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魔法のコトバ*  Season4 放課後-1-
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魔法のコトバ* Season4 放課後-1-

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「…え? 部活───?」



凪ちゃんと机を合わせて、お昼のお弁当を囲んでた昼休み。
突然切り出された言葉に、思わず食べかけの卵焼きを落っことしそうになった。


「あれ? 聞いてなかった?」
凪ちゃんが首をかしげたまま、ウインナーを頬張る。
「ましろがなかなか入部届けを持ってこないから、先生に催促してくれって言われたんだけど」
「聞いてないよ」
「やっぱり?」
凪ちゃんがあからさまに、大きなため息をついた。
「あの先生、言ったつもりが言ってないって事が多いんだもん。今回もやっぱりなんだ」
もう。しっかりしてほしいよ、と呆れたように呟いて。
「───で。どうするの?」
楽しそうに聞いてきた。
「どうするって言われても……」
今、聞いたばかりで、すぐになんて決められない。






凪ちゃんの話によると。
うちの高校は『積極性とやる気を育てる』という思考で。
必ず何らかの部活に、参加しなければならない校則があるらしい。
毎日参加型の部活動と、毎週曜日を決めて活動するクラブ活動のふたつがあって。
どちらかには在籍しないといけないらしいんだけど…。



「まぁ、すぐには決められないよね?」
「だって、どんな部活があるのかもわからないし…」
「じゃあ、あとで一覧表をもらってくるから、それ見て考えたらいいよ。活動内容もいろいろ載ってるから」
「…うん」
「面倒くさいんでしょう?」
心の内を見透かして、凪ちゃんが笑う。
「在籍だけの幽霊部員みたいな人もたくさんいるから。面倒なら活動の少ないクラブ活動にするといいんじゃない?」
「…ん〜」
面倒くさいといえばそうなんだけど。
それよりも、新しい環境に飛び込む事の方が苦痛。
やっと、学校にも慣れてきたばかりなのに、また一から飛び込まなきゃいけない環境があるなんて。
私はまた、大きくため息をついた。




「それ、似合ってる」
凪ちゃんが指差した。
「制服。前のも可愛かったけど、うちの制服の方がましろによく似合う」
「……ホント?」
真新しいセーラー服。
1年生は真っ白のスカーフ。
フワフワしててかわいいの。

転入してから一週間。
クラスの雰囲気や学校生活にも慣れて、新しい制服が届く頃にはすっかり落ち着いた。
何気なく過ぎてく毎日の中で、少しずつクラスメイトの顔と名前が一致するようになった。
クラスになじんだっていうよりも、みんなと同じ制服を着ると目立たなくなった。
あまり存在感ないもん、私。





「ましろは新しい環境に飛び込むの苦手だもんね」
「…うん」
「だったら、私と同じ部に来る?」
「凪ちゃんって、何部なの?」
何をやってるのかは知らない。
昔は部活、やってなかったよね?

「私? 陸上部よ。今、短距離と高跳びをやってるの。
中学からはじめたんだけど、これでも結構早いし、飛ぶんだよ?」
何となく目に浮かぶ。
小学校の時からスポーツ万能で、クラスの女の子の中でも、一番早かったから。



ていうか、それ。
私じゃ、無理でしょ。
陸上なんて。
いくら一緒の方が安心できるからといっても、運動部は論外だ。






「べつに、選手じゃなくてもいいの。マネージャーとか。運動苦手でも、できるよ?」

…うっ。
自分から切り出す前に指摘されちゃうほどの運動神経って、どうなんだろう。
私は何ともいえない表情で笑った。




「でも……運動部は、いいや」
私には向いてない。
どちらかといえば、ていうか絶対、文化サークル向き。



「そう? マネージャーが足りないから、ましろが入ってくれると助かるんだけど…」
「ごめんね」
私は苦笑した。
「ま、断られるだろうって、なんとなく想像はしてたけどね。
それはまたゆっくり考えるとして───早くその卵焼き食べたら?」
凪ちゃんが笑った。





あまりにも唐突すぎて、食べかけの手が止まったまま。
私はゆっくりと、お箸に挟んだ卵焼きをほおばった。






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魔法のコトバ*  Season4 comments(0) -
魔法のコトバ*  Season3 キス-8-
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魔法のコトバ* Season3 キス-8-

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ピピピピピピピピーーーー。



頭の奥でベルのようなものが鳴り響いて。
私は手を伸ばして音の発生源を探った。
堅いものが手に当たって、手馴れた仕草でボタンを押す。
私はまだぼんやりする体をゆっくりと起して、それを手に取った。
am6:30。
いつの間にか寝ちゃってたんだ…。

ずいぶんと懐かしい夢を見た気がする。
視界の隅に、半開きになった段ボール箱が見えた。
そこからはみ出した懐かしい写真。
引越しの時に封印したっきりのダンボール箱を昨日、開けたんだっけ。
だからあんな夢、見たのかな。
今さら…。
思い出したくない苦い記憶。
私はそれを封印するかのように、箱を固く閉じて、クローゼットの奥にしまった。












「行ってきまーす」
翌日、私はいつもより少し早く家を出た。
凪ちゃんと待ち合わせをしてるから、足取りが軽い。
昨日と比べると、雲泥の差。

「おはよ」
駅のホームで凪ちゃんの顔を見つけて、私は顔をほころばす。
昔から。
彼女の顔を見るとホッとするの。
凪ちゃんは私の安定剤みたい。




「昨日、ちゃんと帰れた?」
「うん。大丈夫だよ」
「そ。よかった」
凪ちゃんが安心したように笑う。


「…ほんとはね、ちょっと心配だったんだ…」
「?」
「ほら、ましろって人見知りをするところがあるじゃない? だから送って行ってもらうのなら、知ってる人の方がいいかなと思ったんだけど……蒼吾で大丈夫だったのかな…って。あとからすごく気になって……」




正直、蒼吾くんは今も苦手。
キス事件以来、彼とは一度も話すことのないまま、昨日だよ?
緊張で押しつぶされそうだった。


でも。
蒼吾くんは意外と優しくて。
気を使ってくれてるのが手に取るようにわかって。
思ったよりも、怖くなかった。




「じゃ。行きますか?」
凪ちゃんが笑う。
「ましろにしてみれば、今日が初登校みたいなもんだもんね?」
「…転校早々、調子悪くなってばかりだから、なんだか行きにくいんだけど…」
「大丈夫だよ。私も蒼吾もいるし」
「……なんでそこで、夏木くんの名前が出てくるのよ…」
「知り合いはひとりでも多いほうが、心強いでしょ?」
「そうだけど……」

