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おそろい。
〜とわの彼方に*    ShortShortStory





*





一年目の結婚記念日に、約束をした。





「お祝いに、なにか記念に残るものを買いに行こう。なにが欲しいか、ゆっくり考えといて」

そう切り出した俺に考える間もなく。






「じゃあ、おそろいのものがいい」


無邪気に笑って、彼女がそう言った。







だからてっきり。
ペアリングとか、腕時計とか、ブレスレットとか。
そういう身につけるものを選びに、オシャレなショップめぐりをするもんだと思っていたのだが。
なんでどうして、ここなんだ?





アニバーサリー当日。
俺が連れて行かれたのは、ジュエリー店でもアクセサリー店でもない。
派手な広告。数字が陳列された値札。
どこよりもとにかく安い!のビラが店内にたくさん貼ってある賑やかな場所。
大型の家電販売店。
家電で欲しいものがあるなら、アニバーサリーのプレゼントとしてじゃなく、買っていいから。
言っても彼女は、どうしても記念品はそれがいいのと、譲らなかった。








「ねえ、今日は車はやめようよ」

家を出る前、そう言った彼女のために。
行きは電車とバスを乗り継いだ。
帰りは家まで歩くという。


まるでスキップでもするかのような軽い足取りで前を歩く彼女の右手には、店の紙袋。
ふわふわ宙を漂う銀色の風船も、店でもらった。
嬉しそうに口ずさむのは、さっきまでいた店内で流れていたCMソング。



「ね。せっかくだから、そこの公園でお昼して行こっか」

帰り道に見つけた緑豊かな公園を指差しながら笑顔を見せた。
公園前のベーカリーで昼飯を買った。
うちの近所にもあるこの店のベーグルサンドはうまい。
毎日食べても飽きないそれは、うちの朝食の食卓にもよくのぼる。
だけど。
いくらうまいからといって、出かけたこの日まで、食べなくてもいいのにと思う。
記念日なんだから。




立ち寄った公園のベンチでは、さっそくとわが家電メーカーの箱を開けていた。
頬をほころばせた嬉しそうな横顔は、家に帰るまで待ちきれない子どもみたいだ。
ずうずうしくも。
すぐ使いたいからと言って、店で充電までしてもらってきてる。
いつの間に。



「……なあ、とわ」
「なあに?」
「おそろいのものって言ったよな」
「うん、言ったー」
「それのどこがおそろい?」



ふたつならまだしも、買ったのはひとつ。
彼女の言うおそろいの意味が、俺にはいまいち理解できない。






「わからない?」
「わからないから聞いてる」
真面目な顔で聞き返したら、ちょっと考えるような間のあと。
「ずっと欲しかったんだよねー」
はぐらかすようにそう言った。


確かにそれは、うちにはないもの。
理由は俺が嫌うから。
でも、いずれは持ちたいとは考えていた。
だけどそれが、一年目のプレゼントじゃなくてもいいのに。
「それに。どうせ買うならもっとしっかりしたの、買えばよかっただろ」
「ううん。これがいいの。大きさや機能にこだわらず、携帯できるやつ」
ああいえば、こういう。


焼きたてのベーグルの入った袋は、開封されることのないまま、ベンチの上だ。
先に食べてもいいと言われたが、ひとりで食ったってうまくない。
俺は腹を据えて、待つことにした。
彼女は自分の手元に必死だ。
こうなると、今やってることが落ち着くまで、何を言っても取り合ってくれない。
集中しているときの彼女はストイックだ。
横やりを入れると、すごく怒るんだ。
過去にそれで彼女を怒らせた俺は、一週間、禁欲生活を強いられた経験がある。
あれはとわが、友達に教わったばかりのネイルを、自分に試していたときだ。
いつになく必死な横顔が可愛くて、ほんの意地悪のつもりで手を出したら、止らなくなって最後まで抱いてしまった。
作業を中断させたうえに、中途半端に乾きかけのネイルは形を成さないまま乾いてしまい。
おまけに、買い換えたばかりのラグをマニキュアで汚した。
とわが激怒したのは言うまでもない。
セックスはおろか、キスも抱きしめることさえ許してもらえなかった一週間。
あれはさすがに、キツかった。
苦い記憶に眉をしかめてため息をついた。
べつに急ぐ用もない。
せっかくの記念日にそれが原因で喧嘩するのもいやだ。
納得いくまでいじらせて、あとでゆっくり話を聞こう。
ベンチに深く腰掛けて、煙草をくわえた。





吐いた煙が緩やかに空に流れて、風に消えた。
久しぶりに天気のいい休日だった。
こんなにも澄んだ空を見上げるのは、何年ぶりだろう。
普段は何かと忙しく、空なんか見る暇もない。
とわと出かける休日は決まって雨ばかり。
晴天の休日なんて、本当に久しぶりだった。
こういう休日の過ごし方も悪くないと、流れる雲を見ながらぼんやりと思う。




「……ねえ、これってどうやるの?」

穏やかな時間の流れの気持ちよさに目を閉じていたら、くいと袖を引っ張られた。
どうやら、行き詰ったらしい。
人に頼るのを嫌う彼女は、自分が納得するまでとことんやらなきゃ気がすまない。
甘えてくれれば、何でもしてやるのに。
まあ。
そういう、自立したとこも好きなんだが。

「かして」
とわが数十分、にらめっこで格闘していたそれは。
俺の手によって、あっさり解決した。
「すごい、ともひろ。あたしぜんぜんわかんなかったのに」
「……機械音痴」
意地悪く笑ったら、怒った彼女が俺の右の横腹をグーでパンチ。
この、暴力女め。
手加減してるみたいだから、まあ痛くはなかったけど。

「ん」
もう使えるそれをとわに手渡す。
「初めてはとわが使いたいんだろ」
「うん。ていうか。最初はもう決めてるから」


とわが手を伸ばして、それを俺たちが座るベンチへと向けた。
俺の肩にもたれるように寄り添って、空へと高く掲げる。




「では。記念すべき第一枚を。ハイ、チーズ…!」

カシャッと。
軽快な音が響いて、シャッターが切られた。









とわが欲しがったのは、コンパクトサイズのデジタルカメラ。
写真嫌いな俺のせいで、うちにはちゃんとしたやつがない。


カメラを確認しながら、隣で嬉しそうな顔。
「満足したか?」
「うん! デジカメってやっぱり携帯のカメラとは違うね。シャッタースピードも速いし、色もきれい」
写真の出来具合に満足したあと、被写体になりそうなものを見つけてはシャッターを切り、その都度チェックを忘れない。
満足げな横顔に俺は声をかける。
「……なあ。やっぱりそれとはべつで、他にちゃんとしたもの買いに行こうか」
「え。なんで?」
とわが見ていた液晶画面から、驚いたように顔を上げる。
「デジカメもいいけど……もっと記念日らしい品物を」
「……どうしてわかんないかな」
呟いた横顔はふくれっ面。
どうも拗ねたらしい。

「だって、お前がおそろいがいいって言うから」
「ちゃんとおそろいじゃない。ほら、よく見てよ」


買ったばかりのデジカメを見ろと言わんばかりに突きつけた。
ったく。
なにがおそろいなんだか。
ため息混じりに、とわが今、撮ったばかりの写真をチェック。


公園前で買ったお気に入りのベーグルサンド。
ふたつ並んだ缶コーヒー。
一緒に見上げた空。雲。風。
はじめて、そのカメラで撮ったふたりの写真。









「─────ね、わかる? 幸せがおそろいでしょう?」




とわが嬉しそうに見せてくれたそれは、ふたりぶんの幸せを詰め込んだ何気ない日常の風景。
だけどそれは、今。
同じ時間を共通している俺たちふたりの幸せの証。









……ああ。
おそろいって、そういうことか。








「そういう瞬間をこれからはひとつひとつ、形に残して行きたかったの」



彼女らしい、ユニークでかわいい発想に、自然と笑みがこぼれる。
そういうプレゼントも悪くない。







「あ。今の、すごくいい顔!」










澄んだ空に響くのは、気持ちのいいシャッターの音。
2年目が始まる音。







FIN〜






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とわの彼方に*番外編 comments(8) -
しあわせは、キミのとなり 7

「いつから付き合ってんのよ? ちゃんと説明してくれなきゃ、納得できないんだけど」
一番いい反応を見せた割には冷静な口調で、中田がとわを追い詰めた。
その気迫に押されて、とわが重く閉ざしていた口を開く。
「……その……ともひろとは、3年ほど前から付き合ってて……」
「はぁぁぁ!? 3年前!? ……そんなにも黙ってたの? アンタ」
ゴメンと呟いたとわは、いつになくしおらしかった。
「んでもって、結婚も決まってるって?」
「…うん」
とわが認めた事実に、大きくまわりがざわめいた。
「マジ、かよぉー………」
島が、うなだれるようにテーブルに手をつく。
その肩は声を掛け辛いほど落胆していて、フォローのしようがない。
惚れた女が別の男のものになる。
その絶望感は痛いほどわかる。
オレももう、二度と味わいたくはなかった。
「なんでそんな大事なこと、ずっと黙ってたのよ? あたしに悪いとでも思ったの?」
腕組のまま中田がずいと歩みを寄せて、とわの頭を思い切り小突いた。
「あたしが怒ってるのはね、アンタが酒井くんと結婚する事実よりも、それを今まで黙ってたこと! 確かに昔、酒井くんを好きだった時期もあったけど、今は違う。変に同情しないで」
「……え? じゃあどうして──────」
「今日あたしは、とわにはっぱをかけるつもりでモーションかけてたの! 酒井くんの隣を陣取ってたのは、悪い虫がつかないように見張ってたから。酒井くんがとわにベタ惚れなのは、とっくに知ってる。望めば女に不自由しないいい男が、まだ未練がましくとわのことを想ってるって言うから、一途なバカを応援したくなったのよ」
言葉の端々に、オレに対する嫌味が含まれてる気がするが…そこは黙って聞いていた。
中田が眼差しを緩めた。
「……ばかねえ。手を伸ばせば幸せはすぐ隣にあったのに、気づくの遅すぎだわ、アンタ。あたしは高校時代からずっと、梶よりも、絶対酒井くんの方がとわに合ってるって思ってたんだから。こんな気の強いじゃじゃ馬、酒井くんにしか扱えないわ。ていうか、まとまるの遅すぎだから。酒井くんも酒井くんだわ。言ってくれれば、女の子が泣かずにすんだのに。……責任取って、ちゃんと幸せにしなさいよ?」
「……ああ」
言われなくてもそうするつもりだ。
オレは笑った。
「あー。もう、なんかバカらしくなっちゃった! おかげで酔いもさめちゃったし。飲みなおすわよ! ──────あ、ふたりはもう帰っていいから。酒井くん、とわに言いたいこと、あるんでしょ?」
昔から中田の勘の良さには助けられる。
そういうことなら。
「遠慮なくそうさせてもらうよ」
浅く笑って、とわの腕を取った。
「……え? 待ってよ、ともひろ……!? 私まだ、飲みたいのに……っ!」
拒否ってるのも構わずに、手を繋いで引きずるように店を出る。
「式にはちゃんと呼べよー」
「お幸せにー」
同級生達の楽しそうな声が聞えた。







