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男のケジメ サイド*蒼吾
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「おー! 蒼吾! こっちこっち!」
神社の入り口でオレを見つけた涼が勢いよく手を振った。
部活を終えた後、一度解散したオレらは、各自、適当に着替えて住吉神社に集まった。
ここの縁日は地元でも名の知れた大きな祭りで、花火も上がる。
「おっせーよ!」
「オレが最後?」
「そーだよ。お前で全員! 」
野球部2年。
どこをどう見回しても男ばっかだ。
「お前…いつから来てたんだよ」
金魚にヨーヨー、頭にはドラえもんのお面。
握り締めたレジ袋には景品の数々。
おそらくボール当てか射的辺りでゲットしたんだろう。
涼のコントロールはぴか一だから。
「帰りに直に決まってんだろ! 私服持参でトイレで着替えた。なっ?」
隣にいたチームメイトと顔を見合わせてにやり。
おいおい、三浦。
お前もそのクチかよ。
「どっから回る? 」
「とりあえず食うもんだろ。腹減ったーー」
生暖かい風に乗って、ソースや甘辛いタレのような何ともいえないうまそうな香りが漂ってくる。
それをめいいっぱい吸い込んだら、腹の虫がぐうと鳴いた。
「オレ、焼きそば! ソースじゃなくて、塩ね」
「えー。塩は邪道だろ? 」
「どっちでもいいから、買ってこいよ。こっち焼きそば買出し班、そっち飲み物な。他はー?」
「ジャンボフランク!いるやつー? 」
「フランクより、焼き鳥だろー」
「あー。オレも食う!食う!! 」
「ひと串千円だってさ! 高っけえ!! 」
それぞれ手分けしながら食い物を調達して、腹の虫を満たす。
部活の後はとにかく腹が減る。
育ち盛りのオレ達は食いもんにがっついた。
「なぁなあ。今年ってさ、浴衣、多くね?」
「いーや? 毎年、こんなもんだろ?」
「てか、あんなの着て歩きにくくねえの? 暑くねえの? 」
「わかってねーな、三浦! そんなんだからお前はいつまでたっても、彼女ができねーんだよ!」
「お前に言われたくねえ!」
笑い飛ばした涼に向かって、三浦が足を蹴り上げた。
大げさに声を上げながら蹴りをよけた拍子に、ちゃぷんと金魚の水が跳ねて、通行人にかかる。
「わ! スミマセン!!」
慌てて頭を下げてそれをやり過ごしてから、三浦がニヤニヤと顔を緩めた。
「今の見たか!? すっげー美人!! 」
「見た! 見た!! 超美人! 超ラッキー! 」
はしゃぐチームメイト達を横目に、オレは目を細めた。
鮮やかな浴衣の波が眩しい。
「な。な。あれ、Cクラスの白石じゃん──────」
林檎飴の屋台の前でたむろしている、浴衣の集団が見える。
よく見れば知っている横顔ばかり。
うちの学校の女子だ。
「せっかくの祭りなのにさー、男ばっかつーのも虚しくね?」
「誘うか?」
「誘うべ」
「うっし! おーい!白石ーー!! 」
ぶんぶんと大きく手を振りながら、里見が場所を移すように促して、チームメイトがそれに続く。
「──────そーご?」
立ち止まったオレを、涼が振り返る。
「お前、行かねーの? 」
「オレ、いいや。あちーし…氷買ってくる」
「…何だよ。そのやる気のないリアクションはー。女子だぞ? 浴衣だぞ? 」
「興味ねーよ」
「ふーん──────」
頭ひとつ分ほど低い位置から、ニタニタと意味深な笑みを浮かべて、涼がオレを見上げた。
「…なに?」
「園田ちゃん、あの中にいなかったもんなー。だから拗ねてんだろ?