蒼吾くんは別格。
心強さの頭数には、ならないよ。



「ましろ」
「ん?」
「蒼吾。いいヤツだから」








「───え?」




「ましろが思ってるようなヤツじゃないよ?」







「………」




黙り込んでしまった私の肩を叩いて、凪ちゃんが笑う。





「とにかく行こ。電車、間に合わなくなっちゃうよ」







この時。
どうして凪ちゃんが蒼吾くんのことばかり私に言うのか分からなかったけれど。
後から思えば。
答えは簡単だったのかもしれない。






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魔法のコトバ*  Season3 comments(2) -
魔法のコトバ*  Season3 キス-7-
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魔法のコトバ* Season3 キス-7-

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先生は職員室で一度うちに連絡を入れた後、車で家まで送ってくれた。
今日はいろんな事があったけど。
その割にはずいぶん穏やかな気持ちで学校を出ることができた。
それもこれも日下部さんのおかげ。

保健の先生が職員室から戻ってくると、
「じゃあまた明日ね」
と、笑って手を振りながら日下部さんは帰っていった。
“また明日”。
毎日交わしているような何気ない会話だけど。
私はその言葉がとても嬉しくって。
何度も何度も、心の中で繰り返し呟いた。


私の家は。
学校から歩いて20分ほどの距離にある住宅街。
同じような家が並んだ一番奥にあって、ちょうど突当りは袋小路になちゃうから、路地の手前で先生に降ろしてもらった。
「おうちのひとにはちゃんと連絡してあるけど…、本当にひとりで大丈夫?」
先生は少し心配そうだったけど。
日下部さんのことで幾分か気持ちが軽くなった私は、
「大丈夫です」
って、笑って答えた。
それを見て先生は安心したのか。
「じゃあ、明日も元気に学校に来てね?さようなら」
そう言って私が家への路地を曲がったのを確認すると、ユーターンをしてもと来た道を帰っていった。
まだ学校でやることがあるんだって。
そう言ってた。
学校の先生って大変だな。
なんて思いながら、いつもより少し軽い足取りで家路を急いだ。




だけど。





玄関が見えたところで、立ち止まってしまう。
足が、動かなくなった。



玄関先に、壁にもたれるように立っている人影。
野球帽を深くかぶって。
背中には学校指定のリュックサック。









うそ。



なんで、蒼吾くんがいるの?



彼を見つけた瞬間。
また、じわりとお腹が痛んだ。



どうしよう……。

どうして蒼吾くんが、ここにいるの?
ていうか、何でうちを知ってるの?



私は電柱の影に隠れて、ランドセルの肩紐を握りしめた。
いくら時間が過ぎても蒼吾くんは帰らない。
帰ろうとしない。
それどころか座りこんじゃって、腹をくくってる。





このままじゃ帰れないよ…。

私は半泣きになった。
きっとママが心配してる。
倒れたって聞いてるはずだからなおさら。
早く帰って安心させてあげたいのに。
足がすくんで動かない。






……どうしよう。




そう思った矢先に。

玄関が開いて、ママが顔を出した。
心配そうに外を見回してキョロキョロしてる。
無理もないよね。
送っていきますって連絡があって、随分経ってるもん。
私は心配そうなママの表情を見ながら、ごめんねと心の中で呟いた。



玄関先まで出たママが。
「あら」
蒼吾くんに気付いた。
「うちに何か御用かしら?」
それに気付いた蒼吾くんが立ち上がり、軽く会釈。



「…あら、あなた…」



蒼吾くんの名札に気付いた。


「あなたも桜塚小学校の生徒さん? もしかして…ましろのお友達?」


ママの嬉しそうな笑顔が見えて、私は泣きそうになった。
どうしよう。
この展開はすごくやばい気がする。



「ましろに御用?」

ママの問いに蒼吾くんが頷く。


「あら、やっぱりそうだったの。ごめんなさいね、ましろ、まだ帰ってないの。
こんなところもなんだから中に入って待ってる?」




ママってば余計なことを…。
私はますます、泣きそうになった。




「ここで待ちますから。いいです」
遠慮がちに断る蒼吾くんを。
「何言ってるの。もう随分と外で待ってるんでしょ?ましろが待たせてるんだから遠慮なんてしないで?」
私が待たせてるんじゃないよ。
勝手に蒼吾くんが…。
って、声を大にして言いたかったけど。
娘のそんな気持ちなんて微塵も気付かないお人よしなママは。
「何だったらましろの部屋で待ってもらってもいいのよ?」
なんていい出した。




わ、わわわ!!
ママったら何をーーーー!!!
ホント、半泣き。
普段私の友達が来るなんて事がめったにないから、ママも嬉しかったんだと思う。
ましてや男の子の友達なんて、初めてだからなおさら。
ママの気持ちも分かるんだけど。
このまままじゃ、強引に家に上げようとするママの勢いに蒼吾くんが負けそうだったから。
思わず。




「ママっ!!」




私は思わず、路地から飛び出してしまった。





「あら、…ましろ?」



ママの呑気な顔。
その声と同時に蒼吾くんがこっちを振り返った。
目深にかぶった野球帽で表情はよくわからないけど、確かにこっちを見てる。



「ちょうど良かったわ。今、お友達が……ましろ?」


私は蒼吾くんの顔も見ずに、早足で彼の横を通り過ぎようとした。
「園田!」
蒼吾くんが寸前で、私の腕をつかまえた。
何かを伝えようと、唇が動く。






私にキスした唇…。



あの時の感触を思い出して、胸の奥がきゅってなった。
頭に血が上る。


こんなことろで何も言わないで。
ママもいるのに。



私は蒼吾くんの腕を振り切って、強引に玄関へ駆け込んだ。
乱暴にドアを閉めて、蒼吾くんを遮断する。






「園田!!」






ドアの向こうから蒼吾くんの声が聞こえた。







「オレは……っ、オレは、謝らないからなっ!!!」



近所中に聞こえてるんじゃないかっていうくらい大きな声がして、私は耳を塞いだ。



「何があったのましろ??」

ママがオロオロと、私を覗き込んだ。







「…なんでも、ない…っ」
「ましろっ!?」


私は乱暴に靴を脱ぎ捨てて、駆け足で階段を登った。
部屋のドアを閉め、背負っていたランドセルをほり投げてベッドにうつぶせる。
玄関が開いて、ママがなにやら謝っている声がかすかに聞こえた。




