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嘘も愛も真実 8


梶タケルは、オレの幼馴染だ。
家が近所で幼稚園が一緒で、家柄のせいで大人からも友達からも、特別な目で見られやすいオレにとって。
唯一、他の友達と変わらず接してくれたのがタケルだった。
小学校から一貫性の私立校に進んだオレとは、別の学校へ通ったけど、タケルとの関係は途切れなかった。
親への反抗でオレがそこを飛び出したときも、タケルがいるという理由から、今の学校を選んだ。
オレのことを「ともひろ」って呼ぶ友人は、とわとタケルくらいだ。
それでいいと思ったし、これからもそれだけでいい。










「お前んち来るの、久しぶりだなー!」
部活帰りのタケルと、この日はたまたま一緒になった。
コンビニで買い込んだ大量の食料品の入ったレジ袋をぶら下げたタケルが、靴を脱ぎながら懐かしそうに、玄関を見渡した。
「相変わらず広いな、お前んち。玄関だけで軽くひと部屋ぶんあるじゃね? へたしたらオレの部屋より広いもんなー。羨ましい。おれ、引っ越してきてここに住んじゃおうかなー」
「バカ言うな」
冗談めかした台詞を笑いながら吐くタケルを促して、家に上がった。
古い日本家屋は、廊下を歩くたびに床が軽く沈んで、ミシと音を立てる。



「誰もいないの?」
「ああ。普段はほとんどな。気楽でいいだろ?」
「……っかったぁ〜。おれ、お前んちのおばさん苦手でさ。
あまり表情を表に出さないだろ? 綺麗すぎて怖いつうか……、子ども心にすげえ苦手意識が強かった。今もあんな感じ?」
「ああ」

人間そう簡単には変われない。
むしろ、家族に対して無表情なのは、昔よりもひどくなってる気がする。
客相手だと、全然違うくせに。



「なんていうか……人形みたいで怖いよな。美人なんだからさ、もうちょっと笑えば──────」

不自然に言葉を途切れさせたタケルの顔色が変わった。
ヤバイ、って引きつった顔。


「ともひろ」
女にしては低く重みのある声が響いて、その声にオレは渋い顔をした。
母だ。
「帰ってるなら挨拶ぐらいなさい」
「……今、帰ったところだよ」
「お友達?」
「ああ」
「おじゃましまーす……」
タケルが社交辞令の延長線のような挨拶で頭を下げながら、母親の前を通り過ぎた。
深く関わるな。
タケルの本能が、そうさせる。
「じゃあ、もう上がるから」
オレもそれと同じように目も合わせず、そこを通り抜けたところで、背後から呼び止められた。



「──────ともひろ。あなたはいつになったら会うつもり?」
その言葉にオレは足を止めた。
「一度ぐらい、理央子ちゃんと、顔合わせなさい」
「それは今、ここでする話じゃないだろ」
なにもわざわざ、タケルのいる前で。
「今しなくていつするつもり? その話をするために、わざわざ仕事を抜け出してきたのよ」
それは自分だけの都合だろ。
オレの知ったことじゃない。
「……タケル。先上がっていいよ。部屋、わかるだろ?」
「ああ。わかった」
この話は他人には聞かれたくない。


タケルが部屋まで上がったのを見届けてから、オレは登りかけていた階段を降りた。
リビングに行くように促されたが、それは断った。
あんなところに座らされたら、話が長くなるに決まってる。

「あなた、どうするつもり? 先月も部活があるだの何だの言って、断ったでしょ? もうこれで5度目よ。いいかげんになさい」
「オレの都合も聞かずに、勝手に段取りしてきたのはそっちだろ?」
いちいち合わせられるか。
「じゃあいつならいいの? 先方も顔合わせだけでも、って言ってきてるから、せめて──────」
「顔合わせ? ……ハッ。馬鹿らしい。会ってお互いのなにを知るっていうんだよ?」
オレのためじゃない、酒井のための結婚。
相手を知ったところで、オレに断る権利も選択肢もないくせに。
わざわざ時間を作って会うなんて、無意味なことだ。
仲を深める必要はない。
「会いませんよ、オレは」
「会わないって、あなたどういうつもり──────」
「酒井は継ぐ。酒井のためだっていうのなら、結婚もする。だけど婚約者そのものに、興味はないから。興味がないものに時間は裂けない。どうせこの結婚は絶対なんだろ? だったら。式当日に会うので、十分だ」
「ともひろ──────!!」
母親を軽く睨みつけたあと、オレを呼ぶ声も全部無視して、階段を上がった。
決められた未来。がんじがらめの人生。
息が詰まる。