後悔してんならさ、かければ? 誘えば? 今からでも遅くねーよ。園田ちゃん、絶対お前のこと待ってるからさー」
わかった風な表情が、ますますオレの神経を逆なでる。
「……お前には関係ねえだろ」
「関係ない? 」
ピクリ。
涼の片眉が上がる。
「…つまんない意地、張ってんじゃねーよ。みんなで楽しいことしようって集まったんだろ? そんなシケタ顔すんなら、最初からくんな。テンション下がる。それに──────お前が謝れば済むことだろ? 」
「……うっせー。 余計な口出しすんな」
「グズグズしてる間に、安部ってヤツにかっさらわれてもしらねーからな!」
「──────涼っ!!」
バーカ!と捨て台詞を残して、涼が逃げるようにその場から走り去る。
その場にひとり残されたオレは、あからさまに大きな溜息をついて、ガリガリと頭をかいた。
笑顔を弾ませて人々が行き交う。
いつものメンバーで集まって馬鹿やってれば、気が紛れるって思った考えは、浅はかだったことを思い知る。
──────あれから2週間。
園田とは会ってない。
向こうからのメールにことごとく返事を返さず、無視し続けて、連絡は来なくなった。
オレが悪い。
分かってる。
ホントに愛想つかされたのかもしれない。
「夏木」
ふいに声を掛けられて、身体が硬直した。
騒がしい人込みの中でも通る芯のある声。
この声は──────。
「なにやってんだ、お前」
恐る恐る振り返った先に副キャプテンのジンさんが、仏の笑顔を浮かべてわずかに高いオレを見上げてた。
その顔を認識した瞬間、背筋が伸びる。
条件反射だ。
運動部は縦社会。
上級生の存在は絶対だ。
それにこの人、怒らせたらスゲー怖い。
「ひとり?」
「や…部の連中と来てます」
「お前、彼女と行くつってなかったっけ? 」
「……なんで知ってんっすか」
オレ、話してないし。
「女と祭りなんて浮かれてんなって思ったから、覚えてるよ。アイツの声、馬鹿でかいから筒抜けだし」
アイツっていうのは、きっと涼のことだ。
つか、ジンさん。
自分だって。
キレイな彼女、連れてるじゃないっすか。
オレの視線に気づいた彼女がニコリと微笑んで、軽く頭を下げた。
モノトーンの浴衣に深いグリーンのシックな帯。
初めて見たジンさんの彼女は、大人びた雰囲気の漂う儚げな美人だった。
「彼女はどうした? 約束してたんだろ?」
「………」
「喧嘩──────か。相変わらず分かりやすいなあ、お前。今も俺のこと、うぜって思ってるだろ?」
「……思ってませんよ…」
「じゃーなんだよ。今の間は」
「………」
「──────おーい! そーご!! 」
オレを呼びに戻ってきた三浦がジンさんを見つけて、固まった。
「チーッス!」
急いで頭を下げた後、後方にいるチームメイトに向かって声を張り上げる。
「お前ら! ジンさん!! 」
「え?」
「うっわ…」
「ちーっス!」
「ちーッす!! 」
メンバー全員が、次々に頭を下げた。
祭りの雰囲気とは似つかわしくない光景に、何事かと行きかう人々が振り返ってく。
運動部の縦社会、こんなもんだ。
「そーご! 来いよ! 場所移動して、みんなで花火見ようぜ!」
三浦が奥を促した。
少し向こうで浴衣に身を包んだ同じ学校の女子集団。
白石がオレを見つけて、笑顔で手を上げる。
軽く手を上げて、オレもそれに応えた。
クラスメイトだ。
無視するわけにはいかない。
「なにシケタ顔してんだよ! ホラ、いくぞ! あっちの土手の方が、花火がよく見えるって──────」
「ゴメン、三浦。……オレ、帰るわ」
「えー。なんで? 」
「食うもんくったし……気が乗らねえ」
せっかくみんなで楽しくやろうってのに、テンション低いのダメだろ。
「マジで帰んの? 来たばっかじゃん? 」
「あとはお前らでよろしくやれよ」
「付き合い悪ぃなぁ」
「コイツ、あれだろ。女と喧嘩してっから」
「気兼ねしてんの? 彼女に」
里見と津田が話しに割り込んでくる。
「花火見ようつーだけなんだからさ、それぐらい、いいじゃん。アイツらだってさ、お前に彼女がいんの知ってんだし」
「そういうんじゃねーよ。姉貴にドラマの予約録画、頼まれてたの思い出した。録ってないとヤバイし」
「あーー。蒼吾の姉ちゃん、怖えもんな」
「だろ?」
「…じゃあ……また明日な! 」
「おう。じゃーな」
三浦の浮かれた後ろ姿を見送りながら、オレは溜息をついた。
「いいの? アイツらと一緒に行かなくても」
「興味ないっすから」
「彼女以外は女じゃないって? 狭量だね、お前」
オレを横目にジンさんが笑う。
「…そんなこと、ひと言も云ってませんけど。勝手に手の内を読むのやめてください」
ジンさんの悪いクセだ。
「じゃあさ、オレと回る? 」
「──────ハイ?」
「露骨に嫌そうな顔するなよ」
「や。別にイヤじゃないっスけど…」
オレ、邪魔じゃね?
