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青春の条件2
「寺島、ムカつくんだよーーーーぉッ!! バカー! 人でなしー!! 」
屋上フェンスにへばりついて、グラウンドに向かって腹の内を思い切りぶちまける。
「奈津…。やめときなって」
本人が聞いてたらどぉすんのー?ますます嫌われちゃうよぉ?」
聞こえてるなら本望。
のれんに腕押し。ぬかに釘。馬の耳に念仏とはこのことだ。
寺島獲得に向けて動き出したあたしは。
ことごとくかわされて、うざがられて、無視されて。
しまいには「半径1メートル以内に寄るな! しゃべりかけんな!」と。
絶交宣言を言い渡される始末。
半径1メートルなんて、どう考えたって無理じゃん。
アンタとあたし。
席が前後なんだからさ。
今はもう、アイツの名前を聞くだけで腹が立つ。
金髪見たら、殴りかかりたくなる。
重症だ。

「で? キャプテンに聞いたの? 寺島スカウトの理由」
「聞いたよ」
「なんて?」
「…そんなもん、自分で調べろって」
人を頼るな。自力で調べろ。
チームに貢献したいつーんだから、それぐらいのガッツ見せろ。
そう云われて追い返された。
人に頼るな?
頼ってんのは自分らじゃん。
寺島を獲得したいなら、あたしみたいなか弱き乙女を利用しないで、自分らで動けつーの!
グーで殴りたくなるのを、かろうじて押さえた自分を褒めてやりたい。
「野球部…アクが強すぎ」
もし仮に。
入部できる日がきたとしても。
あたしはあのふたりの下で、やっていけるんだろうか。
あたしの入部には、もれなく寺島もついて来る。


「もう諦めちゃえば? あの寺島が野球部なんて、どう考えたって無理でしょ」
「先輩と同じ学校に入れたんだからさ、別にマネじゃなくてもぉ…」
「おー!いたいた」
屋上の扉が開いたと同時、春陽の言葉が遮られた。
見覚えのある顔が覗く。
「センパイ?」
どうしてここに?
「屋上にいるって聞いて───お前これ、落としただろ?」
「あ」
差し出されたのは1枚の紙切れ。
いらないって突き帰された入部届け。
お守りのようにいつも持ち歩いてる。
いつの間に落としたんだろう。


「何? どした?」
一向に受け取る気配のない私を、センパイが不思議そうに覗き込んだ。
いつもこれはあたしの手元に舞い戻ってくる。
これが受理される日が来るんだろうか。
「…ありがとうございます」
だめだ。
最初から諦めてたんじゃあ、届くものも手が届かない。
気持ち、前向きに頑張らなきゃ。
「どう? マネージャー、やれそう?」
そんなの。こっちが聞きたい。
あたしに可能性はあるのか。
「無理難題、ふっかけられてますからねぇ、この子…」
「何それ?」
「あれ? 聞いてません? この子、キャプテンから、入部条件をだされてるんですよ」
「それをクリアーできないとぉ、奈津をマネージャーとして認めないって」
「うっわー。もりぞーも鬼だなあ!」
「もりぞー主将じゃありませんよ。癌はジンさんの方!」
あの人。
見た目、いつも笑顔を絶やさなくて優しそうなクセに。
心の中はすっごく腹黒い。
仏じゃなくて鬼だ。


「条件って何なの?」
「うちのクラスのある男子を…野球部につれて来いって」
「1年? どんなやつ?」
「見た目の派手さとは真逆で、硬派気取ってるっていうか、スカしてるっていうか。野球部とは不釣合いなヤツです」
「何者?」
「それが分かれば苦労しませんって…」
アイツに触れられると妊娠するとか、100人斬りをやったとか。
親はヤクザで彼女はレディースだとか。
派手な外見のせいでアイツの噂は一人歩き。
何がほんとで嘘なのかわかんない。
寺島が見えてこない。
「真崎ー。眉間に皺、寄ってるぞ」
だって。
「ここのところ、この子、寺島に振り回されっぱなしですから」
「寺島…?」
センパイの顔が一瞬、曇る。
「寺島、誰?」
「なんて名前だっけ?」
「さあ? アイツを名前で呼ぶ友達っていないから、記憶に残ってないのよね」
「たしか…女の子っぽい名前だったと思うけどぉ……」



「…真崎、ちょっと来い」
「───え?」


顔を上げた瞬間、腕を掴まれた。


えー?



ええーーーっ??




「この子、借りてくな」
「はいはーい。どうぞご自由に」
「なっちーん。いってらっしゃーい〜」


ニヤニヤと手を振るふたりに見送られて、あたしはセンパイに手を引かれるまま、階段を降りる。
なにこれ。
どういうこと?
センパイ、手。
あたしの手、ぎゅって握ってる!!



汗ばんだ掌。
皮が厚くて、ごつごつとした手。
小柄な見た目からは想像つかない、大きな掌があたしの手を強く握る。
心臓がひっくり返りそうなぐらい、ドキドキした。
ドキドキしすぎて、体中の熱が上がる。
心臓の音も体が熱いのも、つないだ掌からセンパイに伝わってしまいそうな気がして、平常を装うのにあたしは必死だった。
センパイに手を引かれるまま、階段を降りた。
連れて来られたのは、1-Dの教室。
あたしのクラス。


「わっ!」

今度は頭を抑えられた。
ぺたんと、廊下に座り込む。
「センパ───」
「シッ! 黙って」
センパイの人差し指が唇に触れて、それ以上何も云えなくなる。
だって。
口を開いたら、心臓が飛び出しそうなんだもん。
真崎───何やってんの?
クラスメイト達が、哀れむような眼差しを投げかける。
隠れてるつもりなのよ、センパイは。
そりゃあ、教室からは見えないだろうけどさ。
廊下側からは丸見えなわけで。
バカやってんなーって、冷めた視線がイタイ。


「寺島って、どれ?」


そんなのセンパイはお構いなしで。
こそっと耳打ち。
仕方ない。
付き合ってやるか。
「あの窓際の……金髪じゃらじゃら男───です」
窓際の席でひと際態度のでかい金髪男を指差す。
「…マジで? あの金髪が寺島? 」
「ハイ…」
野球部に金髪なんて、お門違いでしょう?
同意を求めるように隣を見上げたら、センパイの顔色が変わった。




「…ホントに、寺島だ…───」












「───ハイ?」










今、なんて?






「おわっ!」



センパイの胸倉を掴んで、ずいと顔を近づける。






「…センパイ。寺島を…知ってるんですか?」
「…アイツ。俺がリトルでやってた時のチームメイトだよ」
「リトル?」
アイツが?





野球───やってたの?







「うそだー!!」
軽くパニック。
取り乱す。
だって、そんなの。
絶対信じらんないって!
「なに。そのリアクション。予想通り!」
センパイが失笑。
「だって! 寺島が野球? 金髪男が? ありえないでしょ、フツウ!!」
「うん。俺だって、アイツが寺島だって言われなきゃわかんねえよ。昔と外見、全然違ってるから───」
もう一度、教室を覗き込んで。
センパイが立ち上がった。
こんなところで話すのもなんなんで、ということで。
廊下の突き当たりにある外階段の踊り場へと、あたしたちは場所を移した。

「センパイって、地元民じゃないんですか?」
だって寺島、県外組受験組。
「俺は生まれも育ちもめちゃくちゃ地元。寺島が引っ越したんだよ。
俺が卒業する前だったから、アイツが6年に上がる時かなー」
「………」
「転校した先でもリトルリーグに入って、そのままシニアに上がったって聞いてたけど…。あの様子じゃアイツ、もう野球やってねーな」
だよね。
やる気があるならあんな格好してない。
とっくに入部届けを出して、ユニフォームを着てグラウンドを駆けてる。
「寺島が野球なんて…絶対うそだ…」
「まだ信じらんない?」
「だって……あの寺島ですよ? 投げるのはボールじゃなくて上靴、バットは窓ガラスを叩き割る為にある───みたいじゃないですか」
「…真崎、お前…どんなドラマ見てんだよ…」
センパイが苦い顔で失笑。
だって。
寺島イコール野球ていう図式が、どーしても結びつかないんだもん。


「じゃあ…最初から、寺島が経験者だって知ってて、あのふたりはあたしをダシに使ったんですね」
「そりゃそうだろ。高校からわざわざ素人使わないって」
ドロップアウトした人間をまた連れ戻したいだなんて。
もしかしなくても寺島は、有望株?
「アイツさー、打率がすげえいいんだよ。センスあるっていうか、思い切りがいいっていうか…。体格がいいから球の伸びもいい。ホームラン狙えるバッターだよ。寺島がうちに入ってくれたら勝率、あがるだろーな。甲子園も夢じゃないかも…。欲しいな、アイツ」
センパイが目をキラキラさせながら空を仰ぐ。
瞼の向こうに勝利の瞬間を思い描いているのが、あたしにも見えた気がした。
みんなから必要とされる存在。
入部届けを提出早々、いらないって付き返されたあたしとはえらい違いだ。






「センパイに必要とされるなんて…寺島め、羨ましすぎる…」








思わず本音が滑り出た。







「真崎───」






声に出したことに気づいて、慌てて口元を押さえたけどあとのまつり。
センパイがあたしを見た。



「や、あの……変な意味じゃなくて…、その…」





「俺、真崎のことも欲しいよ」








まあるい目を緩ませて、センパイが真っ直ぐにあたしを見た。






「マネージャー、やってくれるんだろ?」






目が合うとにかり。
歯を見せて笑う。




「センパイは…あたしでもいいんですか? 素人ですよ?」
「誰だって最初は素人だよ。ルールや仕事は、日々の練習の中で覚えていけばいい。欲しいのはやる気と意欲のあるヤツ。
お前だったら何でも一生懸命に、頑張ってくれそうな感じがするから」
屈託ない笑顔を見せて、センパイがあたしを覗き込む。
「違うの?」
「…あったりまえですよ! やるからには全力でやるに決まってるでしょ?」
あたし、センパイの力になりたい。
センパイが好きなものをあたしも好きになりたい。
見てるだけなんてイヤなの。
同じステージに立って、同じ夢を追いかけたい。
センパイの顔が、フッと緩む。
「お前ってさ、やっぱ思った通りの女」
「…?」
「クラスの女子ってさ、変にすまして大人ぶって、頑張ることはかっこ悪いみたいなところ、あるじゃん? 真崎はそういところがないんだよ。何にでも必死で、懸命で、全力で頑張って。そういうところ、お前の長所だよ。真崎が加わってくれたら、何でもポジティブに頑張れそうな気がする!」
センパイが笑いながら右手を差し出した。
「俺も協力するから。できることがあれば、何でも言って」
「ホント…ですか?」
「うん。だって俺、真崎のこと、絶対欲しいから」


「……センパイ」
「ん?」
「欲しい欲しいって…連発しないでください」
「変な意味に取るなよー。そういう意味じゃないから」
「わかってます」
わかってるけど。
期待しそうになる。
野球部にあたしが必要なのではなく、センパイがあたしを必要としてくれてる───って。



「うっ…わっ!」



差し出した手を、センパイが強引に引っ張った。
思ってもなかった力に踏ん張りが利かなくて、前につんのめる。
肩に触れそうになって、慌ててあたしは顔を上げた。
至近距離で視線が絡まって、ドキンと鼓動が跳ねた。
コメカミの辺りが、きゅーって痛くなる。


