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全力少年34
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明日もきっと晴れ   サイド*蒼吾 

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「ふ、ああーっ……」

バカみたいにでかい口をあけて、オレはあくびを空に解き放った。
眠い。
おまけに、ダルイ。
完徹なんて、久しぶりだ。

「うっわ。でっけえ、あくび!」

朝の挨拶と同時に、リュックサックで背中からガツンとやられた。
目が覚める…つーか、痛えよ!
「朝まで園田ちゃんと、一緒だったってか?」
片手でチャリを運転しながら、器用にリュックを背負いなおして、涼がニヤニヤ覗き込んだ。


「そういやあ、お前…昨日と服、一緒───」
「ヤッテねえよ! てか、服。違うし!」

ちゃんと家、帰ったさ。




あくびの理由は、朝まで園田をこの腕に───なんて甘い夜のせいじゃない。
神経高まって、気持ち昂ぶって。
要は興奮して眠れなかった。
お互いの気持ちを確認した。仲直りもした。旅行の約束だって。
でも。
不安要素は抱えたまんま、結局、朝だ。
オレはおもむろに、スポーツバッグのポケットから取り出してケータイを開いた。
8時10分前。
園田からの連絡はない。



「ラーメン」
「は? なに?」
「ラーメンおごれ! 昨日、あれから大変だったんだからな!」


オレと安部が去った後。
乱闘騒ぎを揉み消すのに骨を折ったって、三浦からメールで報告受けた。
涼たちのおかげで、部に迷惑をかけずに済んだのは、すげえありがたいんだけど…。


「金、ない」

3日後には園田とじいちゃんちだ。
部活三昧の毎日で、バイトする時間の余裕はないわけで。
手元の金は小遣いと少しの貯金。
だからそれまで、他で金を使うわけにはいかない。

「じゃあツケで」
「高校生にツケで食わしてくれるラーメン屋が、どこにあるんだよ」
「来々軒のおっちゃんなら、その辺、融通効かしてくれそうじゃね?」
ラーメン好きの目がキラキラ輝く。
「……考えとく」
とりあえずの約束でも交わしとかないと、しつこそうだ。




「で? 結局、仲直りできたのか?」
「一応…」
「よかったじゃん! モトサヤ! 」


涼が笑ってピースサイン。
オレ。
コイツのこういうところ、好きだ。
自分ごとみたいにハッピーに喜んでくれるところ。


「で。シタの? 一線越えた?  朝っぱらから、ラブコールチェックってことは……一時も離れられない関係になったわけ!?」


んでもって。
こういうデリカシーのないとこがキライ。
人の恋路、土足で踏み込むずうずうしさ。



「してもしなくても、そこはお前に関係ない!」
「えーー。出し惜しみすんなよー。けちー」


けちもクソもあるか。
心配してくれてんの、わかるけどさ。
お前の場合、心配なのか好奇心なのか。
境界線が微妙なんだよ。



「なーってば!」


自転車がオレを追い越して、声が前から降ってくる。
しつこい!




「いいさ。直接、本人に聞くからさ。───もしもし、園田ちゃん?」



その第一声に、ギョッとする。


「何、勝手にかけてんだよ!」


つか。
何でお前が園田のケー番、知ってんだ!?



「あのさー。蒼吾が教えてくれないからさ、単刀直入に聞くけど───」



ケータイを取り上げようと伸ばした手をまんまと交わされた。
涼の運動神経は、野球部ぴか一だ。





「やめろって! アイツ。今、取り込み中だから!」








「───はい?」




一瞬、涼が耳から携帯を放したところを取り上げた。
つか、時報!?
園田にかけたつーのは、嘘か!











「取り込み中って、何?」








しまった。







「誰と、何を、取り込んでんだよ?」




バカなクセに、こういうところばかり勘が鋭い。




「そこまで言って黙るな! 言えよ!」










こうなってしまったら、誤魔化せそうにない。
携帯の通話をオフにして、不機嫌に涼に突きつけた。





「……安部んところ、行かせたんだよ」

「───はああっ!? なんでっ!?」





馬鹿デカイ声が早朝の住宅街に反響する。
いちいちお前は、オーバーリアクションなんだよ!
ボリューム落とせ!





「……キスした理由を、園田はちゃんと知るべきだって、思ったから」









「おっ前…何、考えてんだよっ!」




まあ。
普通はそういう反応だ。
オレだって。
そういう結論に至るまで、散々悩んださ。






いつもはところ狭しと並び合っている自転車置き場も、今日はチャリの数がまばらだった。
そこに2台の自転車を突っ込む。
ポールに止ってた蝉がジーと声を上げて、青い空に飛び立った。



「オレさ、ずっと勘違いしてた。安部とのこと。オレが何とかしなきゃって、思ってた。
でも……オレじゃあ解決できるわけ、ねえんだよな。だってアイツの問題だろ? 安部が自分で決着つけなきゃ、いけなかったんだ。人に言われてハイソウデスカなんて、納得できるわけねえよ。それができるなら、とっくに諦めてる───」




きっと。
安部の中で、言葉にできなかった想いが燻ってる。
伝えてないから、前へ進めない。
次なんて見えてこない。
オレもそうだったから、わかるんだ。
無理に忘れようとしても駄目だから。
自分の気持ち、ちゃんと言葉で伝えねえと。






「…それ。ある意味ひどくね? 答えなんて分かりきってんのに。要は、ふられてこいってことだろ?」
「悪いか?」
「悪かねえけど……」




それぐらい、言わせてやるよ。
悔しいけどその気持ち、認めてやる。
潔くふられりゃあいいんだ。
そしたら明日が見えてくる。




「そんな思惑通り行くのか? 安部、だっけ? ああいうタイプは、一筋縄じゃあいかないだろ?
このまま、園田ちゃんが拉致られたらどーすんだよ!?」
「…もうアイツは、そんなことしねえよ」
「なんで? その根拠と自信は、何?」





「アイツの……表情───だ」




園田にキスした後の、顔。
後悔と罪悪感の横顔。
園田を傷つけた、取り返しのつかないことをしてしまったっていう自覚はあるのに、謝れない。
気持ち、なかったことにはできねえから。
ゴメン───なんて、言えるわけがない。
オレも経験あるから、わかるんだよ。
アイツの気持ち。







「園田ちゃんは、そのこと知ってんの?」

「鈍い園田が気づくわけねえよ。だからなおさら、ちゃんと言わなきゃ伝わらねえんだ」







安部がずっと伝えられなかった想いを、他人のオレが、簡単に口にしていいはずがない。
そういう言葉は、ちゃんと本人が伝えないと意味がない。
それぐらい、言わせてやるさ。





「今日も暑くなりそうだなー」





見上げれば真夏の太陽。
青い空と入道雲。


眩しさに目を細めたら、ケータイが鳴った。

















午前中の走り込みを適度に切り上げたオレは、旧校舎の古びた引き戸を開けた。
カタカタッと乾いた音を立てたと同時。
それに気づいた園田が、キャンバスから顔を上げた。


「おはよう」


向けられた清清しい笑顔につられて、顔がほころぶ。




「美術部って…いっつもお前か佐倉しか、いねーのな」
「在籍だけの幽霊部員、多いもん」
「佐倉は?」
「週末から東京」
「…ふーん」

「練習は、いいの?」
「午前中、自主練だからへーき」
つっても、ほとんど部員、全員来てるけどな。
みんな練習熱心だから。
「オレ。今朝、一番だった」
「1年生よりも先に来ちゃダメだよ、キャプテン。 下級生の立場、なくなっちゃう…」


だってさ。
じっとなんてしてらんねえよ。
お前が安部んとこ行ってんのに。
体でも動かしてねえと、余計なことばかり考えちまう。
オレだってほんとうは。
ひとりでなんて行かせたくなかったさ。





窓際に置かれた椅子の背にまたがるように腰を降ろすと。
カタン、と乾いた音を立てた。

園田が、筆に乗せた色を静かにキャンバスに移す。
白い空間が瞬く間に、青く蒼く染まる。
彼女が描くそれは、美術室の窓から見える空だった。
青く透明で、どこまでも澄み切った夏空───。
今日のこの空は、園田の目にはこんな風に映ってんだなって、思わず窓の外を見上げた。




「ね。蒼吾くんは……知ってたの?」



ふと、そう聞かれて視線を戻す。
キャンバスから視線を浮かせた園田が、じっとオレを見ていた。




「アイツ。ちゃんと言った?」
「うん…」


静かに頷いた横顔は、泣き笑いみたいな表情。



今まで、アイツの気持ちに気づけなかったこと。
応えられなかったこと。
傷つけたこと。
園田が今、どれだけ自分を責めているだろうかと考えると、たまらなくなる。
気持ちを受け止められない辛さは、オレも知ってる。
相手がよく知ったヤツなら、なおさら……。




「…どう気持ちの整理をつけるか。あとは安部の決めることだ」




椅子から立ち上がって、背後からそっと園田を抱きしめた。
小さな掌が強く、オレの腕を握り返してくる。


「…蒼吾くん……」
「ん?」
「行かせてくれて…ありがとう。でなきゃ、私、安部くんのこと…誤解したままだった……」
「アイツに、変なことされなかった?」
「…心配性だなあ、蒼吾くんは」




抱きしめた腕の中で小さく笑う。
長い髪に手を添えて指で梳くと、栗色の髪が陽に透けて、黄金色に輝いた。



「そういやあ…家の方は、平気だった?」
昨晩、ちゃんと日付が変わる前には、送り届けたケド。
遅い帰宅には変わりない時間だった。
「もう少し早く帰りなさいって言われた。だけど……暗い顔してる私より、よほどいいからって、お咎めなし」
「…っかったあー…」
このまま、出入り禁止!とか、外出禁止!とか。
制限されたらどうしよーかと、気が気でなかったんだ。


「それとね。ちゃんと伝えてきたよ。行ってもいいって。蒼吾くんの誕生日。その…、泊まりで……」
「マジで? つか、まんま言ってきたの?」
「うん。いけなかった?」
「いけなくねえけど……」


男の誕生日に泊まりで。
それがどういう意味を示すのか、いくら鈍感な園田の親だってわかるだろ。
認められた? それとも誠実さを試されてる?


「んーー……何か、複雑」


次会う時、どんな顔で会えばいいのか。
まあ、その時はその時だ。
成るようになるさ。





体の位置をずらして、正面から園田を抱きしめる。
オレの胸にすっぽりと収まる小柄なサイズが、たまらなく可愛い。
甘えるように額を押し付けて、オレの背中に手を回してくる。
耳元に唇を寄せて柔く噛んだら、園田が頬を真っ赤に染めて顔を上げた。



「なに?」
「ここ。学校だから……」
「知ってる」
「もうすぐ、他の部員が…」
「夏休みだし、誰も来ねえよ」


腕の中で身じろぐけれど、離しはしない。


「で、でも…っ、佐倉くんが…っ」
「アイツ、東京だろ?」

意地悪く耳元で囁いたら、うっと園田が言葉を詰まらせた。
それでも必死に、逃げる口実を探す。
そんなにオレといちゃつくの、イヤなわけ?


「だって。こんなところを見られたら、絶対、変に噂されるから……」


野球部的にはそういうの、よくないでしょ?って。
確かに。
それはマズイけど。








でも。











「……もう少しだけ、充電させて───」






園田が逃げられないように、腰の辺りでがっちり手を組んで閉じ込めた。
観念した横顔がぎゅっと目を瞑り、下を向く。
制服の襟元から覗く白い襟足がすぐ真下に見えて、オレを誘惑する。
たまらず唇を押し付けたら、ユニフォームを掴んだ手に、わずかに力が入った。
声を押し殺して、すがるようにしがみついてくる。
「───園田」
俯いた顔を上向かせて、キスしようと顔を近づけた瞬間。
ありったけの力で、園田がオレを突っぱねた。




何っ!?











「───そ、蒼吾、くん…っ」











園田が指差した先を見て、ぎょっとなる。














「ラーメン!」
「野菜炒めもつけろ。ラーメンだけじゃ、割りに合わん」
「餃子もだ!」
「お前だけ、いい思いしてんなよ。キャプテンのくせに」
「キャプテンのくせに、サボって女といちゃつくな!」
「不純異性交遊、断固反対!」
「キャプテンのくせに」
「蒼吾のくせに」
「部員全員におごれ!」
「幸せは平等であるべきだ!」






オレを呼びにきた野球部員がひとり、ふたりと増えて。
校庭側の窓に、気がつけば、鈴なり。
世界に入りすぎて、気づくの遅れたなんて。
不覚!






「キャプテンがそんなんで、大丈夫かねえ、野球部は」






なんて。
ニヤニヤ、サッカー部の連中も混じってるし。
わー! もう、サイアク。






「…あ! 逃げた…!」





あまりの恥ずかしさに、オレの腕を逃れた園田が、教室を飛び出した。




「あーあ! 泣かせた!」
「可哀相に〜」




って。
誰のせいだよ、オイ!




「とっとと追っかけろ! 色男!」
「ダッシュだぞ、全力疾走!!」




言われなくてわかってる。
お前ら戻って、弁当食ってろ!










追いつくのはあっという間だ。
部活で鍛えぬいた脚力、あなどるなかれ。
細い腕を捕まえて、近くの資料室へ押し込む。
今度こそ誰にも邪魔されないように、内側から鍵をかけた。


「───ゴメン! 園田!! あいつら、デリカシーないから……」


「…うん。わかってる。悪気は…ないんだよね……」


怒ってはいないみたいだけど、泣きそうな顔だった。
俯いた顔は羞恥で、耳まで真っ赤だ。
オレは思わず衝動的に抱きしめた。
腕の中に閉じ込めて、口付ける。
軽く触れるだけのつもりが、そのまま唇を割って舌を入れてしまう。

「ん…、蒼吾、くん」

潤んで溶けた眼差しが熱を帯びたまま、オレを見上げてくる。
こういう表情を無意識でやってしまうんだから、女ってコワイ。
こんな園田、アイツらに見せるなんて勿体無ねえよ。
知ってるのは、オレだけでいい。








「…ごめんね…」


キスだけで満足した園田が、くたくたとオレの肩に体重を預けた。


「わざわざ追いかけてきてくれなくてもよかったのに…」


顎をくすぐる柔らかな髪から、ほのかにシャンプーの匂いが薫って、オレを刺激する。






「だって。まだ、途中だったからさ」
「?」
「充電、できてないから───」





これぐらいのキスで満足されても困る。
オレは、全然、足りない。







「そーご、くん……?」





言葉の意味を察した園田が、一歩後ずさる。
トン、と。
資料を積み上げた棚が肩に当たり、逃げ道がないことを悟る。




「…また、誰か来ちゃう……」
「へーき。鍵、閉めたから」



本棚に肘をつけて、覆い被さるように、真上から園田を見下ろした。
両手で囲った空間に、小さな彼女を閉じ込める。



「…あまり時間が経つと、後でまた、何を言われるか───」










わかってる。









でも、もう少し。あと少し。


園田でオレを満たして───。









狭い空間に閉じ込めて、言葉の続きをキスで塞いだ。
髪の中に手を埋めて、引き寄せて、唇を重ねる。
吐息の間に離れて、角度を変えて、キスは続く。
次第にユニフォームを掴む力が抜けて、園田がその場に座り込みそうになった。
口付けたまま小さな体を抱き上げ、手近な机に座らせる。
そのまま髪の中に手を埋め、耳や首筋にもキスを降らせる。
んっ、とこぼれ出た園田の吐息が色っぽくて、しばらくむさぼるようにキスを続けた。
時間をかけてじっくりと、園田で満たしてく。


抱きしめた腕の中で。
自分の物なのか、園田の物なのかわからない心臓の音が聞こえた。
柔らかい園田の髪がほつれて、肩に落ちていく。




「…蒼吾くん。私…わかった気がする……」
「…なに?」
「蒼吾くんに抱きしめられる時も、キスした時も。嬉しくて温かくて、幸せでいっぱいになるの。なのに、どこか寂しくて、切なくて、苦しくて……もっともっとって、わがままになって。この人にもっと触れたい、もっと近づきたい───って。そう思うから、人は繋がりを求めるんだね…。身体の結びつきだけじゃなくて、心も満たされるから…」



見上げてくる瞳の真摯さに、愛しさがこみ上げてくる。
つか。
誕生日の約束をキャンセルして、いっそこのまま───なんて。
衝動に走りそうになる。


「園田」
「…なに?」
「それ、最強の誘惑なんだけど……」


17歳までカウントダウン。
我慢だ!