「……話、終わったの?」
部屋に上がったら、読んでいた雑誌から顔も上げずに、タケルが聞いた。
「ああ。終わった」
「……そっか。オツカレ」
「吸ってもい?」
「いいけど。窓、全開でヨロシク。匂いつくとまずいから」
「ああ」

制服のタイをシャツから抜き取って、上着と一緒にベッドに投げた。
窓を全開にしたそこにパソコン用の椅子を引っ張っていって、煙草を咥えた。


「なあ、ともひろ」
「なに?」
「おばさん、おれのこと覚えてなかったなー」
「……随分、会ってなかったからだろ。お前あまり、昔の面影ねえし」
「そっかな。おれのことはきっと、酒井にふさわしくない友達って思ってるから、記憶にも残らないんだよ」
「………」
買ってきた袋の中から缶コーヒーを取り出して、タケルがオレに投げて寄こした。
「飲めよ。んで、落ち着けば? お前、ずっと顔怖えーよ」
「……なあ、タケル」
「ん?」
「酒井に必要なくても、オレには必要だから」
「……なにそれ。いいこと言うねー」
タケルが嬉しそうに顔を上げて笑った。

「けどさ。お前……母親があの調子じゃ、息が詰まるだろ? 大丈夫?」
「普段はほとんど家にいないから。顔さえ合わせなければ、それで平気だ」
「それもなんか……寂しいよな。家族なのに」

真面目にそんなことを言うタケルに、オレは苦笑した。
幸せな家庭に育ったからこそ出てくる言葉だ、それは。
物心ついてからずっとこんなものだったオレにとっての家族なんて、あんなものだ。




がさがさとコンビニ袋をあさって、タケルが買ってきたばかりのスナック菓子の袋を開けた。
読んでる雑誌も、来る途中にコンビニで買ってきたものだ。
他にも、おにぎりやサンドウィッチなんかの食料品が、袋の中からいくつも出てくる。
「どれだけ食う気だ、お前……」
「部活の後で、腹減ったんだよー。ずっと走りっぱだったから」
ついでに2本目になるサイダーのペットボトルの蓋も開けた。
シュッと炭酸が抜ける音がして、しゅわしゅわと小さな泡の気泡が、いくつも底から浮き上がってくる。
小柄な体のどこに、それが入って行くんだか。
まあそれだけ、部活で体動かしてるってことか。
走りこむ量は、バレー部とサッカー部じゃ、格段に違う。


「なあ。ともひろ。リオコって、誰?」
「……親戚」
「えー? 違うだろ。誤魔化すなって。おばさんの話はそんな感じじゃなかった。もっと特別っぽいつうか……」
「嘘は言ってない。親戚じゃないけど、親戚みたいなものだ」
「どっちだよ、それは」
「ゆくゆくは身内になるやつ」
「はあ? 意味わかんねー」
「……婚約者、だってさ」
「婚約者? ──────は……?」


タケルのすべての動作が一瞬止って、オレを真顔で見つめた。
もう、視線で穴が開きそうなぐらい強い眼差しで。





「え。マジで言ってる? それ」
「そんなこと。冗談なんかで言うか。阿呆」
「……すっ、げーーーー!!! なにそれ! ドラマの世界じゃん!! カッケーな!!」
読みかけの雑誌をばっさり閉じて、タケルが好奇心に身を乗り出した。
「どんな子? お前の婚約者つうぐらいだから、生粋のお嬢さまだろ? 美人系? 可愛い系?」
「知るか。そんなの。会ったこともないのに」
相手そのものにも、興味が湧かない。

