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魔法のコトバ*  Season10 気持ちが動く瞬間-7-
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Season10  気持ちが動く瞬間-7-

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いつものように帰り支度をしてた頭をこつん、って。
後ろから誰かに叩かれた。
「…っ、た……」
頭をさすりながら振り返ると、真後ろに蒼吾くんが突っ立っていて。
ドキリと鼓動が跳ねた。
「今日も行くのか?」
でっかい背中を丸めて間近に私を覗き込む。
思ったよりも近い距離に、カーッと顔が火照っていくのが鏡を見なくてもわかった。
こういうやりとりは、慣れてない。


「それ、授業のノート?」
「……うん」
「真面目だなぁ、園田は」
束にしたルーズリーフを横目に、蒼吾くんが笑う。

「アイツ、大丈夫?」
「…よくわからないけど……まだ、熱が高いみたい」
「会ってないのか?」
「…うん」
「毎日、寄ってんだろ?」



「……うん…」



あの日から。
凪ちゃんとは会えないままだった。

ごめんってメールの意味も。
凪ちゃんの気持ちも。
私はまだ、知らないまま。




「そっか」
眉根に皺を寄せて、珍しく難しい顔をしていた蒼吾くんが。
「これ、やるわ」
なにやらポケットから取り出して、それを私の手に握らせた。
「なに…?」
「マスク。行くなら持ってけ」

そう言って手渡されたマスクは、淡いピンク色のガーゼの端っこに、キティちゃんのワンポイントが付いた可愛いもの。
あまりにも蒼吾くんと不釣合いのマスク。

「…どうしたの、これ?」
「家の救急箱から取ってきた。
深青が給食当番で使うから、買い置きがいっぱいあるんだよ」
「みお?」
「下の妹。桜塚小学校の6年生」
可愛いお弁当を作るお姉さんの話は聞いたことがあるけど。
妹さんがいるなんて初耳。
そういえば私。
蒼吾くんのことって、ほとんど知らない……。


「オレからもらったって、言うなよ?」
「…どうして?」
「ピンクでしかもキティなんて、恥ずかしいじゃん」
「…そんなこと……」
妹さんがいるなら思わないよ。
「オレが嫌なんだよ」

ガッって。
でっかい手のひらが私の方へと伸ばされたことにびっくりして、思わず目を瞑ると。
そのまま私の頭を蒼吾くんが、くしゃくしゃっと撫でた。




「───蒼吾ーっ! 部活行こうぜ!!」
「おうっ! 今行く!!」
誘いに来た守口くんにでっかい声で叫んで、私の頭をぽんぽんって、軽く叩いた。
「日下部によろしくな!」
そのままでっかいスポーツバックを軽々と肩に担いで、廊下の向こうに消えて行く後姿を見送りながら。
私は、固まってしまった。











び。
びっくりした……。





蒼吾くんが、私に。
あんなふうに触れるのは初めて。
頭を撫でたり、間近で顔を覗き込んだり。
そういうことをする人じゃなかったから。
あまりにも不意打ちな行動すぎて、心臓がバクバクゆってる。

ああいうこと、する人だっけ……?
守口くんとか、仲のいい男友達とじゃれ合って……なんていうのは、よく見かけるけど。
女の子にボディタッチ、軽々できるような人じゃない。
幼馴染の凪ちゃんにだって、してるの見たことがない。
もしかして、ああいうのは……私に、だけ──────?







────── もうオレ、遠慮しねえから。お前にも、日下部にも ──────


真摯な眼差しで告げた、あの日のコトバを思い出す。






「まいっちゃうなぁ、もう……」


あれから蒼吾くんは普通だ。
私に好きだって言ったことなんて忘れたかように、普通に接してくれる。
でも時々。
こんな風にすごく積極的なことがある。
そのたびに、どうしたらいいのかわからなくなる。
蒼吾くんの気持ちは伝わってるから。
片思いの辛さはよく知っているから。
あんな思いを蒼吾くんにもさせているのかもしれないって思ったら。
どうしたらいいのかわからなくなる。
もう、誰も傷つけたくなんかないのに──────。



きっと私はまた、蒼吾くんを傷つける。
彼の気持ちには応えられないから。
それでも蒼吾くんはいいって言う。
絶対に諦めないからって、真っ直ぐに気持ちをぶつけてくる。
どうすればいいのかわからない。


人を傷つけるのはイヤ。
傷つくのは自分だけでもうたくさん。
いつかは出さないといけない答え。
私はまたきっと、蒼吾くんを傷つけてしまう────────。












いつもの駅をひとつ通り越して、凪ちゃんの家に向かった。
閑静な住宅街の一角にあるシックなコンクリート調の家の前で立ち止まる。
『KUSAKABE』って書かれたシルバーのネームプレートのインターホンを鳴らす。
キンコン、って。
鐘のような軽快な音が鳴って、私は一歩下がって玄関先に立った。





「…あれ?」


いつもならここで、インターホン越しに凪ちゃんのお母さんが出て。
来客者を確認してから、玄関を開けてくれる。
そして。
『凪、まだ熱が高くて寝てるの。せっかく来てくれたのにごめんなさいね』
って。
凪ちゃんと同じ顔で優しく笑ってくれるのに。
今日は誰も出てこない。
「…留守、かなぁ?」
それとも気付いてないだけ?
あまりしつこく鳴らすのは失礼だから、もう一度だけ。
インターホンを押してみた。