「手。開いて」
言われるままに開けた手のひらに、センパイが何やら文字を書き込んだ。
「コレ。俺のケー番とメアド。困った時はいつでもかけていーよ!」
手のひらに書かれた、クセのある右上がりの文字。
にこちゃんマーク。
かわいくて、くすぐったくて、笑ってしまう。
「…センパイ、これ! 油性マジックじゃないですか!!
午後イチで、調理実習なのにー。家政科の里見先生、衛生チェック、結構厳しいんですよ? それに今日の実習、さくら餅なのに。こんな手であんこを丸めたりしてたら……」
「げ。マジで?」
センパイが慌てて手のひらを擦るけれど、それはもう消えなくて。
しっかりとあたしの掌と心に、深く刻み込まれた。
「しゃーねえな…。手のひら、ずっとグーしとけ!」
それ。
ぜったいムリ!
「ごめんなー?」
頬を膨らませたあたしの頭をポンと軽く叩いて。
センパイが髪をぐしゃぐしゃってした。
「桜餅、変な味がしたら持ってこい。俺が責任持って食ってやる!」
覗き込んだセンパイの顔が笑顔に変わる。
センパイが触れるたびに気持ちが加速して、ドキドキして。
心臓、持たない。

「…センパイ」
「ん?」
「女の子に慣れ慣れしく触るの、やめたほうがいいですよ」
「なんで?」
「軽い気持ちで女の子にこんなことしてたら、セクハラって訴えられますから」
「うわ。ひでー!」
拗ねた顔で半分笑いながら、センパイがまだ懲りずにあたしの頭をぐしゃぐしゃってする。
「だからもう! やめてくださいってば! ほんとに訴えますよ!」
「やれるもんならやってみろー。うわ。お前の頭、鳥の巣みてぇ」
「誰のせいですか!誰の!」
こんな幸せ、誰にも渡したくない。
こんなカワイイ笑顔を見せてくれるのはあたしだけ。
そうだったらいいのに。



昼休みを終えるチャイムの音が耳を掠める。
「昼休み、もう終わりかー。早ぇ」
センパイと一緒にいられる時間なんてあっという間だ。
学年が違うから、廊下ですれ違うこともあまりない。
理由もないから、会いにもいけない。
もっともっと、一緒にいられたらいいのに。


「次お前、移動教室じゃなかったっけ?」
「あ」
ヤバイ。
本礼までに手洗い済ませて、エプロンつけて、始められる準備しておかないと。
センパイとの時間にゆっくり浸ってる余裕なんてなかった。
「センパイ、じゃあまた!」





「あ。真崎───!!」




教室に戻ろうとしたあたしを、センパイの大きな声が呼び止めた。








「あのさ。お前…次の日曜、何か予定ある?」

「今のところは、何もないですけど…」








「じゃあさ、その日、俺とデートしない?」












センパイの言葉に耳を疑う。






「───ハイ?」








やっとのことで搾り出した声は、驚くほど間抜けな声だった。





「行きたいところがあるからさ、ちょっと付き合ってよ」





握り締めてたケータイが手から滑り落ちた。
ヨッ、と。
身体を丸く折り曲げて、コンクリートの床に転がったあたしの携帯をセンパイが拾い上げる。
「セキル時間がねえから、あとでここに着信残しといて。メールでもいいから」
そう云ってセンパイのケー番の書かれた掌に、拾ったケータイを握らせる。
あの。
意味がわからないんだけど?



「日曜1時、星陵中の正門に集合な! 遅れんなよ!」



ぽかんと放心状態に陥ったあたしに向かって、笑顔でデートの約束。
もちろん。
断る理由なんてないけどさ。
でも、どうして?






「走れ、真崎! 授業遅れんぞ! じゃーなっ」








ぶんぶんと大きく手を振りながら。
センパイは風のように走って、廊下の向こうに消えた。





あたしが。
午後イチの授業に遅れたのは、言うまでもない。





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青春ライン comments(7) -
青春の条件 1
*青春ライン STEP2


寺島 要(テラシマ カナメ)。
野球とか、青春とか。
そういうのにもっとも縁遠い奴。
なんでそんなヤツを野球部に入れたがるのか。
全くもって意味不明。



「また遅刻かぁ?寺島ー!」
ガラッと教室後ろの扉が開いて、ひとりのクラスメイトが登校してきた。
寝坊しましたーって、言い訳が通じないくらいの大遅刻。
決まって週の初めは遅れてくる重役出勤男。
寺島 要。
もちろんその態度に反省の色は見られない。
「そんな不真面目な態度じゃあ、単位はやらんぞー?」
教師の嫌味なんてなんのその。
すみませんのひと言も、頭を下げることもしない堂堂たる態度。
もしかして、大物!?
それともただの常識知らず?
「早く座れ」
何を言っても無駄。
呆れた教師の言葉に、ドカッと席についた。


目の前がデカイ図体に遮られる。
良くも悪くも、寺島はあたしの前の席。
これも運命なのか、はたまた神さまの意地悪か。
「寺島を連れて来い」って、キャプテンに言われた瞬間。
すぐに彼の顔が浮んで消えた。
まだまだクラスメイトの顔も名前も一致しない春4月。
うちのクラスで寺島の名前を知らない人なんていない。
こうも毎週、重役登校してたら嫌でも覚える。
おまけに見た目もインパクト大。

日本人らしくない金髪。
んでもって、耳にはピアス。
首にはシルバープレートのネックレスが、その存在感を主張してて。
一言でいうと、派手。
もしかしなくても、ヤンキー君か?
それに反して行動は地味。
オレに関わんなーみたいな無言のオーラが滲み出ていて、人を寄せ付けない一匹狼。
入学してから寺島が、クラスの誰かとしゃべったり、一緒にいるのって見た事ないもん。
群れるのがキライ。
規則とか、ルールとか、集団行動とか、チームワークとか。
絶対、絶対っに、ムリなタイプ。

ガタイは…いい。
見上げなきゃいけない身長は、ゆうに170センチを超えてる。
制服のズボンを思いっきり腰履きしてるクセに、結構足の部分が長いんだよね。
走ったら意外に早そう。
細身なのに肩のラインは意外にガッチリしてて。
金髪ヤンキー君でなければ、ルックスもいい方だと思う。


いつも授業中は寝てるか、マンガ読んでるか。
今、読んでるのはROOKIES。
あれ?
意外に野球好き?
それともただの都合のいい偶然?
安仁屋みたいに、実は甲子園出場の夢を持ってましたーって?
ないない。
寺島に限ってそんなこと、ありえない。
そんな都合のいい展開は、漫画やドラマの世界でしょ。


「何見てんだよ?」
背中がしゃべった。
「それ、あたしも読んだよ」
中学時代、野球のお勉強の為に。
クラスの男子に借りて、数々の野球マンガを読み漁った。
「マンガ好きなの?それとも…野球に興味ある…とか?」
さりげな〜く探ってみたり。
「別に」
期待はずれ…ううん、想像通りのそっけない返事。
それどころか『オレに話しかけんな』的なオーラが見える。
「ねえ寺島くん、部活決めた?
うちの高校って部活動は全員入部制でしょ?」
自主性とやる気を培うとかで、やりたくなくてもどこかに所属しなきゃいけない。
「あの。野球部…入りませんか?あたしと一緒に」
「…アンタ、頭大丈夫?」
ははっ。
浮かべた愛想笑いも思いっきり乾いてる。
「何、いきなり誘ってんだよ?しかも野球部?意味わかんねー」
でしょうよ。
あたしだって何でアンタなのか、意味、わかんない。


「ねえ!寺島くんってば!」
チャイムと同時に席を立ったその背中を追いかける。
「待ってよ!寺島くん!」
人が敬意を示して君付けで読んでやってんのに。
その偉そうな態度は何なの?
あったまきた!


「ちょっと待てって言ってるでしょーっ!てらしまぁ!!」


シン…。
教室に幽霊が通った。

…じゃなくて。
あたしの大声に誰もがこっちを振り返る。
約一名、当の本人除いては。

「ち…ちょっと!寺島!!」
完全無視。
カッチーン!
「ちょっと!こっちに来てよ!」
教室を出たところで捕まえて、非常階段まで押し込んだ。

「何なんだよ、お前」
すごまれたって平気。
「だってそっちが無視するからでしょ?」
呼ばれたらちゃんと返事をしなさいって、親から習わなかった!?
「えらいドスの効いた声。そっちが素?女ってこえーな。
お前、男に生まれた方が良かったんじゃねーの?もしかしてついてる?」
何がよ!
この金髪オトコを目で殺せるのならば!と、あたしは睨みつけた。
「何の用だよ?さっさとしてくんねぇ?」
「だから。さっきの話、終わってないんだって!」
「はぁ?さっきの話?」
「その…。寺島ってガタイいいから。部活決めてないなら、野球部どうかなーって…」
「だから意味わかんねー。
所属するだけなら他にも楽な部活がたくさんあんのに、わざわざ野球部なんか入るわけねーだろ」
ごもっとも。
『部活なんかに青春、捧げるなんてカッコ悪』みたいなタイプの寺島が。
運動部の中でも練習も規則も厳し〜い野球部に、わざわざ入部するわけがない。
「ばーか。他、当れよ。オレは暇じゃねーんだよ」
気のきいた誘い文句が思いつかない。
アンタをスカウトしてこなきゃ入れないの。
センパイの側に行くための絶対条件が寺島。
アンタとアタシは運命共同体なのっ。


「待って…!」
チャンスを逃したくなくて、思わず強く寺島の腕を掴んだ。
「っざけんなよ、お前」
パシと、その手を払われる。
「気安くオレに触んな!」
冷めた目がジロリとあたしを見下ろして。
「お前のいる野球部だけはぜってー入んねーよ!勝手にひとりで青春やってろ!」
罵声を投げつけられた。
あーあ。
人生、そんなに甘くない。



「ハ〜イ。げきちーん」
「奈津は何でも単刀直入、ストレートすぎ。もう少しうまく立ち回るとか根回しとか、できないの?」
「世渡り上手になろうよぉ?なっち〜ん」
どこから見てたのか、悠里と春陽の哀れんだ声。
耳が痛い。
どうしてあたしは直球でしか勝負できないんだろう。
もう少し要領よくやってもいいのに。
「よく言えば正直者、悪く言えば考えナシのバカぁ?」
わかっちゃいるけど、春陽に指摘されるとムカつく。

「素人を勧誘するなら、魅力的な何かがないと…」
「入部してくれたらぁ、あたしを好きにしてもいいよぉとかぁ?」
「バカ春陽。節操ないこと言わないの!」
ポカンと悠里に頭を叩かれて、キャッと可愛い声が上がる。
「そうだよねぇ。あたしならともかくぅ、なっちんじゃぁ…ねぇ?」
そういう基準?
「まあ…。普通に考えてもあの寺島が、運動部になんて入るわけないよ。ましてや野球部になんて。お門違いもいいところ」
「でもぉ、そんなアウトロー君の寺島クンを入れたがるんだからぁ、何か特別な理由があってもいいんじゃないのぉ?」
「何でそもそも寺島なの?そこ、重要じゃん」
寺島獲得に向けていろいろリサーチはしてきたつもりだけど。
肝心なところが抜けてた。
寺島の過去。
中学生時代。
高校に入ってからの寺島の情報は集めたけれど、それ以前の情報がない。
だって寺島、県外受験組なんだもん。