ていうか、絶対邪魔だろ。
チラリとジンさんの隣を覗き見たら、彼女とガッチリ視線が合わさった。
キレイな笑顔を返されて、意味もなくドキリとしてしまう。
「貴樹、あたし向こうに友達見つけたから、ちょっと行ってくる」
「ああ。気をつけろよ」
「終わったらかけて?」
ケータイをかける真似をした後、彼女は浴衣の袖を翻して、人込みの向こうに消えた。
小さな体は人の波に飲まれてあっという間に見えなくなってしまう。
「いいんっすか? ひとりで行かせて」
「平気だよ」
「でも……人多いし、時間も時間だし。危ないっすよ」
「弱そうに見えてさアイツ、俺より強いよ? 有段者だからな。自分の身ぐらい、自分で守れるさ」
屋台でかき氷をふたつ買って、その内のひとつをジンさんがオレに手渡した。
「つか。一緒に回んなくていーんスか?」
「んー? アイツと回るより、お前の話聞くほうが、面白そうだろ?」
「…話なんてないっスけど……」
「──────今、氷。食ったろ? 」
「……返します」
「いらねーよ。情報料として、取っとけ」
氷ひとつで、オレ。
どんだけこの人に、問い詰められるんだよ。
夜店の立ち並ぶメイン通りから場所を移して、人込みから少し離れた境内へと入る。
闇の降りた石段に腰掛けて、かき氷をしゃくっと崩して口に運ぶ。
冷たさが喉を潤して、少し汗が引くような気がした。
「夏木の彼女ってあれだろ? 美術部の、エントランスに飾ってある空の絵を描いた子。えーっと……確か、しろちゃん?」
「…ましろっス。園田ましろ」
「昨日、練習見に来てたな」
「──────え?」
「やっぱお前、気づいてなかったんだ。
炎天下でスケッチブック広げてるから、気分悪くなったみたいでさ」
「気分、悪くなったって──────」
「暑さにやられて軽い熱中症にでもなったんだろ。お前の幼馴染の……ほら、陸上の…」
「日下部っすか?」
「その子と一緒に保健室行った。あとは知らない」
「………」
「そんな顔するぐらいなら、仲直りすりゃあいいのに」
ジンさんが笑う。
「まだ…駄目だ」
まだ、会えない。
「距離置いて、自然消滅とか狙ってんの?」
「まさか!」
別れようなんて考えは欠片もない。
「喧嘩の理由はなんだよ? 顔も見たくないほどのことか? 」
オレが一方的に怒ってるっていうか、自分が許せないつーか。
原因はすべて、オレの中だ。
「……ジンさん」
「なに?」
「聞いていいっスか?」
「情報提供料、高いよ?」
「………」
オレは無言で氷を差し出した。
「いらねーよ。そんな食いかけ。ていうか、冗談だよ。何?」
「今の彼女と……、その、初めてやったのって……付き合ってどのくらいっスか?」
ぴたり。
氷を崩す手を止めて、ジンさんが顔を上げた。
「………お前ら、もしかして──────まだ、なの?」
しばらく考えた後、オレは真顔で頷いた。
「……アイツといるとオレ、そういうことばかり考えてて…。正直、もうそればっかで。一緒にいると、自分抑えるの…結構、キツイ……。この前も無理強いして、泣かせて──────」
「やったの?」
