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バースディ・バースディ 2




髪を結う園田の仕草が、すげえ好きだ。
縁側に胡坐をかいて、携帯をいじるふりしながら、オレはそれを眺めた。


前髪をいじる時の少しの上目遣い。
うなじに流れた一筋の後れ毛と、それを拾う細い指先。
俯く時、長い睫毛が頬に影を落として、ヘアピンを咥えた唇がむちゃくちゃ色っぽい。
柔らかな栗色の髪が器用に束ねられて、彩られていくさま。
あどけない園田の表情が髪を上げることでぐんと大人びて、ますますオレをドキドキさせる。


出かけるつってからもう、かれこれ20分。
園田はずっと鏡の前だ。
真剣そのものな横顔に、思わず手を伸ばしそうになる。




「おまたせ。準備、出来たよ」



鞠みたいな塊が、頭のてぺんでふわふわ揺れる。

なんつか。

猫が丸いもの見て、じゃれたくなる衝動、すげえわかる。





結ってほつれた後れ毛。
白いうなじに薄っすら浮かぶ汗の粒。
触れた柔らかさを知ってる分、すぐ側に見えるそれに触れられないつーのは、結構……酷なワケで。
意識するなっつー方が、無理な話。
まあ。
そういうことばっか、しにきたわけじゃねえから…さっさと頭、切り替えねえと。





「じゃあ、泳ぎに行くか」


「うん。でも───どこに?」



縁側から見える開けた景色は、見渡す限り山ばかり。
海に出る為にはバス停まで歩いて、そこから市バスを乗り継いで40分。
もと来た道を延々、戻らなきゃあならない。
ふたりで長距離ドライブつーのもいいけど、それは行きで十分味わった。




「いいか、園田。海やプールばかりが泳ぐ場所と思うな? こっちで泳ぐっつったら───川だ!」





これ。


この辺の常識。












じぃちゃんちは、公道から少し登った高い位置にある。
敷地の脇の細道には鮮やかな夏草が伸び、風にその葉をさわさわ揺らす。
すんと鼻を鳴らして息を吸い込んだら、夏の匂いがした。
遠くで蝉が鳴く。
心地良い葉音を聞きながらゆるやかな下り坂を降りて、道を曲がったところで、ばったり人と出くわした。


「───あ」

「お!」



お互いがお互いを認識し合った瞬間、声が重なった。



「…うえー。バカ蒼吾だ。サイアクぅ…」


あからさまに表情を歪めて毒づいたそいつは、三浦 大和(ミウラ ヤマト)。
じいちゃんちの隣の三男坊だ。
隣…つっても5、600メートルほど離れた向こうに家がある。
この辺のお隣さんとの距離は、ほとんどがそんなもんだ。
個々の家が広い野山に点在する。



「なんだ。その嫌そうな顔は。久しぶりに会えて、嬉しくねえのか? オレは嬉しいぞ!?」



三浦家の次男坊───つまり大和の2番目の兄貴とオレは同い年だ。
夏に行くたび、よく遊んだ。
金魚の糞みたいに、弟大和をくっつけて。
だからコイツもオレにとって、弟みたいなもんだ。
口が立って生意気なんだけど、何だかんだと言いながらも常にオレらの後を付いて来て、慕ってくる感が可愛い。
小学4年生…だっけ?
しばらく会わない間に、すっかり大きくなりやがって。


「あーっ! 馬鹿! 放せっ!」


嫌がる大和を首根っこから捕まえて、頭をグリグリ乱暴になでた。
そしたら大和のヤツ、本気でオレを突き飛ばしやがった。
ひでえ。


「ガキ扱いすんな! 蒼吾はいちいち、オーバーなんだよ!」
「喜怒哀楽を全身で表現して、何が悪い?」
「暑苦しいけん、やめろっ!」


口は悪いけど、本気で嫌がってない感は伝わってくる。
可愛くてしかたない。


「…ったく…。いつ、こっちに来たんよ…?」
「今日。昼過ぎ。寛太に聞いてね?」
「なんで寛太?」
「アイツの親父に乗せてきてもらったから」
「今から会うとこ。これから聞くとこ。ていうか……その人、誰なん?」



大和の視線はオレを無視して園田だ。
つま先から頭の天辺まで、遠慮なく視線で撫で回す。
その強い視線に園田が怯むぐらいに。






「この子は、オレのかの───」
「嫁だっ!」








ハイ?