「その条件を出したキャプテンと、もうひとりの…何だっけ?」
「ジンさん」
「そう。その人に聞いてみなよ」
「うーん…」
簡単に教えてくれそうにないなぁ。
それぐらい自分で調べろ。
それが出来ないなら入部資格ナシ!とか、強気で追い帰されそう。
「ダメもとでも聞いてみる価値はあるよ。無駄に寺島に体当たりするよりもその方が確実だって。
だって自分達でダメだったから、奈津を使って勧誘させてんでしょ?寺島を獲得する為なら向こうも協力してくれるんじゃない?」
そっか。なる程…。
あたしはいらなくても、寺島のことは欲しいんだもんね。
「何だったらぁ、あたしも一緒に行こうかぁ?」
話がややこしくなるからヤメテ。
女子力全開の春陽を押しのけて、よし!とガッツポーズ。


うん。
少しは先が、見えてきたかも。




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青春ライン comments(8) -
青春、始動! 3
*青春ライン STEP1


「なんなの!なんなの!!あのヒトはっ!
男臭い野球部に、潤いをって言ってやってんのに!大体、マネージャーなんてボランティアだっつーの!」
力任せに握りしめたら、未開封のペットボトルがべコって凹んだ。
中庭のベンチで 力いっぱい腹の内を吐き出して、桜の絨毯を蹴り上げる。
泥にまみれた桜の花びらが軽く舞った。

「ナツ。汚いってば。やめて」
食べていたお弁当から顔を上げて、白石悠里が迷惑そうに顔をしかめた。
「だって。思い出すと腹が立つんだもん!」
「もうその話はいいって。昨日からそればっかじゃん」
心底うんざりした表情で、悠里が凹んだペットボトルをあたしの手から奪い取った。
蓋を開けたら勢いよく中身が噴き出そう。
「どうすんのよ、コレ」
「ゴメン…」
うんと睨まれてあたしは肩をすくめた。

「下心、見え見えだったんじゃないのぉ?」
悠里の隣でコンパクトミラーを片手に、自分チェックをしていた朝比奈春陽が、面白そうに笑った。
太るからって昼食はサラダだけで済ませて。
色の落ちた唇にテカテカしたグロスを乗せる。
「下心なんてないよ」
「そっかなぁ?先輩目当ての入部なんて、不純な動機じゃないのぉ?」
ちくちくちくちく。
嫌味ばっか。

悠里と春陽は入学式で隣の席になって、意気投合して。
付き合いはまだまだ短いけど、うまくやってる。
ドライでサバサバした性格の悠里と、男には媚びるクセに女同士になると直球ストレートな春陽。
オンナノコ特有の“上辺だけ”みたいな付き合いがなくて、ふたりといると本音で話せて居心地がいい。
でも。
こういう時は、もうちょっと優しい言葉を掛けてくれてもいいんじゃない?

「なっちぃ、色気が足りないからなぁ」
「マネージャーに色気なんて必要ないです!」
「でもぉ。可愛いかブサイクかってゆったらぁ、やっぱ可愛い方がいいでしょう?」
ずいっと顔を近づけて、春陽が下から覗き込んだ。
「ね?」
可愛く首を傾げて得意の上目遣い。
うっわー。
こんなキラキラした目でお願いされたら、あの頑固一直線のキャプテンでも落ちちゃうのかな。
可愛さの秘訣を伝授してもらわなきゃ。

「もしかしてそのキャプテン、こっち系じゃないの?」
悠里が掌を返して頬に手を当てた。
いわゆる“おねえ系”。
いくら最近流行りだからってさ、やめてよ。
勘弁して。

「あ〜、違う違う」

ふいに頭の上から声がして、聞き覚えのある声に心臓が飛び上がった。
この声って、もしかして…。

「よ!食ってる?」

ベンチの後ろから身を乗り出すように上から覗き込んだセンパイと目が合った。
「中庭で弁当広げて、一年はやることが可愛いよな〜」
人なつっこい笑顔にドキンと心臓が跳ねる。
「センパイ、お昼は?」
「もう食った。昼イチで体育の授業だから、これから蒼吾と着替えに行くところ。…覗くなよ?」
「覗きませんって!」
そんなことしませんよーだ!
失礼しちゃう。
「相変わらず威勢がいいなぁ、お前。
昨日、もりぞーとジンさんにこっぴどくやられてたからさ、心配してたんだけど…元気そうじゃん」
「あれぐらいじゃめげませんよ。っていうか…もりぞーって?」
誰よ?
「ああ。キャプテンの事。
森田泰三(モリタ タイゾウ)。略してもりぞー。NHKのさ、モリゾーじぃさんに似てね?」
確かに。
ぬぼーっとした外見とか、でっかい図体とか、三白眼とか?
見た目だけならかなり似てる。


「去年も今年も。マネージャーやりたいって女子が何人かいたんだけど、全部もりぞーとジンさんに追い返されてさ。結構可愛い子いたのに、もったいないよなー」
ぬ。
聞き捨てならないセリフ。
「真崎ぐらいだよ。入部届け付き返されても、諦めずに食ってかかったのって。根性あるよ、お前」
センパイはさらっと人のことを褒めて、その気にさせるのが巧い。
たとえそれがお世辞や社交辞令だとしても、その屈託のない無邪気な笑顔で言われると本気にしちゃう。
センパイの言葉ひとつで舞い上がちゃうあたしも、かなり単純なんだけど。

「…どうしてキャプテンはそんなに、マネージャーを毛嫌いするんですか?」
「別にマネージャーが嫌っつーワケじゃないよ。男マネなら即OKだろ。
サポート自体は欲しがってんだし。たぶん、女が部に入ってくるのが嫌なんだよ」
「やっぱコッチ系じゃん…」
悠里がポソッと耳打ち。
だから。
それだけは勘弁してー。
あのガタイと顔でそれだけはありえないから。

「女の子入ちゃうとぉ、規律が乱れるからでしょう?」
栗色に染めた自慢の巻き髪を指でくるくる弄びながら、春陽が上目遣い。
そりゃあ。
春陽みたいな子がマネージャーに入ったら、規律、乱れまくりでしょうよ。

「過去に痛い目見てるからなぁ、あの人ら」
「痛い目?」
「ん〜…。なあ?」
センパイが友達と顔を見合わせて苦い顔。
あ。
この人も野球部員だ。
センパイとバッテリー組んでる人。
無駄に背が高いなぁ…なんてのんきに見てたら、その人とばっちり視線が合わさって、軽く睨まれた。
何で?

「もりぞーやジンさんが一年の時、マネージャー絡みで、部員が不祥事を起こしたらしくてな」
相方さんがじっとあたしを見据えて口を開く。
「選手目当てで入部しきて。不祥事起こして。
そいつのせいで、いい線まで行ってた夏の試合が立ち消えになった」
ギク。
「こっちは真面目一直線で甲子園に向かって頑張ってんのに、不純な動機で入ってきて、めちゃくちゃにして。そりゃ迷惑な話だよな?」
ギクギク。
何だかさりげ〜に釘を刺されてるように聞こえのは、あたしの気のせい?


「不祥事って…その子、何したんですか?」
悠里が興味津々で身を乗り出した。
あたしもその辺のところ、参考までに聞いておかないと。
「当時のエースとキャッチャーと三角関係ってヤツ。
もともとキャッチャーと付き合ってたのに、エースの押しに負けて流されて、部室でナニやってたのが見つかってバレテ、大惨事」
うっわぁー。
それは泥沼。

「バッテリーはめちゃくちゃ。おまけに部室での不純異性交遊に、暴力沙汰。そりゃ、高野連の耳に入ったらおおごとだよな。考えただけでぞっとする」
大げさに体を震わせてセンパイが肩をすくめた。

「あ〜…。
部室でやっちゃあマズイよねぇ?そういうのは隠れてうまくやらないとぉ。
ね?」

何の同意を求めてんのよ、春陽は!
センパイ達、ドン引きじゃないのよぉ!!


「3年の部員にその話はタブーだから、噂でしか知らないけど。もりぞーらが女マネを嫌がる理由はたぶんそんなとこ」
春陽の話をさらっと交わして、センパイがわしゃわしゃと頭を掻いた。
夏の試合が立ち消えになったぐらいだから、話に尾びれが付いたとしても、この噂はホント。
実際、あの頑固で真面目なキャプテンがこんなにも女マネを毛嫌いするんだから、きっと事実。
こりゃ本気で頑張らないと、簡単に折れてくれそうにないなぁ。


「何、難しい顔してんだよ?真崎に限ってそんな事ないだろ?
チームが勝ち上げる為の手伝いをさせてくれなんて、生半可な気持ちじゃ言えねぇって!オレあの時、マジで感動したから!」


パタパタと尻尾を振る柴犬の幻が見える気がする。
センパイはあたしが、不純な動機で入部したいなんて、微塵も思ってない。
無邪気に人を信じて、素直で、無駄に元気で。
そういうところを好きにはなったんだけど…。


「野球を熱く語る奴が選手目当てなワケ、ないもんなっ!」


こう疑いもせず信じてもらえると、良心がちくりと痛む。
あたしがマネージャーをやりたい理由って、不祥事を起こした先代マネージャーさんと同じような動機…なんだもん。
なんだかすっごく後ろめたい。

「もりぞーやジンさんはあんなだけど…悪い人じゃねーんだ。
野球に関しては真面目で融通が利かないだけ。ああいってるけど、ホントは誰よりもマネージャーが欲しいって思ってるはずだぜ?
期待できないやつには何も言わないし、無駄なエネルギーは使わねーよ、あの人らは。
真崎なら何かやってくれそうって、思ったんだろ?」
白い歯を見せてニカッと笑う。
笑顔が爽やかすぎてクラクラする。
その笑顔ひとつで、センパイの為なら何だって出来そうな気がしてくる。
あたし、かなり重症だー。

「オレらもマネージャー欲しいよ。できれば男じゃなくて、可愛い女の子希望!
ジンさんが、マネージャーはチームの花や飾りじゃないって言ってたけどさ、でも正直なところ、力仕事は出来てもやっぱ野郎じゃ癒されないだろ?
だから真崎には頑張って欲しい。オレ。期待、してっから!」
センパイがくしゃって、頭を撫でた。
キラキラ顔を輝かせて、とびきりの笑顔を見せてくれる。
それは真夏の太陽よりも眩しくって、あたしの胸を熱く焦がす。



可愛い子希望って……。
あたしでもいいってこと?





もう。





嬉しくって死にそう。





「ナ〜ツ〜。締りのない顔。ほら、く・ち。開いてるって!」
肘で小突かれて、あたしははじめて自分がバカみたいにぼさっと口を開けてることに気付いた。
いけない、いけない。
「今のが例のセンパイ?」
チビとのっぽのデコボコバッテリーが見えなくなったのを確認してから、悠里がにやけた顔であたしを振り返った。

「うん。そうだよ」
「ふ〜ん…」
「何?」
「好きな人追いかけて受験したって聞いてたからさ、もっとカッチョイ〜イ爽やかクンを想像してたんだけど…。思ったよりもフツー。ていうか、ホントにあの人、2年なの?」
「ちっちゃいし、童顔だしさぁ。上級生っていうよりも中坊?って感じぃ〜?」
きっつぅ。
「いいの!ちっちゃくても、普通でも!ライバルは少ない方が燃えるんだから!」
「それをいうなら、ライバルは多いほうが燃える、でしょ?」
だって。
春陽みたいに可愛くもないし、ライバルを蹴散らす程の自信もないから。
それなら少ない方がいいもん。


「で?入部の条件って何だっけ?」
「寺島を野球部にスカウトしてこいって」
「…寺島って…、うちのクラスの寺島?」
「うん。その寺島」
「なんで?」
「さあ?あたしに聞かないでよ」
こっちが理由を知りたいぐらい。
「えー。やめときなよぉ。いい噂、聞かないよぉ、アイツ〜」
「知ってる」
そんなのとっくにリサーチ済み。
「じゃあやめときなってぇ。変なのに関わらない方がいいよぉ」
「そんなこと言ったって、キャプテンのご指名なんだからしょうがないでしょ?」
あたしだって。
入学早々、面倒なヤツに関わりたくない。
刺激のない高校生活は退屈だけど、スパイスは程々でいい。


でも。
それで野球部に入れるなら。
センパイに、少しでも近づけるきっかけを掴めるのなら。
やってやろうじゃないの。


乙女の恋のパワーをなめんじゃないよ!