「あ。そうだ。絵の具───」
抱きしめた腕の中で顔を上げて、園田が空を見上げた。
「せっかくいい色作れたのに。もう、乾いちゃったかな……」
「ゴメンな。あいつらに邪魔さえされなきゃ…」

つか。
オレのせい?
随分たっぷりと、園田を味わっちまったから…。





「蒼吾くん、あれ───」

園田が指差した窓の向こう。

「戻ったらラーメンだ。逃げんなよ〜」





地面を踏みしめるスパイクの音に混じって、涼がごちる声が鼓膜を掠めた。
まだ、オレを探してる。




「しつこい」
「でも、そのしつこさが守口くんらしいよね……」
「だな」



ふたりで顔を見合わせて、どちらともなく笑う。




「日曜日、晴れるかな?」
「この空だ。間違えなく晴れるよ」
「お弁当作ってくから、船で食べようね」
「マジで?」
「蒼吾くんの好きなもの、たくさん作って行くから、楽しみにしてて」


園田が眩しい笑顔で笑う。






園田といると、何でも全力で頑張らなきゃなという気にさせられる。
君がオレの原動力。
オレを強く大きく揺さぶって、突き動かす。







「あーあ。午後からも暑くなりそうだ!」






見上げた窓の向こう。
青の色がいっそう鮮やかさを増して、光を吸い込んだ入道雲が眩しかった。











FIN


幸せのカタチ。




*あとがき*



〜 あの頃の僕らはきっと 全力で少年だった 〜


スキマスイッチが歌う「全力少年」のワンフレーズが胸に響いて、離れません。
ましろを軸に、蒼吾と嵐は全力で駆けたはず。
対照的ではあるけれど、似たところもあったり。
ふたりの心の葛藤と成長を感じ取ってもらえていたら、幸いです。


作者的には、爽やかなラストがスキです。
自然に笑顔がこぼれるような。
ちょっと物足りないかなーと思いつつも、全力少年はこれでおしまい。
甘い続きはバースデーデートに期待してください。
もうしばらく。
ふたりの恋愛模様にお付き合いいただければ嬉しく思います。



毎度のコトながら。
忙しい中、はづきがあとがき用にイラストを描きおろしてくれました。
ああ、もう!
感無量!
弾ける笑顔が、キラキラ眩しいのなんのって!
イラストと一緒に、幸せの余韻を楽しんでいただけると嬉しいな。



ではでは。
長い間のおつきあい、本当にありがとうございました!
拍手、コメントなどで、感想を聞かせていただけると嬉しいです。
バースデイのおはなしは、また後日。









( スキマスイッチ/「全力少年」より * 一部歌詞引用 )


Presented by RIKU*SORATA *『全力少年』


* END *






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おまけ



「全力少年」って、どんな曲?
       ↓
全力少年(魔法のコトバ* 続編) comments(15) -
全力少年 33
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サウダージ   サイド*安部 

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気が立って仕方がない。
意味もなく苛立つ。
もどかしい想いが、ただ心を抉るように駐在して。
今まで味わったこともない不快感に、押し潰されそうになる。






「あ…っ、クソッ…!」
小さなゲーム機から流れる音楽が、ジ・エンドを告げて。
オレは大きく息を吐いた。
ミネラルウォーターを一気に飲み干して、ゴミ箱へ投げる。
入り損ねた空のペットボトルがカランと音を立てて部屋に転がるのを、俺は冷めた視線で見つめた。

「…あーあ。後味、悪っ」

隣のバカ犬が、うるさく吠える。
AM6:00だ。
結局、俺は一睡もできなかった。
数時間前のキスを思い出して、園田のくしゃくしゃの泣き顔が浮かんでは消えて。
子どもみたいにしゃくりあげる泣き声が、鼓膜の奥を強く揺らして離れない。
俺の全てを拒んだ園田の抵抗。
切れた唇と打たれた頬が、ひりりと痛む。


「…馬鹿みてぇ…どいつもこいつも」


蒼吾のやつ。
なりふり構わず、なぐりやがった。
乱闘騒ぎで捕まったりなんかしたら、ヤバイくせに。
青春、全部懸けてんだろ、高校球児が。
人を庇ってまた、大会出場停止になるつもりか。
秋大近いつーのに。
「…ばっかじゃねーの…」
蒼吾は昔からそういう奴だ。
大事なヤツの為なら、自分を犠牲にすることぐらいへでもない強い精神。
いつだって全力投球で、うざいくらいに熱い。
偽りだらけの俺が、勝てるはずがない。

わかってんだよ、そんなこと。
園田の気持ちはどうしたって、オレの自由にはならねえ。
臆病で気が弱くて。
人に頼らなければ何も出来ないくせに、妙に頑固で。
俺が想像するよりもずっと、芯が強い。
たとえ脅して、無理矢理自分のものにしたって、心はふり向かせることはできない。
過去も今も。
園田の気持ちを揺さぶることができるのは、蒼吾だけだ。
今頃。
俺が滅多に見ることの出来ない砂糖菓子のような甘い笑顔を滲ませて。
アイツの腕の中で甘えてんだろう。
身も心も、アイツのものになったにちがいない。


「…んだよ。ちきしょー…っ」


馬鹿な想像に耐え切れなくなって、俺はその場にうずくまった。
とっとと身を引けばよかった。
そうすりゃあ、彼女を傷つけることも、後悔に押しつぶされることもなかったのに。

「くそ…ッ」

立ち上がってTシャツを脱ぎ捨てた。
新しいシャツに袖を通す。
スポーツタオルを首からかけて、キャスケットを目深に被り、携帯をポケットに突っ込んだ。
落ち込みそうな時は、バスケだ。
もう園田のことは、忘れてしまえ。
部屋に転がったボールを抱えて、バッシュを肩に担いだら、携帯が鳴った。



蒼吾だった。












朝っぱらからなんだよ。
どうせ園田と仲直りして、オイシイ思いしてんだ。
一発ぐらい殴らせろ。
そういう開き直った気持ちで、待ち合わせ場所へ向かった。
こんな早朝を指定してきたのは。
アイツも部活があるからだろう。
それなら話は早い。
とっとと終わらせて、もうアイツとはこれっきりだ。


坂を登りきった先に、屋外に設置されたバスケットコートが見えた。
視界に人の影を認める。
もう来てんのかよ、早えーな。
苛立ちにチッと舌を鳴らした瞬間、向こうも俺に気づいた。












「…は?」



















思わずケータイを開けて着信を確認した。
俺。
寝ぼけてねえよな?
さっき話したのは蒼吾…だよな?
着信履歴を見ても間違いない。







じゃあ、なんで。













「園田がいるんだよ───」









意味、わかんね。









「おはよう」
俺に気づいた園田が、小さく笑う。
バッカじゃねえの?
あんなキスの後で、まだ笑ってくれるんだ。
ああ、そう。
アイツと朝まで一緒にいたわけだ。
園田の笑顔が同情めいて見えて、ますます俺を苛々させる。


「何の用?」 


思い切り不機嫌な顔で睨みつけてやったら、園田の笑顔が強張った。
服従欲を煽る。
どうせ手に入らねぇのなら、ズタズタに傷つけてやりたい。
俺の顔なんて、二度と見たくないって思えるほどに。



「俺、蒼吾に呼び出されたはずだけど」


「…私からだと…来てくれないと思ったから…」



そりゃそーだ。
お前だってわかってたら、俺は行かない。
てか。
俺とふたりきりで会わせる余裕が、今のアイツはあるわけだ。
ますますムカツク。


「何で今さら、会おうと思ったわけ? 今の状況、わかってんのお前」


ジリと追い詰めたら、園田が一歩後ずさった。
全身で警戒してんの、伝わってくる。




「…その……。ちゃんと、理由……聞いておきたくて…」
「なんの?」
「安部くんが、……キスした理由……」






「はあ?」







なんで今さら。








「ケジメ、つけろって…蒼吾くんが……」










はーん。




そういうこと。






無駄な恋愛感情は、とっとと清算してこいって?
見事な独占欲だね、アイツも。
てか、園田も。
素直にそれを云う?





「…理由がいんの?」
モヤモヤと黒い心が押し寄せて、俺は頭をガッとかいた。
「男はな、キスなんて誰とでもできんだよ。やらせてくれるんだったら、誰だっていい。俺、彼女いねーの長いし、手ごろなお前で間に合わせただけ。もっと違う理由だと思ったか? ───自惚れんな」
アイツの策略に乗せられて告るほど、俺は馬鹿じゃねえ。





一瞬で園田の表情から笑みが消え、その顔が下を向いてしまう。
「…そっか。そういう理由なら…」
長い髪で隠れて、表情がよく見えない。
「…私なりにいろいろ考えたの。言葉の意味、キスの…理由。
キライじゃないのなら、安部くんにとって私の存在ってなに? もし万が一…気持ちの入ったキスだったら、そういう意味だったのなら…私、今までどれだけ安部くんのことを傷つけてきたんだろうって、ずっと考えてた。───よかった。そういうキスなら、カウントしない」


ふきっきれたみたいな顔して、園田が笑う。
こいつ。
今、こんな風に笑えんだ。
俯いた顔を上げて、相手の目を見て。
そんな目で、俺を見んな。
まっさらで、人を疑うことも知らない、子どもみたいな純粋な瞳で、俺を見んな。
頼むから。
素直になれない偽りだらけの自分が、すげえ、すげえ。
馬鹿みたいじゃねえか。


なに今更、俺のこと、気遣ってんだよ。
俺が傷ついてないのならそれでよかった?
傷つけられたの、お前だぞ?
人を傷つけるぐらいなら、自分が傷つくほうがよほどいいって?
偽善にも程がある。
ほんとに、本当に。
バッカじゃねーの!?










「───安、部…くん……?」



気がついた時、俺は園田の手を掴んでた。
嘘と偽りで自分を塗り固めるのは、もう限界。


「ハイ、そうですかって。お前は何でも簡単に信じすぎなんだよっ!
おかしいと思ったのなら聞けよっ! 疑問、持てよ! もっと…自分に自信持てよっ!
誰でもいいなら、同じ女に2度も、キスしようとなんてするかよっ! わざわざ人の女に!!
ほんっと! お前は馬鹿だ! 無知で、鈍くて、無神経で…俺のキモチに、微塵も気づかねえんだからっ!」





馬鹿は───、俺だ。






気づくわけねえよ。
分かってもらえる努力も、アプローチも、何もしてねえくせに。
人のせいにして、園田のせいにして。
理解してもらうことばかり、受身になって。
鈍感もクソもあるか!









「あーーーーーっ! もうっっ!!!」






ガリガリと頭をかき上げて、俺は地面にうずくまった。






「………バっカ、ヤロウ…。カウント、しろよ……っ」




呻るように絞り出たのは本音。
消えてくれないもどかしい気持ち。
形にならない歯がゆい想い。
鼻の奥がつんとする。
誤解されたまま、本気のキスをまた嘘のキスだと思われて。
カウントされなくて。
同じことを繰り返すのは、二度とゴメンだ。














「園田」







「……な、に…?」

















「俺、お前好きだ」

















「……え…?」










「蒼吾よりも、ずっとずっと前から…俺、お前好きだ───」










目が合えば暴言を吐いて、寄っては突っかかり、意地悪した。
そんなことでしか、気を引く方法が思いつかなかった。
ほんとは泣かせたくなんてねえのに、たくさん、泣かせた。
嫌いでいる間は、心の片隅にでも俺がいるだろ?
園田の心が全部、アイツで埋まっていくのが嫌だったんだ。


ただ、素直になればよかっただけのことを。
今頃、気づくなんて。







「……私、は…蒼吾くんが、好き……。だから、安部くんの想いには……」







戸惑いを見せた顔が、一瞬で泣き顔に変わる。
告白とキスの意味を急速に噛み砕いて、理解して。
俺を傷つけた───って、激しく後悔したに違いない。
他人を傷つけて、平気でなんていられない園田だから。









「わかってる。でも俺は、園田が好きだ」






園田は変わらない。
あの頃のまま、真っ白な気持ちを失くさないまま綺麗になった彼女だから。
何年経っても好きだと思う。
俺は───やっぱりコイツが好きなんだ。





「そんな顔、すんな。振られる覚悟で言ったんだから。
気持ち伝えたからって、今更、蒼吾から奪おうなんて思っちゃいねえし。ケジメだよ、ケジメ!」




アイツだって。
そういうつもりで、お前のこと、寄こしたんだろ?
だったら、潔くふられてやる。
思惑通り、乗せられてやるよ。




「じゃ。そういうことだから。部活あるし……俺、行くわ」



いつまでも引きずって、めそめそすんのは俺らしくない。
けれど。
フラレタ後も平然を装って側にいられるほど、強くもない。








「───安部、くん…っ!」






腹から絞り出す大きな声。
そんな声、初めて聞いたよ。
顔を上げられるようになったのも、人の目を見て話せるようになったのも、笑顔が眩しいのも。
全部全部、アイツが側にいるから。
蒼吾の存在が、園田を変えたんだ───。







「あの……っ。好きになってくれて…ありがとう! 
気持ち、嬉しかった。嫌われてないってわかって…安心した。
安部くんの気持ちに、ずっと気づけなくてごめんなさい。それから───気持ちに応えられなくて…ごめんなさい」




まるで儀式みたいに。
深く深く、園田が体を折り曲げた。





「…謝んな」




あやまられたら、余計、惨めになる。





「顔、上げろ。ありがとう、だろう。こういう時は」





最後ぐらい、笑え。
それだけで、俺は救われる。


















帰り道、ケータイが鳴った。



『ケジメ、ちゃんとつけたか?』

「───勝手なこと、すんな。バカ蒼吾」



このタイミングでかけてきたってことは、園田から連絡がいったに違いない。
失恋確定。
コイツに伝わってる。


『自分の思ってること、いつも腹に抱えたままにしてっから、お前、性格悪いんだ』
「あ?」
『たまには素直になれよ。全部、ぶちゃければいーんだよ。
自分の思ってること、相手に伝えるのってすげえ難しいけどな、大事なことなんだぞ? 園田なんて、ただでさえ鈍いんだから、黙ってたら死ぬまで気づかないままだ』
「……園田に会わせたのは、同情? それとも余裕?」
『どっちでもねえよ』
「俺がふられて、せいせいしただろ?」
『ああ。せーせいしたね!』



「…一発、殴らせろ」

お前には園田がいる。
それぐらい、させてくれてもいいだろ。



『いつでも来いよ。受けて立つからさ』





ケータイの向こうで蒼吾が笑う。




『じゃあな。そういうことだから』


「蒼吾!」
切る寸前、アイツを呼び止めた。








「……俺を、殴んなくていいのか?」








『……もういいさ。だってお前、全力でぶつかってきたんだろ?』







凛とした痛みが強く胸を打つ。
乱暴に携帯を折り曲げて、ポケットに突っ込んだ。







俺。
今まで、一度だって全力で園田にぶつかってったこと、なかった。
偽って誤魔化して、小学生並みのアプローチをずっと繰り返してきた。
そんなんで気づくわけねえのに。伝わるわけねえのに。
アイツの心に、響くわけねえのに。




虚勢も意地もプライドも。
全部取っ払って、ぶっ壊して。
蒼吾みたいに全力でぶつかっていれば、何かが違ってた?





