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魔法のコトバ*  Season1 再会-7-
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魔法のコトバ* Season1 再会-7-

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「──────あれ…? うそ、ない……」

それに気づいたのは、夕刻を回って随分時間が経ってからのことだった。
早めに夕飯を食べてお風呂も済ませて、ゆっくり凪ちゃんに電話をしようと思ってたのに。
受話器を手にした時、それがないことに気付いた。

小さな水色のメモ用紙。
凪ちゃんが携帯の番号とメアドを書いてくれたすごく大事なもの。
確か鞄に入れたと思ったのに。
中身を全部ひっくり返しても、制服のポケットを裏返しても、目当てのものは見つからなかった。



「うそ…。どうしよう………」

ないと気付いてから1時間は探してる。
これだけ探してもみつからないってことは、きっとどこかに落としたんだ。
心当たりがない。
思い出せない。
いつ、どこで落としたの?
「…電話するって、約束したのに」
落としたのは学校? それとも帰り道?
どっちにしても今から探しに行くのは無理だ。
約束したから、このまま電話しないわけにはいかない。
私の電話番号を教える時間がなかったから、凪ちゃんの方からかかってくる可能性はないし。
このままかけられないと、また明日もひとりで学校に行かないといけなくなっちゃう。
どうしよう。
私は受話器を持ったまま、意味もなく部屋をウロウロしてしまう。


そうだ。
自宅の電話番号なら…。
私は重い腰を上げて、クローゼットの中から古ぼけたダンボール箱を引っ張り出した。
随分日に焼けて古くなった箱。
日本を離れる前に荷造りをしたまま、それっきり。
小学校時代の思い出を封印したそれは、もう二度と、開ける事はないって思ったのに…。

「…あった」
中から取り出したのは緑色の冊子。
端をホッチキスで留めただけの簡単なもの。
表紙に『桜塚小学校5年生 生徒名簿』って書いてある。
5年2組の欄から凪ちゃんの電話番号を抜き出して、とりあえず電話をかけた。
明日から駅で待ち合わせて、一緒に行く約束をした。
よかった。
ホッと大きなため息を漏らすと、枕にうつ伏せてベッドに転がった。

ふと。
半開きになったダンボールからはみ出した写真が見えた。
それを横目でぼんやりと眺める。
ずっと封印していた記憶。
思い出したくないから、日本を離れる時に荷物と一緒に封印した。
私は体を起してそっと写真を手に取った。


懐かしい。


写真の中に見慣れた顔を見つける。

「凪ちゃんに私に、佐倉くん」


そして。
蒼吾くん。
写真の中の蒼吾くんは、そっぽを向いていた。



4年ぶりに会った蒼吾くんは、随分と逞しくなっていてちょっとびっくりした。
まさかまた再会するなんて。
想像もしてなかった。
もう二度と話さないと決めた小学4年生の夏。
目を瞑るとあの日の光景がフラッシュバックして、いろんな思い出があふれ出してくる。
今さら思い出してしまうのは、蒼吾くんに会ったからだ。



「…会いたくなかったのに……」



胸が痛い。
記憶が疼く。



ぼんやりと写真を眺めてたら何だか眠くなってきて、いつの間にかそのままベッドに埋もれるようにして深い眠りに入ってしまった。



手にあの時の写真を握りしめたまま。





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魔法のコトバ*  Season1 comments(4) -
魔法のコトバ*  Season1 再会-6-
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魔法のコトバ* Season1 再会-6-

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そうこうしてるうちに家に着いた。
結構な距離を私を乗せて走ってきたのに息ひとつ切れてない。
私だったらきっと、ヒイヒイいってる。
男の子ってすごい。



「ん」
自転車から降りた蒼吾くんが、ぶっきら棒に鞄を差し出した。
人質になってた鞄。
よかった。
これがないとまた、学校に行けなくなっちゃうところだった。
だって、凪ちゃんの携帯番号が書かれた大事なメモ用紙が入ってるんだもん。
「………ありがとう…」
私は小さな声で言った。
過去のトラウマのせいで、目を見て顔を上げて、まともに蒼吾くんと向き合うことはできない。
でもお礼はちゃんと言わないと。
「ああ」
無愛想に頷くと、蒼吾くんはまた自転車にまたがってペダルに足をかけた。
蒼吾くんの家はまだこの先、ずっと向こうにある。




