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ここでキスして 後編
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ここでキスして  後編

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壁に背中を預けて腕組をした状態で、蒼吾くんが目を閉じた。
制服の代わりに着ているネイビーブルーのTシャツが鮮やかで、目に沁みる。
Tシャツの上から適度にわかる筋肉のラインが、男らしくて好きだなぁ…なんて考えていたら、ドキドキが止まらなくなった。

寝込みにキスなんて。
こんなことになるのなら、やめておけばよかった。
どうしようもない状況に追い込まれて、八方塞になって。
あたふたするのはいつも私。
きっとキスしなきゃ、てこでもそこから動かない。
そんな無言のオーラで私を追い込む。
スポーツマンと芸術家は、頑固者が多い──。
ふと、そんな言葉が頭の隅をよぎった。


…しょうがないなぁ、もぅ…っ。


そっと近づいて、肩に手を乗せて軽く体重を預けた。
身を乗り出して、顔を近づけたらコツンと鼻先が触れた。
…あれ?
これじゃあ、唇まで届かない。
蒼吾くんは、いつもどうしてたっけ…?
ぎこちなく首を傾けて、角度を変えたら、ちょうどうまい具合に収まった。
そーっと顔を近づけて、唇を合わせたら。
ふっ、って。
蒼吾くんの唇から小さく息がこぼれた。



うぁ…。メチャクチャ、恥ずかしいーーーっ。



余韻に浸る余裕なんて、ない。
一瞬で離れて、真っ赤な顔を見られないように、蒼吾くんの肩口に倒れ込むように顔を埋めた。
もう二度と私から仕掛けない。
こんなに恥ずかしいこと、もう、絶対にしない…ッ。








オレは園田が目を閉じたのをいいことに、軽く目を開けた。
ぎゅうっと目を閉じた顔は、これからキスをする甘い顔というよりも、崖から飛び降りる寸前のような思い詰めた顔。
可笑しくって笑っちまう。
でも、園田にとって、それだけ勇気がいるってこと。
肩に乗せた手が、微かに震えてた。
唇は一文字に結ばれてるし。
これからキスしようってんだぞ?それってアリかよ?
やること成すこと可愛すぎて、いちいちオレのツボにはまる。

目を閉じたままの状態で、そのまま真っ直ぐ顔が近づいてきた。
ガキのチューじゃあるまいし、その角度じゃ絶対、無理だろ。
案の定、鼻の先が触れ合って、ようやくこれではキスできないことに気付いた園田の顔がぎこちなく角度を変えて、そっと唇を合わせてきた。
や、掠めた程度。
それが園田の精一杯。
だけど。
長い間、お預けをくらっていたオレにとっては、十分すぎる刺激。



うぁ…ッ。ヤバイ。
クセになりそうだ…。




緩んで緩んで仕方がない口元を隠すように、オレは下を向いた。
内心の嬉しさが、全部顔に出てる。
ヤバイ。
絶妙なタイミングで、園田がそのまま倒れるようにオレの肩に顔を埋めてきた。
たぶん、恥ずかしさを誤魔化すために。
それがまた、マズかった。
すぐ側に見えた襟元から覗く白い肌と、汗ばんだ柔らかな質感。
白い襟足を覗かせる涼しげな夏髪。
だから、目の毒だって言ったのに。
やっぱり、掠めるだけのキスなんかじゃ、足りるわけがない。



園田サン、このまま押し倒しちゃっても、いいデスか?









こんなの、絶対、心臓に悪い。
バクバクと音を立てる鼓動は、いつまで経っても治まってくれなかった。
顔がまともに上げられない。
「…園田──」
硬質な声が少しトーンを落として、柔らかく私の名前を呼んだ。
この呼び方が好きだなぁ…と、しみじみ思ってしまう。
鼓膜の奥に残る余韻を噛み締めていたら、両手で頬を包まれた。
そのまま顔を上げられて、押し当てるように唇が触れた。

確かめるように、何度も何度も唇で触れて、角度を変えて。
優しくゆっくりと重ねるキスは、想像以上に私の感覚を麻痺させた。
頭の芯が、じーんとして、何も考えられなくなる。
背中に回していた手が髪にもぐって、軽く留めていたクリップを外した。
髪をほどく指が、何度もやさしく髪の中を撫でていく。
首筋に触れる指がくすぐったい。
キスの時間がどんどん、長くなって、深くなって。
気がついたら、蒼吾くんの肩の向こうに空が見えた。
透き通るような夏の青空が、ちょうど真上に…



──え…?