キンコーン…。



鐘の反響音が玄関先まで聞こえてはくるけど、やっぱり誰も出てこない。
病院にでも行ってるのかな。
そういえば。
ガレージにあるはずの車がない。
ピカピカに磨かれた黒のオデッセイ。
それがないってことは、おばさんは──────留守。
凪ちゃんは……まだ寝てるのかな。



仕方なく私は、ファイルにノートと授業のプリントを挟んで、郵便ポストに入れた。
カタン、って。
ポストに落ちた音を確認して、一度だけ2階を見上げた。
一番南端にある凪ちゃんの部屋は、相変わらずカーテンが閉まったまま。
窓いっぱいに水滴が付いてる。
たぶん、凪ちゃんは中にいる。
まだ熱が下がってないのかな。
早く元気になればいいのに。
そう祈りながら凪ちゃんちを後にしようと踵を返したとき。








「────────ましろ……?」





ドアが開く音と共に声が聞えた。
私は弾かれたように、それを振り返る。





「……凪、ちゃん───────」









声が。
ちょっぴり震えた。







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魔法のコトバ  Season10 comments(3) -
魔法のコトバ*  Season10 気持ちが動く瞬間-6-
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Season10  気持ちが動く瞬間-6-

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体を走るはずの衝撃は、いつまでたってもこなかった。
柔らかい何かに受け止められんだって、気づくまでそう時間はかからなかった。
痛みのかわりに温かいものが、私を包み込む。







「…っ、セーフ──────」

危機一髪のところで、佐倉くんが助けてくれたのだ。
腕の中に抱きとめて。



「大丈夫?」

ふわりと絵の具の匂いに混じって流れてくる佐倉くんの匂いは。
簡単に私の心をダメにする。
顔が上げられない。
まともに佐倉くんを見たら。
せっかく押さえていた気持ちがまた、溢れてしまいそうで怖いから。

「転ばなくてよかった」
そう言って笑う佐倉くんの笑顔は、今までと何ひとつ変わらない。
あんな事があっても普段通り、平気な顔をして笑う。
意識してるのは私だけ。
ああ、そうか。
バカだね、私。
佐倉くんが今までとなにひとつ変わらないのは、最初からそうだったから。
私に恋愛感情なんてなにひとつかなったから。
気持ちを知ったって、知らなかったって、なにも変わるわけがない。
佐倉くんにとって私は最初から、ただの友達。
特別でもなんでもなかった。
私はそれに、ずっと気付けなかったなんて──────。






「……ましろちゃん…?」



気がついたら。
頬を熱いものが伝ってた。
パタパタと顎を伝って流れ落ちたそれが、佐倉くんのセーターを濡らす。
佐倉くんは何も変わってない。
彼の気持ちは私が佐倉くんを好きになるずっと前から凪ちゃんに向いていて。
私なんて入り込む余地がないくらいに彼女を想ってたのに。
それにようやく気付いた自分が惨めで、恥ずかしい。



涙が止まらない。
抱えきれなくなってしまった気持ちが溢れて溢れて。
涙になって零れ落ちる。

少し困ったように覗き込む佐倉くんは、相変わらず何も聞かない。
必要以上に詮索しない佐倉くんの優しさ。
穏やかな優しさを浮かべてただじっと、私が落ち着くまで待ってくれている。





「……ごめん…。ごめん、ね………」


嗚咽が漏れる口元に手を当てながら。
何度も呟くごめんねという言葉に、佐倉くんが少し困った顔をした。


「どうしてましろちゃんが謝るんだよ? 謝る理由なんて、ないだろ?」
佐倉くんの言葉に静かに首を横に振る。




「…佐倉くん……。私、ほんとは知ってたの。見ちゃったんだ……」
「何を?」
「……佐倉くんの、スケッチブック──────」



あまり感情を露にしない佐倉くんが、動揺の色を見せた。
でも。
それはほんの一瞬。
「……知ってる。気付いてた」
そう言って小さく笑った。




「…なん、で……?」
どうして知ってるの?
「あの日、ましろちゃんの代わりにアイツが待ってた。美術室で蒼吾がオレを待ってて、スケッチブックのことを聞いた」
「………」
「蒼吾がさ、すごい仏頂面で感情を押し殺して言うんだ。
『園田を傷つけんな。気持ちに答えてやれないなら、必要以上に期待させんな』って。蒼吾の頭の中はさ、いつもましろちゃんのことでいっぱいなんだよ」
佐倉くんの言葉で、蒼吾くんが触れた体温をリアルに思い出した。
カーって頬が赤く染まる。
「だから俺もそっくりそのまま、蒼吾に返してやったけど」
佐倉くんが困ったように笑う。




「……オレも蒼吾も知ってるよ。
ましろちゃんの…、日下部の気持ちが誰に向いているのか。自分じゃない他の男を想ってることなんて、とっくに気づいてる。
それでも、オレも蒼吾も諦めきれなかった。ずっと好きだった気持ちを簡単に手放せなかった──────」


佐倉くんが描き溜めていた凪ちゃんへの想い。
それを佐倉くんの口から聞くまで信じられなくて。
聞いても、認めたくなくて。
佐倉くんの変わらない優しさに甘えて、好きだという気持ちにしがみついてた。

好きで。好きで。
大好きだった。
春の陽だまりみたいに暖かに笑う顔も。
キャンバスに向かう凛とした横顔も。
鮮やかな世界を描き出す繊細な掌も。
ましろちゃんって呼んでくれる、優しいトーンの声も。
居心地がよくて安心できる佐倉くんの隣が大好きだった。