「そーごのヤツ、マ・ジ・で!嫁連れてきとるやん!」
「やけんゆったろが。うちの父ちゃんがここまで乗せてきたんやけん、間違いないって!」
「だってさー、そーごが嫁なんて、信じられんかったけんさあ」



振り返れば小学生。
男3人集まって、こっちを指差してひそひそ笑ってやがる。




「なあなあ! 紹介してえや! その人、蒼吾の嫁なんやろ?」
嬉しそうな笑顔を振りまいて、一番に寄ってきたのは、寛太(カンタ)。
いがぐり頭が眩しい小学3年生。
「色白でべっぴんやったぞーって、父ちゃんが村中に言いふらしよった!」
その隣で、ニヤニヤ同じ顔で笑うのは喜助(キスケ)。
ふたりは一卵性双生児、いわゆる双子ってやつだ。



「父ちゃんなー、蒼吾の嫁を迎えに行くってめっちゃ張り切っとってさー、朝から軽トラ、ピカピカに磨き上げてやんの」
「そしたら母ちゃんにな、若い子にうつつ抜かしてんじゃないよー!って怒られてさ、白熱バトル!」
「母ちゃん、怒ると超こえーけんなあ」
「ギッタギタのメッタメタにされてやんの!」



今朝、港から乗せてきてもらったのは、この双子の親父つーわけ。
賑やか者の血は争えない。


「う、わー…。マジで色、白っ! 細っ! おまけに…結構、可愛いやん! 蒼吾には勿体ない。なあ、俺にせん?」

可愛い顔で笑いかけるのは、5年生の健人(ケント)。
村の小学生で1番、顔がいい。
つか。
園田を口説くな!


「なんだよ、大和〜。なかなか来んと思ったら、ひとり抜け駆けしてたんかぁ」
「バカなこと、言うな。今そこで、ばったり会ったんだよ!」


毒舌無愛想な大和と合わせて男4人。
生まれてから毎日、ずっと一緒だ。







「オレのカノジョの園田ましろ。同い年。同じ高校。女子。以上───」



「えーー。そんだけぇ?」
「もっとないんかよ? 馴れ初めとかあー」


小学生が馴れ初めとか、言うな。
田舎で年寄りが多いせいか、こいつら全員、言葉使いが古臭い。



「言うこと言ったし、紹介した。それだけだ。じゃあな」
「うっわ。感じ悪っ!」
「いつもならウザイぐらい混ざってくんのに、こういう時は逃げるんかー!」
「ひっきょー!」


「卑怯も何も。これから行くとこあんの。園田、行くぞ」




もうすでに取り囲まれて、芸能人並な質問攻めになりつつある園田の手を引いて、そこから連れ出した。
こいつらの質問に、いちいち答えてたら、きりがない。
興味に底はねぇから。
適当に巻いて、逃げるが勝ちだ。



「なーなー」
「逃げんなよぉ」
「勿体ぶらんと、教えてやー」
「なーってばあ!」

「うっさい。お前ら。付いてくんな!」

「あ。キレタ」
「逆切れ?」
「おっとなげな〜」


そりゃ大人げなくもなるさ。
だってお前ら、しつこいもん。




「ねえ、蒼吾くん…。もう少し、優しく接してあげても…」


オレのシャツの袖口を園田がくいと引っ張った。
なんだかかわいそう…なんて、そんな目で見上げられたら、無視するわけにはいかねえじゃん。
小学生って肩書きは、得だ。
幼いだけで優しくしてもらえるんだからさ。


「…ったく。何が聞きたいんだよ? 全員の質問に答えてたらキリがねえから、話し合っていっこに決めろ! それなら答えてやる」


半ば投げやりにそう言ったら、4人の顔がぱあっと輝いた。
そういう素直さは小学生らしくて可愛いんだけどさ。
円陣を組むみたいに顔を寄せて、あーだこうだと意見をぶつけ合った結果。
代表で口を開いたのは、最年長、健人。







