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この恋、根気勝負 サイド*蒼吾
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園田がうちに来たのは3度目だ。
一度目は二件隣にある日下部の家に来た帰り。
もちろん日下部付きで。
奥手な園田の為に、日下部が気を利かせてきっかけを作ってくれた。
2度目は久しぶりに一緒に帰った学校帰り。
オレがよく、鼻歌混じりに口ずさんでいるCDを借りに寄った。
「玄関先でいいよ…」なんて。
遠慮がちに笑顔をこぼして、園田は家へ上がろうとはしなかった。
だけど。
我が家のうるさい姉貴に見つかって、つかまって。
結局、夕飯まで食べて帰った。
オレのカノジョなのに、アイツらに独占されるのは少々しゃくだったけど。
妹や姉貴達のくだらない世間話に耳を傾けながら、嬉しそうに笑っている園田を見てると、こういうのも悪くねぇなって、しみじみ思った。
うるさく賑やかないつもの食卓の中に園田がいるのって、すげぇ不思議。
口数は少ないけど、どんな些細な話題にでも耳を傾け、ひとつひとつの話に驚いたり、笑ったり、相づちを打ったり。
表情のくるくる変わる素直な園田の事を、姉貴たちはひどく気に入ったらしい。
引っ込み思案で、人見知りは激しいけどさ。
心を許した人間に対しては驚くほど表情が豊かなんだ、園田は。
そんな家族とのやり取りを見てると、自然に顔が緩む。
それを誰にも気付かれないように頬杖を付いて眺めた。
ニヤニヤと表情の緩みっぱなしの情けないオレを。
園田にも家族にも、絶対、見せらんねぇ。
姉貴たちに弱みをにぎられるなんて、もってのほか!
自分のカノジョを気に入られて、褒められて。
もちろん悪い気はしねぇ。
だけど。
「あんないい子が蒼吾の彼女なんて。アンタには勿体無いわ」
みんなが口をそろえて言う。
わかってんだよ。
そんなこと、オレ自身が一番よく自覚してる。
「外、すっごく暑かったよ」
ノースリーブの袖から見える園田の腕は、夏とは思えないほどに白く華奢だった。
器用にねじってまとめた夏髪。
白い首筋がちらちらとオレの視線を誘う。
制服とは違う妙な色気と清々しさが漂って、気を抜くと口元が弛む。
「あのね。アイス買ってきたの。一緒に食べよう?」
差し出されたハーゲンダッツの紙袋。
園田が夢で食べていたのと同じ苺のアイスが、ちょこんと、その存在を主張するかのように入ってやがる。
ちょっと待て。
どこまでが夢で、どこからが現実?
っていうか、これって正夢!?
実はオレ、予知夢の才能がありましたーって…?
あまりにも出来すぎだろ!
右の頬を軽くつねってみる。
イテェ。
「蒼吾くん?」
オレの不可解な行動に園田がきょとんと目をまん丸にして、上目使いに首を傾げた。
やべ。
今日、押さえる自信───ないかも。
「とりあえず食おっか」
炎天下の中、歩いてきた園田の頬は火照って真っ赤。
そんな彼女を促して、縁側へと誘う。
打ち水をした後の縁側は、ちょうど影に入り込んでいて風が吹くと涼しくて。
クーラーのないオレの部屋より、よっぽど気持ちがいい。
程よい湿った風が、風鈴をチリンと鳴らす。
「ん」
残ったアイスを冷凍庫に入れるついでに台所から取ってきたスプーンを園田に手渡した。
テイクアウト用のスプーンじゃ、どうも食いづらい。
「ありがとう」
嬉しそうに受け取った園田が選んだアイスは、案の定、苺で。
妙な期待にオレの心をそわそわさせる。
「美味しいね」
隣で無邪気に園田がアイスをほお張った。
甘さと冷たさに、表情が緩みきってる。
最上級に甘い園田の笑顔だ。
オレと同じく甘いものが大好きな園田は、こういうもんを食ってる時、すこぶる幸せそうな顔をする。
どんなに美味いもん食ってんだ?って、味見してみたくなるような顔。
見てるこっちの方が甘さにとろけそうだ。
「…なに?」
あまりにもオレがじっと見つめるもんだから、園田が不思議そうに首を傾げた。
「うまそうに食うなと思って」
「だって。美味しいんだもん」
ふにゃりと満足そうな笑顔が可愛い。
「あ…もしかして…。蒼吾くんも苺のアイスがよかった?