でも。



もう、いつまでも佐倉くんに甘えてられない。





「大丈夫?」
優しく差し伸べてくれる手を。
私は押しやった。
初めて佐倉くんの優しさを拒絶する。




「…もう、大丈夫だから……。私は大丈夫だから…。もうこれ以上、優しくしないで………」


でないといつまでも期待してしまう。
佐倉くんのこと、諦めきれないよ。








「…ましろちゃん……」


差し出した手がためらうように宙を舞って。
ぱたりと降ろされた。







心が。
空っぽになった。




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魔法のコトバ  Season10 comments(4) -
魔法のコトバ*  Season10 気持ちが動く瞬間-5-
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Season10  気持ちが動く瞬間-5-

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「園田」
廊下を歩いてたら突然、先生に呼び止められた。
「これに書いてる物を美術室から取って来てくれないか? 次の授業で使うから。部員だから保管場所、わかるだろ?」
そう言ってメモを手渡された。
「え…?」
気まずそうに顔を歪めた私のことなんて、おかまいなし。
「昼休みの間に準備して、教室へ置いておいてくれ」
親しげにポンと肩に手を置くと、先生は忙しそうに廊下の向こうに消えていく。
「あ…、先生…っ」
「頼んだぞ〜」
私がどんな気持ちか知りもしない先生は。
満面の教師スマイルを浮かべながら、ヒラヒラと手を振って廊下の向こうへ消えていった。
残された生徒がどんな気持ちなのかも知らずに。
泣きそうになってるのなんて、気付きもせずに。
私はあの日からずっと、美術室には行っていない。








カタカタって。
古い引き戸の扉を開くと乾いた音がした。
冬の空気に混じって絵の具や石膏の独特な匂いが、ふわりと風に乗って流れてくる。
しばらく来なかっただけなのにその匂いが懐かしくてたまらない。
目頭がジンと熱くなる。
誰もいないことを確認して、そっと覗いた準備室。
描きかけのキャンパスがぽつん、って。
寂しそうに置かれていた。
デッサン途中のキャンバスは、何度も消され、描き直した跡がある。
佐倉くんにしては珍しい迷いの跡。
それにそっと触れると、また泣きそうになった。
いけない。
しっかりしなきゃ。
ここに長くいるといろんな事を思い出して、泣きそうになってしまう。
思いを振り切るように何度も首を振って、弱い心を奮い立たせた。
「頼まれていたものを探さなきゃ」
準備室の奥の棚に目的の物を見つけた私は、踏み台に上がって手を伸ばす。
指の先に箱が触れて、あと少しで手が届きそうだと思った瞬間。
足元がぐらりと揺れた。




「…うっ、わ……!」

体の中をヒヤリと冷たい風が走って、思わず棚を掴んだ。
身の危険を感じてバクバクと踊り出す胸元に手を当てて。
ふぅと安堵に息をもらす。
気持ちを落ち着けて足元を確認したあと、もう一度それに挑戦しようと手を伸ばしたとき。
ひょい、と。
すぐ顔の横に伸ばされた腕が、棚の上の箱を引っ張り出した。


ドクリと、胸が高鳴る。
こめかみの辺りがきゅうって痛くなった。



真後ろに人の体温。
振り返ったら絶対、触れちゃう距離。
セーターを肘まで捲り上げた細くて長い腕。
絵の具の匂いに混じって、よく知ってる匂いがした。
好きで。好きで。
大好きだったから。
振り返らなくても分かる。



佐倉くん。







「……平気?」

私が背伸びをしても精一杯だった高さのものを軽々と引き出す。
繊細なこの人からは、男子特有のガサツさとか、豪快さとか。
普段、そういうのをほとんど感じさせないのに。
ふとした瞬間に見える力強さや、逞しさはしっかり男の子で。
普段そうじゃない分、ひどく意識させられる。


「ましろちゃん?」


何ひとつ変わらない優しいトーンの声で名前を呼ばれると、それだけ心拍数が跳ね上がって胸が苦しくなる。
もう振り向いてくれることなんてないのに。
万が一の望みもないのに。
それでもこうやって名前を呼ばれるたびに、心のどこかで期待してしまう。
特別なのかもしれないって。
そう思ってしまう浅ましい自分がいる。
そんな自分が惨めで嫌だ。




「これ。授業で使うの? 運ぶの手伝おうか?」

優しい態度は今までとちっとも変わらなくて。
あの日の出来事は夢だったんじゃないかって、錯覚しそうになる。
ずるいよ、佐倉くん。
私はあの日のことをなかったことになんてできない。
どんな顔をして佐倉くんに会えばいいのか、ずっと悩んでた。
それなのに佐倉くんは何ひとつ変わらない声で私の名前を呼んで、優しく微笑む。
無神経なのか、何も考えていないのか。
わかんない。
佐倉くんが、わかんない。



「……いい。これくらい大丈夫だから──────」

精一杯の強がりで笑ってみせたのに、佐倉くんの顔を見たとたん。
ドクリと心臓が突き上げた。
笑顔が作れなくなる。




頬から口元にかけて赤く腫れ上がった顔。
唇の左はしには絆創膏子。
目の下にできた青紫の痣はあのとき、蒼吾くんに殴られた痕だ……。
普段あまり感情を露にしない佐倉くんが人を殴った。
凪ちゃんの為に。