夕方から降り始めた雪は、店を出る頃にはすっかり上がっていて、道の脇や店の軒に、わずかに白が残るだけだった。
はぁ、と吐き出す息が負けずと白い。
「あーあ。もう少し飲みたかったのになー」
タクシーを降りたとわが拗ねた声を上げて、オレの後に続いた。
「せっかく本当のことを話せたんだから、鈴ともっと話がしたかったのに…」
「そういう話は別の日にしてくれ」
酒の肴にされるのはごめんだ。
「つか、オレ。まだ怒ってるんだけど?」
エレベーターの前で立ち止まり、ボタンを押した。
「……あ」と、短く声を漏らして気まずそうに顔を背けたとわの姿が、よく磨かれた銀色の扉へと映る。
視線を隣へと向ければ、ドレスの深い胸元から覗く白い谷間。
強烈な引力を放つそこは実に魅惑的だ。
島も──────見たんだろうか。
見たに違いない。
たとえ好意がなくとも、男なら自然とそこに目が行く。
誰にでも簡単に見せてんじゃない。阿呆が。
怒鳴りたくなる気持ちを押し殺して、ほどなくして降りてきたエレベーターに乗り込んだ。
扉が閉まると強烈に彼女の匂いを感じた。
立ち込めるフレグランスは、いつもよりぐっとエレガントで甘い。
フォーマルな衣装に合わせてはっきり彩られた横顔は、理性を試されてるとしか思えない。
密室は気まずい空気を漂わせたまま、家路へと昇り始める。
とわは顔を伏せたまま、言葉を探してるようだった。

「あまり飲むなって、はじめに約束したんじゃなかったのか。オレはお前が言うなっていうから、黙ってたのに」
島のことさえなければ、最後まで黙ってやるつもりだった。
あんな形で暴露したのは、とわの迂闊な行動が招いた結果だ。
「約束は守らない、逆切れはする。挙句の果てに、酒の席で簡単に男に隣を許して、誘われるままついて行きやがって」
「でも、島くんは友達だったから」
「──────だから何だ」
低く怒りを込めた声に、さすがにヤバイと思ったとわの顔が、一瞬で強張った。
「その友達に口説かれて、手を出されかけたんだぞ。いいかげん、自分の甘さを自覚しろ。オレが気づかなければ、抱きしめられてキスされてたかもしれない。お前は、アルコールが入ったら隙だらけになるんだよ。知り合いだろうが友達だろうが、警戒しろ!」
オレ以外の男に、指一本触れさせるな。
「ぁ……っ」
扉に細い肩を押し付けて、ずっと触れたくてたまらなかった柔らかな唇を深く食いつくように貪った。
押し殺した声が、濡れた唇から洩れるのを聞いたらますますたまらなくなって、噛み付くように。
「っふぅ…っ」
緩やかな機械音に混じって、浅い息が密室に響く。
悔しかった。
いつもよりびっくりするほどきれいな彼女が他の男と一緒にいるのが。
その隣にいるのがオレじゃないのが、もどかしくて腹が立って、とにかく早く触れたくてしかたなかった。
自分のものだという確信が、今すぐ欲しい。

エレベーターはすぐ上の階へついて、扉が開いた。
開く瞬間、バランスを崩して倒れぬよう、腰に手を回して体を支える。
エレベーターホールへ出て、鍵を開けて玄関へ入り、再び閉まった扉へと彼女を縫い付けて、キスを続けた。
首筋から胸元へと順に辿っていって、ひと目に晒されていたすべての素肌にキスを贈る。
耳の裏や鎖骨ライン、わざと弱い部分ばかりを刺激してやる。
ファーを肩から滑らせ、ドレスの上から胸を掴むと、とわの唇から切ない声が漏れて、体を震わせた。
そのまま左腕で捕まえるように抱き寄せて、空いた右手を背中に滑り込ませてドレスのファスナーを外し、口付けを解いた唇で蕾を甘く舐め上げると、とわがわずかな力で抵抗を見せた。
「ともひろ、や…っ、待……っ」
「ダメだ。もう散々待たされたんだから、待ってやらない」
普段より綺麗に着飾った彼女を目の前に手も出せず、自分の彼女だと堂々と紹介もできず。
友人がとわを綺麗だと褒めるたびに、他の男がとわを振り返るたびに、オレがどんな思いをしたか──────。
「今日は、我慢してやれないから」
思い切り攻めて、抱きしめて。
泣いてもわめいても、腕から出してやるつもりはない。
「や、ぁ……、っ」
ビクリと抵抗するように動いた体を押さえ込んで、舌と唇でたっぷり愛撫してやると、とわの唇から何度も甘い声がこぼれた。
吐息さえも飲み込んで、唇を割り、歯列に舌を這わせ口中を攻め立てると、ビクビクと身体を震わせる。
首元にすがりつく華奢な腕にも舌をはわせ、抗えなくなった弱弱しい体を抱き上げて、靴を脱がせた。
そのまま寝室に直行して、雪崩れ込むようにベッドに押し倒した。
いつもより乱暴に肌を露にしていくと、酔いの所為か、それとも欲情しかけてるのか、上がった体温が、肌を赤く火照らせてひどく艶やかだ。
潤んだ瞳とか、キスで濡れたピンクの唇とか……すべてがひどく生々しい。
「……ぁっ、と、もひろ…っ」
掠れた声で名を呼ばれると、背筋が震えた。
オレが与える刺激でとわの体が鳥肌を立てるのが分かると、ゾクリとした。
羞恥と快楽でその体が薄紅色に染まっていく様はいつもオレの理性をかき乱す。
もっと乱して、快楽に溺れさせて、オレでいっぱいにしてやりたい。
「今夜はもう、放してやるつもりないから」
喘ぐ息が甘くなる。
最初ひやりと感じたベッドの温度は、次第にその冷たさが気持ちよく感じるほど、ふたりを熱に浮かせた。









窓から差し込む陽光で、目が覚めた。
昨晩の雪が嘘のように日差しは暖かく、部屋の中が白く淡い光で満たされていていた。
同じベッドで泥のように眠るとわは起きる気配もなく、うつ伏せになって穏やかな寝息を立てている。
むき出しの肩に、栗色の髪が柔らかに広がっていた。
数時間前の彼女を思い出すと、つい頬が緩んでしまう。
昨晩はいつになく何度も抱いてしまった。
もうダメだと弱弱しくすがりつく彼女に煽られて、幾つも白い肌に印を刻んだ。
止らなかったとはいえ、さすがに無茶しすぎたかもしれない。
寝顔に柔らかく口付けを落として、眠る彼女を抱き寄せて髪に顔を埋めると、ようやく覚醒しはじめたのか瞼がゆるゆると開いた。
「……ん…、ともひろ……?」
「起きたか?」
「んー……」
それでも瞼はすぐに下りてしまう。
前髪をそっとかき上げて額に瞼に、小さなキスを幾つも降らせて、腕の中に抱きしめると、とわが目を閉じたまま、オレの背中に腕をまわして抱きついた。
ほどなくして聞えていた寝息に小さく笑って、密着した素肌の気持ち良さにオレも目を閉じて、またしばらく、とわを抱きしめたまま眠った。

ようやく頭がはっきり冴えたのは、昼をとっくに回った時刻で、とわが淹れてくれたあったかい珈琲をふたりでベッドの上で飲んだ。
「ねえ、ともひろ……」
素肌にブランケットを巻きつけたまま、すすっていたマグカップからとわが顔を上げた。
「昨日のは、もしかして……、妬いてくれてたの?」
「そうだよ」
悪いか。
素直に認めたオレの言葉に、とわが一瞬、きょとんと目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「…私だって。悔しかったよ。婚約指輪を外していったことも、ともひろに恋人だってことを黙っててって言ったことも、ずっと後悔してた。でも、言った手前引けなくて……。寂しさを紛らわすために、お酒もたくさん飲んじゃった。ほんとは自分が一番悪いんだって、気づいてたのに素直にそれを認められなくて……。ともひろが、女の子に囲まれてるのを見るのがすごくイヤだった。誰にでも笑顔を振りまかないで。そっち見ないで。鈴にまで……嫉妬した自分が嫌でたまらなくて」
「オレは最初から、とわしか見てない。もう、とわしか欲しくないから、変な心配するな」
「……うん。ちゃんとわかってたのに……。ごめんなさい」
「もう他の男についていくなよ、いいな?」
「うん。約束する」
素直に頷いたとわの手からマグカップを取り上げて、抱きしめた。
軽く顎を持ち上げて、ついばむようなキスを何度も繰り返す。
くすぐったそうに、満足そうに笑いながら、頬を摺り寄せてくる彼女はいつになく素直で可愛くて、小さな体ごと強く抱きしめた。
腕の中でとわが笑う。
「タケルと寧々ちゃん見てたら、羨ましくなちゃった……。私たちも、早くあんなふうになりたいね」
「……式、早めようか」
「え…?」
「それとも籍だけ、先に入れるか?」
オレも早く、とわのすべてを手に入れたい。



幸せそうな笑顔を見てたら、いつも思う。
名前を呼んだら振り向いて、手を伸ばしたら握り返して、笑いかけたら一緒に微笑んでくれる。
とわが隣で笑ってくれさえすれば、他にはなにも望まない。
それが一番の幸せ。
”幸せはキミの隣”だということ。


















*END*



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とわの彼方に*番外編 comments(10) -
しあわせは、キミのとなり 6




二次会の会場で、とわの姿が見えないことに気づいたオレは、顔を上げた。
「……中田。とわはどうした?」
ほんの数分前まで、彼女と一緒だった中田が、いつの間にかオレの隣を陣取っていた。
「えー? ひとりで飲みたいからって、追い払われちゃったー」
まったく。
どこまで意地っ張りなのか。
ためいき混じりに視線だけをめぐらせて、カウンターの隅にその姿を見つけた。
どうやら飲み物を待ってるらしかった。
あれほど言った忠告を無視したうしろ姿は、隙だらけだ。
どれだけ飲んだんだ。
昔から、思い通りにならない女だってわかってるつもりだけど、本当にコイツは言うことを聞かない。
「どこ行くのぉ、酒井くんー?」
立ち上がろうとしたオレに、中田の腕が伸びた。
「煙草」
「さっき行ったばかりじゃなーい。いつもそうやって、つまらなくなったら逃げちゃうんだからぁ」
甘ったるい声を上げて、柔らかな体を押し付けられても、心は微塵も動かない。
視界に映る寂しそうな横顔に勝るものは、オレにはなかった。
テーブルの上に投げてあったボックスとライターをジャケットのポケットに突っ込んだ。
絡まった中田の腕を丁重に外して、席を立とうと一瞬外してしまった視線を戻したときにはもう、彼女はひとりじゃなかった。
男がいる。
高校時代、タケルがオレの次に仲のよかった同級生、島だった。
アイツ、いつの間に──────。
馴染みの顔に、とわははにかんで警戒を解いて、隣を空けた。
話の内容までは聞えてこないが、楽しそうな顔を見せて笑う。
肩が触れそうな距離で話しかけられ、島の腕がさりげなくとわの座る高めのスツールの背もたれに回されても、とわはそれに気づきもしなかった。
だから言わんこっちゃない。
アルコールは、いつも凛とした彼女の背中に、簡単に隙を作ってしまう。
飲み物をもらったら、すぐにこっちに戻ってくるかと思っていた島は、受け取ったあとも、戻ってはこなかった。
それどころか、とわを連れて窓際の席へと移動する。
なに勝手に、人の女連れて行ってんだよ。