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青春ライン comments(5) -
青春、始動! 2
*青春ライン STEP1

「───入部希望?」
手元のA4サイズの用紙に視線を落としたまま、低い声でそう聞かれた。
早朝練習で『顧問とキャプテンが来ていないから出直して来い』と出鼻を挫かれて。
言葉通りに出直してきた翌日の放課後、グラウンド。
ヤル気満々でキャプテンと呼ばれる森田先輩に、入部届けを提出したところなんだけど。
何?
このウザったるそうな反応は。



「動機」
「…え」
「入部動機、聞いてんの!
経験者?中学の時、マネージャーやってたとか、ソフトやってたとか」
ブンブン。
「スポーツ経験は?」
「…ありませんけど…」
「……」
ごっつい顔がますます険しくなった。
眉間に皺を寄せて、フン…とか鼻を鳴らすし。
なに。
この気まず〜い沈黙は。
もしかしなくてもあたし、迷惑がられてる?



「なに」
「…え…?」
数秒たってから驚くほど、ぼんやりと聞き返したあたしに。
「何が目的だ?」
吐き捨てるような言葉と共に、じろりと睨みをきかされた。
「男子部のマネージャーだからって、チヤホヤされると思ったら大間違いだぞ?想像以上に、マネージャの仕事はハードだ。
選手目当て───、とかの入部だったらやめとけ」
あまりにも図星な発言に、あたしはギクリと身を縮こまらせる。
何で、バレてんの?

「大体なんだ、この髪は。チャラチャラしすぎだろ。切るか縛るかしてこい!はなからヤル気、ないだろ!」
力任せに毛先を引っ張られた。
ちょっと!
乙女の髪を何だと思ってんのよ、この人は!
サラサラストレートヘアを保つ為に、あたしが毎朝、ブローにどれだけ時間をかけてると思ってんの?
切れ毛ができたら、どう責任取ってくれるのよ?
暴力反対!



「…まぁまぁまぁ…、落ち着けよ」
キッと睨みをきかせたタイミングで。
あたしとキャプテンの険悪なムードに割って入った命知らずなバカなヤツ。
ユニフォームの胸の刺繍は『神』って文字。
───ジン?
閻魔大王のように威圧してくるキャプテンの隣で微笑む彼は。
ホント、あたしにとって神さまのように見えた。



「何?一年生?マネージャー希望なの?」
鬼の手から入部用紙を抜き取って、神さまが微笑んだ。
柔らかい人好きのする笑顔を浮かべながら、あたしと手元の用紙を交互に見比べる。
ああ、よかった。
やっとまともな人に対応してもらえる。

「マネージャー、やりたいんです。やらせてください」
ホッと安堵の息を漏らして、あたしは深々と頭を下げた。
鬼キャプテンに───ではなく、神さまのようなジンさんに。
たぶんこの人も三年生だ。


「…いいね。マネージャー。サポートしてくれる奴、欲しかったから、ちょうどいいんじゃない?」
想像以上にすんなりいい返事が返ってきて。
「え…じゃあ…」
パッと顔を輝かせたあたしとは正反対に。
「オイ!ジン…!!俺は認めるつもりないぞ!」
キャプテンが食ってかかった。
なんで?
そんなにもあたしが気に入らないですか?
一触即発。
睨み合ったあたしたちの間に割って入って。
「まぁまぁ、最後まで聞けって」
憤怒するキャプテンをなだめながら、ジンさんが笑顔を浮かべたまま、あたしを覗き込んだ。


「真崎さん、さ。君は何で野球部のマネージャーになんかなろうと思ったわけ?汚いしさ、汗臭いし。憧れだけでやれるもんじゃないよね?
コイツが言うように選手目当ての入部なら、吹奏楽とかチアとか…それで十分だと思うんだよね?
応援する方法なんて、いくらでもあるんだし───」
「そんなの…わかってます。厳しいのも覚悟してます。
───でも、どうしてもやりたいんです」
センパイの傍にいたいから。
少しでも長くたくさん。
センパイの力になりたい。
頑張っているセンパイのことを遠くで見てるだけなんてイヤ。
あたしはセンパイと一緒に、同じ舞台で夢を追いかけたいから。
その為にこの高校を選んで、こうやってここにいる。
センパイを追いかける為に必死だった中学三年生の一年間も。
これからの二年も。
一緒にいられる時間は、少しも無駄にはしたくない。
だから。

「お願いします!あたしにもお手伝いをさせてください!!」

あたしだって必死。
こんなところで引き下がれるもんですか。
諦めたらそこで終わっちゃう。
そんなのは、イヤだ。
あたしは制服のスカートのポッケに入れたお守り───センパイからもらったネームプレートをしっかりと握りしめた。




どれくらい沈黙が続いただろう。
「真崎さん、顔上げなよ」
ふたり分の深い溜息が聞こえた後、柔らかい声色でそう言われて。
あたしはじわりと顔を上げた。
そうしたら。
キャプテンとジンさんが諦めたように肩をすくめていて。
あたしを見下ろす視線とぶつかった。


「俺らもさ、マネージャーは欲しいって思ってる。
チームに貢献できる、支えてくれるマネージャーが欲しいって。俺が言ってる意味、分かる?
お荷物になるならいらない───ってこと。マネージャーはチームの花や飾りじゃないんだよ。同じマウンドに立てなくても、立派な戦力のひとつなんだ」
「あたし、やれます。
チヤホヤされたいとか、楽そうだからとか。そんな中途半端な気持ちじゃないです」
センパイ目当て…の入部は否定できないけど。
「マネージャー、やらせてください!
チームが勝ちあがるためのお手伝いをあたしにもさせてください。お願いします───!!」
絶対、引かない。
諦めたくない。
そんな気持ちであたしは体をうんと折り曲げて、懇願した。




「そんなに言うなら、入部を考えてやらんこともないぞ」
先に口を開いたのは、神さまのようなジンさんではなく。
鬼のようなキャプテンだった。
あたしは思わずバッと顔を上げて、まじまじとその顔を見つめた。
「ホント…ですか?」
「ただし───。条件がある。お前、1Dだったよな?」
キャプテンが手元の入部届けとあたしの顔を交互に見比べてニヤッと笑った。
ナンデスカ?
その意味深な微笑みは。

「お前のクラスに寺島っているだろ。そいつ、野球部に連れてこい。そいつをうちにスカウトできたら、入部。認めてやるよ」

は……?いいぃ???
寺島って、何?
誰??
どうしてあたしが…!


「マネージャーはチームにどれだけ貢献できるか───だろ?それぐらいできるよな?」
キャプテンは意地悪い笑顔を浮べて、あたしに入部届けを付き返した。
「それ。受理される時は、もう一枚、寺島の分が必要だからな。ガンバレよ」
神さまのようなジンさんも。
キャプテンと同じ意見らしくて。
フォローも何もなく。
「期待してるからね」
その言葉と笑顔だけ残して、放課後のグラウンドに消えて行った。


どうやら。
あたしの恋は、前途多難。
そう簡単にはいかないらしい。





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青春、始動! 1
*青春ライン STEP1


見てるだけの恋愛なんて性に合わない。
じっと待っているだけなんて、絶対にイヤだって思うから。
夢は見るものなんかじゃなくて、追いかけるもの。
青春なんて、一度きりしかないんだから。







「いってきまーす!」
真新しい鞄を自転車の前籠に突っ込んで、あたしは勢いよく自転車のペダルを踏み込んだ。
深緑の葉っぱをさわさわと揺らす春の風が心地いい。
いつもと変わらない路地なのに、何だか今日は輝いて見える。
あたし。
真崎 奈津(マサキ ナツ)。
7月6日生まれ。
夏に生まれたから“ナツ”。
もう一日生まれるのが遅かったら、ナナだったらしい。
名前の通り、夏が好きな高校一年生。
ほら。
人間、生まれた季節がイチバン好きっていうじゃない?
夏祭りに花火大会。
プールに海水浴。
カキ氷を崩すシャコって涼しげな音。
風鈴、チリン…。
これで暑くなければ言う事ナシなんだけど。
長所、は。
ちょっとのことじゃめげない前向きな性格。
見た目は…うーんと、普通?
悪くはないと思うんだけど、トクベツ美人ってわけでもない。
自慢じゃないケド、カレシいない歴は年齢と同じ。
ちなみに告られた経験もナシ。
悪い?
寂しい中学生活を送ってきたワケだけど……いいの。
これから女として開花していくのだから。
4月からピッカピカの高校一年生。
制服も靴も鞄もピッカピカ。
おろしたてのセーラー服の冴えた白が、朝日に反射して輝いて見えるのは気のせい?
ううん。
きっと、気のせいなんかじゃない。
だってずっとこの制服に憧れていたから。
紺色カラーのセーラー服。
これをずっとずっと、着たかったの。



あたしはこの春。
憧れていた青葉台南高等学校に無事、合格した。
志望動機は、好きな先輩がいるから。
片思い歴はもうすぐ二年になる。








朝一番に教室に入って、グラウンドに面した窓を思い切り開け放つ。
清々しい春の風と共に、グラウンドに響く野太い野球部の掛け声が飛び込んできた。

「わ…。朝早くから、頑張ってるな〜」

荷物の整理もそこそこに、窓辺に頬杖をついてそれを眺めた。
ネイビーブルーの野球帽の集団の中に、ひと際小さな頭を見つける。
その人が守口 涼輔センパイ。
あたしの好きな人。
体格のいい野球部の中にいると、小柄なセンパイはますます小さく見える。
子犬みたいな童顔がますますそう見せる。
あれで上級生だなんて、笑っちゃう。

柔軟とストレッチを終えて、ひと通り体を慣らした部員達は。
それぞれのポジション別に散って、軽く練習を始める。
さっきまで部員達とじゃれ合ってふざけてばかりいたセンパイの、スイッチが入る瞬間。
真剣さの向こうに見える、熱い輝き。
あーあ。
ホント、野球が好きなんだな。
悔しいけど、すごくカッコイイ。

実をいうと。
あたしは野球なんてやの字も知らないようなど素人だった。
9人でするものだとか。どうやったら一点入るだとか。
軟式と硬式があるとかはもちろん。
ピッチャーやキャッチャーぐらいは知っていても、それ以外のポジションの名前も知らない。
そんなレベル。

センパイを好きになって。
彼を追うと決めたあの日から、猛烈に勉強した。
自分で言うのもなんだけど、成績は割りといい方で。
センパイの通う公立高校の偏差値は、あたしにとって楽勝レベル。
判定Aのお墨付き。
だから。
勉強したのは受験の範囲じゃなくて、野球について。
初級レベルの入門書から始まって、マニアックな専門書まで。
クラスの男子に借りて、野球漫画もかなり読み漁った。
「おっ前、フザケンなよ〜。んで、参考書開かずに、漫画読んでんだよー」
中津に散々、嫌味言われたけどムシムシ。
受験前に叩き込んだのは数学の公式でもなく、英語の文法でもない。
野球についての知識、だ。