初めて見たよ。
佐倉くんもあんな風に怒ったりするんだね。
凪ちゃんへの想いと、蒼吾くんへの苛立ち。
私には見せてくれることのなかった佐倉くんの熱い一面。
気持ちの裏側。
敵わないって思った。
あんな一途な気持ちを自分に向かせるなんてできっこない。
凪ちゃんには敵わない。
佐倉の絵を見つけたあの日から答えは出てた。
私はもう、とっくに失恋してる。








「──────ましろちゃん……」


気がついたら頬を涙が伝ってた。
やだ。
泣くつもりなんてなかったのに。




泣き顔を見られたくなくて、顔を背けた。
「目にゴミが入っただけだから」
こじ付けのような言い訳をして。
「これ。ありがとうね!」
逃げるようにして佐倉くんから荷物を奪い取って、その場から離れようとした。
何もなかったように平気な顔をして、佐倉くんと一緒にいるのは、今の私には無理だ──────。







「ましろちゃん! 足元…!」



そこから逃げることに必死だった。








「え? ……きゃあ…ッ」



受け取った荷物は想像していたよりも重くて。
不安定な足場でバランスを崩した私は、見事に足を滑らせた。
バラバラっていう絵の具が床に散ばる音と。
踏み台が転がる音が乾いた空間に鮮明に響いた。




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魔法のコトバ  Season10 comments(2) -
魔法のコトバ*  Season10 気持ちが動く瞬間-4-
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Season10  気持ちが動く瞬間-4-

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いつもと変わらない朝のHR。
隣にいるはずの凪ちゃんの姿はなかった。
乗り合わせて来るはずの電車にも姿がなくて、避けられてるかも…って不安になったけど。
予鈴が鳴っても。HRが始まっても。
凪ちゃんが現れることはなかった。


「日下部はー…、インフルエンザだそうだ」
出席簿に書き込みながら、新垣先生がぼそりと呟いた。
クラスがざわりとざわめく。
「日下部の他にも2人。インフルエンザの報告が出てる。皆も手洗いうがいをしっかりして予防するように」
「え〜、なんか小学生のHRみたいな話題っすね」
教室からクスクス笑い声が上がる。
「馬鹿にしちゃいかんぞ? 病気の予防はそれが基本だ。1年生のお前らはいいが、3年は受験を控えた大事な時期だろうが。
それにお前ら、来週から学期末テストだぞー? やる気あんのかぁ?」
学生にとって一番嫌な『テスト』という単語を呟き、ニヤリと口の端を上げる。
こういう話題を取り上げたとき、どの先生も嬉しそうに笑うのはどうしてだろう。
私達が苦しむ姿を見るのがそんなに楽しいのかな。
すごく意地悪だと思う。
案の定、えーとか。嫌だーとか。
不満な声の上がる中、私は他人事のようにぼんやりとクラスメイト達を見つめていた。
「これから試験の日程表を配るから、各自しっかり勉強しておくように!」
ぶーぶー文句の行きかう中、日程表が配られる。
回ってきたプリントをぼんやりと見つめながらため息をついた。


「あー…、園田!」
ふいに先生に呼ばれて顔を上げた。
「日程表を日下部に届けてやってくれんか?」
教壇の上から新垣先生が、ヒラヒラとプリントをかざして私を呼んだ。
「あ…はい」
重い腰を上げて立ち上がろうとしたとき。
フッと、影が横切った。
「それだったらオレが」
横から蒼吾くんが割り込んできて、教壇の前に立った。
「近所だから渡しときます」
「そうか? 悪いな」
届けてくれるならどっちでもいいんだ、と言わんばかりに。
先生は蒼吾くんにプリントを手渡した。
取りに行こうと立ち上がった私は、行き場を失くして立ち往生してしまう。
ぼんやりと突っ立てると、席へ帰る蒼吾くんと目が合った。
気まずくて私は乱暴に視線を外した。

フッって。
机に影ができて、蒼吾くんがすぐ側で足を止める。
「アイツんち。すぐ近くだからオレが持って行くよ。インフルエンザなら行っても会えないだろ?」
私に確認するように呟く。
「園田だとひと駅通り越さねぇといけねぇし、どうせ会えないならオレでも園田でも変わりないし」
「でも…」
凪ちゃんに会いたい。
体、大丈夫なのかな。
精神的にも参ってるんじゃないかな。
凪ちゃんのおばさん仕事してるし、ひとりで大丈夫なのかも心配。



「気になるなら、メールでもしてやれば?」
「……うん…」
「…じゃ。オレが持って行っとくから」
短くそう告げると、クラスメイトに呼ばれて蒼吾くんは行ってしまった。


パチンと携帯を開けて、メールを打つ。
でも言葉がみつからない。
凪ちゃんとはあの日から会ってない。
私を抱きしめた蒼吾くんの肩越しに見えたのが最後。
それっきり。


すごく悩んで。
いっぱいいっぱい考えて。
やっと打てたメールは『大丈夫?』のひと言。
たった3文字の言葉なのに、送信するまで随分かかった。



でも。
返事はなかなか返ってこなくて。
休み時間のたびに、携帯を開けてみても着信ゼロ。
学校にいる間、その日は一度も携帯が鳴ることはなかった。

夕刻にやっと携帯が震えた。
私は慌ててポケットから取り出して、震える手で携帯を開く。
受信は凪ちゃん。
大きな液晶画面にひと言、『ごめんね』って。

それはなにについてのごめんねなの?
心配かけてごめんね?
それとも。
蒼吾くんや佐倉くんのことを含めてのごめんね?
聞きたいことはたくさんあったけど、弱虫な私はそれ以上深く聞くことができなかった。
何もかもが宙ぶらりんのまま。
凪ちゃんはしばらく学校に来なかった。





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魔法のコトバ  Season10 comments(4) -
魔法のコトバ*  Season10 気持ちが動く瞬間-3-
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Season10  気持ちが動く瞬間-3-

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玄関を開けると冬の匂いが鼻をついた。
吐いた息が真っ白に変わる。
気だるい体にすうって冬の空気が入り込んで、頭の芯がジンとした。
体がしゃんとする。
この日の朝は氷点下を記録するぐらい寒くて。
鼻の頭や耳が、真っ赤になりそうなぐらい寒いのに。
蒼吾くんはずっとそこにいた。
──────いつからそうやって待ってたの?



