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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-9-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-9-

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「凪ちゃん、音楽室いこ」
移動教室の前の休み時間。
珍しくましろが私の席に誘いに来た。
あの事件以来。
蒼吾を避けていたましろは、2学期になって私の席にあまり来なくなった。
理由は簡単。
私の前に蒼吾が座ってるから。
だから休み時間は、私がましろの席に移動して話す事の方が多かった。

「早いね、ましろ」
「うん。日直だから。音楽室の鍵、取りに行かなくちゃいけなくて」
あ、なるほど。
特別な理由はないんだ。
「じゃあ、行こっか」
準備の出来た教科書と筆記用具を持って席を立った。
その時。





「ましろちゃん」


背後から誰かに呼び止められた。



え?

ましろ…ちゃん?



今の、なに?
声が高かったけど、明らかに男子の声だった。







「リコーダー、忘れてる」
小花柄のキルトで作られた可愛いリコーダーケースを手渡す顔が爽やかに笑った。
転入生、佐倉。
真っ白なTシャツに水色のチェックのシャツを合わせた爽やかな格好。
夏でもあまり汗をかかない顔がにっこりと微笑んでる。
今。
ましろのこと、名前で呼んだよね?
「ありがとう」
って、嬉しそうに袋を受け取るましろ。
特に驚いた様子もなく、普通に笑って返す。
名前で呼ばれても違和感がなかった感じ。
ちらりと前の席を見ると。
クラスメイトと大口開けて笑ってたあいつの顔が固まってた。
うっ、わ…。



「じゃ、音楽室でね」
って。
佐倉は何事もなかったかのように、他のクラスメイトと一緒に音楽室へ向かった。
「いこっか」
振り返ったましろが笑う。
「あ、うん…」
こっちは放心状態。
あれって、今初めて名前で呼んだ感じじゃない。
呼びなれた感じだった。
あいつ、いつからましろを名前で呼んでたんだろ。
全く気付かなかった。

「凪ちゃん?」
どしたの?って。
自分より少し後を歩く私を、ましろが不思議そうに足を止めて振り返った。
「ね」
「ん?」
「ましろって…佐倉と仲いいね」
一瞬、きょとんとした顔をすると。
「…そっかな」
照れたように笑う。
「もしかして…あいつのこと、好きだったりする?」
私の言葉にくりんとした目がますますまん丸になって。
「まさか〜」
って、大げさなくらいに首を横に振った。
「そんなんじゃないよ。佐倉くんって優しいでしょ?なんか話しやすくて」
照れたように笑う。
「だよね」
でも、名前で呼んでたよね。
だからどうだって言われても困るんだけど。
蒼吾のあんな顔を見たら、ちょっと気の毒に思えた。
「佐倉くん、すごくいい人だよ?」
って屈託ない笑顔を見せるましろ。

この時はまさか。
数年後にましろが佐倉に恋をするなんて思いもしなかったから。
ふたりの仲良しな関係をこれ以上、深く追求する事はしなかった。
でも。
佐倉が転入してきたおかげで。
私は6年生の春まで、3人の微妙な関係に振り回されることになってしまった。










「ね、ましろにちょっかい出すのやめてくれる?」
昼休み。
探し回ってやっと見つけた屋上で。
スケッチブックを片手に座り込む爽やかな横顔に、ちょっとぶっきら棒な口調で声を掛けた。
「え?」
って。
描きかけのスケッチブックから佐倉が顔を上げた。
「だって、やたらとましろばっかり構うでしょ?」
ましろだけ名前で呼ぶし。
それってまた、ましろが反感買うんだよ。
ていうか、ましろのこと好きなの?
「なに?日下部ってましろちゃんの保護者?」
「そんなんじゃないよ!」
ムッとした。
「ごめんごめん」
そう言って笑う。
「でも雛鳥を守ってる母親みたいだよな?」
「なにそれ」
「ましろちゃん、ふわふわしてて雛っぽくない?」
かわいいよな、って付け加えた。
それ、蒼吾の前で言わないでよ。
あいつ、きっと動揺する。
ただでさえライバル出現か!?ってなぐらい焦ってるのに。
真っ直ぐなくせに不器用なやつ。
ささっと告っちゃえばいいのに。
そうすれば私だって少しは吹っ切れる。
でもふられるんだろうな。
そうなったらまた堂堂巡りだ。
はぁ、ってため息が出た。

「もういい」
「いいの?」
だって佐倉と話してると調子がくるっちゃう。
こっちが気を張って話してるのに、のんびりした穏やかな表情で言うんだもん。
力が抜ける。
まだ威勢のいい安部と話すほうが私の性に合ってるかも。
「そう?」
特に気にするでもなく、佐倉はまた手元に視線を落とした。


ふとその手元を覗き込むと、描きかけの絵が目に飛び込んできた。
屋上から見える景色。
空の青と山の緑のコントラスト。
「絵、うまいね…」
気がついたら思わずそんなコトバが出てた。
一瞬、顔を上げた佐倉が目を丸くするとにっこりと笑った。
「さんきゅ」
また視線が手元に落ちる。
「絵、好きなの?」
「うん」
顔も上げずに頷く。
真剣な横顔。
「人とか動物とかは、描かないの?」
佐倉の絵があまりにもうまいから、ちょっと聞いてみたくなった。
「生き物を描くのはあんまり好きじゃないんだ」
「どうして?」
「なんとなく」
ふーん。
こんなに上手なのに。
「ね。私、描いてみてよ」
だって、うまい人が描く自分ってちょっと見てみたい。
この前の図工の時間に、席の隣同士でお互いの顔を描き合ったんたけど。
安部の描いた私の絵って最悪だった。
ほんと。
破り捨ててやりたいぐらい。
そういえばあの日、佐倉は欠席してたんだっけ。

「日下部を?」
きょとんとした表情で座ったまま、私を見上げた。
「うん、描いてよ」
私のコトバにちょっと困ったような顔をした後。
佐倉は新しいページをめくるとサラサラと鉛筆を動かし始めた。
細くてきれいな手が魔法のように動く。
ちょっとすごいなって思った。
折り紙で鶴も折れないようなぶきっちょな蒼吾と全然違う。

「できたよ」
そう言って差し出された絵。
思わず私は顔をしかめた。
「なにこれ」
「雛鳥を守る日下部母の絵?」
苦笑まじりに差し出された絵は、二頭身の私が鳥に扮して怒っている漫画のようなイラスト。
絵っていうより漫画だよ、それ。
「ひどっ」
私は頬を膨らませた。
あははって、佐倉が笑う。
笑うとその辺の女の子よりも可愛い顔して笑うんだ。
不覚にもちょっとドキっとしてしまった。
クラスの女の子達は、きっとこの笑顔にやられたんだ。
危ない危ない。

「とにかく。ましろに必要以上にちょっかいださないでよね」
「…ん〜。考えとく」
「考えとくって…」
「ましろちゃんってさ、ぽやぽやしてて何だか放っておけないから、つい構いたくなるんだよね。日下部もそうじゃないの?」
それは分かるんだけど。
「とにかく、忠告したからね!」
「はいは〜い」
佐倉はわかってんだかわかってないんだか。
気のない返事をして手をヒラヒラと振ると。
また何事もなかったかのようにスケッチブックに視線を落とした。
変なやつ。
何考えてるのかわかんないよ。




