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春を待つキミに。 8
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春を待つキミに。 8  サイド*佐倉

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六年生になった春。
ましろちゃんの転校が告げられた。
突然に知らされたクラスメイトとの別れは、それを惜しむ間もなく。
いつも彼女の側にあったはずのあの柔らかい笑顔はもう、そこにはなかった。
変化はいつも、突然やってくる。







朝の会の記録を録ろうと机の中を探ったら、筆箱がないことに気が付いた。
この日の朝は、通学路に植えられたソメイヨシノが満開で。
いつもよりも早く登校していた俺は、授業の始まるほんの数分前まで屋上でスケッチをしていた。
いいところで、始まりを告げるチャイムに打ち切られてしまい、慌てた拍子にそのままそこに置き去りにしてしまったらしい。

面倒だなと思いながらも、隣の席のクラスメイトに借りたままというのも心苦しいので、俺は急いで取りに戻ることにした。
六年生に進級した俺達の教室は、校舎でも最上階の四階。
屋上までは、ひと回り階段を登ればいい。



「───園田が転校って、どういうことだよ?」



聞き覚えのあるハスキーな声が耳を掠めて、角を曲がればすぐのところで、俺は足を止めた。
駆け上がろうとした足がそれ以上、動かなくなった。


“転校”という言葉は、アイツを絶望のどん底に落としたに違いない。
担任の口からそれが告げられた時。
誰もが蒼吾を見た。
気持ちさえ伝えられる事のないまま終わりを告げた、クラスメイトの恋の行方に同情して。
でもアイツは、クラス中に注目されているのなんて目に入らないかのように、チャイムと同時に“ましろちゃんの親友”を連れ出した。
怒りに肩を震わせて。
「あーあ。日下部、可哀相に」と。
クラスメイトが漏らしたため息なんて、気付きもせずに。


「何で言ってくんなかったんだよ…っ!!俺が、あいつの事好きなの知ってるくせに…っ」

もちろん、その言葉は一理ある。
俺だって思った。
転校するんだって、ひと言、言ってくれればいいのに。
もう、あの砂糖菓子のようなまあるい笑顔が見られないのかと思うと、寂しさが募る。
だけど今さら、日下部を責めたって仕方がない。
もうましろちゃんはいないのだから。
でも日下部の気持ちを知らないアイツは、その言葉がどれだけ彼女を傷付けるかなんて微塵も気付かない。
もしいつか、彼女の気持ちに気付いた時、この日を思い出して罪悪感を抱くことも知らずに。


「私の気持ち、全然わかって、ない…っ」


途切れ途切れに聞こえてくる日下部の声が、ひどく心を揺さぶる。
泣きそうな日下部の声、初めて聞いた。
それを聞けば気持ちなんて一目瞭然なのに、前しか見えていない鈍感なアイツは、それに気付きもしない。
バカだ。蒼吾は。
本当にバカだ───。



「…俺だって辛いんだよ。
俺、あの時のまんま、ちっとも進歩してねぇよ。園田に、好きもごめんも。何にも伝えてねぇのに…っ!」



呻くように漏れた蒼吾の言葉を、日下部は今、どんな気持ちで聞いているのだろう。




気がつけば、俺はそこから逃げ出した。
行き違う気持ちが痛くて。
ちゃんと気持ちを見つめようとするほど、行き違って行くことが辛くて。
目を背けた。


───俺は今まで、日下部の何を見てきたのだろう…。


彼女は、ずっと強いヒトだと思ってた。
頭の回転が速くて、ムードメーカーで。
真っ直ぐ前を見つめる強い視線は人を惹きつけて、それを引っ張っていく強さがある。
そう思っていた。

でも違う。
日下部のそれは、弱さゆえの強がり。
自分の弱さを押し込めて唇を引き結び、黒髪をなびかせて凛とした表情を漂わせ、真っ直ぐに前を向く。
そうして張り詰めていないと、弱さに押し潰されてしまうから。
泣きそうな自分に負けてしまうから。
真っ直ぐに前を見つめる強い瞳は、迷わないための道標を見失わないためのもの。




彼女の涙は、誰が受け止めてやれるのだろう───。




* 



その日の午後は雨だった。
朝の天気予報では、降水確率10パーセントだったのに。
突然のバケツをひっくり返したような大雨。
まるで心から泣けない彼女の代わりに、空が泣いているような…そんな雨。