門扉にもたれる大きくて広い背中。
でっかい背中を丸めてポケットに手を突っ込んで。
息を吐くたびに真っ白に変わる吐息のさまをぼんやりと見つめる。

広い肩幅。逞しい胸。
あの大きな腕で私を抱きしめた。



『──────ずっと好きだった』

そう言って。





こういうのは慣れてない。
告られる経験なんて今まで一度もなかったから。
こういうとき、どうすればいいんだろう。
いつも凪ちゃんの向こうに見えてた蒼吾くん。
凪ちゃんが好きな蒼吾くん。
彼の気持ちに応えることなんて、できるわけがない。
それに私はまだ。
佐倉くんのことが忘れられないのに。





「はよ」

玄関前で動けない私を、蒼吾くんが振り返った。
鼻の頭が寒さで真っ赤だった。



「……おはよう…」

一度俯いてしまったら、顔が上げられない。



「……ごめんな。朝っぱらから押しかけて。迷惑だってわかってたんだけどお前、倒れちゃうし、ずっと気になってて……。とりあえず元気になったみてぇで、よかった」
安心した柔らかい声が鼓膜を揺らした。
「後ろ。乗ってくか?」
そんなこと、できるわけがない。
蒼吾くんの自転車の後ろになんて。
私は大きく首を横に振った。
「そっか。……無理だよな。ゴメン」
「………」
「あのさ、園田。頼むから……、逃げるのだけはもうやめてくれよ? あれ、マジ辛いから」
蒼吾くんが困ったように笑った。
この人は私の性格をよく知ってる。
弱虫で、困難に立ち向かうとすぐに逃げちゃうような私の性格を。
よくわかってる。


「凪ちゃん、は……?」
あれからどうしたの?
背中越しに見えた凪ちゃんの泣きそうな顔が頭からずっと。ずっと。離れない。


「園田を保健室に連れて行ったあと、アイツもちゃんと帰ったよ」
「そう…」
「園田のこと、すげぇ心配してた」
「……」


私が倒れたとき、いつも最初に見えたのは凪ちゃんだった。
心配そうに綺麗な顔を曇らせて、ずっと側についててくれた。
目が覚めたとき、「大丈夫?」って優しく笑いかけてくれる凪ちゃんの顔を見たら、いつも安心できた。
元気になった。
凪ちゃんはいつだって私の側にいて、支えてくれた。
助けてくれた。
かけがえのない大切な大切な友達。
なのに。
私は彼女を傷つけてしまった──────。






「……園田。アイツ、知ってるから。オレが、お前を好きなこと」



「……え?」



「最初から知ってたんだ、アイツ。もう……小学校のときからずっと──────」








なに、それ。
ずっとって、なに?
知ってたの? 凪ちゃん。
蒼吾くんが、私を好きなこと。



私、頑張れって。
凪ちゃんにいっぱい頑張れって、言っちゃったのに。
彼女はどんな気持ちで、その言葉を聞いてきたんだろう。
私は知らず知らずのうちに、どれだけ凪ちゃんを傷つけた?
熱いものが込み上げて、瞳に涙の膜が張る。
ますます顔が上げられなくなって、私は地面をじっと見つめたまま唇をひたすらに噛締めた。




「──────オレ、もう遠慮するのやめたから。お前にも、日下部にも。もう、遠慮しない。それを今日、言いに来た」

弾かれたように顔を上げた私に。
蒼吾くんが容赦なく、真っ直ぐな視線を投げかけてくる。
胸が痛かった。







「……ごめ…ん…」


私は。
蒼吾くんの気持ちには応えられない。
凪ちゃんの手を離すことなんてできない。




「……ごめんね、夏木くん…。…ごめんなさ、い……」



「そのごめんは、何に対して謝ってんの?」




冷たい声が聞こえて。
ドクリ、と胸が突き上げた。


「今、園田が日下部と佐倉のことで頭がいっぱいなのは知ってる。オレのことなんて、考える余裕がないのもわかってる。でも。そんなに簡単に答え出すなよ……!」
ジャリって。
乾いた地面を踏みしめる音がして、私は小さく身を震わせた。
蒼吾くんの気配をすごく近くに感じて。
あのとき、私を抱きしめた体温を思い出して、体が勝手に強張ってしまう。






「…だって…。だって…っ! 凪ちゃん、夏木くんのこと、ずっと好きだったんだよ……!?」


怖くて。
真っ直ぐにぶつけてくる蒼吾くんの気持ちが痛くて、辛くて。
瞬きをしたらこぼれ落ちそうな涙を堪えて。
きゅっと唇を噛み締めた。








「────ずっと、ってなんだよ?」



俯いた視界に。
コンバースのスニーカーが見えた。





「日下部がずっとっていうんだったら、オレだってそうだよ。園田のこと、ずっと好きで好きで。すげぇ好きで!!
お前が転校した後もずっと忘れらんなくて、佐倉のこと好きなのわかってても諦められなかった!
やっと気持ちを伝えられたって、こっからだって思ってんのに……っ」