「結婚すんの? 会ったこともない女と?
つうか、なんで会わないだよ? 会ってみないとわからねえじゃん。男女の仲なんて、それからだろ?」
「それから? 将来はもう決まってるのに、それからもなにもないだろ」
「んだよー、それ。これからもずっと会わないつもりなのかよ?」
「ああ。式当日で、十分だ」
「えー。会えばいいのに。もったいねえの。すげえ美人かもしれないのに」
「……羨ましいなら、変わってやるけど」
オレはお前の方が、よほど恵まれてるって思うし、羨ましい。
昔からこいつは、オレにないものをたくさん持ってる。
家族。友達。自由。そして──────とわ。
オレがどんなに望んでも手に入らないものをコイツは当たり前のように持っていて、そのありきたりな幸せが羨ましくてしょうかなかった。
家柄に恵まれて、望むものは何でも手に入れられて、なに不自由のない生活。
それを人は羨ましいという。
だけど。
本当に欲しいものは、いつも手に入らない。





「あ。サッカーの再放送やってるじゃん。やった!」
何気なくチャンネルを回していたタケルの手が、見つけたスポーツチャンネルで止った。
画面を見つめる顔が、生き生きしてる。
ちゃらちゃらして見えるけど、情に厚く優しい性格のタケル。
癖の強い日に焼けた茶色い髪が、ふわふわと視界で揺れた。


────── あのさ。私、好きになちゃったみたいなの。梶くんのこと ──────

あの日のとわの横顔が蘇る。
とわはタケルのどこに惹かれた?





「タケル」
「んー? なに?」
「お前って、彼女いるの?………」
「えー? いないけど。いたら仲良くお前と肩並べて帰らないって。チャリの後ろ乗っけて、ニケツして、これ見よがしに見せつけながら登下校すんのがおれの夢。
……なんだよ?」
「べつになにも言ってないだろ」
「言ってなくても目が語ってるよ。しょっぼい夢ーとか思ったろ、お前……。そりゃ、女が絶えずアレコレやってきたお前にしてみたら、おれのそれはしょうもない夢だろうけど。どうせおれの女いない暦は、年齢と一緒だよ。カッケーだろ?」
「好きな女は?」
「好きな子? あー……いるけど──────内緒」
いるんだ。
そういう存在が。
それがとわじゃないって保証もないのに、オレはそのときホッとした。
……ホッとした?
タケルの想う相手がとわじゃないなら、アイツが泣くことになるのに。
相反する心。
オレはどうしたい?


「……眉間にしわ」
「え」
「なに難しい顔、してんの」
オレの真似だと言って、タケルが思い切り顔を歪めて表情を作った。
「そっちこそ。どうすんの。婚約者がいるのに、いろいろ付き合ったりしちゃってさ」
「べつにどうもしない。今、付き合ってる女と、結婚するわけじゃないだろ」
「……あの子は?」
「あの子?」
「──────花井とわ。付き合ってんだろ?」
タケルの口からとわの名前が出てくるとは思わなかった。
とわの気持ちを知っているせいか、タケルがその名を口にしただけで、色を含んだ音色に聞える。
心臓が嫌な音を立てた。


「お前にしては長く付き合ってるみたいだからさ、真剣なんだろ?」
「……とわは、ただの友達だ。付き合ってない」
「え。……なにそれ。マジ、で? あんなに一緒にいるのに?」
本気だったらなおさら付き合えない。
ずっと一緒にいてやれないなら、残酷だ。



「おれ、てっきりお前ら、付き合ってるもんだとばっか思ってたんだけど……。なーんだ。そっか……」

逆向きに座った椅子の背もたれに顎をのっけたまま、回転式のそれをぐるぐる回す。
横顔が嬉しさを噛みしめてる。
なんだよ。
その嬉しそうな表情は。




「じゃあさ──────オレがもらってもい? 花井のこと。
もらう、つう表現はずうずうしいけど。お前の彼女じゃないならさ、アタックしちゃってもいいってことだよな?」
「お前、いつから──────」
「いつからなんて、覚えてないよ。お前と一緒にいるのをよく見かけてさ、ともひろが特定の女子と仲良くするの珍しいなって興味が沸いて……目で追ってるうちに、いつの間にか好きになってたんだよ。
けど、お前の彼女だし、人のもんだし、駄目だろって、半分諦めてたんだけど……」
ぐるんと椅子を一回転させたタケルが、こっちを向いた。
嬉しそうに笑う。
「でも。お前と付き合ってないつうんだったら、おれ、ちょっと頑張ってみようかなーって」
「………本気か?」
「ああ。結構、マジだよ。卒業まで、あと一年しかないし……。
おれ、花井が欲しい」











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とわの彼方に 2 comments(0) -
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