その後。
佐倉は私の忠告を聞き入れることはなく、相変わらずましろと仲良しこよしだった。
そのたびに私は。
頬杖をついて、なんともいえない表情でふたりを見つめる蒼吾の背中を。
複雑な気持ちで見守った。
ましろは。
佐倉のおかげで男子への恐怖心とか、トラウマとか。
いじめられてた頃の心の傷が少しずつ和らいできている感じがした。
そんな様子を見てたら。
佐倉にましろに近づくな、なんていえなくて。
私はただ複雑な気持ちでふたりを見守った。

ましろの心の傷が回復しても。
蒼吾との仲は相変わらず。
4年生が終わっても、5年生になっても。
私とましろ、蒼吾と佐倉は微妙な関係のまま。
少しずつ大人へ階段を登っていった。



そんな中。
6年生を迎える前の春休み。
いつもと違う泣き出しそうな顔でましろがこっそりと私に言った。





「私、春で転校しちゃうの…。外国、行っちゃうんだ…」



って。


一瞬、何の事いってるのかわからないくらい。
頭が真っ白になった。





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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-8-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-8-

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佐倉は。
転入早々、秋の風を舞い込んだ。
暑苦しい汗だくの男子と違って、すっきりした爽やかな雰囲気。
涼しげな横顔が印象的な男の子。


初めて佐倉に出会った次の日。
「佐倉隼人です」
よろしく、と。
みんなの前で自己紹介をして爽やかに笑った転入生に。
クラスの女子のほとんどが掌をかえしたようになびいた。
だって。
ましろ一途な見込みのない蒼吾より、やっぱこっちでしょ。
私も乗り換えちゃおっかな。
なんて。
佐倉の周りに群がる人だかりを横目でぼんやりと見つめた。
春のように浮かれたクラスの女の子達。
さっきの休み時間なんて、隣のクラスの子まで見に来てた。
秋の風っていうより、春だ。
みんな頬をピンク色に染めて浮かれてる。
苗字だって『さくら』だなんて、春みたいな名前。
男のくせに薄いピンクのポロシャツなんて着ちゃって、でもそれが妙に似合ってる。
よれよれのTシャツを着てるクラスの男子とは大違い。
きれいな男の子っているんだな。

私も。
佐倉に群がってる女の子達みたいに。
簡単に気持ちを切り替えれたらいいのに。





「ね、凪ちゃん」
ましろのくりんとした茶色い目が私を覗き込んだ。
「え?」
「ね、ちゃんと聞いててくれてた?」
耳に掛けた茶色くてふわふわした髪が揺れた。
「ごめん、暑くてボーっとしてた。なに?」
「席、今度は近いといいね」
席替えのくじ引きの列に並びながら、ましろが柔らかい表情でふんわり笑った。
「そだね」
つられて笑う。


2学期の席替え。
一番の当たりくじはもちろん、転入生佐倉の隣。
女の子達は頬を桜色に染めて、自分の引いたくじの番号と、黒板に書かれた席の番号を見比べる。
佐倉の様子を横目で気にしながら。
紙とにらめっこをしながら一喜一憂してる姿が何だかおかしくて。
他人事のようにぼんやりと見つめてた。
でも。
その女の子たちから歓声が上がることはなくて。
佐倉の隣っていう一番の特等席を引いたのは。
ましろだった。


ましろはつくずく運があるっていうか、ないっていうか。
席替えに縁があるなって思った。
「……なんでまた、園田さんなの?」
影でこそこそ話す水野さんたち。
たぶんましろには欲とかそういうのがないからでしょ。
神様はその辺をちゃんと見てる。
「わ…。転入生君の隣だ。どうしよ、凪ちゃん…」
なんて動揺しながらも。
運んだ机を佐倉の机と合わせて、恥ずかしそうに話してる。
うん。
隣が佐倉なら大丈夫かな。
あいつ、優しそうだし。
嬉しそうに笑うましろの姿にホッとしながら、私も新しい席へと机を移動した。
廊下側から3番目の一番後ろ40番の席。
隣は────。

「お前かよ、隣」
そう言って嫌そうに顔をしかめた男子。
「…安部」
まさか、隣?
「39番」
そう言って安部が、番号を書いた紙を突きつけた。
うわ。
最悪だ。
なんで安部と?
私は大きくため息をつきながら持ってきた机を安部の机と並べて座った。
ついてない。
2学期の間ずっと、安部と仲良く机を並べて生活しなきゃならないなんて。
明日からの毎日を思うと憂鬱になってため息が出た。
ぼんやり頬杖をついて、嬉しそうに笑うましろと佐倉を眺める。
なんだ。
あのふたり意外に気が合うのかも。
男の子相手にあんなに笑ってるましろの顔って初めて見たかも。
これって。
蒼吾的にはちょっとやばいんじゃない?
今までましろとあんなふうにしゃべる男子っていなかったから。
あいつ、大丈夫かな。
なんて心配してたら、フッって前の視界が遮られた。




「なんだ、俺の後ろ日下部か」
って、無愛想に私の前に机を置いたあいつ。
「よろしくなっ」
その顔がニッと笑った。


蒼吾が、前の席…?
うそ。
何で今さら────。
蒼吾とはもう友達でしかいられないって、好きになるのやめなきゃって思ってたのに。
神様は意地悪だ。
なんで私ばっかりこんな辛い思いをしなきゃいけないんだろう。
なにか罰当たりな事、したかな。
なんて、神様を恨めしく思ったりもしたけど。
気持ちは正直だ。
決意なんて吹っ飛んじゃうくらい。
だって。
目の前に蒼吾がいる。
手を伸ばせば届きそうな距離に。
毎日、こんなに近くにいるんだ。
蒼吾の馬鹿でかい声も、笑った顔も。
授業中気持ち良さそうに眠る後ろ姿も。
こんなに近くで見られるんだ。
手を伸ばせば簡単に届く。
あの、大好きな背中に────。


「日下部」
って。
急に振り返って名前を呼ばれて。
弾かれたように伸ばしかけた腕を引っ込めた。
「なに?」
平然ぶって首をかしげてみる。
ほんとは超ドキドキしてるのに。
そんな私の様子なんて蒼吾はちっとも気付かずに。
ちょっとちょっと、って手招きをする。
なに?
って、顔を寄せたら。
「お前の前でラッキーかも。宿題、よろしくな」
って。
小さく耳打ちをしてあの顔で笑ったんだ。
いたずらっぽいくしゃって感じの笑顔。

諦めようと思ってたのに。
胸がきゅぅってなって気持ちが一気に加速する。
そんな顔して笑わないでよ。
もう諦めるんだって、心に決めてた決意がぐらりと揺らいだ。


でも。
そう思ったのは最初だけ。
いつもあいつの視線は教室の中央。
佐倉と楽しそうに笑うましろに視線が向けられていて。
頬杖をついて眺めてる横顔が普段の蒼吾の表情とは全然違っていて。
また泣きそうになった。
やっぱり後ろの席じゃなかったらよかった。
それならいっそ、蒼吾もましろも視界に入らない席の方がよかったって。
みじめな気持ちでいっぱいになった。
私が見ている背中は、相変わらず振り返ってはくれない。
これからもたぶん、ずっと。




神様はやっぱり意地悪だ。







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魔法のコトバ*  Season8 comments(2) -
魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-7-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-7-