涙が溢れて止まらない。
謝らないってなに?
悪いって思ってないの?
じゃあどうして、わざわざそんな事を言いに来たの?
何の為に────。






蒼吾くんが何を考えているかわかんない。
あんな。あんな惨めなキス、早く忘れてしまいたいのに────。




蒼吾くんの声が聞こえないように、頭から布団を頭からかぶってうつぶせた。
あんなキス。
絶対、カウントするもんか。
蒼吾くんとはもう、二度と口なんてきかない。






そう強く決心しながら。
ベッドにうつ伏すように、泣いた。





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魔法のコトバ*  Season3 comments(2) -
魔法のコトバ*  Season3 キス-6-
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魔法のコトバ* Season3 キス-6-

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いつもの見慣れた白い天井が目に入って。
「……目が覚めたかしら? 大丈夫?」
心配そうに私を覗き込む保健の先生の顔が見えた。
私はどうも意識を失ったらしい。
今までお腹が痛くて保健室のお世話になったことはあるけど、倒れてるなんて初めて。
それって大丈夫なのかな、私。


「園田さんの腹痛は精神的なものだから、体には異常はないんだけど……」
先生はちょっと言いにくそうに言葉を濁すと。
「…何かあった?」
優しい口調で私を覗き込んだ。
「倒れるほどの腹痛なんて、よほどのことだものね?」
優しい手がそっと背中を撫でてくれる。

「………」


私は黙り込んでしまった。
「そっか…。言いたくないなら無理に聞かないわ。少し休んだら送って行くわね?」
気持ちを察してくれたのか先生はそれ以上は聞かずに、優しく笑って私の頭をそっと撫でてくれた。
その手が暖かくてじわりと涙が浮んだ。
「先生、車の鍵を取ってくるから。それまで休んでいてね?」
そう告げると、先生は保健室から出て行った。




「…園田さん?」

しばらくして、カーテンの外から遠慮がちに呼ぶ声がした。
先生じゃなくて生徒の声。
「大丈夫…?」
そっとカーテンが空いて、見慣れない顔がカーテンの向こうから顔を出した。
さっき私を庇ってくれたクラスメイトの女の子。
学級委員の日下部 凪ちゃん。
正義感が強くてしっかり者で。
だから私のことも助けてくれたのかな。
私とは正反対の真っ直ぐで黒い髪が揺れた。
いいな。
思わず触りたくなっちゃうサラサラの髪。
凛とした表情は小学生なのにずいぶんと大人びていて。
勉強ができてスポーツ万能で、ほんと完璧な女の子。

あの蒼吾くんのことを。
ゆいいつ『蒼吾』って呼び捨てで呼ぶ女の子。
彼を好きだった頃は、その距離の近さがうらやましいな、って本気で思ってた。
蒼吾くんとは家が近所で、昔からの幼なじみなんだって。
小さい頃から、こんなにキレイで何でもできる日下部さんを見てきたんだもん。
あんなふうに言われちゃうのはしょうがないのかな。
私も。
日下部さんみたいに完璧な女の子だったら、水野さんたちに文句を言われることもなかったのかもしれない。
男子はもちろんだけど。
日下部さんは女の子からも一目置かれている憧れの存在で、私も憧れてた。
日下部さんみたいになれたらいいな、って。
ずっと……。



「……もう、大丈夫なの?」
「うん。平気。……ありがとう…」

自分があの日下部さんと話してるなんて変な感じ。
これって夢じゃないんだよね? なんて。
ちょっと思っちゃう。
日下部さんは私とあまりにも違いすぎて、いろんなことが正反対で。
こんな風に話すことなんてないだろうなって、ずっと思っていたから。

「そっか、よかった。急に倒れるからびっくりしちゃった。
あいつらにはよーく言っておいたから」
「…え?」
「安部。明日、謝ってくると思うよ」


安部くんが?
まさか…。


私が信じられないっていう表情で日下部さんを見上げたものだから。
「大丈夫よ!ちゃんと先生にも話しておいた。告げ口ってやつ?」
そう言って日下部さんは笑った。
彼女が大丈夫っていうなら、何だかそんな気がしてきた。
だから、ちょっと聞いてみたくなった。

「…何で…私を庇ってくれたの?」
って。

日下部さんはちょっと不思議そうな顔をすると。
「だって当たり前じゃない。大事なクラスメイトだよ?」
そう言って真っ直ぐな目で私を見た。
その場だけの取り繕いとか、建て前とかじゃなくて。
本気で言ってる。
凛とした目でじっと私を見つめるから、こっちの方が恥ずかしくなって思わず下を向いた。
こんなに間近でじっと見つめられたのって初めてかも。
日下部さんの真っ直ぐな眼差しって、ちょっと蒼吾くんに似てる…。


「ああいうの好きじゃないの。大勢で寄ってたかってみたいなの」
日下部さんはちょっと拗ねたような怒った顔つきで言った。
正義感強そうだもんね。
でも、それってすごいことだよ。
そう思っててもそういう事は、なかなか行動には移せないことで。
もしかしたら他にもそんな風に思ってくれている子がいたかもしれないけど。
みんな自分が巻き込まれることを恐れて、遠巻きで見てた。
かかわりたくないって。
巻き込まれたくない、って。
私だって。
もしクラスメイトが同じ目に合ってたとしても、止めに入ることなんて出来なかったと思う。
行動にできるか出来ないかは、その人の勇気次第。



「それに……」
「それに?」
日下部さんはちょっと考えて。
「…ううん。何でもない」
首を横に振った。

「ごめんね。こんな事になるなら、もっと早くに止めに入ればよかったね。
園田さんがもう少し自分で何とかするかと思ってたから我慢してみてたけど、もう限界。あまりにも頭にきて言っちゃった。
…お節介…だった?」
私は大きく首を横に振った。

そんな事ない。
嬉しくてたまらなかったよ。

「そ、よかった」
心底安心したように日下部さんは笑った。
同じ女の子なのにドキドキしてしまう。

「…もう帰れるの?」
「うん…。先生が車で乗せて帰ってくれるみたい。」
「そっか。残念」
「…?」
「一緒に帰ろうかなって思ってたから」
「……え?」
「でも倒れた後だから、今日は先生に送ってもらった方が安心だよ。今度は一緒に帰ろうね?」
そう言って日下部さんは笑った。

