http://miimama.jugem.jp/

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- - -
9月の憂鬱 後編




夏休みの後半は、バスケに集中した。
前半、あんなに真面目に通ってた予備校はおざなりになって、ある日を境に、ぱったり行かなくなった。
授業には付いていけてる。
なら、別に行っても行かなくても成績には変わりない。
もともと乗り気じゃなかった夏期講習に、俺が真面目に通ったのは成績向上なんて当たり前の目的なんかじゃなく、惚れた女に会いたいが一心で───って。
ああ、そうだよ。
逃げましたよ、俺は。
認めるよ。
ふられても、笑って友達でいられるような簡単な恋じゃなかった。
平気な顔して笑ってられんのも、限界だったんだ。



そう思ってたのに。
物事はいつも、俺の思うようには運ばない。
後半サボってたのがばれて、おふくろにはり倒された。
「月謝はタダじゃないんだよっ」て、大激怒。
そりゃわかっけど。
息子の気持ちも察してくれ。
ふられた女に会いたくなかったから───なんて、かっこ悪い理由を話せるはずもなく。
後半サボった分を繰り越しで取り戻すべく、新学期も通うことになった。
園田は夏だけ。
もう会うこともないだろう、そう勝手に高をくくって。
そしたらいるんだよ、アイツが。
夏の間にできた友達と、コンビニで買い込んだお菓子を囲んで、笑っていやがった。
嗚呼、もうね。
愕然としたね。





「あれ……安部───?」

教室の入り口でぼさっと突っ立ってた俺に、背後から声。


「しばらく見なかったけど……アンタも9月から通うの?」



あんたも、って、日下部もか?
勘弁してくれ。




「ねえ、顔。怖いよ」
「るせぇな…ほっとけ。元からなんだよ」
「知ってるけど。更に怖いつってんの。そんなんだから、ましろに嫌われるのよ」


また、傷口に塩を塗るような言葉を。
昔っからそうだよ、日下部は。
保護者のように園田に纏わり付いて、守って、実は蒼吾なんかよりも数倍厄介な存在。
俺は昔から、コイツが苦手で、コイツは俺が嫌いで。
今もそれは変わりない。


「9月からは私も同じクラスだから」
「だから何だよ」
「……よろしくね」


─── ましろにちょっかい出したりなんかしたら、許さないわよ? ───
言葉の裏に隠された、牽制。
まったく、どいつもこいつも、俺の神経逆撫でる。



おまけに。
極めつけは、園田本人の態度だ。
何事もなかったかのように話しかけてくるのも腹立たしいのに、中学ん時の蒼吾のことを教えて欲しい───だ?
この鈍感、無神経女が!
つうか、そういう話を教室ですんな。
まんまと誘導尋問に踊らされて、細かいことまでぺらぺらしゃべってんじゃねえよ。
声を潜めたところで筒抜けなんだよ。
女なら恥じらいを持て(他女子2名)。
阿呆が。











「───で。何が聞きたいって?」
自販機コーナーまで園田を引っ張ってきた俺は、ようやくそこで園田の手を離す。
「中学ん時の蒼吾? 今さら聞いてどうすんの?」
強く出たら園田はいつものだんまりだ。
怖がって構えて、萎縮してしまう。
またか───あからさまに溜息をついて、立ち上がる。
「ほらよ」
自販機でジュースを2本買って、そのうちの1本を園田へと投げた。
お約束のようにそれを取り落とした園田が、慌てたようにその場にしゃがみこんで、転がったそれを拾う。
かがんだ拍子に茶色く長い髪がふわと前へと流れた。
夏服の襟元から覗く白い襟足に、微かに残る赤い花を視界の隅に認めた俺は、ますます苛立った。

「つか、何が聞きたいの、お前」
「何って、その……」
俺の鋭い視線に、誤魔化しは利かないと悟った園田が、恐る恐る口を開く。
「……中学の頃、付き合ってた女の子って、いたのかなって……」
「いた」
「……え?」
「そう言われたらどうすんの、お前」
「どうするって……」
「蒼吾と付き合うのやめるのかよ? 別れんのかよ?」
それなら俺も喜んで嘘つくけど。
「それは……」
声は次第に小さくなって、その顔は下を向いた。
どんな顔をしているのかは、俺の位置からはよく見えない。
けど泣きそうだってことぐらいは、気配で伝わる。






「───園田。お前にこれだけは言っとく。上手いに越したことねえし、過去にはこだわるな」







「…それってやっぱり……そういう子がいたってこと、なの……?」


「だーかーら。そういうことは本人に聞け。俺に聞くな!」




アイツは昔から、バカみたいにお前一筋だ。
悔しいから、それは言わねえよ。
悩めばいい。
いくら悩んだところで、お前らの絆は絶対なんだから。














───またか。
オレは頭を抱えて愕然とした。





「園田。お前なあ……」

人の意見を全部うのみにすんのもどうかと思う。
もちろん園田のそういう素直なところは、長所だけどよ。
振り回されるこっちにしてみたら、たまったもんじゃない。
しかも、安部に聞くかね。
アイツ、ちょっと前までお前の事好きだったんだぞ。今もそうかもしれないし。
自分から余計なトラブル引き込むな。



「だって………。蒼吾くん、はじめから慣れてる感があって余裕もあって、リードも上手だったし…」
「褒めてくれて、どーも。でも、マジでお前以外と、経験ないから。オレ、何度も言ったろ。園田だけだって。そんなにオレのこと、信じられね?」
「キスの経験も…ないの?」




それは───。



ふと脳裏をよぎった苦い記憶。
中学2年の夏。相手は日下部。
忘れたわけじゃない。
あの時の本気は、オレもちゃんと受け止めた。
嘘は大嫌いだけど、相手を思いやる嘘ならオレはついてもいいと思う。



「ないよ」
「……本当に…?」
「ないつったら、ない。4年ん時のキス事件が初めて。その後は、園田以外とはしてない。子どもの頃に、親や姉貴にされた記憶はあるけど……そういうのは数に入れなくていいんだろ?」
「うん……」
「もういい? これで疑い、晴れた?」
「……ゴメンナサイ」


素直に頭を下げた園田の頭にそっと手を置いて、髪を撫でてやる。
せっかくふたりでいられるのに。
考え事ばかりで楽しめなきゃ、意味がない。





「───これからは疑う前に、ちゃんと聞いて。ちゃんと信じて」


疑うより、信じることのほうがうんと難しいけれど。
それでもやっぱり、信じて欲しい。
そっと体を包みこむように抱きしめたら、小さな手を精一杯オレの背中に回して、甘えるようにしがみついてくる。
ああ、やっと。
素直な園田だ。
オレは満足げに、園田の体をきゅうっと抱きしめた。






「……蒼吾くんは?」
「ん?」
「私に…聞いておきたいこと、ない?」
「聞きたいこと? んー……」




ぎゅっと抱きしめた園田の首筋に唇を寄せた。
汗で張り付いた髪を指でどけて、露になった白い素肌に軽く吸い付く。
ん、と軽く体を身じろがせた園田が、恥ずかしそうに頬を赤らめてオレの肩に顔を寄せてくる。
ほんの一瞬垣間見えた女の顔に、ぞくりと全身が震えた。
チラリと窓の外を覗く。
門扉の脇に路駐した水色のタントが見えた。


「……あの車、誰の?」
「車? ……ああ。ママにお客さんが来てて……」
「お前も知り合い? 親戚とか」
「ううん。カルチャースクールのお友達とかで、私は顔も見たことないの」
「ふーん」
「……どうしたの?」


園田母は来客中。
親戚でも顔見知りでもないなら、その間は上がって来ないってことだ。



「疑いは晴れた?」
「うん」
「じゃあ……もう拒む理由はないよな?」







「え?





───あの、蒼吾くん……?」




園田の体が、ガッチリ固まったのが手に取とるように分かった。
体を押しやられるよりも早く、小さな体をベッドへと押し倒す。
見下ろしたすぐ下で情けない声を上げたのは一瞬。
逃げ出す前に囲って、小さな空間へと閉じ込めた。
ほんの少し角度を変えればキスが出来る距離まで近づいて、甘く囁く。








「なあ、園田。オレって、余裕があるように見えた?」

「う、うん……」




「じゃあさ、オレ。もっとがっついていいの? かなりセーブしてんだけど───」








あからさまに表情を引きつらせて、反論しようと開けかけた唇をそのままキスで塞いだ。







覚えといたほうがいい。
そういう言葉は、誘ってるようにしか聞こえないって。









END




←BACK 


TOPへ / 魔法のコトバ*目次へ


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へにほんブログ村


(Webコンテンツは魔法のコトバ*単作品のランキングです)



魔法のコトバ* 続編 2 comments(6) -
アスタリスク*






『───頂上、すげえ雪積もってんの!』
受話器の向こうで蒼吾くんが、はしゃいだ声を上げた。
『膝までごっそり埋まるほどの雪ってお前、想像できる? すっげえよなー!』
弾んだ声に、瞼の裏で無邪気な笑顔が浮かんだ。
 地元では年に1、2度、雪が積もればいい方。
だから私も蒼吾くんも、一面埋まるほどの銀世界なんて、いまだかつて経験がない。
少しでも積もれば、早起きして雪だるま作って、子どもみたいな人だもん。
白い世界を目前に、眩しいほどの屈託ない笑顔が弾けたに違いない。
「少しは滑れるようになった?」
『オレの運動神経、なめんなよ?』
 蒼吾くんの抜群の運動神経は、普通に歩くだけで足を滑らせて転ぶような私のそれとは、比べ物にもならない。
雪と空を切って、白銀の地面を風のように滑っているのだろう。
羨ましい。


『それより───。そっちは? 熱、下がったのか?』
「ううん。まだ」
『今、どれくらい?』
「…38度5分……」
『おいおいおいおい! オレと話してる場合じゃねえじゃん!!』
「平気。……喉が痛いってわけじゃないから、話すの辛くないし……」
『話すの辛くなくても、体がしんどいだろ! ゴメン。もう切るから寝てろよ』
「やだ……」
『やだってお前……、そんな高熱。オレだったら、とっくに死んでる』
握り締めたケータイの向こう側で、蒼吾くんが大げさに情けない声を上げた。
たまにしか熱を出さない蒼吾くんと、しょっちゅう熱で寝込む私とじゃ、熱に対する免疫が違う。
少し高いくらいならへっちゃらなの。
『ずっとベッドだから、退屈なの。もう少しだけ…切らないで』
もっと声を聞かせて。
薬よりも何よりも、蒼吾くんの声を聞いてると元気になれるから。
パワフルなキミの元気を私にください。

『じゃあ、あと5分だけだからな。切ったらあったかくして、ちゃんと寝ろよ?』
「うん。───今、どこにいるの?」
『んー? リーゼンコースのリフト、降りたとこ。頂上でもケータイ、繋がんのな』
蒼吾くんの言葉に、手持ちのガイドブックを広げた。
リーゼンコースって……。
「上級者コースのゲレンデじゃない?」
『そう。滑り出しにポイントでコブが出来てっから、すげえおもしれーの! ハマル!!』
そこ、初心者が行くコースじゃないよ。
スゴイ。
「無茶だけはしないでね?」
『しねーって。骨折して捕球出来なくなったんじゃあ、意味ねえもん。テキトーに楽しむさ!』
テキトーが出来る人なら、私もそんなこと言わない。
何でも全力投球でやっちゃう人だから、勢い余って怪我とか───そういうのが心配。
『お前、熱で大変なのに、オレばっか浮かれてゴメンな』
「膝まで埋まるほどの雪。私だって見たらはしゃいじゃう。それに───授業で行ってるんだもん。しょうがないよ」
『あーあ! 手取り足取り、腰取り。園田に教えてやる計画がーー』



うちの高校は、年が明けてすぐの冬休みに、スキーを学ぶというカリキュラムがある。
4泊5日のスキー合宿。
蒼吾くんは今、大山の山奥だ。
合宿の前日に熱を出してしまった私は、泣く泣く欠席。今はベッドの上。
昔から、大きな行事の前日は大抵こうなる。
小さな子どもが運動会や遠足の前日に期待と興奮で、熱を出しちゃうのと同じ。
私の場合は緊張とプレッシャーなんだけど。
新しいことには極度に弱い。
まいっちゃう。
スキー用品、レンタルにしておいてよかった。


『けどさ、今時スキーってないよな? 若者はスノボーだろ。あっちの方が断然、面白そうだし』
「でもあれって、1枚の板に両脚固定しちゃうんでしょう?」
スキーよりも、何だか難しそう。
『立ってれば滑れるって。スキーと大差、ないだろ』
「理屈はそうだろうけど……」
『飛んだり回ったり、あっちの方がアクション派手でカッケーじゃん。今度来る時はオレ、絶対ボードだな』
「今度って…また行くの?」
『すぐってわけじゃないけど……次はお前と来る。この雪景色、お前にも見せてやりたい! 絶対、気に入るはずだから』


声を聞いてると会いたくなって困る。
話すだけじゃ足りない。声も体温も、蒼吾くんをもっと身近で感じたい。
3日でこれだ。
きっと私は遠距離恋愛には向いてない。



「いいな…雪。私も見たかった」
 蒼吾くんと一緒に。
ううん。
雪よりも何よりも、それを見てはしゃぐ蒼吾くんの笑顔が見てみたかったの。
今回ばかりは、熱を出してしまった自分が恨めしい。