「そういえば島は?」
「えー? 知らねえよ。便所じゃない?」
「島なら、とわと一緒に飲んでる」
オレは不機嫌に顎をしゃくった。
その言葉にちらり、視線を送った金子が、ああと意味深に笑う。
──────ちょっと待て。
今の笑顔、どういう意味だ。
「だって、アイツ。花井狙いだもん。知らなかったのー、酒井? 昔からさ、男連中で女子の話になるとさアイツ、いつも花井を押してたじゃん」
何も考えてなさそうな口ぶりで金子が能天気に笑った。
そんな話、聞いたことがない。
オレの前ではそんなそぶり、一度も……。
「ああ、だってお前、その手の話は興味ないって入ってこなかったから。
当時はさ、タケルや酒井がいたから遠慮してたみたいだけど……今回花井が来るって聞いて気合入れてたからさ、今日のアイツ、ガンガン行くんじゃね? 島って見かけによらず野獣だから、花井食われちゃうかもー」
他人事のようにケラケラと声を立てて笑う金子にいらっとして、思わず足が出た。

「痛ぇ! 酒井ッ、お前なにすんだよ!」
金子の声を無視して立ち上がる。
「あれ、酒井。どこ行くの? 便所? ナンパ?」
大野が無神経に笑った。
「お前には関係ない」
「……なにイラついてんだよ。変なヤツー。あ、最初に釘さしとくけど。くれぐれも人の恋路の邪魔をすんなよー?」
恋路の邪魔?
アイツが勝手に横恋慕だ、阿呆が!
ジロリと睨みをきかせても、酒に飲まれて気分が良くなっている酔っ払いには通用せず、それも無視した。
「けどさー、花井ってほんと綺麗になってない? 俺らも行っとく?」
なんて。
オレの神経をますます逆なでることを平気で口にする仲間に、ますます苛立ちが募る。
「なあ、もしかしてともひろ。お前らの関係、言ってなかったの?」
タケルが面白そうに笑った。
とわがそれをさせなかったんだよ!
こんなことなら、あのとき無理矢理でも捕まえて、いうことをきかせればよかった。
引きずってでも、連れて帰ればよかった。
胸元の深いドレスも、アルコールが入ると隙だらけになる背中も。
危なっかしくて見てられないんだと素直に伝えて、離さなけばよかった。
なに遠慮してんだよ、恋人に。
誰がなにを言おうが、その女はオレのもんだって、みんなの前で捕まえて抱きしめて、キスしてやりたい気分だ。
あとで覚悟しとけよ。
今夜はもう、「待って」も「いやだ」も聞いてやらない。





窓際のカウンター席では案の定、島がとわを口説いてる真っ最中だった。
指が彼女の前髪を弾いて、頬に手が触れる。
少しは痛い目見て、自分の蒔いた種を悔いればいい。
そう思えた時間はほんのわずかで、島がとわの背中を抱くように腕を回した瞬間に、その意地悪な気持ちは簡単に消し飛んだ。








「島。そいつ、予約済みだから。悪いけど」




怒りを押し込めたオレの低い声は、思いのほか店によく響いた。
店内が一瞬、シンと波打つ。
ふたりを含めた全員の視線がオレに向いた。
「……とも、ひろ」
島とテーブルとの間に閉じ込められていたとわが、泣きそうな顔でオレを見上げた。
だから、そういう弱弱しい顔を、オレ以外の男に簡単に見せるんじゃない。
そんな顔見せられたら、その気がなくても、どうにかしたくなっちまうじゃないか。
他の男の前では、強がってるぐらいのお前がちょうどいい。




「酒井……? 予約済みって、なんだよ……」

島が顔を曇らせた。
説明をするより先に、島からとわを引き剥がす。
あ、と短い声を上げて、バランスを崩した体がオレの胸に飛び込んだ。
それを腕に抱き止めて、状況を飲み込めずぽかんとしている島を見下ろして、オレは言ってやる。




「結婚するんだよ、オレと」
「………は? 結、婚………?」
「ええーーーッッ!?」


外野がうるさくざわついて、島の疑問符は悲鳴のように上がった声に打ち消された。
「ちょっと! どういうことよ、とわ!!」
「あたし、聞いてないんだけどッ!?」
あっという間に囲まれる。
一番、いい反応をしたのは島ではなく、中田だった。
くくくっと押し殺した声で笑ったのはタケル。
お前もあとで覚えとけよ。



「あの、えっと……」
青い顔して、あの、とか、その、とか慌てて言葉を紡ごうとしていたとわが、結局頼るようにオレを見た。
「もう言ってやれよ。オレと付き合ってることも、婚約してることも。それとも、オレがこの場でキスでもして、事態を治めようか?」
内緒話をするみたいに耳元に囁いて、オレは意地悪く目を細めた。
うっ、と。
バツの悪い顔をしたとわが見上げた顔で睨みつけた。
そんな顔したところで、もう事実を説明しなければ、この場はどうやたったって収束がつかない。
もう今さら、隠すのも誤魔化すのも面倒くさい。
そうだよ、さっさとオープンにすればよかった。
もともと、黙ってる必要なんてなかったんだ。
人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて死んでしまえ。












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とわの彼方に*番外編 comments(14) -
しあわせは、キミのとなり 5


ダイニングバーに場所を移して、二次会が始まった。
親族や堅苦しい職場の上司は式場で解散して、残されたのは、同世代の男女ばかり。
会場はまるで、同窓会のように賑やかだっだ。
「二次会なんて、合コンみたいなもんだから! 気合入れていかなきゃ!」
なんて言うだけあって、鈴のメイクは式のときより本気だった。
みんながみんな、そういう目的の人ばかりじゃないけど、何らかのロマンスを期待してるのも事実。
実際、結婚式の二次会で出来上がったなんて話もよく聞く。
ともひろは、私から遠く離れた場所でタケルと飲んでいた。
あれからちっとも、話しかけてこない。
向けられた背中からは、不機嫌さが滲み出てる。
行きのタクシーも別々だった。
完全に、怒らせてしまったらしい。





「……どしたの、花井。目の淵が赤くなってるけど。酒に酔った?」
飲み物を待ちながらカウンターでぼんやりしてると、声を掛けられた。
顔を上げると同級生の島くんが空いたグラスを片手に、あたしを見下ろしていた。
「お前強いのに、珍しいな」
いつになく元気のない私をからかうように笑いながら、隣の席に腰掛けて、島くんがバーテンにジントニックを注文した。
「あー……、空腹でいろいろ飲んだからかな」
目が赤いのは、アルコールのせいなんかじゃない。
自己嫌悪で胸が痛いから。
ともひろはなにも悪くない。
異性にもてるのは昔から変わらないし、女の子に取り囲まれてるからといって、その気がないのもわかってる。
心配して声を掛けてくれた。忠告もしてくれた。
変なプライドと嫉妬で、その優しさを跳ね付けてしまった自分に腹が立つのだ。
自分以外の女の子と親しくしてほしくないだなんて、どんだけ独占欲が強いんだ、私は。
謝りたくても、二次会に移ってからともひろはますます、女の子に囲まれていて、近づけなかった。
「式で食わなかったの? 結構、食うもんあったじゃん」
「話に夢中でそれどころじゃなくて……」
「お前、ずっとタケルの嫁さんと話してたもんな。空腹で飲むと、結構クルんだっけ?」
「………よく知ってるね、島くん」
「飲みながら枝豆とかほっけとかつっついてるお前のこと、オヤジみたいだなぁって、哀れんだ目で見てたから、イテッ」
カウンターの下で、私は島くんに蹴りを入れた。
そんなふうに見てたのか、私を。


「冗談抜きで、なんか食うもん取れば? 空腹が原因なら、なんか入れたほうがよくね?」
「大丈夫。酔ってから食べても、あまり効果ないし」
本当の理由は、アルコールなんかじゃないから、それこそ無意味。
「逆に食べちゃうと吐くとき辛いでしょ」
「うわ。リアル発言すんなよー…」
けれどその理由を島くんに話すことは出来ず、私は適当な理由をつけて誤魔化した。
島くんがポケットから取り出した煙草に火をつける。
この人も煙草吸うんだなぁ、なんてぼんやりと見てたら、それに気づいた島くんと目が合って「なに?」って感じに首を傾げられた。
カウンターテーブルに置かれたボックスはラッキーセブン。
ともひろと、少し違う匂いがする。


「このお店、よく来るの?」
「ん?」
「さっき、お店の人と親しそうに話してるのが見えたから」
「ああ…。ここの店長、大学のサークルのOB。在学はオレらとかぶってないけど、サークルの新歓とか、打ち上げとかはいつもここでやってたの。仲間意識で割引いてくれるから、世話になりっぱなし。そこにデカいスクリーンあるじゃん? 大きな大会があるたびに、店を貸切にしてさ観戦とかすんの。すげぇよ、ここに集まるサポーター。半端ないぐらい盛り上がんの」 
「へぇ、楽しそう……」
「花井も今度来てみれば? お前、絶対ああいうノリ、好きだと思うけど」
島くんが人懐っこい笑みを浮かべた。
「お前さ、試合見にくるたびにすげえ盛り上がってたじゃん? うるさいから結構目立ってたよ」
「そりゃ、彼氏が出てる試合なんだから、熱くもなるわよ」
「つか、花井。聞いてもいい?」
「なに?」
「元彼が結婚する心境ってどうよ? 悔しい? 憎い? 羨ましい?」
「どれでもない。純粋に祝福してるんだから」
「へぇ……、寛大〜」
ひゅぅと、からかうように島くんが口笛を吹いた。
ちゃかすな。
「オレ、タケルからお前が来るって聞いたとき、驚いた。まさかホントに来るとは思わなかったし。てっきり復讐に来たもんだとばかり……」
「それ。いいかげん聞き飽きた。同級生と顔を合わせるたびに言われてるから、そろそろその話題から離れたいんだけど」
大げさに顔をしかめたら笑われた。
「それぐらいオレらの印象に残ってんだよ。お前の隣はタケルか、酒井だって」
「………」
「酒井とは?」
「え?」
「まだ、仲いいんだろ? 一緒に来てたぐらいだから」
「まあ、そこそこには……」
「付き合い長すぎて、そういう関係には程遠いか。もともと酒井はお前にとって、恋愛対象外だもんなー」
そんなふうに思ってた時期もあった。
だからこそ言い出しにくいのだ。
今さらすぎて。
「てっきりオレは、あのままタケルは花井とゴールインするもんだとばかり思ってたんだけどなぁ」
私だって。
少なくともあのときまでは、そう信じてた。
だけど、私もタケルも、赤い糸が繋がってるのは別の人だった。




ほどなくして、注文したカクテルがカウンターの上に置かれた。
私がたのんだパッションフルーツのモスコミュールは、このお店のオリジナル。
フルーティで口当たりのよいカクテルは、ひと口で気に入ってしまった。
もうこれで、三杯目になる。
「意外にカワイイ酒飲むんだ。花井ってもっと、オヤジ好みな酒が好きじゃなかったか?」
「……さっきから島くん、失礼すぎない?」
「ははっ」
本当は焼酎に梅干入れてくださいと言いたいところだけど、さすがにこんなオシャレなお店のカウンターで、グラスに割り箸突っ込んで、梅干をつつきたくない。
私にだって、見栄ぐらいあるのだ。


「……ねえ。あっちには戻らないの?」
島くんは、飲み物をもらっても、席から離れなかった。
立ち上がる気配もない。
ここに来るまでは、ともひろと同じ席で盛り上がってたはずなのに。