「…私と一緒にいたら…何か言われちゃうよ?」

だってそうだもん。
日下部さんの気持ちは涙が出るほど嬉しかった。
だけど、だからこそ巻き込みたくないなって本気で思った。
でも。

「平気だよ。だって二人の方が心強いでしょ?」

にっこり笑ってそう言った。

日下部さんがそう言うと、ほんとうに大丈夫なような気がするから不思議。
庇ってくれたからとかじゃなくて。
言ってる事は嘘じゃないんだって、心から信用できるようなそんな笑顔。
目、かな?
意志の強い真っ直ぐな目。



「でも…」

「私と一緒にいるの、いや?」

「そんなこと…っ」

慌てて首を横に振った。
そんなことあるわけないよ。

「じゃあ友達になろ?」

「…私、と?」

「うん。園田さんと。ほんとはね、ずっと友達になりたかったんだ」

少し照れたように笑う。
こういう笑い方はちゃんと同じぐらいの年頃の女の子の笑顔みたいで可愛いな、って思った。
日下部さんの言葉に、思わず耳を疑ってしまったけど。

「…ましろって、呼んでもいいかな?」
そう言って笑ってくれたから。
「うん」
私も思わず笑って頷いた。
嬉しさとか、心強さとか、今まで寂しかった気持ちとか。
いろんな気持ちが入り混じって。
泣いてるのか笑っているのか分からないような引きつった笑顔だったと思う。
でもそんな私の笑った顔を。
「ましろはそうやって笑っている方が素敵だよ?」
そう言って褒めてくれた日下部さん。
嬉しそうににっこり笑ってくれた。

私なんかよりもよっぽど素敵な笑顔だよ。
私は嬉しくてどうしようもない気持ちをしっかり心にしまいながら。
もう一度笑ってみせた。




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魔法のコトバ*  Season3 comments(0) -
魔法のコトバ*  Season3 キス-5-
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魔法のコトバ* Season3 キス-5-

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頭の中が真っ白になって。
どうしようもないくらいお腹も痛くて。
私は何も考えられなくなって、その場にうずくまった。
男子はおもしろおかしくはやし立てるし、女の子達はすごく冷たい視線で私を見てる。
何で?
私はなにひとつ悪いことなんてしていないのに。


私がうじうじしてるから?
自分の意見も言えないから?
だからみんなおもしろがってる。
自分が変わらなきゃ、何も変わらない。
ちゃんとわかっているつもりなんだけど、そんな勇気はなくて。
4年生が終わるまで、ずっとこのままなのかな?
そう思ったらお腹の痛みが急激に増して、頭の中はますます真っ白になって。
気が遠のく感覚が私を襲った。





「ねぇ。
いい加減にしたら?」





突然。
クラスの雰囲気を壊すかのように、クラスメイトのひとりが口を開いた。
大騒ぎしていたクラスメイト達が。
シン。
って、静かになって。
じわり…と、声のした方を振り返った。
私も。
遠のきかけた意識が、一瞬、その言葉に引き戻された。


「もう、そういうのやめたら?
あんた達、男のくせにかっこ悪すぎ。他にやることないの?」


ちゃんと聞こえた。
聞き間違えとか、錯覚とかじゃなくて。
張りのある凛とした声がはっきりと耳に届いた。
この声は聞き覚えがある。
クラスメイトの顔も名前も、何となくしか覚えていない私でも知ってる。
毎日、授業の号令で聞いてる声。
私はおなかに手を当てながら、涙でくしゃくしゃになったひどい顔を上げた。



────あ。


やっぱりそうだ。




日下部 凪(クサカベ ナギ)ちゃん。
うちのクラスの学級委員長。
真っ黒でサラサラで腰まである長い髪を翻して、私の前に立つその姿は勇ましくて。
私は驚いた顔で彼女を見上げた。


どうして日下部さんが?
私を、庇ってくれてるの?


溢れていた涙が一瞬止まった気がした。
それぐらいびっくりした。


「ひとりの女の子によってたかって何?女の子の純情を傷つけるような事して、恥ずかしくないの?」
日下部さんは怒ったように、ぐっと安部くんに顔を近づけた。
「キスしたからって何?
だいたい気持ちのこもってないキスなんてカウントに入らないでしょ?」
きれいな顔があまりにも近付いたから、安部くんはすごく真っ赤になった。
動揺しまくり。
わかりやすいよ。

「な、…何だよっ、日下部…」
勢いに負けて、安部くんの体が一歩後ずさった。
「おまえ…偉そうに言ってるけどな…っ、キスの経験もないくせに、偉そうな事いうなよ!」
言葉がしどろもどろ。
いつも私に嫌なことばかり言ってた勢いがない。
こんな安部くん、初めて見た。



「経験?」



日下部さんは片眉を上げた。
そしてしばらく間を置くと安部くんを見下すような表情で。
「あるわよ」
短くそう告げた。




「……え?」


教室の中がざわめいた。
「…んだよ、嘘言ってんなよ?
キスってゆってもな、母親とか家族とかとするヤツの事言ってるんじゃないんだぜ…?」
安部くんは動揺して、完全に日下部さんの勢いに押されてる。
言葉に勢いがない。
予想外の返事に戸惑いの色が隠せない。


「あたりまえじゃない。
キ・ス、したことあるからゆってるんでしょ!」

はっきりとした口調できっぱりと言いきった。
凛とした真っ直ぐな目で安部くんを見つめて。
嘘なんか言ってない。
そういう真っ直ぐな目だった。
シン。
って、教室中が静まり返った。


男子は呆然。
だってその頃、クラスの半分以上の男子は日下部さんに憧れてたから。
クラスのマドンナが、憧れの日下部さんがキスの経験ありだなんて。
かなりの衝撃。
安部くんもそのクチ。
余裕ぶっていた顔つきが急変したのがあきらかにわかった。


「そっちこそ、したことないのに偉そうなこと言わないで」
日下部さんは冷たく言い放つと、
「大丈夫?園田さん」
床に座り込んでいる私に声を掛けた。
心配して気遣ってくれる優しい声。
「園田さん?」
背中にそっと触れる。
優しく撫でてくれる手の温かさが、背中からじんわりと伝わってきた。
こういのはパパやママ以外では久しぶり。
心の中から温かくなるような、目の奥がじんって熱くなるような安心感。
こんな人もクラスにいたんだ。
ホッとしたら。
スッと気が抜けて。





