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魔法のコトバ* Season8 初恋〜サイド凪-4-
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あの朝の出来事以来。
園田さんはよく男子に、からかわれるようになった。
小学生にありがちな幼稚なものだけど、言われる側にしてみればかなり辛いと思う。
ましてやターゲットはあのおとなしい園田さん。
言い返すこともできずに。
ただ言われるまま、下を向いて我慢してる。
安部を筆頭に。
クラスの男子は事あるごとに、園田さんにちょっかいを出す。
それは好きな子に対してかまってほしいやつが。
わざとに意地悪や嫌なことを言って気を惹こうとしている感じ。
そうでもしないと園田さんの気を惹けない、話せない。
馬鹿なやつら。
蒼吾の方がよっぽど立派だった。
ちゃんと堂々と園田さんにアピールしてた。
隣の席に座ったり、席替えしたくない発言をしたり。
好き、って。
コトバには出さなかったけど、真っ直ぐストレートな気持ちを彼女にぶつけてたのに。
蒼吾の事を好きだった園田さんは。
あの日以来、蒼吾を避けるようになってしまった。
それは当たり前といえば当たり前なんだけど。
その姿を私は複雑な心境で見てた。
クラスメイト達も似たような心境だったと思う。
可哀想だなって見てる子もいれば。
面白がって安倍たちと一緒にはやす子もいる。
水野さんなんていい気味だって思ってるに違いない。
蒼吾はあれから何度も園田さんに話しかけようと試みてたけど。
弱虫な彼女は逃げる一方で。
あの日以来、蒼吾とコトバを交わすことはなかった。
謝るきっかけがないまま、時間だけが無常に過ぎていって。
ますますふたりの距離は開いていった。
コトバって、時々すごい力を持つ。
それが人にどう影響するか、どう感じるかはその人次第だけど。
「よお」
学校から帰宅すると、家の入り口でたたずんでいた人影が声を掛けた。
「蒼吾…」
ナイキの野球帽を目深にかぶって、門扉にもたれていた体を起こしてこっちを見た。
家の前で待ってるなんて珍しい。
昔はよくお互いの家を行き来してたけど、最近はさっぱり。
最後に来たのなんて3年生の夏休みぐらい?
ほんと、めずらしい。
「なに? こんなところで」
「これ、母さんが持ってけって」
手に提げた紙袋を突き出した。
「じいちゃんとこから送ってきた」
受け取った紙袋の中にはたくさんの林檎が入っていて、中から甘酸っぱいいい匂いがした。
「ありがとう」
わざわざこのために待ってたの?
それならうちに入ってくれててもよかったのに。
「入る? お母さんにもこれ、見せなきゃいけないし」
「や、いいよ。渡しといて」
歯切れの悪い言い方。
「なに?」
ピンときた。
「なんか言いたいことがあってきたんでしょ?」
たいてい蒼吾がこういう言い方をするときは、なにかある。
直感的にピンときた。
私は受け取った紙袋を中の林檎が転がらないように、そっと地面に置いた。
ずっと持つには重すぎて腕が痛い。
「……なあ、日下部。あいつのこと、助けてやってくれないか……?」
「アイツ?」
助けるって…なに。
「───園田の、こと……」
その名前を口にした直後、蒼吾はバツが悪そうに野球帽を目深に被った。
表情が見えなくなる。
でもなんとなく、どんな顔をしてるのかは想像がついた。
園田さんを見つめてる時の、あの表情。
胸がぎゅってなった。
「俺、取り返しのつかないことしちまった。心にもないことゆっちまって、あいつ傷つけた。謝りたくても園田、逃げてばかりで耳も貸してくれなくてさ」
心底悔しそうに唇を噛み締める。
「もうこれ以上、あいつが辛そうにしてるの見るの嫌なんだよ。
だから……」
だから、なに?
「お前、学級委員だろ。助けてやってくれよ。日下部が友達になってやればあいつも心強いんじゃねぇのかな、って」
なにそれ。
それって私に火の中に飛び込めって言ってるのと同じだよ。
園田さんを庇ったことで、今度は私がターゲットにされてもいいわけ?
「お前ならみんなに支持されてるから、平気だろ? 逆に安部らの方が返り討ちに合いそうなぐらい」
確かに。
私だったらやられっぱなしなんて事にはならない。
きっと倍返し。
女の子だからそこはしとやかに、こっそりやるけどね。
でも。
そんなの蒼吾がやればいいじゃない。
自分の言ったコトバの責任ぐらいちゃんと取りなよ。
なんで私なの?
「だって俺ら、友達だろ───? 頼むよ、日下部…」
あたりまえだけど、私の気持ちに全然気付いてない蒼吾。
だから。
そんなセリフが私の前でさらりと言えるんだ。
「…ってぇ」
悔しくて。
気がついたら頬をひっぱたいてた。
不意打ちを食らった蒼吾が、驚いたように頬に手を当てたあと、私を睨みつけた。
「んで、殴るんだよ…!?」
「…そんなのっ、蒼吾が自分でやればいいでしょ!? もとはといえば、蒼吾が悪いんだし…っ」
「わかってるよ、そんなの! でもあいつ、逃げてばっかでちっとも俺の話きいてくんねぇんだよ!」
「そんなの無理矢理つかまえて、話しすればいいじゃん! 要は蒼吾に、意気がないだけでしょっ」
「俺、もうこれ以上、あいつに嫌われたくないんだよ…っ」
泣きそうな顔で言うんだ。
胸が切り裂かれたみたいだった。
「…つうか。
なんで俺が、ひっぱたかれなきゃいけないわけ?」
「だって蒼吾が…、あんなこと、言うから…」
好きで友達でいるんじゃないのに。
「それにお前、なんで泣いてんだよ?」
え?
バッと頬に手を当てる。
暖かい涙の感触。
うそ。
涙? なんで───。
泣くつもりなんてなかった。
蒼吾のせいだ。
蒼吾があんなこと、言うから…。
私は袖口で乱暴に涙をぬぐう。
「とにかく、私にはできないからっ! そんなの蒼吾が自分でやってよ…っ」
「あ、おいっ!」
まだ何か言いたそうに呼び止める蒼吾の声を無視して。
林檎の入った紙袋を持ち上げると家の中へ駆け込んだ。
乱暴に閉めたドアノブに引っかかって、袋が音を立てて破れた。
林檎が玄関に転がる。
悔しくて悔しくて。
乱暴に涙をぬぐって、鼻をずずっとすすり上げた。
玄関いっぱいに広がった林檎の匂い。
それはまるで初恋のように甘くて酸っぱい、そんな匂いだった。
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