「蒼…吾くん…?」


す、ストーーーップ!!ここ、学校…っ!!









自分は(どちらかといえば)理性の強い男だと自負していた(つもり)。
なのに。
園田からのキスひとつで、こんなにもブレーキが利かなくなるなんて思いもしなかった。

「…待って…、ここ、がっこ…──ッ」

園田は逃げようとしたけれど、両手で頬を包んで離さなかった。
いや、離せなかった。
強く唇を押し当てて、深く探って。
吐息が甘い息に変わる頃には、押し当てた唇は首筋を滑ってた。
んっ、と。こぼれ出た声に、イヤでも体温が上昇する。


「──そーご、くん…ッ」


オレを呼ぶ園田の声は、はっきりと上ずっていて。
ぐいっと腕を伸ばして、オレの体を押しのけて距離をとろうとする。
その手が、あまりに非力で笑いそうになる。
何年待ったと思ってんだよ。
どうしようもなく好きで、たまらなく焦がれて、やっと手に入れて。
ほんの少しの焦りと衝動とで、このまま、園田のことを傷つけてもいいのか?
衝動に負けたなんて──。
何やってんだ、オレ!


ていうか。
学校の屋上で、園田を押し倒したなんて知れたら、間違いなくオレはアイツにやられる。
あの、融通の利かない真面目なクラス委員長に…。



オレは焦れて、押し倒した小さな体を強引に引き寄せた。
突っ張る強情な腕を片手でいなして、ぎゅっと抱きしめる。
抱きしめた小さな肩が震えてた。
うあ。マジで、ゴメン──ッ。







首筋に顔を埋められると、震えが走った。
押し倒されて、両肩を押さえつけられる。
それでもキスは終わらなかった。
どんなに突っぱねても、腕を伸ばしても、大きな掌に捕まってしまう。
蒼吾くんに触れられるのは、イヤじゃない。
イヤじゃないけど、こんなところでは、やっぱりやだ──。
取り乱した私の手を片手でいなして、そのまま引き寄せて抱きしめられた。
ふわっ、と。
蒼吾くんの匂いでいっぱいになる。
それだけでも、簡単に参ってしまうのに。


「…園田、ゴメン…っ」


抱きしめられた耳元で、囁くように告げられた。
必死に抵抗しようとしたのに、努力なんて空しいもの。
そんな困ったような顔で笑われると、こっちまで笑顔が引き出されてしまう。
笑顔は伝うもの。
蒼吾くんの笑った顔には、勝てるはずがない。







ゴメンと告げたら、さっきまで突っぱねていた腕が、力を失くした。
ぎゅっと抱きしめた腕に力を入れたら、どうしようか躊躇っていた小さな手が、そっと背中に触れた。
こういうところは、本当に素直で可愛いと思う。
そのまま後頭部に手をそえて髪を梳くと、ようやく園田は落ち着いた。
しゃくりあげるように浅く短く繰り返していた呼吸が、深いものへと変わる。

「な、園田。さっき、何で涙ぐんでたんだ?」
涙の理由の想像がつかねぇ。
コンクリートの地面を見つめたまま、しばらくだんまりを決め込んでいた園田が、小さく呟いた。
「…蒼吾くんが、いつまでたっても起きないから…」
「なんだよ、それ」
「だって…。ずっと、一緒にいられなかったから…。
少しでも早く会いたくて、長く一緒にいたくて、急いで走ってきたのに…」




オレは、絶句した。
「そんなの、言ってくれれば…──」
夏大が終わるまで──って、自分に言いかせて、我慢して。
会いたいとか、もっと一緒にいたいとか。
オレだけが、そう感じてるんだと思ってた。
長い間、片思いしてたんだ。
好きの重さが違うのはしょうがない──そう、自分に言い聞かせて。


「言えよ…そういう事は!
ちゃんと言葉にしないと、わかんないこともあるだろ?」
オレだってそうだ。
好きの重さを天秤にかけて。
わがままを言わない園田に、焦れて、煮詰まって、衝動に走って。
ひとり心で思うのは、簡単だ。
でも。
ちゃんと言葉にしなきゃ、伝わるわけないのに。