「じゃあな」
「……うん…」


少しだけ彼の背中を見送って、家に入ろうと踵を返した時。
「──────園田」
突然、大きな声に呼び止められて、びくりと身を竦めた。
振り返ると蒼吾くんが自転車を止めて、地面に足をついたまま、こっちをじっと見てた。
視線が合わさって、意味もなく心臓が飛び跳ねる。






「………なに?」

私、なにを言われるの?
平然を装いながらも内心は、すごくドキドキしてた。







「明日──────」

「………うん」



「明日からもちゃんと学校、来いよ!」


「え?」


「お前が倒れたことなんて、誰も変に思ってないから。むしろ、みんな心配してっから。だから……気にせず学校、来いよ!」










想像していたものとは随分違う優しい言葉に、びっくりした。
私が不安に思ってること、どうして蒼吾くんに伝わったのかな。
そんなにわかりやすく顔に出てた?

不安を視線で投げ返してしまった私に対して、蒼吾くんが優しく笑いかけた。


「………そういうことだから。じゃあな。また明日…」

明日会うことが当たり前のような挨拶で手を上げて、蒼吾くんを乗せた藍色の自転車は住宅街の中へ消えて行った。
片手で乗るなんて、器用だな。
私ならすぐ転んじゃいそうなのに。
そんなどうでもいいことをを考えながら、私は不覚にも最後まで蒼吾くんを見送ってしまった。




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魔法のコトバ*  Season1 comments(0) -
魔法のコトバ*  Season1 再会-5-
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魔法のコトバ* Season1 再会-5-

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前を歩く彼、蒼吾くんの後を重い足取りで歩いた。
早足で歩く彼に置いていかれないようについていくだけで、息が上がる。
きっとこの人は、気付かない。
私が、精一杯なこと。
このまま、蒼吾くんが後ろに気付かないうちに帰ってしまおうか……。
でもそんなことをしたら、きっと気を悪くしちゃう。
あとで何を言われるか、わかんないし。
だってあの、蒼吾くんだもん。
私は自分の甘い考えを振り払うかのように、ふるふると頭を振った。
「──────早く来いよ」
立ち止まった私に気付いて、蒼吾くんが足を止めて振り返った。
有無を言わせない強い視線で睨まれて、慌てて小走りで駆け寄った。
それを確認した蒼吾くんはため息をついて、また歩き出す。
……あ、れ?
なんだ。
ちゃんと後ろを気にしてくれてたんだ。
蒼吾くんの大きな背中を見ながら、ぼんやりと考えた。




自転車置き場から深い藍色の自転車を引っ張り出して、蒼吾くんが鞄を前籠に入れた。
……あ、これだ。
今朝、乗せてきてもらったのはこの自転車。
気分が悪かったけれど、自転車の色はよく覚えてる。
深い藍の色がすごくきれいで、珍しい色の自転車だなって思ってたから。
じゃあやっぱり、今朝の人は蒼吾くんに間違いなかった。
カケラも気付かなかったなんて、ちょっと愕然とする。

「鞄」
蒼吾くんが手を差し出した。
私は首を横に振る。
「…やっぱりいいよ。もう大丈夫だから、ひとりで帰れる」
「いいから貸せって」
「でも……。うち、二駅先だし、遠いから………」
「たった二駅だろ。俺んち三駅向こうだから」
「………」
「いいから貸せって──────」
黙り込んだ私の手から、蒼吾くんが鞄を奪い取って、乱暴に前籠に詰め込んだ。
これじゃあ、途中で逃げ出すなんて無理だ。
無理矢理逃げ道を取り上げられたような状況に、じわりと目頭が熱くなって涙が浮かんだ。
だめ、泣いちゃだめだ。

逃げることは諦めて、蒼吾くんの後ろについて歩く。
カラカラカラって、自転車のチェーンの音だけがやけに耳につく。
やだな、この沈黙。
重苦しい雰囲気に耐えられないけど、特に話題もなくて。
ただ黙って、蒼吾くんの後をついて歩くしかなかった。
このまま二駅も歩くのかな。
そんなの耐えられないよぉ。
そうだ。
駅まで送ってもらって、そこからは電車で帰るって言えばいいんだ。
蒼吾くんだって、二駅も歩くのなんて嫌だと思うし。
それがいいよ。
角を曲がって、駅が見えたら切りだそう。
私は意を決した。

駅が見えた。
よし、言うんだましろ──────!