「べつに戻る理由ねえよ。アイツらとは、ここでなくても話せるんだし」
「でも、知らない女の子もたくさんいるよ?」
「十中八九、あのテーブルにいる女は酒井狙いだろ。おこぼれもらってもなぁ……」
他のテーブルと比べて、女の子の比率が高いのは、ともひろがいるせい。
その存在は花を添え、どのテーブルよりもひと際賑やかだった。
鈴もいつの間にか、そっちに混ざっていて、ちゃっかりともひろの隣を陣取ってる。
本気でモーションかけるつもりらしい。
「それにオレ、本命いるから。他の女にうつつ抜かしてる暇はないの」
「本命? ……へぇ、意外に真面目なんだ」
「あれ。そんなふうに見えない?」
「見えない」
正直に答えたら、今度は島くんに足を蹴られた。
結構、痛い。



カウンター席でしばらく飲んだあと、絶景ポイントがあるからと誘われて、窓辺のスタンディング席へ場所を移動した。
相手は気の知れた同級生だし、一人で飲むよりかは、よほどいい。
「すごいね、これ……」
12階の窓から一望できる夜景は宝石を散りばめたように綺麗で、思わず溜息がこぼれた。
「だろ? 男のオレでも感動するんだから、女は絶対好きだと思った」
「ここに女の子連れてきたの、何人目?」
「失礼な。花井が初めてだよ」
島くんがむくれた。
「連れて来た子みんなにそう言ってんでしょ? 島くんって、もっと真面目なのかと思ってたのになぁ」
「こらこら。勝手に納得するなって」
それでも、こんな夜景を見せられたら、悪い気はしない。
夜の魔法に魅せられてしまう。
ああ、本当にキレイ。
この夜景をともひろと一緒に見られたら、もっと感動するんだろうな。
チラリと視線を店の奥に送る。
相変わらずともひろは女の子達に囲まれていて、向けられた背中から表情は伺えなかった。
聞えてくる女の子達のはしゃいだ笑い声に、思わず耳を塞ぎたくなる。
もう、先に帰っちゃた方がいいのかな。


「……花井、マジで大丈夫? 気分悪いんじゃねえの?」
「平気」
「そういう顔じゃないから言ってんだけど。外行くか?」
「島くんって、何気に人をよく見てるよね? 人間観察が趣味なわけ?」
「お前、さっきから言いたい放題だな」
「だって……」
「よく見てる理由なんて、ひとつに決まってるだろ」

真顔でそう言われても、事の真意が見えなかった。






「花井は……今、彼氏、いんの? もしいないならさ、オレ、立候補してもいい?」



今まで見たことのない真面目な顔の質問に、思わず聞き返してしまう。










「………立候補って?」




何に?









「なにって、花井の彼氏に」










………は、い?



「なに言ってんの? 島くん。酔っ払い?」




茶化すように笑いかけても、島くんはそれに乗ってこなかった。



「あのさ、花井。鈍感なのも大概にしてくれる? さっきからオレ、何気にくどいてんだけど。この場所に誘ったのも、ひとりのお前に声かけたのも。お前に気があるから。酒の好みを知ってんのも、お前が話しに夢中で食べてないことに気づいてたのも、ずっと見てたからだよ。べつに人間観察が趣味じゃない。お前だから見てたんだよ」
「……島くん、やっぱ酔ってるんじゃ───」
「酔ってないって言ってるだろ」
いつになく真面目な声に、ビクと体が強張る。
喉が鳴った。
「オレはずっと、花井がひとりになるチャンスを探してたんだよ。本気でモーションかけようと思ってきたから」
真顔でそんなふうに迫られて、私は一歩身を引いた。
熱っぽく見つめてくる視線に本気を感じて、この状況はとヤバイとようやく自覚する。



「……なんで今さらそんなこと言うの? 幸せムードに流されて、近場で手を打とうって魂胆?」
「………あのなぁ。なんでそんなふうな考えにたどり着くわけ?」
島くんが呆れたように息をもらした。
だって。
「高校時代、そんなそぶりは一度も見せなかったじゃない。なのに今さら? それに高校時代、私、全然だったよ。告ってくれたのなんて、タケルぐらいで」
「お前、もう少し自分に自信持っていいと思うよ」
指が私の前髪を軽く弾いて、その手が頬を滑った。
警戒にまた一歩身を引く。
背中に窓ガラスが触れて、後がないことを知った私は息を飲んで堪えた。
さすがに祝いの席で、鉄拳を食らわせるわけにはいかない。

 
「お前はもてなかったんじゃなくて、付け入る隙がなかっただけ。酒井がそばにいて、アイツを恋愛対象外だっていうお前にみんな、敬遠してたんだよ。お前の理想は酒井以上だと思ってた。
けど……、案外あっさりタケルとくっついちまうし。なんだ、普通でよかったんじゃん、なんで行かなかったんだオレって後悔した。もうそういう後悔は、二度としたくねぇ」
まともに顔が見られなくて背を向けてしまった私に、島くんが後ろから抱くようにテーブルを掴んだ。
私は、島くんの腕とテーブルとの間に閉じ込められた格好になり、体を小さくする。
ドクンと心臓が跳ね上がり、嫌な汗が背中を流れた。





「………冗談やめてよ」

「冗談のつもり、ないけど」


低い声に、首筋がぞくりとした。
声を上げようにも、場所が場所。
お互いの立場もあって、この場をどう切り抜けたらいいのかわからない。
島くんの大きな体が視界を遮って、ともひろが見えなくなる。



もう、泣きそうだった。











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とわの彼方に*番外編 comments(17) -
しあわせは、キミのとなり 4



「──────あ。これ、美味しそう。ねえ、ともひろ、これ」
振り返ったら、そこにはもう、ともひろはいなかった。
「あれ?」
さっきまですぐ後ろにいたと思うんだけど。
「ねえ、ともひろ知らない?」
「酒井くん? ああ、あそこ」
鈴が指さした先に目をやると、テラスの入り口でともひろが、グラスを手にしたまま女の子たちに取り囲まれていた。
どうやら、私が話に夢中になってる間に、捕まってしまったらしい。
「あーあ。囲まれちゃってるよ、酒井くん」
「ああいう光景、高校時代によく見たよねー」
鈴とみっちゃんが昔を懐かしんで笑うけど、私は笑えなかった。
だって。
ともひろを取り囲む女の子達は、どうみたって彼狙いだ。
ともひろにその気がないってわかっていても、やっぱりいい気はしない。

「昔に比べると少し、対応が柔らかくなったんじゃない? 年を重ねたからかな。あからさまな冷たさがないよ」
「やっぱカッコイイよねー、酒井くん。洗練されてるっていうの? スーツの選び方ひとつにしても、その辺の男とは違うもん。流行を取り入れつつも、自分らしさを損なわない上手な選び方。もろ、ファッション雑誌を参考にしましたーみたいな男子と違うし。自分のみせかたを知ってる男って、やっぱポイント高いわ」
「そうかな。べつに普通だと思うけど」
私は手にしていたカクテルを口に運びながら、わずかに顔を歪めた。
ともひろが褒められるのは嬉しいけど、なんか複雑だ。
「アンタの意見は求めてないの、とわ。いい男の基準値が麻痺してんだから」
「なにそれ」
「だって、あの酒井くんよりも梶を選んだ女よ? 感覚壊れてるとしか思えない」
……鈴、それは。
タケルを選んだ奥さんに、すっごく失礼だと思うけど。
「まあ、アンタの主観はさておき。酒井くんってやっぱ、レベル高いわけよ?
顔良し、ルックス良し、頭脳良し、職業良し。あの当時は冷めた印象で、近寄りがたかった雰囲気が一転して、柔らかくなったからさ。ここぞとばかりに狙ってくる女も多いわけ」
ともひろは、誰もが振り返るほど派手で目立つ部類ではない。
だけど、独特な存在感が人を惹きつける、そういうオーラを持った人。
派手さはなくても、パーツはきちんと整ってるから、知れば知るほど魅力的に映る。
180を超超えた身長に沿う長い手足は、誰もが見惚れずにはいられない大人の色気を感じさせ、五年の歳月がますます、男をより魅力的に成長させたのは間違いない。
「ほら、とくに新婦組女子。目の色変わってるー」
ともひろを取り囲む女の子達は、数人知ってる顔が混じってるぐらいで、残り半数以上は知らない顔ばかり。
服装やメイクが若いから、新婦側の友人だと思う。
勇気を出して声を掛けて、ともひろの反応が優しかったものだから、ここぞとばかりに群がってる。
「どうせGETするなら、いい男捕まえたいよねー。そりゃ、必死にもなるって」
「20台前半なんて、女として最強だもんねぇ」
社会的にも大人になって、そこそこ恋愛経験も積んで、当たって砕けたってやり直すには十分な期間がある。
アラサーへのカウントダウンの始まった私たちとは違う。


「あーあ。今の酒井くんの笑顔。完全に相手の女の子、その気にさせちゃったよー。やっぱいいよね〜、酒井くん。
あたしも、もう一度、頑張ってみちゃおかなー」
「えッ?」
私は弾かれたように鈴を振り返った。
「なに、その反応……。一度玉砕してるから、無理だって言いたいの? そんなのやってみなきゃ、わかんないじゃん。ねー?」
くふふ、と。
鈴が魅惑的な笑顔を見せた。
普段、仲間内で見せる笑顔じゃない。女の顔だ。
「男女の仲なんて何がきっかけで転がっていくかわからないわよ? だから面白いし、試してみる価値があると思うのよね。酒井くんも男度上がってるけど、あたしだってあの頃よりも女子力はアップしてるわけだし?」
本気の鈴は、怖い。
相手をその気にさせるまで、とことん突っ走るからだ。
自分を磨く努力をしてる子だから、自信もあるし、プライドも人一倍高い。
めりはりボディを押し付けられて、女子力全開の潤んだ瞳で見上げられたりなんかしたら──────。
私が男だったら、絶対オチてる。
「でさ。とわの方はどうなの? 梶の奥さんに対してあんなソフトな態度取れるのは、今が幸せだからでしょ? どんな人と付き合ってるのよ?」
今そこで女の子に取り囲まれて、爽やかに笑ってる人です、なんて口が裂けても言えない。
私は、自分で自分の首を絞めてしまったことを後悔しはじめていた。






居心地が悪くなった私は、適当に理由をつけて席を離れた。
「こんなことになるなら、前もって話しとけばよかった」
ともひろを堂々と自分の彼氏だと紹介できない中での、彼の話題は辛い。
今さら言い出せないし。
興味本位にともひろとの関係を聞かれるのは困る。
大事なことだからこそ、友人達には、時間があるときにゆっくり話したい。
みんなから少し離れた場所に移動して、空いている席を探していると、テラス側の角にいくつかの空席を見つけた。
「新作カクテルはいかがですか?」
ボーイさんにすすめられて、じゃあと手に取る。
スプリングチェリーというウォッカベースのお酒は、春を連想させるような淡いピンク色をしていた。
甘酸っぱいチェリーの香りが、嗅覚を刺激する。
「わ……。いい匂いー」
口にしようとしたところで、スッと横から誰かにそれを取り上げられた。


