*青春ライン STEP1
「なんなの!なんなの!!あのヒトはっ!
男臭い野球部に、潤いをって言ってやってんのに!大体、マネージャーなんてボランティアだっつーの!」
力任せに握りしめたら、未開封のペットボトルがべコって凹んだ。
中庭のベンチで 力いっぱい腹の内を吐き出して、桜の絨毯を蹴り上げる。
泥にまみれた桜の花びらが軽く舞った。
「ナツ。汚いってば。やめて」
食べていたお弁当から顔を上げて、白石悠里が迷惑そうに顔をしかめた。
「だって。思い出すと腹が立つんだもん!」
「もうその話はいいって。昨日からそればっかじゃん」
心底うんざりした表情で、悠里が凹んだペットボトルをあたしの手から奪い取った。
蓋を開けたら勢いよく中身が噴き出そう。
「どうすんのよ、コレ」
「ゴメン…」
うんと睨まれてあたしは肩をすくめた。
「下心、見え見えだったんじゃないのぉ?」
悠里の隣でコンパクトミラーを片手に、自分チェックをしていた朝比奈春陽が、面白そうに笑った。
太るからって昼食はサラダだけで済ませて。
色の落ちた唇にテカテカしたグロスを乗せる。
「下心なんてないよ」
「そっかなぁ?先輩目当ての入部なんて、不純な動機じゃないのぉ?」
ちくちくちくちく。
嫌味ばっか。
悠里と春陽は入学式で隣の席になって、意気投合して。
付き合いはまだまだ短いけど、うまくやってる。
ドライでサバサバした性格の悠里と、男には媚びるクセに女同士になると直球ストレートな春陽。
オンナノコ特有の“上辺だけ”みたいな付き合いがなくて、ふたりといると本音で話せて居心地がいい。
でも。
こういう時は、もうちょっと優しい言葉を掛けてくれてもいいんじゃない?
「なっちぃ、色気が足りないからなぁ」
「マネージャーに色気なんて必要ないです!」
「でもぉ。可愛いかブサイクかってゆったらぁ、やっぱ可愛い方がいいでしょう?」
ずいっと顔を近づけて、春陽が下から覗き込んだ。
「ね?」
可愛く首を傾げて得意の上目遣い。
うっわー。
こんなキラキラした目でお願いされたら、あの頑固一直線のキャプテンでも落ちちゃうのかな。
可愛さの秘訣を伝授してもらわなきゃ。
「もしかしてそのキャプテン、こっち系じゃないの?」
悠里が掌を返して頬に手を当てた。
いわゆる“おねえ系”。
いくら最近流行りだからってさ、やめてよ。
勘弁して。
「あ〜、違う違う」
ふいに頭の上から声がして、聞き覚えのある声に心臓が飛び上がった。
この声って、もしかして…。
「よ!食ってる?」
ベンチの後ろから身を乗り出すように上から覗き込んだセンパイと目が合った。
「中庭で弁当広げて、一年はやることが可愛いよな〜」
人なつっこい笑顔にドキンと心臓が跳ねる。
「センパイ、お昼は?」
「もう食った。昼イチで体育の授業だから、これから蒼吾と着替えに行くところ。…覗くなよ?」
「覗きませんって!」
そんなことしませんよーだ!
失礼しちゃう。
「相変わらず威勢がいいなぁ、お前。
昨日、もりぞーとジンさんにこっぴどくやられてたからさ、心配してたんだけど…元気そうじゃん」
「あれぐらいじゃめげませんよ。っていうか…もりぞーって?」
誰よ?
「ああ。キャプテンの事。
森田泰三(モリタ タイゾウ)。略してもりぞー。NHKのさ、モリゾーじぃさんに似てね?」
確かに。
ぬぼーっとした外見とか、でっかい図体とか、三白眼とか?