「あの……っ」

「乗れよ」







え?


「二駅も歩くの嫌だろ?」
だから電車で帰ろうと思って……。
「後ろ、乗れって。乗せてってやるから」
私は首を大きく横に振った。
そんなに振ったら首が折れちゃうんじゃないかってなぐらい激しく。
「いい! いいよ、夏木くん。
あとは電車で帰るから……大丈夫。ありがとう」
顔も見ないで、鞄を籠から取ろうとした。
でも、それはびくともしない。
え? と思って振り返ったら、蒼吾くんが鞄を押さえつけてた。
離そうとしない。
どうして?

鞄を押さえてた手に突然、腕を取られた。
びっくりして顔を上げた瞬間、がっちり蒼吾くんの視線につかまって、逃げられなくなった。
恐怖で鼓動が加速する。
「──────乗れって言ってるだろ?」
蒼吾くんが低い声でそう言った。
顔がめちゃくちゃ真顔。
険しい表情を緩めないまま、無愛想に私を睨みつける。
う……。
コワイ………。






「……の、乗ります………」


押しの強い真っ直ぐな瞳に、私は負けてしまった。





「──────つかまってろよ」
私が後ろに乗ったことを確認すると、蒼吾くんは勢いよく自転車を漕ぎ出した。
……掴まってろって、どこに?
私は泣きそうになって、サドルの下のところにちょこんと手を添えた。
彼女でもないのに、気軽に体になんて触れない。
わかってんのかな、そういうコト。
ていうか。
今朝は蒼吾くんのどこに掴まってきたんだろう。




………あれ?

そういえば。
今朝、蒼吾くんは座り込んでる私に『腹が痛いのか?』って聞いてきた。
普通は『気分が悪い?』って聞くよね?
それに学校の名前も聞かず、乗せて行ってくれた。
普通は『どこの学校?』とか聞くよね。
だって制服違うし。
じゃあ明らかに私だって分かっていて、声を掛けてくれたんだ。

自転車をこぐ蒼吾くんの背中を見上げた。
男の子の中では決して大きい方じゃなかったのに、四年の間に随分背が伸びたんだね。
広い肩幅、逞しい背中。
凪ちゃんじゃないけれど、成長期の四年ってホント大きいんだ。
私は広い背中を眺めながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。



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魔法のコトバ*  Season1 comments(0) -
魔法のコトバ*  Season1 再会-4-
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魔法のコトバ* Season1 再会-4-

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翌日、なかなか起きられなかった。
気持ちがどうしても前へ行かない。

転入早々「休みたい」だなんて。
心配させるようなこと、言えなくて。
重い足どりで家を出た。
駅まで歩いて、そこから電車で二駅。
同じ学校の生徒達が、どんどん電車に乗り込んでくる。
見慣れない制服を着た私を、横目でチラチラと見ながら。
凪ちゃんと待ち合わせて行けばよかった。
今さら、すごく後悔。

ふたつ駅を通り過ぎて、制服の波に流されるまま電車を降りて、改札を出た。
制服の流れはどんどん学校へ向かうのに、私の足は動かない。
横腹が、ちくちく痛む。
このまま引き返して家に戻ったら、ママがまた心配しちゃうかな。
でもこのまま、道端で倒れちゃうよりはいいのかも。
うん、そうだよ。
こんな気持ちで学校なんて行けない。
また気分が悪くなって、迷惑かけちゃうよりはよほどいい。
今日は家に戻って、凪ちゃんに電話して、明日は待ち合わせて一緒に行こう。
それならいけるかもしれない。
……あ。
でも、凪ちゃんの電話番号って知らない。
家は昔と変わってないのかな?
そもそも小学校のクラス名簿なんて残ってたっけ?
携帯の番号だって、知らないし。
ていうか私も、帰国したばかりで携帯、ないんだった………。