「…?園田さん…?……園田さん────っ!!!」









日下部さんの声が遥か遠くに聞こえた。



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魔法のコトバ*  Season3 comments(0) -
魔法のコトバ*  Season3 キス-4-
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魔法のコトバ* Season3 キス-4-

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その日の昼休みは少し天気が悪くて。
今にも降り出しそうな空模様に、いつもなら外に出てドッジボールやサッカーをしている男子がほとんど教室に残ってた。
私はその頃読書にはまっていて、たいていの休み時間は図書室で借りてきた本を読んでることが多かった。
その日も借りてきた本を自分の席で読んでいて。
手をつないだ男の子と女の子のほんわかした表紙の物語で。
別に恋だの、愛だの。
そんな事は無縁の話。



なのに。



「何読んでんだよ、園田〜」
突然、おどけたような口調でクラスメイトのひとりが、私を覗き込んできた。
いつも私をからかってくる集団のリーダー格の男子。
たしか安部くん。
やけにニヤニヤして意味深な笑みを顔いっぱいに浮かべてた。


何?


彼がこんな顔をする時は、大抵、何かを企んでいる時。
何かをしてやった後の光景を思い浮かべて、想像笑いみたいな感じ。
ニヤニヤしてて気持ちが悪い。
しかもこの日は今までに見たことのないような企み笑い。
私はとっさに身構えた。


「お前、いつも休み時間になると本を読んでるよな?友達いねぇの?」
人を見下したような口調で淡々と言った。
ていうか、完全に私を見下してる。
そういう状況に追い込んだのは安部くん達なのに。
ちょっとムッとしたけど、そんな事を言ったら後で何を言われるかわからないのから、言いたい言葉をグッと飲み込んで我慢した。
「くるくるワカメのくせに無視すんなよ」
安部くんは私の反応に少しムッとしたように口調を強めた。
「何読んでるんだよ」
「あ…っ」
返事も待たずに手から本を抜き取る。
「なになに〜…」
奪い取った本を乱暴に開いて、チラリと私を見た。

「“花子はクラスのいじめられっ子で友達がいません。休み時間になるといつもひとりで本を読んでいます。だって友達がいないんだもん”」
本の内容なんかちっとも読んでないくせに、自分で作った話しを声に出して読み上げる。
そんな様子をおもしろがって、クラスメイト達が横目でこっちを見ながらクスクス笑う。
「返して!」
私は泣きそうな声で、真っ赤になって言うけど。
安部くんはちっとも聞いてくれない。
その作り話はどんどんエスカレートして。
ボリュームも最大。
わざとクラス中に聞こえる大きな声で読み上げた。
「“花子は太郎の事が好きで、いつもキスをしてみたいって思っていました”」
しかも、とんでもない内容。

何それ?
何で急にそんな話題なの?
それって安部くんの願望じゃないの??

私の疑問はよそに、
「お前、こんなの読んでんの?やらしいなぁ」
ニヤニヤして私を見下ろした。
そしてしまいには、
「お前って、キスしたことあんの?」
なんて聞いてきた。
すごく厭らしいニヤニヤした顔つきで。



は?



何言ってるの?



キスって、あのキス?
パパやママと小さい頃にしていたハグじゃなくて。
好きな人とするキスの事??


質問の意味を理解して。
ちょっと頭の中で想像とかしちゃったりとかして。
カーーって、頭に血が上って顔が真っ赤になるのがわかった。



「あ、こいつ赤くなってるじゃん!経験ありか〜?」
安部くんは私の反応をおもしろおかしく騒ぎ立てる。
そんなのあるわけないじゃん。
特別仲のいい友達だっていない私だよ。
彼氏はおろか、男友達でさえいないのに。
そんな事はわかってるはずなのに。
っていうか、わかっててからかってるんだ。

そう思ったら、さすがの私もカチンときて、
「返してってば…!!」
珍しく安部くんに食いかかって行った。
大好きな本を取り上げられて、その上あることないこと言われたんじゃたまったもんじゃない。
想像してなかった私の勢いにびっくりして、安部くんは持っていた本を手から離した。
パサリと音をたてて、本が床に落ちる。
私は安部くんよりも先に拾おうと、慌てて腰を落とした。
同時に安部くんがかがんで手を伸ばす。

でもその手は落っこちた本に、じゃなくて。
明らかに私の手を掴もうと伸ばした手。




何?…私…?




本を掴むよりも先に安部くんが私の手を掴んだ。




「バカだろ?お前」



小さく安部くんが呟いて、にやっと笑ったのが見えた。
最上級の企み笑い。
すごく間近で見えた。
息がかかるかかからないかの距離。
背筋がぞっとした。
私は身の危険を感じて反射的に目を瞑る。




その瞬間。


ぐんって。
誰かに反対側の腕をつかまれて。
強くそちら側に引かれた。


それと同時に。
柔らかいものが唇に触れて、
カチンって。
歯の当たる音がした。






私は一瞬。
自分に何が起きたか分からなくて。






「キャァァーーーーっ!!」
って。

クラスの女の子の悲鳴に近い声が上がって。
びっくりして尻餅をついたら、目の前によく知った顔があった。
その顔は真剣な表情で私をじっと見据えると、しばらくしてバツが悪そうに下を向いた。








何…?




今の、何?










「嫌ぁーーーっ!!」
「何で!?何で蒼吾くんが…っ!?
やだぁーーーーーっ!!」
女の子達の悲鳴が上がる。






蒼吾くん?

何で蒼吾くんが目の前にいるの?




ていうか、今の、
なに??





目の前が真っ白になった。





「何やってるんだよ、蒼吾っ!!」
オレがやるってゆってたろ?
最後の声は聞こえるか聞こえないかの小声で、安部くんが囁いた。

やるって何を?

「何で蒼吾くんが、園田さんにキスするのっ!?」
甲高い水野さんの声。



─── キス ───?



私は今頃になって、ようやく状況を理解して、真っ赤になって口元を覆った。
まるで証拠を隠すかのように。
そんなの無意味だってわかっていても、そうせずにはいられなかった。


嘘。


なんで。
なんでキスしたの?