『……そう言うと思ってさ。園田にも雪、送ったから。たぶん…明日の夕方には届くはず。楽しみにしてて』






翌日の夕刻。
蒼吾くんの予告通り、郵便局の人が家のベルを鳴らした。
届いた荷物は想像よりもはるかに小さな小包。
包装はごく簡易なもので、クールとは記していない。
外の寒さに小さく身震いしながら部屋に戻った私は、ベッドの上でそれを開けた。














翌日の携帯の向こうは騒がしかった。
『ゴメン、ちょい待って。食堂、うるせえから外出る』
 嬉しさのあまりに携帯を鳴らしてしまったことに後悔。
感動を伝えるにはメールだけじゃ伝わらない気がして、勢いで鳴らしてしまった。
私はずっとベッドで退屈だけど、向こうは団体行動の真っ最中。
「ごめんね。今、食事中なんでしょ? 後でまたかけ直すから───」
『や。もう食った。外出るからマジ、ちょっと待って』
『ラブコールなら外でやれよーっ。蒼吾!!』
『うっせえよ!』
クラスメイトにひやかされても、蒼吾くんの声は嬉しさに弾んでいた。
私からの電話を待ってててくれたのが、ダイレクトに伝わってきて、嬉しさで胸の奥が熱くなる。
しばらくして、キュッと雪を踏みしめる音が、鼓膜を揺らした。


「…外に出たの?」
『ああ。建物ん中、電波悪いから。───どう? 雪、ちゃんと届いた?』
「うん。ありがとう。開けてびっくりした。雪を送ったなんていうから、てっきり……」
『本物が届くって思ったろ?』
 携帯の向こうで蒼吾くんが笑う。
ストレートな人だもの。
発砲スチロールにありったけの雪を詰めてそのまま───なんてのを想像していたのに。
届いた物は本物よりももっとメルヘンで、ロマンチックなものだった。








『───それ。スノードームっていうんだってさ』



手のひらに粉雪が舞い落ちる。
球型のドームの中に雪と一緒に閉じ込められていたのは、クリスタルでできた雪の結晶。
まるで空から降ってきたような小さな結晶の上に、白い雪がふわふわ舞い落ちる。
あまりにも幻想的な光景に、手に取って何度も雪を降らせた。
時間を忘れて、いつまでも眺めてしまう。


『初日の朝にさ、アレ見たんだよ。なんつったっけ……氷の結晶が降ってくるやつ… …」
「…ダイヤモンドダスト?」
『そう! それ! こう…キラキラ光るやつが、ゆっくり空から落ちてくんのがさ、もうめちゃくちゃ綺麗で…お前にも見せてやりたかったなぁ』
「それでこれ?」
『そ。雪も結晶も偽者だけど、感動のおすそわけ』
「わざわざ送らなくても、帰ってからでよかったのに……」
『感動を忘れないうちに、お前に届けてやりたかったんだよ』
 電話越しで笑う蒼吾くんの声に切なくなって、たまらなく会いたくなった。
寂しさで胸が潰れてしまいそう。
ああ、こんなんじゃ私───。

『遠距離恋愛って、ぜったい!無理だろうな、オレ』
喉元まででかかった言葉を、そんまま蒼吾くんが口にしたからびっくりした。
『4日も会ってねえから…軽く禁断症状。園田に会いたくて…死にそう』
蒼吾くんの大げさな物言いに、つい笑ってしまう。
寂しさにこぼれそうになった涙が、その言葉で引っ込んだ。
不思議。
『何? 何で笑ってんの? 今、大げさだなーって、馬鹿にした? ひっでえなあ、園田は』
笑い声に混じって、雪を踏む音が鼓膜を揺らす。
この人となら大丈夫。
辛いことも悲しいことも、笑顔で吹き飛ばしてくれるから、きっと。


カーテンの隙間から外を覗くと、凍てついた空に満月が輝いていた。
「───あ」
『なに?』
「こっちも、雪……」
ふと。視界を白いものが掠めて、見上げた空から雪が降り始めた。
不思議と冷たさのない白が空から舞い落ちてくる。
蒼吾くんが雪を連れてきた。
『えーー。ずっりぃよな。オレがいない時に降るなんてー』
「そっちはもっと積もってるでしょ?」
『ひとりで見たって意味ねえよ。無駄に寒いだけ。ふたりで見るから、幸せな気持ちになるんだろ?』
本当は寒さは苦手だった。
雪が降るたび、子どもみたいに無邪気に笑う蒼吾くんが想像できるから、いつの間にか寒さも苦手じゃなくなった。
あまり寒さを感じなくなったのは、きっと蒼吾くんと付き合うようになってからだ。
彼の隣はいつだって、陽だまりみたいにあったかい。



雪のように淡くて白くて、とても純粋な恋だった。
降り積もる気持ちに果てはなく、幸せに溢れた愛しさで私を満たしてくれる。
蒼吾くんがとてもとても、好きだと思った。






『まだ熱、あんの?』
「もう平気。明日は迎えに行くね」


 

 音もなく。色を失った地上が染められていく。
窓際にコトリとスノードームを置いて、雪と一緒にそれを眺めた。
雪よりも何よりも、早く帰ってきてほしい。
窓辺に薄く積もった雪を軽く指でなぞりながら、愛しい人の帰りを待つ。
ドームに何度も降らせた雪が、世界を真白に変えていった。







*END*




TOPへ / 魔法のコトバ*目次へ


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へにほんブログ村


(Webコンテンツは魔法のコトバ*単作品のランキングです)



魔法のコトバ* 続編 2 comments(0) -
9月の憂鬱  中編




振り返れば9月。
新学期が始まって間もない土曜の昼下がり。
講習開始時間よりも随分早く着いてしまった私は、違う制服の彼女たちと、机を囲むように話をしていた。


夏だけのつもりで通った予備校に、2学期からも通うようになったのは、思った以上に成績が伸びたから。
ふた月も通っていると、自然と顔見知りになる。
休み時間のたびに話す機会も増えて、いつの間にか仲良くなった。
たわいもない話題に花を咲かせて、誰もがいつも真剣に耳を傾けるのは恋の話。
ひと夏の経験───みたいな浮かれた話が飛び交うのも、新学期ならでは。
そういう疑惑が上がったのは、ちょうどその時だった。



「ね、園田さんって、カレシ、いるよね?」
突然に話を振られて、飲んでいたパックの苺ミルクを落っことしそうになった。
地味でおとなしい私は、そういう話題には控えめで、適当に相槌を打つ程度。
話の中心に上がることもなかった。
なんとなく尋ねられても、「カレシ? うーん」と曖昧に誤魔化してたのに。
なんでまた、急に。
「昨日、彼氏が迎えに来てたでしょ?」
たまたま部活が早く終わった蒼吾くんが、予備校まで迎えにきてくれたのを見られてたのか。
わー。


「えー? 園田さんって、付属の彼と付き合ってんじゃないの?」
「付属の…彼?」
「ほら、あそこの───」
指差した先を見て、私は愕然とする。
また安部くんか。
いい加減にして欲しい。


「違う違う。この子の彼氏、同じ学校みたいよ? 青南の制服、着てた」
「えー? ホントに?」
「…うん」
「な〜んだ。てっきり付属くんと、そういう仲かとばかり…」
「……安部くんと付き合ってるように、見えた?」
「見えた見えた! だって夏期講習の後、よく一緒に残ってたじゃない?」
「それはたまたま、一緒になっただけで…。安部くんは同小なだけの、ただの友達……」


で、いいんだよね?
へたなことを言って、波風立てたくないもん。




「なぁんだ。よかったー!」
「よかった…って───え?」
「実はこの子、ひそかに安部くんのこと、狙ってんの。ぜったい! 無理デショ」
「なんで最初から、無理だって決め付けるのよー! 告る前から自信削いでどーする!」

夏休みの彼女達といい、このふたりといい。
安部くんがモテることは、確証済み。
まあ、確かに。
よく見れば、整った顔立ちをしてる。
今風でお洒落な格好をしてるし、スポーツをやってるから体格もそこそこ。
それに加えて常盤大付属って───結構、頭いいってことだよね? 意外。
ただし……性格に難ありだけど。
口を開けば毒舌で、偉そうで、上から見下ろすみたいな威圧感が私は苦手。


「そこがいいんじゃない〜。硬派な感じでさ!」
「そうかなぁ……」
「好みなんて人それぞれよ。まあ確かに、園田さんは苦手なタイプかもねー。彼氏は正反対のタイプっぽいもん」
「えー。園田さんの彼って、どんな感じ?」
「んー…。見た目、やんちゃっぽい雰囲気の爽やかくん…? あの体格は、何かスポーツやってるでしょ?」
「うん…。野球部」
「やっぱりね〜。背高いし、上腕部がしっかりしてたし、フットワーク軽そうだし。絶対そっち系だと思った! ね、ね。彼氏のどこが好き?」
「どこって……」

蒼吾くんの好きなところを上げればきりがない。
優しいところ。力強いところ。
曲がったことが大嫌いな真っ直ぐな性格と、気持ちがいいくらいのストレートな感情。
何事にも物怖じしない、男らしさ。
低音で優しく響く声はとても心地が良くて、あの声で名前を呼ばれると、ドキドキが止らなくなる。
私の全てを包み込んでくれるような大きな手のひらも、逞しい胸も。
蒼吾くんの全部が全部、私は大好き。
でも、一番はやっぱり───。


「笑った顔、かなぁ…」

蒼吾くんが見せてくれる、いろんな笑顔が一番好き。
蒼吾くんが笑って話すと、何でも「できそう」な気がする。
彼の笑顔は、いつも私に自信と勇気をくれる。
その笑顔に、私は何度、救われたことか。
屈託なく笑う顔は子どもみたいに幼いのに、ベッドの上で見せてくれる笑顔は、男性的で挑戦的で、大人びて見えて───私をドキドキさせる。
うっ、わー……。
思い出しちゃった。



「あー、なに? この子、赤くなってるよー」
「何を想像したのよ? やっらしいーなぁ」
「ち、違うって! 変な想像、しないで…!」
いけない。いけない。
慌てて口元を引き締める。


「でもさー。同級生の彼氏って、子どもっぽくない?」
「あー。わかるわかる〜。キホン、男の方が精神年齢低いよねー。あたしらぐらいの年代だと、4つぐらい、精神的に幼いんだってー」
「園田サンのところはどう? やっぱ子どもっぽかったりする?」
「んー…。他を知らないから比べようはないけど……、言われてみればそうなのかなって、思うところもたくさんある」
「他を知らないってことは───今の人が初カレ?」
「…うん」
「じゃあ、初エッチも彼となんだー。へえー。ふーん」
急に色めいた目で見られた。
私…もしかしなくても、地雷…踏んだ?


「いつ?」
「え?」
「今のカレシと、初めてしたのって」
「えっとー…………ゴメン。トイレ、行ってくるね…?」
立ち上がるより前に、腕をつかまれた。
「さっき行ってきたばかりじゃない。逃げるな!」
うーっ、だってぇ。

「最近、でしょ? 園田さん、雰囲気変わったもん」
「あーそうかぁ。夏の間に、彼氏と進展したのかぁ。それなら納得!」
「…で。どうだったの?」
声を潜めて、ずいと顔を寄せられた。
「どう、って………」
「感想! 痛かったとか、気持ちよかったとか……いろいろあるデショ?」
話すまでは逃がさないって、キラキラ輝く好奇心の瞳が輝いてる。
適当になんて、交わせそうにない。
うわーん。











゛はじめて゛の日の記憶は、宝物みたいに大事に扱われた思い出しかない。
いっぱいいっぱいな私に対して、蒼吾くんは落ち着いていて。
何もかもが、泣きたくなるほど優しかった。
繋がることを目的としてなくて、『女』と言うよりも『私本人』を求めているような抱き方。
心地良くて、胸が満たされた。
幸福しかないあの日の記憶は、何度思い出しても体が熱くなる。





「えー。それってなれてない?」
「お互い初めてなんて、絶対嘘だよー」


私の話を聞き終えたとたん、ふたりがあからさまに顔をしかめた。


「でも…私は、ほんと初めてで……」
「園田さんはそうかもしれないけどさ、向こうは絶対、初めてじゃないって」
「付き合うのが初めてなだけの、経験者と見た。だって初めての男がそんな余裕のあるエッチ、ありえないって!」
「しかも、同い年でしょ? ナイナイ!」
「うちもさー、去年まで付き合ってた彼とは、初めて同士だったんだけど……。もう、サイアクだったよ?
自分さえ気持ちよくなればいいみたいな勝手なセックスして、痛いって言ってもやめてくれなくて。こっちは初めてなのに、自分の都合だけで動いて、ハイ終わりーみたいな」
「かといって、お互い手順が分からないとか、そういうのも嫌じゃない?」
「イヤイヤ! 絶対それは、ナシ。ありえなーい!」
「ちょっと慣れてるぐらいの方がいいよね、初めては。どうせ痛いのなら、向こうに余裕のある大人の彼の方が」
「そういう意味では、彼氏が慣れててよかったんじゃない?」
「だって。同級生の男なんてさ、がっついてるか、もたついてるか。どっちかだよねー?」
「でも、向こうも私とが初めてだって……」
「口では何とでも言えるの。愛がなくてもできんのよ、男は。そういう風にできてんの」
「………」
「気になるのならさ、あの人に聞いてみなよ。安部くん。カレシと同小、同中なんでしょ?」
「園田さんの知らないこと、案外、知ってるかもよ?」



ふたりが口をそろえて、そう言ったのだ。




なんか私、またいいように使われてない?













