あたしの名前は、中田鈴。
平凡な名前からは似ても似つかない、派手な外見、メリハリボディが自慢の25歳。
独身。
さっきまで一緒だった彼、酒井ともひろは高校時代の同級生。
最近、あたしの親友、花井とわと結婚が決まって、幸せの真っ只中。
ずっと好きだった彼女に、ようやく手が届いた。
くっつくなら、もっと早くにまとまってくれよって思う。
そうすれば、あたしだってこんなにモヤモヤすることなかったのに。
「あ、鈴。おかえりー。どこ行ってたの?」
ふたりを見送ったあと、みんなのいる場所に戻ってみれば、それぞれが時間を満喫していた。
泳いだり、ビーチバレーしたり、携帯いじってたり。
自由気まま。
「海の家」
「にしては遅かったけど、混んでた?」
「たちの悪いナンパにつかまったのよ」
「えー? またぁ?」
「すげぇな、中田。今日何人目だよー」
携帯をいじってた大野がこっちを見上げて、無神経にケラケラと笑った。
「うっさい。バカ大野!」
睨みつけたら。
「……なんか俺、悪いこと言ったか?」
バツの悪い顔で、隣の朝子と顔を見合わせる。
今あたしは、虫の居所が悪いのよ。
こういう場所でのナンパの数は、軽い女のバロメーターな気がする。
だってわざわざこんな場所で、本命を探したりしないでしょ。
男なんて、本能で動く生き物。
やることしか考えてない。
下品な話、てっとり早くやれればいいって、心の中で思ってる。
こういう場所で声をかけるのは、軽くて遊んでそうで、簡単にひっかかりそうな女。
それがあたし。
そりゃ、悪い気はしないよ。
いくら軽そうに見えても、「おっ!」って思える美人じゃなくちゃ声は掛けない。
女の魅力を感じなきゃエッチだってなしだ。
ていうか、あたしレベルだったら、かけられて当然だと思うのよね。
だって、女を磨く努力は日々してるもん。
通り過ぎたあとに立ち止まってまであたしをふり返る男を見ると、ガッツポーズを決めたくなる。
気持ちのいい優越感。
だけどそいつらは、あたしのことを好きってわけじゃない。
かわいい、タイプだって、いくら褒められても。
そこに『愛』はない。
まあ。
ナンパに愛を求められても困るんだけどね。
「あ、そうだ。とわね。お迎えが来たから先に帰ったよ」
知ってる。
今そこで会ったもん。
「ご飯食べに行くんだってさ。式を予定してるレストランで、打ち合わせも兼ねて。
あのふたり、一緒にいるのが自然すぎて、付き合ってるって言われてもイマイチピンとこなかったんだけど、そういうの聞くととホントに結婚するんだなぁって羨ましくなっちゃった」
「……朝子、カレシいるじゃん」
「いるけど……。長すぎてマンネリ。付き合い始めの頃はあれだけラブラブだったのに…気付いてみれば今や長年 連れ添った夫婦みたい。休日といえば、彼んちでマッタリ過ごすだけで、デートらしいデートなんて最近全然だもん」
あたしみたいに短すぎるのもどうかと思うけど。
マンネリになるほど、長すぎる経験なんて、あたしにはない。
「さて。うちらもそろそろお開きにしよっか。最後にひと泳ぎしない?」
「ゴメン。あたし今泳いできた」
バカな男に飲み物こぼされたから。
ついでにシャワーも。
「荷物見てるから行ってきなよ」
じゃあ、と頭を下げた友人たちが見えなくなったあと。
あたしはレジャーシートの上に腰を降ろして膝を抱えた。
数分前を思い出すと、気が滅入る。
水着もメイクも完璧だったのに。
あたしには見向きもしなかった酒井くん。
腕を取っても、自慢の胸を押し付けても、何も感じてないクールな横顔。
一応ね。
あたしに気がなくても、たとえ彼女がいるやつでも、ドキリとするのよ。
柔らかくておおきな胸を素肌に近い状態で押し付けられたりなんかしたら。
酒井くんは昔からそう。
過去に一度だけ付き合ったことがあるけど。
迫っても、キスをねだっても、体を重ねても、これっぽっちもあたしに興味を示さなかった。
いくら体だけの男でも、エッチの最中はあたしに夢中になるのに、あの人はあたしにはまったく興味がない。
あんな惨めなセックスは初めてだった。
べつにロマンスを期待してたわけじゃないし、人の男を誘惑したいとか、そういうつもりもない。
酒井くんがとわ以外の女に興味がないのは、ずいぶん前から知ってたし、とっくにあきらめてる。
だけど。
「ああも無反応だと、さすがに凹わ」
酒井くんはいつも、あたしの自信やプライドを、ことごとく覆す。
「……あーあ。なんか頭、痛いや」
ぐずと鼻を鳴らして、抱えた膝の上に額を乗せた。
「…ッ、きゃぁ!」
突然、頭に何かをかぶせられて、あたしは飛び上がる。
見上げれば、でかい図体を折り曲げた金子。
「なに、たそがれてんだよ、中田! らしくねーな」
あたしを覗き込む無神経な笑顔にイライラする。
ていうか、なにこれ。
麦わら帽子?
