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Love Letter 3 サイド*masiro
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広い通りに出てタクシーを捕まえて、ホテルに移動した。
フロントで荷物をお願いして、部屋へと上がる。
案内された部屋は、ふたりで使うにはもったいない広さで。
家具や調度品、照明に至るまで、しつらえの全てにこだわったデラックスルーム。
地上18階の大きな窓から見える夜景は、星屑を散りばめたみたいに綺麗だった。
「……こんな高そうな部屋、いいのかな…」
「いいんだよ。姉貴から俺たちに卒業祝いってことだから」
部屋は海月さんからの、卒業のお祝いのプレゼント。
嬉しいけど……。
ここまでグレードの高い部屋だと気を使う。
だって。
キッチンとか、部屋専用の露天風呂とかあるんだよ?
ダーツとか、Wiiとか、ボードゲームとか。
娯楽設備も充実していて、一晩じゃ使いこなせない。
さっそく部屋を探索していた蒼吾くんが、備え付けられた冷蔵庫を開けてやんちゃな笑顔を見せた。
「飲む?」
手にはビールの缶。
私は慌てて首を横に振る。
だって。
アルコールはまだ、味も楽しみ方もわからない。
「だよな? つか、酒がうまいと思えんし」
…そうなの?
てっきり、蒼吾くんは飲める人かと思ってた。
四国のおじいちゃん、強かったし。
日本酒とか、ぐいぐい飲んでたもん。
あの血を引いてれば、蒼吾くんもかなり強いはずだけど。
「まだ知らなくていい。どうせそのうち、嫌でも付き合わなきゃいけなくなるときが来るんだし。
それに今日は酒に潰れて大事な時間、台無しにしたくねえもん」
缶ビールをもとの場所にしまいながら、蒼吾くんが窮屈そうにネクタイを緩めた。
「あーッ、疲れた!!」
革靴を蹴飛ばして、そのまま勢いよくベッドにダイブ。
上質のスプリングが、蒼吾くんの大きな体を柔らかく跳ねさせた。
気を利かせてくれたのか、部屋はツインじゃなく、ダブル。
そういう関係なのがお見通しなのは、ちょっと恥ずかしい。
「蒼吾くん。ちゃんと脱いでからじゃないと、皺になっちゃうよ…」
「べつにいいよ。すぐにクリーニング出すし」
「でも……」
「ましろも靴、履き替えてこいよ。痛いんだろ?」
慣れないヒールは半日もしないうちに、私の両足に大きな水ぶくれを作った。
あまりの痛さに、ママに電話して履きなれたミュールを持ってきてもらったほど。
背伸びはダメだなぁ。
ぺったんこのスリッパに履き替えたらホッとした。
靴はやっぱりこうでなくちゃ。
キラキラをたくさん散りばめたストッキングも、ほんとはずっと気持ちが悪かった。
早く脱いで足を開放したいところだけど、蒼吾くんの前でそれはやめた。
お風呂はいるときにしよう。
「─────ましろ」
柔らかく呼ばれた気がして振り返ったら、蒼吾くんが笑ってた。
ベッドの上で胡坐をかいて、ぽんぽんって。
その隣を叩く。
甘い微笑みが私を誘う。
えーっと……。
「……先に、着替えてしまいたいんだけど……」
シフォン生地のワンピース型ドレスは皺になりやすい。
この日の為にママに頼み込んで高いドレスを買ってもらったから、大事にしたい。
「ダメ。今すぐ来て」
「今すぐって……」
「可愛いから脱ぐの禁止。つか、もっと近くで見せてよ。一日中バタバタしてて、俺ちゃんと見れてない」
困る、その顔。
ちょっと意地悪な、いたずらっ子の顔。
そんな顔でお願いされたら、NOなんて言えるはずがない。
おずおずと距離を寄せる。
すぐそばまで来たら、もどかしいといわんばかりに、蒼吾くんが私の腕を引っ張った。
優しいけど、少し強引に。
「わ…っ!」
身構えてなかった体は、ぽすんと蒼吾くんの腕の中に納まって。
そのままぎゅっと抱きしめられた。
子どもが母親に抱きつくみたいに、腰に腕を回して抱きついてくる。