「───え? 中学ん時の蒼吾?」
「うん…」
「なんで、今更」
「どんな中学生だったのかなーと、思って……」
「知ったからってどうこうなんの? つか、それをオレに聞く? ま、いっけど」

安部くんがコメカミをカリカリと掻く仕草から、機嫌の悪さが見て取れた。
読みかけの雑誌を中断させたのも、怒らせた原因のひとつだろうけど。
内容が内容なだけに、なんて無神経な───そう思われたに違いない。




「別に俺じゃなくても、日下部とか佐倉とか。同中で仲いいの、お前の周りにいっぱいいるだろ?」
そこから聞けはいいのに、と。
あからさまな溜息をつく。
「だって……。私にマイナスになることは、あのふたりは絶対、言わないと思うから……」
「じゃあ俺は、マイナスになることばっか言うとか、逆に思わないわけ?」
「あ……」
「あ、じゃねえよ。そこ、否定するところだから。お前らしい返しだけど。
で、蒼吾の何が聞きたいわけ? 俺、中学は一度も、蒼吾と同じクラスになったことねえから、お前が欲しがるような情報、持ってねえと思うけど?」
「うん……」
「つうか、あいつら何?」
「え?」

安部くんが顎をしゃくった。
私らから少し離れた場所で聞き耳を立ててるふたりの存在に、安部くんはとっくに気づいてる。
まずい。


「お前、また───人に言われて、俺んとこ来たんじゃねえだろうな?」
「……えっと…あの……」
「人の意見に左右されんのも、大概にしろよ? 自分の意志、ちゃんと持て。阿呆が」
パチンと指で額を弾かれた。
痛い。


「ちょっと来い」
「…エ?」
猫のように襟の後ろをつかまれて、そのまま引きずられた。
「え…、なに…? あの…っ、安部…くん…!? 」
「いいから黙って、付いて来い」
「でも、あの……っ」
「振り返んな。聞き耳立てられてちゃあ、こっちがたまらん。いいから、黙って付いて来い」
「で、でも。講義が───」
教室を出たと同時に、始業のチャイムが鳴り始めた。
ばたばたとみんな、席に着き始める。
「サボってまではアイツらも、追いかけては来ねえだろ。なら好都合だ」
「でも───」
「でもでも、ウルサイ。来るなら話す。来ないなら、やめる。どっち? はっきりしろ!」
強く怒鳴られて、ビクと体が強張った。
どっちつかずな私の態度に、ますます安部くんが苛立ってくのが、手に取るように分かる。
だからもう、この人に関わるのは嫌だったのに。




「言っとくけど。俺はもう、お前のことなんて、何とも思ってねえから。ふたりっきりになってどうこうとか、そういうことは考えんな。それを踏まえた上で、どうしたいかはお前が決めろ」





そう言ってくれた安部くんに、私はもう、黙って付いてくしかなかった。







←BACK / NEXT→


TOPへ / 魔法のコトバ*目次へ


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へにほんブログ村


(Webコンテンツは魔法のコトバ*単作品のランキングです)



魔法のコトバ* 続編 2 comments(9) -
9月の憂鬱  前編




園田の様子がおかしい。
怒ってるわけじゃあないみたいだけど……何だかぎこちない。
何か思うところがある顔だな、あれは。
オレ。
アイツを不安にさせるようなこと、したっけ?
振り返ってみるけれど、それといって心当たりがない。


待ち合わせの時間には遅れなかった。
たくさん写真が撮りたいっていう園田のお願いに、姉貴からデジカメも借りてきた。
デートの途中で、誰かに割り込まれたり、部活召集がかかることもない。
園田が絶対嫌だと言い張った、絶叫マシーンはあえて外すして。
嬉しいハプニング満載のお化け屋敷も、我慢した。
そのかわりと言っちゃなんだけど。
観覧車の中ではうんとキスをしてやった。
密室で、誰も見てないのをいいことに、ディープで長いやつをたっぷりと。
そりゃあ、ちょっとやりすぎたかなーとは思ったけれど。
恋人同士、観覧車の天辺でのキスなんて、お約束だろ?
園田もそれをわかっているから、素直にオレのキスに応じてくれた。




でも、明らかに。
その辺りからなんだよな。


園田の様子が、いつもと違うって気づいたのは。
















降り出しそうな空模様に、早めに遊園地を引き上げた。
帰るにはまだ早い時間だったから、園田を送り届けたついでに、部屋に上がらせてもらう。
園田が淹れてくれたアイスティーで喉を潤して、コンビニでチョイスしてきたばかりのプリンを食べながら、今日撮った写真をふたりで確認した。


「どれ、プリントしとこうか?」
「えー…迷う。全部───っていうのは……ダメ?」
「別にいいけど……かなりの数だそ?」

今日一日で、軽く100枚は超えてる。
園田のとびきりを残したくて、何度もシャッターを切ったから。
気に入らないやつは、後で消去すればいい。
そう思って撮りまくったのに、結局どれもいい瞬間すぎて、消去できない。


「自分だけで映ってるやつもいんの?」
「うん」
「それって……どんだけ自分好きなんだよ?」
冗談めかして笑ったら、園田がもう!と手を振り上げた。
大げさに声を上げてそれをよけて、冗談だよと笑う。
「だって……。蒼吾くんが撮ってくれた写真だから、記念に全部欲しくて。
それを見るたびに、その時の蒼吾くんを思い出せるでしょ? だから……」


傍から見ていて恥ずかしいほど惚気るって、こういうことをいうんだろうな。
液晶を見ながら嬉しそうに笑う園田を見て、ふとそんな風に思った。
できることなら、一緒にいられるすべての瞬間を、メモリーの中に納められたらいいのにって、欲張りなことを考えてしまう。




「あ。ねえ、見て見て! ほら、この写真の蒼吾くん、すごくいい顔! プリントしてもらったら、ボードに貼ろうかな。あ。こっちもいい顔───」

嬉しそうに頬を蒸気させて、身を乗り出してきた園田の腕を掴んで引き寄せた。
その拍子にデジカメが手から離れて、白い絨毯の上に音もなく転がる。
肩を抱き寄せてキス。
唇を割って入ろうとしたら、拒まれた。




だから、なんで───!?








園田がおかしな態度を取るのは、キスした時や、体に触れた時。
付き合いはじめじゃないんだからさ、あからさまに意識しすぎるのは変だ。
もう、そういうプラトニックな仲でもないし。
そりゃあ。
いつまでたっても「慣れない」「初々しい」───園田のそういうところが、惚れる要素ではあるんだけど。
でも今日は、そういう気恥ずかしさの拒絶とは、ちょっと違う。



「…ましろ。もうちょっと口、開けて───」

甘く名前を囁いても、頑なに閉じた唇はオレの進入を拒む。
軽く触れるのはOKで、ベロちゅーは駄目?
それ以上のこともやってんのに、それっておかしくね?


「…あっ!」
前触れもなく、胸に触れた。
気が緩んだその隙に舌で割り入って、逃げる舌を捕まえてやろうとした。
その瞬間、園田がオレを突き飛ばした。
不意の出来事に逆らう暇もなく、オレは派手にベッドから転がり落ちた。
呆然とするオレ以上に。
無意識に出てしまった拒絶の態度に、園田の顔が青くなる。


明らかに今日の園田は、おかしい。
下に親がいるから駄目だとか、そういう反応じゃない。
そういうことをするオレが嫌───つう態度。
二度目が嫌?(正しく数えると二度目じゃねえけど)
誕生日みたく約束してないから駄目?
四国から戻って、あれから一度も、園田のこと抱いてねえのに。
言っとくけどオレ、結構我慢してんだぞ。
今すぐ抱きたいって言ってんじゃない。
深いキスも、体に触れるのも駄目じゃあ、納得いかねえ。
オレが何をしたっていうんだ?





「あの…っ、ごめ……っ、突き落としたりするつもりなんか、なくて…その……」


見る見る間に園田の顔が泣きそうに歪んで、目尻に涙が浮かぶ。
その態度から、オレを突き飛ばしたのには何か理由があることを悟る。
何なんだ、まったく。
むちゃくちゃに突っ走りたくなる気持ちを無理矢理抑え込んで、園田の正面に座る。
手を握って、強く見据えた。







「不満があるのなら言って。
理由も分からずに、拒まれんのはたまらない」



ここで強く出たら、園田は怖がって萎縮してしまう。
泣くばかりで、何も話せなくなるのは目に見えてる。
彼女のペースを守りつつ、ゆっくりうまく誘導してやると、素直に本音を話してくれるはず。
それが長い付き合いで学んだ、園田の上手な扱い方。
案の定。
ごまかしは効かないと悟った園田が、ぽつりぽつりと話はじめる。









「…言っても、怒らない……?」


「ああ。約束する」










「あのね……。




蒼吾くんって……その……私以外の女の子と………したこと、あるの……?」











ハイ?









「…なんで、そんな風に思うんだよ?」


突拍子もない質問に、思わず聞き返してしまった。









「だって…。慣れてるっていうか…その…キスも上手で……、初めての時も、余裕があったから……。
前にも誰かと、そういうこと、したことあるのかな、って不安になって───」


「……オレ。余裕があるように見えた?」







「…うん……。




余裕があるのは、それなりに経験積んでるからだって、みんなが言うから…」











みんなって、誰だよ?












つうか。





誰に、どこまで、何を話したら。そんな方向、行くんだよ!!














「園田。ちゃんと説明しろ」






約束通り、怒るつもりはない。



だけど。







全部聞くまで、オレ。

ぜってえ、帰んないからなっ!








NEXT→

TOPへ / 魔法のコトバ*目次へ


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へにほんブログ村


(Webコンテンツは魔法のコトバ*単作品のランキングです)




魔法のコトバ* 続編 2 comments(0) -
バースデイ・バースデイ 5



誕生日当日は、ばあちゃんがケーキを用意してくれた。
イチゴがたくさん乗っかった、生クリームたっぷりのホールケーキは、村唯一の洋菓子屋『サンタサンタ』のケーキだ。
「ん。園田のぶん」
「ありがとう」
「アイツらにたかられる前に、食うべ食うべ」
店の名前からか、クリスマスでもないのにサンタの砂糖菓子が乗っかってる。
そこには何の違和感も持たず、均等に振り分けられたはずのケーキの大小で、低レベルな争いを続ける小学生4人に、オレは溜息を零した。
オレが今日、誕生日だということをどこからか聞きつけて、朝一から押しかけてきやがった。
ご丁寧に洋菓子屋に回って、ケーキ持参だ。




「たまたまさー、ケーキ屋の前を通ったらな、おばちゃんに届けてって頼まれたんよー」
「俺らも忙しいんやけどさ、おばちゃんがどーしても!って言うけん、持ってきてやった!」

小学生の何がどう忙しいんだか。
素直にケーキ食いたいから取りに行ったとでも言えば、可愛げがあんのに。
回りくどい言い方を。
おまけに。
食う気満々でケーキの前に居座るもんだからさ。
ばあちゃんが気を利かせて、早めに切り分けることになった。
午前10時にケーキを囲んだ誕生日なんて、今年が初めてだ。
「まあ、ええがね。食べたい時に食べるんが、一番おいしいけんな」
ばあちゃんも、こいつらが来ることを見越してたんだろう。
10人で分けたとしても十分に満足できるジャンボサイズだ。


「出さんと負けよっ、ジャンケンポイッ!」
一番大きなケーキ(オレには全部、同じに見えるけど)は、あみだの末、喜助がゲットした。
今度はケーキの上に乗っかった砂糖菓子のサンタと、チョコレートでできたバースディプレートを誰が食うかの勝負だ。
「喜助はでっかいの取ったんやけん、除外! 除外!」
「えー! なんでぇ!?」
お前ら。
今日の主役はオレだつうことを忘れてるだろ?
そういう飾りもんは、誕生日のオレに一番の権利があるんじゃねえのか?