ぎゅっと園田を抱きしめる。
小さな掌をオレの背中に回して、抱きしめた分だけ気持ちを返してくる。
うぁ…。
何か、オレ。
一生分の幸せを、この日で使っちまったような気がする…。


「蒼吾くんも、ちゃんと言ってね?」
くりんとした茶色い目が、オレを見上げた。
「…ああ。約束する」
甲子園に誓って、絶対に──。
こつんと額を当てて、間近で見た園田の嬉しそうな笑顔。
なんちゅー顔、してんだよ。
最上級に甘い砂糖菓子のような笑顔に、たまらずそのまま口付けた。
Tシャツを掴んだ手に少しの抵抗が見られたけれど、それは唇を重ねるごとに、次第に和らいでいった。
昼休みの終わりを告げるチャイムが耳を掠めて、名残惜しく唇を離すと、園田の唇から甘い息がこぼれた。


「…な、園田…」
「うん?」
「…これ以上は、ダメですか?」


「…ダメです…ッ」


真っ赤になった園田に、焦ったように体を離された。
「言えつったから…。矛盾してらぁ」
「それとこれとは、別問題ッ!」
そう言って睨みつけた顔は、ちっとも迫力がない。
可愛くてどうしようもない気持ちを押し込めて、もう一度、園田を抱きしめた。
「…蒼吾くん、授業、始まっちゃうよ…」
「…もう終わりかよ、昼休み。短けーなっ。ていうか、園田。昼飯!食ってないんじゃねーの?」
オレは早弁したからいいけど。
「…いいよ。お腹、いっぱいだから…」
オレは、何も言えなかった。
そんな顔して俯かれたら、お腹いっぱいの意味くらい、分かる。
それを計算ではなく、素直にサラリと言ってしまう園田は、ある意味最強。
オレはずっと、コイツに勝てないんだろうな。
参ってしまう。




「な、園田。次の授業、サボんねぇ?



…オレは、もうちょっと、一緒にいたいデス──」





(ここでキスして/後編*END)




              illustration BY * HAZUKI*YUMI


* おまけのあとがき *


付き合い始めの、初々しい感じがスキです。
手をつなぐのもためらって、キスするのもドキドキして…。
ましろと蒼吾は、ずっとこんな感じなんだろうな、と思います。
手をつないで、ふたり一緒に、一歩ずつ…。
(で、蒼吾だけ焦るといい…笑)
次のステップに進むのに、時間がかかりそうですが、これでいいんです。これがいいんだと思います、このふたりは。

蒼吾がましろを名前で呼べるようになるのは、いつなんだろう…。
そんなおはなしも、いつか、機会があれば書いてみたいな。


連載終了当初は、まったく書くつもりのなかったましろと蒼吾のその後。読者さまのエールとリクエストに支えられて、このおはなしができあがりました。
書いていて、ホント、楽しかった!ありがとう!!

下記拍手やメールフォームの方にも、たくさんコメントをいただいています。
はじめましての方や常連さん、連載当初にコメントをいただいていた懐かしい方々からも…。
あれからずっと読んでくださっているのだなぁ〜と、感謝の気持ちでいっぱいです。
お返事を…と思いながらも、こちらにコメントをいただいているものは、非公開の方がいいのかなと思い、お返事を控えさせてもらっています。でも、しっかり大事に読ませていただいていますよ。
ホント、心の栄養です。


はづきが書き下ろしてくれたイラストは、本編のワンシーン。
教卓の下での出来事を、再現してくれました。
素敵でしょう?
蒼吾が笑って、ましろが笑って…。笑顔は伝うもの──このひと言にかぎります。
はづきの絵があってこそ、はじめて物語りに色が付いて、動き出すのですから。ほんと感謝です!そして次回もよろしく!


さて。
先日から始めた新連載、『青春ライン』。
まほコトで書けなかった大好きな高校野球のシーンを書きたくって、挑戦中。どこまで野球が表現できるのやら、少々不安ではありますが…。野球つながりで、微妙に蒼吾とリンクしています。
気になる方は、覗いてみてくださいね。



ましろと蒼吾の次のステップは、また、いつか…。
ご拝読、ありがとうございました!