「──────夏…っ」


ぐいって。
腕が掴まれた。
そのまま強く引き寄せられて、すごく間近に蒼吾くんが見えた。
ビクリと私の体が強張ったのがわかって。
蒼吾くんはそれ以上、距離を寄せない。
でも。
すごく近くて。
両腕を捕まえた手が熱くて。
手のひらから伝わってくる気持ちが痛くて。
私は乱暴に顔を逸らした。
捕まれた腕の力が、一層強くなる。


「……日下部、日下部って。お前の気持ちはどうなるんだよ?
日下部に依存して、他人に気遣って。オレ、ずっと嫌だった。屋上で日下部の気持ちを知られたときから。お前はそうやっていつも簡単に境界線を引いちまう。
お前だって傷ついたんだろ? 佐倉が日下部にキスしたの見て」



「…それ、は…──────」



思い出したくなんてないのに。
さっさと色あせてしまえばいいのに。
忘れたい記憶ほど、鮮明に脳裏に焼き付いてしまう。
佐倉くんの気持ちが凪ちゃんに向いてるのは、とっくにわかってたはずなのに。
急に突きつけられた現実は容赦なかった。
それを受け入れられることはできなかった。
だから。
あの場から逃げ出した。







「まだ好きなんだろ? 佐倉のこと。諦めたとか吹っ切れたとか……、嘘つくな…っ」



蒼吾くんの言葉に何も返せなかった。
言葉が出てこない。
ただ代わりに。
涙がパタパタと溢れた。






「それでもオレ、諦めねえから。お前への気持ち、そんなに簡単じゃねぇから────!」




掴まれた腕が痛くて。
蒼吾くんの真っ直ぐな気持ちが痛くて。熱くて。
ただ涙が溢れて溢れて、止らなかった。






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魔法のコトバ  Season10 comments(0) -
キャラクター投票*結果発表**
2月20日から開始しました『魔法のコトバ*』キャラクター投票。
昨日を持ちまして、無事終了いたしました。
たくさんのご投票ありがとうございました!!



結果発表はこちら下向きにてどうぞ。タララ〜ン♪♪





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更新とお知らせ comments(0) -
魔法のコトバ*  Season10 気持ちが動く瞬間-2-
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Season10  気持ちが動く瞬間-2-

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「──────ましろ、大丈夫?」
次に目を開けたときは、うっすら東の空が白んでいて。
ママが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「学校、行けそう?」
優しく問いかけながらカーテンを開けた窓の向こうから、冬のまどろむような淡い光が目に飛び込んできて、突然の眩しさに目を瞑った。


一晩で気持ちの整理ができるほど器用じゃない私は、気持ちが追いつかない。
凪ちゃんに。
佐倉くんに。
蒼吾くんに。
どんな顔をして会えばいいのかわからない。
またお腹がチクリと痛んで、私は膝を抱えて顔を埋めた。
「じゃあ、学校にはお休みの連絡しておくから」
ふぅ、ってママのため息が頭の上から聞こえて。
優しい手が背中に触れた。


私はいつも逃げてばかりだ。
弱くて、意気地がなくて、泣き虫で。
そんな自分が嫌だって思うのに、その性格はそう簡単には変えれそうもない。
一度開けたカーテンを閉めようとしたママが。
「あら……?」
何かに気付いたように手を止めた。
「ましろ、ちょっと」
手招きをされて、気だるい体を起して、南側に面した大きな白い窓から外を覗いた。



うちの玄関の前。
遠慮がちに端に寄せられた自転車の横。
門扉にもたれて突っ立ってる男の子が見えた。
斜めがけにした大きなスポーツバッグに短髪の頭。
でっかいマフラーをぐるぐる首に巻いて、体格のいい背を丸めてポケットに手を突っ込んで突っ立ってる。
ドクリと心臓が音を立てた。






蒼吾くんだ。どうして………。





「知ってる子?」

ママが聞く。



あの短い頭も、大きな背中も。
綺麗な藍色の自転車も。
よく知ってる。
あの温かくて大きな手のひらで私を抱きしめて。
でっかく太陽みたいに笑う口元をきゅっと結んで。
グランドの端まで届くような大きな声が、泣きそうなくらい切なさを乗せて。
私に言ったんだ。




『────────オレ、お前が好きだ。もう、ずっと前から────』






思い出したら、体の熱が一気に上昇した。
どうしよう。
どうしよう。
なんで?
どうして、蒼吾くんがこんなところにいるの?
私はへなへなとその場に座り込んだ。


「あら、やっぱり…。見覚えあると思ったら」
窓からじっと見下ろしていたママが、ぺこりと頭を下げた。
「あのときの男の子! ほら、ましろと同じ桜塚小学校だった……!」
知ってるよ、ママ。
だって同じ高校の制服着てるもん。
知らないわけないでしょ。
「ずっと待ってたのかしら…」
心配そうに頬に手を当てながら、下を覗き込む。
なんか。
嫌な予感がした。