「よしっ!」
気合を入れるように呟いて、真新しい鞄から一枚の用紙を取り出した。
昨日、もらったばかりの入部届け。
クラスと名前を書き込んだだけの白い用紙。
これは恋の片道切符。
飛び込んだら最後、後には引き返せない。
でも、決めたから。
後から気付いてどうしようもなくなるのは、もう二度と嫌だから。
今しかないこの時を無駄にしたくない。
やらずに後悔するよりも、やってから後悔する方がずっといい。
最後の勇気を振り絞って、空白だった部活動の欄に大きく鉛筆を走らせた。
“野球部・マネージャー”───って。






用紙を握りしめてグラウンドの入り口に立ったら、足が震えた。
一年生の部活動解禁日(いわゆる今日この日)が来るまで、ずっと教室の窓から見てるだけだった。
頑張るって決めたのに、いざそこに立つと足が震える。
中学の時もそうだった。
吹奏楽部のコンクール。
死ぬほど練習して、自分の持てる限界までやりあげて。
自信はしっかりついているのに、いざ舞台に上がると足がすくむ。
震えがくる。
しっかりしなきゃ、いけないのに。
「ガンバレ、あたし!」
気合を入れるように小さく呟いて、制服のポケットに手を突っ込んだ。
指先に四角い小さな物が触れる。
センパイが受験のお守りにって卒業式の日にくれたネームプレート。
いつだってあたしに勇気と自信をくれる。

「…よしっ!」

勇気のカケラを握りしめて。
いざ、覚悟を決めてフェンスの入り口に手を掛けようとした時。
「うちに、何か御用?」
背後から突然、声を掛けられた。
あまりにびっくりしすぎて、思わず握りしめた用紙を取り落としそうになった。
じわりとそれを振り返ると、Yシャツにネクタイ姿のサラリーマン風の教師が怪訝そうな顔でこちらを伺いながら立っていた。
ひょろひょろっとしたその立ち姿は、野球部には似つかわしくない、夏の終わりのなすび?
「ん?もしかして…入部希望者?」
泳いだ視線が、あたしの握りしめた手元で止まった。
「あの……」
誰ですか?
怪訝そうに眉を寄せたあたしに。
「あ、僕。野球部顧問の新崎です。と言っても、名前だけの顧問なんだけど…。
とりあえずそれ、見せてもらえる?」
そう言って、顧問の新崎先生はあたしの手から入部届けを抜き取った。

「一年B組。真崎 奈津…さんね」
「はい…」
「星稜中学出身、ね」
「はい」
「……」
手元の用紙とあたしを交互に見つめながら、先生は何やらブツブツと独り言を呟くと、振り向きざまにグラウンド入り口のフェンスを思い切り開け放って、大声で叫んだ。


「守口ーー!」


聞き覚えのある名前に、ドクンと心臓が高鳴った。
鼓動が急速に加速する。
何で。どうしてセンパイを呼ぶのよ!?
嬉しいけど、心の準備が全くできていない。
どうしよう!

ブルペンで投球練習をしていたセンパイがこっちを振り返って、グローブを小脇に抱えたまま走ってくるのが見えた。
「はいっ!」
「彼女、真崎さん。マネージャーやりたいって」
「はぁ…」
センパイの目が泳いで、あたしを捕らえた。
柴犬みたいな茶色くて丸っこい瞳にあたしの姿が映りこむ。
心臓が跳ねた。
バクバクバクバク……。
鼓動が不規則に加速して、自分の手に負えないくらいドキドキしているのに。
センパイはよそよそしい社交辞令のような笑顔を浮べて、会釈をしただけ。
何、ソレ…。
「何でオレに言うんっすか?」
「同中だろ?彼女、星稜中出身だって。知らないの?」
「…スミマセン…」
バツが悪そうに視線を泳がせて、センパイが頭を掻いた。
心の中を、スーッと冷たい風が通り抜けた。
名前も知らない。覚えてるはずなんてない。
気まぐれでネームプレートをあげただけの後輩なんて、記憶の片隅にだって残ってるはずもない。
わかってたはずなのに。
心のどこかで期待していた自分が恥ずかしくて、惨めで。
じわりと熱いものが込み上げてくるのを我慢して、きゅっと強く唇を噛み締めた。

「マネージャーやりたいってぐらいだから、てっきり中学でもそういうのやってるのかと思ったよ。マネージャーじゃなくてもソフトボールとかさ…」
期待外れな入部希望者にがっくりと肩を落とした先生は、困った風にガシガシと頭を掻いた。
「練習、戻っていいっすか?」
「ああ。呼び出して悪かったな。続けて」
被っていた野球帽を脱いで、深く一礼をすると。
センパイは相方の待つブルペンまで駆けて行った。
短くて茶色い短髪がぴょこぴょこ跳ねて遠ざかるのを見ていたら、ますます悲しくなった。
センパイの心の片隅にも残れなかった自分の存在が、悲しくて悔しくてしょうがない。
期待してなかったなんて、ウソ。
本当は心のどこかで、感動の再会とか、思い描いていたのに。


「悪いんだけどさ、今日、キャプテン腹痛で休みなんだわ。監督は午後の練習からしか、出てこないし…。悪いけど放課後、もう一度出直してくれる?監督には話、通しておくからさ」
入部届けが返された。
何だかあたしは“いらない”って言われたみたいな気がして。
ますます惨めになる。
零れそうな涙を唇をきつく噛締めることで堪えて、あたしは軽く一礼して、その場から立ち去ろうとした。



「───あ!待って!!」


フェンスの扉に手を掛けたタイミングで、後ろから呼び止められる。
駆けて来たのはセンパイ。
胸の深いところが、きゅっと狭くなって苦しくなるのに、うまく笑えない。
笑顔が作れない。
愛想笑いひとつ浮かべられず仏頂面で振り返ったあたしに。
「…な、もしかしてお前って───」
センパイがずいっと、顔を近づけた。
そのまま前置きなしに手が伸びてきて、あたしの顔の横をすり抜ける。
センパイの指先が、耳を掠めて、頭皮に触れて。
そのままゴツゴツと骨ばった手のひらが、あたしの後ろ髪を掬い上げた。
その行動全てが、あまりにも、不意打ち。

「うああ!やっぱり!思い出したッ!お前、飴玉くれた子だろッ?」

あたしの動揺に気付いているのか、いないのか。
真っ赤に頬を染めた後輩のコトなんてお構いナシに、センパイがでっかい声を張り上げた。
「髪、長くなってるから、わかんなかった。ほら、こーすると…やっぱり〜!!」
掬い上げたあたしの髪を後ろで束ねて。
すごーく間近で覗き込んだ顔が、満面の笑みに変わる。
久しぶりに覗いた襟足がスースーする。
涼しいそれとは対照的に、顔はきっと、真っ赤。
…どうしよう…っ!
「髪、伸びたな〜。可愛くなってるから、わかんなかったよ〜」
その言葉に、ますます真っ赤になるのがわかる。
センパイは髪から手を離してくれない。
「女って髪型ひとつで、変わるもんだな〜」
なんて言ってるし。
この人、絶対、ニブイ!


「って…ぇ!」
「この、バカッ!気安く触るな!硬直してるだろ、かわいそうに。そういうの、セクハラってゆーんだよ!」
センパイの頭が勢いよく叩かれて、前のめりになった瞬間。
ようやくあたしの髪は解放された。
心臓が張り裂けそうなくらいドキドキいって、手が震えた。
「真崎ちゃん、っていうんだ。よろしくな!」
「うっわ。抜け駆けかよ」
ひと通り朝の練習を終えた部員達に小突かれながら、人好きのする子犬みたいな人なつっこい笑顔を浮べて右手を差し出したセンパイに。
思わず嬉しくって、泣きそうになった。
あたし。
やっぱり、この高校を選んでよかった。



その笑顔にホッとしたあたしは。
数日後、自分の甘さを思い知ることになる。


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青春ライン comments(4) -
ナツカゲ 4
*青春ライン プロローグ4


もどかしくてたまらない。
何となくわかっていても、知らんぷりをしてしまう。
こんなキモチは、気付かないほうがいい。
だって、センパイは。
あと二日で、卒業してしまうのだから───。







「卒業式なんて、かったるいよなぁ」
式を二日後に控えて、準備を終えたあたしたち二年生は。
上級生よりもひとあし先に練習を終えて、教室に戻っていた。
中津が大あくびをしながら、めんどくさそうに呟いて。
プリントで紙飛行機を作り始める。
捲れた部分からは、お決まりの卒業式ソングの断片が見えた。
「元気ないな、お前。変なモンでも食った?」
窓辺にうつ伏して、ぼんやりと外を眺めていると。
風に乗って、微かに『仰げば尊し』の歌声が聞こえてきた。
開け放った窓からは、春と呼ぶにはまだ肌寒い風が、頬を撫でて。
冬から伸ばし始めた肩までの髪を、さわさわと揺らす。



「…卒業式、やだな…」
「だよな。あんなかったるいの。2時間近くも、じっと座ってらんないって!三年だけでいいのに。…フケる?」
中津が嬉しそうに、折りかけの紙飛行機から顔を上げた。
「でるよ。ちゃんと」
だって、最後だもん。
「…あんたも剣道やってんだから、ちゃんと出なよ。そういうのは、武士道に反するんじゃないの?」
「武士道?そんなもん、オレの辞書にはナイ!
オレはオレが正しいって思った道を行く。オレが通った後に、道が出来るんだ」
「あ〜…。ハイハイ。勝手に言ってて」
「んだよ〜。今日は、やけに張り合い甲斐がないな?やっぱ、どっか調子悪いんじゃねぇの?生理…イテッ…!!」
中津の足を思い切り蹴り飛ばす。
あたしの気持ちなんて、ちっとも知らないクセに。
無神経にもほどがある。
今日はアンタと、漫才やる気も起こらない。


「あーあ。春からオレらも、最上級生か〜」


そう言って中津が、出来上がったばかりの紙飛行機を空に掲げた。
勢いよく振りかぶって、青に放つ。
紙飛行機は、高く。高く。
ゆったりと広がった青い空に舞って、雑路の中に消えた。

「いいなー。オレもどっか旅行、行きて〜」

隣で一緒に、飛行機の軌跡を追っていた中津が。
ポツリ、と。言葉を漏らした。


あたしも。
あの紙飛行機みたいに、好きなところへ。
飛んで行けたらいいのに……。







卒業式の当日は。
びっくりするぐらい、いいお天気だった。
冬の影なんて全く残さず、ぽかぽかと穏やかで暖かい日和。

『仰げば尊し』が流れて、すすり泣きが聞こえて。
クラスのオンナノコ達がもらい泣きで、目を真っ赤に染めて。
フケる気満々だった中津が号泣して。
なのに。
あたしは、涙ひとつ、出なかった。


三年生が明日からいなくなるって言われても、実感がわかない。
泣いてしまえば、それを認めてしまう気がして。
波のように押し寄せてくる現実に、押し潰されてしまいそうで。
…怖かった。
だから。
あたしは、最後まで、泣かなかった。







式を終えて、部活のセンパイたちを送り出して。
自転車置き場に来たら、もう、数台の自転車しかなかった。
センパイの自転車は…、ない。
なんだかやり切れないキモチを、溜息で誤魔化して。
ポケットから鍵を取り出して、差し込もうとした手が止まる。
籠の中に、小さな赤い物体。



「…何、これ……?」



「それ、センベツ───」



鼓膜を揺らした聞き覚えのある声に、弾かれたように顔を上げた。
鍵を握った手が、小さく、震えた。
「お前だろ?三学期の始業式の日。オレのチャリの籠に、飴玉入れたの。しかもコーラばっか!だからその礼。やる」
偉そうに踏ん反り返って、柴犬みたいな丸っこい笑顔で、センパイが笑ってた。