「……ともひろ」
「お前はこっち」
代わりに手渡されたのは、フルート型のシャンパングラスに入ったゴールドの飲み物。
しゅわしゅわとグラスの中で、いくつもの泡が浮かんでは消える。
「……なにこれ」
「ジンジャエール」
「ジンジャエールって……」
ノンアルコールの炭酸ジュースじゃない。
バカにしてるの?
「返して。せっかくの新作なのに、横から奪わないでよ。飲みたいなら自分で取ってくれば?」
「オレが飲みたいわけじゃない。見た目の可愛さに反して、アルコール度数が高い酒だぞ。これは」
「私、強いから平気だもん。酔いつぶれたり、記憶失くした経験ないし」
ふいと拗ねたら、呆れた顔をされた。
「……吐くだろ、お前。一番、たち悪いぞ。祝いの席で。つか、アルコールに強い弱いはそういうことを言ってんじゃなくて──────」
「うっさいな。ほっといてよ」
ともひろの手からグラスを奪い返して、止められる前に、一気にそれを煽った。
カクテルを勧めてくれた人が、ほのかに桜の味がしますよって教えてくれたけど、味なんてまったく分からない。
これ以上飲むと、自分でもヤバイのはわかってたけど、強がった手前、引くに引けなかった。


「お前、いい加減に──────」
「いないと思ったら、こんなところにいたんだぁ」
ともひろの言葉にかぶさるように声がした。
そちらに目を向けると女の子がひとり、嬉しそうな顔でこちらに走り寄ってくるのが見えた。
「探してたんですよぉー?」
鼻に掛かるような甘ったるい声に、私は思わず顔を歪めた。
話の途中で割り込まれて、明らかに不機嫌になったともひろが、女の子をジロリと見下ろす。
「あれ。もしかして……お取り込み中でしたかぁ?」
わかってるなら、あとにすればいいのに。
アルコールのせいか、それともともひろの本質を知らないからなのか。
ともひろの冷ややかな態度に動じもせず、私とともひろを交互に見比べたあと、この人誰?なんて、無邪気に聞いてくる。
そんなのこっちが聞きたい。
アンタ、誰よ。
ともひろも、私たちの関係に余計な詮索はされたくないのか、同級生と低く答えただけで、それ以上の説明はなかった。
「ふーん……同級生なんだぁ」
自分の方が若くてカワイイ、勝ち誇ったように微笑まれた。
優越感に満ちた笑顔に、イライラする。


「用件はなに」
ともひろの声はいつもと同じように淡々としていたけど、それが逆に怖かった。
不機嫌なのが手に取るようにわかる。
「寧々のダーリンが呼んでますー。二次会のことで、話があるとかってぇ」
「あとで行くって、伝えて」
「えー? 今すぐじゃないとダメって、言われて来たんですけどぉ。ちゃんと酒井さん連れてかないと、あたしが怒られちゃう〜」
なにが「怒られちゃう〜」だ。
可愛い仕種で肩をすくめても、どこかあざとい。
語尾が上がった、媚びた喋り方に腹が立つ。。
そんなふうに考えてしまう自分にも吐き気がする。
新婦側の友人を粗末にも扱えず、ともひろが苛立ちを溜息で誤魔化した。
「すぐ行くから。マジで、先行って──────」
「行けば? 急ぎなんでしょ。時間もお開きに近いんだから、早く行きなよ」
大人気ないことをやってる自覚はあるけど、マイナスの独占欲とプライドが邪魔をする。
その場を立ち去ろうとした腕を、グイと引かれた。




「話、まだ終わってないけど」

「新しい飲み物、もらってくるだけよ」




「──────あまり飲むなって言ったろ。約束、守らないつもりか?」



耳元で囁かれた。
ともひろの視線が、突き刺さるように痛い。



「……守ってないの、そっちじゃない」
そばにいろ。オレから離れるな。
そう言ったくせに。
そりゃ、恋人だってこと内緒にしてって言ったのは、私だけど。
女の子に囲まれて、なに爽やかに笑ってんのよ。
私以外の女の子に優しくなんかしないでよ。
人の気も知らないで。







「……なんのことだ」

「わからないならいい。………ほら、呼ばれてる。早く行きなよ」










「………勝手にしろ」


ともひろの声は、明らかに怒っていた。









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とわの彼方に*番外編 comments(16) -
しあわせは、キミのとなり 3


「あれ……。酒井くん?」
クロークに荷物を預けて、開場までの時間をどこで過ごそうかと辺りを見渡していたら、声を掛けられた。
「やっぱりそうだー。背の高い人がいるなーって、目で追ってたら酒井くんなんだもん。びっくりしたー」
柔らかな栗色のショートヘアをふわふわ揺らしながら、猫のような目がオレを見上げる。
声をかけてきたのは高校時代の同級生、中田鈴だった。
「ひとり?」
「いや。とわと一緒に来てる。今は席を外してるけど。そっちは?」
「いつものメンバー。ほら」
その言葉に顔を向ければ、ホールに設けられた待合室の隅で、話に花を咲かせる賑やかな集団が見えた。
楽しそうな横顔は、どいつもこいつも知った顔ばかりだ。
「相変わらず仲がいいのね。もしかして付き合ってる?」
「だといいけど」
「なんだ。まだ物にしてないの? 案外奥手なのね」
中田の言葉にオレは苦笑いをした。
高校時代、とわの親友であった彼女は、オレの元カノでもある。
勘の鋭い彼女は、オレがとわに想いを寄せてたことに気づいていた。
卒業してからもずっと、忘れられなかったことも。

「そういう中田はまだ独り者か?」
「………大きなお世話よ。ていうか勘違いしないで。あたしの場合、好んでひとりでいるんだから。まだ若いのに、ひとりに絞るのはもったいないじゃない? ていうか。とわもよく来たよね。元カレの結婚式なんて、イヤじゃないのかな。しかも相手は、自分と被ってた女でしょ? あたしだったら絶対に来ない。顔も見たくないから」
率直な意見に思わず笑った。
「あたしだったら、梶よりもレベルの高い男同伴させて、見返してやるのに。たとえば………酒井くん、とか?」
上目遣いで、中田が見つめてきた。
昔からオレは、彼女のこういう媚びた態度が苦手だ。
「とわはそういうこと、やらないよ」
「でしょうね。そういうところも含めて、とわに惚れてんでしょ」
「そうだよ」
「……へー。いつになく素直に認めるんだ。やっぱり、とわとなんかあった?」
ずいと、中田が顔を寄せてきた。
中田相手に、素直に認めたのはまずかったか?
まあ、彼女になら話しても大丈夫な気もするが。
「ねえ、なんの話?」
いつの間に戻って来たのか、声に振り返ればとわがすぐ後ろに立っていて、オレと中田を交互に見比べていた。
「私のこと、話してなかった? 名前、聞えたけど」
「元彼の結婚式に普通来るかって話だよ」
「それを言うなら梶の方でしょ。普通呼ぶ? とわにも失礼だし、結婚相手も嫌がるでしょ。配慮が足りないわ」
中田があからさまに顔をしかめた。
「あー…そっか。そっちの都合は考えなかったな。私、遠慮したほうがよかったのかな」
「アンタが向こうの女の心配しなくていいの! そういう意味で言ったんじゃないから。人の彼氏寝取ったあげく、水ぶっ掛けて泣きついてきた女に同情なんてしなくていい」
なんの気もなく中田が暴露した事実に、オレは唖然とする。
「………そんなことやられたのか」
「聞いてなかったの? 呼び出された店で逆上して、コップの水ぶっ掛けられたのよ」
そこまで詳しい内容は、初耳だ。
とわに視線で確認したら、苦く笑った。
中田の話は嘘でも大げさでもなく事実だと。
その当時のとわの胸中を思うと胸が痛む。
外じゃあ、抱きしめてもやれない。
「もういいよ、鈴。あのときはさ、腹も立ったし悔しかったけど、もう過去の話だから。タケルとは和解したんだって、前にも話したでしょ? 一発殴って気が済んだ。今は純粋に友達としてタケルのこと祝福したいって思ってる。だから来たの」
「──────でも」
「もういいだろ、中田。当事者のとわがそう言ってんだから、部外者のお前が話をややこしくするな」
気持ちは分かるがな。
「……まあ、とわがそれでいいなら、あたしはべつにいいんだけど。あーあ。つまんなーい」
要はそこか。
中田にオレらの関係を暴露しなくてよかった。
変な意味で利用されそうだ。






海の見える大聖堂で式が厳かに行われたあと、会場を近くのレストランに移した。
披露宴は仲人を立てた格式ばったものとは違い、ゲストとのふれあいに重点を置いたアットホームなものだった。
新郎新婦の挨拶とケーキ入刀を済ませたあとは、フリースタイル。
堅苦しい上司の挨拶も、つまらない余興もない。
食事やアルコールは、ビュッフェスタイルで好きなときに取りに行ける。
新郎新婦はもちろん、他の招待客や親族とも自由に交流ができた。
披露宴というよりも、フォーマルな形の二次会に近い雰囲気だ。

「従来スタイルだと、新郎新婦が席から動けないでしょ? 相手に来てもらわないとろくに話もできない。その為に、二次会があるんだけど……ほら、彼女妊婦さんだから、長時間連れ出して体に負担をかけたくないって。披露宴を自由なスタイルにすることで、彼女にも自分の知り合いと仲良くなって欲しいんだってタケル、言ってた」
「なんでそんなこと、お前が知ってる」
「以前、タケルに相談されたことがあるの。ほら私、そういう仕事やってるから。相談って言っても、メールのやりとりだけだけど」
二次会には参加できない彼女への配慮と、自分達の好きな人はみんな仲良くなって欲しい。
人好きなタケルらしい演出だ。

タケルの彼女は、純白のウエディングドレスから一変して、シフォン生地の柔らかなマタニティドレスに着替えていた。
式ではそうは思わなかったが、こうやって間近で見ると、腹が目立つ。
妊娠7ヶ月って言ったっけ? 
小柄だからなおさら、突き出た腹はわかりやすい。
「赤ちゃんって、どっち? 男の子? 女の子?」
「男の子みたいです」
「だから前にせり出てるのね」
「よく動くんですよ。痛いぐらいに。ほら、今も。……触ってみます?」
「え。いいの?」
子どもを授かって柔らかくなったのか、それともタケルを確実に手に入れられて安心したのか。
タケルの彼女は話に聞くよりも、穏やかな印象を受けた。
とわに水をぶっかけたぐらいの女だ。
もっと強烈なのを想像していたんだが……。



「……ねえ、酒井くん」
その様子を遠巻きで見ていた中田が、オレに声をかけてきた。
「あれ、どういうこと? いつの間にか、仲良くなっちゃってるんだけど」
「ああ。オレも、びっくりしたよ」


新婦のおなかを嬉しそうに触ってるのは、オレの恋人。
式には参加したが、新婦との接触は避けるつもりだろうと思いきや、とわは開始早々、真っ先に彼女の元へ向かった。
そして祝福の言葉を告げたのだ。
「おめでとう。幸せになってね」
と。
嫌味でも、悪意でもなく、それがとわの素直な気持ちだったのだろう。
元カノの登場に警戒していた新婦も、自分に向けられるとわの素直な笑顔と言葉に、過去の自分の行動を恥じて、謝罪をした。
そこからはもう、何をそんなに意気投合したのかは分からないが、楽しそうに会話が弾んでる。
とわと。タケルと。その嫁さんと。
過去を思えば考えられない組み合わせを横目に、オレは複雑な表情で、飲みかけのワインを口に運んだ。
まあ、祝いの席で揉め事は起こしたくない。