「……ブレーキ効かなくて、ゴリ押ししちまったけど…最後までは…」
「お前なぁ……。また、そんな中途半端で…。よけー辛いだけだろ? 知らないときのほうがまだ我慢できる。押さえきかねーだろ。お前は特に」
「だから……会ってないんス」
「青春してんなー」
ジンさんが笑う。
「ちゃかさないでくださいよ! オレはこれでもマジなんっスから…!」
「だろうな。そりゃー、マジになるわ」
カラカラと人事のように笑い飛ばした後、ジンさんが真顔でオレに聞いた。
「でさ。気持ちの整理、ついた?」
「…え?」
「時間空けて距離置いて、気持ちの整理ついたのかって」
「…まだ……」
「じゃあこのまま放置プレイ、続けるんだ。時間が解決してくれるまでずっと」
「……ずっとってわけじゃないっスよ。今のままじゃオレ、アイツを傷つけるしかできねえから…」
「ふーん」
しゃくり。
ジンさんが氷の山を崩す。
「時間を置けば抑えられんだ、お前。お手軽だな。てか、今の状態は相手のことを傷つけてないって云えるんだ?」
「……なにが云いたいんスか?」
「わかんない? お前のやってること、無駄だって云ってんだよ。
これから長くやっていこうって思うならさ、隠したってだめだろう。気持ち、ちゃんと言葉にしねえと。
キレイごとばかり並べて、本音隠して、かっこつけて。それで相手にわかってもらおうなんて、考えが甘いんだよ。時間が解決してくれるなんて思ったら大間違いだ」
「………」
「器用じゃないクセに、回りくどいことやってるからややこしくなるんだよ。
苦しいなら全部吐き出せ。自分抑えて爆発してたら、意味ないだろ。お前だけが悩んで解決できる問題じゃない。ふたりの問題だろ? そこを間違えるな」
今までずっと、心の中でぐるぐるとわだかまっていたものが晴れてく。
ジンさんの言葉はガツンときた。
頭でどうこう考えてても無駄だ。
会えない時間が長ければ長くなるほど、想いが募るのは実証済みだ。
時間はなにも解決してくれない。
ちゃんと、会わないと──────。
「………ジンさん、オレ──────アイツに会ってきます」
祭りは間に合わねぇけど、まだ夏休みは半分近く残ってる。
今からでも遅くねぇ。
無駄にしたぶん、取り返さねえと。
「…そのふ抜けた顔、洗って出直してこいよ。まだ花火、間に合うから」
「間に合うって──────今から誘っても、来られるかどうか……」
時間は8時10分前。
花火の開始まで、あと40分もない。
たとえ自転車でぶっとばしたとしても、園田の家からじゃあ間に合わない。
薄っすら笑みを浮かべて、神社の入り口を一度振り返り、ジンさんが口を開く。
「お前の彼女ってさ、今年、浴衣新くしただろ?」
アニーって雑誌のTOPに載ってた、白地に紫陽花の浴衣じゃないのか?」
「………なんで…、知ってんスか──────」
「見たよ。神社の入り口で。うちのヤツがカワイイって迷ってた浴衣だったから、目を引いた。
こう、耳の横でひとつに束ねてさ、髪飾りつけて。髪形のせいか、化粧のせいか、普段のぽやーっとした印象と随分違って大人びて見えた」
女って化けるよな?