短く立てた髪が顎に当たった。
汗かくと匂いがキツクなるからいやなんだ、って。
普段は何もつけてない髪が、今日は整髪料で整えられてる。
いつもと違う蒼吾くんの匂い。
礼服もネクタイも。
俺が着ると七五三みたいで笑っちゃうよな、なんて蒼吾くんは言ってたけど。
ちっともそんなことないの。
格好よくて、大人びて見えて……ドキドキする。
「……この服。いつ買ったの?」
蒼吾くんが下から見上げた。
「わりと…最近」
先週…だったかな。
「日下部と?」
「選びに行ったのは凪ちゃんとだけど、最終的にはママに見てもらったの。
……似合うかな?」
「うん。すげえ、可愛い。ましろに似合ってる。スカートがちょっと短すぎる気もするけど……今は俺しかいないから、それも良し」
「なにそれ…」
蒼吾くんが眩しそうに目を細めて、私の手を取った。
そのまま胸の高さまで持ち上げられて、社交ダンスでもするみたいにくるりと回された。
スカートがふわんと膨らんで、柔らかく落ちてくる。
「うん。やっぱ可愛い」
もう一度言われて、恥ずかしさに逃げたくなった。
誰よりも蒼吾くんに褒めてほしかった。
だけど、そうやって面と面を向かって何度も言われると。
嬉しさよりも恥ずかしさが勝ってしまう。
なんだか、私が言わせてるみたい。
「……もういい?」
「まだもう少し。脱ぐなら俺が脱がせたいし」
「やだ、そんなの。自分で脱ぐから」
真っ赤になって慌てた私を喉の奥で笑いながら、くるりと体勢を変えた。
視界が回転する。
今度は私を後ろから抱きしめて、蒼吾くんが首筋に顔を埋めた。
「……疲れた?」
「ううん。平気。すごく楽しかった」
蒼吾くんの親族は賑やかで、温かで、優しくて。
みんな大好き。
「久しぶりに四国のおじいちゃんとおばあちゃんにも会えて、嬉しかった。
次は蒼吾とましろちゃんの番ね、って言われたよ」
「俺も言われた。つうか、催促? 早くひ孫の顔が見たいとか、順番飛び越えてるだろ」
指が優しく髪を梳く。
くすぐったくて、でも気持ちいい。
「ふたりともましろのこと、気に入ってるからなぁ」
私も。
おじいちゃんもおばあちゃんも、大好きだよ。
「…でもさ。俺が葵よりも先に結婚したら、絶対、殺されると思わねえ?
見たか? ブーケトス。普通、あれって友人だけだろ? 親族は遠慮するもんじゃね? なのに一番まん前陣取ってさ、必死の形相で花を奪い取って、どんだけ結婚願望高いんだよって俺、身内としてすげえ恥ずかしかった」
数時間前の葵さんを思い出して、私はくすくすと笑った。
「気迫に負けて……つうか、葵に遠慮して、誰もブーケ取れないし」
「でもね、そのブーケ、私がもらったんだよ?」
「…マジで?」
「うん。ずっと持ってたでしょ。あれがそう」
受け取ったままの形で、ブーケがテーブルの上に置かれてる。
あとでお水につけなくちゃ。
「あの花束、ブーケだったのか」
「私のために葵さん、一所懸命取ってくれたみたい」
「葵が人のために、ねぇ…」
「なんかみんな、いろいろ気を使ってくれてる」
優しさが温かくて、胸が痛くなる。
「そっか……」
おっきな手が髪をかきまぜたあと、そっと私の手を握った。
温かくて頼もしくて、優しい手。
あたしの指に絡んでくる指は、長くて、ゴツゴツしてて、骨ばってて。
たくさん豆が潰れた皮のぶ厚い手は決してキレイとはいえないけど、いつも私を包み込んでくれる優しい手。
その手をに握りしめると、胸が少し苦しくなる。
「……すごいね」
「うん?」
「夜景。星が地上にあるみたい」
「……気に入った?」
「もちろん。でも……、こういう人工的な夜景よりも、四国のおばあちゃんちで見た本物の星空の方が私は好きかな。すごいよね、あれ。星が降ってくるっていう感覚、初めて経験した。あの星空はどこにも負けないよ……」
「それ、ばあちゃん達に言ってやって。すげえ喜ぶから」
まるで自分が褒められたかのように、蒼吾くんが嬉しそうに顔をほころばせた。
「……また、行けるかな?」