教室はもう大騒ぎで。
泣いたらだめだとか、声を押し殺して泣かなくちゃとか。
もうそういうのを考えられる余裕はなくて。
ポロポロと涙が溢れて止まらない。


そんな事はお構いなしに、
「蒼吾が園田にキスして泣かせた〜!!」
とか、
「園田、初ちゅー!!」とか。
安部くん達が騒ぎ出した。

女の子は女の子達で。
狙っていた蒼吾くんの生のキスシーンを目撃したおかげで、すっかり放心状態。
そしてじわじわと怒りが表に表れてくる。
もちろんその怒りは加害者の蒼吾くんや安部くん達に、じゃなくて。
キスされた被害者の私に。



私はそんな事なんて気にならないぐらい。
恥ずかしさと、悔しさと、悲しさと。いろいろな感情が入り混じった複雑な心境で。
もう何がなんだかわからなくて。
とんでもないくらいひどい顔で。
しゃくりあげるように涙が止まらなかった。




いつものお腹の痛みも襲ってきて。
今までにないような急激な痛みに、頭が真っ白になった。




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それから。
彼とは、ほとんど話すことがなくなった。
『隣の席』という共通点がなくなって、ふたりを結ぶ接点は何もなくて。
お互い避けるように、平凡な毎日が過ぎていった。

あの日以来。
蒼吾くんはきちんと宿題をやってくるようになった。
私はもちろんの事。
隣の水野さんや他のクラスメートに見せてもらうこともなくて。
水野さんはその事でかなり文句を言ったりしてたけど。
「宿題は自分でやることに意義があるんだ。それが間違えだらけの解答でもだ。園田と離してよかったのかもな」
先生がそう言っていたことに納得してたみたい。


蒼吾くんの言葉の影響で。
あの日以来、私は男子からよくからかわれることになった。
マシュマロマンとか、くるくるワカメとか。
小学生にありがちな幼稚なものだけど、弱虫な私にはかなり辛いものだった。
ちゃんと自分の意見を言える子とか、気の強い女の子だったら。
「何言ってんのよ!」とか。
簡単に言い返せちゃうんだろうけど、私には無理で。
ただ言われるまま、下を向いて悔しいのを我慢するしかなかった。
それが面白くて男子の私を中傷する言い方はどんどんエスカレートして、私は毎日泣かされた。
よく泣いてた。



あの日以来。
蒼吾くんは何度か私に話しかけようと試みてたけど。
弱虫な私は逃げる一方で、彼と話すことはなかった。
今さら何を言っても言い訳にしか聞こえないし、何よりも私が男子に言われてるのを見て何も言ってこないのが一番の証拠。

だからあれ以来。
彼とコトバを交わすことはなかった。




私は。
ちょうどその頃から何かあるとおなかが痛くなるようになって。
授業中にトイレに行かせてもらったり、ひどい時は保健室のベッドで休ませてもらう日もあった。
そんなんだからますます尾びれがついて、サボリ魔とか、うんちちゃんとか言われるようになって。
私はますます学校が嫌いになった。
腹痛の原因は神経性のもの。
心配事とか嫌な事があると痛くなるもので、原因は明らかに学校でのこと。
ママが心配して学校に相談しに行くって憤ってはいたけど、それは無理やり頼み込んでやめてもらった。
だってあの茂野先生の事だもん。
「俺のクラスにいじめなんて許さんーー!!」
とか言って、熱血しちゃうに決まってる。
そんな事になったら、のちのちどんなことになるか想像しただけでも恐怖。
自分が我慢すればいいだけ。
おなかが痛くなるのは自分が弱いせいだから。
そう言い聞かせて、我慢の日々は過ぎていった。







六月の半ばを過ぎてプール開きを1週間後に控えた日。
突然事件は起きた。




あの日はひどく蒸し暑かったのを覚えてる。
4時間目に授業返上で4年生全員が集められた。
男子と女子別々で。
それぞれの教室に分けられて女子は視聴覚室でビデオを見せられた。
いわゆる性教育のビデオ。
男女の体の仕組みの違いとか、月経が始まったらどうとか。
ごくソフトで簡単なものだけったけど。
そんなの無縁な私としては結構ショッキングだったのを覚えてる。

そういえば女の子の中でも、早い子はこの時期ぐらいになると月経が始まったとか、少し胸が膨らんできたとか。
そうゆうのをちらほら聞くようになって。
体育の着替えも、4年生になってからは別々の部屋で着替えるようになった。
たいていそういう話題はその時。
もちろん奥手で引っ込みじあんな私はその話題に加わることはなくて。
他の子たちが話してるのを聞いてるだけだった。

ビデオ鑑賞以来、妙に男子も女子もお互いを意識するようになって。
ちょっと前までは誰が誰を好きとか、一緒に帰ってたとか、その程度だった話題が。
誰と誰が付き合ってる、とか。
手をつないだとか、キスをした、とか。
小学生にはまだまだ早いんじゃないの?みたいな下世話な話題も耳にするようになった。

まあ、私には当分関係のない話で。
別に誰と誰が付き合って、手をつないで一緒に帰っても関係ない。
そんなぐらいにしか思ってなかった。



だから。
あんな事件が自分に待ち構えているなんて思いもしなくて。
あの日の出来事は。
忘れたくても、二度と忘れられない。




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階段を早足で駆け下りて、上靴を靴箱に突っ込む。
靴を履く時かがんだら、背負ったランドセルからバサバサっと教科書が流れ落ちた。
急いで帰る支度をしたから鞄の止め具を閉め忘れてた。
う、わ…。
慌てて散ばった教科書やノートを拾い集める。
気持ちが焦ってうまく拾えない。
やっとのことで拾い集めると、今度はきっちり止め具を合わせて立ち上がった。


顔を上げた瞬間、体がビクリと強張った。
目の前に蒼吾くん。
少し息を切らせてランドセルを片肩にかけて、私の前に立ちはだかる。
いつの間に降りてきたんだろう。
散ばった荷物を集めるのに必死で、ちっとも気付かなかった。
私はギュッとランドセルの肩紐を握りしめた。

下校時間でどんどん生徒が降りてくる。
もう少しすれば靴箱は生徒がたくさん行きかう場所になる。
こんなところ見られたら、また噂になっちゃう。
早く帰らなきゃ。
この場から離れなくちゃ。
私は蒼吾くんの顔も見ずに靴箱を飛び出した。


「園田!」
声が追いかけてくる。
ついてこないでよ。
私は半べそをかいたまま校門へ向けて早足で歩いた。
「待てってば!!」

なんで追いかけてくるの?
今日は部活の日でしょ?
『他のみんなが来る前にグラウンドを整備しておくのが4年生の仕事なんだ』って。
嬉しそうに話していた蒼吾くんの顔を思い出した。
胸の奥がきゅって、痛くなる。
こんなときに、今さら。
早く行ってよ。
蒼吾くんとは話したくない。
もう、話せないよ。

そう思っていたのに。
蒼吾くんはあっという間に私に追いついた。
「待ってって言ってるだろ!!」
怒ったように私の腕を捕まえる。






だって。


あんな話を聞いた後で、どんな顔をすればいいの?