…まあ。
今日のオレはいつもより寛大だ。
なぜかって───そこんところは、聞かないでくれ。








「…蒼吾くん」
「ん?」
「クリーム。ついてる」
唇の端についていたであろうクリームを園田が指でぬぐって、ペロリと舐めた。
なんて事ないその仕草に、ドギマギして、心拍数が上がる。
「…なに?」
「なーんかさ、こういうやりとりって、いいよな。深く付き合ってこそじゃね?」
「?」
「昨夜の園田をアレコレ思い出しちま───ってえ!」
ポカンと殴られた。
デリカシーのないオレは嫌い、って、頬を真っ赤に染めてそっぽを向く。
あんな後でも、変わらずシャイなままで可愛い。
もうずっと、そのままでいて。





「それ。すごいよね」
ケーキを食べ終えた園田が指差したスーパーのレジ袋には、これでもかってなぐらいに駄菓子が詰め込まれてる。
大和ら男4人がくれた誕生日プレゼントだ。
「つか。全部、うまい棒ってどうなの? もう少し、バラエティにとんでもよくね?」
「でも、立夏ちゃんはホラ、手作りクッキーじゃない」
「これはいいんだ。これは」
「もらえるだけでも良しとしなきゃ」
「つっても、うまい棒40本ってなあ…」
「ホントはすごく嬉しいんでしょう?」
何もかも見透かした顔して、園田が笑う。
「ああ。ちょっと感動した」
これだけ大量のうまい棒が、北村商店に置いてるはずがない。
足らない分は、何日も前から注文して取り寄せたに違いない。
物がどうこうというよりも、その気持ちが嬉しい。
小学生のクセに、生意気なことを。





「私からも。はい、これ───」
「え? なんで?」
「なんでって……蒼吾くん、誕生日だから…」
「もう、もらったじゃん」
「あんなの…プレゼントのうちに入らないもん。いいから、開けてみて?」

園田がオレの手を引き寄せて、手のひらの上に小さな箱を置いた。
箱の水色とリボンのオレンジ色のコントラストが、真夏の空と太陽を連想させる。
リボンを解いて蓋を開けると、中からイヤーフックのイヤホンが出てきた。




「うおっ。これ……! オレが欲しかったヤツ! なんで!?」
「守口くんに相談に乗ってもらったの。プレゼントするのなら、やっぱり蒼吾くんが欲しいものがいいでしょ? ちょうど壊れて新しいのを欲しがってるって聞いたから…」
「いいの? もらっても」
「うん。使ってもらえたら、嬉しい」
さっそく手持ちのiPodに差し込んでみる。
「…どう?」
「いい! 低音が腹に響く!」
スポーツタイプだから、ジョギングにも使える。
「つか、これ。高かったろ? マジでいいの?」
「私の誕生日に、期待してる」
「うしっ。任せとけ!」
バイトは無理だから今から貯める!
クリスマスもお年玉も、貯金だ!
「それは、冗談だって。蒼吾くんが喜んでくれるだけで、私は嬉しいから。そのかわり、大事に使ってね?」
「モチロン!」
コードを伸ばして、イヤホンのひとつを園田の耳に掛けてやる。
「ど? 音、良くね?」
「うん。ノイズが少ないね」
「だろ? 再生音が漏れにくく、かつ、周りの音もある程度聞こえて。動いても落ちないイヤホンなんて、サイコーじゃね?」
おまけに。色はオレの大好きなブルーだ。
もう完璧。




「あーっ! 何、ふたりでいちゃいちゃしてんだよ!」
「隠れてコソコソと!」
「やっらしぃ!」
「不潔ー!」

ケーキ争奪戦に一区切り終えた男4人組が、ニヤニヤとオレの前に現れた。

「園田はオレの嫁だ。イチャイチャして何が悪い? 文句あるか?」
「わ。開き直りやがった!」
「蒼吾はそういうとこが、大人気ないんだよなっ!」
「あれは、なったらいかん大人の見本だ」
「あんな大人になるのだけは、やめとこな?」
「なーっ」




「…おっ前ら……、言いたい放題、言いやがって! 全員、沈下橋から放り込んでやるっ!」



「ぎゃーーっ! 蒼吾が切れたー! 逃っげろーー!!」




わーっと奇声を上げて、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれが逃げた。
「じゃーな! 蒼吾っ! 誕生日に免じて、今日はふたりっきりにしてやるけん!」
「せいぜい、いちゃいちゃすればええよ」
「俺ら沈下橋におるけん、どーしてもっていうのなら遊んでやる。いつでも来いよ!」
「じゃーな! ばあちゃん、ケーキご馳走さん!!」
肩に掛けたバスタオルをマントのように翻して、真夏の空の向こう、アイツらは散った。
食うもん食ったら、退散かよ。
ひっきょう!



オレのすぐ後ろで、園田がくすくす笑う。
「大和くんたち。かわいいよね」
「そうだけど…ウザイ!」
思い切り顔をしかめてやったら、園田がまた、声を立てて笑った。
あいつらがうるさいお陰で、こんな園田の笑顔がみられるのなら、それはそれで良しだ。
無邪気に笑い続ける園田の前で軽く身体を折り曲げて、チュッと音を立てて唇に触れた。
「あ」
「…なに?」
「今、大和くんに見られてた」
「うえー。マジで?」
「ほら、また振り返って───」
言葉の続きをキスで塞ぐ。
今度は触れるだけの子どもじみたキスなんかじゃなく、深く探る大人なキス。




「…蒼吾、く…っ ちょっ…まだ、見られて───ッん…」

胸を押し返して突っぱねてくる園田の手首を捕まえて、オレは開き直ってキスを続ける。
見たけりゃ見ればいい。
園田はオレの彼女で、オレの嫁(仮説)。
キスして、いちゃいちゃして何が悪い?
誰かに文句を言われる筋合いはねえ。



それに。
今日はオレの誕生日。
今年のオレは、最強だ。










「…蒼吾くん……」


くたりとオレの肩にもたれかかって、キスの余韻でとろんとしたままに、園田が口を開く。





「さっきからずっと、気になってたんだけど……」
「なに?」
「戻ってる。……名前、園田に……」
「あー…。ゴメン。いつものクセで、つい…」


゛園田゛が長いから、なかなか抜けね。


「つか。ゴメン。しばらくまだ、園田でいい? なんつうか…モロバレだから」
旅行から帰って、いきなりましろじゃあ、一線越えましたってアピールしてるようなもの。
「不幸にも。そういうことに敏感で、深読みしてくる連中ばっかが、オレの周りにいるもんで」
涼とか、ジンさんとか。佐倉とか、日下部とか。
おまけに───姉貴。
せっかくの綺麗な思い出を、ひやかされて、つつかれて。
それをネタにいじられんのは、ぜったい御免だ。
あからさますぎんのも、どうかと思う。






「…いいよ。なんとなく想像はつくから…」
それぞれの顔を思い浮かべて、園田が笑う。
「ごめんな」
「うん。また時々は……呼んでね…?」
「ああ。ベッドの上でなら、何度でも───ってぇ!」


真っ赤になった園田に、頬をつねられた。
最近の園田サン、容赦ねえの。
「もう知らない!」
照れ隠しに拗ねてみせて、もらったばかりのイヤホンを耳に掛けて独り占めした。
オレに背を向けて、ぷいとそ知らぬ顔。
そうやって、怒った顔も笑った顔も。
これからも見せてくれる表情、全部オレにちょうだい。









「───ましろ?」



後ろからそっと体を重ねて、イヤホン越しの耳に小さく囁く。
聞こえてないふりして、園田は振り返ろうとしないけれど、握り締めたipodの曲がもう終わってるのは、ちゃんと知ってる。













「なあ。

誕生日に園田のことちょうだいって約束、今日中ならまだ、有効───?」




甘く囁いた言葉に、間髪いれずに園田が振り返った。
何か言いたげに口元がぱくぱく動くけれど、声にならない。
今日。
早めにケーキを食ったのは、幸いだ。








「じいちゃんをうまくかわして、今夜は早めにあがろう……な?」






だって、約束だもんな?
誕生日に、園田をオレにくれるって。























翌日は。
昼になっても、園田は離れを出てこれなかった。


いつになく上機嫌のオレと、ぎこちない歩き方の園田の姿を見て。
港まで迎えに来た姉貴は、何かを感じ取ったのだった。

















Fin *









夏



蒼吾とましろの甘い甘い誕生日は、いかがだったでしょうか?
ここまで丁寧に書こうと思えたのは、読者さまの応援と励ましがあってこそ。
ふたりの話をもっと読みたいと言ってくださる方がいるからこそ、書けた。
いつもいつも、感謝です。

今回、新しいイラストが間に合わず、使いまわしでございます(汗)
「この絵、見たことあるぞー」とお気づきの、はづきファンの方、許して(笑)



もうしばらく、『まほコト』続きます。
ましろと蒼吾で書きたいネタは山のように。
連載当初は、本編のみで終わる予定のはずだったのにな…(苦笑)
どうかまた、こりずにお付き合いくださいませ。




りくそらた





←BACK /










TOPへ / 魔法のコトバ*目次へ


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へにほんブログ村


(Webコンテンツは魔法のコトバ*単作品のランキングです)




魔法のコトバ* 続編 2 comments(9) -
バースディ・バースディ 3




「まあ、飲めや」



出先から戻ったオレと園田が夕飯の席についた時には、じいちゃんはもう、とっくに出来上がっていた。
炒った小海老を片手につまみながら、オレにお猪口を押し付ける。




「グッといけ。一気じゃ」

……じいちゃん?
オレ、未成年。高校生。





「飲めんクチじゃないやろうが?」


そりゃそうなんだけど。
オレにとって、今夜はここ一番。
酔っぱらって、爆睡して。
目が覚めたら朝でしたーなんて、洒落にもなんねえから。






「蒼吾が飲まんのなら、代わりにましろちゃんが飲むか?」

オレに断られたもんだから、ターゲットは園田に。
いやいや、じいちゃん。
園田なんて、もっとダメだろ。
酔いつぶれんのは、目に見えてる。
「なあに。お猪口一杯ぐらい、水みたいなもんじゃけん」
そりゃあ。
酒豪のじぃちゃんからしてみれば、それっぽっちの量、酔いの足しにもならないんだろうけど。
園田がその一口で、どんなことになるのか……オレにだって想像できる。
じいちゃんが押し付けた゛ひめさくら゛なんて、可愛い名前の日本酒は。
愛媛の地酒の中でも、アルコール度数はぴか一だ。






「じゃあ……ちょっとだけ…」

強く押し切られて、園田がお猪口を口に運ぶ。
わーっ!
ちょっと待てーっ!!





「たんま! たんまっって───!!」



明日は付き合うから、今夜だけは勘弁して───!














ひたすらに酒をすすめるじぃちゃんをうまくかわしつつ。
酒と話に付き合って4時間。
オレと園田がようやく解放された時には、壁の時計は、10時を回っていた。
押入れからタオルケットを引っ張り出してきて、気持ちよさそうにいびきをかくじぃちゃんに、そっと掛けてやった。



「おやおや。じいちゃん、寝てしもたんやねえ。飲めば絡んでくる人が、珍しい。
いい顔して寝とるわ…。よっぽどいいお酒やったんやねぇ」


腰巻きエプロンで手を拭きながら、ばあちゃんが台所から出てきた。
ひと通りの後片付けを終えて、ようやく腰を降ろす。
もてなし好きな人だから、客がテーブルを囲んでいる間は、せわしなく動いてないと落ち着かないんだろう。
晩酌が終了して、じいちゃんも寝てしまってから、ようやくだ。


「じいちゃんな、蒼ちゃんがましろちゃんを連れてくるん、すごい楽しみにしとったんよ」
「うん。何度も聞かされた」
苦笑しながらそう言うと、ばあちゃんが「ありがとうねえ」と笑う。

「部屋に運ぼうか?」
夏つっても、山間の夜は冷える。
このままじゃ、風邪引くだろ?
「かまんかまん。そのうち、起きるけん。そこで寝かしとけばええよ。
それより───お風呂沸かしたけん、入っといで。ゆっくり浸かって、旅の疲れを癒したらええ。これ、タオルと着替え」
そう言って、箪笥の上の籠に用意してあった、ふたり分のタオルと着替えを園田に手渡した。
真新しいそれからは、石鹸とお日さまの匂いがする。
今日の為におろして、汗を吸いやすいようにと、洗濯しておいてくれたんだろう。



「オレは後でいいから、園田、先入ってくれば?」
「…うん」
「風呂場、こっちだから」

案内しようと立ち上がった背中に、もう一度、声がかかる。




「───蒼ちゃん」

「なに?」




「別に順番に入らんでも、一緒に入ったらええが。ふたりでゆっくり入っといで」







その言葉に、特に深い意味はないと思う。
ばあちゃんの中ではもう。
オレと園田は、長年連れ添った夫婦のように、認識されてるんだろう。


だから。






そんなストレートに受け止めなくても、いいと思うぞ? 園田───。






耳まで真っ赤に染めた顔を、思い切り強張らせて。
オレを見上げてくる顔が、NOと言ってる。
動揺が顔に出まくりだ。
そりゃあ、キスだけの清い関係?(あえて疑問符で)のオレらにとって。
いきなり風呂っていうのは、ハードルが高いワケで。
シャイでガードの固い園田サンが、首を縦に振るはずがない。
風呂場で園田の身体をまじまじと……なんて、オイシイ経験をしたいのはやまやまですが。





「……遠慮しとくよ、ばあちゃん」




襲わない自信、ねえから。
癒す為の゛ゆっくり゛が、園田をじっくり味わうことになっちまう。
えらいこっちゃ。







「あの……っ、蒼吾…くん……っ」

園田の手を掴んで、ギシギシと軋む廊下を歩く。
風呂場の戸を開けて、戸惑う彼女を中に押し込んだ。






「大丈夫。一緒に入ろうなんて、言わねえから。安心して、ゆっくり浸かって」




昔から、オレ。
大好きなものは最後に取っておくタイプ。
一番のお楽しみは、後にとっときマス。














「えー。なんで……?」



風呂から出てきたオレを見上げて、開口一番。
園田がむくれた顔でそう言った。
眉間と鼻に皺を寄せて、頬を膨らませて、口がへの字だ。
あーあ。
可愛い顔が台無しなんですけど。





「蒼吾くんだけ、ずるい……」


園田が拗ねた原因は、たぶんこれ。
オレが手にした男物の浴衣だ。
ばあちゃんが寝巻き代わりにって、用意してくれたんだけど───風呂上り、オレはTシャツに短パンだ。
浴衣なんて、窮屈で着れるか。

「似合うと思って、楽しみにしてたのに……」


そう言う園田は、先に風呂を済ませて、ばあちゃんが用意してくれた浴衣に袖を通して、オレを待ってた。
うちわでぱたぱたと涼を取りながら、縁側に腰掛けて。
桔梗……って、いったっけ?
紺地に青紫のちょっと古めかしい花柄。
深いうぐいす色の帯は、浴衣がはだけないように機能するだけのもの。
縁日で園田が着ていた、レースや飾りで彩られたイマドキの浴衣とは違う、シンプル一色だ。
へえ。
こういうシックな浴衣も、よく似合う。
紺の色に引き立てられた園田の肌の白さに、オレは思わず喉を鳴らした。






