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春を待つキミに。 1



想いが通じたことなんて一度もなかった。
たくさんのヒトに「好き」と言われたって。
たったひとりのキミが、振り向いてくれないのなら。
意味なんてないのに────。

***********************

春を待つキミに。 1  サイド*佐倉

***********************


「しばらく田舎へ帰ろうと思うの」


学校から帰っていつものようにリビングのドアを開けた時だった。
母にそう告げられたのは。

小学4年生の夏休みもあとわずかで終わり。
久しぶりの登校日でクラスメイトと顔を合わせて。
夏の思い出やもうすぐ始まる新学期への期待に盛り上がって帰ってきたところだったのに。

「…え…」

意味が分からず恐ろしくぼんやりと聞き返してしまった俺に、母が大きなため息をついた。
突っ立ったままの俺にダイニングテーブルの向こうに座るように勧める。
母は化粧品会社の社員だ。いつも忙しく動き回っている。
休日でもないのに珍しく家にいる母にも驚いたけれど、次に出た言葉に俺は動揺を隠すことができなかった。


「お父さんとは、しばらく別に暮らそうと思っているの」


いつもきっちりメイクを施して、どんな時にも颯爽としている母がひどく疲れているように見えた。
妹の姿はなかった。
このぐらいの時間だと保育園へ行っている時間だ。
この場にいなくてよかったと思う。
もちろん小さな千尋(チヒロ)にはその意味は分からないだろうけど、親のそういう感情の起伏には敏感だ。
はっきりとした言葉には出さないけれど、俺だって別々に住むことの意味ぐらい分かる。


「隼人(ハヤト)はどうしたい?」


「…え…」



「お父さんが好きでしょう?いつもくっついて絵を描いていたから。学校だって。もう四年生なんだもの。仲のいい友達だっている」


父に付いて東京に残るか、母と一緒に田舎に帰るか。
どちらかと聞いているんだ、と思った。


「…父さん、は…?」


問う声が知らず、震えた。



「…いつものところ、よ…」


苦笑を浮かべながら奥を指差した。




* * *



ドアを開けたら絵の具の独特な匂いが鼻をついた。
ブルーシートを敷き詰めた上に、昨晩、水張りをしてそのままになったパネルが置いてあった。
それとは別のB2サイズのパネルに向かっていた背中が振り返って。
「おかえり」
と無邪気に微笑んだ。
八畳ほどの部屋に、汚れ防止の為にブルーシートを敷き詰めただけの小さなアトリエ。
パネルや美術書、画材が置かれただけの殺伐とした部屋。
開け放たれた南側の窓から、ムンとした夏の風が頬を撫でてじわりと汗が浮ぶのを感じた。
部屋はかなり蒸し暑いのに、それを微塵も感じさせない爽やかな横顔がパネルに向かったままに呟いた。


「久しぶりの学校はどうだった?」

普段と何も変わらない様子で黙々と色を乗せる。
なんて呑気な。
イラっときた。

「母さんから聞いた」

ぶっきら棒に言葉を落とす。

「…そうか」

一言、そう漏らして、それでも彼はパネルに向かう。
ここのところの父は、何かに憑かれたように部屋に篭ってずっと描いていた。
まるで何も見えなくなったかのように夢中で絵に没頭するのは、いいことなのだろうか。悪いことなのだろうか。
それは芸術家としては『長所』であるのだろうけど、父親としては『欠点』でしかない。


「隼人も一緒に描くかい?」


窓辺に立て掛けてあるスケッチブックを指差した。
その手にはパネルと同じ色のアクリル絵の具が付いていて、落としきれなかった他の色が爪や指の間にもこびり付いていた。
それをバケツの水で落として、紙パレットにまた新しい色を溶く。
彼は基本、指で色を乗せる。
筆やナイフを使っていても、いつの間にかそれを投げ出して指で色を乗せてしまう。
その方が独特で味のあるタッチが出るんだとか。
俺には真似できないけれど。


「別々に住むって、なに。…どういうことだよ」


要領を得ない会話に苛立ちがちりちりと積もる。
父さんはいつもこうだ。
作品を描き始めると世界に入り込む。
話しかけても「んー」とか「ああ」とか中身のない返事ばかり。
母はそれが嫌だったのかもしれない。


「んーー…」

「んー、じゃないっ。ちゃんと話、聞けよ!」


突然出した大声に、彼の描く手が止まったけれど。
でもそれは、ほんの一瞬で。
また何事もなかったかのようにパネルに色を落としていく。
苛立ちを掌に握りしめて、それを振り上げたくなる衝動をぐっと押し込める。
横顔の彼に感じるのは確かな怒り。
けれども湧き起こるのは違う感情だった。
窓の向こうから聞こえてくる蝉の鳴き声だけが、虚しく空間を埋めていく。



「どういうことって、そういうことだよ…」


まるで大した事ではないかのように、そう告げられた。
昔から芸術家とスポーツマンは頑固者が多いって聞くけれど、父はまさにそれだ。
気難しい頑固者とは違う、繊細で穏やかなくせに自分が決めたことは頑と譲らない。
たとえ俺や妹が泣いてすがったところで、状況は変わらないのだろう。
彼の中で“答え”はもう出ているのだから。


「俺は…どうしたら、いいんだよ…」


声が、震えた。


「どうするのかは、隼人が決めればいい。自分の思うように生きなさい」


なんだよ、それ。

大人なんて勝手だ。
自分の生きたいように生きろ、だなんて。
所詮、未成年の俺たちには選択の余地なんて限られてるのに。
大人の勝手な都合で振り回すくせに、後で責められるのが嫌で肝心な選択は俺たちにさせる。
あとで後悔する時がきたとしてもそれは、「自分で決めたことでしょう?」と責任転換してしまえばいいのだから。


