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恋は突然やって来る? 3




ともひろのキスは。
かすかにお酒の匂いと、煙草の味がした。










「キスだけで我慢する。それ以上はしない」

そう言い張ったともひろの言葉と、強い瞳に。
私は、負けた。




久しぶりに抱きしめられた腕の強さと、触れ合う体温の確かさに、流されてしまう。
誰だって、ひとりの夜は寂しい。
あれからひと月。
ひとりでお風呂に、浸かれるようになった。
電気だって、消して眠れるようになった。
「別れた男の物は、潔く捨てろ」という、梓の言葉通り、タケルが使っていたものは、全部、捨てた。
私の部屋には、もうどこにも彼の痕跡はないのに。
キモチだけは、簡単に捨てられなかった。
記憶だけが鮮明に残ってしまって、どうしようもなかった。
大丈夫。
私は、もう、大丈夫。
タケルがいなくても、ちゃんとひとりでやっていけるから。
そうひたすら自分に言い聞かせて。
心から笑えない、取り繕った笑顔を浮かべて。
未練たらしい、不安定なキモチを押し込めて。
そうやって、何とかやってきた。
それでも寂しくて、悲しくて、どうしようもない夜もある。
人恋しい時に、優しい声に囁かれて、温かい腕に抱きしめられると。
誰だって、ダメになる。
そんなの、都合のいい言い訳。
だけど。
その優しさに、すがらずにはいられなかった。




抱きしめられて、強い瞳に見つめられて。
そんな言葉を零したともひろに、私は何も返せなかった。
その沈黙が、OKの合図だと思ったのか、視線を絡ませることなく、唇で塞がれた。
最初は軽く、触れ合うだけのキスを繰り返す。
存在を確かめるように、角度を変えて、何度も何度もついばまれる。
シャツを掴んだ指先から、力が奪われていくのが怖くて。
のがれようと身体をずらしたら、左腕で腰を抱きこんで止められた。
思わず、指先が震えそうになった。





────── キスだけでいい。今は、これで我慢するから ──────。


耳のそばで囁くように吐息が触れて。
それだけで、どうしようもなくなる。
重ねた唇がわずかに離れて、そのままそっと、下唇に移された。
ともひろの唇に挟まれたまま、そっとそっと、なぞられて。
声がこぼれそうになった。
「……だめ、とも、ひろ…っ」
ちゃんとイヤって言わないと。
キスだけで、終わりにしなきゃ──────。



そこから逃れようと突っぱねたのに。
腕の中という狭い空間に、簡単に引き戻されて、閉じ込められてしまう。
逸らそうとする私の唇を捕まえて、深く強く、重ね合わせていく。
さっきまでの優しい口付けが嘘のような荒々しいキスに、理性が飲み込まれそうになった。
息もつかせないほど激しく求められて、キスにしか意識を向けられないように持っていかれる。
荒々しくて、情熱的なくちづけに、“私”が全部飲み込まれそうになる。
大事なものを扱うみたいにする、タケルとのキスとは全く違う。





タケルは、あのキスを。
新しい恋人にもしているの──────?











「……待って…、ともひろ……っ。ごめん──────」



私は。
唇を重ねた向こう側に、誰を見ていたんだろう。
寂しさを埋める為に他の人に抱かれても、いくら唇を重ねても、満たされるわけがないのに。












「──────いいよ。待つ。オレ、いくらでも待つから。だから」

優しく髪を撫でられて、そのまま瞼に唇が落ちた。
「今さら、帰る……とか言うなよ?」
何もかもお見通しな目で、覗き込まれる。
うん。
言わないよ。
そんなこと、言えない。




「一緒に寝るか? それとも別がいい? とわがイヤでなければ、添い寝してやれるけど……」
私の返事を聞く前に、伸ばして来た手にそのまま、抱きしめられた。
優しく包み込んでくれる体温にホッとして、私は恐る恐る手を伸ばして、ともひろの背中に触れた。
ぎゅっとしがみつく。


一度、腕のぬくもりを知ると。
ひとりで眠れなくなってしまうのは、なぜなんだろう。
そのぬくもりを、離せなくなってしまう。
それを知るまでは、ひとりで眠るのなんて平気で、当たり前だったのに。
タケルと出会う前は、どうやって夜をやり過ごしていたのか。
それすら、思い出せない。
目が合うだけで。手をつなぐだけで。キスだけで。
一週間も、十日も幸せでいられた、ピュアな頃に戻れたらいいのに。
セックスも、大人の駆け引きも、仕事も、結婚も。
そんな事は考えず、ただ、好きというキモチだけで。
恋を追いかけられるあの頃に。







「ベッド、行かなくていいのか?」
「……うん…。ここがいい……」

抱きしめられた体が、そっとソファに沈められる。
いつの間にか終わりを告げた映画のエンドロールが、ともひろの眼鏡に薄く反射して。
それも、消えた。
あの映画は知ってる。
船上で運命的な出会いを果たした、青年ジャックと、上流階級の娘ローズ。
たった一夜で恋に堕ちて、情熱的な恋愛をして。
永遠の愛を誓っても、無情にも運命がふたりを切り裂いてしまう。
タイタニック。
これは悲恋だ。
あんなにも情熱的に愛し合って、お互いを求めて、どんなに気持ちが通い合ったとしても。
ふたり一緒に幸せになれないのなら、悲恋でしかない。
あまりにも、可哀相すぎる───。
初めてこの映画を見た時、そう言ってタケルのそばで泣いた。
「オレ達はそうならないように、ずっと一緒にいような。」
あの日交わした遠い日の約束は、叶うことがなく思い出に消えた。
私とタケルが、こんな風に別々の道を歩んで。
お互いに違う人を腕に抱いて。抱かれて。
眠る日が来るなんて、想像もしていなかった。










「…おやすみ、とわ…」


こぼれていく涙を、そっと、指ですくわれた。
ともひろは、何も聞かずに、そっと抱きしめてくれる。
そのぬくもりに甘えて、腕に抱かれて、私は目を閉じた。










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