「───姉ちゃんと、どこまでいった? ちゅーぐらいはしたんか?」









何をマセタことを。




つか、そこ。
マジで触れて欲しくない。









「………もう、ついてくんな……」






「あ! 逃げた!!」
「いっこって言ったけん、ちゃんと話し合ったのに───!」




話し合った結果が、それ?
そりゃあ、そういうことに興味が出てくる年頃だけどよ。
そういう質問は、園田の前でするの、やめれ。
自分が言い出した手前、引けなくて、真っ赤じゃねえか。
なあ、園田。
その質問、馬鹿正直に答えなくていいから。




「……お前ら、マジでついてくんなって」
「そっちこそー」
「蒼吾こそー」
「付いてくんなやー!」



「オレらは、こっちに用があって───」




言いかけて、はたと気づく。





「……何でお前ら、上半身、裸?」




しかも、それ。





「───…海パン、履いてんの?」





「そうだけど?」





「……川に……行くとこか?」





『だったらなに?』









双子の声がシンクロした。
なんてこった!!
まあ。
ここらで泳ぐっつたら、そこしかねえけど。
学校の授業だって、プールじゃなくて川だ。
えーーー。
マジかよぉーーー。




「そういやあ、そーごも海パンやん! ねーちゃんと行くつもりやったな?」
「俺ら邪魔? 邪魔者、扱いなん!?」
「ふたりっきりで、エロイこと、しようとしとったんやろ?」
「ふっけつー」
「大人ってフケツー」
「エロそーご!」
「エロじじいー!!」



こいつらには、会いたくなかったって、マジ思う。
ちゃかされて、冷やかされて。
オレの純愛、ズタボロだ。
こいつら全員、どうしてくれようか。




邪魔者をどうやって追い払おうか、真剣に悩んでいた時。









「あ。立夏───」






民家の垣根を曲がった向こうに、知った顔を見つけて、喜助が声を上げた。







「喜助───、と。……蒼…ちゃん?」






向こうがオレを認識した瞬間。
あからさまに、顔を逸らされた。



え?

なんで?





「……会いたくなかったのに…」





唯一、オレの味方をしてくれそうな立夏(りっか)。




何でお前まで。









超……凹む。















結局オレは、お邪魔虫を追い払うこともできず。
途中で合流した4年生の立夏を加えて、ぞろぞろと川に向かった。
県道を少し下って向日葵畑を抜け、赤い橋を渡って、川沿いに上流へ5分。
しばらく歩くと、柵も手すりもないコンクリの橋が見えてくる。
五色姫川(ごしきひめがわ)に架かる7番目の沈下橋「遍路」だ。
オレの夏休みといえば、ここ。
じぃちゃんちに来るたびに、地元仲間とここで遊んだ。
幼心に染み付いた記憶が、その景色を目にするだけでわくわくさせる。


下流に堰があって、飛び込みに適した水量がいつもある。
流れが緩やかで、泳ぐのにも橋から飛び込むのにも、もってこいの場所。
公道からの死角で市街地に住むやつは知らない、地元民のみ知る穴場中の穴場だ。








「…綺麗……」


川を覗き込んだ園田が、嬉しそうに表情を緩ませた。
橋の真下を緩やかに川の水が流れる。
エメラルドグリーンの水面が、きらりと太陽の光を跳ね返し、深さを増すごとに群青を濃くする。
その情景の美しさは、何度見ても感動だ。




「…落ちんなよ?」
「うん…」
「こういうとこ、お前好きだろ? 夏のスケッチにもちょうどいいかなと思ってさ」
「凄く…素敵。描きたくなる。ちょっとだけ…描いてもいいかな?」



広げたスケッチブックの上に、園田が鉛筆を走らせる。
彼女の瞳に映る風景がみるみるうちに、紙の上に世界を広げく。
見る人の心を強く揺さぶるそれは、才能っていうんだろう。