見た目だけならかなり似てる。
「去年も今年も。マネージャーやりたいって女子が何人かいたんだけど、全部もりぞーとジンさんに追い返されてさ。結構可愛い子いたのに、もったいないよなー」
ぬ。
聞き捨てならないセリフ。
「真崎ぐらいだよ。入部届け付き返されても、諦めずに食ってかかったのって。根性あるよ、お前」
センパイはさらっと人のことを褒めて、その気にさせるのが巧い。
たとえそれがお世辞や社交辞令だとしても、その屈託のない無邪気な笑顔で言われると本気にしちゃう。
センパイの言葉ひとつで舞い上がちゃうあたしも、かなり単純なんだけど。
「…どうしてキャプテンはそんなに、マネージャーを毛嫌いするんですか?」
「別にマネージャーが嫌っつーワケじゃないよ。男マネなら即OKだろ。
サポート自体は欲しがってんだし。たぶん、女が部に入ってくるのが嫌なんだよ」
「やっぱコッチ系じゃん…」
悠里がポソッと耳打ち。
だから。
それだけは勘弁してー。
あのガタイと顔でそれだけはありえないから。
「女の子入ちゃうとぉ、規律が乱れるからでしょう?」
栗色に染めた自慢の巻き髪を指でくるくる弄びながら、春陽が上目遣い。
そりゃあ。
春陽みたいな子がマネージャーに入ったら、規律、乱れまくりでしょうよ。
「過去に痛い目見てるからなぁ、あの人ら」
「痛い目?」
「ん〜…。なあ?」
センパイが友達と顔を見合わせて苦い顔。
あ。
この人も野球部員だ。
センパイとバッテリー組んでる人。
無駄に背が高いなぁ…なんてのんきに見てたら、その人とばっちり視線が合わさって、軽く睨まれた。
何で?
「もりぞーやジンさんが一年の時、マネージャー絡みで、部員が不祥事を起こしたらしくてな」
相方さんがじっとあたしを見据えて口を開く。
「選手目当てで入部しきて。不祥事起こして。
そいつのせいで、いい線まで行ってた夏の試合が立ち消えになった」
ギク。
「こっちは真面目一直線で甲子園に向かって頑張ってんのに、不純な動機で入ってきて、めちゃくちゃにして。そりゃ迷惑な話だよな?」
ギクギク。
何だかさりげ〜に釘を刺されてるように聞こえのは、あたしの気のせい?
「不祥事って…その子、何したんですか?」
悠里が興味津々で身を乗り出した。
あたしもその辺のところ、参考までに聞いておかないと。
「当時のエースとキャッチャーと三角関係ってヤツ。
もともとキャッチャーと付き合ってたのに、エースの押しに負けて流されて、部室でナニやってたのが見つかってバレテ、大惨事」
うっわぁー。
それは泥沼。
「バッテリーはめちゃくちゃ。おまけに部室での不純異性交遊に、暴力沙汰。そりゃ、高野連の耳に入ったらおおごとだよな。考えただけでぞっとする」
大げさに体を震わせてセンパイが肩をすくめた。
「あ〜…。
部室でやっちゃあマズイよねぇ?そういうのは隠れてうまくやらないとぉ。
ね?」
何の同意を求めてんのよ、春陽は!
センパイ達、ドン引きじゃないのよぉ!!
「3年の部員にその話はタブーだから、噂でしか知らないけど。もりぞーらが女マネを嫌がる理由はたぶんそんなとこ」
春陽の話をさらっと交わして、センパイがわしゃわしゃと頭を掻いた。
夏の試合が立ち消えになったぐらいだから、話に尾びれが付いたとしても、この噂はホント。
実際、あの頑固で真面目なキャプテンがこんなにも女マネを毛嫌いするんだから、きっと事実。
こりゃ本気で頑張らないと、簡単に折れてくれそうにないなぁ。
「何、難しい顔してんだよ?真崎に限ってそんな事ないだろ?