いろんなことが頭の中でぐるぐる回って、どんどん気持ちが悪くなってきた。
考えれば考えるほど、追い詰められる。
「ほんとに、やばいよぉ……」
思わず路地の端に座り込んだ。
駅に引き返すどころか、このまま倒れれてしまいそうなぐらい、気分が悪い。
ふわふわと地に足がついてないような感覚。
また電車で揺られて帰るより、学校へ行って保健室で横になる方が早いかも。
そう思って電柱に掴まって立ち上がろうとしたら、グラリと体が揺れた。
視界が歪む。
ヤバイ。
ここで倒れたら、救急車で運ばれたりしちゃうのかな。
それって、めちゃくちゃかっこ悪くない?
原因は、登校拒否で神経性の腹痛?
また学校で、変な噂が広がっちゃうよ…。
それだけは絶対にイヤだ。
頑張れ、ましろ──────。
そう思うのに、それを想像するとますますお腹が痛くなった。


──────ヤバイ、意識飛びそう……。






そう思った瞬間。
「──────大丈夫かよ」
頭の上から声が降ってきた。
「………大丈夫か?」
もう一度、声がした。
それと同時にゆっくりと腕を引き上げられて、体が起される。
「腹、痛いのか?」
かろうじて意識を保ったまま、こくりと頷いた。
「学校まで我慢できるか?」
低い男の子の声。
私はのろのろと顔を上げた。
白い開襟シャツに黒いズボン。胸のポケットには青葉台南の校章。
………同じ学校の人だ。
逆光で顔はよく見えないけれど、短髪の似合う爽やかな人。
「自転車の後ろ、乗れるか?」
同じ学校の人が聞いた。
「……はい…」
なんとか………。
私は頷く。
とりあえずこの人の好意に甘えて、学校まで連れて行ってもらおう。
それから先の事は着いてから考えればいい。
「しっかりつかまってろよ」
私を自転車の後ろに乗せて、その人はゆっくりとペダルを漕ぎ出した。
私が落ちないように、ゆっくりと自転車を進めてくれる。
なんだ。
同じ学校に、こんな優しい人もいるんだ。
そう思うと少しだけ、お腹の痛みが和らいだ気がした。
大きな背中が、とても温かかった。










その後のことは、あまりよく覚えてない。
着いてからはすぐに保健室へ行ったし、お腹が痛くて気分も悪くて。
とにかくそれどころじゃなかった。
お礼もろくに言えないまま、男の人は私を降ろすと自転車置き場の方へ去って行ってしまった。
同じ学校だから、またどこかで会えるよね?
大きな背中を見送りながら、ぼんやりとそんなことを思った。


結局。
保健室で横になったまま、気がついたのはお昼過ぎ。
今日は職員会議の都合で午前中で終わる。
廊下や校庭がざわざわと騒がしくなった。
「──────ましろ。大丈夫?」
カーテンが開いて凪ちゃんが顔を出した。
「朝と比べると、ずいぶん顔色よくなったね」
私の頬にそっと手を当てた凪ちゃんが、安堵の笑顔を浮かべた。
「……心配かけてごめんね」
「なに水臭いこと、言ってんの」
明日は一緒に行こうね、凪ちゃんが笑う。



「そうやってお前が甘やかすから、いつまでたっても自立できないんだろ」

突然。
カーテンの向こうから硬質で低い声が聞えた。
え? 誰?
凪ちゃんだけじゃなかったの?

「鞄。持ってきた」
白いカーテンの向こうの大きな影が揺れた。
そういえば私の鞄──────。
朝、自転車の前籠に乗せてもらって、その後どうしたんだっけ。
あれ。
記憶にないや。

「ましろ、鞄」
あ、私の……。
「自転車に忘れていったでしょ?」
え。
じゃあ鞄を持ってきてくれたのって、今朝の……。
お礼、言わなくちゃ。
私は慌ててベッドから体を起こした。


「あのね、ましろ。今日は一緒に帰りたかったんだけど……この後、クラス委員会があるんだ。だから帰れなくて…。
だから代わりに助っ人をお願いしてきたよ。知ってる人の方がましろも安心でしょう?」
え。
助っ人ってなに?
自転車の人、凪ちゃんの知り合いなの?
ていうか、私の知ってる人って、誰?
ひとりしか、思い浮かばないんだけど………。
ああ、すごく嫌な予感。





「朝も乗せてきてもらったんだって? ついでに帰りもお願いしといたから。ね、蒼吾──────」









蒼吾?