ジンさんが笑う。
「あの浴衣、お前が選んだんじゃねえの? お前に見て欲しいから、キレイにしてんだろ?」
夏のはじめに約束した。
雑誌で見つけた、園田に似合いそうな浴衣。
あれを着て、一緒に祭りに行こう。
普段、一緒にいられる時間が少ない分、夏休みはたくさんふたりでいよう。
思い出作ろうって。
オレ、約束。
何一つ守れてねぇ。
ふたりで計画したこと、園田が楽しみにしていたこと。
なにひとつ叶えてやってない。
自分の感情だけ押し付けて、園田には我慢させてばかりだ。
「野球やってたらさ、相手に我慢させてばっかだろ? 部活、部活、部活ばっかで、会える時間少ないし、家に帰ってからは電話もろくすっぽできずに疲れて寝てしまう。ふたりでいられる時間って貴重なんだからさ、その時間を無駄にするな。
あの子が我がまま云わないのは、お前が困るからだろう? 練習中にメール100件とかきてみろ。とんでもないから」
珍しくジンさんが表情を歪めて、肩をすくめた。
それ、ジンさんの体験談か?
メール100件──────それはそれで嬉しかったりするけど。
「お前が頑張ってんの知ってるから、黙って見守ってくれてんだろ? 今時、そういう女ってなかなかいないよ。大事にしろ」
拳固で頭を殴られた。
痛ぇ。
痛えけど……ガツンときた。
「──────ジンさん」
「ん?」
「今日。わざわざそれをオレに伝える為に、時間、作ってくれたっスか?」
自宅、遠いっしょ。
「……そうだよ。チャリで来れる距離じゃねえから、電車とバス乗り継いで、わざわざな」
「なんでそんなこと──────」
「お前に期待してるからだよ。俺はお前に、新しい野球部を引っ張って行って欲しいって思ってる。お前がそんな調子じゃあ、安心して任せられない」
「なにを…っスか?」
「──────新しいキャプテンはお前だよ、夏木。発表より前に公表してしまうのは反則だけど…そういうことだ」
「そういうことって……! オレ、そんな器じゃあ──────」
「今の森田みたいに、真面目すぎて融通が効かないのもダメ、かといって守口みたいにガッツはあっても前のめりすぎるヤツは、部員が着いて来れない。チーム全体を見渡すことができて、何かあったらドンと受け止められる懐の広いヤツ──────捕手のお前が一番、チームを見てる。お前なら、みんながついてくる。適任なんだよ、夏木が。ちょっとバカで、ストレート過ぎんのが難だけどな」
「でもオレ!」
「全部が全部、自分ひとりで解決できると思うな。抱え込むな。ひとりで突っ走るな。相談しろ。
その為のチームメイトだろ? 彼女だろ?」
「………」
「恋愛だって同じだよ。押し付けるだけなら簡単だ。相手のことを思うから、喧嘩もする。本音でぶつかるのは、自分をわかって欲しいからだろ?
喧嘩して、仲直りして。そうやって距離が少しずつ、近づいてくんだよ」
心の中でずっと燻ってた思いを園田にぶつけて、傷つけた。
その罪悪感に耐え切れず、園田のこと突き放して、不安にさせた。
距離を置いて、自分を試すなんて無意味だ。
会えない時間が降り積もって、気持ちが膨らんでく。
「ブレーキが利かなくなってんだろ? 不用意に触れたら止まらなくなる。感情のままに抱きしめられないもどかしさ…わかるよ、お前の気持ち。誰もが通る通過儀礼だよ。乗り越えろ!」
「──────あざっス!!」
試合の挨拶よりも、深く深く身体を折り曲げて礼を云う。
やれやれ。
手のかかる後輩だ、と。
ジンさんが溜息をついて、手を振る。
早く行けよ、って。
うんと遠くからでも、園田を見つける自信はある。
でも。
この人混みの中じゃあ、さすがにムリだ。
まず、どこにいるのか把握しねえと。
ポケットから携帯を取り出す。
園田からのメールも着信も、ずっと無視しつづけてきた。
電話を取らなかったのは、声を聞いた瞬間に、口走ってしまいそうだったから。
今すぐ、会いたい──────って。
ずっとほったらかしてゴメン。
辛い思いさせてゴメン。
不安にさせてばかりで、堪え性のない男でゴメン。
全部ぶちまけて、抱きしめて、それで終わりにする。
園田のいない退屈な夏は、今日で終わりだ。
探す宛てもないのに、コールが鳴り響く間も、オレは全力で走り続けた。
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