「……なんていうか。本妻と愛人に囲まれた旦那みたいよねぇ、梶」
「変な例え方をするな」
思わず苦い顔で、中田を睨みつける。
とわを愛人扱いするな。
「だって、ありえなくない? ていうか梶のやつ、顔とかスタイルとか、そういうので選んだんじゃなさそうね。彼女、思ったよりも普通すぎてなんか拍子抜けしちゃった」
当時付き合っていたとわを捨てて選んだ女だ。
とびきりの美少女を想像してたのだが──────とくべつ秀でたところはない、普通の女だった。
あえて長所を上げるなら、若さと、笑ったとき左頬に出るえくぼがチャーミングなぐらいだ。
どこをどう見比べたって、とわの方がいい女。
外見ではない何かにタケルは惹かれたんだろう。
「そりゃ、我を忘れて必死にもなるわよね。とわの方が美人だもん」
向こうだって必死だった。本気だったのだ。
相手に恋人がいようと、たとえ自分を見ていないとしても、引けない恋があるっていうことは、オレもよく知っている。
そう考えると、人の男を横取りした最低な女だと思っていた新婦に対する見方まで、少し変わってくる。
とわにした行為に同意はしてやれないが、そのときの心情は理解できる。






赤ん坊の話題で盛り上がっているとわの笑顔を横目に、オレはデザートが並ぶテーブルの近くに一人腰かけた。
アルコールにも飽きて口寂しさに煙草でも吸おうかと腰を上げたタイミングで、誰かに呼ばれた。
「ともひろ」
声に振り向くと、自分を取り囲んでいたゲストとさりげなく会話を終えたタケルが、こっちに笑顔を向けていた。
「……来てくれたんだな」
「ああ」
「ちょっといい?」
タケルが、窓の向こうに見えるテラスを指差した。
とわは──────と、首をめぐらせたが、話に夢中になっている彼女はこちらに見向きもしない。
艶めいた彼女を残していくには少し心配だったが、中田がそばにいる。
話もまだ終わりそうにないから、しばらくは大丈夫だろう。
ずっと我慢していた煙草を吸うにも、ちょうどいいタイミングだった。



テラスに出ると、降っていた雪はいつの間にか上がり、月明かりが手すりや木々に積もった白を、銀色に輝かせていた。

「主役が席を離れて、大丈夫なのか?」
「今日のオレは引き立て役。主役は嫁さんだから。ゲストとはひと通り話してきたし、少しぐらい抜けてもわかんないよ」
幼さの覗く無邪気な笑顔は、昔とちっとも変わらない。
懐かしさに目を細めながら、懐から取り出した煙草を口に咥えた。
ジッポで火をつける。
「ともひろとこうやって面と面を向かって話すのって、すげえ久しぶりだよな。もう……3年になるのか?」
ぶん殴ったあの日から、タケルとはずっと会ってなかった。
オレが、コイツをずっと許せなかったからだ。
「………そんなに経つんだな」
昔を懐かしむように目を細めて、煙を空に向かって吐いた。


「……仕事、どうよ? 相変わらず忙しいの?」
「以前勤めてた企業は退社して、今は親父の会社を引き継いでる。出張も多いから、そこそこ忙しいよ」
「お前のそこそこは、かなりだろ。自分に厳しいヤツだから、弱音も吐かないし。体に鞭打って働いてんじゃないのか? あまり無理すんなよ?」

タケルが笑った。
とわのことがなければ、タケルはいいやつだって今でも思う。
他人に無関心なオレと違って、本気で人を気遣える優しいヤツ。
見えてる部分がすべて表の、嘘をつけない正直者。
だからこそ、嘘をついてまで貫き通した本気の恋を、今はもう、祝福してやるべきかもしれない。
誰もが、初めて付き合った相手と永遠の愛を交わすわけじゃない。
初めての恋が成就するなんて、ごく稀だ。
出会いがあれば、別れもある。
運命のパートナーと、出会う順番が間違ってただけ。
そんなふうに考えられるようになったのは、とわに感化されたせいか。




「……赤ん坊、できたんだって?」
「とわから聞いた?」
「正直、驚いたよ。お前が結婚することよりも、赤ん坊ができたことよりも、オレの知らないところでとわと会ってたことに」
「……なに。妬いてんの?」
「あまりいい気はしない」
本音をこぼしたら笑われた。
「会ったのは偶然。意図的にじゃない。それに心配しなくても、今のとわはお前しか見えてないよ。つうか……最初から、とわにとってともひろは特別だったのかもな。オレ、4年も付き合ったのにさ、あんなふうに泣くとわを初めて見たから。あまりにも儚げで頼りなくて……思わず抱きしめてやりたくなった」
タケルに向かって、オレは黙って蹴りを入れた。
ギャッ!と、隣で声が上がる。
淡いクリーム色のタキシードに、くっきりと足型が付いたからだ。
「なにすんだよッ。これ、借り物だぞ!」
「お前にはもう、とわに触れる資格はない」 
「バカ! 下心じゃなくて、友情だよ!」
「どっちでも同じだ」
「アーッ、もう! お前ってそういうヤツだったか? キャラ、違うくない!?」
「もともとこうだよ」
とわに対しては、ずっとこんなだ。
気持ちを隠す必要がなくなっただけの違い。





「うまく行ってんだな、とわと」
「ああ。来年……結婚する」
「マジで?」
「嘘なんかつくか」
「そっか……」

清清しい顔でタケルが笑ったあと、オレの方を真っ直ぐに向いて頭を下げた。






「……なに」


「ありがとな、ともひろ。来てくれて、こうやってちゃんと話すことが出来て、すげえ嬉しい……。
オレ、招待状出したものの、お前ら絶対来てくれないと思ってた。とわは絶対行くから!みたいなこと言ってたけど、どうせ社交辞令だって」
「アイツが友達に対して、社交辞令で誤魔化すようなヤツか」
「そうだとしても、お前が絶対行かせないと思ってた」
「……本音言うと、行かせたくはなかったけどな」
咥えていたタバコを携帯灰皿に落とすと、苦笑いをしながら煙を吐き出した。


「本当にありがとう」
「…礼なら、とわに言ってやって。オレを引っ張ってきたのは、アイツだから」
「ああ。……なあ、ともひろ」
「なんだ?」
「また前みたいに戻れるかな。……って、オレ、ずうずうしい?」
「……いいんじゃないの? とわもそれを望んでんだから」
「そういえば、赤ちゃん生まれたら一番に抱かせてとか、話してたよな? つうか、父親のオレより先にって、おかしくないか?」
「女ってわからないな。あれだけのことをされたくせに、どうして今更仲良くできるんだか」
「………ホントはわかってるくせに」
溜息混じりに呟いたオレに、タケルが笑った。
「裏切ったオレや、その原因になった彼女にとわがあんなふうに優しくできるのは、お前がいるからだろ?
辛い過去を笑顔に変えられるほど、今が幸せに満ちてるから。そんなふうにとわを幸せにしてやれた自分を誇っていいと思う。とわも、やっぱりいい女だって思ったよ」
「それはオレが一番良く知ってるよ」
「……のろけかよ」
苦笑したタケルにオレは笑った。



「じゃ、オレ。そろそろ中に戻るわ」
「ああ。オレも、もう一本吸ったら戻る」
二本目の煙草を口に咥えて、タケルに向かってひらひら手を振った。






「──────ともひろ」

会場に入る一歩手前、振り返ったタケルがオレを呼んだ。





「幸せにしてやって、とわのこと。誰よりも一番に幸せになる権利が、アイツにはあると思う」
「……当たり前だ。つうかそのセリフ、そっくりそのままお前に返すよ。なるんだろ? 父親に」



オレと目が合うと、ぱちぱち瞬きして、そしてゆっくりと笑顔を見せてくれた。
幸せそうな笑顔を見たら、ほんとに来てよかったと思う。


オレは煙草に火をつけたまま、体の向きを返して、外から会場を見渡した。
戻ってきたタケルを輪の中に迎えて、楽しそうに笑ってるオレの恋人。

──────『時間を重ねていろんなことがあったから。いろんな人に出会ったから、だから今の私があるんだって思うの。ともひろの隣で笑える今に辿りつくためには、タケルの存在も奏多の存在も、リオコさんも必要だったと思う。だから、すべてを否定しないで?』──────

横顔を見つめながら、彼女の言葉を思い出す。



逆境を乗り越えて、マイナスもプラスに変えられる。
本当にお前は、最高の女だよ。
オレには、もったいないぐらいに。
家に戻ったらうんと褒めて、うんと甘やかしてやりたい。













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とわの彼方に*番外編 comments(6) -
しあわせは、キミのとなり 2


タケルの結婚式当日は、雪になった。
積もることはおろか、雪が降ることさえほとんどないオレらの住む街で、この時期の雪はとても珍しかった。
「寒いと思ったら、雪が降ってる! ほら、見てよともひろ、キレイ……」
エントランスから出た瞬間、視界に飛び込んできた雪が降りる光景に、とわが感動の声を上げた。
なにがそんなに嬉しいのか。
少し前を歩くとわは雪ひとつでえらく上機嫌になって、めずらしく鼻歌なんか口ずさんでいる。
「とわ。タクシー来るぞ」
「あ、うん」
呼ぶと弾むような足取りで、オレのそばまで走り寄ってきた。
パンプスのヒールが雪を跳ねる。

「そんなに雪が嬉しいか?」
「だって、ホワイトウエディングだよ? 幸せな気持ちにならない?」
真白な息を吐きながら、とわが嬉しそうにオレを見上げた。
「こんなロマンチックな演出があるならさ、冬の挙式も素敵よね」
「冬に挙げたからって、その確立はかなり低いと思うけど。まあ……とわなら雨女効果で、雪の確立も上がるかもな」
「うわ。嫌味……」
しかめっ面で睨みつけても、拗ねた心はすぐに雪にほどけて溶ける。
「雪にこだわるならいっそのこと、北海道とか長野とか、北国で挙げるか? 間違いなくスノーウエディングだから」
「それはやだ。確立が低いからこそ憧れるんじゃない。天に祝福されてるみたいでうらやましくなっちゃう……」
舞い落ちる白を瞳に映しながら雪のような柔らかな笑みを浮かべて、とわが雪空を見上げた。
「あー、どうしよう。ジューンブライドも素敵だけど、雪の挙式も捨てがたいな……」
最近、少しずつではあるが式の準備を始めた。
とわの希望を尊重して、挙式は彼女の職場のレストランで挙げる。
一生に一度のハッピーイベントは、出来る限り彼女の思うように叶えてやりたい。
この雪のように真っ白なウエディングドレスは、きっと彼女に似合うだろう。




「────あ。なに、今の。思い出し笑い。なに考えてたのよ」
「べつに」
「うそ。私を見て笑ったくせに」
しかめっ面がオレを睨みつけてくる。
「とわのウエディングドレス姿を想像したんだよ。綺麗だろうな、って」
「……なにそれ。そんなの想像しないでよ」

照れ隠しなのか、とわが拗ねたようにそっぽを向いた。

「次の休みに見に行くか?」
「え。来週? んー…。でも、手順的には先に式の日程を組んでからじゃないと……。まだ日も決まってないのに、先にドレスだなんて」
「じゃあ、オーダーにすればいい。持ち込みなら後先関係ないだろ? 世界にたった一着しかないドレス──────とか、とわはそういうの好きじゃない?」
「……レンタルの何倍もしちゃうよ?」
「いいよ。全部オレが持つから。オレの為だけに選んだドレス着て、嫁に来てよ」
「………考えとく」
そっけない返事とは裏腹に、そっぽを向いた横顔は、唇の端がちょっと持ち上がって頬が染まっていた。
嬉しいなら嬉しいって、言えばいいのに。
素直じゃない反応も彼女らしくて好きだけど、それにオレが気づいてないと思ってるのも、これまたおかしくて可愛い。
さて、どうしてくれようか。
眼鏡を指で押し上げながら、笑みを噛み殺した。
彼女はそ知らぬ顔で、はーッと手のひらに息を吹きかけながら、ぬくもりを閉じ込めてる。
その意地っ張りな背中ごと後ろから抱きしめて、キスでもしてやろうかと手を伸ばしかけて、やめる。
あいにく、ここは家じゃない。
中途半端に抱きしめて、ブレーキのコントロールが効かなくなった自分……。
想像するだけでかなり危険だ。
目を閉じて視覚を遮断することでなんとか自制してから、大きく息を吐き出した。