「今朝のことは…その……ごめん。まさか園田があそこにいるなんて思わなくて…」



私がいると思わなくて?
いなかったらそれでよかったの?
それ、謝ってる意味が違うよ。
「ほんとにごめんっ」
それは何についてのごめん?
私を傷つけた事?
都合よく利用していたこと?
そんなの今さら謝られても遅いよ。
言った言葉は取り消せない。



あの日、初めて蒼吾くんと会った日。
ずっと私のコンプレックスだった髪を、目の色を。
「可愛いじゃん」って。
「いいじゃんそれ」って言ってくれたあの言葉は。
いつも下を向いてた私に変わるきっかけをくれた魔法のコトバで。
ずっと大事に胸の中にしまってた。
それを全て否定されて。
それが全部、その場だけの取り繕った言葉だったって知って。
私、惨めだよ。
そんなことも分からなかった自分がバカで情けない。
今、蒼吾くんが何を言っても。
言い訳にしか聞こえない。






私は涙いっぱいの目で蒼吾くんを睨みつけた。
言いたいことはいっぱいあったけど、何から話せばいいのか分からない。
口を開いたらとんでもないことを口走りそうで。


────蒼吾くんのこと、好きだったのに────。


そう思っているのは自分だけだってわかってた。
ただ隣の席ってだけだった。
心のどこかで期待してたのかな。
そんな自意識過剰な自分が惨めで。
下を向いて、ぎゅっと唇を噛み締めた。
瞬きをしたら涙がこぼれそうで、声を上げて泣いちゃいそうで。
私は唇を強く噛締めて地面をにらみつけた。








「…離して…」


たったひと言。
それだけが精一杯の抵抗。
私はありったけの勇気で、彼の腕を振り切った。


「…園…田…」


手が、するりと離れた。





「何だよ…。


…言いたい事があるならはっきり言えよ…っ!!」




背中に。
蒼吾くんの声が痛いぐらい聞こえてきたけれど。

私は振りかえらなかった。




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小学校世代っていうのは、ちょっとしたことでも面白おかしくしたがる時期で。
あの朝の出来事は、あっという間に学校に広まった。
当時の蒼吾くんはすごく存在感のある男の子で。
彼の言葉の影響力は絶大だった。


席替えの結果。
私は窓際の前から4番目、蒼吾くんは廊下側の一番後ろの席になった。
昨日までの私なら席が離れてがっかりしてたんだろうけど、今朝の出来事の後でそれはありえない。


「うそ〜!蒼吾くんの隣!?やった〜!!」
嬉しそうな声が教室に響いた。
甲高い耳障りな声。
顔を上げると髪をふたつに結った女の子、水野さんの嬉しそうな顔が見えた。
吊りあがった細い目がこれでもかってなぐらい、目じりが下がってる。
去年のクラスマッチ以来、人気急上昇中の蒼吾くんの隣の席を狙っている女の子は少なくなかった。
今回の席替えで水野さんが隣の席をGETしたみたい。
昨日の今日だから、何か細工をしたんじゃないかって思ってしまう。
偶然にしては出来すぎ。
「宿題、見せてあげる。いつでも言ってね!」
「別にいいよ」
「え〜〜。どうせ毎日やってこないんでしょ?」
水野さんは嬉しそうに運んできた自分の机を蒼吾くんの机と並べて座った。
チラリと私を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


“蒼吾くんの隣”。
もうそんな事はどうでもよかった。
席替えの結果よりも、今朝の蒼吾くんの言葉がショックでしょうがない。

私は宿題を見せてもらうだけの都合のいい存在で。
髪だってくるくるで、マシュマロお化けみたいで。
友達が少なくてかわいそうだから。
ただ単に隣の席だったから仲良くしてくれてた。
隣の席っていう以外、私と彼を結ぶ共通点が見つからない。
水野さんが言っていた事は、嘘じゃなかった。



その日の授業はずっと上の空で、何をしたのか、給食で何を食べたのかさえ思い出せない。
早く帰りたい。
みんなの視線から、蒼吾くんがいる教室という空間から早く抜け出したい。
ずっとそればかり考えてた。
彼は私よりもずっと後ろの席で。
振り返らなければ顔を合わすことも視界に入ることもない。
それだけが救いだった。


終わりの会が終わって。
さよならの挨拶をしたのと同時に、私は鞄をかけた。
終わりの会の間に荷物を詰めて、さよならをしたのと同時に教室を出る。
普段何をしてもとろくさい私にしては敏速な行動。
「じゃあね〜」
「バイバイ〜」
クラスメイトの声が行きかう中、私は早足に廊下に飛び出した。
今朝の事件のせいで、一日中みんなに見られてた。
ずっと視線を感じてた。
蒼吾くんと何かあるんじゃないかと期待と好奇心の入り混じった目で、クラスメイト達の視線がふたりを追ってた。
でも。
彼から私に話しかけることはなくて。
もちろん私から話しかけることなんてありえなくて。
何もないまま1日を終える終了のチャイムが鳴って。
そのまま私は教室を飛び出した。




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席替えの日の朝は珍しく遅刻ぎりぎりだった。
前の日にいろんな事がありすぎてなかなか眠れなくて。
ほんとは念入りに時間をかけてやるはずだった算数の宿題も、ただそのまま解くだけで終わってしまった。


始業10分前の予鈴が鳴るのと同時に、私は玄関に滑り込んだ。
急いで履いてきたスニーカーを脱いで上靴に履き替える。
同じようにギリギリセーフで走り込んで来た生徒達が、ばたばたと階段を駆け上がる。
チラリと靴箱に目をやると、蒼吾くんのナイキのスニーカーが見えた。
もう来てるんだ。早いな。
ちょっとホッとしたような、後ろめたいような気持ちでそれを確認すると私も急いで階段を登った。
随分と走ってきたから息が上がる。
3階まで一気に駆け上がったところで足が上がらなくなって、膝に手を付いて大きく息を整えた。
1組は廊下の一番手前、階段横の教室。
まだ先生は来てないみたい。
ホッと胸をなで下ろした。


「何だよ、それ」


聞き覚えのある声が教室から聞こえた。
声変わりが始まったばかりのちょっとハスキーな声。
蒼吾くんだ。


「園田だろ」


…え?