「どうして、着ないの?」
「あんな暑苦しいの、着れるか。邪魔臭くて寝れん」


祭りに行くならともかく、寝るのに浴衣だぞ?
簀巻きにされてる気分だ。




「…じゃあ……私も、着替えてくる…」
「園田はいーって。そのままで。せっかくばあちゃんが用意してくれたんだからさ、オレの分まで着てやって」
「だったら、蒼吾くんも───」
「オレはいいの。いつものことだから」



ばあちゃんは、サザエさんちのフネさんみたいだ。
寝巻き代わりに浴衣を着る習慣は、昔から変わらない。
んでもって、毎回。
オレや泊まった家族の分も、浴衣を用意してはくれるんだけど……。
慣れない浴衣じゃ寝られないオレは、いつもTシャツ・短パンだ。
オレが浴衣を嫌がんの、ばあちゃんもよーく分かってるはずなんだけど。
園田と一緒なら───って、思ったに違いない。
ゴメン、ばあちゃん。





「お揃いで、着たかったのにな……」
「また今度な」
「………でも…」
「いいから。園田はそのまま着てて」




脱がす楽しみができるから。
どうせなら、そういう格好の方が萌える。
って、オレ。
朝からそういう想像ばっかだ。
重症。







「食う? うちの畑のスイカ」


邪念を振り払うように頭をぶんぶん振って、真っ赤なスイカが入った大皿を、縁側の廊下にドンと置いた。
「よく熟れてっから、すげえ甘いぞ?」
オレも。
ばあちゃんが切ってくれてる間に、一切れ拝借した。
甘くてみずみずしくて、スーパーに並んでるものとは、格が違う。



「わ…。ホント、真っ赤だ…。あ、美味しい!!」


小さな口を大きく開けて、オレの隣でスイカにかぶりつく。
「それに、すごく冷たい! コメカミがキンとしちゃった……」
単純な園田に、思わず笑みがこぼれる。
だって、スイカひとつで、もう機嫌が直ってんだもんな。
コロコロ変わる表情から、目が離せない。


「これな。川で冷やしたんだぜ? ネットに入れて、流されないように石で固定して…」
「……ホント?」
「すげえだろ? 天然冷蔵庫!」
「だから、うんと美味しいんだね……」


園田が頬をほころばせて笑う。
あー、もう。
可愛い。
後ろにばあちゃんさえいなければ、絶対、押し倒してる。








「これ。冷やしとったんやけど、飲まんかね?」
ばあちゃんが、コトンと、2本の瓶を置いた。
ようやく全ての家事を終えたようで、腰巻エプロンを外す。
「園田。炭酸、平気?」
返事を聞く前に、1本、栓を開けた。
碧く透明の瓶からしゅわしゅわと気泡が上がり、開放されたビー玉が、青いソーダ水の中を泳ぐ。
「少し苦手なんだけど……ラムネなら飲みたい」
「…なんだそりゃ…」
「だって……。その瓶に入ってるってだけで、おいしそうじゃない? なんだか、飲まなきゃ損みたいな気がして……」
「食い意地、張ってんなあ」
冗談めかして笑ったら、ポコンと殴られた。
いてえ。
「一緒に飲む?」
「…いいの?」
「どうせ1本は飲めないんだろ? オレも───5きれもスイカ食ったから、水っ腹」
大げさに腹をさすって見せたら、園田がくすくすと笑った。
「ん。お先にどうぞ」
「ありがとう。じゃあ、ひとくち…」
園田が口に運んだら、瓶の中で炭酸が弾けた。
ビー玉が中で踊る。
すっぱい!と、一瞬、顔をしかめた園田が可愛くて、声を立てて笑う。


「最近、こういうちゃんとした瓶のラムネって、減ったよね? 飲み口がプラスチックだったり、容器全部がプラスチックだったり……」
「缶に入ったラムネ───なんてのもあるよな? あれをラムネつうのは、間違ってね? こういう瓶に入ってこそ、ラムネだと思うんだけど」
「うん、私も。そう思う」


あとは飲んでねと、園田が残りを手渡した。
ホントにひと口飲んだだけ。
全然、減ってねえの。
マジで炭酸、苦手なんだな。
……これって、間接チュウ───?
そんなばかげた事を考えながら、オレも喉を潤した。


「私ね。昔───瓶の中のビー玉が欲しくって…無茶して、ママに叱られたことがあるの」
「割ったんだろ?」
「うん。割れた破片が飛び散って、顔に怪我しちゃったから……」
「そりゃまた……」
飛び散った破片で怪我って、どんだけ激しく割ったんだよ?
「女の子が顔に傷つくって、どうするの! 誰も、もらってくれないわよ!って、ママが激怒して。
何でそんなに怒るの? ただ、ビー玉が欲しかっただけなのにって───悲しくて、わんわん泣いた。おまけに、割れた拍子にビー玉はどっかいっちゃうし……」
「園田らしいオチだな」
「でしょう?」
園田が笑う。


「───でも。それだけ大事にされてるってことだろう。お前、箱入り娘って感じだもん」
たくさんの愛情を受けて育ったからこそ、園田はそれを、人にわけてやることができる。
自分が与えられてきた愛情と同じ分だけ、人に優しくできるから…。
「うちなんてさ、男はオレだけだから、損な役回りばっかだぜ? 全然、大事にされてねえの。
あーあ! オレも女に生まれてきたら、よかったかなーっ」




「それは……困るよ」

「……なんで?」




「だって。蒼吾くんが女の子だったら、きっと楽しいだろうけど……こんな風に、゛特別゛ではいられないでしょう?
 それは……やだな……」


ああ、もう。
がー! って。ぎゅー!って。無茶苦茶にしたくなる。
そういうことを素で言っちまうんだから、園田には参る。
だからオレはいつも、君に完敗だ。







「…切ったのって、どのへん?」
「もう残ってないと思うけど…ホラ、目のすぐ横…」
「見せて───」


そう言って、左目のすぐ下を指でなぞった。


「どう?」
「ない。つか、園田。目の際はマズイだろ。そりゃ親も怒るって」


あと1センチでもずれてれりゃ、眼球だ。
破片が目に入って、失明でもしていたら───。
考えるだけでもぞっとする。


「まあ。もし傷が残ってたとしても、オレが責任持って園田のこと、もらってやるから。安心しろ」
「…なにそれ。私が残り物みたいな言い方───。ていうか、偉そう?」


たとえだよ、たとえ。
つか。
売れ残るわけねえだろ?
オレは5年先も10年先も、お前と一緒にいる。
そのつもりだ。






もどかしさを噛みしめながら、園田の髪を撫でた。
まだ、少し湿った髪が、冷たくて心地いい。
堪らなくなって、園田の身体をそのまま後頭部から引き寄せた。
「え」
と、零れる声をキスで飲み込む。
まさかこんなところでキスされるなんて、思ってもみなかったんだろう。
唇を合わせても、丸っこい目がきょとんと開いたままだった。
開放されると、すぐ耳まで真っ赤になる。
何か言いたげな唇が、ぱくぱくと動いて───だけどなかなか、声にならない。


「キスしちゃ、まずかった?」

「…だ、だって…! おばあちゃん……っ」


慌てて離れようとする園田の腰に手を回して、もう片方の手を顎にかけた。
逃がさない。
「ばあちゃんは、風呂行った。じいちゃんは、見ての通り熟睡中だ」
さあ、どうする?
意地悪く笑ったオレに、観念した園田が、唇を真一文字に結ぶ。
ふーん。
そうやって、ささやかな抵抗を続けりゃいいさ。
どうすれば園田が、オレのキスを素直に受け入れてくれるのかぐらい。
もう、ちゃんとわかってる。


顎にかけた手で、上を向かせる。
頑なに閉じた唇を軽く舌でなぞるだけで、甘い声が零れて、唇が薄く開く。
そこをすかさず割り入って、深く口付けたら、園田が声を上げた。
「蒼───っ…」
反論なんてさせてやらない。
園田の唇を、声を奪う。






チリン。
雨戸にぶら下げた風鈴が、風に揺れて音を鳴らす。
夏の匂いに混じって微かに香る、洗い髪の匂いに、すんと鼻を鳴らした。
キスの余韻でくたりと身体を預けてきた園田の手を、そっと握る。




「……部屋、行かね?」



耳元で囁いたら、真っ赤な顔のまま、園田がコクリと頷いた。



















母屋から離れまで、手を繋いで歩いた。
満点の星空がすげえ綺麗で、立ち止まってふたりで見上げた。
離れに着いてからも、園田は窓から星をずっと見ていて。
そんなにも星空が気に入ったのか、とも思ったけれど、そうじゃない。
こういう時。
どういう態度を取ればいいのか、分からないんだろう。
小さな肩が、微かに震えてる。
タイミングがつかめないのは、オレも一緒。
欲望よりも緊張が、遥かに上回る。

窓辺に置いた手にそっと手を重ねて、やんわり背後から抱きしめた。
浴衣の下に隠された園田の身体が、華奢で柔らかいのは、もう知ってる。
だけど。
今日は、とびきり柔らかい。
……あれ?
この感触。
もしかして───。


「ブラって…つけてねぇの…?」


耳元で囁いたら、真っ赤になる。
「…寝る時につけてると、締め付けられてるみたいで、苦しくって……」
や。もう。
全然、オッケーっスよ。園田サン。
何なら下も───って、そんな想像ばかりしてしまうオレは。
かなり、限界。




「園田のこと……そろそろもらっても、い?」



返事を聞くより早く、浴衣の合わせから手を滑り込ませた。
浴衣の下はすぐ素肌。
しっとり汗ばんだ肌の質感に、とびきりの柔らかさ。
クラクラした。
肩から背中に流れる柔らかな髪を掻き分けて、首筋に唇を押し付ける。
園田の身体がびくんと震えた。
瞬間。
身をよじってオレの腕から逃げ出す。







「…っ、待って……まだ───」










おいおいおいおい。
この期に及んで、やっぱり───なんて、言うなよ?
はだけた胸元で誘っといて、それはナシだ。
勘弁して。




「怖くなったか?」




窓際に追い詰めて、捕まえて、俯く園田の手を取る。
手のひらに唇を押し付けて、薬指にキス。
軽く指の間を舐めたら、園田がまた、ピクリと震えた。
今朝から、オレの行動すべてに、過剰なほどに反応を示す。
可愛い。
たまらず浴衣の合わせに手を伸ばしたら、やっぱり、止められた。
あー、もうっ!!
なんで!?












「……怖いとか、したくないとか。そういうのじゃなくて…………。




日付───変わってからじゃ…、ダメ……? 





蒼吾くん、誕生日だから……」

















あ。




そんなこたあ、すっかり忘れてた。
園田と一緒にいられることに舞い上がって、テンション上がって。
後数分で17歳が来ることなんて、頭の片隅にもなかった。


─── 誕生日に園田のこと、ちょうだい ───。


交わしたあの日の約束を。
園田は律儀に、守ってくれてたわけだ。







「…う、あーっ、もうっ!!!」




堪らず園田を抱き上げた。
彼女の全部が、可愛くて、愛しくて、たとえようのない愛情が溢れてくる。
「待つ! あと5分。死ぬ気で我慢する!」
好きで、好きで。もう、どうしようもない。






ボーンと、壁に掛けた古時計が低い音を響かせて、日付が変わったことを告げた。
生まれて17年。
またひとつ、年を刻む。
オレに抱き上げられたまま、園田が耳元で、そっと囁いた。





「───17歳、おめでとう。

私ね、蒼吾くんといると、女の子に生まれてきて良かったって…心から思うの。

これからも、ずっとずっと…蒼吾くんの側にいさせてね……」





至近距離で照れたように笑って、園田が目を閉じる。
そのまま近づいてくる唇が、スローモーションのように見えて、心臓がバクバクした。
唇が触れるより前に、舌が触れる。
園田らしからぬ、大胆で誘うようなキスに、一瞬で歯止めが切れた。


もう。
我慢、しない。













「……蒼吾くん、大好き……」





とびきりの甘い笑顔に、オレは夢中で口付ける。










ハッピーハッピー、バースデイ。
今年のオレは何でもできそうな気がする。








←BACK / NEXT →(18歳以上)
       NEXT→(18歳未満)

R指定ページ閲覧については、コチラをご覧ください。










TOPへ / 魔法のコトバ*目次へ


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へにほんブログ村


(Webコンテンツは魔法のコトバ*単作品のランキングです)




魔法のコトバ* 続編 2 comments(2) -
バースディ・バースディ 2




髪を結う園田の仕草が、すげえ好きだ。
縁側に胡坐をかいて、携帯をいじるふりしながら、オレはそれを眺めた。


前髪をいじる時の少しの上目遣い。
うなじに流れた一筋の後れ毛と、それを拾う細い指先。
俯く時、長い睫毛が頬に影を落として、ヘアピンを咥えた唇がむちゃくちゃ色っぽい。
柔らかな栗色の髪が器用に束ねられて、彩られていくさま。
あどけない園田の表情が髪を上げることでぐんと大人びて、ますますオレをドキドキさせる。