「すっげぇ……うますぎ!」
「姉ちゃん、天才!?」



ひそ、と。
オレの耳元で、双子が呟いた。



「将来、大物になるんやない?」
「サイン、今のうちにもらっとく?」
「えー。オレ、書くもん何も持ってきとらんし」
「ネームペンならあるで。帽子に書いてもらえよ。オレはタオルにするし」
「なあ、蒼吾ー。後でサイン、頼んでくれん?」
「なーなー」
「お前らがちゃんと、おとなしく待ってたらな。とりあえず今は、邪魔すんな」
「ちぇっ」
「終わったら絶対やけんな!」



ものの5分もしないうちに、園田が絵を描き上げた。
つってもデッサンだけ。
帰ったらキャンバスに起こすのって、嬉しそうに笑う。
可愛い。




「あ。しまった───」



沈下橋の上に脱ぎ捨てたTシャツとスポーツサンダル。
汚れるのなんてお構いなしに、放りだされたタオルを目にして、今更気づく。



「そういえば。姉ちゃん、どこで着替えんの?」


そのことだ。
考えてなかった。
泳ぎに行くっつったら、今まで野郎ばっかだったから、がーッと脱いで、バーっと着替えて。
タオル1枚あれば、どこでだって。
園田は……そうはいかないよなあ。


唯一の女の子、立夏は家から水着だ。
白いホルターネックのタンキニにデニムのパンツ、星柄のビーサン。
泳げる格好で来て、そのまま帰る。
男共も同じ。
海パンにTシャツ、首からタオルぶら下げて。
沈下橋に上だけ脱ぎ捨てて、そのままどぼんだ。
双子なんて、家から海パン1枚だ。


「あのね。少し向こうに、着替えられるところっていうか…、道路から死角になる場所があるんだけど…そこ、行く?」


立夏が右岸を指差した。
こういところは、さすが女の子。
男じゃ気づけない気配りができるつうか、同じ目線で物を考えられる。
てか。
立夏でも気づくことを配慮してやれないオレは、彼氏失格だ。





「ううん。大丈夫。ありがとう。実は…、もともと泳ぐ気はなくて……水着、持ってきてないの…」


「えー。マジでーーー?」
「ねえちゃんの水着姿、期待しとったのにーー!!」
「がっくしーー!」





おいおい、お前ら。
それはオレのセリフだ。
つか、園田サン。
準備してくるって、隣の部屋に入ったのは何?
オレが外したブラのホックをはめただけ?
てっきりそのワンピースの下に、水着を着てるもんだとばかり……。
───がっかりだ。





「なーんだ」
「ねえちゃんの水着姿を拝んでから、飛び込もうと思っとったのに」
「しょうがねえから、泳ぐべ?」
「飛ぶべ?」
「あーあっ!」




オレの心の声を代弁しながら、沈下橋の上から寛太と喜助が飛んだ。
そのすぐ後に、健人も続く。



「大和ーっ! 来いよーっ!!」



エメラルドグリーンの波紋の中で、飛び終えた3人が大きく手を振って、そこへ向かって大和が飛んだ。
派手に水しぶきが上がると同時、ぎゃははと派手な笑い声。
飛び込んだ拍子に、大和の海パンが脱げたらしい。
まぬけ。






「みんな、仲いいね…」


園田が、眩しそうに目を細めた。
そのすぐ隣にオレも胡坐をかいて、そっと指を絡めて手を繋ぐ。
ちゃんと捕まえてねえとコイツ、誤って橋から落ちそうだ。


「男4人。年齢イコール過ごした年数だからなぁ」


人数少ねえ田舎で、幼稚園も小学校も、同じ教室で育ってきた。
朝から晩まで、毎日、日が沈むまで一緒。
長期の休みになると、順番で誰かの家に泊まってたりする。
共に過ごしてきた時間は長い。


「……立夏ちゃんは?」
「アイツは、去年の夏、千葉から引っ越してきた。
ひとりだけ、標準語だろ? 今は普通に溶け込んでるけどさ、まあ、いろいろあって……。つか。お前ら! 立夏も入れてやれよ! ひとりで寂しそうだろ?」