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あの後、溢れる涙をぐっと抑えて。
私は蒼吾への気持ちを心の奥深く閉じ込めた。
彼女と友達をやるのには、そうでないとやってられないと思ったから。
園田さんはあの教室での出来事を、知らない。
クラスで蒼吾の気持ちを知らないのは、ましろだけ。




あの事件以来。
ましろに友達宣言をして、私達は結構うまくやってる。
ましろは見た目の通りのんびりおっとりした性格で、優しくて頑張り屋さん。
マイペースで意気地のない性格に、たまにイラっとさせられることもあるけど。
持ち前の愛嬌と可愛らしさで困ったように笑われると、つい気持ちが和んで許してしまう。
ぽやぽやしてて女の子らしくて。
女の子の私から見ても守ってあげたいなって思わせるようなタイプの女の子。
裏表がなくて。
名前に負けないくらい、真っ白で汚れてない。
彼女の見えてる表が全て。
ましろのそんなところに、蒼吾は惹かれたのかもしれない。

自分のために友達になったましろは。
気がつけば、親友になってた。
見た目も性格も、好きなものも。
何もかもが正反対な私達だったけど。
話してみたらすごく気が合って。
ましろと過ごす時間の心地よさに、いつの間にか惹かれていった。


「ずっと友達になりたいって思ってたんだ」

あの日、ましろに言った言葉に嘘はなかったけれど。
蒼吾のことがなかったら、こんなに仲良くはなってなかったのかもしれない。
そういう意味では感謝しなきゃね。
でも。
時々、まだ胸が痛む。
遠くからましろを見つめる蒼吾。
隣にいる私なんて通り越して、視界にも入らないくらいの真っ直ぐな視線。
それに気付かないましろの鈍感さは、ある意味すごいと思う。

あの事件以来。
ましろと蒼吾が話すことはなかった。
もちろん私も含めてクラスメイト全員。
蒼吾の気持ちをましろに告げる事はない。
気持ちを伝えるのは、私達じゃない。
蒼吾本人だって思うから。
だから誰も何も言わなかった。

でも。
ふたりの距離は、あの日のまま。
私は。
あの日、蒼吾がましろの家に行った事件を。
ましろが蒼吾と二度と話さないって決めた想いを、知らなかった。













新学期。
9月になってもうだるような暑さは変わらなくて。
今年の夏は記録的な猛暑を記録したというニュースが流れた。
小学生の私達にはそんなことはどうでもよくって。
とにかく暑いのを何とかしたい私は、膝までまくりあげたデニムのスカートをパタパタと扇いだ。
風が入って気持ちがいい。
「凪ちゃん、それ中見えちゃいそうだよ…」
ましろが小さく耳打ちした。
「だって、女子しかいないもん。大丈夫だよ」
5時間目の体育の授業の後。
男子よりもひと足先に運動会の練習を終えた私達は、教室で男子の帰りを待ちながら下敷きやノートを扇いで涼を取っていた。
だって暑いんだもん。
特に炎天下で行われた体育の授業の後。
こうでもしないとやってらんない。
先週まであったプールの授業。
冷たくて気持ちがよかったプールの水が恋しい。

「でも…」
ましろが恥ずかしそうに顔を赤らめた。
当の本人は涼しい顔をしてる。
暑くないはずなんてないのに。
きっとましろは灼熱の砂漠に投げ出されたって。
こんなはしたない事しないんだろうな。
ハンカチで額に滲む汗を軽く拭きながらぼんやりと窓の外を眺めてるましろ。
水色のレースキャミに合わせた真っ白なワンピースが風にフワフワ揺れる。
ほんと、女の子女の子してるんだ。
羨ましい。
「日下部さん」
廊下から呼ばれた。
「先生が用があるから来てくれって」
「職員室?」
「ううん。まだ男子が練習してたから、グラウンドの方にいるんじゃないかな」
「わかった、ありがとう。行ってみるね」
私は暑さの引かない気だるい体を起して立ち上がった。




校庭に行くと、まだ男子が運動会の練習をしてた。
プログラムに組み込まれている競技『マスゲーム』。
うちの桜塚小学校で代々伝統となって引き継がれてる組体操。
4年生・5年生・6年生の男子で行われる組体操が毎年、運動会のラストを飾る。
これが結構、ダイナミックでカッコイイんだ。
日頃情けないクラスの男子が2割り増しでかっこよく見えちゃう。

私を呼び出した先生は、運動場のど真ん中。
なかなか出来ないピラミッドの指導に当たってる。
呼び出しておいてこっちを見ようともしない。
この調子だと帰りのHRまで遅くなっちゃうよ。
女子だけでも先にさよならして帰りなさいとか言うのかな。
私はまだまだ暑い9月の日差しに目を細めながら、校舎の影に入った。
それだけでも全然気温が違う。
校舎の壁に背中を預けるとひんやり冷たくて、ちょっと気持ちが和んだ。
ぼんやりとグラウンドを眺めながら、ため息を零した。


ゆらゆらと浮かび上がる夏の陽炎の向こう。
ピラミッドの天辺。
背筋を伸ばして立ち上がる蒼吾の姿。
あいつ。
体がちっちゃいからピラミッドの天辺なんだ。
身長、伸びるのかな。
この前、身長のことでからかったら真っ赤になって怒ってた。
成長期過程なんだよっ!って。
気にしてるんだ。
牛乳嫌いだから伸びないんだよ。
こんなに人がいても蒼吾だけは見つけられる。
いつだって気がついたら目で追ってる。
嫌になっちゃう。


それにしても、暑い。
やっぱり教室に戻って出直してこようかな。
私は暑さに耐え切れず、またスカートを少し上げてパタパタと扇いだ。
「それ。中が見えそうだけど大丈夫?」
突然、空から声がした。
ぎくり、と身を縮こまらせて私は恐る恐る声のした方へ顔を上げた。
校舎横の外階段。
一階と二階を挟む踊場のところ。
手すりに体を預けるようにして見下ろす顔。
見たことのない男の子。
薄い桜色のラルフローレンのポロシャツに、膝丈の黒のカーゴパンツ。
ちょっぴり長めのサラリとした髪は夏なのにほとんど汗で濡れてなくて。
涼しそうな顔で笑う。
男の子のくせに色が白くてきれいな肌。
誰、だっけ?


「おー、日下部!悪いな」
ようやく授業を終えた担任の茂野先生が、汗だくの顔を首から下げたタオルでぬぐいながらこっちにやってきた。
クラスの男子達もあちーとか言いながら、こっちにやってくる。
「なんですか、先生」
暑いから早くしてほしいんですけど。
私は流れる汗をハンドタオルでそっとぬぐった。
「お、一緒だったのか。それならちょうどよかった」
そう言って先生が見上げた先。
さっきのきれいな顔の男の子と目が合った。
にっこりと笑う爽やかな顔。
なんか調子が狂う。
「放課後、そいつを校内案内してやってくれないか?」
「え?」
「2学期からちょっと遅れたけどな、転入生。明日から4年1組のクラスメイトになるんだ」
そう言って振り返った先。
「俺、佐倉隼人。よろしくね、日下部さん」
涼しそうに笑った彼。



それが佐倉と私の、最初の出会いだったんだ。







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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-6-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-6-

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意識を失った園田さんは顔が真っ青で、呼びかけてもピクリとも動かなかった。
とにかく保健室に連れて行かなくちゃ。
「誰か、先生呼んできて」
そう言って顔を上げた時。

「オレが連れてく」

横から伸びてきた腕に、私は弾かれたように顔を上げた。


「────蒼吾」

連れてくって、どうする気?