出かけるつってからもう、かれこれ20分。
園田はずっと鏡の前だ。
真剣そのものな横顔に、思わず手を伸ばしそうになる。




「おまたせ。準備、出来たよ」



鞠みたいな塊が、頭のてぺんでふわふわ揺れる。

なんつか。

猫が丸いもの見て、じゃれたくなる衝動、すげえわかる。





結ってほつれた後れ毛。
白いうなじに薄っすら浮かぶ汗の粒。
触れた柔らかさを知ってる分、すぐ側に見えるそれに触れられないつーのは、結構……酷なワケで。
意識するなっつー方が、無理な話。
まあ。
そういうことばっか、しにきたわけじゃねえから…さっさと頭、切り替えねえと。





「じゃあ、泳ぎに行くか」


「うん。でも───どこに?」



縁側から見える開けた景色は、見渡す限り山ばかり。
海に出る為にはバス停まで歩いて、そこから市バスを乗り継いで40分。
もと来た道を延々、戻らなきゃあならない。
ふたりで長距離ドライブつーのもいいけど、それは行きで十分味わった。




「いいか、園田。海やプールばかりが泳ぐ場所と思うな? こっちで泳ぐっつったら───川だ!」





これ。


この辺の常識。












じぃちゃんちは、公道から少し登った高い位置にある。
敷地の脇の細道には鮮やかな夏草が伸び、風にその葉をさわさわ揺らす。
すんと鼻を鳴らして息を吸い込んだら、夏の匂いがした。
遠くで蝉が鳴く。
心地良い葉音を聞きながらゆるやかな下り坂を降りて、道を曲がったところで、ばったり人と出くわした。


「───あ」

「お!」



お互いがお互いを認識し合った瞬間、声が重なった。



「…うえー。バカ蒼吾だ。サイアクぅ…」


あからさまに表情を歪めて毒づいたそいつは、三浦 大和(ミウラ ヤマト)。
じいちゃんちの隣の三男坊だ。
隣…つっても5、600メートルほど離れた向こうに家がある。
この辺のお隣さんとの距離は、ほとんどがそんなもんだ。
個々の家が広い野山に点在する。



「なんだ。その嫌そうな顔は。久しぶりに会えて、嬉しくねえのか? オレは嬉しいぞ!?」



三浦家の次男坊───つまり大和の2番目の兄貴とオレは同い年だ。
夏に行くたび、よく遊んだ。
金魚の糞みたいに、弟大和をくっつけて。
だからコイツもオレにとって、弟みたいなもんだ。
口が立って生意気なんだけど、何だかんだと言いながらも常にオレらの後を付いて来て、慕ってくる感が可愛い。
小学4年生…だっけ?
しばらく会わない間に、すっかり大きくなりやがって。


「あーっ! 馬鹿! 放せっ!」


嫌がる大和を首根っこから捕まえて、頭をグリグリ乱暴になでた。
そしたら大和のヤツ、本気でオレを突き飛ばしやがった。
ひでえ。


「ガキ扱いすんな! 蒼吾はいちいち、オーバーなんだよ!」
「喜怒哀楽を全身で表現して、何が悪い?」
「暑苦しいけん、やめろっ!」


口は悪いけど、本気で嫌がってない感は伝わってくる。
可愛くてしかたない。


「…ったく…。いつ、こっちに来たんよ…?」
「今日。昼過ぎ。寛太に聞いてね?」
「なんで寛太?」
「アイツの親父に乗せてきてもらったから」
「今から会うとこ。これから聞くとこ。ていうか……その人、誰なん?」



大和の視線はオレを無視して園田だ。
つま先から頭の天辺まで、遠慮なく視線で撫で回す。
その強い視線に園田が怯むぐらいに。






「この子は、オレのかの───」
「嫁だっ!」








ハイ?



「そーごのヤツ、マ・ジ・で!嫁連れてきとるやん!」
「やけんゆったろが。うちの父ちゃんがここまで乗せてきたんやけん、間違いないって!」
「だってさー、そーごが嫁なんて、信じられんかったけんさあ」



振り返れば小学生。
男3人集まって、こっちを指差してひそひそ笑ってやがる。




「なあなあ! 紹介してえや! その人、蒼吾の嫁なんやろ?」
嬉しそうな笑顔を振りまいて、一番に寄ってきたのは、寛太(カンタ)。
いがぐり頭が眩しい小学3年生。
「色白でべっぴんやったぞーって、父ちゃんが村中に言いふらしよった!」
その隣で、ニヤニヤ同じ顔で笑うのは喜助(キスケ)。
ふたりは一卵性双生児、いわゆる双子ってやつだ。



「父ちゃんなー、蒼吾の嫁を迎えに行くってめっちゃ張り切っとってさー、朝から軽トラ、ピカピカに磨き上げてやんの」
「そしたら母ちゃんにな、若い子にうつつ抜かしてんじゃないよー!って怒られてさ、白熱バトル!」
「母ちゃん、怒ると超こえーけんなあ」
「ギッタギタのメッタメタにされてやんの!」



今朝、港から乗せてきてもらったのは、この双子の親父つーわけ。
賑やか者の血は争えない。


「う、わー…。マジで色、白っ! 細っ! おまけに…結構、可愛いやん! 蒼吾には勿体ない。なあ、俺にせん?」

可愛い顔で笑いかけるのは、5年生の健人(ケント)。
村の小学生で1番、顔がいい。
つか。
園田を口説くな!


「なんだよ、大和〜。なかなか来んと思ったら、ひとり抜け駆けしてたんかぁ」
「バカなこと、言うな。今そこで、ばったり会ったんだよ!」


毒舌無愛想な大和と合わせて男4人。
生まれてから毎日、ずっと一緒だ。







「オレのカノジョの園田ましろ。同い年。同じ高校。女子。以上───」



「えーー。そんだけぇ?」
「もっとないんかよ? 馴れ初めとかあー」


小学生が馴れ初めとか、言うな。
田舎で年寄りが多いせいか、こいつら全員、言葉使いが古臭い。



「言うこと言ったし、紹介した。それだけだ。じゃあな」
「うっわ。感じ悪っ!」
「いつもならウザイぐらい混ざってくんのに、こういう時は逃げるんかー!」
「ひっきょー!」


「卑怯も何も。これから行くとこあんの。園田、行くぞ」




もうすでに取り囲まれて、芸能人並な質問攻めになりつつある園田の手を引いて、そこから連れ出した。
こいつらの質問に、いちいち答えてたら、きりがない。
興味に底はねぇから。
適当に巻いて、逃げるが勝ちだ。



「なーなー」
「逃げんなよぉ」
「勿体ぶらんと、教えてやー」
「なーってばあ!」

「うっさい。お前ら。付いてくんな!」

「あ。キレタ」
「逆切れ?」
「おっとなげな〜」


そりゃ大人げなくもなるさ。
だってお前ら、しつこいもん。




「ねえ、蒼吾くん…。もう少し、優しく接してあげても…」


オレのシャツの袖口を園田がくいと引っ張った。
なんだかかわいそう…なんて、そんな目で見上げられたら、無視するわけにはいかねえじゃん。
小学生って肩書きは、得だ。
幼いだけで優しくしてもらえるんだからさ。


「…ったく。何が聞きたいんだよ? 全員の質問に答えてたらキリがねえから、話し合っていっこに決めろ! それなら答えてやる」


半ば投げやりにそう言ったら、4人の顔がぱあっと輝いた。
そういう素直さは小学生らしくて可愛いんだけどさ。
円陣を組むみたいに顔を寄せて、あーだこうだと意見をぶつけ合った結果。
代表で口を開いたのは、最年長、健人。







「───姉ちゃんと、どこまでいった? ちゅーぐらいはしたんか?」









何をマセタことを。




つか、そこ。
マジで触れて欲しくない。









「………もう、ついてくんな……」






「あ! 逃げた!!」
「いっこって言ったけん、ちゃんと話し合ったのに───!」




話し合った結果が、それ?
そりゃあ、そういうことに興味が出てくる年頃だけどよ。
そういう質問は、園田の前でするの、やめれ。
自分が言い出した手前、引けなくて、真っ赤じゃねえか。
なあ、園田。
その質問、馬鹿正直に答えなくていいから。




「……お前ら、マジでついてくんなって」
「そっちこそー」
「蒼吾こそー」
「付いてくんなやー!」



「オレらは、こっちに用があって───」




言いかけて、はたと気づく。





「……何でお前ら、上半身、裸?」




しかも、それ。





「───…海パン、履いてんの?」





「そうだけど?」





「……川に……行くとこか?」





『だったらなに?』









双子の声がシンクロした。
なんてこった!!
まあ。
ここらで泳ぐっつたら、そこしかねえけど。
学校の授業だって、プールじゃなくて川だ。
えーーー。
マジかよぉーーー。




「そういやあ、そーごも海パンやん! ねーちゃんと行くつもりやったな?」
「俺ら邪魔? 邪魔者、扱いなん!?」
「ふたりっきりで、エロイこと、しようとしとったんやろ?」
「ふっけつー」
「大人ってフケツー」
「エロそーご!」
「エロじじいー!!」



こいつらには、会いたくなかったって、マジ思う。
ちゃかされて、冷やかされて。
オレの純愛、ズタボロだ。
こいつら全員、どうしてくれようか。




邪魔者をどうやって追い払おうか、真剣に悩んでいた時。









「あ。立夏───」






民家の垣根を曲がった向こうに、知った顔を見つけて、喜助が声を上げた。







「喜助───、と。……蒼…ちゃん?」






向こうがオレを認識した瞬間。
あからさまに、顔を逸らされた。



え?

なんで?





「……会いたくなかったのに…」





唯一、オレの味方をしてくれそうな立夏(りっか)。




何でお前まで。









超……凹む。















結局オレは、お邪魔虫を追い払うこともできず。
途中で合流した4年生の立夏を加えて、ぞろぞろと川に向かった。
県道を少し下って向日葵畑を抜け、赤い橋を渡って、川沿いに上流へ5分。
しばらく歩くと、柵も手すりもないコンクリの橋が見えてくる。
五色姫川(ごしきひめがわ)に架かる7番目の沈下橋「遍路」だ。
オレの夏休みといえば、ここ。
じぃちゃんちに来るたびに、地元仲間とここで遊んだ。
幼心に染み付いた記憶が、その景色を目にするだけでわくわくさせる。


下流に堰があって、飛び込みに適した水量がいつもある。
流れが緩やかで、泳ぐのにも橋から飛び込むのにも、もってこいの場所。
公道からの死角で市街地に住むやつは知らない、地元民のみ知る穴場中の穴場だ。








「…綺麗……」


川を覗き込んだ園田が、嬉しそうに表情を緩ませた。
橋の真下を緩やかに川の水が流れる。
エメラルドグリーンの水面が、きらりと太陽の光を跳ね返し、深さを増すごとに群青を濃くする。
その情景の美しさは、何度見ても感動だ。




「…落ちんなよ?」
「うん…」
「こういうとこ、お前好きだろ? 夏のスケッチにもちょうどいいかなと思ってさ」
「凄く…素敵。描きたくなる。ちょっとだけ…描いてもいいかな?」



広げたスケッチブックの上に、園田が鉛筆を走らせる。
彼女の瞳に映る風景がみるみるうちに、紙の上に世界を広げく。
見る人の心を強く揺さぶるそれは、才能っていうんだろう。



「すっげぇ……うますぎ!」
「姉ちゃん、天才!?」



ひそ、と。
オレの耳元で、双子が呟いた。



「将来、大物になるんやない?」
「サイン、今のうちにもらっとく?」
「えー。オレ、書くもん何も持ってきとらんし」
「ネームペンならあるで。帽子に書いてもらえよ。オレはタオルにするし」
「なあ、蒼吾ー。後でサイン、頼んでくれん?」
「なーなー」
「お前らがちゃんと、おとなしく待ってたらな。とりあえず今は、邪魔すんな」
「ちぇっ」
「終わったら絶対やけんな!」



ものの5分もしないうちに、園田が絵を描き上げた。
つってもデッサンだけ。
帰ったらキャンバスに起こすのって、嬉しそうに笑う。
可愛い。




「あ。しまった───」



沈下橋の上に脱ぎ捨てたTシャツとスポーツサンダル。
汚れるのなんてお構いなしに、放りだされたタオルを目にして、今更気づく。



「そういえば。姉ちゃん、どこで着替えんの?」


そのことだ。
考えてなかった。
泳ぎに行くっつったら、今まで野郎ばっかだったから、がーッと脱いで、バーっと着替えて。
タオル1枚あれば、どこでだって。
園田は……そうはいかないよなあ。


唯一の女の子、立夏は家から水着だ。
白いホルターネックのタンキニにデニムのパンツ、星柄のビーサン。
泳げる格好で来て、そのまま帰る。
男共も同じ。
海パンにTシャツ、首からタオルぶら下げて。
沈下橋に上だけ脱ぎ捨てて、そのままどぼんだ。
双子なんて、家から海パン1枚だ。


「あのね。少し向こうに、着替えられるところっていうか…、道路から死角になる場所があるんだけど…そこ、行く?」


立夏が右岸を指差した。
こういところは、さすが女の子。
男じゃ気づけない気配りができるつうか、同じ目線で物を考えられる。
てか。
立夏でも気づくことを配慮してやれないオレは、彼氏失格だ。





「ううん。大丈夫。ありがとう。実は…、もともと泳ぐ気はなくて……水着、持ってきてないの…」


「えー。マジでーーー?」
「ねえちゃんの水着姿、期待しとったのにーー!!」
「がっくしーー!」





おいおい、お前ら。
それはオレのセリフだ。
つか、園田サン。
準備してくるって、隣の部屋に入ったのは何?
オレが外したブラのホックをはめただけ?
てっきりそのワンピースの下に、水着を着てるもんだとばかり……。
───がっかりだ。