いつものように放課後、残っていると、学級委員会を終えた日下部が教室に戻ってきた。
六年生になっても彼女の優等生ぶりは相変わらず。
さすが、というべきか。


「何、描いてるの?」
窓際に椅子だけ移動させて、そこに膝を折って窓と向き合うようにスケッチをしていた俺を、日下部が好奇心のままに覗き込んだ。
「…え…?」
澄んだ瞳が大きく見開かれ、俺の顔と手元のスケッチブックを交互に見比べる。
「何でそんなに驚くんだよ」
小さく笑って座った位置から彼女を見上げた。
「だって…。窓の外を見て描いてるから、てっきり風景画かと思って…」
外は雨。
薄暗い雨模様を覗かせる窓ガラスに、ふたりの影が薄っすらと浮かび上がる。
俺は薄く微笑んで、それを指差した。

「セルフポートレートって言葉、知ってる?」
「…セルフ…ポートレート?」
聞きなれない言葉に日下部が可愛らしく首を傾げた。
「“自画像”って意味なんだけど」
「へぇ…」
頭にいっぱいクエスチョンマークを付けたような表情が、一瞬明るくなった。

「急にやりたくなって」
「人を描くのは苦手って、言ってなかった?」
「うん。でも、これは別なんだ」
「どうして?」
俺との距離を少し縮めて、小首を傾げる。
普段の俺なんて興味ないくせに、今日はやけに構ってくる。
それが少し嬉しくて、話を続けた。

「…セルフポートレートってさ、落ち込んでいる時ほど描くといいんだ。
“自分が今、どんな顔をしているのか。どんな顔で悩んでいるのか。正面から自分と向き合ってみることで、足りない何かに気付く。おのずとやるべきことが見えてくる。
はじめはひどく落ち込んだ顔も、二枚、三枚と描いているうちに、いつか笑っている自分にたどり着く───”ってね」
「それ、誰の言葉?」
「…さぁ。売れない画家?」
俺は肩をすくめて笑って見せた。

「落ち込んでんの?」
「ましろちゃん、黙って転校しちゃうしね」
日下部の顔が険しい顔になって、口をつぐんだ。
泣きたくなる気持ちなんてきっちり隠して、何も言わず窓の向こうに視線を泳がせる。
唇を引き結んだ横顔は“強がり”の顔になってる。

「…何で黙ってた?聞いてたんだろ。ましろちゃんが転校するって」

理由なんて分かってるくせに。
意地悪な質問をしてしまう自分の不甲斐なさと、情けなさに、呆れ果てて吐き気がする。
それでも、聞かずにはいられなかった。

「同じこと、聞くんだね。…蒼吾と」

微かに開いた窓の向こうから、雨の匂いがふわっと漂った。
掻き消えそうな細い声だったけれど。
周囲の激しい雨音なんてかき消して、俺の耳にダイレクトに届く。

「アイツ、怒ってたな」

一日中、不機嫌だった横顔が脳裏を掠めた。
いつも笑いの中心にいるアイツが、今日はちっとも笑わなかった。
その原因は聞かなくてもわかる。
アイツの不機嫌な理由の中に入り込む余地なんてないのも知ってる。

「…当然だよね。私、知ってて黙ってたんだもん…」

日下部が黙っていた理由も。
誰かの代わりにはなれないことだって。
ほんとはとっくに気付いてるのに。



「蒼吾が好きだって、ちゃんと言えばよかったのに」



日下部は、否定しなかった。
口に出したら、一気に気持ちが沈む。
俺、情けないな。
それを誤魔化すように視線を走らせた。
窓の向こう、雨足がどんどん強くなる。


実際、雨音が大きくて。
呻るように漏れた俺の言葉なんて、日下部の耳に届いていなかったのかもしれない。
けれど、その不用意な言葉が。
彼女の気持ちの深い部分を強く揺さぶってしまったのは、確かだった。

日下部と出会って2年。
ずっと見てきたっていうのに、彼女の涙ってモノを初めて見た気がする。
声を上げることも、肩を揺らして嗚咽を漏らすこともなく。
ただ、ひと粒の涙がほろり、と。
静かに頬を伝った。
ただ、それだけ。
ぬぐうこともせず、俯くこともせず。
涙の跡さえ残さないような、綺麗な泣き顔。
思わず、手を伸ばしそうになった。
ガラス越しに見える日下部の泣き顔に、触れるか触れないか…そんな微妙な距離で。
ガラスに映る彼女に触れることでさえ、躊躇ってしまう。