「オレが、おぶってくから」
園田さんの横に腰を降ろした蒼吾は、ゆっくりと彼女の体を引き上げた。
意識のない園田さんの体はぐったりと力がない。
病院に連れて行ったほうがいいんじゃないのかなって、心配になっちゃうほど。
「無理だよ」
意識のない人間は重いんだよ?
「いいから。手伝えよ」
「…う、うん…」
園田さんの体を支えながら蒼吾の背中へと背負わす。
クラスでも小さめな園田さん。
細くて軽い。
でも、蒼吾だって決して大きい方じゃない。
まだまだ成長過程の私達の男女の体格差なんてないに等しいのに、それでも蒼吾は聞こうとしなかった。
馬鹿だよね。
自分が傷つけた責任の重さをちゃんと背負おうとしてる。
どこまでもバカみたいに真っ直ぐなんだ。


「…んだよ、蒼吾…。お前、園田の事、庇うのか?」
安部が口を開いた。
「やっぱり園田の事、好きなんじゃねーか!」
ハッって鼻を鳴らして、馬鹿にしたように笑う。
こんな時に何言ってんの?
もとはといえば、あんたのせいでしょ?
私はキッと安部を睨みつけて、拳を握りしめた。
女の子だからなんて関係ない。
一発、引っぱたいてやろうかって立ち上がろうとした。
その瞬間。







「悪いかよ?」


教室に響いた低い声に、踏み出しかけた足が躊躇した。





「園田が好きで、悪いのかよ?」


蒼吾が強く、はっきりと告げた言葉に。
教室がシン…って静まり返った。
もう何を言われても揺るがない、真剣な眼差しで安部を睨みつける。
安部は。
一瞬、ぐっとコトバを詰まらせて。
その後、何も言わなくなった。
ううん。
何も言えなくなったんだ。






「行くぞ」

「…うん…」


もう。
クラスで園田さんの事を悪く言うやつはいなくなった。
あんな園田さんを見たら。
蒼吾を見たら。
何も言えない。
言えるはずないよ。
もちろん安部を責めることもできない。
だって。
みんな同罪だもん。
中心になって彼女を傷つけた安部達も。
ただ見てるだけで何もしようとしなかった傍観者の私達も。
もちろん蒼吾も。
みんな一緒。
中傷されて毎日泣いていた園田さんよりも。
もっと弱虫なのは私達。

強くならなきゃ。











保健室に着くと、あいにく保健医の先生は外出中だった。
とりあえずベッドに園田さんを降ろして、軽く布団をかける。
彼女の柔らかそうな髪がベッドに広がった。
蒼吾は。
3階から1階までの距離を。
重いとか、疲れたとか一切弱音を吐かずに。
一度だって休んだり降ろしたりもせずに、園田さんを背負って歩いた。
まるで大事な宝物を抱えるみたいにして。


「あと、頼むわ」
園田さんが無事ベッドに横になったのを確認すると、蒼吾が保健室を出ようとした。
「え、なんで?」
起きた時に近くにいなくていいの?
だって謝る絶好のチャンスだよ。
「俺、先生に話してくるから。今までのこと」
「…そっか」
さっきの安部の表情を見てたら、もう園田さんにちょっかいを出してくるような事はないだろうけど。
念には念を。
「でもそれなら私の方が…」
学級委員だし。
だって蒼吾が話したら、一緒に怒られちゃうよ。
その辺はうまく言ってあげるから。
だから。
「いいよ。俺も同罪だし。それに…目が覚めた時、俺がいたらまずいだろ?…キス、しちゃったから」
どくん。
心臓が痛んだ。
さっきの騒動ですっかり忘れてたのに。
「…なんで、…したの?」
小さく声が震える。
別に蒼吾がしなくてもよかったんじゃないの?
他に庇う方法なんていくらでもあったのに…。

「…俺、阿部たちが計画してたの知ってたんだ。ちょうどお前らと別でビデオ見せられた時」
あ。
性教育のビデオを見た時だ。
確かにあれぐらいの時期から阿部たちの様子が変だった。
やけにニヤニヤしてて、何か企んでるような笑い。
厭らしい笑みっていうか、気持ちが悪い感じ。

「ビデオ見た後、キスしたことあるか?って話になって、それがどんどんエスカレートしてって。あいつらの仲間内で試してみようぜって話になってた。そのターゲットが園田。
あいつなら何も言えないし、可愛いからキスする相手として不足もない。お前の名前もあがってたけど、やばいだろ?返り討ちに合いそうだし」
失礼だよ、それ。
私のこと、何だと思ってるのよ蒼吾。
ちょっとムッとしたけど、あえて言い返さなかった。
間違いではない。
たぶんやってる。
「まさか冗談だろうって、安易に考えててさ。ほんとにやるなんて思ってなかったから」
悔しそうに唇を噛み締める。
「俺、止められなかった。計画してたの知ってたのに。あいつが安部に、って思ったら、もう頭で考えるよりも先に体が動いてて…。
サイテーだよな、俺。園田の気持ち、完全に無視してた。だから俺も先生に怒られて当然」
「…蒼吾…」
痛いぐらいの園田さんへの気持ち。
ほんと馬鹿だよ、蒼吾は。
「俺、行ってくるからあいつについてってやって」
「わかった」
静かに頷いて背を向けた。
そうでもしないと蒼吾が園田さんを想う真っ直ぐな気持ちに、自分の気持ちが負けてしまいそうだったから。
蒼吾の気持ちが辛くて、痛くて、どうしようもない。
溢れそうな涙を必死でこらえて、蒼吾に背を向けた。
早く行ってよ。
でないと私、限界だよ。
泣くもんか、って。
ぎゅっと唇を噛み締めた私に。
蒼吾が保健室の扉を出る寸前。
振り返って私を呼んだんだ。



「凪」────って。


心臓が止まるかと思った。
だって、名前。
凪って呼ばれたのなんて久しぶりで。
昔は『蒼くん』『凪ちゃん』なんて呼び合ってたのが、いつの間にかあいつだけ私の事を名前で呼ばなくなった。
蒼吾は。
園田さんの事を口にしたあの日から、私の事を凪って呼ばなくなったから。
胸がどうしようもないくらいきゅうってなった。

「なに?」
平然を装って振り返ったら、蒼吾がこっちを見て笑ってた。
何か吹っ切れたようなちょっと清々しい笑顔。
「ありがとな、止めに入ってくれて。あれ、絶妙のタイミングだった」
「あれは別に……」
蒼吾に頼まれたからじゃないよ。
自分の為。
「やっぱお前、俺のサイコーの友達だよなっ」
そう言って顔をくしゃくしゃにして笑うんだ。

そんな顔して笑われたら、私。
もう友達でしかいられないじゃん。
涙が溢れそうになるのをグッと我慢して。
「でしょ?」
って、笑って見せた。



この時から私は。
蒼吾に辛い顔とか泣き顔とか。
一切、見せなくなった。
見せられなくなったんだ。






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魔法のコトバ*  Season8 comments(4) -
魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-5-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-5-