「中、入ってもらおうか?
だってましろを待ってるんでしょ? 彼氏じゃないの?」


嬉しそうに顔をほころばせながら、明るいトーンで私を振り返る。
嫌な予感って、なんでいつも的中しちゃうんだろ。



「いつから待ってたのかしら?
ママ、先に下に降りて彼に入っててもらうから、準備してなさい」
「ちょっと待ってよ」
「着替えないの? それだったら、何か上に羽織った方がいいわよ」
パジャマのままじゃちょっとね、って。
ベッドの脇にたたんであったカーディガンを手渡した。
「もう随分前から待ってる感じじゃない。ましろを待ってて風邪引きました…なんてことになったら、ママいやよ?」
いやよ、って。
そんなこと私に言われても困るのに。
「部屋に上がってもらう?それともリビングがいいかしら?」
珍しい男の子の来客に嬉しさを隠せないママは、テキパキと片づけを済ませる。
普段はおっとりのんびりなママなのに、こういう時ははりきっちゃう。
頭が痛い。

「ほらほら。早く着替えて」
「ちょっと……、ちょっと待ってよ、ママ!」
「あまり長く待たせてると、愛想つかされちゃうわよ?」
「夏木くんはそんなんじゃないから……っ」
「あら。夏木くんっていうの? たしかそんな名前だった気がするわね」

私の気持ちも露知らず、のんきな声を上げるママが、このときばかりは本気で憎らしかった。




「………帰って、もらってよ…」

どんな顔して会ったらいいのかわかんないのに。
気持ちの整理なんて、まだできていないのに。


「あらあら。喧嘩したの? それならなおさら入ってもらわなくちゃね? 時間が経てば経つほど、仲直りってしにくくなるのよ」
ほら早く、と急かされた。
「じゃ、先に玄関まで入っててもらうからね?」
急ぎ足で部屋を出ようとするママを思わず大きな声で呼び止めた。




「ママっ」
「なぁに?」




「…私、学校行くから。準備して、ちゃんと降りるから。だから待って──────!」






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魔法のコトバ  Season10 comments(2) -
魔法のコトバ*  Season10 気持ちが動く瞬間-1-

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Season10  気持ちが動く瞬間-1-

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人が人を好きになるきっかけなんて。
ほんの些細なことだと思う。



私が佐倉くんを好きになったきっかけは、どうだったかな?
たぶん。
きっかけはあのひと言。


『好きな人には笑っていてほしいだろ?』




あのコトバで私は魔法にかかってしまって。
佐倉くんを好きになった。
言葉の裏に込められた彼の気持ちを大きく勘違いして。
好きの可能性を自分にかけた。
きっかけなんて、ほんの些細なことだった。
でも。
一度走り出してしまった気持ちはどんどん加速して、膨らんで、どうしようもなくて。
気がついたらもう、止めることなんてできなかった。

目を閉じればいつも思い出す。
柔らかいトーンの優しい声。
春の陽だまりみたいなあたたかい笑顔。
キャンバスに向かう横顔はいつも凛としていて。
細くて繊細な手が鮮やかな彼の世界を描き出す。
思い浮かべるだけで涙がこぼれて、気持ちが溢れて出してしまう想いを。
簡単に捨てるなんて出来なかった。
諦めたなんて。ふっきれたなんて、うそ。
走り出した気持ちを止めるなんて、簡単じゃなかったのに。


人が人を好きになる些細なきっかけ。
どうして蒼吾くんは、私なんかを好きになったの──────?







* 




目を開けたら見慣れたいつもの天井が見えた。
気だるい体を起してサイドテーブルの上の白い目覚ましを手に取る。
早朝5時。
外はまだ真っ暗でひんやりしてて、体がぶるりと震えた。


いろんなことが一度に起こりすぎて。
容量を超えた私の思考はパンクしてしまった。
凪ちゃんにキスした佐倉くんも。
私を好きだと抱きしめた蒼吾くんも。
その背中越しに見えた凪ちゃんも。
一度にいろんな感情が流れ込んできて。
息が出来ないくらい苦しくなった。
心が張り裂けそうなくらい悲鳴を上げて。
弱虫な私はそれを受け止めることができなかった。
辛いのはみんな同じなのに。


あとはあまり覚えてない。
ひどい腹痛で意識が遠のいて、気がついたら保健室のベッドの上だった。
先生が車で家まで送ってくれて。
すべてを洗い流すみたいに長い間、湯船に浸かって。
温かいお湯に浸かったら、また、ゆるゆると涙が滲んで、零れて。
膝を抱えてまた泣いた。
そしてあとはひたすらに眠った。

最後に見えたのは凪ちゃんの顔。
蒼吾くんの肩越しに見えた綺麗な顔がひどく歪んで、一瞬で崩れた。
ずっと大切にしていたものが、足元から音を立てて崩れていく。
そんな感覚が体中を駆け抜けて足が震えて立ってられなかった。
体が。心が。悲鳴を上げた。



そのあと、どうなったのかはわからない。





手を伸ばして開けた携帯は、着信もメールもなくて。
体の中に。
すう、って。
冷たい風が走った。






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魔法のコトバ  Season10 comments(2) -
魔法のコトバ*  Season9 初恋〜サイド蒼吾-17-
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Season9  初恋〜サイド蒼吾-17-

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翌日の放課後。
オレは屋上に呼び出された。

「話って何?」
パタパタと風にセーラーカラーとスカートの裾が揺れる。
肩にかかったストレートの黒髪を手で押さえながら、日下部がゆっくりと振り返った。
「……昨日、どうしてあんなことしたの?」
綺麗な二重の瞳が真っ直ぐにオレを見つめる。
「最初から私と守口くんを会わせるために呼んだの?」
「……アイツ、いいやつだぞ」
「守口くんがいい人だっていうのは知ってる」
「昨日、楽しくなかったか?」
「楽しいとか楽しくないとか、それ以前の問題でしょ?」
穏やかに話していた日下部の口調が、突然強くなった。

