馬鹿にしたように笑う。
こんな時に何言ってんの?
もとはといえば、あんたのせいでしょ?
私はキッと安部を睨みつけて、拳を握りしめた。
女の子だからなんて関係ない。
一発、引っぱたいてやろうかって立ち上がろうとした。
その瞬間。







「悪いかよ?」


教室に響いた低い声に、踏み出しかけた足が躊躇した。





「園田が好きで、悪いのかよ?」


蒼吾が強く、はっきりと告げた言葉に。
教室がシン…って静まり返った。
もう何を言われても揺るがない、真剣な眼差しで安部を睨みつける。
安部は。
一瞬、ぐっとコトバを詰まらせて。
その後、何も言わなくなった。
ううん。
何も言えなくなったんだ。






「行くぞ」

「…うん…」


もう。
クラスで園田さんの事を悪く言うやつはいなくなった。
あんな園田さんを見たら。
蒼吾を見たら。
何も言えない。
言えるはずないよ。
もちろん安部を責めることもできない。
だって。
みんな同罪だもん。
中心になって彼女を傷つけた安部達も。
ただ見てるだけで何もしようとしなかった傍観者の私達も。
もちろん蒼吾も。
みんな一緒。
中傷されて毎日泣いていた園田さんよりも。
もっと弱虫なのは私達。

強くならなきゃ。











保健室に着くと、あいにく保健医の先生は外出中だった。
とりあえずベッドに園田さんを降ろして、軽く布団をかける。
彼女の柔らかそうな髪がベッドに広がった。
蒼吾は。
3階から1階までの距離を。
重いとか、疲れたとか一切弱音を吐かずに。
一度だって休んだり降ろしたりもせずに、園田さんを背負って歩いた。
まるで大事な宝物を抱えるみたいにして。


「あと、頼むわ」
園田さんが無事ベッドに横になったのを確認すると、蒼吾が保健室を出ようとした。
「え、なんで?」
起きた時に近くにいなくていいの?
だって謝る絶好のチャンスだよ。
「俺、先生に話してくるから。今までのこと」
「…そっか」
さっきの安部の表情を見てたら、もう園田さんにちょっかいを出してくるような事はないだろうけど。
念には念を。
「でもそれなら私の方が…」
学級委員だし。
だって蒼吾が話したら、一緒に怒られちゃうよ。
その辺はうまく言ってあげるから。
だから。
「いいよ。俺も同罪だし。それに…目が覚めた時、俺がいたらまずいだろ?…キス、しちゃったから」
どくん。
心臓が痛んだ。
さっきの騒動ですっかり忘れてたのに。
「…なんで、…したの?」
小さく声が震える。
別に蒼吾がしなくてもよかったんじゃないの?
他に庇う方法なんていくらでもあったのに…。

「…俺、阿部たちが計画してたの知ってたんだ。ちょうどお前らと別でビデオ見せられた時」
あ。
性教育のビデオを見た時だ。
確かにあれぐらいの時期から阿部たちの様子が変だった。
やけにニヤニヤしてて、何か企んでるような笑い。
厭らしい笑みっていうか、気持ちが悪い感じ。

「ビデオ見た後、キスしたことあるか?って話になって、それがどんどんエスカレートしてって。あいつらの仲間内で試してみようぜって話になってた。そのターゲットが園田。
あいつなら何も言えないし、可愛いからキスする相手として不足もない。お前の名前もあがってたけど、やばいだろ?返り討ちに合いそうだし」
失礼だよ、それ。
私のこと、何だと思ってるのよ蒼吾。
ちょっとムッとしたけど、あえて言い返さなかった。
間違いではない。
たぶんやってる。
「まさか冗談だろうって、安易に考えててさ。ほんとにやるなんて思ってなかったから」
悔しそうに唇を噛み締める。
「俺、止められなかった。計画してたの知ってたのに。あいつが安部に、って思ったら、もう頭で考えるよりも先に体が動いてて…。
サイテーだよな、俺。園田の気持ち、完全に無視してた。だから俺も先生に怒られて当然」
「…蒼吾…」
痛いぐらいの園田さんへの気持ち。
ほんと馬鹿だよ、蒼吾は。
「俺、行ってくるからあいつについてってやって」
「わかった」
静かに頷いて背を向けた。
そうでもしないと蒼吾が園田さんを想う真っ直ぐな気持ちに、自分の気持ちが負けてしまいそうだったから。
蒼吾の気持ちが辛くて、痛くて、どうしようもない。
溢れそうな涙を必死でこらえて、蒼吾に背を向けた。
早く行ってよ。
でないと私、限界だよ。
泣くもんか、って。
ぎゅっと唇を噛み締めた私に。
蒼吾が保健室の扉を出る寸前。
振り返って私を呼んだんだ。



「凪」────って。


心臓が止まるかと思った。
だって、名前。
凪って呼ばれたのなんて久しぶりで。
昔は『蒼くん』『凪ちゃん』なんて呼び合ってたのが、いつの間にかあいつだけ私の事を名前で呼ばなくなった。
蒼吾は。
園田さんの事を口にしたあの日から、私の事を凪って呼ばなくなったから。
胸がどうしようもないくらいきゅうってなった。

「なに?」
平然を装って振り返ったら、蒼吾がこっちを見て笑ってた。
何か吹っ切れたようなちょっと清々しい笑顔。
「ありがとな、止めに入ってくれて。あれ、絶妙のタイミングだった」
「あれは別に……」
蒼吾に頼まれたからじゃないよ。
自分の為。
「やっぱお前、俺のサイコーの友達だよなっ」
そう言って顔をくしゃくしゃにして笑うんだ。

そんな顔して笑われたら、私。
もう友達でしかいられないじゃん。
涙が溢れそうになるのをグッと我慢して。
「でしょ?」
って、笑って見せた。



この時から私は。
蒼吾に辛い顔とか泣き顔とか。
一切、見せなくなった。
見せられなくなったんだ。






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