終業式にインフルエンザでぶっ倒れあたしは。
年末には復活して、無事、新年を迎えられた。
久しぶりに集まった仲のいいメンツで、初詣にいって。
そこでばったり会った、野球部の連中。
部の中で、インフルエンザが流行ってるらしいときいて。
「あの人、受験生のクセに、集まりにくるから…」
と。その大元の発症者が、センパイだと感付いて。
責任を感じた。
だって。
絶対、あたしがインフルエンザ、うつしたんだ───。

あの日のお礼とお詫びに、ありったけのコーラ飴を買って。
袋に詰めて。
渡そうと思ったけど、渡せなかった。
渡す勇気が、なかった。
結局、こっそりセンパイの自転車の籠に入れておくことしかできなくて。
やっぱりやめておこう…って、思い直して取りに戻った時には。
もうすでに、センパイの自転車は、なかった。
あの飴玉が、どこに行ったのかはわからず。
センパイが持って帰ったのか。
それとも、他の誰かが持って行ってしまったのか。
結局、わからずじまい。
もちろん、それをセンパイに聞く勇気もないまま。
三年生は受験で、来なくなってしまった。



「あの飴玉があたしからだ、って。気付いてたんですか?」
「お前しか、いないだろ?あんな大量に飴を買いそうなヤツ」
センパイが呆れたように、顔を覗き込んだ。
「ていうか、食べたんですか?アレ」
「食ったよ?」
「そんな得体の知れないもの、よく、食べようと思いますね。毒とか入れられてたらどうするんですか?」
「毒、入れたのか?」
「入れてませんケド…」
「じゃあ、問題ナシだ。ていうか、お前しか思い浮かばなかった。コーラの飴、くれるヤツ。お前からだと思ったから、食った」
センパイはごぞごぞとポケットを探って、一歩、距離を寄せた。

「手、出してみ?」
恐る恐る差し出した手を、そっと引き寄せて。
ポケットから取り出した物を、あたしの手のひらに乗せた。


「会えたらやろうと思って、ずっと荷物に入れてたんだ。オレのばぁちゃんち、駄菓子屋。こういうの、いっぱいあるんだ。もらって───」


手のひらに握らされたのは、あの日の夏の虹色。
レモンの黄色。ラムネの水色。コーラの赤…。
でも、どうしてだろう。
あの時みたいに、鮮やかでない。
ぼやけて、滲んで、焦点が合わなくなった。



「ちょっと見てろよ?…飴の雨〜!」

センパイがわたしの頭の上から、飴玉を降らせた。
「…なんつって」
アレ?そこ、笑うところなんだけど?
優しく覗き込んだ。


「センパイって、ほんと、バカ…」


強がって、悪態つくのが精一杯。
「バカっつったら自分の方が、バカなんだぞ?」
幼稚園で習わなかったか?って。顔を緩ませる。
「食べ物を粗末にしてはいけませんって、習いませんでした?」
って。センパイに言い返せるのが、嬉しかった。
「うっ…。習ったけど…」
思いっきり顔をしかめて、苦い顔をして。
こんなやりとりも、今日で最後だ。

センパイはバカだ。
こんなにも長い間、リュックにしまって。ずっと持ち歩いて。
演出に使って地面に転がってしまった飴玉は、ひびが入って粉々になってるし。
こんなサプライズ。
嬉しくて、涙が出そうになる。
“もしかしたら…”って。
期待、しそうになる。



「部室、寄ってたんですか?」
リュックサックのバンドの部分に、挟んだ野球用のグラブが見えた。
「荷物、引き上げにきたんだ。部活やめても、なんか、ここにずっといたくてさ」
「それって、後輩はかなり迷惑だと思いますケド…」
ロッカーがひとつ空かないだけで、めちゃくちゃ迷惑だ。
「だよなぁ?」
足元の小石を蹴りながら、小さく笑う。
でも、オレの三年間が、ここに全部、詰まってんだよな───と。
眩しそうにグラウンドを見つめた。
夏のあの日が。
センパイの目には映っているのだろうか。


「さて、と。
オレはこれから、バラ色の高校生活だ!お前らはこっから、地獄の受験生だな」
「他人事だと思って…」
「オレ、もう終わったもん。大丈夫だろ?バカなオレだって、何とか行ける高校見つかったんだ」
そう言って笑う。
「…センパイ。どこの高校ですか?」
「ん、オレ?青南(あおなん)!青葉台南!」
嬉しそうに笑うセンパイの顔は、やっぱり、柴犬みたいだと思った。
ぐりぐりって、頭を撫で回したくなる。
「センパイ…、ボタン…」
ふと、センパイが着ている学ランに視線を泳がせたら。
ボタンが、いっこもなかった。
「オレ、モテるから。全部、取られた」
「ウソだ」
「なぜに、即答?
もうちょっと、違うリアクションが欲しかったんだケド…」
ふっ、と。口元が笑うのが見えた。
「ボタンが全部残ったままつーのは、カッコ悪いだろ?だから無理矢理、配ってきた。
…もしかして…、欲しかった?」
「違います!…自意識過剰すぎ!」
と。頬を膨らませる。
声が震えないように、明るく笑いながら。


「ボタンはもうないケド…。よし!受験生にこれをやろう」
センパイがポケットから、何やら取り出した。
白い長方形をした小さなプラスチックの板。
「…何ですか、コレ…」
「部室ロッカーのネームプレート。オレのありがた〜いご利益!受験のお守りだ!」
「青南って…普通の公立校でしょう?有名な私立に受かったのならともかく…。ご利益なんて、なさそう」
「…失礼だな、お前。仮にもセンパイだぞ?すごいですねー!わー!!とか。少しは、オレを立てろよ」
「だって、こんなものもらっても…」
「オレ。中学三年間、部活ばっかで「お前の行ける高校はない!」って言われたんだぞ?それをたった半年でがむしゃらに勉強して、頑張って、青南に入れただけでも奇跡じゃね?ご利益ありそうだろ?」
「ただ単に、いらないだけでしょ?」
「こら!」
センパイが不機嫌な顔をして、あたしの頭を、軽く小突いた。
その瞬間、笑いながらも泣きそうになって。
思わず鞄で、顔を隠した。
泣いちゃ、ダメだ。


「それ。オレの三年間の努力の結晶。持てる全てを部活に注いだ。誰か、後輩に託そう思ったけど…思いつかなくて。アイツらだと、ソッコー捨てそうだし。
なぜだか、お前が、浮んだんだ。よかったら、もらって───」
優しく笑って。
そっと、あたしの手に握らせる。

「じゃーなっ!後輩。頑張って、這い上がってこいよ」

最後に、ぐしゃぐしゃって、あたしの頭を撫でて。
センパイが背を向けた。
ちょっとでも気を抜いたら、堪えていたものが、溢れ出しそうで。
唇を強く強く噛み締めて、あたしは、下を向いてしまった。



手元に残ったのは。
なんの変哲もない、プラスチックの白いネームプレート。
油性マジックで書かれた手書きの汚い文字。



“もりぐち りょーすけ”



初めて知った。センパイの名前。



「自分の名前も、漢字で書けないって…どんだけバカよ…」


プレートの文字が、涙で滲んだ。







あたし。
もっともっと、センパイを見てみたかった。
投げるところも、普段の姿も。
今なら、全部全部焼き付けて、忘れないようにするのに。
あたしは、センパイのことを、何一つ知らない。
柴犬みたいな人なつっこい笑顔と、あの日の涙。
鮮やかな黄緑色のリュックサックと、真っ赤なコーラ飴。
そして。バカみたいに、野球が好きなこと。
ただ、それだけ。
名前だって、今日のこの時まで、知らなかった。


もっと早く、気付けばよかった。
今日で、最後だなんて、遅すぎる。
恋なんて、あの日からとっくに始まっていたのに───。


涙で滲んで前が見えなくなった。
あの鮮やかなリュックサックも、茶色い髪も。
子犬みたいに人なつっこい笑顔も。
今日で、全部全部、最後だっていうのに。
明日からも、ちゃんと学校に来れるように。
センパイのいない学校で、頑張れるように。
センパイの全てを、記憶に焼きつけておきたいって思うのに───。





「───センパイ!」


思わずその背中を呼び止めた。


「…高校に行っても、野球…続けますか───?」



「…あったりめーだろ…っ」



かっこよく腕を上げて、卒業証書を振って。
センパイは、春の向こうに、消えた。




伝えたいことは、何ひとつ伝えられず。
もどかしくて、切なくて、苦しくて。
涙が溢れて、溢れて。どうしようもなかった。
初めて誰かを想って泣いた。
中学二年生、早春。


あたしはこの日、自分の進むべき道を決めた───。




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『青春ライン』CAST(別窓)* 
(↑こちらの設定は、高校に上がってからの設定になります。キャラが増えたら、随時、更新予定。まほコトキャラも、蒼吾ぐらいは載るかも。…載るのかな…?笑)
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ナツカゲ 3
*青春ライン プロローグ3





ついてない。



明日から冬休みだっていうのに。
あたしは熱でダウンしてしまった。
終業式の後は、クラスの仲のいいメンバーでケンチキに寄って。
コンビニでケーキと、しゅわしゅわのシャンパン(もちろんノンアルコール)を買って。
寒空の下の公園で、季節はずれの花火をやって。
みんなで朝まで弾けるんだ!って…。
前々から計画していたっていうのに───。
朝は普通だった。
登校してから、急に発熱して。
体温計は39度を軽々振り切った。
関節や節々が痛いし、これはもしや、インフルエンザ!?
サイアクー…。
注射がイヤだなんて言わずに、やっぱり予防接種、受けとけばよかったなんて。
今さら後悔。


「うっわ。病原菌、撒き散らすなよ?オレの冬休み計画が台無しになる!年末からスノボーに行くんだからな!」
あからさまに顔をしかめたのは、クラスメイトの中津。
「バーリア!」
って、アンタは小学生かッ!
まずは大丈夫?って気遣うのが、フツーでしょ?
あまりにもムカつくから、中津を羽交い絞めにしてやった。
クリスマスイブのトクベツ大サービス。
インフルエンザ菌に犯されて、旅行前日に寝込んでしまえッ!
「中津に抱きつくなんて、よっぽどだな。」「血迷ったか?」「キレタか!?」
とクラスメイトに煽られ。
「何すんだよ!」
と愛しの有里ちゃんにその現場を目撃されて、慌てる中津。
ざまーみろ。
こんなに死にそうなほどツライわたしに、優しい言葉ひとつも掛けられないアンタに天罰だ!