「寒くないか?」
「んー……平気。もうすぐタクシー来るし」

とわが着ている淡いクリーム色のコートの下は、ベルベットのノースリーブ型ワンピースに、ラビットファーのボレロ。
膝ラインのスカートから覗くたおやかな脚は、ストッキングを履いてるとはいえ、かなり寒そうだ。
会場は花嫁のために暖房を強く効かせてるだろうけど、外じゃあいくらコートを着ていても、寒いに決まってる。
つか、見てるこっちのほうが寒かった。
白い息を吐き出しながら、首に巻いたマフラーの結び目を解いた。
自分のコートもかけてやろうかとボタンに手を掛けたとき、それに気づいたとわがオレを止めた。


「ともひろの方が風邪ひいちゃうからやめて」
「オレはそんなにヤワじゃないけど」
「週明けからまた、東京でしょ? 熱出したって出張先じゃあ看病してあげられないし、代りに行ってあげることもできないから、ちゃんと自己管理してよね」
「じゃあせめて、マフラーだけでも」
「いいってば……」

マフラーを外そうとした手を制して、背伸びをしたとわがオレの首に、再びそれを巻きつけた。
ひやり。
冷たい指先が頬を掠めて、オレは思わず顔をしかめる。

「寒いくせにやせ我慢するな」
「そりゃ、雪が降ってるぐらいだから、寒くないわけないわよ。でも平気だから」
くしゅん!と、言ってるそばからくしゃみをひとつ。
子どもみたいに寒さで鼻の頭を真っ赤に染めておいて、なにをそんなに意地を張るかな。
「……ったく」

溜息混じりの息が白く霞む。
プライドが邪魔するのか、男に甘えることがみっともないと思っているのか。
家の中だと素直に甘えられる彼女は、外に出ると途端、こうだ。
どんな場面でも好きな女には素直に甘えて欲しいと思うのに。



「──────あ。メール」

突如、携帯の着信音が空を裂いた。
とわが手持ちのハンドバッグから音源を探している間に、手早くコートを脱いだ。
肩からそれをかけてやって、体全体をすっぽり包み込む。
「もう、ともひろ。いいって言ってるのに──────」
離れる間際。
往生際悪く拒否しようとしたとわの唇に、軽く音を立てて自分のそれを押し当てた。
一瞬、なにが起こったのかわからずきょとんとした顔が、みるみるうちに赤く染まる。
オレは意地悪く笑いかけた。
「オレのことを思ってくれるんだったら、自分の体を大事にしろ。来週いないからこそ、風邪なんて引いて欲しくない。熱なんか出された日には、仕事が手に付かなくなる」
「だ、だからって…! こんな場所でキスしなくてもいいじゃない! 誰に見られてるかわからないような場所で!」
「素直に受け入れないなら、もっとするけど?」
その言葉に、とわがぐっと言葉を詰まらせた。
悔しそうに唇を噛締めながら、睨みつけてくる。
「素直に言うこときく」
子どもを言い聞かせるようにつぶやくと、諦めたのか納得したのか。
とわがようやく素直に頷いた。
ったく、世話の焼ける。







ほどなくしてやってきたタクシーに、ふたりで乗り込んだ。
薄着のせいで芯まで冷え切った体は、軽く暖房を効かせたぐらいの車内では簡単に温まってくれないらしく、とわが膝の上で手を擦り合わせる。
「まだ寒い?」
「ん、少し」
「……手、貸してみろ」
手に取った白く華奢な手は、外気に触れて指先まで冷たくなっていた。
「ほら見てみろ。こんなに冷たくなって──────」
ポケットに突っ込んでぬくもりをわけてやろうと手を握りかけて、はたと気づく。
「なに? ともひろ。変な顔して……」
あからさまに言葉を切ってしまったオレを見上げて、とわが首を傾げた。
「……とわ。お前、指輪は?」
絡めた指の違和感。
仕事以外のときはいつも身に着けているはずの存在が、そこにないことに気づいたオレは、ポケットにしまいかけた手を思わず取り出して、その存在を確かめた。
指輪はしていた。
もちろんこれも、オレがプレゼントしたものだ。
淡いエメラルド色の石がはめ込まれたageteの指輪は、派手なアクセサリーが禁止されている職場やTPOに合わせてつけかえればいいと、彼女の誕生日に贈ったごくシンプルなもの。
マリッジでもエンゲージリングでもない、ただの指輪。
今朝、鏡の前に座る彼女の指には確かに未来への約束が輝いていたはずだ。
忘れたんじゃない。
わざと、付け替えたんだ。
「あー…これ、ね」
言おうと思ってたんだけど……と、とわが指を軽く撫でながら、ばつの悪い顔をした。
嫌な予感がする。





「………あのさ、ともひろ。私と婚約してることは、まだみんなには話さないでもらえるかな……」


一瞬、言葉を失う。
思わず顔に出てしまった渋い顔も隠せなかった。


「なんかさ、言うタイミングを逃しちゃって……。
ともひろなんて恋愛対象外だって、ずっと言ってきたからさ、今さら言い出しにくいのよ。やっぱりそうだったんじゃないって、そういう目で見られるのが嫌なのよ」
「不倫や浮気をしてるわけじゃない。堂々としてればいいだろ」
「………ねえ、ともひろ。学生時代に女の子達が自分に群がってた自覚、ある? こんなときに公表なんかしたら、騒ぎになるに決まってる」
オレと違って、交友関係の広かったタケルは、式にもたくさんの友人を招待してるだろう。
高校時代の同級生も多いはずだ。
「へんに騒がれたくないのよ。大事なことだから。雰囲気に流されて、その場のノリで公表したくないの。
大野くんや金子くん達には、また話せばいいじゃない。私も、仲のいい友達にはゆっくり話したいから……」
だからって、今さらオレに、友達のふりしろっていうお前の神経がわからない。
「ね、お願い!」
とわが顔の前で手を合わせた。
必死に懇願する彼女を怒鳴りつけることはできず、なんとか溜息でこらえた。
どこにぶつけりゃいいんだ、この怒りは。
「お客さん、そろそろ着きますけど。正面で構いませんかね?」
タクシー運転手の言葉に窓の外に視線を送れば、もう会場はすぐそこに見えていた。
時間も押してる。
今さら指輪ひとつのために、引き返すわけにもいかない。
もっと早く気づけばよかった。
そしたら、無理矢理でも婚約指を嵌めさせてきたのに──────。
自分を落ち着かせるために、深く長く息を吐いた。
とにかく冷静に。
これ以上つつくと、間違いなくとわは意固地になって、話がややこしくなるに決まってる。




「……わかった。納得はできないが……言わない努力はする」
「ほんと? ありがとう!」
「──────ただし。いくつか条件がある」
「条件?」
「まずひとつ、今夜はオレのそばから絶対、離れるな。出来る限り、目の届くところにいろ」
「え? なんで……?」

とわが着ている深い碧のベルベットのドレスは、彼女に似合いすぎてる。
大きく開いた背中も、胸もとの深いデザインも、短い丈のスカートも。
彼女の魅力を存分に引き出すものだった。
でもそれは、オレが恋人として同伴するからこそ許せたこと。
こんなことになるのなら、こんなドレス、着せてくるんじゃなかった。
独身男子にとって、結婚式なんてイベントは、女子品評会だ。
結婚式のハッピームードに流されて、羽目を外すバカが大抵いる。
大事な彼女が、目の前で口説かれるのを黙って見てられるか。



「ボレロは脱ぐな。二次会に顔を出すなら、ちゃんと着替えに戻ること。それと、アルコールは控えること」
「……いちいち細かいなぁ」
「それができないなら、オレも約束はできない」
「……わ、わかったわよ。今夜はちゃんと、ともひろのそばにいるから。ボレロも脱がない。アルコールもできるだけ控えるように努力します」
面倒くさそうに呟く彼女に切れそうになるが、ぐっと堪えて最後に強く念を押す。
「あと。こんなことは、もうこれっきり、二度とないからな」
「約束する」
にこりと魅惑的な笑みを浮かべたあと、支払いを済ませたオレに着ていたコートを返した。
恋人でない男のものは着れないと、言葉にこそしないが、見上げた瞳が語っている。
溜息が出た。
もともと乗り気じゃなかったんだ、オレは。
とわを傷つけたアイツに幸せを見せつけてやるぐらいのつもりで参加したのに、これじゃあ計画が台無しだ。
「──────あ。もう、みんな来てる。ほら、ともひろ早く!」
入り口に固まった人垣に見知った顔を見つけて、とわが嬉しそうに手を上げた。




遠ざかっていく恋人の背中を恨めしく見つめながら思う。
結婚が決まれば式は急ぐ必要はないなんて、余裕ぶってないで、さっさとかっさらえばよかった。
今すぐにでもここで、式を挙げてしまいたい気分だ。










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とわの彼方に*番外編 comments(10) -
しあわせは、キミのとなり 1


とわにプロポーズしてから半年。
オレのマンションで、ようやく一緒に生活を始めたのが先月のこと。
五日ぶりに出張から戻ったオレがメールボックスを覗くと、オレと彼女宛てに、それぞれ一通ずつ手紙が届いていた。
差出人の名前は『 梶タケル 』。
もと親友であり、恋人の元彼の名前に、オレは渋い顔をした。


「わー! とうとう結婚するんだねー」
先に封を切ったとわが、ソファの上で膝を抱えてのんきな声を上げた。
眩しそうにそれを見つめて、頬をほころばせる。
「つか、送ってくるか、ふつう」
タケルから届いた郵便物は、結婚式の招待状だった。
来月末、地元で式を挙げるらしい。
窮屈なネクタイをほどきながらオレは、送ってきた招待状の封も切らず、その他のいらないダイレクトメールと一緒に机に投げた。



「え? ともひろまさか……、行かないつもり?」
「そういうお前は、行くつもりか」
「……いけない?」
行く気満々で、もうすでに返事を書きかけているとわに、オレは深いため息を落とした。
「お前、わかってるのか? 友達の結婚式じゃない。元恋人の結婚式だぞ? 普通は、行かないし呼ばない」
まさかアイツの結婚式に招待されるなんて、思いもしなかった。
オレだけに送ってくるならともかく、とわにまで送ってくるなんて。
ましてやそいつは、その当時とわと二股かけていた女だ。
とわにも、婚約者に対しても失礼な話じゃないか。
無神経にも程がある。