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転がった林檎を拾いもせずに、階段を駆け上がって、自分の部屋のベッドにうつ伏して泣いた。
ほんとうにショックだった。
あいつはあの日から、園田さんのことで頭がいっぱいなんだ。
彼女しか、見えてない。
悔しくて悲しくて。
いっぱい泣いた。
後からお母さんが部屋に持ってきてくれた林檎が、泣きつかれた喉に沁みて。
また、涙が出た。


次の日。
蒼吾はもうそのことに触れてこなくて。
安部たちの園田さんに対する中傷も相変わらず止まらない。
私も蒼吾もそれに対して何をするわけでもなく。
中途半端でもどかしい日々が過ぎていった。
そして、事件は起きた。

私は。
どうしてあの時、蒼吾の頼みを聞いてあげられなかったんだろうって。
あとで死ぬほど後悔した。
だって。
そしたら蒼吾が園田さんにキスするあんな場面を。
見ることなんてなかったのに。


暑い夏が幕を開けたあの日。
忘れもしない。















梅雨明け宣言が出されて早々、雨の日で。
いつもなら外に出てドッジボールやサッカーを楽しんでる男子が、ほとんど教室に残ってた昼休み。




「キャァァーーーーっ!!」

教室に悲鳴が上がって。
窓際の席のど真ん中。
まん丸な目を見開いて座り込んでる園田さんと、同じように床に座り込んで放心状態の安部。
そのふたりの間でバツが悪そうに俯く蒼吾の姿が、同時に目に飛び込んできた。





なに?

今の、なに────?






「嫌ぁーーーっ!!」
「なんで!? 蒼吾くん、やだぁ〜っ!!」




自分の席で友達と授業中に書いた手紙の交換をしていた私は、その手が止まった。
頭が真っ白になって放心状態。
だって。
今の、なに?




「なんで蒼吾くんが、園田さんにキスするのっ!?」



甲高い水野さんの声が教室中に響いた。










キス────?



園田さんが真っ赤になって口元を覆った。
まるで証拠を隠すかのように。
その仕草で、一気に目が覚めて現実に引き戻された。


うそ。



なんで蒼吾が、キスしたの?








教室はもう大騒ぎで。
男子の茶化す声と、女子の悲鳴の入り混じった泣き声と。
いろんな感情が入り混じって大騒ぎ。
騒ぎの中心で、園田さんが目に涙をいっぱいためて顔を覆う。
丸っこい目からポロポロとこぼれ落ちた涙。
それは決して止まることがなかった。



「俺がやるって言ったろ…ッ!?」
小さく囁くように聞こえてきた安部の声。
あいつ。
最初から園田さんにキスするつもりだったんだ。
本を取り上げて床に落としたのはわざと。
全ては園田さんにキスするために仕組んだこと。
サイテー。
絶対許せないって思った。
私が男だったら、胸ぐら掴んでぶっ飛ばしてる。
女の子だからそんなのやらないけど。
でもそれぐらい腹が立ってしかたなかった。
女の子にそんなことしようとした安部も許せないけど。
それに気付かなくて止められなかった私も、蒼吾にも、腹がたった。
だって。
蒼吾がキスしなくたっていいじゃない。

悲しいのか悔しいのか、それとも怒りなのか。
わけのわかんない感情がこみ上げて来て、私は思わず席を立った。
ガタンって、椅子が倒れたのも気にせず。
「ね、やめたほうがいいって…!」
そう言って止める友達の声も聞かずに。
気がついたら。






「ねぇ。いい加減にしたら?」


園田さんを庇うように仁王立ちをしている自分がそこにいた。
学級委員の立場とか、クラスをまとめなきゃとか。
そんなこと、どうでもよかった。
正義のカケラもなし。
園田さんのためとか、蒼吾に頼まれたとか関係ない。
自分のため。
あんな蒼吾、もう見たくない。




「もうそういうの、やめたら? あんた達、男のくせにかっこ悪すぎ。他にやることないの?」
安部のしたことは男としても人間としてもサイテー。
もちろん蒼吾も同罪。
「キスしたからってなに?
だいたい気持ちのこもってないキスなんて、カウントに入らないでしょ?」
見たくなかった。
あんな蒼吾。
キスなんて、お互い好きでないとカウントされない。
蒼吾は好きでも園田さんは違うんだよ?
私は自分に言い聞かせるように強く言った。
そうでもしなきゃ、涙が溢れてしまう。

「な、…なんだよっ、日下部…っ」
勢いに負けて、安部の体が一歩後ずさった。
「おまえ…偉そうに言ってるけどな…っ、キスの経験もないくせに偉そうな事いうなよ!」
「────経験? …あるわよ」
わざとに安部を見下ろすように冷ややかに言ってやった。
こういう上辺だけのやつには、はったりでもよく効くんだ。
案の定。
「……え…?」
安部の顔から血の気が引くのがわかった。
予想外の返事に戸惑いの色が隠せない。

「キ・ス。したことあるからゆってるんでしょ」
教室の中がシン、って。
静まり返った。
ごくって安部が唾を飲み込むのが見えた。
「そっちこそ、したことないのに偉そうなこと言わないで」
冷たく言い放つと。
「大丈夫? 園田さん」
床にぺたんと座り込んでいる園田さんに声を掛けた。
突然の出来事に。
涙をいっぱい溜めたくりんとした目を大きく見開いて、私を見上げる彼女。
顔が涙でぐしゃぐしゃ。
彼女は今までずっとひとりでこんな状況に耐えてきたんだ。
そう思ったら罪悪感にチクリと胸が痛む。
この痛みは学級委員としての責任感。





「園田さん?」

小さな背中にそっと触れる。
私を見上げた顔が一瞬、ふわって笑って。
次の瞬間。
その場に崩れるように倒れ込んだ。







「…え…? 園田さん…? 園田さん────!!」


今まで張り詰めていた気持ちの糸が切れた瞬間だった。



ごめん、園田さん。
本当にごめんね。
助けてあげられなかった、ずっと見ないふりをしてきた結果が、彼女をここまで追い詰めた。
罪悪感にかられながら、私は何度も心の中で、謝罪の言葉を呟いた。






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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-4-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-4-

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あの朝の出来事以来。
園田さんはよく男子に、からかわれるようになった。
小学生にありがちな幼稚なものだけど、言われる側にしてみればかなり辛いと思う。
ましてやターゲットはあのおとなしい園田さん。
言い返すこともできずに。
ただ言われるまま、下を向いて我慢してる。

安部を筆頭に。
クラスの男子は事あるごとに、園田さんにちょっかいを出す。
それは好きな子に対してかまってほしいやつが。
わざとに意地悪や嫌なことを言って気を惹こうとしている感じ。
そうでもしないと園田さんの気を惹けない、話せない。
馬鹿なやつら。
蒼吾の方がよっぽど立派だった。
ちゃんと堂々と園田さんにアピールしてた。
隣の席に座ったり、席替えしたくない発言をしたり。
好き、って。
コトバには出さなかったけど、真っ直ぐストレートな気持ちを彼女にぶつけてたのに。

蒼吾の事を好きだった園田さんは。
あの日以来、蒼吾を避けるようになってしまった。
それは当たり前といえば当たり前なんだけど。
その姿を私は複雑な心境で見てた。
クラスメイト達も似たような心境だったと思う。
可哀想だなって見てる子もいれば。
面白がって安倍たちと一緒にはやす子もいる。
水野さんなんていい気味だって思ってるに違いない。