39度を超えてしまった体は、相当キツイ。
よろよろって感じで自転車まで移動して、前籠に荷物を放り込んだ。
駅前のケーキ屋さんにパートに行っている母は。
クリスマスイブの開店前という、メチャクチャ忙しい時間帯で。
娘の熱ぐらいでは、手が離せないらしい。
担任の大仏(もちろんあだ名)が、車で送ってやると言ってくれたけれど。
二学期最後に見るのが、大仏の顔じゃあ。
迎える新年も迎えられないってもの。
「平気です。帰りに病院に寄って帰りますから。ひとりで帰れます」
って、それを断って。
クラスメイトよりもひと足早く、2学期を終了した。
「これはオレからのクリスマスプレゼントだ」
大仏がくれたのは、見たくもない通信簿。
インフルエンザが幸いして、今日は怒られなくてすみそう。


「…うーーーッ。さぶい……」


悴んだ手を擦り合わせて、手袋をはめた。
制服の上にジャージを着込んで、コートを着て、マフラーをぐるぐる巻いて。
それでも寒い。
スカートの下には中津が貸してくれたジャージ。
「ちゃんと洗って返せよ?」
嫌味な言葉の裏には、アイツの不器用な優しさ。
それに免じて、愛しの有里ちゃんにさっきの弁解をしておいてあげるよ。
そう言ったら、ポケットに入ってたカイロもくれた。
持ってるなら、さっさとチョウダイよ。
病人に出し惜しみするな!
少し長いジャージの裾を二つほど折って、よろよろと自転車を引っ張り出した。
我ながら、ダサい格好。
でもいいの。かっこ悪くても。
あったかければ。
田舎の冬をなめてたら、とんでもない目に合う。
ましてや病人。
ゾクゾクと悪寒が背中を駆け上がって、ブルブルと震えた。
ヤバイ。
絶対、熱が上がってる。
荒く吐き出す白い息は、きっと病原菌でいっぱいだ。




カラカラとタイヤの回る乾いた音をさせながら、自転車を押して歩いて。
ふと、足を止めた。
A校舎ウラのモニュメント。
いわゆる“告り場”ってヤツに、人がいる。
この時期に告るなんて、よっぽど切羽詰ってるんだな〜なんて。
男子の顔でも拝んで行ってやろう…なんて。
病人のクセに、バカな好奇心がムクムクと湧き上がった。


あ。




「1番のセンパイだ───」



背中しか見えなかったけれど。
鮮やかな黄緑色のリュックと、三年生のクセに、チビな背格好には覚えがあった。
日に焼けた茶色い短髪は、いつの間にか随分伸びて、フサフサしていて。
ますます犬だ。
柴犬…。
ボーっとそれに見とれていると、一緒にいた女のコが、泣きながら走り去った。
え…?
フラレタの?
センパイが、じゃなくて、彼女が?
マジですか…?
今日って、クリスマスイブだよね?
エイプリルフールじゃなくて…。


「あ。お前───」
飴玉くれた子じゃん!センパイが、あたしを指差した。
「何でお前、今頃帰ってんの?」
「センパイこそ」
もうすぐ、終業式が始まっちゃうのに。
「もしかして…告られたりしました…?」
告ったじゃなくて?
「ハイ。まさにそれ!ていうか、見てたんか?悪趣味だな〜、お前…」
「たまたま通りかかっただけです!」
「ふ〜ん…」
疑いの眼差しが向けられて、ずいっと、顔を近づけられた。
間近で覗き込んだ眼差しが、フッて、真面目な顔になった。



…なんデスカ?



「な。お前…。告られたこと、あるか?」


「…ないですけど…」


何か?


「オレも。告られたの…初めて〜…」
うっとりとした視線を空に泳がせた。
バカ?
「…付き合うんですか?」
「いーや。断った。友達からでもいいって言われたけど…。オレ、ちゃんと自分から好きになった子としか、付き合いたくねーから」
「可愛かったのに、もったいない…」
「可愛いけど…、もうちょっと髪が長くて、サラサラしてる方が、タイプ…」
じっと見つめられて言葉に詰まった。
どうせわたしの髪は短いですよーダ!
ぐるぐるに巻いたマフラーの襟元から、ぴょこぴょこ短い髪が跳ねてる。
センパイの“タイプ”とは、明らかに違う。
…なーんだ…。
長い髪の子が、スキなんだ…。


「しっかし…。
自転車も赤、マフラーも赤!顔も真っ赤で、お前。サンタクロースみたいだなぁ!何?終業式、出ねぇの?」
「熱が出て、これから帰るところです」
「───え?マジで?大丈夫か?」
センパイが手を伸ばして、あたしの前髪を掻きあげた。
コツン、と額を合わせて、そっと熱を探る。


…うわ…ッ、近いよ…っ。ていうか、触れてる…ッ。


奥手そうに見えて。
こういうことを、平気でやれちゃう人なんだ、センパイは。
それともただ単に、そっち方面にニブイだけ?


「うっわ!お前、ヤバイよ。熱いよ。マジで! 顔も、そのマフラーみたいに真っ赤だし…」

だって、それは。熱とか。風邪とかじゃなくて。
センパイが。手が。おでこが…ッ。
…なんだ?
あたし、何でこんなに動揺してんだろ…。

「セ…センパイ…っ」
「え。何?」
「顔! 手! おでこ…ッ」
「あ、ゴメン。イヤだった?」
「そうじゃなくて……。あまり近づくと、うつるから…。仮にも受験生でしょ?冬休みはラストスパートで大事な時期なのに…」
ダカラ、離れてクダサイ。
「お前、嫌なこと思い出させるなよ。…っていうか、仮にもって、何!?」
や、何となく…。
「それにオレは、風邪ひかねぇよ!鍛えてますから!」
力こぶを作って見せた。
ああ。なんとかは、風邪ひかないって言うもんね。



「喉、イテーの?」
「少し。だから、病院行って帰ります。さよなら」
これ以上、この人のそばにいたら。
ペースを全部、持って行かれちゃう。
呼吸が困難になって、息苦しい。
ヤバイ。
熱が上がってる?
「あ、ちょっと待って!」
右肩をグッと捕まれて、よろけそうになった。
ちょっと!
「これ、やるわ。昨日、ゲーセンで取ったんだ」
黄緑色のリュックサックを探って、中から“SEGA”と書かれた袋を取り出して、あたしに突きつけた。
「舐めたら、喉が随分、楽だぞ。」
袋の中身は、大量のチュッパチャップス。
何個、入ってんだろ。
ていうか。受験生じゃないんデスカ?センパイは。
これを取るために、どれだけお小遣いをつぎ込んだんだろう、この人は。
UFOキャッチャーの前で、悪戦苦闘しているセンパイの姿が容易に想像できて。
思わず笑ってしまった。
「何、笑ってんの?」
「これ、取るのにどれぐらい使いました?」
「こづかい全部!」
やっぱり…。
「じゃあ、もらえません。センパイが食べてください」
「男に二言なしだ!やるっつったもんは、やる」
そう言って付き返された。
「あ、いや。待って。…やっぱ、コーラだけ、もらっておいていい?」
「…ていうか、ほんと。こんなにたくさん、いりませんって」
「え〜…、マジで?」
「飴ばっかり、そんなに食べられないし。キモチだけ、いただいて帰ります」
SEGAの袋を突き返した。
「じゃぁ、何個か持って帰れ。何が好き?どれがいい?お前、赤が好きみたいだから…ストロベリークリームと、アップルと、それから…」
マジ顔で袋を覗き込みながら、一生懸命考えてる。
そんなのテキトーでいいのに。


「他は何がいい?どれがスキ?」


あたしの記憶のセンパイ色は。
黄緑色のリュックサックと、グラウンドで涙してた夕日、コーラの鮮やかな赤…。
センパイの手の中から選んだのは、グリーンアップルと、マンダリンオレンジ。

それから…。


「コーラ、が、欲しいです」

センパイがスキな…。


「え…っ…いいケド……。一個だけだぞ?」


そう言って、ひとつだけ。
真っ赤な包み紙のコーラを分けてくれた。

「大事に食べろよ?」
「…大事にって、何ですか?食べたら終わりでしょ」
「そうだけれどもよ。味わって食べろ〜」
そう言って、柴犬みたいな、人なつっこい顔で笑うと。
「じゃあな!ちゃんと、布団被って、寝ろよ!」
センパイは、校舎の向こうへ走り去った。
でっかく、でっかく。手を振りながら。



どうしてだろう。
センパイに会うと、いつも。いつも。
胸の奥のずーっと深いところが、キュッと狭くなる。
息苦しく、感じる…。



手のひらに残ったのは、5色の色鮮やかなチュッパチャップス。
それを大事に、大事に。
ポケットにしまった。




中学二年、冬の出来事───。





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おまけのマメ知識

今のチュッパチャップスのコーラ味の包み紙は、『青』らしいです。昔は、『赤』だったような記憶が…。とりあえず。このおはなしに出てくるコーラは、『赤』ということで…(笑)
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ナツカゲ 2
*青春ライン プロローグ2




微かな息苦しさを感じたのは、中学二年生の秋。
“センパイ”との二度目は。
普段と何も変わらない、学校の自転車置き場だった。







その日の空は、青い絵の具を溶いたバケツを、そのまんまひっくり返したような真っ青。
あまりの綺麗な青に見とれて。
毎朝の日課、愛犬『ももたろう』の散歩がいつもよりも長くなってしまった。
おかげで二学期早々、遅刻ギリギリ。
猛ダッシュで校門をくぐった時には、5分前を知らせる予鈴が鳴り響いてた。
久しぶりに袖を通したおろしたての制服は、汗でぐっしょり。
滑り込んだ自転車置き場には、ところ狭しと自転車が並べられていて。
空いているわずかなスペースに押し込むように、赤い自転車を突っ込んだ。
と。
そこまでは、よかったの。
そのままダッシュで靴箱に向かえば、きっと間に合ってた。
でも、運が悪かった。
…ううん。
あとから思えば、それが運命ってヤツ?
前籠に突っ込んでいた鞄と、トランペットケースを持ち上げた拍子に。
ハンドルに引っかかっていた鞄の紐が、ぐらりと自転車を傾けた。

「…あ…ッ!」

不吉な気配に気がついて手を伸ばした時には、すでにあとの祭り。
ガシャガシャッン!という金属音が、不快に鼓膜を揺らして。
ドミノ倒しのように、自転車が倒れていった。
しかも慌てた拍子に、お尻で反対側の自転車も倒してしまって。
あたしの赤い自転車を挟んで。
きれ〜いに、一列分の自転車が倒れてしまった。
なんて間抜けな。


「…どうすんのよ、コレ…」


自転車置き場にいた、あたしと同じ“遅刻組”の生徒は。
目を合わさないように、そそくさとその場から立ち去る。
面倒なことには関わりたくないって、手伝う気なんて更々なし。
「ガンバレよ、真崎ー!」
他人事のように手を振って走り去ったのは、クラスメイトの中津。
うそデショ?
見てたんなら手伝ってよ!
薄情もーん!!
ざっと数えても30台以上ある。
か弱き乙女に、これを全部、ひとりでやれ…って?
うわーん!
全部直してたら、完璧に遅刻。
担任の大仏(もちろんあだ名)に、絶対怒られる。
でも、このままにしておけないし…。

「う〜〜…」

本礼まであと二分。
どうせ今から行ったところで、間に合わない。
深く深〜く、溜息をついて。
トランペットケースを大事に日陰に置いた後。
あたしは仕方なく、自転車を持ち上げた。
早朝…といっても、まだまだ夏の日差し。
焼けた地面から湧き上がる熱気は、じわじわと肌を湿らせる。
うーーッ。
クーラーの効いた部屋で、ごろんと寝転がりながら、アイスを食べていた日々が懐かしいー。
突き抜けるような夏空を恨めしく思いながら。
一台一台、地道に起こしていく。
誰か先生、来ないかな。
どうせ遅刻で怒られるんだもん。
それならさっさと見つかって、少しでも自転車を起こしてくれる手が欲しい。
このままじゃあたし、夏の暑さに溶けてしまう。
もうこのままにして、こっそり逃げちゃおっか…。
いや、ダメだ。
アイツが見てた。
クラスメイトの中津。
他人事のように手を振って逃げた、薄情な男。
絶対、後でシメテやる!
そう心に決めて、何台目になるか分からない自転車を持ち上げた。