今。

蒼吾って、言ったよね?






私の、聞き間違えじゃなくて?








「日下部さん。ここにいたの? 委員会始まるって、先生が探してらしたわよ。早く行きなさい」
戻ってきた保健の先生が凪ちゃんを見つけて声を掛けた。
「園田さんは大丈夫? もう下校時間だから帰っていいんだけど……ひとりで大丈夫かしら? 送って行こうか?」
「あ、彼に頼みましたから大丈夫です」
凪ちゃんがさらりと断った。
うわ〜〜。余計なことを…ッ。
泣きそうな私の心境なんて、保健の先生は気付くはずもなく。
それならよかったわ、と。優しく笑って日誌をつけ始めた。
「じゃあましろ、気をつけて帰ってね。
あ、これ私のケー番とメアド。ましろのもまた今度、教えて!」
じゃあ後はよろしく、って。
凪ちゃんは彼に私を託して、早足で保健室を出て行ってしまった。
嘘デショ。



──────あ、悪夢だ……。
また明日も学校行けなくなっちゃうよぉ。
凪ちゃんのバカっ。



私は人の恩をあだで返すような言葉を心の中で呟いてみたけれど。
弱虫な私には、どうすることもできなくて。
結局。
彼のお世話になって、帰ることになってしまったのだ。




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魔法のコトバ*  Season1 再会-3-
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魔法のコトバ* Season1 再会-3-

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「ただいま……」
玄関の扉を閉めて、靴を脱いでよろよろと自分の部屋へと続く階段を上った。
「──────ましろ?」
その音を聞いて、ママがリビングから顔を出した。
「どうだった? 迷わず帰れたの?」
「うん。途中まで凪ちゃんと一緒だったから」
「……凪ちゃん? 凪ちゃんって──────あの凪ちゃん?」
ママってば、私と同じようなことを聞いてるよ。
さすが親子、血は争えない。
「そう。同じ学校だったのね、よかった」
しっかり者の凪ちゃんが一緒なら、ママも安心なのかな。
「お昼は? 凪ちゃんと食べてきたの?」
「ううん」
誘われたけれど、そんな気分にはなれなかった。
「少し疲れたから、部屋で休むね。また後で食べるから」
心配かけないように笑って見せて、そのまま逃げるように部屋に上がった。
部屋のドアを固く閉じて。
そのまま倒れこむように、ベッドにうつぶせに転がった。





彼と。
夏木 蒼吾(ナツキ ソウゴ)くんと、同じ学校。
しかも同じクラスだって、凪ちゃんは言ってた。
じゃあ。
HRで私が紹介された時、あの教室の中にいたんだ。
私がまた、お腹が痛くて座り込んだのを彼は、見てた……。







「ひゃあああーーーー!!!」



枕に顔を押し付けて、声にならない声を上げた。
最悪だ。
蒼吾くんに全部、見られてたなんて。






私は昔から、人の輪の中に入っていくのが苦手だった。
たくさん人がいると、私は浮いちゃうから。
緊張してあまりうまくしゃべれなくて、何を言ってるのか分からないぐらいにテンパっちゃって、ダメなんだもん。
一緒にいてもおもしろくないから。
つまんないから、友達もあまりできない。
決してひとりが好きなわけじゃないけれど、自分から一歩を踏み出す勇気がなかなかでない。
そんな私の唯一の友達が、凪ちゃんだった。
浅く短く。
その場だけの友達ならたくさんいたけど、長く深く付き合ってくれた友達は凪ちゃんだけだった。
昔と変わらず気さくで優しかったな。
凪ちゃんがいるから高校でもやっていけるかもって、希望の光が見えたのに………。