「…なーんてな」





そんなの、今さら。








あの時、ああしてたら。こうしてたら。
もしもの可能性を想像して後悔するほど、俺はアイツが好きだった。








「あーあ! 気づくの遅すぎだろ、俺」







今さらだけど、泣けた。


園田が最後に見せてくれたとびっきりの笑顔が、今の俺には眩しすぎて。


泣けた。














格好悪いけど……それも、よしだ。

















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約束   サイド*ましろ*蒼吾 

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ドカッとプールサイドに胡坐をかいて。
「腹減ったー」
蒼吾くんがコンビニ袋を覗き込んだ。
中から冷やし中華を取り出して、割り箸の袋を歯で噛み切ったところで。
ふと。顔を上げる。
「…昔さー、割り箸占いって流行ったよな」
左側が好きな人、右側が自分。
好きな人を思い浮かべて、左右均等に割れたら両想い。
片想いならば、気持ちが大きい方に大きく割れる。
そういう類の恋占いが、小学生当時、よく流行った。
「女子がさー、当たる当たるって異様なくらいに盛り上がって。馬鹿らしいって言いながらもオレ、こっそり家とかでやった。何度やっても左ばっかが大きくてさ、凹んだ」
「私も…やったよ」
やっぱり、左ばっかりおっきくて。
辛くて、切なくて。泣いた。
最初から分かりきってた答えなのに悲しくなるのは、心のどこかで期待してたからだ。
現実を突きつけられたみたいで、悲しかった。

「思い浮かべた好きな奴って…もしかして、オレ?」
「…うん」
初恋だって、言ったでしょ?
キス事件までは、一途に想ってた。
「えー。じゃあ両想いじゃん! 当たらねえんだ、あれ!」
しかめっ面で唇を尖らせて、ぱきん。
割り箸を割ったら、やっぱり左側が大きく割れた。
「ほらな? 恋人同士になっても、キレイに割れねえ」
「…あのね。利き手に力が入るから、どうしてもそっち側が大きくなっちゃうみたいだよ?」
「……マジで?」
「うん」
「えー。単にオレが不器用なだけかよー」
なんだよー、真面目に信じて損した。
拗ねた横顔が、可愛くて笑ってしまう。

大盛の冷やし中華をあっという間にたいらげて、蒼吾くんが大きな体を空へと伸ばす。
「なに?」
私が見てることに気付いた瞳が優しく微笑んだ。
どうしてだろう。
一緒にいるのに、胸が締め付けられるように切ない。
どうしようもなく寂しさが押し寄せて。
優しく微笑まれるだけで、泣きそうになる。
そっと手を取って、蒼吾くんが指を絡めた。
指先から伝わる柔らかな温かさに触れたら。
また、泣きたくなった。
「…そんな顔、すんなよ。一緒にいるのに……」
落ちてきたのは甘いキス。
正面から、蒼吾くんが私を抱きしめる。
力強い腕に抱きしめられた時の安心感。
手をつないだ時、ぎゅっと握り返してくれる逞しさ。
伝う肌の温度。
彼を想うだけで胸が張り裂けそうなくらい切なくて。
蒼吾くんが触れるたびに、私、熱くなる。



愛おしいって、こういう感情をいうんだ。











そんな泣きそうな顔で見つめられても困る。
理性スレスレで、こっちはどうしたらいいんだか。


今にも泣きそうな唇にキスをして、小さな体を正面から抱きしめた。
園田の精神状態は簡単に思い浮かぶ。
ずっと離れてたから。
あんなことがあった後だから。
側にいても、寂しくて不安で仕方がない。
気持ちだけじゃない、確かな何かが欲しい。
寄り添うだけじゃ、園田が足りない。


押し付けた唇をわずかに離し、下唇を自分の唇で挟んだままそっとなぞった。
んっ、と。
園田の唇から零れ出た甘い吐息に、身体中が熱を持つ。
このまま欲に身を任せて、浴衣の下に隠された白い肌をこの目で見て、触れて。
園田の全部をオレのものにできたら、どんなに楽になるか。
腕の中に閉じ込めて、彼女の髪に頬を寄せる。
指を埋めて、何度も髪を梳く。
栗色の髪から微かに香る甘い匂いに、酔いそうになる。
浴衣のせいか、夜の魔法か。
今日の園田は一段と、艶やかだった。
薫り立つ女の色気を身に纏った園田に翻弄される。
我慢できずに髪をたぐって、露になった白いうなじに唇を押し付けた。
んっ、と力が入るのは、決まって弱いところに口づけた瞬間。
耳の横に留めていた園田の髪がふわりと落ちてきて、オレの肩に広がった。
う、わ…ヤバイ。
髪の感触だけで感じる。
咄嗟に園田の肩を掴んだオレは、小さな体をぐいと押しやった。

「蒼吾、くん……?」
「あ…いや……」

ずっと手を出さずに大事にしてきた。
我慢してきた。
気持ち盛り上がって、こういうところで…って。
そういう無茶はもうしたくない。


「あのさ、これ───」
気持ちを誤魔化すように、ポケットから1枚の紙切れを取り出して見せた。
「次の休み、うちの田舎、いかね?」
「…田舎?」
「じいちゃんち。四国にあるんだ」
ずっと渡せないままポケットに突っ込んだくしゃくしゃのチケット。
1枚を園田に手渡す。
「泊まり…なんだ…」
手元に視線を落としたまま、ポツリ。
ニュアンスから、断られそうな匂い。
「ダメ…?」
いきなり泊まり、なんて。
園田んち、そういうの厳しそうだし。

「…話してみる」
「話すって……正直に全部?」
「うん。嘘つくの、嫌だから…。蒼吾くんとのことで、嘘はつきたくないの。大丈夫。ちゃんと説得する。だから…これ、もらっていい?」
もらっていいも何も。
それは園田のだから。
「いい返事、待ってる」
そう伝えたら、園田が嬉しそうに笑った。
もうそれだけで十分なくらい、幸せな気持ちになる。


「…ね、蒼吾くん。プレゼント、何がいい?」
手持ちの巾着に大事そうにチケットをしまいながら、園田が顔を上げた。
「プレゼント?」
「だって、この中の1日、蒼吾くん誕生日でしょう?」










あ。









「ホントだ───」






園田との小旅行の可能性に、すっかり舞い上がってたオレは。
自分の誕生日なんて、忘れてた。
実際。
彼女と過ごす特別な誕生日は、今年が初めてなわけで。
そこまで頭が回らなかったのが事実。


「だから…この旅行は絶対、行きたいの。説得する。
その日はずっと、一緒にいよう?」

いつだって相手の気持ちを優先して、自分の気持ちは後回し。
よく言えば優しい、悪く言えば他人任せな園田がそんな風に言うなんて。
多くを望んだら、罰が当たる。
「ね。何が欲しい?」
それ。
本人に聞く?
「初めてなんだからさ、こう…サプライズとか…ねえの?」
素直な質問が、園田らしいちゃあ、らしいけど。
「いろいろ考えたんだけど……思いつかなくて……」
やっぱり、本人に聞くのが一番確かでしょ?
園田が笑う。
「んー…欲しいものかー…。いっぱいあるぞ?
Wiiのソフトだろー、新しいミットも欲しいし、スポーツバッグも……。てか、何でもいいの?」
「うん。常識の範囲でお願いします」
あー。どうしよ。
悩む。
どうせなら記念になるものがいい。
「んー…」
「返事は急がなくてもいいよ。ゆっくり考えて。それとも…一緒に選びに行く?」
それもありかも。
デートも出来て、一石二鳥?
真剣に考え込んでいたら、隣でくすくすと笑う声が聞こえた。
「…なんだよ」
「だって蒼吾くん。すごく難しい顔してるから…」
「そりゃあ、初めて園田からもらうもんだし…」
真剣に悩むだろ?
「一度きりじゃないんだから。そんなに真剣に悩まなくても大丈夫だよ?」
今年も、来年も、その先もずっと。
蒼吾くんと一緒にいるから───。
そう言って、優しい色を湛えた瞳がオレに微笑みかけた。
あー、もう。
自分が生まれた日に、園田が側にいてくれるのなら、もうそれだけで満たされる。
彼女さえ側にいてくれるのなら……。



「わ。いい風ー。ちょっぴり、秋の匂いがするね」

夜風が園田の髪をそよがす。
ふわりと柔らかな髪をさらって、月の光に透けて黄色く輝く。
日本人離れした瞳と髪の色。
初めて目にした時、とても綺麗だと思った。
恋して焦がれてやまなかった、小学生の自分。
あの時からずっと。
好きの気持ちが静かに降り積もって、今でもそれはやむことがない。








「───あ」
















素足をプールの水に浸して涼を取っていた園田が。
オレが突然上げた声に、顔を上げた。











「みつけた。すげえ欲しいもの」








「…なに?」



「あのさ───」







耳元で囁いた瞬間。
ぱあっと園田の頬が朱に染まる。
彼女の紅く熟れた唇よりもずっとずっと、鮮やかな赤。





「───ダメ?」





あきらかに動揺の色。











「……だめ……じゃない…けど……」


「けど?」
「本当に…いいの? そんなので……」
「絶対、それがいい。決めた!」
「決めたって……」


恥ずかしいのか、照れ隠しなのか。
頬を赤らめて、ぷいとそっぽを向く。
そういう全部の仕草が可愛くて、好きだって思う。


「怒った?」
背中から抱きしめて唇を寄せる。
軽く耳朶に触れたら、ビクと身体が強張った。
「……怒ってないよ」
「じゃあ、嫌だった?」
抱きしめた腕の中で、ふるふると首を横に振る。
「…嫌じゃ……ない…」
「じゃあ…それで、い?」
「………」
しばらくぴくりとも動かなかった園田が、オレの腕を逃れた。
身体の向きを変えて、絡みつくような視線でオレを見上げた後。
そのまま、甘えるようにオレの胸におでこを押し付けた。





「……蒼吾くんがそれでいいのなら……いいよ……」




囁きが甘い痺れとなって、オレの耳に届く。
どんな表情をしてるのかちゃんと見ておきたくて、頬を両手で包み込んで上を向かせた。
涙を帯びた茶色い瞳は不安を帯びて渦まいて。
けれど。
オレが望むならそれでもいいと、静かに頷く。






欲しいものはただひとつ。
ずっと欲しくて焦がれて、堪らなかったもの。









「じゃあさ…誕生日に園田のこと、オレにちょうだい。約束な」







心が全部、園田で埋まってく。










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サンクチュアリ   サイド*ましろ 

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蒼吾くんにおぶられて、神社の入り口まで戻ったら、たくさんの自転車に紛れて藍色の自転車が置いてあった。
「後ろ、平気?」
「うん…」
背中から降りて、自転車の荷台に座る。
本音云うと、もっとくっついていたかったけれど。
あの子どうしたんだよー的な、好奇心の視線がイタイ。
人に注目されるのは、すごく苦手。
「しっかりつかまってろよー」
おっきな蒼吾くんの背中。
私がつかまったのを確認してから、ぐんとペダルを漕ぎ出した。


「…どこ行くの?」
交差点で止まった背中に問いかけたら。
「どこまでなら連れてっていい?」
見下ろされて、ふって笑う。
そんな風にはぐらかされたら、本気なのか嘘なのかわからない。
蒼吾くんとなら、どこまでだっていいのに。



神社から離れるにつれて、人が少なくなる。
虫の音がりーって、鼓膜の深いところを揺らして、車輪がアスファルトを転がる音だけが、耳に届く。
空を仰いだら、頭上には満点の星。
届きそうな錯覚に、思わず手を伸ばす。
「何やってんの?」
「星。降ってきそうだなーと思って…」
「星? ───あー…ホント」
自転車を転がしながら大きな背中が空を見上げる。
片手運転したり、空を見上げたり。
蒼吾くんのハンドルさばきはいつも器用だ。
まるで自転車が彼の手足みたい。
「うあ。すっげーなぁ。マジで降ってきそう」
蒼吾くんといるだけで、普段の夜が、特別な夜になる。
ずっと色褪せてた夏が、色をつけて動き出す。
逞しい体に腕を回して、おっきな背中に頬を寄せた。
確かな鼓動と彼の体温にひどく安心して、私は静かに目を閉じた。





「とうちゃーく!」

10分ほど自転車を走らせて着いた目的地。
地面に足をついて、その場所を仰ぎ見た。






「到着って…ここ───」






桜塚小学校だ。


私と蒼吾くんの母校。
見覚えがある道だと思っていたのは、毎日通った通学路。

「久しぶりだろ?」
「うん」
転校でこの街を離れてから、5年ぶりだ。
近くに住んでいても、卒業すれば立ち寄る機会はぐんと減る。
同窓会でもなければ、踏み込むこともない。
「お前ともう一度、来てみたかったんだー」
自転車を門の脇に停めながら、無邪気に笑う。
臭いのなんとかしていい?なんて聞くから。
てっきりそういう場所を想像してたんだけど……。
「…何、笑ってんの?」
蒼吾くんらしい発想が可愛くて、思わず笑みがこぼれる。


「…大丈夫なの?」
学校に忍び込むなんて、見つかったら即アウトだ。
「軽く不法侵入? 軽く犯罪?」
いたずらに笑って、蒼吾くんが校門にまたがって手を差し出した。
「やばくなったら、園田を担いで逃げるぐらいの覚悟はあるからさ、おいで」
蒼吾くんが軽々と、私の体を引っぱり上げる。
無茶するなぁ、もう。
でもそういうところも、好きだなあって思う。



「とりあえず。騒ぐの禁止。目立つの禁止。うるさいのも禁止な?」
繋いだ指を絡ませて、校舎の間をぐんぐん歩いてく。
懐かしい。
少し古びた3階建ての校舎も、運動場脇の大きな桜の木も。
あれ?
ジャングルジムってこんなに小さかったっけ?
「オレらがでかくなったんだろー?」
見つけた瞬間、走り出して。
あっという間に、蒼吾くんはジャングルジムの上だ。
「すっげえ! 全部が全部、ちっちぇえ!」
そういう無邪気な笑顔、変わんないなぁ。
すぐ側の丸太橋のふちに腰掛けて、てっぺんを仰ぎ見る。
あの頃いつも、教室の窓から見てた。
昼休みのチャイムと同時に運動場に駆け出して、ジャングルジムのてっぺんに登って、ここがオレらの基地だって叫ぶ。
クラスの男の子達と汗だくになって走り回って、何をやっても全力投球。
蒼吾くんの回りはいつも友達がいっぱいいて、笑い声が堪えない。
私も本当は…その輪の中に入りたかった。
彼の隣で楽しそうに笑ってる女の子達が、羨ましくて仕方がなかった。

「なに?」
「……え?」
「ぼーっとしてるから」
「んー…。ちょっと昔を思い出しちゃった」
「……園田も登るか?」
「浴衣じゃあ、無理だよ…」
「平気。オレ、いるから」

蒼吾くんが私をひっぱり上げた。
「わ。すごい」
いつもと違う視界、憧れてた場所。
こんな風に見えてたんだ。
視界が開けて、空が近くて、ますます星に手が届きそうな錯覚。
一度、こんな景色を知ったら手放せなくなる。
男の子達が競って登りたがるはずだ。
いつだってジャングルジムのてっぺんは、学内でも目立つ部類の男の子達が占領してて。
積極的な女の子が、みんなのジャングルジムでしょ! 何やってんの、男子!なんて怒ってて。
私はいつも、それを遠目にみてるだけだった。
登りたいって気持ちを言葉にする勇気も、踏み出す度胸もなく。
5年間、私は一度だってここに登ったことがない。

「落ちんなよ?」
「そこまでどんくさくないよ…」
「どうだか」

うははって蒼吾くんが笑って、うーんとめいいっぱい、空に体を伸ばした。
「小学生のオレに見せてやりたい。自慢したい!」
「…なにを?」
「今のオレ。園田と付き合ってんだーって」
イヒヒって笑ってピースサイン。
あー。
今、なんだか、小学生の蒼吾くんが垣間見えた。
「昔に戻りたい…とか、思ったことある?」
「んー? 今は戻りたいなんて思わねえけど…あの頃は、時間を巻き戻せたらいいのにって、いつも思ってたよ」
「…時間を、巻き戻す?」
「とにかくあの頃のオレは、毎日、自己嫌悪。後悔の大安売りって感じで…。
園田にキスしたことは後悔してねえけど…、そこまでの過程は、取り消せるならなかったことにしたい。好きな子を傷つける前に……」
優しい声を、曇らせないで。
私だって後悔の嵐だ。
もう少し自分に自信が持ててたら、一歩踏み出す勇気があったのなら。
蒼吾くんとすれ違ってばかりいた2年が、もう少し違うものだったのかな。


「園田」
ふいに名前を呼ばれて振り返った私に、蒼吾くんが口づけた。
びっくりして離したそれを、更に塞がれる。
存在を確かめるような優しく穏やかなキスが降ってくる。
頭の芯がしびれて、何も考えられない。
蒼吾くんの首に腕を回して、それに応える。
ほんの数秒のキスが、随分と長い時間に感じられた。
ゆっくりと唇を開放して。名残惜しむように、視線を絡めた。
初めて会った7年前と全く変わらない、真っ直ぐで強い眼差し。
放たれる強い視線に、酔いそうになる。

あの頃の私は、夢にも思わなかった。
蒼吾くんと共に歩く未来を。



「場所、移動しよっか。オレ、自分が臭くて臭くて…鼻が曲がる!」
苦笑交じりに呟いて、ジャングルジムから飛び降りる。
すごい。
私はそんなこと、怖くてできないのに。
「移動って、どこに?」
「とりあえず水のあるところ。体育館横の手洗い場とか、部室棟とか……。あ───」
いいとこ、みーっけ。
そういう顔。
「とりあえず、降りて来いよ」
「うん……」
「あ。園田」
蒼吾くんが振り返って、ジャングルジムのてっぺんで、のろのろしてる私を見上げた。
「なに?」
「えーと。オレなりに夢とかありましてー」
「夢?」
「できること、全部こなしていいデスカ?」
「何で敬語?」
「お願い事だから」
「うーん…。内容によるかなー?」
「じゃあイヤじゃないことなら、OK?」
「うん。いいよ」
「うっし!」
蒼吾くんが背中を見せてガッツポーズ。
くるりとこっちを振り返って、私に向かって手を広げた。
はい?
「ジャングルジムから降りれなくなった彼女を受け止めてやるの、お約束じゃね?」
「…無理」
「へ?」
「ここから飛び降りるのなんて、無理だよ」
ジャングルジムのてっぺんで腰を上げたら、思ったよりも高くて、足が竦んだ。
下を見るとなおさら。
飛び降りるなんて、絶対無理。
受け止めてもらうとか、それ以前の問題。