立夏は泳ぐわけでも、飛び込むわけでもなく。
少し離れた場所で沈下橋に腰掛けて、足をぶらぶらやってる。
仲間に入れない横顔が寂しそうだ。


「だってさー」
「橋から飛び込めんヤツは、エメラルドんとこ、入れんってルールがあるもん。蒼吾だって知っとるやろー?」
「立夏は足飛びもできんけん、浅いとこまでってきまり!」


エメラルド? 足飛び?
なんじゃそりゃ。
そんなルール、オレは知らん。




「いいよ。蒼ちゃん。あたし、別に入りたくないし……」



入りたくないってヤツが、そんな拗ねた顔すんのか?
握り締めたゴーグルは、今日こそは飛び込もうって決意の証。
浮き輪も、仲間に入りたいから持ってきたんだろ?
その勇気を無駄にするな。
つか。
ここから飛びこめつーのは、結構、ハードル高いよな。
地元男子ならともかく、他から来て間もない女の子に。
そんな無茶、言っちゃあいかんだろ。




「そのルール、誰が決めた?」



「立夏が転校してきた夏に、大和が決めちゃったんだよなー?」
「一番ふっかい、エメラルドんとこは、飛べんヤツは入っちゃいかんって」
「なんでだよ?」
「よそ者に、とびっきりの場所を取られたくなかったんやない?」
「俺らだけの秘密の場所やし」
喜助が言う。
「別に俺らはさー立夏のこと、もう仲間だって認めとるけん、入れてやってもいいかなーとは思うけど……
大和がなー、飛び込めるようにならんと、どうしても駄目だっていうんだよ」
「なあ、大和! 何とか言えよー!」
橋床にぶら下げたロープを伝いながら、橋の上に戻ってきた大和に、健斗が声をかけた。




「……泳げんやつはそれなりの場所で、遊べばええやろ。別に川に入ったらいかんって、言よるわけじゃねえし」

「でも、浮き輪持ってきとるし…少しやったら、入ってもええやん?」

「ダメだ。立夏は。絶対いかん。アイツ、無茶するし───」

「………」




唇を真一文字に結んだ横顔は、何か思うところがありそうだ。




「じゃあさ、オレが代わりに飛ぶ。飛びこめたら今日だけ、立夏のこと、入れてやって」
「えーーっ! 蒼吾が飛ぶん? ずっりぃよ! そんなん、反則やろーっ」
「その分、ハンデ。何か技、決める」
「えー。どうする?」
「どうする?」


双子と健人がそろって左を見た。
決断はいつも大和だ。
頭がキレるコイツを何だかんだといっても、みんな一目置いてる。



「じゃあ……オレと同じに飛べや。できたら、入れてやる。つか。飛べんかったら、みんなに北村のアイス、おごりな!」





隣で、立夏が不安を顔に浮かべてオレを見上げた。
そんな顔、すんな。
仲間に入りたくないわけじゃないだろ?
その気がないのなら、わざわざ毎日、来るわけがない。



大和の気持ちもわかんなくはないが……好きな子、泣かせちゃいかんだろ。












「……ごめんね、蒼ちゃん……」




オレの真横で、立夏がぐずと鼻を鳴らした。
真っ赤になった目元も、ぐずぐず言ってる鼻も。
オレが情けないっていうことを主張してるような気がする。


「泣くなって。立夏のせいじゃねえから……」
「でも……っ」


ぎゅっと瞑った瞳から、ぼたぼたと涙が零れ落ちた。
眉間にも鼻の上にも皺をよせて、えっく、としゃくりあげる。
これじゃあまるで、オレが泣かせたみたいだ。
まあ。
オレが原因なのには、変わりないけど。



立夏を川に入れてやることを条件に。
大和のヤツ。
空中2回宙返りなんていう、ウルトラミラクルな飛び込みを要求しやがった。
そりゃあもちろん、飛んださ。
だけど。
素人のオレが、そんな難易度の高い技を決められるはずもなく。
1回転したところで前後上下わかんなくなって……そのまま、顔面強打だ。
ついでに腹打ちのおまけつき。
胸から腹にかけては真っ赤に腫れて、おまけに鼻血なんかも出しちゃって……。
カッコ悪いったらありゃしない。
慣れないことは、するもんじゃないね。
まったく。