「なーんだ」
「ねえちゃんの水着姿を拝んでから、飛び込もうと思っとったのに」
「しょうがねえから、泳ぐべ?」
「飛ぶべ?」
「あーあっ!」




オレの心の声を代弁しながら、沈下橋の上から寛太と喜助が飛んだ。
そのすぐ後に、健人も続く。



「大和ーっ! 来いよーっ!!」



エメラルドグリーンの波紋の中で、飛び終えた3人が大きく手を振って、そこへ向かって大和が飛んだ。
派手に水しぶきが上がると同時、ぎゃははと派手な笑い声。
飛び込んだ拍子に、大和の海パンが脱げたらしい。
まぬけ。






「みんな、仲いいね…」


園田が、眩しそうに目を細めた。
そのすぐ隣にオレも胡坐をかいて、そっと指を絡めて手を繋ぐ。
ちゃんと捕まえてねえとコイツ、誤って橋から落ちそうだ。


「男4人。年齢イコール過ごした年数だからなぁ」


人数少ねえ田舎で、幼稚園も小学校も、同じ教室で育ってきた。
朝から晩まで、毎日、日が沈むまで一緒。
長期の休みになると、順番で誰かの家に泊まってたりする。
共に過ごしてきた時間は長い。


「……立夏ちゃんは?」
「アイツは、去年の夏、千葉から引っ越してきた。
ひとりだけ、標準語だろ? 今は普通に溶け込んでるけどさ、まあ、いろいろあって……。つか。お前ら! 立夏も入れてやれよ! ひとりで寂しそうだろ?」


立夏は泳ぐわけでも、飛び込むわけでもなく。
少し離れた場所で沈下橋に腰掛けて、足をぶらぶらやってる。
仲間に入れない横顔が寂しそうだ。


「だってさー」
「橋から飛び込めんヤツは、エメラルドんとこ、入れんってルールがあるもん。蒼吾だって知っとるやろー?」
「立夏は足飛びもできんけん、浅いとこまでってきまり!」


エメラルド? 足飛び?
なんじゃそりゃ。
そんなルール、オレは知らん。




「いいよ。蒼ちゃん。あたし、別に入りたくないし……」



入りたくないってヤツが、そんな拗ねた顔すんのか?
握り締めたゴーグルは、今日こそは飛び込もうって決意の証。
浮き輪も、仲間に入りたいから持ってきたんだろ?
その勇気を無駄にするな。
つか。
ここから飛びこめつーのは、結構、ハードル高いよな。
地元男子ならともかく、他から来て間もない女の子に。
そんな無茶、言っちゃあいかんだろ。




「そのルール、誰が決めた?」



「立夏が転校してきた夏に、大和が決めちゃったんだよなー?」
「一番ふっかい、エメラルドんとこは、飛べんヤツは入っちゃいかんって」
「なんでだよ?」
「よそ者に、とびっきりの場所を取られたくなかったんやない?」
「俺らだけの秘密の場所やし」
喜助が言う。
「別に俺らはさー立夏のこと、もう仲間だって認めとるけん、入れてやってもいいかなーとは思うけど……
大和がなー、飛び込めるようにならんと、どうしても駄目だっていうんだよ」
「なあ、大和! 何とか言えよー!」
橋床にぶら下げたロープを伝いながら、橋の上に戻ってきた大和に、健斗が声をかけた。




「……泳げんやつはそれなりの場所で、遊べばええやろ。別に川に入ったらいかんって、言よるわけじゃねえし」

「でも、浮き輪持ってきとるし…少しやったら、入ってもええやん?」

「ダメだ。立夏は。絶対いかん。アイツ、無茶するし───」

「………」




唇を真一文字に結んだ横顔は、何か思うところがありそうだ。




「じゃあさ、オレが代わりに飛ぶ。飛びこめたら今日だけ、立夏のこと、入れてやって」
「えーーっ! 蒼吾が飛ぶん? ずっりぃよ! そんなん、反則やろーっ」
「その分、ハンデ。何か技、決める」
「えー。どうする?」
「どうする?」


双子と健人がそろって左を見た。
決断はいつも大和だ。
頭がキレるコイツを何だかんだといっても、みんな一目置いてる。



「じゃあ……オレと同じに飛べや。できたら、入れてやる。つか。飛べんかったら、みんなに北村のアイス、おごりな!」





隣で、立夏が不安を顔に浮かべてオレを見上げた。
そんな顔、すんな。
仲間に入りたくないわけじゃないだろ?
その気がないのなら、わざわざ毎日、来るわけがない。



大和の気持ちもわかんなくはないが……好きな子、泣かせちゃいかんだろ。












「……ごめんね、蒼ちゃん……」




オレの真横で、立夏がぐずと鼻を鳴らした。
真っ赤になった目元も、ぐずぐず言ってる鼻も。
オレが情けないっていうことを主張してるような気がする。


「泣くなって。立夏のせいじゃねえから……」
「でも……っ」


ぎゅっと瞑った瞳から、ぼたぼたと涙が零れ落ちた。
眉間にも鼻の上にも皺をよせて、えっく、としゃくりあげる。
これじゃあまるで、オレが泣かせたみたいだ。
まあ。
オレが原因なのには、変わりないけど。



立夏を川に入れてやることを条件に。
大和のヤツ。
空中2回宙返りなんていう、ウルトラミラクルな飛び込みを要求しやがった。
そりゃあもちろん、飛んださ。
だけど。
素人のオレが、そんな難易度の高い技を決められるはずもなく。
1回転したところで前後上下わかんなくなって……そのまま、顔面強打だ。
ついでに腹打ちのおまけつき。
胸から腹にかけては真っ赤に腫れて、おまけに鼻血なんかも出しちゃって……。
カッコ悪いったらありゃしない。
慣れないことは、するもんじゃないね。
まったく。


「あーあ。なっさけねえなーっ、蒼吾は!」


そりゃないだろ。
打ち所、悪けりゃ死んでるぞ!?
年齢差があるつってもな、こっちは飛び込みなんてほとんど素人だ。
毎日ガンガン飛び込んでるお前らとじゃあ、レベルが違う。
大和に勝とうだなんて、もともとが無謀な話。
自分の実力過信して挑んだオレは、超カッコわり。



「大丈夫……?」


おまけに園田に心配かけて。
怪我の功名ってやつで、ありがたくもオレは園田の膝枕。
額にタオル乗せられて、鼻にティッシュを詰め込まれてなきゃあ、最高なんだけど。
「気分は悪くない…?」
平気って笑ったら、園田がホッと表情を緩めた。
優しくオレに笑いかけて、温かな指先で髪を撫でた。
気持ちいい。




「技、決められなかったんだからな。帰り、北村のアイス、おごれよ?」



腰に手を当てて、大和が真上からオレを覗き込んだ。
偉そうに。



「立夏。お前もいつまでも泣くな。蒼吾、生きとるけん」
いやいや、大和。
その表現、どこか何か間違ってる。
「でも…だって……っ」
自分のせいだと深く責任を感じて、泣きじゃくる立夏の腕を、大和が捕まえた。
「来いよ。……蒼吾のガッツに免じて、今日だけ中に入れてやるけん」
それでいいだろ?
大和がオレを覗き込む。
「……本当…? 本当に、入れてくれるの……?」
「無茶はすんな。浮き輪も放すな。オレから…離れんな。それ、絶対」
「…うんっ! ───蒼ちゃん、ありがとう!!」



満面の笑顔をオレに見せて、立夏が走り出す。
大和らみたいに沈下橋からは飛び込むことはできなくて、橋を渡って右側の岸からゆっくり入水。
健人に浮き輪を引っ張ってもらって、今はエメラルドグリーンの水の中だ。
立夏のあんな嬉しそうな顔は、初めて見た。




「…ねえ、蒼吾くん。大和くんって、立夏ちゃんのこと───」


「ああ。たぶん、そう」



いくら緩やかな川だつっても、橋の中央部から左岸にかけてはぐんと深くなる。
流れも速い。
エメラルドの色が濃ければ濃いほど、水深が増して、危険度も増す。
泳ぎなれたアイツらならともかく、泳ぎの苦手な立夏には危険エリアだ。


「深いところは危ないからって、素直に言えばいいのにな」


わかりにくい優しさで、立夏が絶対に近づけないルールを作って、遠ざけて。
嫌われることを恐れず、立夏を守ることを優先する。
ガキんちょのクセに、男前なこと、するじゃねえか。





「私たちと同じ年だね」
「ん?」
「大和くんと立夏ちゃん。私が蒼吾くんを好きになった年齢と同じなの。だから……あの子達も、もうそういう気持ちは、ちゃんと育ってる」



眩しそうに目を細める園田の横顔は、やけに嬉しそうで。
こっちまで伝染して、笑顔になる。




「なんか…昔の蒼吾くん、見てるみたい」
「オレって、あんなだっけ? あんなに生意気か? つか、園田サン? オレの気持ちには全っ然、気づけなかったくせに、他人だとよーく見えるんだなあ?」
「なんかその言い方、意地悪……」



眉間に皺を寄せて、園田が頬を膨らます。
だってそうだろ?
オレの気持ちに、5年も気づけなかったくせに。
あの時伝えてなきゃあ、一生、園田は気づかないまま。
今、こうして隣にいることもなかっただろう。


大和。
素直になれない小心者は、損だぞ?







オレは黙ったまま、園田の背中をぽんと叩いた。
軽く笑いかけると、彼女も笑顔になる。
可愛い。
このまま抱き寄せて、キスしたいところだけど……こんな格好じゃあな。



「…どう? 鼻血、止った?」
「ん……。よし、オッケー」



ダッサイ鼻栓から、ようやく開放だ。












帰り道。
北村商店で約束通りアイスを買ってやった。
1本80円の手作りアイスキャンディ。
ミルク・あずき・みかん・ぶどう・ソーダ・レモン・林檎。
色鮮やかな夏色がアイスボックスに並ぶ。
「全部で7本。560円ね」
買ったアイスは、ナイロンでも紙袋でもなく、古新聞に包んでくれる。
昔からそうだ。
この田舎臭いレトロな感じがたまんねえ。

「さんきゅー、蒼吾!」
「ゴチになりまーす!」

それぞれにアイスキャンディを配り終えて、最後の1本を園田に手渡した。
園田が選んだのはミルク。
オレはソーダ。
「わー。ありがとう…!」
満面の笑みにこっちまで、とろけそうだ。



「気をつけろ」
「?」
「北村のアイスはすげえうまいけど……歯が折れるぐらい、固いんだ」


苦い記憶が脳裏を掠めて、思い出すように苦笑した。


「初めて食った時、ちょうどオレ、歯の抜け替わり時期でさ、前歯がぐらついてて……このアイス食って折れた記憶が。んでもって……驚きのあまり、歯を飲みこんじまった…」
忘れもしない、小学1年生の苦い夏。
そのお陰で、一時期、アイスキャンディー恐怖症になった。
今はもう、平気だけどな。
「ばっかでぇ! 蒼吾!!」
「食い意地張っとるけん、そんなことになるんやー」
わははっと馬鹿にして笑ったヤツから、アイスを取り上げた。
笑うなら返しやがれ。



「じゃあなー!」
「また明日!」
「ちゃんとまっすぐ帰れよー」
小さな手をぶんぶん振り回して、それぞれが茜の空に散ってく。
「あ〜…っ、肩の荷、下りた〜!!」
それを全部見送ってから、そっと園田の手を取った。


「あいつら結局、最後まで付いてきやがって……」
「明日も来るって言ってたね?」
「うえー。マジでぇ……?」


思い切り顔をしかめたオレを見て、園田が笑う。


「あんなふうに憎まれ口ばっかりだけどね、本当はみんな蒼吾くんのことが、大好きなんだって。
会えて嬉しくてたまらないから、少しでも長く一緒にいたくて。蒼吾くんがいると、みんなが笑顔になれるから───って立夏ちゃんが言ってた」
「…オレもあいつら好きよ? だけど……園田とふたりの時は、勘弁して」


誰もいないのをいいことに、道のど真ん中で園田を抱きしめた。
小さな手がオレの背中に手を回して、そっと頬を胸に押し付ける。
ああ、やっと。
園田をこの手に抱きしめられた。
覚えた体の柔らかさと園田の甘い匂いに、胸の深いところがホッとなる。






「今日はホントにご免な。いろいろうるさくして、振り回して」
「ううん。楽しかったよ?」
「あいつらに、もみくちゃにされても?」
「蒼吾くんといられるのなら、どこだって、誰がいたって楽しいから…。それに、蒼吾くんのいろんな顔が見れて、また、もっと好きになった……」
「鼻血、出したりとかなぁ」
「それは……もう、いいよ」


園田が笑う。








「また…来年も、来てもいい?」

「つか。来なきゃ、みんなに何、言われるか……。オレもじぃちゃんも噂話に殺される……」




何、物騒なことをって、園田は笑うけど。
それは真面目な話。
実際、次の夏も絶対、園田と一緒に来いって大和に約束させられた。
守らなきゃあ、間違いなくアイツらに、オレはこてんぱだ。




「また来たい。来年も、そのまた次も。夏休みがなくなっても、蒼吾くんと、ずっと一緒に……」

「できればいつか、子どもを連れて───なんていうのが、理想なんですけど…?」





冗談めかして笑ったら、うんって、園田が真顔で頷いた。








「え?」






それって、どっち?

ただの相槌?