「誰もてっぺんから降りろなんて言ってねえよ。それはさすがに、オレでも無理だって。
とりあえず、もう2段降りて、体の向き変えて……んで、飛び降りる!」

宙を舞ったのは、ほんの一瞬で。
目を開けた時にはもう、蒼吾くんの腕の中。
ぎゅーって強く抱きしめて、子どもにするみたいに頭を撫でてくれる。
「お約束どうこうじゃなくてもさー、実際、降りられなくなってんじゃん」
照れ隠しに憎まれ口を叩く。
あらためて、彼の力強さと逞しさを実感したのと同時。
なんて運動神経がなさ過ぎるんだろう、っていう恥ずかしさが入り混じって、私は真っ赤になって顔を伏せた。
そしたら蒼吾くんがうははって笑って。
「いっこめ、クリア!」
唇がそっと耳元を通り過ぎて、頬に落ちた。
そういう全ての一瞬が、とても、愛しかった。
息苦しいくらいに、幸せ。









「…あの頃のままだと…、こっから入れるはずなんだよなー」
目的の場所の入り口で、蒼吾くんが難しい顔をした。
フェンスにひっかけた南京錠に、悪戦苦闘中。
「…本当にそれ、外れるの?」
「オレの記憶だと、上下に引っ張っるだけで、簡単に外れたんだけど……よし! ビンゴ!」
カシャンと鈍い音が小さく響いて、外れたそれを嬉しそうに私に見せた。
「かなり古いからバカになってんだよー。裏の方は、普段利用してねえから開けることもねえし…やっぱり茂野、気づいてねえままか」
茂野っていうのは、当時の担任の先生。
ていうか、蒼吾くん。
学校に忍び込んだのって、これが初めてじゃないでしょう?
やんちゃなのは、昔も今も変わらない。

南京錠を外して、フェンスを開ける。
コンクリートの階段を登ったら、塩素の匂いが鼻をついた。
「わ…。夏休みもプールの水、張ってるんだ…」
「水泳部が使ってるからなー。それに、午前中は生徒に開放してただろ? オレ。開放日は毎日、行ってたけど?」
「私は…行ったこと、ないや」
水泳の授業だってイヤで堪らなかったのに、わざわざ自分からプールに通うなんて、ありえない。
「あー…。もしかして、カナヅチ?」
「…もしかしなくても」
頬を膨らませて拗ねた私の頭をくしゃくしゃってして。
「今度、教えてやるよ」
蒼吾くんが嬉しそうに笑った。


人気のない夜のプールは、昼間の賑やかな場所とは異なった様子を見せて。
静かな水面をゆらゆらと漂わせてた。
薄っすらと満ち始めた月が、柔らかな光を漂わせる。


「とりあえず、頭。洗っていっか?」
「うん。でも…タオルないよ?」
「暑いからすぐ乾く」
プール脇のホースで頭から水を被って、ガシガシ。
犬みたいに顔を振る。
「これもくっせー! ちきしょー! 涼のヤツーー」
Tシャツも脱いでバシャバシャ乱暴に洗う。
「お前も足、洗う?」
「私は……」
大丈夫、って。笑って返すつもりだったのに。
視界に映りこんだその姿に、硬直してしまった。

微かな光にぼんやりと浮かび上がる蒼吾くんの上半身は。
肩から腕、背中にかけてのラインがすごくしっかりしていて。
「捕手は肩が命!」なんて言ってた彼の努力っぷりが、ありありと出てる。
首筋がスッと伸びて、肩幅もがっちり逞しくて、力を入れたら背中辺りの筋肉がきゅってなる。
知らないわけじゃない。
何度も抱きしめられたから。
腕の強さも、胸の広さも逞しさも、ちゃんと知ってる。
でも実際。
それを目の当たりにするのは初めてで。
目のやり場に困った私は思わず、あからさまに顔をそらしてしまった。
やんちゃで無邪気なままだけど、小学生の蒼吾くんとは違う。
男の人なんだって、意識する。
「……園田?」
どした?
ノー天気に笑いながら蒼吾くんが間近で覗き込んだ。
アナタの身体に見とれてました、なんて。
口が裂けても云えない。
「…なんでも、ない……」
「そ? 変な園田」
水が弾ける音に混ざって、蒼吾くんが小さく笑った。
鼓膜に響く声が、低くて心地いい。
よく通るその声は、グラウンドの端まで届くほど力強いのに。
私を呼ぶ声は、切ないくらいに優しいから。
頬が熱る。
体が芯から熱くなる。


ドキドキがずっと続いて…鳴り止まないの。







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スキというキスを。2   サイド*蒼吾 

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優しいキスを終えて深いキスが始まる頃には、園田はもう、身体に力が入らなくなって、オレのシャツに強くしがみついた。
息が上がって苦しくても、懸命にオレのキスを追う。


「好き。蒼吾くん……大好き。すごくすごく、すき───」


甘い囁きが、合わさる唇から漏れた。





「ずっと、好き……」




囁く言葉が甘い毒となって、全身に染み渡る。
強く抱きしめたら、園田の体が柔らかくしなった。
くたりとなってオレに寄り添うように身体を預けてくる。
押し倒したくなる衝動を唇を合わせることで誤魔化して、オレは幾度となく小さなキスを繰り返した。
足りない。満たされない。
もっと、もっと。と願ってしまう。
いつからこんなにも、欲深くなってしまったんだろう。


「ん…っ」



名残惜しく唇を離すと、艶めいた声が漏れた。
喘ぐように肩で息をしながら、潤んだ瞳で見上げてくる。
だからヤバいんだって。
そういう仕草のひとつひとつが。
キスだけのプラトニックな関係に、そろそろ限界を感じる。
だって、半年だもんな。


こてん、と園田が頭を倒した拍子に。
柔らかい髪が肩に、頬に触れる。
汗だってかいてるはずなのに、相変わらずいい匂い。
ちらちらと浴衣の合わせから覗く白い胸元が、オレを誘ってるみたいで。
正直、目のやり場に困る。
あー。やばい。
理性と本能が戦う。



急に強い風が吹いて、木々がさわさわと鳴った。
ひやりとした風が頬をさらって、覆い茂った葉を大きく揺らす。
空を仰いだオレの頬に、笹の葉がはらはらと、かすめるように落ちてきたと同時。
園田の身体が、びくりと強張った。
「怖い?」
「…ううん。平気。蒼吾くんが、いるから……」
そう言いながらも、Tシャツの袖を掴む指先は小さく震える。
本当は怖いくせに。
驚かしたりなんかしたら、マジで泣くだろうな。


「とりあえず、ここから出るか」


追いかけるのに夢中で気づかなかったけれど、確かに不気味だ。
長居はしたくねえ場所。
気がめいる。


「ほら───負ぶってやる」
「い、いいよ…」
「その下駄と足じゃあ、歩けねえだろ?」
「でも……重いから…」
「…なんでしたら、お姫さま抱っこでもしましょうか?」
冗談めかして言ったら。
「それは……」
遠慮させてください。
園田が千切れんばかりに首を横に振った。
なんだよ。
そんなに拒否んなくてもいいだろ。



「じゃあ背中な。素直におぶさる! こんなところに、いつまでも居たくねえだろ?」



じゃあ…と。
遠慮がちに手が肩に触れて、園田がじわりと負ぶさってきた。
軽っ。
「…お前…何キロあんの?」
こんなんで重いなんて言ってたら、嫌味にしか聞こえない。
「……内緒」
小さく笑って、オレの肩にこてんと頬をくっつけて、よりかかる。
あー。
この体勢はヤバイ。





「……あのさ」
「うん?」
「あんまくっつかないで欲しいんだケド…」
「…暑い?」


「うん……あちー」



冬ならまだしも、薄いTシャツの向こう側。
柔らかな体を押し付けられたら、嫌でも体温が上昇する。







竹薮を南に突っ切ったら、すぐに裏参道にでた。
外灯の明かりを見つけて、園田が安堵の息を漏らす。
「大丈夫…かな……」
「何が?」
「竹薮に入ったら、原因不明の高熱に浮かされるんでしょ───?」
背中で呟く声があまりにも真剣すぎて、おかしくって笑っちまう。
「その話は迷信。子どもが竹薮に入らないように、大人がわざとに流したデマ。
裏参道に抜ける近道として、オレらはフツーに使ってるけど…ほらこの通り。何でもねえよ」
「…うそ……」
「あの場所は通りから死角になってて危ねえんだよ。
幽霊どうこうよりも、連れ込まれて悪さされて…そういう危険性が高いから…」
不審者が頻繁に出る場所───自分で言ってぞっとした。
園田に何もなくてよかった。
本当に。
「頼むからお前はオレの手の届くところにいて」
方向音痴でも何でも、ちゃんとオレが軌道修正してやるから…。
うん、と園田が頷いて、きゅうっと背中にしがみついてきた。
こういうところが好きだって思う。
素直で可愛い。



コンビニで絆創膏と消毒液とビーチサンダルを買って、ベンチに腰掛けた。
「足、出して」
言われるままに、園田が足を差し出す。
「うっわ。ひでえな、これ」
親指と人差し指の間が赤く刷り剥けて、血が滲む。
おまけに素足で走ったもんだから、擦り傷や切り傷がいくつもできて痛々しい。
「よくこんなので走ったな」
「必死だったから……」
「気分はバイオハザードだろ?」
「もう!」
園田が頬を膨らまして手を振り上げた。
「ははっ。わり。ゴメンな」
半分はオレにも責任がある。
反省してます。ゴメン。
てか。
ちっちぇえ足! 
何センチだよ、これ。
素足に履いたオレのスポーツサンダルがぶかぶかで、ますます足がちっこく見える。
これじゃあまるで、子どもの足だ。
華奢で頼りなくて、ますます守ってやらなきゃという気にさせられる。

「帰りも、おぶってやるから」
「ううん。もう平気。痛くないよ。ひとりで歩ける」
「嘘つけ。こんなんで歩かせられるか。見てるこっちのが痛い。てか、この下駄じゃあどっちにしろ無理だ」
年季の入った下駄は底が磨り減って傷だらけで、鼻緒も何度か直した痕がある。


「…これ、随分年季入ってんな。かなり古いだろ?」
「ママが私ぐらいの時に履いてたやつだから…」
「ふーん。大事に履いてんだな」
「うん…。パパとママの思い出の下駄だから…」


褒められて嬉しいのか、それとも両親のロマンスでも思い出したのか。
園田が頬を桃色に染めて俯いた。
ほつれ髪が一筋、頬へと流れる。
その横顔がやけに艶めいてみえて、ドキリと心臓が高鳴った。
小さく白い肩をそのまま抱き寄せて、キスしたくなる。




「これ───。直したの最近?」


痕跡が新しい。


「うん。安部くんが───」







園田が口を押さえた。
慌てて口を噤む。









「……安部? これ直したの、アイツ?」







追い討ちをかけるような質問に、ぐっと、ますます言葉を詰まらせる。




「今さらだけどさ、何でアイツと一緒にいたわけ?」





疑ってるわけじゃないけど、ちゃんとした理由が聞きたい。



「……う、ん…」



園田がぽつりぽつりと今までの経緯を話し始めた。
携帯を落としたこと。
鼻緒が切れて、安部に直してもらったこと。
一緒に携帯を探してもらったこと。
それから───。



「もういい。大体、わかったから」



思い出すとツライのか、最後には泣き顔になった。
「嫌なこと、思い出させてゴメンな」
落ち着かせるように園田の手を握ってやる。
俯いたまま、園田がふるふると首を横にふった。








「どうして安部くんは、いつもいつも、私が嫌がることばかりするのかな…」




そりゃあ、園田サン。
それは不器用なアイツなりのアプローチってヤツで。
悲しいかな、愛情の裏返し。
理由が分かればめちゃくちゃ分かりやすいけれど。
天邪鬼な愛情表現じゃあ、天然鈍感な彼女に通用するわけがない。
園田の鈍感っぷりは、ある意味最強だから。
正直、同情するよ。
焦れて、煮詰まって、実力行使に出たアイツの焦り。
すげえわかる。伝わってくる。
キスしたことは勿論、許せねえけど。
でもそれだけ、今のアイツは追い詰められてる。
何とかしねえと。






「…ごめんね……」

「なに?」

「私が、安部くんの話なんてしたから……」




オレが黙りこくった理由を自分のせいだと思ったらしい。
目尻に溜まった涙の粒が、今にも零れ落ちそうだ。
コンビニの前でなければ、抱きしめてやれるのに。


「あー……」
ガシガシッと頭を乱暴にかいた。
我慢できずに、園田の体を引き寄せて、頬に唇を触れさせる。
偶然を装って、ごく軽く。
本当は唇に行きたかったけど、ここが今のオレの限界。
人前でベタベタすんの、オレも園田も好きじゃない。
一瞬、目をまん丸に見開いた園田が、真っ直ぐにオレを見上げた。
目が合うと、くしゃり。
泣き笑いみたいな表情をこっちに向ける。
オレは黙って園田の手を取り握った。
指を絡ませ強く握る。




「蒼吾くん……」
「なに?」
「あのね…。なんか……変な匂い、するよ?」
「ああ…ゴメン。汗臭い?」
「ううん。そういう匂いじゃなくて───その…生臭い…みたいな…」




「───あ」




今さらながらに思い出した。
臭いはずだ。
金魚の水を頭からぶっかけられたんだから。
涼の行動はいつも、突拍子がなく大胆だ。
気の毒な金魚と、後でとんでもないことをしてしまったと後悔する涼を思い浮かべて、オレは思わず苦笑した。
「…どうして笑うの?」
園田がオレの隣で不思議そうに首を傾げた。
「詳しくは涼に聞いて」
ますます意味が分からないと、顔をしかめた園田に、立ち上がって手を差し出す。
「そろそろ帰るか」
オレも園田も、ひどい格好だ。

「………」

繋いだ手を園田がきゅっと握り返してきた。
手を繋いで黙り込んだまま、ベンチから腰を上げようとしない。
「足、まだ痛い?」
覗き込んだら、ふるふると首を横に振った。
どうしたんだよ?
俯いてるから、表情がよく見えない。
オレは焦れて、園田の前にしゃがみこむ。
下から覗き込むように園田を見上げたら、何をそんなに我慢することがあるのか、唇を強く噛締めていた。




「…まだ何か、辛いことがあるのか?」



ふるふると首を振る園田の目には、薄っすらと涙の膜。
あー。
また泣きそうだ。







「黙ってたらわかんね。言って?」








優しく問いかけたら、園田の顔がますます泣きそうになった。





「………とにかく、今日はもう帰ろ。送ってくから」





背中を向けたところで園田の声が追いかけてきた。







「……帰りたく…ない……の」







とても小さな声。
何を言ったのか、よく聞き取れなかった。






「なに?」





「せっかく会えたのに……このまま帰るの、やだ。もう少し…蒼吾くんと、一緒に、いちゃダメかな───?」











「あー……」




参った。
今のオレに、その言葉は反則だ。
ここがコンビニ前でなければ、迷わず抱きしめてた。


うな垂れるようにその場に座り込んで、膝の間に顔を埋める。
内面の嬉しさが表に出ないように、できるだけ冷静に、平静に装って。
だけど、それでも出てしまう。
ヤバイ。ヤバイ。
忍耐の限界だ。
ガシガシガシッと、乱雑に頭を掻いた。
ポケットから携帯を取り出して時間を確認する。
もう9時だ。
ひとりでいるにしても、オレといるにしても、親が心配する時刻になる。
嘘をついてまでオレを選ぶ勇気、園田は持ち合わせてないだろ?






「……時間は、平気なのか?」



こくり。
顔を上げないままで、園田が頷いた。





「今日のオレ。園田のこと、ちゃんと帰せる自信がねえんだけど……」




そういう覚悟、園田にあんの?





