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Season9 初恋〜サイド蒼吾-17-
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翌日の放課後。
オレは屋上に呼び出された。
「話って何?」
パタパタと風にセーラーカラーとスカートの裾が揺れる。
肩にかかったストレートの黒髪を手で押さえながら、日下部がゆっくりと振り返った。
「……昨日、どうしてあんなことしたの?」
綺麗な二重の瞳が真っ直ぐにオレを見つめる。
「最初から私と守口くんを会わせるために呼んだの?」
「……アイツ、いいやつだぞ」
「守口くんがいい人だっていうのは知ってる」
「昨日、楽しくなかったか?」
「楽しいとか楽しくないとか、それ以前の問題でしょ?」
穏やかに話していた日下部の口調が、突然強くなった。
「どうして蒼吾がそんなことしなきゃいけないの? 知ってるでしょ? 私が誰を好きなのか」
今にも降り出しそうな空のように顔を曇らせて、オレに告げる。
その唇は微かに震えていた。
「余計なこと、しないで……っ」
口元をきゅっと横に結んで、日下部が乱暴に視線を逸らした。
いつも日下部はそうやって虚勢を張って。強がって。
いつだって弱いところを見せようとしない。
そんなふうにさせてんのはオレなんだって。
オレのせいなんだってわかってるけど、オレは日下部には何もしてやれない。
日下部がオレに望むことは何ひとつ、叶えてやれない。
「前にも言ったけど…オレはお前を友達以上には見れない。お前がオレのことをどう思っていようが、オレの気持ちは変わらねぇ。気持ちに答えてやること、できないんだよ。
だから……。オレを好きでいるの…、もうやめろ──────」
オレなんかより、いいやつなんてたくさんいるだろ?
頼むから。
オレはその気持ちに答えてやれないから。
「……可能性がないことぐらい、はじめからちゃんとわかってる。
だけど……っ、どうしても無理なの。諦めきれないの! 好きになってなんて我がままいわないから、せめて好きでいさせてよ? 私から、蒼吾を想う気持ちまで取り上げないで……っ!」
日下部が泣きそうな声を上げた。
「──────なんでオレなんだ? なんでオレなのか……わかんねぇよ…」
だってそうだろ?
「好きになってもらえる可能性もないのに、オレを好きでいる理由、ないだろ? オレよりいいヤツなんてたくさんいるのに」
オレのこと、さっさとやめちまえば、幸せになれる可能性なんてたくさん転がってんのに。
なんでオレなんだよ?
すごく真剣な表情で日下部が聞き返した。
「じゃあ──────、どうして蒼吾はましろなの?」
その瞬間。
湿った空に携帯音が鳴り響いた。
すぐ近くで。
たぶん俺の後ろの壁の向こうくらい。
音楽なんてあまり知らない俺でも聞いたことのあるメロディ。
ディズニー。
心臓が止まるかと思った。
でも。
「────ましろ……」
日下部が唇に乗せた名前にもっと驚いた。
心臓を鷲掴みにされたみたいだった。
……園田?
間違いであってほしいと願いながら、振り返る。
でも。
そんな浅はかな考えは一瞬で砕けて、携帯を両手で握りしめながら、真っ青な顔でこっちを見ている丸っこい目と視線がぶつかった。
うそだろ、おい…。
「………ごめんなさい…ッ。聞くつもりは…なかったんだけど……」
小さな唇が微かに震えてた。
「話、聞いてたのか…?」
こくんと頷いたふわふわした髪が揺れた。
マジかよ─────。
なんで。
どうして園田がこんなところにいるんだよ!?
一番聞かれたくない話を一番聞かれたくないヤツが聞いてたなんて。
べつにオレの気持ちを知られるのは構わない。
こういう形で伝わるのは不本意だけど、事実だ。
でも。
聞かれたくなかったのはそこじゃない。
──────── 日下部がオレを好きだっていうこと ────────。
「……勘弁してくれよ…っ!」
思きりフェンスを足で蹴り上げた。
ガシャン!と派手な音が乾いた空に響いて、金網が少し凹んだ。
その音に、園田がビクリと体を震わせる。
「そういうことだから」
苛立ちを押さえる自信がなくて、オレはその場から逃げた。
「…蒼吾っ」
泣きそうに顔を歪めて、オレを呼び止める日下部に見向きもしないで背を向けた。
そうでもしないと、行き場のない怒りを日下部にぶつけて。
また傷つけてしまいそうだった。
「───────夏木…くん……っ」
すれ違いざま、園田がオレの腕を掴んだ。
震える小さな手が、必死にオレを繋ぎとめる。
こんなときなのに、園田を意識した。
こんなときなのに、腕に触れた小さな手が嬉しくってどうしようもなかった。
こんなときなのに。
こんなときじゃなかったら───────って、思う自分が情けなくて、どうしようもない。
でも。
それは日下部を思っての園田の勇気。
普段、こんなことしないようなやつが。
『大好きな親友』の為に、泣きそうなぐらい必死で。
怖いのも全部我慢して、口元をきつく結んで頑張ってる姿を見たら。
もう、言葉の続きが怖くて……聞けなかった。
『親友の好きな人』って立場のオレを。
園田はもう絶対に好きになってくれない気がした。
絶対に超えられない境界線を引かれちまったような気がして。
押さえきれない苛立ちを園田にぶつけてしまう。
「────────お前、関係ないだろ?」
そのひと言で。
驚くぐらい簡単に、掴んだ小さな手がするりと離れた。
見上げた顔が、また下を向いてしまった。
もう絶対傷つけないって決めたのに。
園田のあんな顔は二度と見たくないって思ってたのに。
オレはまた、園田を傷つける。
砂糖菓子みたいに甘くて大切な笑顔を、オレはいつも簡単に壊してしまう。
笑顔を取り戻すためにあんなに必死だったのに。
やっとオレの目を見て笑ってくれるようになったってのに。
どうして傷つけるのは、こんなにも簡単なんだろう。
ぽつりと頬に雨が落ちた。
ほんの些細なきっかけで。
関係が一瞬にして崩れる瞬間。
オレはその後。
それを痛いぐらいに体験することになってしまった。
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