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必然な再会 サイド*ましろ
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部活帰りの放課後。
校門で他校の集団に出くわした。
緑のネクタイと、左腕に『T』のイニシャルの入ったエムブレム。
駅前にある私立校『常盤大付属高校』の生徒だ。
校章の入った大きなスポーツバッグに、バスケットシューズ。
練習試合でもあったのかな?
部生らしい掛け声で解散して、それぞれが銘々に茜空に散って行く。
私立校の制服ってやっぱり可愛い。
昔ながらのセーラー服のうちの学校とは大違い。
ネクタイを締めてるだけで、同じ高校生なのに大人っぽく見えちゃう。
あの人、背。高いなぁ。
蒼吾くんがバスケ部だったら、背が高いから都合がよさそうなのに…。
なんて。
ぼんやりとそんな事を考えながら、その横を通り過ぎようとした時。
「園田!」
その中のひとりが、私を呼び止めた。
思わず足を止めて振り返ったけど、後方には常盤大付属の集団がいるだけ。
うちの制服を着た顔見知りの影はない。
「あれ…?」
気のせいかな。
そう思い直して、駅の方へ足を向けた瞬間。
ぐっと腕を掴まれて、後方へ引かれた。
「きゃあ…っ!」
予想もしていなかった力に転びそうになって、私は思い切りその場で足を踏ん張った。
私の腕を掴んだのは、ネクタイを締めた見知らぬ男の子。
「お前、園田だろ?」
鋭い一重の目がじっと私を睨みつける。
「やっぱそうだ。間違いないや」
「…あの…」
誰?
「嵐ー!こんなことろで、ナンパすんなや!」
「バスケ部の面汚しー」
「うっせぇ! そんなんじゃねーよ! さっさと帰れ!」
にやけた顔で野次を飛ばす外野を、ふて腐れた顔で追い払って。
その目が私を真っ直ぐに捕らえた。
腕を掴んだまま、放してくれない。
「あの…何かご用ですか?」
品定めをするかのように、上から下までまじまじと見下ろす冷めた視線が、ちくちくと突き刺さる。
この目…どこかで見た事がある。
「お前、相変わらずだな。ちっとも変わってねーじゃん」
一重の鋭い目元がフッと緩んだ。
「ビクビク、オドオドしてさ。弱っちぃな。
蒼吾と付き合ってるんだって? アイツ、優しい?」
なに。この人。
どうして蒼吾くんのことまで知ってるの?
「まだわかんねーの? 鈍いね、お前。それとも…思い出したくもない?」
嫌な笑みを浮かべた顔をずいと近づけた。
私…知ってる。
この笑い方。
何かを企んでる時の最上級のたくらみ笑い。
もしかして―――。
「安部だよ、あ・べ。4年の時、同じクラスだったろ? 安部 嵐!
覚えてないワケ…ないよな?」
嫌な音を立てて、心臓が飛び跳ねた。
やっぱりそうだ。
人を見下すような冷めた視線。
鼻にかけたしゃべり方。
有無を言わせない強引な態度。
何かを企むような意味深な笑い方。
小学校時代の嫌な思い出が一気によみがえる。
「お前。いつ帰って来たの? 中学ん時はいなかったから、高校入ってからだよな?」
鼓動が不規則に跳ねて、嫌な汗が体を流れる。
「蒼吾と付き合ってんだって?いつからだよ?
お前って、てっきり佐倉の事が好きなんだって思ってたけど…あれってカモフラージュ? それとも蒼吾の押しに負けたとか? アイツ、しつこそうだもんな」
自分が過去にしたことなんて忘れたかのように、ケラケラ笑う。
堂堂としなきゃ。
安部くんは私がオドオドすればするほどおもしろがって、エスカレートしちゃう。
顔を上げなきゃ。
自信、持たなきゃ。
そう思うのに。
過去の嫌な記憶が知らず体を反応させてしまう。
胸の奥がきゅって狭くなって、息苦しい。
動悸が不規則で、うまく呼吸ができない。
「何、涙ぐんでんだよ」
そう言われてはじめて、目頭が熱くなっていることに気付く。
俯いた視界がぼやけてよく見えない。
「別に俺、嫌なこと言ってねぇだろ?」
頭の上から不機嫌な声がした。
じゃり、と。
地面を踏みしめる乾いた音がして、顔を上げなくても安部くんが近づいたのがわかった。
「別に今さら、お前のこと苛めたりしねーよ。ガキじゃねーんだし」
「………」
「な?」
「……」
「何だよ…蒼吾もお前も!」
安部くんが苛立ったように声を荒げた。
「いつまでも被害者気取りかよ? こっちだってな、迷惑したんだよ! お前のせいで! キス事件の後、担任にこってり絞られたんだからな! 親まで呼び出されて!」
でもそれは安部くんが悪いからでしょ?