言葉で伝えることよりも先に、園田がぎゅっとオレの背中に腕をまわして抱きついてきた。
普段では考えられない、衝動的で大胆な行動に決心が揺らぐ。
無茶しないって約束したばっかりなのに。




「───もう少しだけ、一緒にいようか?」

耳元で囁いたら、園田が弾かれたように顔を上げた。
泣き笑いみたいな表情で、こっちを見上げてくる。
あー。ヤバイ。
自分で自分の首、絞めたかも。
「オレ。とりあえず、臭いの何とかしたいんだけど……」
座り込んだアスファルトから立ち上がって、彼女を見下ろした。
差し出した手を握り返して、園田が嬉しそうに笑った。











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全力少年(魔法のコトバ* 続編) comments(2) -
全力少年 29
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スキというキスを   サイド*ましろ 

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全力で駆けた。
人の波に逆らって、なりふり構わず駆ける私を。
何人もが振り返ったけれど、それを気にする余裕なんてなかった。
下駄は走りにくく、浴衣の裾がはだけて足に絡まりつく。
それでもただ、夢中で駆けた。
とにかくそこから逃げ出したかった。
誰もいない知らないところへ駆けて、すべてなかったことにできたらいいのに。

裏参道を抜る頃には、誰もこっちを振り返らなくなった。
人足もまばらになる。
「きゃ…ッ!」
ブチッと、鈍い音が鼓膜を掠めたと同時、砂埃が舞う。
鼻緒が切れて、前のめりに倒れこむ。
これで二度目だ。
応急処置のままで、全力疾走したりしたから。
転がった下駄を拾ったけれど、それはもう、履けそうにない。
鼻緒でこすれた指の間は、皮が剥けて真っ赤で。
髪はほつれて絡まって、汗で頬に張り付いていた。
手をやると砂を噛んだ髪がざりっとなった。
「ひどいなあ、もう…」
なにもかもがぐちゃぐちゃだった。



「なんでいつも、思い通りにいかないのかなぁ……」


音もなく溢れた涙が筋をかく。
頬から顎に滴って、地面に落ちた。
蒼吾くんが、見てた。
きっと全部、見られてた。
なんてタイミングが悪いんだろう。
良くないことはいつも重なる。
意識して引いた口紅が、何だか厭らしく思えて、私はごしごしと唇を擦った。
こすってもこすっても、キスの感触は拭い去れない。
どんどん溢れてくる涙に、ついに声が零れる。
荒い自分の息が、泣き声に変わるのを抑えられなかった。


今度こそほんとうに、ほんとうに。
蒼吾くんに嫌われた。
気を許すな。隙を見せるな。園田はいつも警戒心がなさすぎる。
蒼吾くんは何度も何度も、忠告してくれてたのに。
何も疑いもせずにのこのこついていって、キスされて。
きっと罰があたったんだ。


「…ふ、えぇんっ」


声を上げて泣いた。

誰もいないのをいいことに、小さな子どもみたいに声を上げて、みっともなく。
安部くんのキスなんてカウントするもんか。
キスは蒼吾くんとだけ。
そう思うのに。
全てをなかったことにはできない。
だって──────キスはキスだ。



止め処なく溢れてくる涙に、私はその場に膝を抱えてうずくまった。
どんなに声を上げても、涙を流しても、気持ちは晴れない。
泣けば泣くほど、どんどん自分が惨めになっていく。





どれくらいの時間、そこで泣いたのかわからない。
気がつけば夜空を飾る花火の音は聞こえなくなっていて、辺りに静寂が降りた。
幾重にも連なる笹の葉が不気味な音を立てて、耳に届く。
その音で頭が冴えた。
うずくまった膝から顔を上げる。


「…ここ……、どこ……?」


意識がはっきりとしてきて、今さらだけど自分が今、どこにいるのかを考える。
誰も通らないはずだ。
だって、ここ。
首吊りの竹薮だ。



住吉神社の北側には広い広い竹薮がある。
いつから手入れをしていないのかもわからない笹の葉が、幾重にも重なり、影を作る。
そのおかげで昼間でもほとんど陽の光が差し込まない、鬱蒼とした場所。
昔、ここで首吊り自殺があって、今もその霊が彷徨ってる。
迷い込んだら最後、二度と出られない。
小学生の頃、その類の噂をよく聞いた。
そんなの迷信だ。
そういって、度胸試しに竹薮に入った学校の男の子達が神隠しに合うことはなかったけれど、その数日後、必ず決まって原因不明の高熱を出す。
祟りだとか、罰が当たったんだとか。
ますます噂に尾びれがついて、子ども達はこの場所を恐れた。
地元の子どもは誰も近づかない場所。
大人だって用がなければ近づかない。踏み込まない。
もちろん私だって。
ずっと避けて、通ったこともなかったのに。


風が冷たい。
真夏の暑い夜だっていうのに、その場所だけがひんやりと冷たい気がする。
「……な、に…?」
竹薮の奥でガサリと何かが音を立てた。
風なんかじゃない。
何かが枯れ草を踏みしめて、近づいてくる音だ。
どんどん近くなる。


視線の端に動く影を認めて、背すじが冷たくなる。
風が葉を揺らす不気味な音だけが、リアルに鼓膜を揺らす。
「やだ…っ」
恐怖に足がすくみそうになるのを必死で堪えて、そこから逃げた。
気持ちだけが焦って、足がもつれる。
風がひゅうひゅう鳴く音と、空から覆いかぶさるような笹の葉がますます恐怖を煽る。
怖くて怖くて仕方がない。
「出口…どっち…!?」
ただ逃げる為だけに闇雲に走っていたので、方向がわからない。
覆いかぶさるように竹の枝が覆っているせいで、どの方向を見ても同じに見える。
「どうしよう……誰か…ッ!」
息が上がり足元がふらつく。
浴衣に片方だけ下駄を履いた格好では、うまく走れない。
枯れ草を踏みしめるたびに、足の裏にチクチクと痛みが走る。
それでも必死で逃げた。
恐怖が一層、体力を消耗させる。
「…あ…ッ!」
浴衣の裾を踏んで、前のめりに倒れた。
背筋が凍るような恐怖に飲まれて、膝ががくがくと笑う。
力が入らない。
立てない。



「キャ、アアアーーーっ!!!」




突然。
何か黒い物体が背後から覆いかぶさってきて、私は声にならない悲鳴を上げた。
確かな生身の感触。
幽霊とか物の怪とか、そういう類のものじゃない。
人肌のリアルな感触が私を羽交い絞めにして、竹薮の中へと引きずり込もうとする。



「放して…ッ! やッ!! 誰か……っ!!」




パニクって、テンパって、取り乱して。
何が何だかわけがわからず、無我夢中で抵抗した。
必死だった。












「落ち着け! 園田! オレだっ!!」





頬を両手で掴まれ、強引に上を向かされた。












「…そう、ご……くん……?」










意志の強い視線が私を絡め取る。






「…どうして──────」

「お前を裏参道で見失ったって三浦に聞いて、急いで追いかけた。こっち、入ってくのが見えたから……って──────園田!?」







へなへなと力が抜けてその場に座り込んだ。
安堵にはらはらと涙が零れる。
冷たくなった指先に、体温が戻ってくる。
本当に本当に、怖かったから…。













「…お前、もしかしてさ──────オレのこと、幽霊かなんかと勘違いしてた?」






蒼吾くんが私の前に腰を降ろした。
「首吊り幽霊の話、まさか…今でも信じてる?」
コクリ。
私は頷く。
「やっぱり。オレ、何度も園田のこと呼んでんのに、全く聞こえてねえし、必死だし。こりゃあ、人とは違う別のものに追いかけられてるみたいに錯覚してんなーって思った。脅え方が尋常じゃねえし。
しかも方向音痴! どんどんどんどん、奥へ進んでくんだもんな。マジ見失うかと焦って、こっちも本気になって追いかけたから…余計に恐怖を煽って悪循環だったな。ゴメン」
心底、申し訳なさそうに笑って、私の頭をくしゃんと撫でた。
確かな人の体温に触れて、震えが少しずつ納まってくる。
大きな手のひらに撫でられて、心がほぐれてく。
蒼吾くんが優しくて、泣きたくなる。



「……どうして? どうして…追いかけてきてくれたの? 安部くんとのこと…怒って、ないの?」




責められると思った。
蒼吾くんの忠告も聞かず、安部くんに気を許したこと。
のこのこついていったこと。
キス。されたこと。



また、逃げたこと──────。






「……本音言うと、すげえ腹立ってる。怒ってる。安部にも……、お前にも。
オレ、云ったろ? アイツに気を許すな。隙を見せるな。園田はいつもいつも警戒心がなさすぎる。あれだけ何度も云ってたのに、気を許して、のこのこついていって、キスされて」

大きな手のひらがそっと私の頬を包み込んだ。
強く、顔を上げられる。

「でも。腹が立つのは、お前が好きだからなんだよ。どーでもいいやつのことで、本気で怒ったりしない。悪いって思ってんなら、ちゃんと弁解してくれよ。安部とは何でもないって──────」






零れた涙をそっと指ですくわれた。
涙の痕を辿って、蒼吾くんが瞼にキスを落とす。
目尻に、頬に、おでこに。
優しく唇が触れていく。
びっくりするぐらい丁寧に触れる蒼吾くんの優しさに、ますます涙が溢れた。
鼻の奥がツンとする。
胸が苦しい。
苦しいのか、切ないのか。
わけのわからない感情が波のように押し寄せてきて、伝えたい言葉がうまく声にならない。



「どうして? なんて聞くな。園田のこと、迎えに来たにきまってるだろ」



みっともなく涙が零れる。
髪もメイクもぐちゃぐちゃだ。
あまりにひどくて、顔が上げられない。

「…ひでえな、これ。裸足で走ったりなんかするから…。とにかく、足。どうにかしよ」
低くそう告げると、座り込んでうずくまる私の腕を掴んで蒼吾くんが軽々と抱き上げた。
私の全てを包んでくれる温かさに堪らなくなって、私から手を伸ばす。
蒼吾くんの首に強くしがみついて、大きな身体に顔を埋める。


「…蒼吾く…ん、ごめ…っ、ごめんなさい……」


喉の奥が詰まって、声が擦れる。
呼吸さえもうまくままならなくて、蒼吾くんの肩にぎゅっと額を押し付けた。


「……オレの方こそ、ゴメン。悪かった。
園田はなにも悪くねえ。勝手に腹を立てて、無茶して、突き放して…。オレさえちゃんとしてれば、あんなことにはならなかったのに──────」


その言葉に、必死で首を横に振る。
不安にさせた。追い詰めた。
それは、私のせい。
もういいと言うように優しく抱きしめられて、髪を、頬を、肩を撫でられる。
抱き上げられた身体がもう一度、地面に降ろされたかと思うと。
スローモーションのように、蒼吾くんの顔が近づいてきた。
吐息が唇にかかる。
──────キスされる。
そう思ってゆっくりと瞳を閉じたけれど、いつまでたっても、それはこなかった。
不思議に思い瞳を開けて蒼吾くんを見つめた私に。
蒼吾くんが優しくきいた。



「嫌じゃねえの?」
「……え?」
「一応、オレも経験あるからさ。園田の気持ち無視して、キスして泣かせたこと…。安部に無理矢理されて、またトラウマになってるんじゃねえかと…」
「嫌じゃないよ。蒼吾くんのは…ちっとも嫌じゃない……。
蒼吾くんこそ……嫌じゃないの? 他の人と、キスした私に触れるの」
「嫌なわけねえよ。 むしろ、キスしたくて、むちゃくちゃに抱きしめてやりたくて……我慢してる。そういうの、伝わってね?」
指が躊躇いがちに唇に触れた。


「切れてる」
「…? 切れてなんか──────」


そこまで言いかけて、慌てて口を噤む。
今さらだけど、思い出した。
安部くんの唇の感触。舌が口の中を這う行為。
無理矢理唇を塞がれて、キスされて。
どんなに押しても叩いても、力では適わなかった。
だから思い切り、彼の唇に歯を立てた。
それが自分にできる精一杯の抵抗だった。
私の唇には傷なんてひとつもない。



血の痕は、安部くんにキスされた証──────。









「擦るな。つか、噛むなって! 傷つくから」



怒ったようにぐいと、顎を持ち上げられた。
蒼吾くんの指が私の唇を辿って、血の跡をぬぐいさる。
そのまま顔が近づいてきて、唇を舐められた。
「蒼…ッ」
その行為に驚いて、一瞬、身体を放し掛けた私を再度、捕まえて。
蒼吾くんが頬を包み込む。
逃げられない。
「ん…っ」
舌先でゆっくりと唇をなぞられた。
何度も何度も舌が唇を辿るのに、キスにはならない行為。
蒼吾くんの舌が余すことなく、私の唇に触れていく。
柔らかで熱い感触。
眩暈がした。
キスをしてるわけじゃないのに、息が上がる。
苦しい。
まるで傷口を舐める動物みたいな行為に耐え切れなくなった私は、恥ずかしさに首を振った。


「やだ…ッ蒼吾くん…っ、もういい、もう、いいから……っ」


「よくねえよ。オレがやなんだよ。
安部が触れた痕跡──────全部、全部、消してやりたい。だから…逃げんな──────」


何か言おうと口をあけたら、それが塞がれた。
蒼吾くんのキスに言葉が飲み込まれる。
優しく唇で触れて、角度を変えて。
離れかけた唇をまた引き寄せて、もっと深く口付ける。
私の上唇も下唇も、蒼吾くんのそれでなぞるように挟んで、甘噛みされて。
舌先を口内に突き入れ、深く、深く。
吸い付くように、噛み付くように、ただ唇を求められた。
「ん、んん……っ」
私の唇を余すところなく蒼吾くんの舌が彷徨って、角度を変えるたびに、深くなるキス。
息苦しさに唇が薄く開き、告げたい言葉も声に出来なくて、ただ唇を動かしてそれに答えた。
言葉なんていらない。
狂おしい程の恋情が、唇から伝わってくる。
どんどん私を解して溶かしてくれる優しいキスに、涙が次から次へと溢れて溢れて、止まらなかった。





「もう他のヤツに園田を触れさせたくない。園田に触れるのは、オレだけだ。……オレだけにして──────」




蒼吾くんの言葉に考えることなく必死で頷いた。
首に手を回して頬を寄せて口づけて。






もう。
何も考えられないほどに、蒼吾くんだけ──────だった。









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全力少年   

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サイド*嵐/


腹が立つ。
俺の葛藤も蒼吾に対する敵対心も、コイツには届かない。
今更、嫉妬だなんて。
くだらない感情なのは百も承知だ。
そんなもの、園田の転校と同時にとっくに捨てたはずだった。
でも。
園田と再会したあの日から。
心の中で燻ってた想いが、勝手に毎日積み重なって。
どんどん追い詰められてく。
おそろいの携帯ひとつで、心が弾むなんて。
どうかしてる。

たぶん泣かす。
絶対、泣く。
わかっていても、止められなかった。



「…痛…ッ」



腕を掴んで引き寄せた瞬間、園田の手から携帯が滑り落ちた。
携帯から漏れた蒼吾の声が、微かに耳を掠める。
それを必死で拾おうとするけれど、させてやらない。
頬を両手で包み込んで強引に上を向かせた。
逃ることが出来ないように、全てを包み込んで自分のそれで園田の唇を塞いだ。
ずっと園田に触れたかった。
抱きしめて、キスしたかった。
その気持ちに気づかないフリして、他の女で誤魔化して──────自分を偽るのは、もう限界だ。


「んーーーッ!!」

ドンドンと胸を叩く園田の抵抗を感じたけれど、止まるはずがない。
息苦しくて緩んだ唇を舌でこじ開け、口中に割り入って舌を絡め取る。
助けを求めるように抵抗を続ける小さな唇を越え、思いの丈貪った。
柔らかな感触にリアルに触れて、理性が保てるわけがない。
「ふぅ……ッッ」
抱きかかえるように園田の背と腰に腕を回して、ますます深く口付けた。
抵抗を続けるように彷徨っていた手は既に、俺の手に押さえつけられている。
だから身動きも出来ない。
それでも園田は、なおも逃げようとする。
サイテーなことしてる。
そういう自覚はあった。
けれど、一度ブレーキが外れたら、止まるのは無理だ。

「──────ッ!」


唇に鋭い痛みが走った。
鉄臭い味が口の中に広がる。
力では適わないと判断した園田が、噛み付いたのだと理解するまでに、時間はかからなかった。
瞬間、精一杯の抵抗で、園田が俺の身体を突き放す。


「…どう、して……っ? 何で、こんなこと、するの…!?」


──────ナンデ?
態度で解るだろ、惚れてんだよ!
その言葉は簡単には出てこない。


「あの日の仕返し…? あのとき、私が安部くんに恥をかかせたから…!? からかうのもいい加減に──────」
「…ッ。そういうところが、ムカつくんだよ! お前は!!」
堪えきれずに、声を荒げた。
「鈍感なのも大概にしろ! いくら思春期だからってなっ、キライな女にキスなんかするかよ! 罰ゲームじゃねえんだぞ!」
ビクと園田が身を引いて、顔に脅えが走る。
またあの顔だ。
俺はコイツに、こういう表情しかさせてやれない。
蒼吾は園田のこと、突き放して、放ったらかしにしてたくせに。
その声ひとつで、園田を笑顔にさせる。
俺にはめったに見せてくれない甘い笑顔で、アイツには嬉しそうに笑いかける。
俺に笑ってくれたのなんて、ほんの数えるほどしかないのに──────。


腹が立つ。
そして何よりも、悔しかった。






「……なに、言ってるのか……、わかんない……。わかんない、よ……っ」




わかってる。
いつだって俺は、言葉が足りない。
肝心な気持ちを言葉にできない。
園田が欲しがる言葉を簡単にみつけて、分け与えてやれる蒼吾とは違う。
最初から、勝ち目がないことはわかりきってたのに。



──────俺、なんてみっともないことやってんだよ。




えっく、と園田がしゃくりあげた。
涙で頬を濡らしたぐちゃぐちゃな顔。
お世辞にも綺麗とはいえない子どもみたいな泣き顔が、俺をますます苛々させる。
あのときと同じだ。
小学4年生。淡い恋心と苦い記憶。
今頃になって、あの日の言葉を理解する。
お互いが好きでないと、カウントできないキスの意味を。
ただ惨めなだけだった。
リアルなのはキスの感触だけで、心は満たされない。
罪悪感と後悔だけが、俺を支配する。
俺の全部を否定するみたいにして、きつく噛締めた口元を見るだけで、こっちの方が泣きそうになる。


「……好きでもないヤツとのキスは、カウントしねーんだろ!? だったら俺のキスなんて、何ともねぇよな? ──────ザマーミロ!」


いつだって俺は、言葉とウラハラ。
昔から進歩がない。






サイド*蒼吾/



通話が途切れた。
園田が何も言わず、携帯を切るはずがない。
会話途中の不自然な切れ方──────。
嫌な予感がする。

人垣を掻き分けて、オレは全力で石段を駆け下りた。
耳の裏がチリチリする。
追い詰められたピンチのとき、感じる感覚とよく似てる。
胸騒ぎがする。
こういうときの勘はよく当たる。

石段の入り口。
金魚と林檎飴の屋台のすぐ裏に、園田はいた。
「すみませんッ!!」
屋台に群がる人波に割り入って、裏手に回る。




「──────園…っ」



手を伸ばせばすぐ届く距離に園田はいた。






いるのに。
オレは動けなかった。
それを目にした瞬間。
身動きひとつ、できなかった。





暗闇に沈む景色の中、イヤになるほどはっきり見えた。
重なる影も、その相手が誰なのか──────も。
一瞬で、心が真っ黒になる。



「安部ッ!!!」



頭の中で、何かが切れるような音がした。
もう、我慢できねえ。
ふざけんなッ!!