河で遊んで、北村のお店のアイス食べて、縁側で花火するの。
今度は向日葵畑にも行ってみたいな。
「次行くときは水着、着てくれる?」
「えー…。考えとく」
「着てくれないなら、連れてかない」
蒼吾くんがそっぽを向いて、本気でむくれた。
ひどいなぁ、蒼吾くん。
あたしが泳げないの、知ってるくせに。
「だから教えてやるつってるじゃん」
「……やだ。蒼吾くん、スパルタっぽいもん」
「彼女には優しくします」
「ほんとう?」
「ああ。ホント。だから、今年の夏も行こう」
大人びた笑顔を見せて、蒼吾くんが手を出した。
「ゆびきり」
本当は指切りは小指同士で約束するものだけど。
蒼吾くんが差し出したのは、左手の薬指。
一瞬戸惑った私の手を取って、向かい合う。
真摯な瞳が、真っ直ぐに私を見つめた。
「─────約束する。今年だけじゃなくて、来年も再来年も。夏だけじゃなくて、ふたりで旅行とか楽しいこといっぱいしよう。……なっ?」
そう言って覗き込んだ蒼吾くんの笑顔が、あまりに優しくて。
薬指を絡めたら、泣いてしまった。
ずっと我慢していたものが、止らない。
今日は絶対、泣かないつもりだったのに。
「ごめ…んなさい、ごめ…っ、泣くつもりなんて、なかった、のに……っ」
ぬぐってもぬぐっても、それは止らなかった。
堰を切るように溢れた涙はこぼれて、ポロポロと頬を伝う。
声を殺して泣き始めた私を、蒼吾くんはしょうがねぇなぁって、ポンポンと頭を撫でてくれたあと。
今度は正面から、優しく抱きしめた。
「……なあ、ましろ。頑張らなくていいから。一緒にいる今から、我慢しなくていい。
もうお前、ずっと我慢してるだろ? そうさせてんの、俺だけど……お前がそういう顔してんの、辛いんだ。こっちのがどうにかなりそう」
そう言う蒼吾くんだって。
今日はいつも以上に、はしゃいで、テンション高くて、優しくて。
私が泣かないように、寂しくないように。
精一杯気を使ってくれてるの、ちゃんと知ってたよ?
だから私も応えたかった。
とびきりの笑顔を見せて、明日からはもう、この街にはいない蒼吾くんを。
ちゃんと笑って、送り出してあげたかった。
ぎゅっと抱きしめてくれる蒼吾くんの力強い腕。
人より少し高い体温。
ましろ、って鼓膜を響かせてくれる、優しく低い声。
明日からは、隣には、いない。
「……荷造り、できた?」
「昨日、全部送った。あとは身の回りのものと一緒に……オレが行けばいいだけ」
「そっか……」
それ以上は声にならなくて、私は顔を押し付けるみたいにして、蒼吾くんに抱きついた。
一緒にいるのに、寂しい。苦しい。
「たくさん泣かせると思う。勝手に決めてごめんな。
俺が進路を決めたとき、行って来いって、背中を押してくれて本当に嬉しかった。ましろが俺の彼女で本当によかった。
そばにいられなくてごめん。でもそのぶん、電話する。メールもする。休みが取れたら、会いに行くから─────」
ぎゅうっと、背筋が弓なりになるほど強く抱きしめられた。
語尾が掠れて歪んでる。
顔は私の髪に埋められて見えないけれど、泣いてるのかもしれなかった。
胸が破れそうになる。
「約束する。卒業したら絶対、園田のこと迎えに行くから。
4年間、待っててほしい」
蒼吾くんの腕の締め付けが強くなる。
息苦しいぐらいに抱きしめてくれる。
確かにここにいる、ここにある。
その現実が切なくて、苦しくて。
もう、涙が止らなかった。
明日は泣かないから。
笑顔で見送るから。
今日だけは蒼吾くんの胸で、泣かせて。
形に見える絆が欲しかった。
すがるものが欲しかった。
これから。
それぞれの道を歩むことになる私たちの未来に、確かな約束が。
ねえ、蒼吾くん。
その頃の私たちにとって、この恋が全てだった。
なんの疑いもなく、信じてた。
たとえ距離が遠く離れてたとしても、私たちふたりの絆は永遠なんだって。
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