突然上がった自分の名前に私は、弾かれたように顔を上げる。


「お前、園田のことが好きなんだろ?」


笑い声の混じったクラスメイトの声が廊下まで聞こえてきた。
その内容に私は目を丸くする。

蒼吾くんが私を…好き?

「だから、違うって言ってるだろ?」
「でもやたらと仲いいじゃん、おまえら。授業中に仲良く外見たり、ノートの交換とかやってるしさ」
「宿題もいつも見せてもらってるじゃん」
「怪しいよな〜。ラブラブってやつ〜!?」
男子の口笛交じりのはやし立てる声が廊下にも零れる。
ラブラブ?私と蒼吾くんが??
カーッと耳の上まで血が登って顔が真っ赤になるのがはっきりと分かった。
この状況で教室に入るのなんて無理。
話題に話に参加していないクラスメイト達も興味津々で聞いているのが、教室の外まではっきり伝わって来る。


どうしよう…。


「好きとかそんなのカンケーねぇよ。
たまたま園田が隣の席だから、宿題を見せてもらってただけだろ」
「またまたぁ!照れちゃって〜」
「園田と離れたくないから、席替えしたくない発言したんだろ?
あ〜!お熱いね〜〜!!」
「何だよそれ」
蒼吾くんのムッとした声がした。
今にも飛び掛っていきそうな不機嫌な声。
あ。
やばそう。
直感的にそう感じた。
でも自分の名前が話題に上がっている中に飛び込んでいけるような勇気は、私には持ち合わせてなくて。
どうしようもなくその場に立ち尽くしてた。

「それは違うってば!」
険悪なムードを断ち切るように声が聞こえた。
甲高い女の子の声。
この声、水野さんだ…。
昨日の出来事を思い出して、ますます教室に入りづらくなって足を止めた。


「園田さんって真面目だから、宿題も文句を言わずに見せてくれるから、席替えしたくなかっただけでしょ? 都合がいいって蒼吾くん、言ってたじゃない!」
甲高い声が廊下まではっきりと聞こえる。
「そうだよね?」
念を押すように水野さんが言った。
「…俺はべつに…、園田のことなんてなんとも思ってねーよ。
ただ隣だと、いろいろと都合がいいから…」







…なんだ。
水野さん達が言ってたこと、デタラメじゃなかったんだ…。


もやもやとした気持ちが押し寄せて、胸の奥に何か引っかかってるような感じがした。
気持ちが悪い。
じんわり涙が浮んで目頭が熱くなった。

「ね、やっぱりそうじゃない。好きとかそういうんじゃないんだって!」
水野さんの嬉しそうな声が私にさらに追い討ちをかけた。
「…園田って、何か違うんだよ。普通っぽくないっていうか、髪だって目だって色が薄くて外人みたいだし、くるくるしてるし。」
「ワカメみたいな髪だもんね?」
「あーー。…そんな感じ」
蒼吾くんが曖昧な返事で頷いた。
「ワカメだって〜」
「可哀相〜。でも当ってるよね」
クスクスとクラスから笑い声が上がる。
足が棒のように動かない。


蒼吾くんが、そんな風に思ってたなんて。
あの時。
去年校舎裏で、フワフワしてて可愛いって言ってくれたのは嘘だったの?
かくまってもらったお礼だった?
そもそも蒼吾くんはあの日の事なんて、これっぽっちも覚えてないんだ。
きっと…。
私は悲しいのか悔しいのか分からない、もやもやした気持ちを押し込めるように、唇をぎゅっと噛み締めた。



「それにさ、園田って色が白くてほっぺたとかぽっちゃりしてて、マシュマロみたいだし。
あ、ちょうど昨日テレビでやってたマシュマロお化けみたいな…」
「お…おい、蒼吾。」
「何だよ」


「あれ…」


クラスメイトのひとりが私の存在に気付いてこっちを指差した。
クラス全員が。
蒼吾くんが、こっちを振り返る。



「……園田…」


蒼吾くんの表情が、凍りついたように強張った。
教室の中が、シン…と静まりかえる。
まさか本人が聞いてるなんて思わなかった。
そんな表情で私の出方を待ってる。




「おーい、席に着け〜〜」
本鈴が鳴ったのと同時に、出席簿を持った先生が教室に入ってきた。
クラスメイト達は後ろ髪を引かれながらも、先生の言葉で蜘蛛の子を散らすように自分達の席に帰っていく。
私と蒼吾くんは固まったようにその場から動けない。
「おい、どした? 園田? 入らんのか?」
先生が教壇から不思議そうに声を掛けた。
「夏木も立ったままで。何かあったのか?」
「…いや、何でもないです」
「そうか? それなら早く席につけ。園田もだ。
それともお前ら、何か? そんなに席が離れるのがいやか?」
状況の見えない先生は冗談混じりにニヤリと笑った。

先生、それ今は禁句だよ。

クラスメイトみんながそう思ったと思う。
私は黙って下を向いた。


「とにかく、早く席に着け。1時間目が始まる前にやってしまうぞ、席替え」


その場から走って逃げ出したくなる気持ちをグッと我慢して、私はよろよろと教室に入った。
痛いぐらいの視線が私と蒼吾くんに向けられる。
顔を上げなくてもそれはひしひしと伝わった。
もう帰りたい。
ここから逃げ出したい。
泣きそうになるのをグッと我慢して、私は席についた。


「…園田、」

蒼吾くんがそっと、声を掛けた。
困った表情にちくりと胸が痛む。

もういいよ、蒼吾くん。
あんな事を言われたあとで話すことなんてないよ。
何事もなかったかのように話すなんて、弱虫な私には無理。
今は何を聞いても言い訳にしか聞こえないから。
それならいっそう、ずっと話さないままの方がいい。


私はずっと下を向いてた。
少しでも顔を上げると泣いちゃいそうだったから…。





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