自業自得だよ。
「日下部を筆頭に女子には非難されるし、俺だけ悪者扱いだし。
たかがキスぐらいで事を大げさにすんな!」
たかがキス?
蒼吾くんのおかげで安部くんの企みは未遂に終わったけど。
もし、蒼吾くんが庇ってくれなかったら?
初めてがもし、安部くんとだったら?
私、一生トラウマだ。
きっと立ち直れない。
悔しくて。悔しくて。
俯いたまま、ぎゅっと唇を噛み締めた。
「黙ってないで、少しは何か言えよ! お前見てるとイライラするんだよ!」
過去のことでどうして私が責められなきゃいけないの?
安部くんが悪いくせに。
逆ギレもいいところ。
「なあ。そんなんでお前、蒼吾とうまくいってんの? 何かあるたびに俯いて、涙ぐんで。泣けばすむって思ってるだろ?」
そんなこと、思ってない。
泣いて事を解決するのは、ずるいことだってわかってる。
俯くのはもうやめたの。
顔を上げよう、もううじうじするのはやめようって決めたのに。
過去の苦い思い出のせいで。
この人の前では、萎縮してしまう。
「俺が彼氏だったらそういうの、うぜぇ。重い」
安部くんの言葉は容赦ない。
人を傷つけることなんて何とも思わない人だから。
「…安部くんには…関係ないでしょ…」
「関係ねぇよ! でも、お前がそうやってうじうじしてっと、イライラするんだよ。また昔みたいに、苛めてやりたくなる」
弱いものをじりじりと追い込むみたいに、安部くんが近づいた。
とっさに身の危険を感じて身体を引いた。
でも。
そんなの安部くんにはお見通し。
私が距離を取るその前に腕を掴んで、力任せに引っ張った。
「…あ…!」
精一杯の力で踏ん張ったのに、力ではかなうはずもなくて。
安部くんの体に倒れ込むような形になった私は、反射的に目を瞑った。
「なあ。蒼吾とはもう、ヤっちゃったの?」
安部くんが耳元で囁いた。
カーッって顔が赤くなる。
どうして安部くんってこうなの?
私が嫌がることをわざとに言って、反応を見ておもしろがる。
イジワルや嫌がらせばっかり。
イライラするほど私がキライなら、相手にしなきゃいいのに。
構わなければいいのに。
「蒼吾とどこまでいってんだよ? キスだけで満足…なんて、ガキみたいなこと言うなよ? 今時、中坊でもそんなこと言わねぇぞ」
私の腕をきつく掴んで、距離を詰める。
納得のいく返事を聞くまで放さないつもりだ。
「安部くん…! 痛い…っ。放して…!」
「やだね」
すっごい意地悪な笑みを浮べて、私に顔を近づけた。
恐怖を感じて全身が粟立つ。
「安部くんには関係ないでしょ? もう…放っておいてよ。私に…構わないで…っ」
思わず叫んだら、周囲からの視線が一気に集中した。
ヤバイと思ったのか、一瞬、掴んだ手が緩まる。
その隙に安部くんから強引に抜け出して、校内に駆け込んだ。
この時間だとまだ先生が残ってる。
グラウンドに行けば蒼吾くんだって―――。
「痛…ッ…!」
ぐんと髪を掴まれて後方に引っ張られた。
「やだ…っ! 放して…ってば…!!」
腕を掴んで引き戻されて、そのまま、腕の中に閉じ込められた。
「…や―――ッ!!」
安部くんの胸を押し返す。
何度、突き放してもびくともしない。
頬に押し付けられるように当るネクタイの結び目が痛い。
なんで?
どうしてこんなことするの?
取り乱した私を頭から抱きこんで、安部くんが耳元で囁いた。
「久しぶりに面白いモノ、見つけたんだ。そう簡単に手離すかよ」
何事かと思ってこっちを見ていたギャラリーが、ふたりの距離の近さを認識してその場から立ち去る。
なんだ。カップルの痴話喧嘩か。
そう思われたに違いない。
これも安部くんの手の内だ。
ずるい。
「逃げるなら学校じゃなくて外だろ。わざわざ死角だらけの校内に飛び込むなんて、やっぱバカだな、お前。蒼吾に助けてもらおうって思ったんだろうけど…いちいち考えが甘いんだよ!」
「…きゃあ…ッ!」
肩を掴まれて強引に壁に押し付けられた。
まるで獲物をいたぶる猫のように両手を付いて私を囲う。
「…なあ。お前んちって、桜木町の方だろ?」
顔を近づけて、安部くんが笑う。
「蒼吾の代わりに送ってってやるよ」
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