「……ダサ」
思ったことが口をついて出る。
被せられたのは、つばの広い大きな麦わら帽子。
よく畑で農作業してるおじいちゃんやおばあちゃんが被ってるみたいなあれだ。
「夕方っつってもまだ日差し強いんだからな、被っとけよ」
「やめてよ! 髪が乱れるから!」
それをますます深く被せてくるから、あわててとった。
ていうか、そんなのどこで売ってんのよ?
ていうか、それで電車に乗ってきたの?
信じられない。
「見た目よりも機能じゃん。遊びに来て病気になるほうがシャレになんない。
つか。俺、電車じゃなくて、バイクだって。 メット被って、首にこれぶら下げてぶっとばしてきた。首絞まるかと思ったけどな」
馬鹿じゃないのか、コイツは。
やることなすこと、いちいちガキっぽくってやだ。
もう25でしょ。
中学生じゃないんだから。
「つか、他の奴らは?」
「最後にひと泳ぎしに行った。あんたも行ってくれば」
はっきりいってウザイ。
隣に寄り添わないで。
可愛いあたしに、ダサいあんたじゃ釣合わない。
「いや、いい。もうしこたま泳いだし、ここに残る。ホラ、お前いろいろ心配だし」
心配?
「さっきも男に絡まれてたろ?」
見られてたのか。
ていうか。
「見てたんなら助けなさいよ」
あたしがあからさまに嫌な顔してたの、気づいたでしょ。
付き合い長いんだから。
「危なくなったら行こうと思ってたら、酒井の登場じゃん。俺が出ていけるわけないってー」
頭をかきかき、がははと豪快に笑う。
あんたにプライドはないのか。
そんなんだから、あんたはいつまでたっても脇役なのよ。
彼女できないのよ。
見た目がっつり体育会系なくせに、奥手で、お節介なぐらい人に優しくて。
草食系男子?
一時期流行ったけど、あたしは苦手なタイプ。
男ならさ、押し倒すぐらいの根性見せてみろ。
「…ああ、もう頭痛い」
あたしは膝を抱えた。
「ほらみろ。炎天下にそんなかっこでずっといるから」
「べつに日差しのせいじゃないけど」
腹が立つから言ってやった。
「ホルターネックってさ、一点で支えるから重いのよ」
「なにが?」
無邪気にきいてきた笑顔にますますムカついて。
「おっぱい」
わざと大きな声で言ってやったら、周りにいた知らない人が、ぎょっとした顔をした。
ついでに隣の金子もおんなじ顔。
ばっかじゃないの?
腹いせに、わざと腕で谷間を強調するように胸を寄せて、上目遣いで思いっきり顔を作って見上げてやった。
「ば、ばっか…ッ! お前、こんなとこで…ッ」
金子は予想通りの反応。
なによ、真っ赤になっちゃってさ。
酒井くんの無反応もイラつくけど、そういう反応もどうかと思う。
経験ぐらいあるんでしょうが。
「……もういいから。マジで頭痛いからあっち行ってよ」
わざとらしいため息をついて、手を降った。
ひらひらと。
「だったらなおさら、俺がいたほうがいいだろ! 倒れでもしたら……つか、医務室行く?」
「いいから、ほんとあっち行って。マジうざい」
「ちぇっ。人が心配してやってんのに…」
足げにされてふて腐れた金子が、諦めて立ち上がった。
相変わらずでかい。
真横に立たれるとぬりかべみたいな威圧感。
「何かあったら大声で呼べよ。あっちで泳いでっから」
あんた呼ぶぐらいなら、自分で歩いて行くわよ。
正義感溢れる、凛々しく逞しい男。
いちいちリアクションが派手で、あつかましくって。
金子がそばにいると、気温が二度上がる。
暑苦しい。
キライ。
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