顔を上げると、まだ片付かないダンボールの山が視界に飛び込んだ。
その中でもひと際古いダンボールが、隅に封印するように置いてある。
海外に引越しすることが決まって荷造りしたまま、ずっと開けることなかったダンボール箱。
ぐるぐる巻きにされたガムテープが、4年の歳月を経て朽ちはじめていた。
あの中には、小学校時代の思い出が詰まってる。
私はそれを見ないように、そのままクローゼットの奥深く追いやった。
もう、思い出したくない。
私は泣き寝入りするかのように、ベッドにうつ伏した。






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魔法のコトバ*  Season1 comments(0) -
魔法のコトバ*  Season1 再会-2-
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魔法のコトバ* Season1 再会-2-

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目が覚めたら、見知らぬ天井が見えた。
白い天井に、ベッドを囲むようにしてあるカーテンレール。
片側だけカーテンが引かれた空間の中で、私はぼんやりと目を開けた。
最後に見えたのは、ざわめくクラスメイト達の顔と、年季の入った教室の床。
新垣先生が私を呼ぶ声を、鼓膜の奥に微かに記憶する。
………また、やってしまったんだ……。
私は頭を抱えた。



緊張すると極度の腹痛や貧血が私を襲う。
あまりの痛さに立ってられなくなるほどの痛み。
神経性のそれは、今に始まったことじゃない。
これじゃあますます、明日から学校に行きにくい。
ほんと、泣きたい……。




「──────気がついた?」
カーテンの向こうから声がして、少し遠慮がちにカーテンが開いた。
そこから顔を覗かせたのは、セーラー服を着たキレイな女の子。
黒く艶やかなストレートの髪がサラリと揺れた。
「貧血気味なんだって? 大丈夫?」
心配そうな顔で私を覗き込む。
すごく綺麗な顔立ちでスラリとした体型はモデルさんみたい。
思わずぽかんと口を開けて、見とれちゃった。



「ね?」
「……え?」
「ましろ、でしょう?」
「…はい、そうですけど……」


思わず敬語になってしまう。
白いスカーフだから彼女も1年生。同じ学年のはずなのに。


「覚えてない?」
「…え…?」
質問の意味が分からなくて、思わず間抜けな声で聞き返してしまった。
「昔から変わってないんだね。気の弱いところとか、緊張しすぎると貧血起して倒れちゃうところとか」
そう言ってクスリと笑う。
「昔からって………」







あ。



ふと。
よぎった記憶のカケラ。
真っ黒な黒髪と、意思の強い凛とした瞳。
もしかして──────。




「私、凪よ」



そう言って、ずいっと私に顔を近づけた。
うわ。
睫毛、長いなぁ…と意味もなく、ドキドキしてしまう。
女の子の顔をこんなに間近に見るのは、初めてかもしれない。
もちろん男の子だってないけれど…。






「日下部 凪(クサカベ ナギ)。覚えてない?」


私は目を白黒させた。
「…もしかして………あの、凪ちゃん……?」
私はおそるおそる聞いた。




「そうよ。どの凪ちゃんかは知らないけど、桜塚小学校5年2組だった日下部凪よ」





思い出した。
転校前の学校で、すごく仲の良かった女の子。
小学生なのにやけに大人びていて、綺麗だった女の子。
勉強も運動もできて、正義感の強い優等生。
確かその頃も学級委員とか副委員とかよくやってたっけ。
くせっ毛で色素の薄い私の髪とは正反対の、黒くてツヤツヤしたサラサラの長い髪。
黒目がちな大きな瞳に、スッと通った鼻筋。
ふっくらした唇は熟れた果実みたいで、お人形みたいに綺麗な女の子。
彼女の全てが憧れだった。
それが日下部凪ちゃん。

4年生のクラス替えで初めて同じクラスになって。
ひょんなきっかけで仲良くなって、転校するまでずっと一緒だった。
サンフランシスコに行ってもしばらくは手紙のやり取りをしていたけれど。
小学生にとって、海を越えた向こうの国なんて、あまりにも遠い距離だったから。
一度も会うこともないまま、いつの間にか文通も途絶えてしまって……それっきり。
まさかこんなところで再会するなんて。