「あーあ。なっさけねえなーっ、蒼吾は!」


そりゃないだろ。
打ち所、悪けりゃ死んでるぞ!?
年齢差があるつってもな、こっちは飛び込みなんてほとんど素人だ。
毎日ガンガン飛び込んでるお前らとじゃあ、レベルが違う。
大和に勝とうだなんて、もともとが無謀な話。
自分の実力過信して挑んだオレは、超カッコわり。



「大丈夫……?」


おまけに園田に心配かけて。
怪我の功名ってやつで、ありがたくもオレは園田の膝枕。
額にタオル乗せられて、鼻にティッシュを詰め込まれてなきゃあ、最高なんだけど。
「気分は悪くない…?」
平気って笑ったら、園田がホッと表情を緩めた。
優しくオレに笑いかけて、温かな指先で髪を撫でた。
気持ちいい。




「技、決められなかったんだからな。帰り、北村のアイス、おごれよ?」



腰に手を当てて、大和が真上からオレを覗き込んだ。
偉そうに。



「立夏。お前もいつまでも泣くな。蒼吾、生きとるけん」
いやいや、大和。
その表現、どこか何か間違ってる。
「でも…だって……っ」
自分のせいだと深く責任を感じて、泣きじゃくる立夏の腕を、大和が捕まえた。
「来いよ。……蒼吾のガッツに免じて、今日だけ中に入れてやるけん」
それでいいだろ?
大和がオレを覗き込む。
「……本当…? 本当に、入れてくれるの……?」
「無茶はすんな。浮き輪も放すな。オレから…離れんな。それ、絶対」
「…うんっ! ───蒼ちゃん、ありがとう!!」



満面の笑顔をオレに見せて、立夏が走り出す。
大和らみたいに沈下橋からは飛び込むことはできなくて、橋を渡って右側の岸からゆっくり入水。
健人に浮き輪を引っ張ってもらって、今はエメラルドグリーンの水の中だ。
立夏のあんな嬉しそうな顔は、初めて見た。




「…ねえ、蒼吾くん。大和くんって、立夏ちゃんのこと───」


「ああ。たぶん、そう」



いくら緩やかな川だつっても、橋の中央部から左岸にかけてはぐんと深くなる。
流れも速い。
エメラルドの色が濃ければ濃いほど、水深が増して、危険度も増す。
泳ぎなれたアイツらならともかく、泳ぎの苦手な立夏には危険エリアだ。


「深いところは危ないからって、素直に言えばいいのにな」


わかりにくい優しさで、立夏が絶対に近づけないルールを作って、遠ざけて。
嫌われることを恐れず、立夏を守ることを優先する。
ガキんちょのクセに、男前なこと、するじゃねえか。





「私たちと同じ年だね」
「ん?」
「大和くんと立夏ちゃん。私が蒼吾くんを好きになった年齢と同じなの。だから……あの子達も、もうそういう気持ちは、ちゃんと育ってる」



眩しそうに目を細める園田の横顔は、やけに嬉しそうで。
こっちまで伝染して、笑顔になる。




「なんか…昔の蒼吾くん、見てるみたい」
「オレって、あんなだっけ? あんなに生意気か? つか、園田サン? オレの気持ちには全っ然、気づけなかったくせに、他人だとよーく見えるんだなあ?」
「なんかその言い方、意地悪……」



眉間に皺を寄せて、園田が頬を膨らます。
だってそうだろ?
オレの気持ちに、5年も気づけなかったくせに。
あの時伝えてなきゃあ、一生、園田は気づかないまま。
今、こうして隣にいることもなかっただろう。


大和。
素直になれない小心者は、損だぞ?