とっかえっこしようか?」
まるで小さな子どもにでも言うみたいに無邪気に微笑んで、園田がカップを差し出した。
くりんとしたまぁるい目に、オレの姿が映りこむ。
「園田」
オレは軽く身体を折り曲げて、下からのぞきこむように視線を合わせた。
「うん?」
カップを差し出したまま首を傾げた園田の手を引き寄せて、軽く唇を押し付ける。
重ねた唇は、甘く冷たく。
園田が食べていた苺のアイスそのまんまの味がした。
もっと深く味わいたい気持ちを押さえて、軽くキスしただけで園田を解放してやる。
自制心が効かなくなる前の予防線。
不意打ちを喰らった園田の丸っこい目が、ますますまんまるに見開かれて、一点にオレを見つめた。
キスした拍子に落ちた横髪が一筋だけ、頬に掛かる。
「髪まで食っちまいそうだな」
頬に掛かった髪を取ってやる。
その瞬間、園田の頬がぱあっと朱に染まった。
カップを差し出したままの格好で、固まってしまう。
こういう素直な反応が、すげぇ可愛い。
だけど、逆に拒絶も素直で。
嫌な時は、全身でオレを否定する。
子どもみたいに顔をくしゅくしゅに歪めて、泣きそうな顔で。
この前、屋上で押し倒した時みたいにさ。
見てるだけで満足していたあの頃とは違う。
華奢な腕を捕まえて、細い身体を抱きしめて。
ふっくらした桃色の唇にキスすることも今のオレには可能なわけで。
だけど。
“いつでもできる”が、“いつしてもいい”に繋がらないから厄介だ。
触れたいけど、泣かせたくはない。
ひとつづつ、一歩ずつ、確実に。
そうやって園田との距離は縮めていくしかない。
「───蒼吾」
背後から降ってきた声に、オレと園田はビクと身体を縮こまらせた。
恐る恐る振り返ると、トレイを抱えた一番上の姉貴が立っていた。
「お茶。淹れてきたから、ここに置いておくわね」
チラリ。
オレを睨み見た。
もしかして、見られてたのか?今の。
ていうか。
買い物行くんじゃなかったのかよ!
「あら、それ…。さっそく使ってくれてるのねぇ」
軽く耳の横でねじってゆるく留めた園田の髪。
そこに涼しげな光を反射させて輝くまぁるいガラス玉。
先週、姉貴が温泉旅行に行った時に園田のお土産に買ってきた髪飾り。
トンボ玉っていうらしい。
涼しげで清楚な藤色が、園田にめちゃくちゃ似合ってる。
「夏っぽくて可愛いから、すごく気に入ってるんです」
「ましろちゃんによく似合ってる」
「…ありがとうございます」
園田の頬が桃色に染まる。
「それじゃあ、私。今から出かけてくるから…」
何か言いたげにオレを横目で覗き見た。
…んだよ。
言いたいことぐらい、分かってるよ。
「ゆっくりしていってね」
オレに釘を刺すことは忘れず、姉貴は買い物に出かけて行った。
「お姉さん、すごくいい人だね」
園田にとったら“いい人”に違いない。
「どうしたの?」
「別に。何でもねーよ」
「うん…?
そろそろ勉強しようか?」
食べ終えたカップを丁寧にふたつ重ねて、園田がトレイを持ち上げた。
ワンピースの胸元から覗く園田の肌の白さに、やまさしを感じて、思わず視線をそらす。
ヤバイよ、オレ。
めちゃくちゃ意識しすぎ。
「蒼吾くん? 行こ?」
園田が甘い笑顔で振り返った。
「な。園田…。今日、やっぱり図書館で勉強しねぇ?オレの部屋、クーラーないんだ」
あーあ。
血流盛んなお年頃って、ヤダね。
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