それとも───。





















「約束…ね?」





そう言って園田が静かに目を閉じた。








村に黄昏が降りて、景色も園田も、全部さらってく。







リーっと虫の音が鼓膜を揺らす中、オレらはそっと、唇を重ねた。
園田からねだる初めてのキスは、いつかの未来に繋がる、確かな約束。
それを信じて、柔らかな唇に何度もキスを降らせた。











オレは。


この夏を、一生……忘れないと思う。













←BACK / NEXT→


TOPへ / 魔法のコトバ*目次へ


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へにほんブログ村


(Webコンテンツは魔法のコトバ*単作品のランキングです)





魔法のコトバ* 続編 2 comments(0) -
バースディ・バースディ 1



16歳と364日。
オレは明日で、17歳になる。










「こんちはー! じいちゃん、ばあちゃん、来たよー」

霞ガラスの古びた引き戸を開け放って、奥に向かってオレは大声を張り上げる。


にょきにょき入道雲の白さが眩しい日曜、早朝。
オレと園田は四国行きの船に乗った。
天候は快晴。視界良好。
いつもは退屈で仕方ない船の旅も、園田といるとあっという間に着いた。
港に降りたのは昼過ぎで。
そこから市バスを2本乗り継いで40分。
最後のバス停からここまでの山道は、近所の叔父さんに、軽トラの後ろに乗せてきてもらった。
「蒼吾くん、すごい! ほら、見て見て!!」
軽トラ荷台っつー初めての体験と、そこから見える360度開けたパノラマの世界。
瞳をキラキラさせて、目新しいものを見つけるたびに、子どもみたいにはしゃぐ。
こんなにもはじける園田の笑顔は久しぶり。
連れてきてよかったって、心から思う。





「あらあら。蒼ちゃん、よく来たねえ!」
腰巻エプロンで手を拭きながら出てきたのは、オレのばあちゃん。
しばらく会わない間に、随分小さくなった気がする。
や。
オレがデカくなってんの?
「また大きいなってぇ。その子が電話で言っとった…」
「園田ましろです。2日間、お世話になります」
オレの隣で園田が頭を下げて、手にしたかごを差し出した。


「あの…これ───よかったら近所の皆さんで、召し上がったください」

「まあまあ。こんなにたくさん。荷物になるのに、大変やったやろう? ありがとうねぇ」


大変だったのはオレだよ、ばあちゃん。
でっかい籠盛り菓子の手土産に、バスケットに入った手作り弁当。
オレの荷物と園田の分。
どうして女ってこんなに荷物、多いんだ?
そりゃあ手作り弁当はさ、美味しくありがた〜くいただいたけど。
日用品だけで、軽くオレの倍はあんの。
何をどこで使うのさ?


「離れの部屋を掃除しといたけん。そっちをお使いや。疲れたやろう? 荷物、置いといで」
「サンキュー、ばあちゃん。じゃあ…とりあえず、行くか」
「うん」
「お昼は食べたんかね?」
「船で食った」
園田の手作り弁当、むちゃくちゃ旨かった!
「じゃあ、夕飯までふたりでゆっくりしたらええ」
「ああ。そうさせてもらうな」


「あの……何かお手伝い、しましょうか?」


や。園田。
それはダメだろ。
2泊3日つっても、移動を入れたら正味1日だ。
それぐらいの時間じゃあ回りきれないほど、見せてやりたいものがいっぱいあるってのに。
時間はいくらあっても足りないわけで。
ばあちゃんには申し訳ないけど、旅行中ぐらい園田を独り占めさせて。



「かまんかまん。せっかく来たんやから、ゆっくりしいや」
「でも……」
「田舎やけん、自然ぐらいしか自慢できるところがないけど…蒼ちゃんにいろいろ案内してもろたらええ。
それに───どうせ後々、家族になるんやけん、そんな気ぃ使わずに気軽にしとってや」








「……え?」




園田がオレを見た。
丸っこい目がますますまん丸だ。


つか、園田。
そこはオレを振り返るべきじゃない。
オレだってその発言、意味不明だ。






「……ばあちゃん」
「なん?」
「家族、って?」



どゆこと?




「だって、海月(みつき)ちゃんがゆっとったよ。蒼ちゃんが将来の嫁、連れてくけん、よろしくって───」








あ・ね・きーーーーー!!!!




「ご近所さんにも蒼ちゃんが嫁連れてくるって、言ってしもたがな。やけんどこかで会ったら、挨拶だけはちゃんとしときや」



もうすでにインプットされたばあちゃんの思考を書き換えるのは。
オレが英語のテストで満点取るよりも難しく。
組長をやってるじいちゃんが、おそらく村中に吹聴したのは容易に想像できて。
返す言葉が見つからない。
おまけに。
「ましろちゃんはお人形さんみたいにべっぴんさんやけん、ひ孫が楽しみじゃわい」
なんて。
そんな嬉しそうな笑顔を見せられたら、老い先短い年寄りの楽しみを壊すわけにはいかず。
姉貴がついた嘘に乗る以外、方法がみつからなかった。

つか。
ひ孫が出来るアレコレをしてないつーのに、どうやったら子どもが生まれるんだか。
誰かオレに、教えてくれー!









『だーから〜。
ふたりとも古い人間なんだから、彼女連れてくっていうよりは、嫁のほうが体裁いいでしょ?』


離れに移動してすぐに、オレは自宅に電話した。
携帯の向こうで、ニヤニヤ笑ってる姉貴の顔が想像できてムカツク。
『田舎だし、噂は風よりも早く…よ?』
「そうかもしれねえけど…! 話、飛躍しすぎだろ!」
ばあちゃんがそういう話題を振るたびに、オレはやましさを感じて、まともに顔が見られない。
『まるっきり嘘、っていうわけじゃないじゃない? 実際、アンタはましろちゃんと付き合ってるわけだし…』
「だけど!」
『要はさ、アンタがましろちゃんとこのままゴールインしちゃえば、ホントの話になるんだから。…結果オーライ?』
「ゴ……ッ!?」
姉貴の言葉に思わず携帯を取り落としそうになった。
ゴールインって…オレらまだ、高校生だぞ!?
何考えてんだ!
『あら。もうこんな時間。 ───じゃあ、そういうことだから。まあ……うまくやんなさい』


うまくって、何をどうしろと。
オレが面倒くさい事を言い出す前に、打ち切った感がぬぐえない。
ったく。
年寄りを騙して、罪悪感とかないんかね。







「どうだった? 海月さん…何て?」


オレを見上げてくる顔が、不安に揺れる。
百歩譲ってオレはいいとしても。
嘘をつけない園田サンが、どこまでこの嘘に付き合えるのか。
もしこれが理由で話がこじれたりなんかしたら……。
恨むぞ、姉貴!












じいちゃんちは300坪程の敷地の中央に、屋敷みたいに馬鹿でかい家がどかんと建っている。
敷地の西側に納屋と、トラクターなどの農具をしまう倉庫、米蔵。
南側に昔、親父たちが使っていた離れがある。
普段、家族で来る時は、屋敷みたいなばあちゃんちに泊まるけど。
今日は、わざわざ離れの部屋を用意してくれた。
たぶん姉貴が、配慮してくれたに違いない。

いくら気配り上手なばあちゃんでも、そういう若者の事情はわかるはずもなく。
客好きのじいちゃんが、かわいい孫と、孫が連れてきた将来の嫁をわざわざ離れに…なんて。
手放すわけがない。
そこだけは、姉貴に感謝だ。
初めての大事な夜を祖父母と同じ空間で───なんて。
さすがのオレも気が引ける。
つか、集中できない。
もちろん、園田だって嫌がるだろうし。
どうせなら誰にも邪魔されることのない場所で、ふたりきりを楽しみたい。
可愛い園田をアンアン言わせたい。
なーんて。





「すご…いー! 広いね! 老舗の旅館みたい…。あ───。あの黄色く見えるのは何? 向日葵?」

今朝からずっと、園田ははしゃぎっぱなしだ。
たぶん。
それぐらいテンションを上げてかないと、緊張でどうしようもないんだと思う。
今日はやけに沈黙を嫌がるし。
そういう雰囲気に持ってかれるのが、やなわけ?
ちょっと凹む。



「普段使ってないのに、手入れが行き届いてるね…」
「ばあちゃん、掃除好きだから」
毎朝、5時には起きて、ひと通りの家事をこなしてから大掃除だ。
使ってる使ってないなんて関係なく、20近くある部屋全部、隅から隅まで。
掃除が趣味といっても、過言じゃない。
おかげで塵ひとつなく、ピカピカだ。
「荷物、ここでい?」
「うん。ありがと───」


園田の視線がある一定の場所で止って、そこから動かなくなる。
布団がふた組。
キレイにたたんで、部屋の隅に用意してあった。
前日に干してくれたであろうそれからは、お日さまの匂いがする。
あ、意識したなって。
あからさまな態度で、園田がそれから乱暴に視線を外した。
…わっかりやすぅ。
園田にバレないように顔を背けて、笑いを噛み殺す。
素直な反応が園田らしくて、可愛くて仕方ない。
慣れてない感が男心をくすぐって、オレのツボをぐいぐい押してくる。
んでもって。
悪戯心をむくむくと呼び起こした。




「そのだ」



耳元にわざと、息を吹きかけるように名前を呼んだ。
「ひゃあ…ッ!!」
案の定、甲高い悲鳴を上げて、飛び上がるように園田が振り返った。
想像通りのリアクション。
耳の奥がキンとした。
つか。
意識しすぎだ、バカ!
さすがにオレだって、真っ昼間から押し倒したり、そういう事、するつもりはない。




だけどな。

そんなあからさまに”ふたりきり”を意識されたらさ。
オレだって───。







あー…。ヤバイ。
スイッチ入る。








至近距離で見つめて、ゆっくり顔を近づけた。
園田の背中に、それとなく手を回す。


「あの……そーご…くん…」
「なに?」
「外、まだ明るい…よね……?」
「だから?」
「だから、って……や…ぁッ…」


意地悪く園田を見下ろして、耳朶を柔く噛んだら、意識した身体がびくんと震えた。
なんつか。
今日の園田サンは、いつもより敏感だ。
んでもって、警戒態勢もマックス。
ありったけの力で、オレを押しやる。




「着いて早々なんて…ヤダ……」
うん。
それはわかってる。
「キスもダメ?」
「……だめ」
「なんで?」
「それだけで終わらない感が…あるから……」


うっ。
読まれてる。


「キスだけ。それ以上、しない。約束する」



今日はまだ、園田に触れてない。
手ぇ、繋いだだけ。
せっかくふたりになったんだから、キスぐらいは、しときたい。




「…ホント、に……?」









素直にうんとは、約束できない。
でも。
出来る限りの努力は……します。













たぶん。





やんわりと指で唇に触れて、そっとキスで塞ぐ。
園田がゆっくり目を閉じて、オレからのキスを受け入れる。
軽く触れるだけのキスを何度も降らせて、唇の柔らかさを確かめたら、ひどく安心した。
それだけで幸福に包まれる。


「…そー、ご、クん…ッ、苦し……っ」


キスが長くなると園田はいつも息が上がる。
キスの体力って、持久力と繋がってんの?
それとも肺活量?
どっちにしても園田のそれは、オレの半分以下なんだろうなぁ、なんて。
馬鹿げたことを考えながらも、キスを続けた。
時折、キスの合間に、園田が苦しそうに息を喘ぐ。
その、いっぱいいっぱいな表情がすげぇ可愛いくて、色めいて。
オレの官能に火をつける。








あー…。もう。


田舎を案内するのなんてやめてさ。
このままずっと、キスしときたい。
離れに閉じ込めて、喧嘩して会えなかった分の夏を、園田で満たせるのなら、もうそれで…。



なんて。
ダメだよなぁ……。
つか。
キスだけでお預け、つーのは、限界ギリギリまで来てる。
夜まで───の、ほんの少しが待てない。
崖っぷち。






案の定。
園田の予想通り、キスだけじゃ止らなくなったオレは。
キスの余韻で、くたくたと寄りかかってきた園田の無防備さをいいことに。
ブラウスの裾から手を滑り込ませて、直に素肌に触れた。


「そ、ーごくん…!」


ビクと身体を震わせて、園田が目を開けた。









「やっぱ……ダメ?」


「約束、したのに……」



そんな泣きそうな顔で言われると、良心が痛む。
だけど。
こんな状態で、キスだけで終われるかって聞かれると、答えはNO。



「ちょっと、触るだけ。最後まではしない」
「だって…。さっきも、そうやって約束したのに……」
「うん」



何が「うん」だ、オレ!
だってさ。
男のそういう約束は、あってないようなもの。
まだまだオレを分かってない、園田が悪い。


「あ───ッ」


話している間に、ブラのホックを外した。
観念した園田がぎゅっと目を瞑って、与えられるであろう刺激に唇を噛締める。
ちょっと触るだけ。
今度は絶対、約束する。










「蒼ちゃーん、ましろちゃーん。麦茶、入ったけん、ここ。置いとくねー」










ガラガラと引き戸のガラスを響かせて、玄関からばあちゃんの声。


瞬間。

オレも園田も、固まった。




「あー………。








ばあちゃん、ありがと、なー……」












心のこもってない、感謝の言葉を玄関に向けて呟く。



悲しいかな、お約束。









NEXT→


TOPへ / 魔法のコトバ*目次へ


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へにほんブログ村


(Webコンテンツは魔法のコトバ*単作品のランキングです)



魔法のコトバ* 続編 2 comments(2) -
| 1/1 |