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魔法のコトバ* Season3 キス-7-
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先生は職員室で一度うちに連絡を入れた後、車で家まで送ってくれた。
今日はいろんな事があったけど。
その割にはずいぶん穏やかな気持ちで学校を出ることができた。
それもこれも日下部さんのおかげ。
保健の先生が職員室から戻ってくると、
「じゃあまた明日ね」
と、笑って手を振りながら日下部さんは帰っていった。
“また明日”。
毎日交わしているような何気ない会話だけど。
私はその言葉がとても嬉しくって。
何度も何度も、心の中で繰り返し呟いた。
私の家は。
学校から歩いて20分ほどの距離にある住宅街。
同じような家が並んだ一番奥にあって、ちょうど突当りは袋小路になちゃうから、路地の手前で先生に降ろしてもらった。
「おうちのひとにはちゃんと連絡してあるけど…、本当にひとりで大丈夫?」
先生は少し心配そうだったけど。
日下部さんのことで幾分か気持ちが軽くなった私は、
「大丈夫です」
って、笑って答えた。
それを見て先生は安心したのか。
「じゃあ、明日も元気に学校に来てね?さようなら」
そう言って私が家への路地を曲がったのを確認すると、ユーターンをしてもと来た道を帰っていった。
まだ学校でやることがあるんだって。
そう言ってた。
学校の先生って大変だな。
なんて思いながら、いつもより少し軽い足取りで家路を急いだ。
だけど。
玄関が見えたところで、立ち止まってしまう。
足が、動かなくなった。
玄関先に、壁にもたれるように立っている人影。
野球帽を深くかぶって。
背中には学校指定のリュックサック。
うそ。
なんで、蒼吾くんがいるの?
彼を見つけた瞬間。
また、じわりとお腹が痛んだ。
どうしよう……。
どうして蒼吾くんが、ここにいるの?
ていうか、何でうちを知ってるの?
私は電柱の影に隠れて、ランドセルの肩紐を握りしめた。
いくら時間が過ぎても蒼吾くんは帰らない。
帰ろうとしない。
それどころか座りこんじゃって、腹をくくってる。
このままじゃ帰れないよ…。
私は半泣きになった。
きっとママが心配してる。
倒れたって聞いてるはずだからなおさら。
早く帰って安心させてあげたいのに。
足がすくんで動かない。
……どうしよう。
そう思った矢先に。
玄関が開いて、ママが顔を出した。
心配そうに外を見回してキョロキョロしてる。
無理もないよね。
送っていきますって連絡があって、随分経ってるもん。
私は心配そうなママの表情を見ながら、ごめんねと心の中で呟いた。
玄関先まで出たママが。
「あら」
蒼吾くんに気付いた。
「うちに何か御用かしら?」
それに気付いた蒼吾くんが立ち上がり、軽く会釈。
「…あら、あなた…」
蒼吾くんの名札に気付いた。
「あなたも桜塚小学校の生徒さん? もしかして…ましろのお友達?」
ママの嬉しそうな笑顔が見えて、私は泣きそうになった。
どうしよう。
この展開はすごくやばい気がする。
「ましろに御用?」
ママの問いに蒼吾くんが頷く。
「あら、やっぱりそうだったの。ごめんなさいね、ましろ、まだ帰ってないの。
こんなところもなんだから中に入って待ってる?」
ママってば余計なことを…。
私はますます、泣きそうになった。
「ここで待ちますから。いいです」
遠慮がちに断る蒼吾くんを。
「何言ってるの。もう随分と外で待ってるんでしょ?ましろが待たせてるんだから遠慮なんてしないで?」
私が待たせてるんじゃないよ。
勝手に蒼吾くんが…。
って、声を大にして言いたかったけど。
娘のそんな気持ちなんて微塵も気付かないお人よしなママは。
「何だったらましろの部屋で待ってもらってもいいのよ?」
なんていい出した。
わ、わわわ!!
ママったら何をーーーー!!!
ホント、半泣き。
普段私の友達が来るなんて事がめったにないから、ママも嬉しかったんだと思う。
ましてや男の子の友達なんて、初めてだからなおさら。
ママの気持ちも分かるんだけど。
このまままじゃ、強引に家に上げようとするママの勢いに蒼吾くんが負けそうだったから。
思わず。
「ママっ!!」
私は思わず、路地から飛び出してしまった。
「あら、…ましろ?」
ママの呑気な顔。
その声と同時に蒼吾くんがこっちを振り返った。
目深にかぶった野球帽で表情はよくわからないけど、確かにこっちを見てる。
「ちょうど良かったわ。今、お友達が……ましろ?」
私は蒼吾くんの顔も見ずに、早足で彼の横を通り過ぎようとした。
「園田!」
蒼吾くんが寸前で、私の腕をつかまえた。
何かを伝えようと、唇が動く。
私にキスした唇…。
あの時の感触を思い出して、胸の奥がきゅってなった。
頭に血が上る。
こんなことろで何も言わないで。
ママもいるのに。
私は蒼吾くんの腕を振り切って、強引に玄関へ駆け込んだ。
乱暴にドアを閉めて、蒼吾くんを遮断する。
「園田!!」
ドアの向こうから蒼吾くんの声が聞こえた。
「オレは……っ、オレは、謝らないからなっ!!!」
近所中に聞こえてるんじゃないかっていうくらい大きな声がして、私は耳を塞いだ。
「何があったのましろ??」
ママがオロオロと、私を覗き込んだ。
「…なんでも、ない…っ」
「ましろっ!?」
私は乱暴に靴を脱ぎ捨てて、駆け足で階段を登った。
部屋のドアを閉め、背負っていたランドセルをほり投げてベッドにうつぶせる。
玄関が開いて、ママがなにやら謝っている声がかすかに聞こえた。
涙が溢れて止まらない。
謝らないってなに?
悪いって思ってないの?
じゃあどうして、わざわざそんな事を言いに来たの?
何の為に────。
蒼吾くんが何を考えているかわかんない。
あんな。あんな惨めなキス、早く忘れてしまいたいのに────。
蒼吾くんの声が聞こえないように、頭から布団を頭からかぶってうつぶせた。
あんなキス。
絶対、カウントするもんか。
蒼吾くんとはもう、二度と口なんてきかない。
そう強く決心しながら。
ベッドにうつ伏すように、泣いた。
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