チームが勝ち上げる為の手伝いをさせてくれなんて、生半可な気持ちじゃ言えねぇって!オレあの時、マジで感動したから!」
パタパタと尻尾を振る柴犬の幻が見える気がする。
センパイはあたしが、不純な動機で入部したいなんて、微塵も思ってない。
無邪気に人を信じて、素直で、無駄に元気で。
そういうところを好きにはなったんだけど…。
「野球を熱く語る奴が選手目当てなワケ、ないもんなっ!」
こう疑いもせず信じてもらえると、良心がちくりと痛む。
あたしがマネージャーをやりたい理由って、不祥事を起こした先代マネージャーさんと同じような動機…なんだもん。
なんだかすっごく後ろめたい。
「もりぞーやジンさんはあんなだけど…悪い人じゃねーんだ。
野球に関しては真面目で融通が利かないだけ。ああいってるけど、ホントは誰よりもマネージャーが欲しいって思ってるはずだぜ?
期待できないやつには何も言わないし、無駄なエネルギーは使わねーよ、あの人らは。
真崎なら何かやってくれそうって、思ったんだろ?」
白い歯を見せてニカッと笑う。
笑顔が爽やかすぎてクラクラする。
その笑顔ひとつで、センパイの為なら何だって出来そうな気がしてくる。
あたし、かなり重症だー。
「オレらもマネージャー欲しいよ。できれば男じゃなくて、可愛い女の子希望!
ジンさんが、マネージャーはチームの花や飾りじゃないって言ってたけどさ、でも正直なところ、力仕事は出来てもやっぱ野郎じゃ癒されないだろ?
だから真崎には頑張って欲しい。オレ。期待、してっから!」
センパイがくしゃって、頭を撫でた。
キラキラ顔を輝かせて、とびきりの笑顔を見せてくれる。
それは真夏の太陽よりも眩しくって、あたしの胸を熱く焦がす。
可愛い子希望って……。
あたしでもいいってこと?
もう。
嬉しくって死にそう。
「ナ〜ツ〜。締りのない顔。ほら、く・ち。開いてるって!」
肘で小突かれて、あたしははじめて自分がバカみたいにぼさっと口を開けてることに気付いた。
いけない、いけない。
「今のが例のセンパイ?」
チビとのっぽのデコボコバッテリーが見えなくなったのを確認してから、悠里がにやけた顔であたしを振り返った。
「うん。そうだよ」
「ふ〜ん…」
「何?」
「好きな人追いかけて受験したって聞いてたからさ、もっとカッチョイ〜イ爽やかクンを想像してたんだけど…。思ったよりもフツー。ていうか、ホントにあの人、2年なの?」
「ちっちゃいし、童顔だしさぁ。上級生っていうよりも中坊?って感じぃ〜?」
きっつぅ。
「いいの!ちっちゃくても、普通でも!ライバルは少ない方が燃えるんだから!」
「それをいうなら、ライバルは多いほうが燃える、でしょ?」
だって。
春陽みたいに可愛くもないし、ライバルを蹴散らす程の自信もないから。
それなら少ない方がいいもん。
「で?入部の条件って何だっけ?」
「寺島を野球部にスカウトしてこいって」
「…寺島って…、うちのクラスの寺島?」
「うん。その寺島」
「なんで?」
「さあ?あたしに聞かないでよ」
こっちが理由を知りたいぐらい。
「えー。やめときなよぉ。いい噂、聞かないよぉ、アイツ〜」
「知ってる」
そんなのとっくにリサーチ済み。
「じゃあやめときなってぇ。変なのに関わらない方がいいよぉ」
「そんなこと言ったって、キャプテンのご指名なんだからしょうがないでしょ?」
あたしだって。
入学早々、面倒なヤツに関わりたくない。
刺激のない高校生活は退屈だけど、スパイスは程々でいい。
でも。
それで野球部に入れるなら。
センパイに、少しでも近づけるきっかけを掴めるのなら。
やってやろうじゃないの。
乙女の恋のパワーをなめんじゃないよ!
←BACK /
NEXT→