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続編*全力少年へ→
魔法のコトバ* 続編 1 comments(17) -
ここでキスして 中編
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ここでキスして  中編

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小さい頃、童話にでてくるお姫さまになりたかった。
綺麗なドレスを着て、お城での舞踏会。
その隣には優しく微笑む王子様。

童話に出てくるお姫様は、いつも王子さまのキスで目覚める。
白雪姫も、眠り姫も、いばら姫も──。
だからずっと、キスはトクベツなんだって思ってた。







唇まであと一センチ。
吐息が唇を掠めるほどの距離で、思い留まった。
寝込みを襲うなんて、どれだけ欲求不満なのよ、私。
このまま唇を合わせたら、きっと蒼吾くんは起きちゃう。
そうなったら、何て言い訳するつもり?
私から、キスなんて…──。

初夏の生ぬるい風に吹かれて、蒼吾くんの短い髪がさわさわと揺れた。
そっと指で触れると、何だか大型犬でも撫でているような気持ちになる。
蒼吾くんは、やっぱり起きそうにない。


自分から呼んでおいて寝てるなんて、どういうことよ。
あまり会えないから、ずっと我慢してた。
今日は何回すれ違ったとか。目が合ったとか。声が聞けたとか。
付き合うようになってからの方が、片思いみたいだなんて、どうかしてる。

『いい一年が入ったんだ。今年は狙えるかも!甲子園!!』

満面の笑みを浮かべて、夢を語った蒼吾くんに。
毎日、朝早くから夜遅くまでがむしゃらに頑張ってる彼に。
もっと会いたいだなんて。もっと一緒にいたいだなんて。
そんなわがまま、言える筈がない。
蒼吾くんの夢の邪魔になりたくない。
お荷物になりたくない。


でも。
ほんとうは、もっと一緒にいたい。
声だってたくさん聞きたいから、電話だってもっとして欲しい。
メールだけじゃ、物足りない。
ちゃんと声が聞きたい。
あの低くて柔らかな声で、園田──って呼んで欲しい。
笑顔が見たい。
触れたい、触りたい、抱きしめて欲しい。

もっともっとが、膨らんで。
私、わがままになってる。
目のふちに、涙が溜まるような気がして、うまく笑えなくなった。
ぽすん、と尻餅をついて、膝を抱えてその場に座り込む。


…お昼休み、楽しみにしてたのにな。
少しでも長く一緒にいたくて、声を聞きたくて、触れたくて。
チャイムと同時に教室を飛び出してきたのに…。



一向に起きない蒼吾くんがちょっぴり憎らしく思えて、私は鼻をつまんでやった。






触れてくる柔らかい唇の感触を想像してた。
髪が額を掠めて、唇に吐息が触れて。
キスまであと一センチ…ってところで、それ以上近づかない。触れてこない。
唇が触れる気配が一向にない。
ナンデ?
キスされる──なんて、オレの都合のいい勘違い?
しびれを切らせて、そっと目を開けると、園田の百面相。
赤くなったり、青くなったり、涙ぐんだり…。
ていうか、何で涙ぐんでんだ?
今、泣く理由なんてあるのか?


そうこうしていたら鼻をつままれた。
もう、限界。








鼻をつまんだら、ふがッと変な声がした。
ぎょっとして慌てて手を離すと、寝ていたはずの蒼吾くんの目がぱちりと開かれて、私を見上げてた。

「…もう、終わり?キス、してくんないの…?」

つま先から頭のてっぺんまで、恥ずかしさが駆け上がる。
「た、たぬきーーっ!」
全部、見られてた!起きてたんだ!いつものタヌキ寝入りだった!
あまりの恥ずかしさに、手で顔を覆う。
私は、何度騙されたら学習するんだろう。
もう、ここから逃げ出したい。

「…どうしてやめたんだよ」
オレ、すっげー期待してたのに、と。
蒼吾くんが、拗ねたように口を尖らせた。
「ていうか、何で涙ぐんでんだよ?」
「何でもない」
ぶんぶんぶんッと、髪が乱れるほどに頭を横に振る。
「な、園田ってば」
「何でもないったら…ッ」
穴があったら入りたい。
膝を折り曲げて、隠れるように顔を伏せた。