蒼吾はあれから何度も園田さんに話しかけようと試みてたけど。
弱虫な彼女は逃げる一方で。
あの日以来、蒼吾とコトバを交わすことはなかった。
謝るきっかけがないまま、時間だけが無常に過ぎていって。
ますますふたりの距離は開いていった。
コトバって、時々すごい力を持つ。
それが人にどう影響するか、どう感じるかはその人次第だけど。





「よお」
学校から帰宅すると、家の入り口でたたずんでいた人影が声を掛けた。
「蒼吾…」
ナイキの野球帽を目深にかぶって、門扉にもたれていた体を起こしてこっちを見た。
家の前で待ってるなんて珍しい。
昔はよくお互いの家を行き来してたけど、最近はさっぱり。
最後に来たのなんて3年生の夏休みぐらい?
ほんと、めずらしい。

「なに? こんなところで」
「これ、母さんが持ってけって」
手に提げた紙袋を突き出した。
「じいちゃんとこから送ってきた」
受け取った紙袋の中にはたくさんの林檎が入っていて、中から甘酸っぱいいい匂いがした。
「ありがとう」
わざわざこのために待ってたの?
それならうちに入ってくれててもよかったのに。
「入る? お母さんにもこれ、見せなきゃいけないし」
「や、いいよ。渡しといて」
歯切れの悪い言い方。
「なに?」
ピンときた。
「なんか言いたいことがあってきたんでしょ?」
たいてい蒼吾がこういう言い方をするときは、なにかある。
直感的にピンときた。
私は受け取った紙袋を中の林檎が転がらないように、そっと地面に置いた。
ずっと持つには重すぎて腕が痛い。





「……なあ、日下部。あいつのこと、助けてやってくれないか……?」

「アイツ?」



助けるって…なに。










「───園田の、こと……」




その名前を口にした直後、蒼吾はバツが悪そうに野球帽を目深に被った。
表情が見えなくなる。
でもなんとなく、どんな顔をしてるのかは想像がついた。
園田さんを見つめてる時の、あの表情。
胸がぎゅってなった。



「俺、取り返しのつかないことしちまった。心にもないことゆっちまって、あいつ傷つけた。謝りたくても園田、逃げてばかりで耳も貸してくれなくてさ」
心底悔しそうに唇を噛み締める。
「もうこれ以上、あいつが辛そうにしてるの見るの嫌なんだよ。
だから……」








だから、なに?




「お前、学級委員だろ。助けてやってくれよ。日下部が友達になってやればあいつも心強いんじゃねぇのかな、って」










なにそれ。





それって私に火の中に飛び込めって言ってるのと同じだよ。
園田さんを庇ったことで、今度は私がターゲットにされてもいいわけ?



「お前ならみんなに支持されてるから、平気だろ? 逆に安部らの方が返り討ちに合いそうなぐらい」
確かに。
私だったらやられっぱなしなんて事にはならない。
きっと倍返し。
女の子だからそこはしとやかに、こっそりやるけどね。
でも。
そんなの蒼吾がやればいいじゃない。
自分の言ったコトバの責任ぐらいちゃんと取りなよ。
なんで私なの?







「だって俺ら、友達だろ───? 頼むよ、日下部…」



あたりまえだけど、私の気持ちに全然気付いてない蒼吾。
だから。
そんなセリフが私の前でさらりと言えるんだ。











「…ってぇ」

悔しくて。
気がついたら頬をひっぱたいてた。
不意打ちを食らった蒼吾が、驚いたように頬に手を当てたあと、私を睨みつけた。
「んで、殴るんだよ…!?」
「…そんなのっ、蒼吾が自分でやればいいでしょ!? もとはといえば、蒼吾が悪いんだし…っ」
「わかってるよ、そんなの! でもあいつ、逃げてばっかでちっとも俺の話きいてくんねぇんだよ!」
「そんなの無理矢理つかまえて、話しすればいいじゃん! 要は蒼吾に、意気がないだけでしょっ」
「俺、もうこれ以上、あいつに嫌われたくないんだよ…っ」
泣きそうな顔で言うんだ。
胸が切り裂かれたみたいだった。








「…つうか。
なんで俺が、ひっぱたかれなきゃいけないわけ?」


「だって蒼吾が…、あんなこと、言うから…」




好きで友達でいるんじゃないのに。








「それにお前、なんで泣いてんだよ?」














え?





バッと頬に手を当てる。
暖かい涙の感触。







うそ。
涙? なんで───。





泣くつもりなんてなかった。
蒼吾のせいだ。
蒼吾があんなこと、言うから…。
私は袖口で乱暴に涙をぬぐう。
「とにかく、私にはできないからっ! そんなの蒼吾が自分でやってよ…っ」
「あ、おいっ!」
まだ何か言いたそうに呼び止める蒼吾の声を無視して。
林檎の入った紙袋を持ち上げると家の中へ駆け込んだ。
乱暴に閉めたドアノブに引っかかって、袋が音を立てて破れた。
林檎が玄関に転がる。

悔しくて悔しくて。
乱暴に涙をぬぐって、鼻をずずっとすすり上げた。
玄関いっぱいに広がった林檎の匂い。
それはまるで初恋のように甘くて酸っぱい、そんな匂いだった。






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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-3-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-3-

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「なんだよ、それ」

聞き覚えのある声が教室に響いた。
声変わりが始まったばかりのちょっとハスキーな声。
蒼吾。
登校したてで荷物の整理をしていた私の手が止まった。
「お前、園田のことが好きなんだろ?」
笑い声の混じった声。
クラスのリーダー格の男子、安部。
馬鹿にしたような笑いの混じった声がすごく勘にさわる。
「やたらと仲いいじゃん、おまえら。授業中に仲良く外を見たり、ノートの交換とかやってるしさ」
「宿題もいつも見せてもらってるし」
「仲良しだよな〜。ラブラブってやつ〜!?」
男子の口笛交じりのはやし立てる声が聞こえてきた。
わざとに教室中に聞こえるような大きな声。
もてない男の決まり台詞。
男らしくないしかっこ悪い。
ほんと、うちのクラスの男子って子どもっぽくっていやになる。
私はため息交じりで、他人事のようにその光景を見てた。

「たまたま隣の席だったから、見せてもらってただけだろ。好きとかそんなのカンケーねぇよ」
「またまたー。照れちゃって〜」
「園田と離れたくないから、席替えしたくない発言したんだろ。あ〜お熱いね〜〜!!」
「……なんだよ、それ」
ムッとした不機嫌な声。
あ。
やばそう。
蒼吾は昔から血の気が多くて喧嘩っ早い。
人に嫌われるタイプじゃないから表立っての喧嘩は少ないけど、売られた喧嘩は買うタイプ。
だから昔から生傷耐えないんだ。
ため息混じりに立ち上がった。
喧嘩、始まっちゃったら止めなきゃね。
私、一応学級委員だし。
いつも蒼吾の喧嘩は、こうやって私が処理させられてきた。
それは幼稚園の頃から変わらない。
もう一度大きくため息をついて、私が立ち上がったそのときだった。


