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春を待つキミに。 4 サイド*佐倉
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「うあぁぁぁーーーっ。
ムカつく!ムカつく!!ムカつくーーー!!!」
教室のドアを乱暴に開けて、ドカドカと苛ついた足音をさせながら
クラスメイトのひとりが、はき捨てるように言った。
安部 嵐(アベ アラシ)。
4年1組の中でもリーダー的存在のひとり。
“アラシ”という名前の通り、輪を乱す自己中男。
クラスの中でも嵐な存在。
いわばお山のガキ大将だ。
気が強くて、何でも自分が一番でないと気がすまない性質。
強いものに従え的なこの時期の男子。
クラスの半分以上は、安部に頭が上がらなかった。
「あの女、ムカつくっ!」
汗が染み込んだ体操着を乱暴に脱捨てて、安部がガンっと机の脚を蹴り上げた。
安部のすこぶる機嫌の悪さは、2時間ほど続いていた。
事の発端は、4時間目に体育の授業を控えた休み時間。
安部と日下部がもめた。
お山のガキ大将的存在の安部と、正義感の塊のような学級委員長、日下部はよくぶつかる。
といっても頭のいい日下部は、本気で安部のことなんて相手にしていない。
けれどそれが安部にとってはますます気に入らないらしく、火に油。
日下部のそっけない態度が、いつも怒りの着火材になる。
止めても無駄だと分かっているから、誰も仲裁に入ろうとはしない。
クラスの中ではすっかり日常化していた。
今日ももめた。
何が原因かはわからないけれど、どうせいつものくだらない理由。
負けず嫌いの安部はどうにかして日下部を負かしてやりたくて。
事あることにいちゃもんをつけて勝負を挑む。
はっきり言ってかなりガキ臭い。
子どもじみてる。
今回の勝負は体育の授業のバスケの試合で、どちらが多く点を入れられるかだった。
四年になってミニバスケットボール部に入部した安部。
今回の勝負は自信満々だったのに。
それは自信と共に覆されて、あっさりと負けた。
カッコ悪すぎる。
しかもこの期に及んで「今日は調子が悪かったんだ!」とか「腹へってて力がでなかったんだ!」とか。
言い訳にしては見苦しい悪態をついた。
「調子が悪かった?お腹減ってた?そんなの言い訳。
大体、男子と女子の差のハンデがあるんだから、たとえ調子が悪かったとしてもそれぐらいカバーしなさいよ。ミニバス経験者のクセに」
と決定的な大ダメージを与えられて、あえなく撃沈した。
結局、負けるのはいつも安部だ。
彼女に口で勝てるはずがないのに。
顔を寄せられて、相変わらずのきりりとした綺麗な目にすごまれて。
結局は何も言えなくなってしまう。
いつものパターンだ。
あの綺麗な顔を寄せられて、動揺しない男なんていないと思う。
「ばっかだな、安部。日下部に勝てるわけないだろ?」
呆れたような声が耳を掠めた。
鮮やかなターコイズ色のGAPのパーカーに袖を通しながら、蒼吾が安部を振り返った。
「日下部を負かしたいってお前の気持ちもわかるけど、無理だろ。悔しいけど、全てにおいてアイツの方が上なんだよ。付き合いの長い俺でさえ、アイツにほとんど勝った事がねェんだ」
「うっせー!んなの、やってみなきゃわかんねぇだろ」
「やってみた結果がそれだろ?…ていうか安部。ほんとにミニバス部?」
笑いを含んだ声で、蒼吾が質問を投げかけた。
教室の隅からクスクスと笑い声が上がる。
「始めたばっかなんだよ!これから上手くなるんだっ」
「才能、ないんじゃねぇの?」
「バッカ言うな!この前受けた運動能力診断、評価Aだったんだぞ!」
自信満々に安部が踏ん反り返った。
「へぇ〜」
「あべっち、すごいじゃん〜!」
とクラスで上がったヨイショの声に、気を良くした安部は。
「イニシャルもAAでトリプルAだ!」
訳もわからないことを自慢した。
何だよ、その意味の分からない解釈は。
「…ああ…。安部(Abe)・嵐(Arasi)・アホ(Aho)?」
蒼吾が失笑混じりに言葉を落とした。
クラスがどっと沸いた。
あまりに的を得た発言に、思わず俺も吹いた。