「べつにいいじゃない。私、もう怒ってないし。タケルだって来てほしいって思うから、送ってくれたんでしょ? だったらさ、行ってあげようよ。
ていうか……おなかに赤ちゃんいるから、てっきりもう式は挙げたとばかり思ってたのに。あれから半年だから……もう7ヶ月半か。ギリギリだねー」
なんのことを言っている。
つうか、お前。
その口調から察すると。
「あ! ちょっと……っ!」
「説明しろ」
手元から招待状を取り上げて、苦い顔でとわを見下ろした。
オレはこの招待状が送られて来るまで、結婚するなんて知らなかったし、恋人が妊娠してるなんて話はもちろん知らない。
3年前、アイツをぶん殴ってからはずっと、タケルとは疎遠になってる。
なのにお前は、まさかタケルと──────。

「ともひろに話してなかったっけ? 私、タケルとは和解したんだよ」
「いつの話だ、それは。つかお前、タケルと会ったのか?」 
「うん。会ったよー」
聞いたら、あっさり認めた。
「……ともひろとよりを戻す、ちょっと前だったかな。クラスの集まりに、たまたま偶然タケルも来てて。そのときに結婚することも、彼女のおなかに赤ちゃんがいることも聞いたの」
つうことは、デキ婚か。
計画性のない結婚に、呆れてため息が出る。
「あとね……ともひろのことも聞いちゃった」
「オレの?」
なにを聞いた。
「あのときの嘘は、私が少しでも傷つかなくて済むように、ともひろが責任を全部被ってくれたんだって」
──────あんの、 阿呆!
知らなくていい事実をベラベラと…!
しかも、なんで今さら!
大きなため息とともに崩れるようにソファに腰を降ろした。
苛立ちのままガッと髪をかき上げ、テーブルのボックスに手を伸ばして、煙草を口に咥える。
火をつけて、煙を深く吐き出したところに、とわが不思議そうな顔でオレを覗き込んできた。



「……なんか怒ってる?」
「当たり前だ」
「それは私に対して? それともタケル?」
「お前じゃない。アイツが考えなしにベラベラとしゃべるから」

こんな形で暴露されるなら、早めに手を打っておけばよかった。
事実を知って、とわがどれだけ傷ついたか。
アイツの考えのなさに、心底腹が立つ。


「バカね。どうして傷つくのよ? むしろ嬉しかったもの。ともひろが私のことを思ってついてくれた嘘が優しくて。もちろん、事実を知ったときは混乱はしたけどね。
それにね、過去にタケルが私にしたことは、拳ひとつでぜーんぶ水に流してあげたから」
ペロリと舌を出したとわが、いたずらっぽい笑みでオレを見上げてくる。
彼女らしい清算の仕方に、思わず苦笑いした。

「……ったく、お前は。いいのか、それで…」
タケルの話が出るとどうしても、過去に泣いたとわが蘇る。
また強がってんじゃないか、オレの知らないところで泣いてるんじゃないか、心が痛くなる。
抱き寄せた手でそっと頭を撫でてやると、とわが穏やかに微笑んだ。
「逆にね、タケルには感謝してるぐらいだわ。だってあのとき、浮気しなかったら私、あのままタケルとゴールインしてたかもしれないのに」
もしもの未来を想像するだけで、胸が抉られるほど苦しくなる。
本気で嫌な顔をしたオレを見て、とわがクスリと笑って手を伸ばした。
指先がそっと頬に触れる。
「私はね、あのときの涙を思い出すよりも、その可能性を想像するほうが辛いの。過去を笑って話せるようになったのは、ぜんぶともひろのおかげ。ともひろがこうやって、そばにいてくれるから」
煙草が口元から抜き取られた。
寂しくなった口元にそっと、柔らかな感触が押し付けられる。
「ずっとともひろに言いたかった。……ありがとう」
最近のとわは素直すぎて困る。
たまらずオレは、彼女を抱き寄せた。
そうされるのを待ってたかのように、とわの腕がオレの首に回って、甘えるように抱きついてくる。
「あのとき、タケルが事実を教えてくれたからともひろと、向き合うことができた。タケルと話さなかったら、私はあのまま身を引いてたかもしれない。
それにね、式に参列するのは勉強になると思うから。もちろん仕事のこともだけど、何より自分たちのこれからの参考になるかなーって。………ダメかな?」
「……正直オレはまだ、タケルがしたことは許せないし、会いたくはない。だけど──────」
とわをひとりでは行かせたくない。
「ありがとう、ともひろ。そんなふうに思ってくれて。
だけどね、私のためを思ってくれるならさ、タケルと仲直りしてくれた方がもっと嬉しいの」



「──────本気か?」

オレは思わずとわの体を離した。
とわの口からそんなセリフが出てくるなんて想像もしてなかった
見上げてくる瞳は真摯で、その言葉は冗談なんかじゃない。



「タケルがいいやつだっていうことは、ともひろが一番よくわかってるでしょ? ともひろが名前で呼ぶ友達って、私、タケルしか知らない。もちろんタケルがしたことはサイテーだと思う。誠実じゃないよね? だけど……時間を重ねていろんなことがあったから。いろんな人に出会ったから、だから今の私があるんだって思うの。ともひろの隣で笑える今に辿りつくためには、タケルの存在も奏多の存在も、リオコさんも必要だったと思う。だから、すべてを否定しないで?」
堪忍したようにオレは苦笑いを浮かべて、ゆっくりと息を吐き出した。
緩やかに目を閉じて、ふたたび腕の中にとわを抱きしめる。
「わかったよ……。今すぐには無理だけど、努力はする。式にも出るよ。お前と一緒に」
「ほんと?」
「ああ。嘘は言わない。ただし、過去を思い出してどうしても辛くなったら、そのときはちゃんと言えよ」
すぐにそこから、さらってやるから。
「ともひろがそばにいてくれるかぎり、そんなことはないよ」
腕の中で、とわが嬉しそうに笑って、頬を摺り寄せた。




「けど…。いいなー、結婚」
夕飯の準備をするためにキッチンに立ったとわが、羨望混じりのため息をこぼした。
カウンターの向こうから漂ってくる匂いに鼻を鳴らしながら、灰皿を取る為にオレは席を立った。
「この式場の大聖堂ってね、ステンドグラスがすごくキレイなんだって。私、行ったことないからすごく楽しみなんだけど」
「どこも同じだろ」
「もう! ムードないなぁ、ともひろは。女の子はロケーションとかシチュエーションとか、すっごく重要なんだからね!」
「はいはい」
システムキッチンに備え付けた棚から新しい灰皿を出しながら、オレは苦笑した。
とわは意外にロマンチストだ。
結婚に対しても、彼女なりの強いこだわりがあるらしい。

「タケルのタキシードってやっぱり白かな? でも白って、着る人を選ぶからタケルじゃ服に着られそう。黒って柄じゃないし……。無難にグレイとか持ってくるかな。ていうか、タケルのタキシード姿、想像したら笑えるんだけど……」
招待状を開いた瞬間から、とわの頭の中は結婚式のことでいっぱいらしい。
仕事柄、仕方ないといえば仕方ない。
これも一種の職業病みたいなものなんだろう。



だけど。

こっちは出張から戻ったばかりで、満足に話もしてないっていうのに、出て来る話がタケルのことばかりじゃあ、面白くない。
とわの背後に回って、両脇に手をついた。
キッチンとオレとの間に彼女を挟んで、逃げられないように後ろから抱きしめて、耳元で甘く囁く。


「オレらもするんだろ? 結婚」

浮かれた彼女が、オレの気配に気づくわけもなく、突然与えられた刺激にビクリと体を強張らせた。
「ちょ、っ…ともひろ、いつの間に……や、ぁっ」
髪をかき分けて、耳たぶを遊ぶように噛んだら、とわ唇から甘い息がこぼれた。
腕の中で体の向きを変えさえて、そのままキスで唇を塞ぐ。
唇だけで柔らかく触れるキスを繰り返しながら、味わうよう舌でなぞる。
五日ぶりにじっくり触れたとわの唇は柔く甘く、いつまでもずっと、味わっていたくなる。



「………先に風呂、入ったのか? いい匂いがする」

抱きしめた腕の中から、彼女の匂いが立ち昇ってオレを包み込む。
あまり深く吸い込んだら頭の芯がクラっとして、ものを考えられなくなりそうだ。
「汗かいたから、シャワーだけ先に……、あっ」
弱く頼りない声が漏れて、忍び込んだオレの手を、服の上からとわが慌てて押さえる。
「ちょ…っ、や、だ、ってば……!」
胸を軽く包むだけで、とわの体が過敏に反応する。
文句を言うくせに、次第に柔らかくなっていく体は誘っているようで。
恥じらいの滲んだ横顔にますます、ブレーキが利かなくなる。
キャミソールの肩紐をずらして、あらわになった胸元に唇を押し付けたら、オレの肩に添えていた手がわずかな抵抗をみせた。
それもできないように、細い腕にも唇を這わす。
「や、だ…っ、ともひ、ろ……っ、ダメ!」
「ダメじゃないくせに」
「だって…っ、もうすぐ夕飯、出来るのに! ともひろが食べたいって言うから、頑張って作ったの! ロールキャベツ!」
抱きしめた腕の中で、とわが抗議の声を上げた。
泣きそうな声で、キッと威嚇する。
視線を泳がせると、キッチンカウンターの上には料理本が数冊と、ネットで検索したロールキャベツのレシピのコピーが散乱していた。
料理があまり得意でない彼女の努力の跡が垣間見れる。
だけど。
そんな顔でダメはないだろ。
頬を両手で包みこんで顔を上げさせると、泣きそうな、困ったような、そのくせ待ち侘びているような表情をしていた。
じれったくてオレはそのままとわを抱き上げた。



「ロールキャベツはあとの楽しみに取っとくよ。それよりも、今はこっち──────」
寝室のドアを足で蹴り開けて、ベッドに押し倒した。
「っ、ともひろ…、や…っ、 ほんと、ちょっと待っ」
「待たない。先にシャワーを浴びたのは、こうなることを予測してたんだろ?」
「ば……ッ、ちが──────んぅっ」
逃げられないように上半身を被せて、強引に舌をねじ込むと、とわの唇から切ない声が漏れた。
「…ッ、ふ、ぁ」
唇をふさがれたまま、とわが抗議するようにうめくのが、尚更に欲情を誘う。
服をはだけさせ、指先でゆっくりと肌をなでたり、触れるだけのキスを飽きるほどくりかえして。
時折強く肌を吸い上げながら、首筋から腰まで、ことさらゆっくりと舌を這わせると、とわの唇から抑えていた声が漏れた。
潤んだ目のふちや頬がほんのりと薄紅に染まって、オレを熱っぽく見上げてくる表情に加減を忘れそうになる。





「タケルの話なんかどうでもいい」

久しぶりに帰ってきたのに、出て来る話がタケルのことばかりじゃあ、面白くない。
その可愛い唇で。かわいい声で。
オレの名前を聞かせて。


「……もしかして、ともひろ…。妬いてるの?」
「そうだよ。悪いか。五日ぶりに帰ってきたのに、口を開けばタケルの話ばかり。オレは゛おかえり゛の言葉も聞いてないつうのに」
過去に不安も嫉妬もないけど、他の男のことでとわが嬉しそうな顔を見せるのは、やっぱり嬉しくない。
それならもう、オレのことしか考えられないぐらい、意識をそっちに持ってってやるしかないじゃないか。
オレが素直に口にした嫉妬に、とわが嬉しそうに目を細めた。
首に腕をまわして抱きついて、引き寄せて、耳元でとろけそうに甘い声で囁く。





「………おかえり、ともひろ。ずっと待ってた」


本当に最近の彼女は素直で可愛すぎて、参る。
手放したタケルは馬鹿だ。
一生、後悔すればいい。









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