「それは違うよ!」
甲高い女の子の声が響いた。
この声は、水野さん。
嫌な子が口を挟んできたな、ってちょっぴり胸騒ぎがした。
案の定。
馬鹿で単純な蒼吾は、水野さんの誘導尋問に引っかかっちゃって。
「オレはべつに、園田のことなんか何とも思ってねーよ。ただ隣だと、いろいろと都合がいいから…」
なんて言っちゃってる。
ほんと馬鹿。
なんで嘘つくの?
堂々としてればいいじゃん、園田さんが好きだって。
蒼吾の気持ちなんて傍から見れば一目瞭然で、気付いていないのは園田さん本人ぐらいだよ。
ちらりと横の席を覗いてみたけど、珍しく彼女は来ていなかった。


「…園田って、なんか違うんだよ。普通っぽくないっていうか、髪だって目だって色が薄くて外人みたいだし、くるくるしてるし。」
「ワカメみたいな髪だもんね?」
また誘導。
「あーー。…そんな感じ」
蒼吾が頷いた。
ほんと馬鹿だ。
クスクスとクラスから笑い声が上がった。
「それにさ、色が白くてほっぺたとかぽっちゃりしてて、マシュマロみたいだし……」
消え入るような声。
ほんとらしくないよ。
てゆーか、マシュマロって。
蒼吾の大好物じゃん。
綿菓子とかマシュマロとか、フワフワした甘いお菓子が大好きなくせに。
ほんと素直じゃない。



「お…おいっ、蒼吾。あれ…」

隣にいた男子が、蒼吾のシャツを引っ張った。
そいつが指差した先。
教室の前の扉。
目に涙をいっぱい溜めてたたずむ女の子。
教室がシンって。
波打ったように静かになった。












「……その、だ………」



蒼吾の顔がギクリとこわばった。
教室に入れずに扉の前でつっ立ってる園田さん。
みんなの視線を浴びて、その顔がくしゅって泣きそうになる。
さっきの話、聞いてたんだ。
最悪のタイミング。

あの時の蒼吾の顔。
一生忘れないと思う。
中傷された園田さんよりもひどい泣きそうな顔。
好きな子を傷つけた罪悪感と後悔に満ちた顔。

チャイムが鳴って。
絶妙なタイミングで現れた先生の声も耳に入ってなくて。
ふたりはその場に突っ立ったまま時間が止まったかのように固まってた。
「それともお前ら、何か?そんなに席が離れるのがいやか?」
って笑う無神経な先生の声も。
きっとふたりの耳には届いてなかったと思う。
「早く席に着け。1時間目が始まる前にやってしまうぞ、席替え」
そう言われて。
みんなの痛いぐらいな視線を浴びながら、よろよろと自分の席に座った園田さん。
彼女は蒼吾の隣で下を向いたまま、顔を上げる事はなかった。




隣同士だった蒼吾と園田さんの距離は。
新しい席替えで大きく離れた。
校庭側の窓際と、廊下側の席。
正反対の遠い距離。
昨日までの机を並べていたふたりの距離が嘘のように。
この日の事件で全てが変わってしまった。





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魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-2-
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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-2-

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「───な、あいつ。なんて名前か知ってるか?」
蒼吾が聞いてきた。
あれは小学校3年生の夏。










野球のこととか、今日の給食は何かとか。
どうやったら宿題をやらずにすむか、とか。
そんな事ばかり考えてるようなやつで。
女子はすぐ怒るし泣くしでめんどくせーみたいな蒼吾が。
好きな子とか、恋愛とか。
全く興味のなさそうだった蒼吾が、口にした言葉。
「あいつ。あのフワフワした髪のやつ」
そう言って指差した女の子。
色が白くって髪とか目とか色素が薄くて茶色くて、ぽやぽやした女の子。
確か隣のクラスの。
「ましろちゃん……だったかな」
「ましろ?」
「うん。園田ましろちゃん」
確かおじいちゃんか誰かが外国の人とか。
だから目の色とか髪の毛とか、色素が薄くて茶色いの。
その噂は結構有名。
「ふ〜ん。名前までフワフワしてんだな」
そう言ってちょっぴり頬を染めて、眩しそうに見つめる蒼吾の姿に。
軽い胸の痛みを覚えた。


私の初恋は、失恋と同時だった。
気持ちに気づいた時には。
蒼吾はもう、ましろのことを見てた。





園田さんは色が白くって。
髪とか目とか色素が薄くって、ちっちゃくて可愛いの。
ましろって名前の通り、真っ白でふわふわした感じ。
特別美人ってわけじゃないけど、目がくりんとまん丸で可愛らしいの。
なんか絵本に出てきそうな柔らかい雰囲気の女の子。
私とは正反対なタイプ。
周りの女の子とちょっと違った雰囲気で、人目を惹く。
男子なんて。
「アイツに話しかけて、英語で返されたらどうしよう!」
とか言ってるの。
ばっかじゃないの?
ちゃんと日本人だよ。
だって日本語、話してるじゃない。
ほんと男子ってバカ。
「日下部さん?」
「…え…?」
「プリント」
前の席の子が振り返って、回ってきたプリントを机の上に置いた。
「どうしたの?顔、すっごく怖いよ?」
いけない、顔に出てた。
「何でもないよ」
笑って顔を作る。
私、何でこんなにイライラしてるんだろう。
たぶん原因はあいつ。
蒼吾。
家が近所の幼なじみ。
元気で明るくて気のいいやつ。
勉強嫌いでちょっと馬鹿なところはあるけど、曲がった事が大嫌いな真っ直ぐなやつ。
野球をやってる姿は結構様になってて、馬鹿丸出しのクラスの男子とはちょっと違う。
蒼吾の事が気になってる女子って結構いるんだよね。
なのに。
あのコトバを口にした日から。
蒼吾の視線の先には、ずっとあの子がいる。
あの日から私は、ずっとイライラしてるのかもしれない。






春、4月。
私達は4年生に進級した。
体育館の横に貼りだされた新しいクラスメイトの一覧表。
同じ4年1組の欄に蒼吾の名前を見つけた。
同じクラスなんだ。
また同じ教室で1年間一緒に生活できるんだ。
って、自然に顔がへらって緩む。
嬉しくて。
スキップでもしているような軽い足取りで新しい教室に踏み込んだ。
でも。
その足が新しい教室の入り口で、動けなくなってしまった。
教室の中に見つけた女の子。
園田ましろちゃん。
すごく不安そうな表情で席を探している後姿。
ひとめで分かった。
窓から吹き込む春の風で彼女のふわふわの髪がゆれる。
差し込んだ春の日差しが彼女の髪に反射して、ますます茶色く見える。
肩まで伸ばしたふわふわの髪は柔らかそうで、タンポポの綿毛みたい。
相変わらず目がくりんとしてて可愛いんだ。
胸の奥がざわざわと音を立てた。
……なんだ。
彼女も一緒なんだ。