「どうして蒼吾がそんなことしなきゃいけないの? 知ってるでしょ? 私が誰を好きなのか」
今にも降り出しそうな空のように顔を曇らせて、オレに告げる。
その唇は微かに震えていた。
「余計なこと、しないで……っ」
口元をきゅっと横に結んで、日下部が乱暴に視線を逸らした。
いつも日下部はそうやって虚勢を張って。強がって。
いつだって弱いところを見せようとしない。
そんなふうにさせてんのはオレなんだって。
オレのせいなんだってわかってるけど、オレは日下部には何もしてやれない。
日下部がオレに望むことは何ひとつ、叶えてやれない。



「前にも言ったけど…オレはお前を友達以上には見れない。お前がオレのことをどう思っていようが、オレの気持ちは変わらねぇ。気持ちに答えてやること、できないんだよ。
だから……。オレを好きでいるの…、もうやめろ──────」

オレなんかより、いいやつなんてたくさんいるだろ?
頼むから。
オレはその気持ちに答えてやれないから。




「……可能性がないことぐらい、はじめからちゃんとわかってる。
だけど……っ、どうしても無理なの。諦めきれないの! 好きになってなんて我がままいわないから、せめて好きでいさせてよ? 私から、蒼吾を想う気持ちまで取り上げないで……っ!」
日下部が泣きそうな声を上げた。
「──────なんでオレなんだ? なんでオレなのか……わかんねぇよ…」
だってそうだろ?
「好きになってもらえる可能性もないのに、オレを好きでいる理由、ないだろ? オレよりいいヤツなんてたくさんいるのに」
オレのこと、さっさとやめちまえば、幸せになれる可能性なんてたくさん転がってんのに。
なんでオレなんだよ?
すごく真剣な表情で日下部が聞き返した。









「じゃあ──────、どうして蒼吾はましろなの?」


その瞬間。
湿った空に携帯音が鳴り響いた。
すぐ近くで。
たぶん俺の後ろの壁の向こうくらい。
音楽なんてあまり知らない俺でも聞いたことのあるメロディ。
ディズニー。


心臓が止まるかと思った。
でも。












「────ましろ……」





日下部が唇に乗せた名前にもっと驚いた。
心臓を鷲掴みにされたみたいだった。












……園田?


間違いであってほしいと願いながら、振り返る。
でも。
そんな浅はかな考えは一瞬で砕けて、携帯を両手で握りしめながら、真っ青な顔でこっちを見ている丸っこい目と視線がぶつかった。











うそだろ、おい…。











「………ごめんなさい…ッ。聞くつもりは…なかったんだけど……」


小さな唇が微かに震えてた。




「話、聞いてたのか…?」



こくんと頷いたふわふわした髪が揺れた。








マジかよ─────。



なんで。
どうして園田がこんなところにいるんだよ!?
一番聞かれたくない話を一番聞かれたくないヤツが聞いてたなんて。
べつにオレの気持ちを知られるのは構わない。
こういう形で伝わるのは不本意だけど、事実だ。
でも。
聞かれたくなかったのはそこじゃない。









──────── 日下部がオレを好きだっていうこと ────────。





「……勘弁してくれよ…っ!」

思きりフェンスを足で蹴り上げた。
ガシャン!と派手な音が乾いた空に響いて、金網が少し凹んだ。
その音に、園田がビクリと体を震わせる。
「そういうことだから」
苛立ちを押さえる自信がなくて、オレはその場から逃げた。
「…蒼吾っ」
泣きそうに顔を歪めて、オレを呼び止める日下部に見向きもしないで背を向けた。
そうでもしないと、行き場のない怒りを日下部にぶつけて。
また傷つけてしまいそうだった。






「───────夏木…くん……っ」

すれ違いざま、園田がオレの腕を掴んだ。
震える小さな手が、必死にオレを繋ぎとめる。

こんなときなのに、園田を意識した。
こんなときなのに、腕に触れた小さな手が嬉しくってどうしようもなかった。
こんなときなのに。
こんなときじゃなかったら───────って、思う自分が情けなくて、どうしようもない。


でも。
それは日下部を思っての園田の勇気。
普段、こんなことしないようなやつが。
『大好きな親友』の為に、泣きそうなぐらい必死で。
怖いのも全部我慢して、口元をきつく結んで頑張ってる姿を見たら。
もう、言葉の続きが怖くて……聞けなかった。







『親友の好きな人』って立場のオレを。
園田はもう絶対に好きになってくれない気がした。
絶対に超えられない境界線を引かれちまったような気がして。
押さえきれない苛立ちを園田にぶつけてしまう。







「────────お前、関係ないだろ?」



そのひと言で。
驚くぐらい簡単に、掴んだ小さな手がするりと離れた。
見上げた顔が、また下を向いてしまった。



もう絶対傷つけないって決めたのに。
園田のあんな顔は二度と見たくないって思ってたのに。
オレはまた、園田を傷つける。
砂糖菓子みたいに甘くて大切な笑顔を、オレはいつも簡単に壊してしまう。
笑顔を取り戻すためにあんなに必死だったのに。
やっとオレの目を見て笑ってくれるようになったってのに。


どうして傷つけるのは、こんなにも簡単なんだろう。








ぽつりと頬に雨が落ちた。



ほんの些細なきっかけで。
関係が一瞬にして崩れる瞬間。
オレはその後。
それを痛いぐらいに体験することになってしまった。





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魔法のコトバ*  Season9 comments(3) -
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