「…あ〜〜あ。派手にやったなぁ」


シャーっと、すぐ側を風が抜けて、少し離れたところに自転車が止まった。
ハイ。派手にやりましたとも。
どうせ、あなたも手伝ってはくれないんデショ?
卑屈になってたあたしは、声の主を振り返ろうともせずに、もくもくと自転車を引き上げた。
手伝いを求めたって、虚しいだけ。
みんなわが身が大事だもん。
新学期早々、雷なんて真っ平ごめん。
その気持ちは、よーくわかる。
もう何台引き上げたのかわからない自転車を、ふくれっ面で起こしていると。
日に焼けた筋肉質の腕が、にゅっと伸びてきた。


「ひとりより、二人の方が早いだろ?」
「…いいですよ。遅刻しちゃう」
「何言ってんだよ。女の子が困ってんのに、無視してたら男がすたる!
それに本礼まであと一分!どう考えたって、どっちにしろ遅刻じゃん」
「でも…」
「いいって。オレ、こっちやるからお前、そっちね」
チラリと見えた校内章のカラーは緑。


三年生だ───。


日に焼けた茶色い短髪。
背はあんまり大きくないけれど、程よくしまった筋肉質な腕。
洗いたてのシャツの白さと、背負った黄緑色のリュックが夏の日差しに反射して、鮮やかで眩しかった。
リュックに吊るしたネイビーブルーのキャップ。
ロゴの『S』は、星稜中学の頭文字。
その帽子と、横顔には見覚えがあった。




「…あ。『1』番の人……」



思わず声に出してしまったもんだから、慌てて口元を押さえた。
ヤバイ。
「…何?オレのこと、知ってんの?」
センパイが顔を上げた。
「もしかして、オレのファン?」
いや、それはナイナイ。
ないですから…。
ぶんぶんと大きく首を横に振って否定した。
「あ。吹奏楽部───?」
泳いだ視線が、トランペットケースを捕らえた。
ナイス。
「じゃあ、スタンド応援、来てくれてたんだ。暑いのに、大変だっただろ?」
「いえ…」
とっても暑かったケド…。
あえてそれは、口に出さなかった。

「楽器、何?」
「トランペットです」
「トランペット?…ああ!ラッパかぁ!高い音が出るヤツ!」
あれ、カッコイイよな〜と。
満面の笑みで褒められると、悪い気はしない。
むしろ、とても嬉しい…。
「…センパイの方が、かっこよかったですよ」
投げる姿なんて、ろくすっぽ見ていないのに。
気を良くしたあたしの口から、心にもない言葉が滑り出た。
バカ!
「マジで!?…あ〜、でも。負けちゃったからなぁ…」
夏の日を思い出す遠い目は。
グラウンドで泣いていたあの横顔を思い出させて。
ちょっぴり、胸の奥がチクリとした。


「さて、と。終了〜!
ほら、ふたりでやったほうが早いだろ?」
あっという間だった。
あたしが一台起こしてる間に、二台も三台も起こすんだもん。
スピードが全然違う。
すごく、助かった。


「あ〜あ。新学期早々、遅刻か〜」


本礼を告げるチャイムが耳を掠めて、センパイが校舎を振り返った。


どうしよう、何か、お礼……。
ポケットがカサリと音を立てた。

「あの…っ!これ」

思わず差し出したのは、駄菓子屋さんで売ってるみたいな大粒の飴玉。
レモンの黄色。ラムネの水色。コーラの赤。
鮮やかな夏の虹色が、ころん、と手のひらで転がった。
でも、差し出してから後悔。
だって。
幼稚園児じゃあるまいし、こんな子どもみたいなお礼。
絶対、引くって。
こんなの、いらないって。
でも、出してしまったら引くにも引けず。
そのまんまの格好で、固まってしまった。




「───くれんの?」


「え…。あ、よかったら…」


「じゃあ───」


センパイがあたしの手のひらから、迷わず選んだのは。
夏の太陽よりも真っ赤なコーラ飴。
いや、一個じゃなくて。
全部もらってくれてもいいんだけど…。
そんな事を考えながら、あまり高くはないセンパイの顔を、ぼんやりと見上げた。

「オレ、コーラ。めっちゃスキ!」

飴玉を放り込んだほっぺをハムスターのように膨らませて、めちゃくちゃ嬉しそうに笑った。
犬だ、犬。
茶色く丸っこい柴犬を連想させるような、人なつっこい笑顔。
尻尾があったら、絶対、千切れんばかりに振ってるんだろうな…って。
バカな想像をしてしまった。


「じゃあな!どうせ遅刻だろうけど、お前も走れよ!」


バカみたいに大きく手を振りながら、あたしと反対方向の校舎に向かって走り出したセンパイの背中。
鮮やかな黄緑色のリュックが、ぴょこぴょこ跳ねて。
あっという間に、見えなくなってしまった。

犬っころみたいに人懐っこい笑顔。
センパイなのに。男の子なのに。カワイイな…って。
その笑顔に、きゅって。
胸の奥が狭く、苦しくなるような気がした。





その、微かな息苦しさが、何と呼ばれるものなのか。
まだ、気付きもしなかった中学二年の秋の始まり。
今思えば、それが。
恋の始まりだったのかもしれない───。





ランキングに参加しています。
(上記バナーは青春ライン単作です)



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ナツカゲ 1
*青春ライン プロローグ1



男の人が泣くのを、初めて綺麗だって思った──。



夏のスタジアムで、あたしは高らかにトランペットを吹き鳴らす。
反響効果はほとんどないけれど、どこまで音を広げても気にならない開放感が、すごく心地いい。
指揮者のタクトに合わせて、馴染の音を響かせる。
頭から流れ落ちた汗が、頬を伝う。
パートが代わって音を休めている間に、急いでそれをぬぐった。
容赦なく照りつける初夏の日差しが、じりじりと体に纏わり付いて暑い。
とにかく暑い…。
団長なんて、長ランに手袋、白鉢巻。
高らかに腕を伸ばして、声を張り上げてる。
頑張ってんな〜と、他人事のようにあたしはそれを見下ろした。

吹奏楽部に所属するあたしは、夏のスタジアムにいた。
野球部のスタンド応援。
この時期になると、毎年借り出される。
はっきり言って、野球部の試合なんてどーでもいい。
気持ちよく、トランペットが吹ければそれで。
試合の勝ち負けなんて、関係なかった。
もしこれが自由参加であったなら、間違いなくわたしは参加しなかっただろう。
早く終わってほしい。
暑いし、汗臭いし、日焼けはするし。
いいこことなんて、ちっともない。
遮るものがほとんどない開放感以外は、デメリットばかりだ。
ご愛用のトランペットくんも、夏の日差しに傷んでしまいそう。
わたしは、夏のこれが苦痛でしょうがなかった。



カーンと、硬質な音が耳を掠めて、どこまでも青い空へ白い打球が消えた。
「あ〜…っ」
ため息と共に、試合終了を告げるサイレンがスタジアムに響いて、夏が終わった。



「…ありがとうございまシたーーーッ!!」


ギャラリーとスタンド応援に頭を下げて、試合は終わった。
歓喜に沸いた相手チームと違って、うちの野球部は悲壮に打ちひしがれる。
特に三年生なんて、号泣。
泣くほどのことなの?男のクセに…。
たかだか、中学の地区予選。
名のある伝統校じゃあるまいし、準決勝まで勝ちあがれただけでも奇跡だ。







「おーい!そこのトランペットのヤツ。悪いけど、それ片しといて」


一度、学校まで戻ってミーティングを済ませてから、吹奏楽部も解散。
帰ろうとトランペットケースを持ち上げたタイミングで、運悪く部長に捕まってしまった。
理由は一番近くにいたから。
「…はーい」
文化部といえども、部活の上下関係は絶対。
用事を頼んだのが上級生ならば、それは断れない。
受け取ったダンボールは、今日の応援で使った野球帽。
野球部と同じデザインのものをみんなお揃いで被って、吹いてたわけだ。
これは、次の夏まで封印。
野球部の夏は終わったけれど、私達の夏はこれから。
八月の頭に吹奏楽のコンクールがある。
それに向けての練習が、明日から本格的に始動する。
ルパン三世のテーマや、狙い撃ちなんかの、定番応援ソングとは今日でおさらば。
野球部になんて、もう、付き合ってらんない。
「さっさと終わってくれて、よかったよ」
ため息混じりに悪態ついて、そのダンボールを準備室の奥深くしまった。







一日中、炎天下にいるとどっと疲れる。
それは他の部員も同じだった。
ミーティングを済ませると、とっとと帰ってしまう。
自転車置き場には、もう、数台の自転車しか残っていなかった。
そのうちの赤い一台の前籠に、トランペットケースを放り込んで、わたしはペダルを漕ぎ出した。
…だるい。
おまけに、腕や頬が日焼けでひりひりする。
日焼け止めを塗っていても、あんな炎天下に長い間いたら、効果なんてゼロに等しい。
帰ったら、ソッコー応急手当しなきゃ。
そんなことばかり考えながら、グラウンドの横を通り抜けようとした。



「…あれ……?」


ふと、人影を感じてペダルを漕ぐのをやめた。
どうして立ち止まってしまったのか、今でもわからない。
野球部がとっくに解散したグラウンドのど真ん中に、人影を見つけた。
…何、しているんだろ。
初めは、ほんの少しの好奇心だった。
でも、足を止めてしまったら。
しゃんと背筋を伸ばして立っているその後姿が、視界に焼きついて離れなくなった。
薄汚れたユニフォームの背番号は『1』番。

…あの人、マウンドで投げていた人だ…。

自分が投げた試合で、負けてしまうというのはどういう気持ちがするのだろう。
やはり、責任を感じたりするのだろうか。
私はまだ、ソロパートを任されたことはないけれど。
もの凄く緊張するって、センパイが言っていた。
それがたった一小節、ワンフレーズでも。
一音一音に、全ての責任が覆いかぶさってくる。
見えないプレッシャー。
想像するだけでも、吐き気がする。
それをあの人は、一試合、ひとりで背負って立っていたんだ。
マウンドには逃げ場なんてないから…。

試合に負けて、みんなが号泣する中、あのピッチャーは泣かなかった。
涙のひと粒さえ、零さなかった。
「頑張ったなー!」「今までありがとう!」って、くったくなく笑った。
三年生の部員にとって、この大会が最後。
負けた時点で、夏が終わる。
今日の試合は、彼らにとって引退試合となった。



1番の彼は、マウンドをじっと見つめたまま、動こうとしない。
しゃんとした視線の向こうに、何を見つめているのだろう。



大きく肩で息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出すのが見えた。
まるで存在を自分の中で確かめるように。
背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見やる。
グランドを見渡して、一度、空を仰いで。
そしてまた、真っ直ぐに前を向く。
野球帽を脱いで、誰もいないグラウンドに深く深く、礼をした。
その間、あたしは身動きひとつできなかった。


まるで何かの儀式のようだ──って思った。


あたしが嫌いな野球部の薄汚れたユニフォームも、汗臭いスパイクも。
彼が抱えていたミットも。
全てが夕暮れ色に染まって、すごく綺麗に見えた。
オレンジが目に染みて眩しい。

一礼を済ませた1番の彼は、もう一度帽子を被り直す。
深く深く被って、表情が見えなくなる。
一度だけ、ぐっと肘で顔をぬぐうのが見えた。




…ああ。あの人、泣いてたんだ…。



あたしは。
それを全部見なかったことにして、ペダルを漕ぎ出した。
夏はこれからだというのに、何だか夏が終わってしまったような気がした。
寂しい孤独感が、じわじわと心に浸透していく。
なぜだか分からないけれど、涙がじわりと浮ぶ気がした。





真崎 奈津。
中学二年生。十四歳の初夏のできごと──。




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