園田から安部を引き離して胸倉を掴み上げる。
そのまま力任せに殴りつけた。
「きゃあッ!」
周りから悲鳴が上がり、賑やかな祭りの雰囲気が一転して、騒然となる。
一瞬で注目を浴た。

「なんだよ。今のはっ! 説明しろッ!」
倒れはしないものの、バランスを崩した安部が、2、3歩よろめく。
ハッと鼻で笑ったのが見えた。


「どいつもコイツも馬鹿ばっかだな。いちいち説明しなきゃ、わかんねーのかよ?
お前もスポーツやってんならわかるだろ。 相手の弱点を見つけてそこをつく──────本気で勝ちに行くならそうする」
「たとえの話なんてすんな!」
「……まだわかんねーのかよ? そっちのピンチはな、オレにとってはチャンスなんだよ! お前が園田を突き放して、ぐだぐだやってるから悪いんだろ!? てめーが招いた結果だ! 甘ったれんなッ!!」



「んだと……ッ!!」



拳を振り上げたと同時、左の頬が熱くなった。
体勢を立て直した安部が、思い切りオレの顔を殴り飛ばしたからだ。
上等だ!




「…に、やってんだよッ!」
「そーごがキレタ!」
「騒ぎになる前に止めろ!!」



騒ぎをききつけて駆けつけた里見と三浦が見えた。
お前ら、ゴメン。
ジンさんゴメン。
もう辛抱ならねぇ。我慢できない。
部を任せるって云われたばかりなのに、園田の涙がそれを強く打ち消す。
どうしても安部だけは、許すことができねぇ。


「そーごッ!! 涼、岡野! こっちだ!! 手ぇ貸せッ!!」



ふたり掛かりで、押さえつけられて動きが制限される。
安部も同じだ。




「そーご!やめろよ……ッて、おい! 園田ちゃん──────!!」



「お前に俺の気持ちなんて、わかんねーよッ!」



わかるか!
つか、わかりたくもねえ!
懇親の力で押さえつける腕を振りほどいて、再度、安部の胸倉を掴み上げた。
どれだけ安部と組み合っても、気持ちが晴れない。



「そーごッ!!!」



渾身の力で拳を振り上げた瞬間。
むんずと、首根っこを掴まれて後方に強く引かれた。
「いーかげんに、しろッ!!!」
思わぬ引力に転びそうになったオレは、足を思い切り開いてそれを堪えた。
瞬間。
バシャッと、顔面に何かがぶつけられた。
当たった瞬間、それが弾けて生ぬるい水の感触と、カルキの匂いが鼻をついた。






「………は?」





金魚?
今…オレの顔に、当たったよな?
その光景に呆然と手を降ろしたオレの胸倉を涼が掴んだ。


「そーごッ! お前、やってること違うだろっ!? 気持ちわかるけどっ! 許せないのわかるけど!! キスされて一番傷ついてるの、お前じゃない! 園田ちゃんだろっ! 間違えんな!」



そっちこそ。
掴む相手、間違ってねえか?
てか、涼。
お前、見てたな? 一部始終。
つか、お前。
金魚が入ってた水、オレにぶっかけたわけ──────!?
わなわなと拳を震わせている涼の右手に握られた透明の袋。
そこにいるはずだった色鮮やかな赤い金魚が、酸素を求めて地面を飛び跳ねる。
それを見てたら目が覚めた。
頭が冴える。
夢から覚めたみたいに現実が飛び込んできて、そこに肝心の園田がいないことに気づく。


「──────園田はっ!?」
「お前らが団子になってる間に、走って逃げた。三浦が追いかけたけど──────ちっこいから、人混みに紛れるとわかんなくなるぞ!」
「……ッ」



何やってんだ、オレ!
頭に血が昇って、冷静さを失って。
今一番、何が大事なのかを完全に見失ってた。
やることめちゃくちゃだけど、涼の云うとおりだ。
キスされて傷ついてるのは、オレだけじゃねぇ。


一番、傷ついたのは、園田だ──────。






「クソッ!! ──────涼! 園田がどっちに行ったかわかるか!?」
「裏参道で彼女、見失ったって…!」
三浦と携帯で連絡を取り合ってた里見が声を上げる。
「裏参道って…家と間逆じゃん!」
なんで!?
「バカ蒼吾! 向こうはテンパってんだから、方向なんて見てねーよ!」
「裏参道って人通り少ないから、やばくね?」
「変なヤツ、多いし。女の一人歩きは危険──────ッて、そーご!?」
「後は頼む!」
走り出した身体にブレーキかけて、チームメイトに向かって手を合わす。
「裏参道なら、竹薮抜けたほうが早いぜ! ほらよっ、忘れもん!」
涼が拾い上げた携帯を投げてよこす。
地面に転がっていた園田の携帯の白が、薄く汚れていた。
携帯は繋がらない。
自力で探さねぇと。




「サンキューっ!」
「いいから早く追いかけろって! 今ならまだ追いつくから」



さっさと行けよ、そういって手で追いやられたと同時。
笛の音が鼓膜を掠めた。
騒ぎを聞いて、警備員が駆けつけたらしい。
ヤバイ。
捕まるのはもちろんヤバイけど、連れてかれると完全に園田を見失う──────。


「ここはいいから、行けって! 捕まったらヤバイの俺らも一緒だから、適当に誤魔化す! 当事者がいなきゃなんとでもなるから!」
ほら、お前も!
里見が安部を開放するのが見えた。
本当は警備に引渡しやりてぇ気分だけど、敵にも情けだ。
安部を引き渡したところで、何の解決にもならねぇ。



「…安部! 話──────、終わってねえからな!」
叫ぶと、あからさまに安部の顔が険しくなった。
「……うぜぇからさっさと行けよ」
どうでもいいみたいな口調で、顎をしゃくる。
内心、腸煮えくり返ってるクセに。
相変わらず、態度に出そうとしない。
本来なら二度と園田に近づかないように、ギタギタにしてやりたいところだけど。
それは後回しだ。
今、優先すべきは園田。


「後、頼んだぞっ!」


申し訳ないと思いつつも、後のフォローはチームメイトに任せて、オレは全力で駆けた。
何であの時。
安部に殴りかかる前に、園田を気にかけてやれなかったんだろう。
涙でぐしゃぐしゃになった彼女の顔を見れば、非がないことなんて一目瞭然だったのに。
真面目で素直な園田が、好きでもない男にキスされて、平気でなんていられるはずないのに。
キスひとつで、どれだけ園田が傷ついたのか。
大丈夫。気にすんな。
そのひと言で、どれだけ園田が救われるか──────。


嵐のような後悔が、胸の中で渦巻く。
あの時。
キスされて傷ついた園田を。
真っ先に抱きしめてやれなかった自分が、歯痒くて仕方ない。







「──────くそッ! 絶対、見つけてやる!」

花火に歓声を上げる人混みを掻き分けて、オレは駆けた。
園田を見つけたら、まず抱きしめよう。
言葉で伝えるよりもまず先に。
抱きしめて、閉じ込めて、もう二度と離さないように。






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全力少年(魔法のコトバ* 続編) comments(0) -
全力少年 27
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ウラハラ 2   サイド*ましろ 

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人混みを割って、立ち並ぶ屋台の裏に出た。
座るのにちょうどいい石を見つけて、安部くんが腰を降ろす。
浴衣の裾を気にしながら、私もその隣に腰掛けた。
安部くんが手にしていた下駄に視線を落とす。
顔を上げるとライトに照らされた鳥居がちょうど真上に見えた。



「お前、ひとりで来たの?」
視線を落としたまま、安部くんが聞いた。
「お母さんと来てたんだけど……用ができて先に帰ったの」
「蒼吾は?」
「………知らない」



あれから、何度も何度も電話した。
メールだって送った。
だけど。
蒼吾くんは私からの連絡には、一切出ようとしない。
しばらく距離を置こうって云われたのだから当然だ。
一度だけ、意を決して学校まで会いに行ったけれど、結局何もできなかった。
さすがに部活中に押しかけられないし。
自分の弱さが嫌になる。
蒼吾くんはまだ怒ってる。
きっと、呆れられたんだ。


「俺のせい?」


私は静かに首を横に振る。
きっかけは安部くんだったかもしれないけれど、そうじゃない。
私の鈍さと、臆病な心が、いつも蒼吾くんを傷つける。
ふーんと鼻を鳴らして、安部くんが手元から顔を上げた。


「なあ。お前、何で蒼吾と付き合ってんの? あの事件で蒼吾のこと、嫌いになったんじゃねえの?」


再会した当初を思い出す。
過去のトラウマのせいで、最初は蒼吾くんと向き合うのが怖かった。
怖くて、辛くて。
向き合うことを避けて、ずっと逃げてた。
そんな臆病な私に、蒼吾くんは体当たりで気持ちをぶつけてきた。
小手先や駆け引きなんてしない。
いつでもストレートに真っ直ぐぶつかってくる蒼吾くんの存在は、私の心に刻み込まれて。
一気に気持ちが動いた。
付き合うようになってからの蒼吾くんは、いつだって私の気持ちを優先してくれた。
真綿に包まれているようなぬくもりと優しさに甘えきって、過信していたのは私。
ずっと大丈夫───だって。


気がついたら涙が頬を伝ってることに気づいた。
パタパタと頬を流れ落ちる雫が浴衣に染みを作る。
「……泣くな。ウザイから」
「うん……ごめ…」
「拭けよ」
安部くんがタオルを差し出した。
「いーから使えって。俺が泣かしたみたいだろ」
首を横に振って断る私の手に、有無を言わさず握らせる。
「……ありがと……」
安部くんの匂いがした。
蒼吾くんとは違うその匂いに、私はますます悲しくなって顔をうずめて泣いた。
私がめそめそしている間、安部くんはひと言もしゃべらず、鼻緒を直すのに集中していた。
鼻緒が直っても、何も言わずに側にいてくれる。
あの安部くんに同情されるぐらい、自分の状態のひどさを思い知る。
ダメだ。
これ以上、迷惑かけちゃいけない。
そう思ったら涙が止まった。



「…ゴメン……」
「いいよ。別に。お前がめそめそすんの、今に始まったことじゃねえから。
できたぞ。とりあえずの応急処置だけど───履けよ。肩、貸してやるから」
安部くんが下駄を差し出した。
「どうよ?」
少しきつくて親指の付け根が痛い気もするけれど、ちゃんと歩ける。
「うん…。大丈夫みたい。ありがと───う…」
すぐ傍に安部くんの顔がある。
目線が同じで、声も近い。
私は慌てて肩から手を放した。

「なんだよ?」
「あ……うん。なんでも……」

鋭い視線と間近で目が合って、緊張で身体が固くなる。
安部くんが腰を上げた。
「ケータイ、探しにもどるぞ。もう手遅れかもしれねえけど」
「…手遅れ?」
「拾われたか、踏まれて割れて使い物にならないか。その可能性、大だろ」
「………」

「園田。ケー番、教えろ」
「え」
やだよ。
「悪用したりしねーから」
「………」
「お前の携帯、鳴らすんだよ! 早くしろ!」
一喝されて、ビクリと身体が震えた。
「こういう時は、闇雲に探し回ったってダメなんだよ。頭、使え!」
苦い顔で安部くんがポケットから携帯を取り出した。


「あ…」
「なんだよ?」

「携帯。私と一緒……」




「───マジで?」



「うん…」



「ラッキー」





「───え?」



言葉の意味が分からず、ぼんやりと聞き返した私に向かって。
安部くんがニッと笑う。
「お前も虹色ケータイってことだろ? 着信時に虹色に光る設定にしてんのか?」
「うん……」
「じゃあ、探しやすい」
安部くんが、さっき私から聞きだしたばかりの番号をプッシュ。
「お前もしゃがめって。突っ立ったままじゃ、見つからないだろ?
拾われてないなら、足元だ───」
くん、と浴衣の袖を引かれて、ペタンのその場に座り込む形で腰を降ろす。
安部くんが肘で小突いて合図した。


「繋がったぞ。目ぇ凝らせ」


花火の打ち上げ時間を間近に控え、一段と人の数が増えてる。
太鼓の音と賑やかな歓声にかき消され、小さな着信音は聞こえるはずもない。
頼りになるのは光だけだ。


「光ったか?」
「ううん……」
「ちゃんと探してんのか?」
「探してるよ」


足元なんて無理だよ。
紛失届を提出して、出てくるのを待つ方が早いんじゃないのかな。
そう思った時だった。
視線の隅にチカリと、何かが光ったように見えた。
「あ…」
金魚すくいの屋台のすぐ側。
虹色の光がチカチカと反射するのが視界に映る。


「安部くん! あった! あそこ───」




指差したと同時。
私が腰を上げるよりも早く、安部くんが駆け出した。
人の波をかき分けて、屋台に辿りついて、携帯を拾い上げる。
私にも見えるように大きく空に翳してみせた。

「これかっ!?」


砂まみれで傷だらけだけれど、確かに私の携帯だった。
「うんっ!」
私は大きくうなづいた。

「でかしたなっ!」

携帯を手に戻ってきた安部くんが、屈託なく笑った。
その笑顔に目を丸くして見入ってしまう。


「……なに?」
「あ……うん……。ありがとう」
「なんだよ? 云いたいことがあんなら、さっさと言え。黙んな!」



「…安部くんも…そうやって、笑うことあるんだなーっと思って……」
「ああ?」


「───イタッ…! 痛いよ…ッ」

安部くんがコメカミに拳を押し付けた。
思いっきり怖い顔を近づけて、左右から力を込めてグリグリ。

「失礼だろ! お前!!」
「だって……。安部くん、いつも怒ってるか難しい顔、してるから───」
「…るせー!」

ふくれっ面をますます険しく歪めて、拳に力を込めた。
痛い。
本当に痛いよ、安部くん。


「ったく…お前は。俺の事を何だと思ってんだよ!」
女の子相手にこういうこと、する人でしょう?
そう云ったら、また怒鳴られた。
「俺は普通に優しいし、嬉しかったら笑う。人を鉄仮面みたいに云うな! 」
そっか。
喜怒哀楽の怒の部分ばかりしか見えてなかったけれど、嬉しかったらちゃんと笑うんだ。
最近の安部くんは、私が怖がらなければちゃんと話してくれる。
狭い視野の中で、私は安部くんのほんの一部分しか見えてなかった。
いつだって安部くんは、私に怒ってばかりだったから…。
そういえば。
「昔の安部くんは普通だったよね?」
「はあ? ……お前なぁ…人をフツーじゃねえみたいな言い方ばっかしやがって!」
「ご、ゴメン…。そうじゃなくて……」
いじめっ子の印象が強烈すぎて、はっきりとは覚えていないけど。
それ以前の安部くんは優しかった。
他の女の子達と同じように接してくれてた気がする。


「…ねえ、安部くん」
「ああ?」
「私……安部くんに何か嫌なことしたのかな?」
「は?」
「どうして私、きらわれちゃったの?」



いじめが始まったは、4年生になってからだ。





「……お前のそういうところがムカつくんだよ」
「そういうところって?」
「そんなの自分で考えろ」

「……ちゃんと言ってくれなきゃ、わかんないよ……」


肝心なところはいつもはぐらかす。
素直じゃないのは知ってる。
ちゃんと安部くんの口から聞きたいのに。


「……今さらそんな話、してもしょうがねえだろ。もう終わってんだ。今さらむしかえすな」
「今だからだよ」
少し強くなれた。
自分に自信がもてるようになった。
今だから、目をそらさずに受け止められる。
ちゃんと自分のダメな部分と向き合える気がするから…。