「私、委員長だから、昨日先生から転入生が来るって聞いてたの。名前を聞いてまさかとは思ったけど…。
ましろ、全然変わってないんだもん。安心した」
大人びた笑顔は相変わらず綺麗で、意味もなくドキドキした。


「凪ちゃんこそ、…変わらないね」
「さっきまで私だって気付かなかったくせに?」
「…だって凪ちゃん、すごくきれいになってたから…」
「成長期の4年は大きいよ〜」
「ほんと。そうだね」

私は笑った。
こんな風に昔の友達と再会して話せるなんて、思いもしなかった。
ずんと重かった私の心が、少しずつ晴れていく。
凪ちゃんと一緒なら、明日からの高校生活も頑張れるかもしれない。
ちょっとだけ、学校が楽しみになった。


なのに。

そんな考えを見事に打ち砕く言葉が。
凪ちゃんの口から発せられるなんて。



「アイツも同じクラスだよ」



一瞬。
誰の事を言ってるのか想像がつかなかった。
後から思えば凪ちゃんが『アイツ』って呼ぶのなんて。
ひとりしかいないのに。







「蒼吾(そうご)。
同じクラスだったから、ましろも覚えてるでしょう?」











一瞬。
目の前が真っ白になって、氷ついたように動けなくなった。
覚えてるもなにも、忘れるわけがない。
むしろ。
忘れたいのに、忘れられない苦い記憶。
ちくちくと、横腹が痛む。

この持病だって、あの人のせいだもん。










夏木 蒼吾。
私がいじめられるきっかけを作った、張本人。






私の、トラウマ。








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魔法のコトバ*  Season1 comments(2) -
魔法のコトバ*  Season1 再会-1-


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Season1 再会-1-

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また、この街に帰ってきた─────。


そんなことを考えながら、ちょっと固めのレザーのソファーに腰かけて。
窓から見える外の景色をぼんやりと見つめた。
高台から見下ろす景色は、遥か向こうに青い海が見える。
夏の終わりの海は、まだまだ青く澄んでいて。
日差しをキラリと跳ね返した。

「──────ましろ!!」

私を呼ぶ声と同時に肩肘でつつかれて、ハッと我に返る。
ママが眉根に皺を寄せて、私を睨みつけていた。

ここは学校。
しかも転校初日。
今日から新しい高校での新生活が、始まるところだった。
向かいのソファーに目を向けると、校長先生が私をじっと見据えていた。
柔らかい雰囲気を身にまとう眼鏡をかけたおじいちゃん。
もう2〜3年もすれば定年を迎える。
そんな感じの年齢だ。

「ちゃんと、聞いていたの?」
ママが呆れた声で、私の耳元で囁いた。
「……うん…」
とりあえず頷いた私に。
「何か、質問はないですか?」
校長先生はもう一度、優しくそう聞いた。
「ありません…」
「そうですか。それならよかった」
安心させるように校長先生はにこりと笑うと。
「それでは担任に、クラスへ案内させましょう」
そう言ってソファーから立ち上がった。
「よろしくお願いいたします」
ママが立ち上がって深々と頭を下げた。
私も慌てて立ち上がって、同じように頭を下げた。




私。
園田 ましろ(ソノダ マシロ)。

真っ白な心で素直に育ちますように。
そんな願いを込めて両親がつけてくれた名前を私は結構、気に入ってる。
でも。
名前のことで、小さい頃はからかわれたり、いじめられたりもした。
『真っ白ましろ』とか。
『しろしろお化け』とか。
子どもじみた中傷だけれど、私は結構、傷ついた。
おかげで小学校時代は、いい思い出がない。
パパの仕事の都合で、小学校の途中で海外赴任が決まって。
4年半ほどサンフランシスコのアメリカンスクールに通った。
今年の夏に海外勤務も無事終了して、先週、日本に戻ってきたばかり。
海外での生活にもようやく慣れたのに、また日本での生活。
空白の4年間は大きいよ…。