「…怒ってんの?」
体を起す気配と同時に、頭の上から声が降ってきた。
「オレがタヌキ寝入り、してたから?」
首を横に振った。
それはそれで腹が立つけど、そんな理由じゃないし、怒ってるわけでもない。
「なぁ、園田…?」
じわりと顔を上げたら、覗き込んだ困ったような顔と視線が絡まった。
久しぶりにちゃんと顔を見たら、声が聞けたら。
それだけで、煮詰まっていた私の心がゆるゆると溶けだした。
そんな私に向かって、ニッといたずらっぽい笑みを浮かべた後、頭に手を乗せた。
そのまま髪をぐしゃぐしゃっとして、私の瞳の奥を覗き込むように体勢を低くした。
淡い優しさが染み渡る。


蒼吾くんのこういうところを、いつもズルいと思う。
このタイミングで覗き込んでくるなんて。
怒る気も失せちゃう……。




こつんと額が合わさって、顔が近づいてきた。
…うわ…っ、キスされる──。
そう思って反射的に、私は目を閉じた。



いつだって、蒼吾くんのキスは突然。
前フリもなく、突然、仕掛けてくる。
学校の自転車置き場とか、体育館の通路とか、部室棟とか…。
心の準備もないままに触れてくるから、いつまでたっても慣れない。
ドキドキしてしょうがない。


肩に手が触れて、顔が近づく気配がした。
吐息が唇を掠めて、風に乗って流れてくる蒼吾くんの匂いに眩暈がしそう。
なのに。
唇が合わさってくる気配が、一向にない。
すぐ側に、彼の存在を感じるのに……。
そっと目を開けると、蒼吾くんの顔が何か言いたげに私を見つめていた。
あまりにも近くで覗き込むから、鼓動が急速に跳ね上がる。


「…なに…?」


沈黙に耐え切れなくなって、先に口を開いた私に。
蒼吾くんが、とんでもない言葉を口にした。



「…な。たまには、園田の方からしてくんねぇ?」




って。






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魔法のコトバ* 続編 1 comments(4) -
ここでキスして  前編
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ここでキスして  前編

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ふたり模様

まだ誰も来ていないはずの屋上への扉を開けて。
新鮮な空気を、胸いっぱいに吸いこんだ。
目に飛び込んできたのは、透き通った真っ青な夏空。
フェンス越しに見えた桜の木々が、初夏の陽気にさわさわと葉を揺らす。


『 昼休み。屋上で 』


素っ気無い、たった一行のメール。
私は喜びを噛み締めるように、携帯を握りしめた。
顔がふにゃりと、にやけてしょうがない。
ぱちぱちと頬を叩いて、笑顔で緩みきった顔を引き締めた。
まだ、来てるはずはないだろうけど。
いつものクセで、何気なく給水塔の裏を覗いてみた。


あ…。いた……。


光を遮るものがほとんどない屋上で、日陰の風通しのいい場所を見つけて、コンクリートの上に横たわった大きな体。
隣に転がった読みかけの漫画と携帯電話。
軽く開いた唇から、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。

この様子じゃ、きっと四時間目はサボったんだろうな…。

プリーツスカートの折り目を気にしながら、その隣に腰を降ろした。
一年中、真っ黒に日焼けしている蒼吾くんの肌は。
暑さが増すごとに、ますます黒くなっていく。
私と並んだら、まるでオセロの白と黒だ。
部活、頑張ってるんだなぁ…。
そっと覗き込んだら、耳に掛けていた長い髪が滑り落ちた。
寝顔を掠めて起こしちゃいそうだったから、ひとつにまとめて、ポケットから取り出したクリップで留めた。
蒼吾くんは、一向に起きる気配がない。



「おーい…。お昼休み、終わっちゃうよ?」


子供のように無防備な寝顔。
そっとその頬に触れてみた。
部活で鍛え抜かれた腕や肩とは違って、頬は思ったよりも柔らかい。
いつもでっかく笑う口元からは、規則正しい吐息が聞こえる。


…キス、したいなぁ。


そんな衝動がふつふつと湧き起こって、私は、そっと寝顔に顔を近づけた。








フリーになる昼休みは久しぶりだった。
夏大に向けて野球部が始動したのは、春も間もない四月。
放課後はもちろん、毎日、朝早くから昼休みも返上で練習三昧。
高校球児に休日なんてない。
家と学校とグラウンドとの往復で、くたくたの毎日。
ベッドと授業なんて、寝るためだけにある!
頑張れば頑張った分だけ結果が返ってくる練習は、すげぇ充実してるけど。
あまりにも自由の利かない、部活三昧の毎日に、時々、うんざりする。
そして必ずその時、自分に聞きたくなる。
青春ってなんだ──!?
って。