「……てか、ケータイ。壊れてねえか、確認してみろ」

うまくはぐらかされた。
「早くしろって!」
これ以上、深く入り込むと本気で怒らせそうな空気をぴりぴり感じる。
私は仕方なく、手元の携帯に視線を落とした。











「え?」






ドクンと鼓動が跳ねた。









「なんで…? どうし、て───」





液晶に映し出された文字が信じられなくて、何度も目を擦る。







「どした?」












着信が入ってた。
5件───どれも蒼吾くんからだ。





瞬間、ケータイが鳴った。
震える手で、私は携帯を耳元に当てる。





『園田───?』



その声を聞くのは10日ぶりだった。



「……そーご───くん…」



声が震える。


『よかった。やっと繋がった。お前、とってくれないから…もう駄目なのかと思った』
「どうして……」

『オレ───ダメなんだ。園田がいねぇと。自分の半分、死んだみたいになって、何やっても楽しくねえ。生きた心地、しねぇよ。自分から距離置こうって云ったクセに……。
だから───電話した。園田に会いたくて。ちゃんと会って、謝らせて───』


涙を堪えて唇を噛締めた。
そうでもしないと嗚咽が零れてしまう。



『園田? ちゃんと聞いてる?』
「ん…」



『……また、泣いてんだろ?』



蒼吾くんは何でもお見通しだ。




「蒼吾くん、私…わたし───」




思考回路がぐちゃぐちゃで、うまく言葉にならない。
気持ちだけが先走る。



『とにかく会おう。電話じゃ、ダメだ。ちゃんと顔見て話そう』


伝えたいことがたくさんある。
電話の声だけじゃ足りない。
満たされない。




ドン!と。
お腹の底から震えるような音が、聞こえた。
花火の開始を告げるアナウンスが流れて、第一発目が夏の夜空に打ちあがる。
色鮮やかな花が夜空に咲いて、周囲からわっと歓声が上がる。
花火が夏の夜を弾く。




「……蒼吾…くん…? 今、どこにいるの…?」


同じ音が聞こえた。
携帯の向こう側からも。




『神社にいる。園田を見かけたって部の先輩に聞いて……。
お前のこと、ずっと探してた───』




携帯の向こうがざわめくのは、同じ場所にいるから。
話す声がいつもより荒いのは、ずっと走っているからだ。
胸が苦しい。
早く、早く。
蒼吾くんに会いたい。




『何か目印になるものないか? オレは境内にいる。鳥居のすぐ真下───』


とっさに空を仰いだ。
青白いライトに照らされた真っ赤な鳥居。
ぼやっとした提灯の明かりとあまりの人の多さとで、蒼吾くんは見つけられない。




「ここから鳥居が見えるよ。私…蒼吾くんの真下だ…」
『真下?』
「うん。石段の入り口…」


『──────いた』


「…すごい。私、わかんないのに……」


視力は悪い方じゃない。
けれどこの距離と人の多さでは無理だ。


『園田だけは、どんなに遠くからでも見つける自信あるよ、オレ。どんだけ片思いしてたと思ってんだよ? なめんな』
ケータイの向こう側。
蒼吾くんが笑ったのが分かった。
私もわかるよ。
蒼吾くんが今、どんな表情をしてるか。
声を聞いただけで、想像できるんだよ?
太陽みたいに明るくでっかい笑顔、もっと見たい。
もっと近くで。
ずっとずっと、見ていたい。



『オレ。行くから、動くな。そこで待ってろ』
「うん」
『ケータイ、切んなよ?』
「うん───。蒼吾くん…」
『なに?』


「私──────」






───ずっとずっと、会いたかった。





そう告げようとした言葉が、突然、遮られた。
携帯が耳元から奪われたからだ。







「…あべ……、くん……? 」



この人の存在を忘れてた。
私の手をきつく握り締めて、きつく睨みつける。
ドクリと鼓動が嫌な音を立てて跳ねた。
…な、に……?
さっきまで楽しく笑ってくれてたのに。
どうして怒ってるの?








「──────言えばお前、どうにかしてくれんのかよ?」



言葉の意味がよくわからなかった。





突然、ガッと私の方へ伸ばされた手に腕の付け根を強く握られた。
「イタ…ッ」
その拍子に、携帯が地面へと滑り落ちる。
『園田───?』
蒼吾くんの声が途切れた。
拾おうとしても、安部くんはそれを許してくれない。






「──────ちゃんと言えばお前…俺の気持ち、受け止めてくれんのかよ?」





「なに……、言ってんのか…、わかんない、よ……」







「……やっぱお前、すげぇムカつく──────」






怒ったように安部くんが言葉を吐き捨てたあと、一瞬で、目の前が真っ暗になった。
安部くんの顔が覆いかぶさって、視界がふさがれたから。




突然。
なんの前触れもなく、キスされた。



「…あ、べっ……ク……ッ」



一緒だ、あの時と。
小学4年生。教室。ファーストキス。
心の引き出しに鍵をかけて、ずっとしまっていた苦い記憶が引きずりだされる。
一歩も動けなかった。
振りほどくこともできない。
「…や、っ、んーッッ!!」
声を上げようと唇を開けば、舌で強引に割られて押し入られた。
押し返した腕を掴まれて、後頭部から引き寄せられて、深く舌が侵入してくる。
何がなんだかわからない。
あのときみたいに、庇ってくれる蒼吾くんは側にはいない。
噛み付くようなキスに、頭が真っ白になる。









──────アイツに隙、見せるな。





あの日の蒼吾くんの言葉が、何度もリフレインする。



私が。
彼の忠告を聞かなかったからだ。









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全力少年(魔法のコトバ* 続編) comments(2) -
全力少年 26
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ウラハラ 1   サイド*ましろ 

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ふと、顔を上げたら鳥居が見えた。
長い長い石段を登った先にある大きな鳥居。
ざっと数えても100段以上はある。
普通に登っても大変なのに、浴衣に下駄の格好じゃあ、苦戦するのは間違いない。
溜息を零したら携帯が鳴った。


「もしもし──────?」


『ましろ?』


ママだ。




「どうだった?」
『大丈夫。火、ちゃんと消してた』
「…よかったぁー」
安堵に胸を撫で下ろす。
『今ちょうどパパが帰ってきたから、夕飯してからじゃないと出掛けられないのだけど…ひとりで平気?』
「大丈夫。もう子どもじゃないんだから。パパの夕飯、してあげて」
『何かあったら連絡するのよ?』
「うん。ありがとう」


できるだけ明るい声で電話を切って、携帯を懐にしまう。
せっかく浴衣を新調したのだからといって。
元気のない私をママが縁日に連れ出してくれた。
部活の日以外、ずっと部屋に篭りっきりだったから…。
あまり気は乗らなかったけれど、これ以上は心配をかけたくなくて。
ママは途中、お鍋の火を消したかどうか不安になって引き返したのだ。
火事にならなくてよかった。


目的もなく屋台の間を抜けたら、大きな鳥居のある石段に辿りついた。
お宮は遥か遠く。
あまりの人と石段の多さに、引き返してしまおかと考えてしまう。
「…参拝もしないで帰るのは、罰当たりだよね…」
住吉神社は縁結びの神様としても有名どころ。
こんな時だもの。
神様にもすがりたい。
「よし」
気合を入れて、長く続く石段への第一歩を踏み出した。
そのタイミングで、また携帯が震える。
ママかな?
懐から取り出して、パクンと折り曲げた携帯を開こうとした時だった。

ドン!と。
人波に背中を押された。
人の行き来の激しい石段の入り口で、ぼんやり携帯を開けてしまった私が悪い。
「あっ!」
声を上げたと同時。
携帯は私の手を離れて、宙に舞った。
足元なんて見てない浮かれた参拝客に蹴られて、はじかれて。
あっという間に、携帯の行方を見失ってしまう。



「ちょ…っ! すみません! ゴメンナサイ…!」




人波をかき分けてその場にしゃがみ込む。
姿勢を低くして探しても、携帯は見つからない。



「…っ。どうしよう……。きゃ…ッ」

「にやってんだよ! んなところで座ってんな!」


手を踏まれて、浴衣の裾を踏んでつんのめる。
転ばないように力いっぱい踏ん張ったら、そのタイミングで鼻緒が切れた。
ズサッと地面の乾いた音がして、私はまるで小学生がかけっこで転んだみたいに、その場に無様な姿をさらけ出してしまった。
「なに、あの子。大丈夫?」
「可哀想ー」
冷たい視線が一気に私に浴びせられる。
同情の声を上げても、手を差し伸べてくれる優しい人は、誰もいない。
みんな自分のことに精一杯だ。
新しい浴衣は砂だらけで、おまけに鼻緒も切れて。
靴で踏まれた手の甲と、地面についた膝小僧から血が滲む。
惨めだ。
声を上げて泣きたかった。
賑やかな人波がますます私を心細くさせる。





「──────園田」


硬質で低音な声が鼓膜を揺らした。
聞き覚えのあるその声に、ドキリと鼓動が跳ねて、声の主を探す。
少し離れた石段の入り口に、知ってる顔が見えて。
ガッチリ視線が合わさった。






「お前──────なにやってんだよ…」




黒いTシャツ姿に短パン、ナイキのスポーツサンダル。
神社の入り口で配っていたうちわをパタパタと扇ぎながら、私を見下ろしていたのは安部くん。
知った顔に一瞬、安堵して涙が浮かぶ。

「…携帯……落としちゃって……」
「どこで?」
「石段の入り口。探したんだけど…見つからなくて……」
「………」

つかつかと無言で歩み寄ってきた安部くんが、私の腕を掴んだ。
そのまま身体を引っ張り上げて、立たせる。
「てか、お前。邪魔。んなところに座り込むな! 移動すんぞ」
「でも、携帯が──────」
「んなの後だ」
有無を言わさず、掴んだ手を引っ張った。


「待って!」
引っ張られた拍子に下駄が脱げた。
浴衣の裾を気にしながら、それを拾い上げる。


「…足、どうかしたのか?」
「転んだときに、鼻緒が切れちゃって……」
「……貸してみろ」
安部くんが私の手から下駄を取り上げた。
眉根をキュッと寄せて難しい顔。



「これ、いつから履いてるヤツだよ……」
「…20年ぐらい前……かなぁ」
「はああ?」
「お母さんが、昔履いてたものだから…もう、かなり古いの」


ママとパパの出会いのきっかけになった思い出の下駄。
ましろにもいいこと運んでくれるといいわねって、譲ってもらった。
結果、こんなことになっちゃったけれど。
ロマンスのご利益は一度きりなのかもしれない。


「履けよ」
安部くんがサンダルを突きつけた。
さっきまで履いていた黒いナイキのサンダル。
「下駄。後で直してやるから。それまでとりあえず履いとけ」
ぶっきら棒に私に突き付ける。
「いいよ…。借りたら、安部くんが困る……」
「いいから。いくら俺だって、女を裸足で歩かせるほど鬼じゃねえ」
「…でも……」
「ぐだぐだ云うな。さっさと履け!」
「………」
「……お前って──────蒼吾や日下部には素直なクセに、俺相手だと頑固だな。そんなに俺に頼んの嫌かよ?」
だって。
安部くんに何かをしてもらうと、倍の要求をされそうなんだもん。



「もういい」


パン!
サンダルを投げつけた地面に、砂埃が舞う。
不機嫌な顔でそれをまた履いて、そのまま無言で近づいてきたかと思うと。
「きゃあ……ッ」
荷物を担ぐみたいにして、私を肩に抱き上げた。
「あ、安部く…んッ!? ちょっ、やだ……っ! 降ろして──────!!」
すれ違う人がみんな見上げてく。
こんなところでいちゃつくな、バカップル。
そういう呆れた視線だ。
恥ずかしくなって私は足をじたばたとバタつかせた。
「安部くん! やめてよ──────!」
「仕方ねーだろ? 俺のサンダル、履けないつーんだから」
「でも…借りたら、安部くんが困る…だから……」
「なら、じっとしとけ。バタバタすんな! 重い!!」
やだ。やだ。
こんなところ、誰かに見られたりしたら。
地元のお祭りだもん。
どこで知り合いが見てるかわからない。
もしまた、蒼吾くんに誤解されたりしたら──────。


「履く! 履きます!! だから降ろして…ッ」

数メートル歩いてぴたり。
安部くんが歩みを止めた。
肩に担いだ私をその場に降ろすと、また右足のサンダルを脱いで私に突き付けた。


「最初から素直にそうしろよ。手間かけんな!」
「……ごめん…」
「ゴメンじゃねーつってるだろ。学習しろ!」



「……ありがとう…」


言葉の使い方、間違えんな。
安部くんが言った。
こういうときは、ありがとうなんだって、教えてくれたから。


「……場所、移すぞ。ついて来い」

人混みをかき分けて、ぐんぐん進む。
その背中を見失わないように、少し距離を置いて安部くんを追いかけた。
浴衣の裾を気にしながらの小走りは苦戦する。
おまけに片足は下駄、もう片方はぶかぶかのサンダル。
安部くんを見失わないようにするのが、精一杯だ。
「きゃ…ッ」
人波にドンと押され、身体がはじき出された。
転びそうになった私の腕を安部くんが掴む。
前のめりになりつつも、無様な格好をさらけ出すのは免れた。

「…っぶね。──────どこ見て歩いてんだよ!」
「あ、安部くん! やめて…!」
「あいつ等、前見てねえから!」
あからさまに相手を睨みつけた後、私に向き直った安部くんが一喝。
「……お前も! 離れすぎなんだよ!」
だって。
変な誤解されるのはイヤだから…。


「それ。貸せよ。持ってやるから」
私の手から鼻緒の切れた下駄を奪い取った。
「お前どんくせーから、また人にぶつかってケータイみたいに落とす」
「もうやらないよ…」
同じ間違えは二度と。
「どうだか。…俺のサンダル、終わったらちゃんと返せよ?」
「云われなくても返すよ、ちゃんと…」
「そういうこと、ゆってんじゃねーよ。サンダル履いたまま、勝手にいなくなんなってこと! お前、都合悪くなるとすぐ逃げっから」
「………」
そんなことしない──────とは言い切れない。



「とにかく。ちゃんとついて来い。離れんな!」



言いよどんだ私に、ほらみろと悪態ついて、安部くんが顎をしゃくって行き先を促した。







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全力少年(魔法のコトバ* 続編) comments(2) -
全力少年 25
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男のケジメ   サイド*蒼吾 

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「おー! 蒼吾! こっちこっち!」
神社の入り口でオレを見つけた涼が勢いよく手を振った。
部活を終えた後、一度解散したオレらは、各自、適当に着替えて住吉神社に集まった。
ここの縁日は地元でも名の知れた大きな祭りで、花火も上がる。
「おっせーよ!」
「オレが最後?」
「そーだよ。お前で全員! 」
野球部2年。
どこをどう見回しても男ばっかだ。
「お前…いつから来てたんだよ」
金魚にヨーヨー、頭にはドラえもんのお面。
握り締めたレジ袋には景品の数々。
おそらくボール当てか射的辺りでゲットしたんだろう。
涼のコントロールはぴか一だから。
「帰りに直に決まってんだろ! 私服持参でトイレで着替えた。なっ?」
隣にいたチームメイトと顔を見合わせてにやり。
おいおい、三浦。
お前もそのクチかよ。


「どっから回る? 」
「とりあえず食うもんだろ。腹減ったーー」
生暖かい風に乗って、ソースや甘辛いタレのような何ともいえないうまそうな香りが漂ってくる。
それをめいいっぱい吸い込んだら、腹の虫がぐうと鳴いた。
「オレ、焼きそば! ソースじゃなくて、塩ね」
「えー。塩は邪道だろ? 」
「どっちでもいいから、買ってこいよ。こっち焼きそば買出し班、そっち飲み物な。他はー?」
「ジャンボフランク!いるやつー? 」
「フランクより、焼き鳥だろー」
「あー。オレも食う!食う!! 」
「ひと串千円だってさ! 高っけえ!! 」
それぞれ手分けしながら食い物を調達して、腹の虫を満たす。
部活の後はとにかく腹が減る。
育ち盛りのオレ達は食いもんにがっついた。


「なぁなあ。今年ってさ、浴衣、多くね?」
「いーや? 毎年、こんなもんだろ?」
「てか、あんなの着て歩きにくくねえの? 暑くねえの? 」
「わかってねーな、三浦! そんなんだからお前はいつまでたっても、彼女ができねーんだよ!」
「お前に言われたくねえ!」
笑い飛ばした涼に向かって、三浦が足を蹴り上げた。
大げさに声を上げながら蹴りをよけた拍子に、ちゃぷんと金魚の水が跳ねて、通行人にかかる。
「わ! スミマセン!!」
慌てて頭を下げてそれをやり過ごしてから、三浦がニヤニヤと顔を緩めた。
「今の見たか!? すっげー美人!! 」
「見た! 見た!! 超美人! 超ラッキー! 」
はしゃぐチームメイト達を横目に、オレは目を細めた。
鮮やかな浴衣の波が眩しい。