「うっせー!うっせぇ!!黙れってっ!!」
憤怒した安部が真っ赤になって叫んだ。
「もとはといえば、蒼吾!お前がフリースロー外すからだろっ!勝負、かかってんだ。真剣にやれよ!」
「別に俺は関係ねぇんだからいいだろ。ミニバス部でもねぇんだし。失敗ぐらいするさ」
軽く受け流した答えに、ギロリともの凄い形相で安部が睨み返した。
「知ってんだぞ。俺」
「は?何が」
「お前がフリーで入らなかったのは、園田に気ィ取られてたからだろ?」
水筒代わりにペットボトルを凍らせた麦茶をがぶ飲みしていた蒼吾が、思わず喉を詰まらせた。
ゴホゴホと派手に咽返る。
先のバスケの試合で、ましろちゃんが突き指をした。
隣のコートで試合をしていた蒼吾は、ちょうどフリースローの真っ最中で。
狙えば8割ぐらいは入るであろうシュートも、それに気を取られたおかげで、からっきし入らなかった。
残り時間1分前で5点差。
そのフリーの2本が入っていれば、逆転の可能性もあったかもしれないのに。
蒼吾があっさりシュートを外してしまったことで、チームには負けのムードが漂った。
そして誰もが思った。
やっぱり安部は日下部には勝てないんだ、と。
「べ、別に…っ。試合に勝ったって負けたって、安部のシュート数は日下部に負けてたんだろっ」
痛いところを指摘されて、蒼吾が珍しく噛み付いてきた。
普段なら笑って流せる言葉も、ましろちゃんの事になるとムキになる。
彼女は蒼吾の着火材だ。
「早く告れよ、バカ蒼吾。うぜっ」
「告るか!アホ!」
ふて腐れた横顔が、きゅっと悔しそうに唇を噛み締めた。
安部はそれを見逃さない。
「ああ…。お前、園田に嫌われてんだもんな〜」
哀れんだ目でおもしろそうに安部が笑った。
「放っとけ。…誰のせいだよっ」
悪態をついて、振り返りざまに蹴りを入れる。
安部がおうっと大げさに声を上げて、それをよけた。
立場が逆転したのか余裕ありげにケラケラと笑う。
「お前、今、告ってもぜってー振られるって」
「…んでだよ」
「園田が好きなのは、佐倉だろ」
突然、話を振られてクラス中の男子の視線が俺に集まった。
好奇心に満ちた視線が突き刺さる。
…勘弁してくれよ。
「ぶっちゃけ、どうなんだよ。佐倉〜。園田だけ、名前で呼んじゃってるもんな。実は好きなんじゃねぇの?」
注がれるクラスメイトの視線は興味津々だった。
ペットボトルの麦茶をがぶ飲みしていた蒼吾の手が止まって、真剣な眼差しが俺を捕らえた。
どうなんだよ、と。真っ直ぐに視線を投げかけてくる。
クラス中が俺に注目する中で、ペットボトルの中で溶けた氷が、がらんと音を立てた。
好き、とか。嫌い、とか。
どうしてそればかりにこだわるんだろう。
『好き』だなんて、そんな厄介な感情。
今好きだからといって、一生寄り添うわけでもないのに。
ましてや他人の色恋沙汰なんて、どうでもいいだろう。
まともに取り合うのが面倒になってきた。
ましろちゃんを好きだと言ってしまえば、この場は丸く納まるのだろうか。
「…自分の事ばかり話してるような女子よりは、ましろちゃんの方が控えめで可愛いと思うけど?」
おおー、と。
予想通りの反応が返って、教室が大きくざわめいた。
「すげー!佐倉。ライバル宣言かっ!?」
「蒼吾、勝ち目ねーだろっ!かっわいそーー!」
この年頃の俺らにとって、堂々と特定の女子を褒めるのは、かなりの勇気を必要とする。
ましてや褒めるという事は、イコール『好きだ』と解釈されても仕方がない。
「────佐倉は、園田が好きなのかよ?」
ふて腐れた表情で蒼吾が低い声色を漏らした。
ざわめいていた空間に、シン…と。
何ともいえない気まずさが漂った。
「…安心しなよ。別にましろちゃんが好きなわけじゃないから」
俺の口から漏れた言葉は、気まずさの極地にあった空気を更に凍らせた。
蒼吾が目に見えて不機嫌になったのが分かった。
「どういう意味だよ…」
「…別に。」
視線を逸らした俺の耳に届いたのは。
ガタンッ、という派手に椅子が倒れる音。
>>To Be Continued
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