春から付き合い始めた園田とは、二年になってクラスが分かれた。
おまけに校舎も別。
園田のいるAクラスは渡り廊下の向こうだ。
廊下でばったり、という偶然もほとんどない。
休み時間のたびに会いに行くつーのも、迷惑な気がして。
空いた時間にたまに会うのと、夜更けの電話が、園田との唯一の時間。
なのに部活で疲れきったオレは、携帯を握りしめたまま寝ちまう事がしょっちゅう。
泥のように眠り続けて、気付けば朝方。
ベッドの下に転がった開きっぱなしの携帯には、メールが一件。

『 お疲れさま。また明日ね。おやすみ 』

いつも寝ちまってから、ムチャクチャ後悔。
睡魔のバカ野郎ーッと、朝から叫びたくなる。
これじゃあ、片思いしてた時と大して変わんないじゃねーかよッ。
触れられる距離にいるのに、触れられない。
ヘタすりゃ、片思いよりも厄介だ。



そんなある日。
授業中に回ってきた野球部業務メール。
『 顧問が急用の為、昼休みの練習は中止 』
開けたとたん、オレは机の下でガッツポーズを決めた。
久しぶりに園田と会える。
その期待がオレの心を躍らせた。









驚かしてやろう、と。
ほんのちょっとの出来心。
園田は想像どおりのリアクションをしてくれるから、すげーおもしろい。
いつ、どのタイミングで驚かしてやろう。
約束の屋上で先にスタンバってたオレは、逸る気持ちをグッと押さえて、タヌキ寝入りを決め込んだ。
近づいてきた足音が俺の側で歩みを止めて、隣にしゃがみこむ気配がした。
軽く薄目を開けて、その姿を確認する。


女子の制服のスカートは、夏に向けて限界に挑戦しているかのように短くなっていく気がする。
暑さと長さが正比例だ。
園田も例外じゃなく、かなり短い。
オレのすぐ隣で、座り込んだ小さな膝小僧が見えた。
覗き込んだ拍子に、肩から滑り落ちた長く柔らかな髪を後ろで器用にねじってクリップで留める。
ひとつひとつの仕草が妙に艶っぽく感じるのは、夏のせいだ。
ただでさえ腕とか脚とか、無駄に露出が多いのに、その白い襟足は反則だろ。
まとめた夏髪は、涼しげで、清楚で。
でもそれは、今のオレには逆効果。目の毒だ。
誘われてる気分になる。


「おーい…。お昼休み、終わっちゃうよ?」


遠慮がちに呟く声が聞こえて、小さな掌が伸びてきた。
ヒヤリと冷たい指先が頬に触れて、ドキリと鼓動が高鳴った。
火照った体に、冷えた指先が気持ちいい。
背中に腕を回して、このまま抱き寄せて、キスしたくなる。

ヤバイ。押さえろ、オレ…ッ。

園田に焦りは禁物。
コイツの涙は、二度と見たくねぇ。
できることなら、このまま園田の方から仕掛けてくれるのが理想なんだけど。
それは、期待できそうにない。
どのタイミングで、ドッキリを決行するか。
絶えず寝たフリを演じながら、絶妙なチャンスを伺った。

園田はいつも、寝ているオレを起こそうとはしない。
柔らかな笑みを浮かべて、黙って見てるだけ。
それをこっそり覗き見るのが好きで。
実は、タヌキ寝入りもこれが初めてじゃない。
よし。
もう一度それを拝んでからにするか。
オレは園田に見つからないように、薄目を開けた。



そこに飛び込んできたのは、予想も出来ない光景。
オレを覗き込んでいたはずの園田の顔が、ゆっくりと近づいてきた。
紺のセーラーの襟と、風に揺れる白いスカーフ。
少し汗ばんだ首筋に張り付いた後れ毛が妙に色っぽくて、心拍数を上げる。
小さな肩越しに見えた空の蒼と、セーラー服の冴えた白が眩しかった。すべての動作が、スローモーションのように見えた。



…え、マジで!?




逸る気持ちを押し込めて、オレはタヌキを決め込んだ。






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魔法のコトバ* 続編 1 comments(2) -
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