園田さんは女子にはいまいち受けが悪い。
近寄りがたい容姿に、おとなしい性格。
何よりも一番の決め手は蒼吾。
新学期早々、園田さんの隣に座ったあいつ。
他の席だって空いてるのに。
そこ、前から2番目だよ?
授業中、いつも隠れるように居眠りしているやつが、堂々と前の席。
今までの蒼吾だったらありえない。
給食のデザートやるから後ろの席と変われ〜とか、交渉してまで後ろに座りたがるくせに。
理由は分かってる。
園田ましろちゃん。
彼女の隣で窓の外を眺めながら嬉しそうに笑ってるんだ。
目尻がこれでもかってなぐらい下がってる。
顔をくしゅくしゅにして笑った顔。
あんなに柔らかく嬉しそうに笑う蒼吾、初めて見た。
その隣で口元に手を当てて笑ってる園田さんは、ほんと女の子って感じで。
普通に大口開けて笑ってるようなクラスの女の子や私とは大違い。
園田さんも、蒼吾が好きなんだ。
表情、見てたら分かる。
私はぼんやりと机に頬杖をついて前の席のふたりをぼんやりと眺めた。
ちょうど机6個分、友達6人分の距離。
私と蒼吾の距離みたい。
いいな、隣の席。

そう思っているクラスの女の子は少なくなくて。
クラスの半分以上の女子が、隣の席の園田さんを羨ましがってた。
水野さんなんてあからさま。
昨日なんて。
「園田さんが蒼吾くんに色目使ってる!」ってみんなに言いふらしてた。
そんなはずないじゃん。
それは水野さんの方じゃないの?って、よっぽど言ってやろうかと思ったんだけど。
その当時。
庇ってあげられるほど園田さんと仲がいいわけでもないし。
クラスメイトってだけで話したこともなかったから。
水野さんがこっそり裏でそんな事を言いふらしてる事を見て見ぬふりをしちゃったんだ。
存在感の強い彼女は、あっと言う間にクラスの女子を味方につけちゃって。
このことが。
のちのちの事件に関わることになるなんて思いもしなかった。




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これからもどうぞ応援よろしくお願いします!
   
(りくそらた&はづきゆみ)



更新とお知らせ comments(12) -
魔法のコトバ*  Season8 初恋〜サイド凪-1-


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魔法のコトバ* Season8  初恋〜サイド凪-1-

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風が、走った気がした───。



「───園田っ!!」
って。
気がついたら蒼吾が走りだしていて。
その声に一瞬、躊躇してしまった私は、追いかけるタイミングを失った。
なりふりなんて構わず、ましろを追いかける後姿。
それは私の存在なんてちっとも目に入らなくて、決して振り返らない。
いつも真っ直ぐで、その気持ちに曇りがない。
走り出したら止まらない、そんな蒼吾の性格を私はよく知ってる。
ましろを追いかけるその背中は。
私がいつも見ていた背中────。


「日下部!」
急に後ろから腕がすくわれた。
心配そうな佐倉と視線が絡まって、一瞬で、現実に引き戻される。
「平気?」
覗き込む佐倉の頬や目尻が赤くなってる。
蒼吾に殴られた跡。
切れた口元からじわりと血が滲む。
ドクリ、と。痛いくらいに心臓が突き上げた。
「…日下部…?」
私の名前を呟く唇がやけにリアルに見えて、乱暴に視線を外した。
その唇で私にキスをした───。
目が合わせらんない。


「どこに行くつもり?」
顔を逸らして踵を返した体をそのまま捕まえられた。
「だって…追いかけなきゃ…っ」
「蒼吾が行った。日下部が行く必要ない」
「でも……っ。
私が…ましろを傷つけた…」
「……じゃあ、聞くけど。ましろちゃんに、なんて言うつもりだよ? 無理矢理キスされただけだから、気にしないでとでも言うのか? 理由はどうあれ、事実は変えられないんだよ…っ」
肩を掴んだ手に力が入る。






「ましろちゃんを追いかけた───。
それが蒼吾の答えだ」


「…そんなのっ、そんなのとっくに知ってるっ。佐倉に言われなくても、わかってる…っ」
腕を掴んだ手を乱暴に振りほどいて、キッと佐倉を睨みつけた。
「…ましろと、何があったの…?」
佐倉は、ましろの気持ちに気付いてた。
いつから?
「何も」
静かに首を横に振る。
「…じゃあ、どうして…!」
ましろの様子が変だった。
ある日を境に、美術室に行かなくなった。
あんなに毎日、放課後を楽しみにしていたのに。
「部活、行かないの?」って、一度だけ聞いてみたら。
寂しそうに笑ったましろ。
明らかに様子が変だった。いつもと違ってた。
本当は、私。それに気付いてた。
でも何も話してくれないましろから、それを聞くことが出来なくて。
もしかして蒼吾と、って想像したら、聞く勇気がなくて。
私、知ってて知らんぷりをしたんだ。
親友なのに、サイテー。


「…ましろちゃんは俺が描き溜めた絵を見つけて、俺が誰を好きなのか気付いだんだ…。日下部を、好きだって───」


ドクリ、と。
心臓が嫌な音を立てて、突き上げた。
私を見つめる真剣な眼差しに、いやでも心拍数が跳ね上がる。
「だからキスした」
「…やめて…ッ!」
私は悲鳴を上げて耳を塞いだ。
そんな話、聞きたくない。
私を好きだなんて、そんな嘘みたいな話───。

もう答えは出てる。
佐倉の気持ちには答えられない。

蒼吾がましろを好き───そんなのとっくの前から知ってる。
それでも好きだった。諦められなかった。
私だって蒼吾を見てきた。
想ってきた。
ましろの事を見ているアイツをずっと───。



グッと唇を噛み締めて下を向く。
私達、何やってんの?
お互い好きな人を傷つけて、友達を傷つけて。
もうこんな思いは嫌だよ。
目の奥が、ジンと熱くなった。
胸が痛くて熱い想いが込み上げる。
こんなところで、泣くもんか。
私はきゅっと唇を結んで手を握りしめた。


「蒼吾なんてやめなよ。日下部のこと、ちっとも見てない」


フッって。
俯いたつま先に影が出来た。
佐倉が私の体を包み込むように、背後から腕を回す。
髪に頬が触れた。

そんなの知ってる。
いつだってあいつはましろしか見てないから。


「俺にしなよ。俺、日下部の事が好きだ───」


耳元で囁くように告げられた後、抱きしめた腕がぎゅっと強くなった。
強く強く、私を抱きしめる。
腕の強さとは対照的に零れた告白の言葉は、泣きそうなほど切なかった。
いつから?
いつから好きでいてくれたの…?
私は佐倉に、同じぐらいに辛い思いをさせてきたんだ。
気持ちが届かない辛さはよく知っているから。
いつも笑っていて、余裕があって、完璧で…。
そう思っていたのに───。






だけど。
この人は違う。
蒼吾じゃない。

ましろが好きな、佐倉────。










「…離して…っ!!」


思い切り佐倉の腕を振り払った。
蒼吾とは違う男の人。

怖い。


「───日下部っ!」


後ろから追いかけてくる声を振り払って、会議室を飛び出した。
ましろを、蒼吾を追いかけて。



でもそれは。
ふたりを見つけた瞬間。
今まで蒼吾を想ってきた気持ちが音を立てて崩れた気がした。




「まし…ろ────」




言葉がそれ以上、続かなかった。
何かが足元から音を立てて壊れていくような感覚。
ずっと小さい頃から私を支えてきた基盤のような何か。
気持ちのカケラ。
隣にいるのが当たり前だったあの頃には、もう戻れない気がした。





だって。
大好きだった蒼吾の腕の中に、ましろがいたんだ────。





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魔法のコトバ*  Season8 comments(2) -
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