「な。な。あれ、Cクラスの白石じゃん──────」
林檎飴の屋台の前でたむろしている、浴衣の集団が見える。
よく見れば知っている横顔ばかり。
うちの学校の女子だ。


「せっかくの祭りなのにさー、男ばっかつーのも虚しくね?」
「誘うか?」
「誘うべ」
「うっし! おーい!白石ーー!! 」
ぶんぶんと大きく手を振りながら、里見が場所を移すように促して、チームメイトがそれに続く。


「──────そーご?」
立ち止まったオレを、涼が振り返る。
「お前、行かねーの? 」
「オレ、いいや。あちーし…氷買ってくる」
「…何だよ。そのやる気のないリアクションはー。女子だぞ? 浴衣だぞ? 」
「興味ねーよ」
「ふーん──────」
頭ひとつ分ほど低い位置から、ニタニタと意味深な笑みを浮かべて、涼がオレを見上げた。
「…なに?」
「園田ちゃん、あの中にいなかったもんなー。だから拗ねてんだろ?
後悔してんならさ、かければ? 誘えば? 今からでも遅くねーよ。園田ちゃん、絶対お前のこと待ってるからさー」
わかった風な表情が、ますますオレの神経を逆なでる。
「……お前には関係ねえだろ」
「関係ない? 」
ピクリ。
涼の片眉が上がる。
「…つまんない意地、張ってんじゃねーよ。みんなで楽しいことしようって集まったんだろ? そんなシケタ顔すんなら、最初からくんな。テンション下がる。それに──────お前が謝れば済むことだろ? 」
「……うっせー。 余計な口出しすんな」
「グズグズしてる間に、安部ってヤツにかっさらわれてもしらねーからな!」
「──────涼っ!!」
バーカ!と捨て台詞を残して、涼が逃げるようにその場から走り去る。
その場にひとり残されたオレは、あからさまに大きな溜息をついて、ガリガリと頭をかいた。
笑顔を弾ませて人々が行き交う。
いつものメンバーで集まって馬鹿やってれば、気が紛れるって思った考えは、浅はかだったことを思い知る。


──────あれから2週間。
園田とは会ってない。
向こうからのメールにことごとく返事を返さず、無視し続けて、連絡は来なくなった。
オレが悪い。
分かってる。
ホントに愛想つかされたのかもしれない。



「夏木」
ふいに声を掛けられて、身体が硬直した。
騒がしい人込みの中でも通る芯のある声。
この声は──────。
「なにやってんだ、お前」
恐る恐る振り返った先に副キャプテンのジンさんが、仏の笑顔を浮かべてわずかに高いオレを見上げてた。
その顔を認識した瞬間、背筋が伸びる。
条件反射だ。
運動部は縦社会。
上級生の存在は絶対だ。
それにこの人、怒らせたらスゲー怖い。

「ひとり?」
「や…部の連中と来てます」
「お前、彼女と行くつってなかったっけ? 」
「……なんで知ってんっすか」
オレ、話してないし。
「女と祭りなんて浮かれてんなって思ったから、覚えてるよ。アイツの声、馬鹿でかいから筒抜けだし」
アイツっていうのは、きっと涼のことだ。
つか、ジンさん。
自分だって。
キレイな彼女、連れてるじゃないっすか。
オレの視線に気づいた彼女がニコリと微笑んで、軽く頭を下げた。
モノトーンの浴衣に深いグリーンのシックな帯。
初めて見たジンさんの彼女は、大人びた雰囲気の漂う儚げな美人だった。


「彼女はどうした? 約束してたんだろ?」
「………」
「喧嘩──────か。相変わらず分かりやすいなあ、お前。今も俺のこと、うぜって思ってるだろ?」
「……思ってませんよ…」
「じゃーなんだよ。今の間は」
「………」


「──────おーい! そーご!! 」


オレを呼びに戻ってきた三浦がジンさんを見つけて、固まった。
「チーッス!」
急いで頭を下げた後、後方にいるチームメイトに向かって声を張り上げる。
「お前ら! ジンさん!! 」
「え?」
「うっわ…」
「ちーっス!」
「ちーッす!! 」
メンバー全員が、次々に頭を下げた。
祭りの雰囲気とは似つかわしくない光景に、何事かと行きかう人々が振り返ってく。
運動部の縦社会、こんなもんだ。

「そーご! 来いよ! 場所移動して、みんなで花火見ようぜ!」
三浦が奥を促した。
少し向こうで浴衣に身を包んだ同じ学校の女子集団。
白石がオレを見つけて、笑顔で手を上げる。
軽く手を上げて、オレもそれに応えた。
クラスメイトだ。
無視するわけにはいかない。


「なにシケタ顔してんだよ! ホラ、いくぞ! あっちの土手の方が、花火がよく見えるって──────」
「ゴメン、三浦。……オレ、帰るわ」
「えー。なんで? 」
「食うもんくったし……気が乗らねえ」
せっかくみんなで楽しくやろうってのに、テンション低いのダメだろ。
「マジで帰んの? 来たばっかじゃん? 」
「あとはお前らでよろしくやれよ」
「付き合い悪ぃなぁ」
「コイツ、あれだろ。女と喧嘩してっから」
「気兼ねしてんの? 彼女に」
里見と津田が話しに割り込んでくる。
「花火見ようつーだけなんだからさ、それぐらい、いいじゃん。アイツらだってさ、お前に彼女がいんの知ってんだし」
「そういうんじゃねーよ。姉貴にドラマの予約録画、頼まれてたの思い出した。録ってないとヤバイし」
「あーー。蒼吾の姉ちゃん、怖えもんな」
「だろ?」
「…じゃあ……また明日な! 」
「おう。じゃーな」
三浦の浮かれた後ろ姿を見送りながら、オレは溜息をついた。


「いいの? アイツらと一緒に行かなくても」
「興味ないっすから」
「彼女以外は女じゃないって? 狭量だね、お前」
オレを横目にジンさんが笑う。
「…そんなこと、ひと言も云ってませんけど。勝手に手の内を読むのやめてください」
ジンさんの悪いクセだ。


「じゃあさ、オレと回る? 」
「──────ハイ?」
「露骨に嫌そうな顔するなよ」
「や。別にイヤじゃないっスけど…」
オレ、邪魔じゃね?
ていうか、絶対邪魔だろ。
チラリとジンさんの隣を覗き見たら、彼女とガッチリ視線が合わさった。
キレイな笑顔を返されて、意味もなくドキリとしてしまう。

「貴樹、あたし向こうに友達見つけたから、ちょっと行ってくる」
「ああ。気をつけろよ」
「終わったらかけて?」
ケータイをかける真似をした後、彼女は浴衣の袖を翻して、人込みの向こうに消えた。
小さな体は人の波に飲まれてあっという間に見えなくなってしまう。

「いいんっすか? ひとりで行かせて」
「平気だよ」
「でも……人多いし、時間も時間だし。危ないっすよ」
「弱そうに見えてさアイツ、俺より強いよ? 有段者だからな。自分の身ぐらい、自分で守れるさ」
屋台でかき氷をふたつ買って、その内のひとつをジンさんがオレに手渡した。
「つか。一緒に回んなくていーんスか?」
「んー? アイツと回るより、お前の話聞くほうが、面白そうだろ?」
「…話なんてないっスけど……」
「──────今、氷。食ったろ? 」
「……返します」
「いらねーよ。情報料として、取っとけ」
氷ひとつで、オレ。
どんだけこの人に、問い詰められるんだよ。
夜店の立ち並ぶメイン通りから場所を移して、人込みから少し離れた境内へと入る。
闇の降りた石段に腰掛けて、かき氷をしゃくっと崩して口に運ぶ。
冷たさが喉を潤して、少し汗が引くような気がした。


「夏木の彼女ってあれだろ? 美術部の、エントランスに飾ってある空の絵を描いた子。えーっと……確か、しろちゃん?」
「…ましろっス。園田ましろ」
「昨日、練習見に来てたな」



「──────え?」



「やっぱお前、気づいてなかったんだ。
炎天下でスケッチブック広げてるから、気分悪くなったみたいでさ」
「気分、悪くなったって──────」
「暑さにやられて軽い熱中症にでもなったんだろ。お前の幼馴染の……ほら、陸上の…」
「日下部っすか?」
「その子と一緒に保健室行った。あとは知らない」
「………」
「そんな顔するぐらいなら、仲直りすりゃあいいのに」
ジンさんが笑う。


「まだ…駄目だ」
まだ、会えない。
「距離置いて、自然消滅とか狙ってんの?」
「まさか!」
別れようなんて考えは欠片もない。
「喧嘩の理由はなんだよ? 顔も見たくないほどのことか? 」
オレが一方的に怒ってるっていうか、自分が許せないつーか。
原因はすべて、オレの中だ。




「……ジンさん」
「なに?」
「聞いていいっスか?」
「情報提供料、高いよ?」
「………」
オレは無言で氷を差し出した。


「いらねーよ。そんな食いかけ。ていうか、冗談だよ。何?」




「今の彼女と……、その、初めてやったのって……付き合ってどのくらいっスか?」



ぴたり。
氷を崩す手を止めて、ジンさんが顔を上げた。




「………お前ら、もしかして──────まだ、なの?」





しばらく考えた後、オレは真顔で頷いた。









「……アイツといるとオレ、そういうことばかり考えてて…。正直、もうそればっかで。一緒にいると、自分抑えるの…結構、キツイ……。この前も無理強いして、泣かせて──────」
「やったの?」
「……ブレーキ効かなくて、ゴリ押ししちまったけど…最後までは…」


「お前なぁ……。また、そんな中途半端で…。よけー辛いだけだろ? 知らないときのほうがまだ我慢できる。押さえきかねーだろ。お前は特に」
「だから……会ってないんス」
「青春してんなー」
ジンさんが笑う。
「ちゃかさないでくださいよ! オレはこれでもマジなんっスから…!」
「だろうな。そりゃー、マジになるわ」
カラカラと人事のように笑い飛ばした後、ジンさんが真顔でオレに聞いた。

「でさ。気持ちの整理、ついた?」
「…え?」
「時間空けて距離置いて、気持ちの整理ついたのかって」
「…まだ……」
「じゃあこのまま放置プレイ、続けるんだ。時間が解決してくれるまでずっと」
「……ずっとってわけじゃないっスよ。今のままじゃオレ、アイツを傷つけるしかできねえから…」


「ふーん」


しゃくり。
ジンさんが氷の山を崩す。



「時間を置けば抑えられんだ、お前。お手軽だな。てか、今の状態は相手のことを傷つけてないって云えるんだ?」



「……なにが云いたいんスか?」



「わかんない? お前のやってること、無駄だって云ってんだよ。
これから長くやっていこうって思うならさ、隠したってだめだろう。気持ち、ちゃんと言葉にしねえと。
キレイごとばかり並べて、本音隠して、かっこつけて。それで相手にわかってもらおうなんて、考えが甘いんだよ。時間が解決してくれるなんて思ったら大間違いだ」
「………」
「器用じゃないクセに、回りくどいことやってるからややこしくなるんだよ。
苦しいなら全部吐き出せ。自分抑えて爆発してたら、意味ないだろ。お前だけが悩んで解決できる問題じゃない。ふたりの問題だろ? そこを間違えるな」





今までずっと、心の中でぐるぐるとわだかまっていたものが晴れてく。
ジンさんの言葉はガツンときた。
頭でどうこう考えてても無駄だ。
会えない時間が長ければ長くなるほど、想いが募るのは実証済みだ。
時間はなにも解決してくれない。
ちゃんと、会わないと──────。


「………ジンさん、オレ──────アイツに会ってきます」


祭りは間に合わねぇけど、まだ夏休みは半分近く残ってる。
今からでも遅くねぇ。
無駄にしたぶん、取り返さねえと。


「…そのふ抜けた顔、洗って出直してこいよ。まだ花火、間に合うから」
「間に合うって──────今から誘っても、来られるかどうか……」
時間は8時10分前。
花火の開始まで、あと40分もない。
たとえ自転車でぶっとばしたとしても、園田の家からじゃあ間に合わない。
薄っすら笑みを浮かべて、神社の入り口を一度振り返り、ジンさんが口を開く。



「お前の彼女ってさ、今年、浴衣新くしただろ?」
アニーって雑誌のTOPに載ってた、白地に紫陽花の浴衣じゃないのか?」
「………なんで…、知ってんスか──────」
「見たよ。神社の入り口で。うちのヤツがカワイイって迷ってた浴衣だったから、目を引いた。
こう、耳の横でひとつに束ねてさ、髪飾りつけて。髪形のせいか、化粧のせいか、普段のぽやーっとした印象と随分違って大人びて見えた」
女って化けるよな?
ジンさんが笑う。


「あの浴衣、お前が選んだんじゃねえの? お前に見て欲しいから、キレイにしてんだろ?」

夏のはじめに約束した。
雑誌で見つけた、園田に似合いそうな浴衣。
あれを着て、一緒に祭りに行こう。
普段、一緒にいられる時間が少ない分、夏休みはたくさんふたりでいよう。
思い出作ろうって。
オレ、約束。
何一つ守れてねぇ。
ふたりで計画したこと、園田が楽しみにしていたこと。
なにひとつ叶えてやってない。
自分の感情だけ押し付けて、園田には我慢させてばかりだ。


「野球やってたらさ、相手に我慢させてばっかだろ? 部活、部活、部活ばっかで、会える時間少ないし、家に帰ってからは電話もろくすっぽできずに疲れて寝てしまう。ふたりでいられる時間って貴重なんだからさ、その時間を無駄にするな。
あの子が我がまま云わないのは、お前が困るからだろう? 練習中にメール100件とかきてみろ。とんでもないから」
珍しくジンさんが表情を歪めて、肩をすくめた。
それ、ジンさんの体験談か?
メール100件──────それはそれで嬉しかったりするけど。
「お前が頑張ってんの知ってるから、黙って見守ってくれてんだろ? 今時、そういう女ってなかなかいないよ。大事にしろ」
拳固で頭を殴られた。
痛ぇ。
痛えけど……ガツンときた。



「──────ジンさん」
「ん?」
「今日。わざわざそれをオレに伝える為に、時間、作ってくれたっスか?」
自宅、遠いっしょ。
「……そうだよ。チャリで来れる距離じゃねえから、電車とバス乗り継いで、わざわざな」
「なんでそんなこと──────」
「お前に期待してるからだよ。俺はお前に、新しい野球部を引っ張って行って欲しいって思ってる。お前がそんな調子じゃあ、安心して任せられない」
「なにを…っスか?」



「──────新しいキャプテンはお前だよ、夏木。発表より前に公表してしまうのは反則だけど…そういうことだ」
「そういうことって……! オレ、そんな器じゃあ──────」
「今の森田みたいに、真面目すぎて融通が効かないのもダメ、かといって守口みたいにガッツはあっても前のめりすぎるヤツは、部員が着いて来れない。チーム全体を見渡すことができて、何かあったらドンと受け止められる懐の広いヤツ──────捕手のお前が一番、チームを見てる。お前なら、みんながついてくる。適任なんだよ、夏木が。ちょっとバカで、ストレート過ぎんのが難だけどな」
「でもオレ!」
「全部が全部、自分ひとりで解決できると思うな。抱え込むな。ひとりで突っ走るな。相談しろ。
その為のチームメイトだろ? 彼女だろ?」
「………」
「恋愛だって同じだよ。押し付けるだけなら簡単だ。相手のことを思うから、喧嘩もする。本音でぶつかるのは、自分をわかって欲しいからだろ?
喧嘩して、仲直りして。そうやって距離が少しずつ、近づいてくんだよ」


心の中でずっと燻ってた思いを園田にぶつけて、傷つけた。
その罪悪感に耐え切れず、園田のこと突き放して、不安にさせた。
距離を置いて、自分を試すなんて無意味だ。
会えない時間が降り積もって、気持ちが膨らんでく。


「ブレーキが利かなくなってんだろ? 不用意に触れたら止まらなくなる。感情のままに抱きしめられないもどかしさ…わかるよ、お前の気持ち。誰もが通る通過儀礼だよ。乗り越えろ!」






「──────あざっス!!」


試合の挨拶よりも、深く深く身体を折り曲げて礼を云う。
やれやれ。
手のかかる後輩だ、と。
ジンさんが溜息をついて、手を振る。
早く行けよ、って。



うんと遠くからでも、園田を見つける自信はある。
でも。
この人混みの中じゃあ、さすがにムリだ。
まず、どこにいるのか把握しねえと。
ポケットから携帯を取り出す。
園田からのメールも着信も、ずっと無視しつづけてきた。
電話を取らなかったのは、声を聞いた瞬間に、口走ってしまいそうだったから。
今すぐ、会いたい──────って。


ずっとほったらかしてゴメン。
辛い思いさせてゴメン。
不安にさせてばかりで、堪え性のない男でゴメン。
全部ぶちまけて、抱きしめて、それで終わりにする。
園田のいない退屈な夏は、今日で終わりだ。




探す宛てもないのに、コールが鳴り響く間も、オレは全力で走り続けた。






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