オレは黙ったまま、園田の背中をぽんと叩いた。
軽く笑いかけると、彼女も笑顔になる。
可愛い。
このまま抱き寄せて、キスしたいところだけど……こんな格好じゃあな。



「…どう? 鼻血、止った?」
「ん……。よし、オッケー」



ダッサイ鼻栓から、ようやく開放だ。












帰り道。
北村商店で約束通りアイスを買ってやった。
1本80円の手作りアイスキャンディ。
ミルク・あずき・みかん・ぶどう・ソーダ・レモン・林檎。
色鮮やかな夏色がアイスボックスに並ぶ。
「全部で7本。560円ね」
買ったアイスは、ナイロンでも紙袋でもなく、古新聞に包んでくれる。
昔からそうだ。
この田舎臭いレトロな感じがたまんねえ。

「さんきゅー、蒼吾!」
「ゴチになりまーす!」

それぞれにアイスキャンディを配り終えて、最後の1本を園田に手渡した。
園田が選んだのはミルク。
オレはソーダ。
「わー。ありがとう…!」
満面の笑みにこっちまで、とろけそうだ。



「気をつけろ」
「?」
「北村のアイスはすげえうまいけど……歯が折れるぐらい、固いんだ」


苦い記憶が脳裏を掠めて、思い出すように苦笑した。


「初めて食った時、ちょうどオレ、歯の抜け替わり時期でさ、前歯がぐらついてて……このアイス食って折れた記憶が。んでもって……驚きのあまり、歯を飲みこんじまった…」
忘れもしない、小学1年生の苦い夏。
そのお陰で、一時期、アイスキャンディー恐怖症になった。
今はもう、平気だけどな。
「ばっかでぇ! 蒼吾!!」
「食い意地張っとるけん、そんなことになるんやー」
わははっと馬鹿にして笑ったヤツから、アイスを取り上げた。
笑うなら返しやがれ。



「じゃあなー!」
「また明日!」
「ちゃんとまっすぐ帰れよー」
小さな手をぶんぶん振り回して、それぞれが茜の空に散ってく。
「あ〜…っ、肩の荷、下りた〜!!」
それを全部見送ってから、そっと園田の手を取った。


「あいつら結局、最後まで付いてきやがって……」
「明日も来るって言ってたね?」
「うえー。マジでぇ……?」


思い切り顔をしかめたオレを見て、園田が笑う。


「あんなふうに憎まれ口ばっかりだけどね、本当はみんな蒼吾くんのことが、大好きなんだって。
会えて嬉しくてたまらないから、少しでも長く一緒にいたくて。蒼吾くんがいると、みんなが笑顔になれるから───って立夏ちゃんが言ってた」
「…オレもあいつら好きよ? だけど……園田とふたりの時は、勘弁して」


誰もいないのをいいことに、道のど真ん中で園田を抱きしめた。
小さな手がオレの背中に手を回して、そっと頬を胸に押し付ける。
ああ、やっと。
園田をこの手に抱きしめられた。
覚えた体の柔らかさと園田の甘い匂いに、胸の深いところがホッとなる。






「今日はホントにご免な。いろいろうるさくして、振り回して」
「ううん。楽しかったよ?」
「あいつらに、もみくちゃにされても?」
「蒼吾くんといられるのなら、どこだって、誰がいたって楽しいから…。それに、蒼吾くんのいろんな顔が見れて、また、もっと好きになった……」
「鼻血、出したりとかなぁ」
「それは……もう、いいよ」


園田が笑う。








「また…来年も、来てもいい?」

「つか。来なきゃ、みんなに何、言われるか……。オレもじぃちゃんも噂話に殺される……」




何、物騒なことをって、園田は笑うけど。
それは真面目な話。
実際、次の夏も絶対、園田と一緒に来いって大和に約束させられた。
守らなきゃあ、間違いなくアイツらに、オレはこてんぱだ。




「また来たい。来年も、そのまた次も。夏休みがなくなっても、蒼吾くんと、ずっと一緒に……」

「できればいつか、子どもを連れて───なんていうのが、理想なんですけど…?」





冗談めかして笑ったら、うんって、園田が真顔で頷いた。








「え?」






それって、どっち?

ただの相槌?







それとも───。





















「約束…ね?」





そう言って園田が静かに目を閉じた。








村に黄昏が降りて、景色も園田も、全部さらってく。







リーっと虫の音が鼓膜を揺らす中、オレらはそっと、唇を重ねた。
園田からねだる初めてのキスは、いつかの未来に繋がる、確かな約束。
それを信じて、柔らかな唇に何度もキスを降らせた。











オレは。


この夏を、一生……忘れないと思う。













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