悔しくて悔しくて、唇を噛み締めた。
昨日まで当たり前にあった幸せは、もうそこにはなくて。
取り戻したいと願っても、修復できないくらいに変わりゆくこともあるんだと、現実を知った。



小学四年生の夏。
窓の向こうから聞こえてくる蝉の鳴き声だけが、無駄に聞こえた。





* 



二学期のスタートから少し出遅れて、俺は田舎の小学校に通うことになった。
母の実家のある小さな街。
駅前のマンションに部屋を借りることになった。
別にばぁちゃんちでもいいだろって思ったけど。
いわゆる“出戻り”になるのは格好が悪くて、プライドの高い母には無理な選択だった。
田舎、といってもコンビニもないような辺鄙なところではないし、電車もバスも普通に走ってる。
十五分置きに郊外電車が二両ほど列を連ねて走る程度の小さな街。
まだまだ緑が残っていて、郊外へ出れば鮮やかな田園風景が広がる。



高台にある桜塚小学校。
桜の名所として有名らしく、学校へと続く通学路にはソメイヨシノの木々が並んでいた。
屋上に登れば、遥か向こうの地平線に海が見える。
“描く”題材としては最高の場所だった。







「…佐倉くん」

いつものように屋上でスケッチブックを広げていたら、声を掛けられた。
柔らかで女の子らしいあまり聞き覚えのない声に、俺は描いていた絵から顔を上げた。

…またか。

思い詰めたような泣きそうな顔と視線がぶつかった。
こういう表情の女子は何度か見たことがある。
転校してきてこれで三度目。
頬を真っ赤に染めて潤んだ視線で見つめられれば、次に出てくる言葉が嫌でもわかる。


「…佐倉くん、あのね…。私───」


案の定、その子は俺に好きだと告白してきた。
できるだけ穏やかな笑みを浮かべながら、それを丁重に断って。
パタパタと校舎を鳴らす上靴の足音が消えていくのを耳にしながら、ひとつため息をついた。


転校してきて間もない俺に、簡単に好きだというクラスの女子。
好きだという気持ちがわからない。
『恋』という気持ちがどういうものなのか。
その当時の俺には、全くわからなかった────。





>>To Be Continued


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春を待つキミに。 comments(7) -
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Comment








うは!
待ってましたよ〜><
佐倉くんと凪の物語、ドキドキです♪
……って、テンションあげてどうする、な展開ですね。
思い出します。そうでした、佐倉くんの家は……。
小学生の頃の回想シーンへいかれるのですね!
どういう繋がりになっていくのか。
二人がどう思いを通じ合わせるのか。
とっても切なく優しい物語になりそうな予感。
応援&楽しみにしています!
頑張ってください♪(って、私と同じで書き上げ更新なんですよね・汗…カキアゲ…よし、晩飯はかきあげにしよう←コラ)
from. 史間 | 2007/09/18 21:42 |
お久しぶりです〜
中3のひなたです〜
この日を楽しみにしてました!
ほわわんとした物語になってほしいですね〜♪

これからも楽しみにしています☆
頑張ってくださいね♪
from. ひなた | 2007/09/18 22:47 |
●○●史間さんへ●○●
ぶはは(笑)
夕飯に掻き揚げ、食べました(笑)?思わずコメント見て吹いちゃいました。
ようやく佐倉サイドです。本当は、『初恋』の凪サイド→蒼吾サイド→佐倉サイドと続けるはずだったのが、こんなところにきてしまいました。彼の過去を本編でやるには、ましろの恋愛とは遠ざかってしまうので…。
そうです。佐倉家は…(もごもご)。
春キミ。で、彼の性格を形成している根っこの部分を書いていけたらな〜と思ってます。またお付き合いくださいね♪


●○●ひなたさんへ●○●
お久しぶりでございます。またこちらに足を運んでいただいて嬉しいです♪
「楽しみにしていました!」それを聞くだけでも、頑張れます!!
結末は分かっているおはなしですが(本編の方で)、またお付き合いいただけたら嬉しいです♪♪
from. 管理人☆りくそらた | 2007/09/19 09:12 |
こんにちは、はじめまして。
日和ナツといいます。

今回初めてこちらのブログを拝見し、
ゆったりした心地にとても感激しました。
まだ全部の小説は読めていないので、
ゆっくりじっくり読んでいきたいです。
続きを楽しみにしています。
from. 日和ナツ | 2007/09/19 17:29 |
●○●日和ナツさんへ●○●
はじめまして。いらっしゃいませ。
嬉しいお言葉をありがとうございます。

素人の文章なので、まだまだ甘いところがたくさんありますが、読んでいただけるだけでとても幸せな気持ちになれます。
日和さまも物書きさんなのですね。綴られている言葉が綺麗でとても素敵でした。またゆっくりおじゃまさせていただけたらいいな、と思います。
コメントをありがとうございました。

from. りくそらた | 2007/09/20 09:09 |
今晩は!!
若き少年にとっては、やはり親の離婚と言うものは理不尽なものなのですね。
両親の離婚を経験し、自分自身で人生を選ぶよう言われた佐倉さんは、高校でひとりの少女から告白されましたね。
まだまだ恋と言う物が如何なる物か判らない佐倉さんとその少女の関係が、どのように変化して行くのか
今後の展開が気になるところです
from. | 2007/12/08 21:08 |
*要さんへ*
“離婚”というのは、大人であってもかなり覚悟のいる現実ですよね。それが子どもになるとなおさら。
そこの部分もうまく表現していけたらいいな、と思っています。今後の展開を楽しみにしていてもらえると、嬉しいです。
from. りくそらた | 2007/12/09 11:31 |
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