「バカだね、私。ましろがいなくなったら、少しは望みがあるかもなんて…。どうして思ったんだろう…」


気持ちはそんなに簡単じゃないのに、と。
小さく呟いた声が、雨音に消えた。





それからしばらく。
俺も、日下部も。何もしゃべらなかった。
俺は不安を塗りつぶすかのようにひたすらスケッチブックに向かい、時折、ガラス越しの彼女に視線を泳がせる。
描いていたセルフポートレートは、いつの間にか輪郭を変え、表情を変え。
鉛筆を白い空間に走らせて、恋の輪郭を辿る。



俺が描いたのは、初めて見た彼女の涙。





それが、彼女を描いたハジマリの日。




二枚、三枚と描いているうちに彼女が笑えるように。
いつか、心から笑えるように。


ただ、願いを込めて────。



>>To Be Continued

春を待つキミに。 comments(9) -
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Comment








うかぁ〜、せつないですね〜
みんな、みんな片思いで切なすぎです;
そしてみんな大人っぽいです〜

このお話は凪ちゃん目線もあるのでしょうか?
あったらいなぁ〜って思います♪
from. ひなた | 2007/10/17 20:29 |
●○●ひなたさんへ●○●
一方通行ばかりの恋は切ないですよね〜。
『初恋』と『片恋』がテーマのまほコトなので、そこの部分を上手に描けたらいいなと思っています。うまく伝わっていると嬉しいな。

このおはなしの凪サイドは、残念ながらありません。どうしても長くなりがちなので、スパッと省きました。楽しみにしていただいているのに、申し訳ないです。
ただ、前半部分のおはなしは本編のSeason8 初恋〜サイド凪の10話とリンクしています。まさかこの時、すぐ側で佐倉が聞いてたなんて…って感じですよね。

from. りくそらた | 2007/10/18 14:18 |
このシーンを読んだ後、佐倉くんが凪の絵を描いているシーンを読み返すと、切なさが倍増です。

佐倉目線でこの頃を読むのって新鮮だなぁ。
でも切ないですね。
強がりの裏の弱さに気づける男子(←笑)は希少価値ですよ!
たいてい気づかない。
たいてい蒼吾(失礼だろう)
from. 改めて。 | 2007/10/18 23:13 |
すみません、二度目……!(激恥)
この上の↑改めてさんは、私です!なんてこと……!!
from. 史間 | 2007/10/20 20:24 |
●○●史間さんへ●○●
お返事が大変遅くなってしまい、申し訳ないです。

…やはり史間さんでしたか(笑)
不在中も携帯でコメントはチェックしていたのですが、「文面からして史間さんっぽいな〜。でもURLが記載されていないし。でもそれっぽい…。」と思ってました(笑)ビンゴ!
改めて読み返してくれたのだな〜と、気持ちが伝わって嬉しく思います。
たいてい蒼吾は気付かない(笑)!(←この文章で史間さんっぽいと、確信していました
from. りくそらた | 2007/10/25 17:19 |
どうも、初です

切ないですね〜
特に最後の数行がめちゃめちゃ気に入りました
ラスト読むために何度も読み返しちゃいましたよ(笑)
これからも頑張ってください!応援してます!
from. ふぇ | 2007/10/26 21:45 |
●○●ふぇさんへ●○●
はじめまして。いらっしゃいませ!

ラストを読むために、何度も読み返してくださったなんて!嬉しいお言葉です〜。
忙しくてずっと更新ができなかったのですが、頑張る気力が沸いてきます。ヨシっ!
応援ありがとうございました〜♪
from. りくそらた | 2007/10/26 23:22 |
おはようございます!!
小学生の頃、園田さんの転校を告げられた佐倉さん達は子供心にそれぞれの衝撃と動揺を感じ取っていたのですね。夏木さんの台詞からは、彼が強く園田さんとの別れを残念がり悲しがっているのかを、察する事ができました。
自画像のデッサンは、人は落ち込んでいるときにこそ描くものと言われているのですね。
確かに落ち込んでいる時は、普段は見れない自身の顔を描きその心の内を確かめようと人はしてしまうものでもあると自分は思います。
果たしてこの後物語がどのように進んでゆくのか
次回の展開に期待します
from. | 2007/12/15 10:04 |
●○●要さんへ●○●
転校というのは、この時期は非常に辛く悲しいものですよね。
この話は本編を読んでもらっているとわかると思うのですが、凪サイドのシーンと深くリンクしています。
蒼吾の辛い心情だけでなく、凪の複雑な心情も察してもらえると嬉しいです。
from. りくそらた | 2007/12/17 00:53 |
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