「先に帰っておいしいものを作って待ってるから。頑張って」

優しくそう言い残して、ママは先に帰ってしまった。
引っ越してきたばかりで、荷物の整理や公共の手続きとかで。
まだいろいろと忙しいみたい。
ほんとは心細くてしょうがなかったけれど。
もう子どもじゃないんだから、一緒にいてなんて恥ずかしくていえなかった。


「うちのクラスは個性的だがいい奴ばかりだぞ〜」
長い廊下を男性教師の後に着いて歩く。
がっちりと体格のいい新垣先生。
今日から私の担任になる。
30代半ばぐらいかな。
出席簿を持った左の薬指の指輪が、キラリと光る。
去年結婚したばかりで新婚ほやほやなんだって、言ってたっけ。
廊下ですれ違うたびに、みんなが私を振り返る。
制服が違うから、転入生ですってアピールしてるようなもの。
緊張が加速して動機が激しくなるのを誤魔化すように、胸のリボンを握りしめた。
しっかりして、私。

「制服は間に合わなかったんだな。いつできるんだ?」
「来週の頭には…」
「そうか。しばらくは居づらいかもしれんが…ま、制服が来る頃には慣れるさ」
そう言って新垣先生は白い歯を見せてにこりと笑った。
制服が来る頃には、って。一週間だよ、一週間。
だからママにも言ったのに。
制服が出来上がってから、新しい学校に行きたいって。
でもママは、ただでさえ途中編入なんだから、せめて学期の初めから行きなさいって。
頑として聞き入れてくれなかった。
目立つのは嫌なのに…。
瞼の奥がじわりと熱くなるような気がして、私はきゅっと唇を噛み締めた。


「ここが教室だ」
新垣先生は教室の入り口で立ち止まって、私を振り返った。
『1-C 新垣学級』表札にはそう記されてある。
扉の向こうから漏れ聞こえるざわざわした空気に、ますます緊張が加速する。
足が震える。
「まあ、みんなそれぞれが違う中学から来たんだ。園田もすぐに打ち解けられるさ」
爽やかに微笑んで、新垣先生は勢いよく教室のドアを開けると。
「おーーーーい!席につけ〜〜。HR始めるぞ!!」
よく通る声で叫んだ。

半年って大きいよ、先生。
それだけあれば、仲のいい友達とかグループとか、とっくにできちゃう。
励ましたつもりの言葉が、ますます私を暗い気持ちにさせた。
みんなと半年遅れてのスタートライン。
やっていけるのかな、私。


「新学期早々、嬉しい知らせだ。喜べ男子、転入生だ──────!」
おおおお!!!と声が上がる。
教室が大きくざわめいたのが分かった。
うそ。
新垣先生、余計なことを…。
そんな演出はいらないのに。
緊張しすぎてお腹がちくちく痛いし、目が回る。気分が悪い。
その場に座り込みそうになるのを私はグッとこらえた。
「園田、入っていいぞ」
教室の中から先生のお呼びの声がかかった。
私は震える足を恐る恐る伸ばして、教室に踏み込む。
教室が、一瞬ざわめいた。
その場から逃げ出したい衝動をグッと我慢して、教壇の前まで足を進める。
緊張と恥ずかしさで、顔が上げられない。
クラスメイトの好奇心の視線が、体中に突き刺さる。

「園田ましろ──────だ。
親の仕事の都合で4年ほど海外で暮らしていたが、この夏戻ってきたそうだ。小学生時代はこっちで過ごしているから、もしかしたら知ってる奴もいるかもしれんな。仲良くしてやってくれ。」
そう言って先生は私の肩に手を置いた。
「園田、何かひと言、言うか?」
「………」
私はふるふると首を横に振った。
涙目になっているのを気付かれないように、下を向く。
「そうか。それなら席は──────委員長!」
「はい」
誰かが手を上げたような気配がした。
「始業式が終わったらいろいろと案内してやってくれ。席は委員長の隣でいいな?」
「…はい」
「じゃあ教科書がそろうまで、日下部に見せてもらえ。……園田…?」




──────おい。大丈夫か?

先生の声が上から降ってきた。
大丈夫です──────そう答えたつもりが。


声にならないまま、私はその場に崩れるようにうずくまってしまった。



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別館開設
別館で徒然日記なるものを書いてみることにしました。
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