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青春の条件 1
*青春ライン STEP2


寺島 要(テラシマ カナメ)。
野球とか、青春とか。
そういうのにもっとも縁遠い奴。
なんでそんなヤツを野球部に入れたがるのか。
全くもって意味不明。



「また遅刻かぁ?寺島ー!」
ガラッと教室後ろの扉が開いて、ひとりのクラスメイトが登校してきた。
寝坊しましたーって、言い訳が通じないくらいの大遅刻。
決まって週の初めは遅れてくる重役出勤男。
寺島 要。
もちろんその態度に反省の色は見られない。
「そんな不真面目な態度じゃあ、単位はやらんぞー?」
教師の嫌味なんてなんのその。
すみませんのひと言も、頭を下げることもしない堂堂たる態度。
もしかして、大物!?
それともただの常識知らず?
「早く座れ」
何を言っても無駄。
呆れた教師の言葉に、ドカッと席についた。


目の前がデカイ図体に遮られる。
良くも悪くも、寺島はあたしの前の席。
これも運命なのか、はたまた神さまの意地悪か。
「寺島を連れて来い」って、キャプテンに言われた瞬間。
すぐに彼の顔が浮んで消えた。
まだまだクラスメイトの顔も名前も一致しない春4月。
うちのクラスで寺島の名前を知らない人なんていない。
こうも毎週、重役登校してたら嫌でも覚える。
おまけに見た目もインパクト大。

日本人らしくない金髪。
んでもって、耳にはピアス。
首にはシルバープレートのネックレスが、その存在感を主張してて。
一言でいうと、派手。
もしかしなくても、ヤンキー君か?
それに反して行動は地味。
オレに関わんなーみたいな無言のオーラが滲み出ていて、人を寄せ付けない一匹狼。
入学してから寺島が、クラスの誰かとしゃべったり、一緒にいるのって見た事ないもん。
群れるのがキライ。
規則とか、ルールとか、集団行動とか、チームワークとか。
絶対、絶対っに、ムリなタイプ。

ガタイは…いい。
見上げなきゃいけない身長は、ゆうに170センチを超えてる。
制服のズボンを思いっきり腰履きしてるクセに、結構足の部分が長いんだよね。
走ったら意外に早そう。
細身なのに肩のラインは意外にガッチリしてて。
金髪ヤンキー君でなければ、ルックスもいい方だと思う。


いつも授業中は寝てるか、マンガ読んでるか。
今、読んでるのはROOKIES。
あれ?
意外に野球好き?
それともただの都合のいい偶然?
安仁屋みたいに、実は甲子園出場の夢を持ってましたーって?
ないない。
寺島に限ってそんなこと、ありえない。
そんな都合のいい展開は、漫画やドラマの世界でしょ。


「何見てんだよ?」
背中がしゃべった。
「それ、あたしも読んだよ」
中学時代、野球のお勉強の為に。
クラスの男子に借りて、数々の野球マンガを読み漁った。
「マンガ好きなの?それとも…野球に興味ある…とか?」
さりげな〜く探ってみたり。
「別に」
期待はずれ…ううん、想像通りのそっけない返事。
それどころか『オレに話しかけんな』的なオーラが見える。
「ねえ寺島くん、部活決めた?
うちの高校って部活動は全員入部制でしょ?」
自主性とやる気を培うとかで、やりたくなくてもどこかに所属しなきゃいけない。
「あの。野球部…入りませんか?あたしと一緒に」
「…アンタ、頭大丈夫?」
ははっ。
浮かべた愛想笑いも思いっきり乾いてる。
「何、いきなり誘ってんだよ?しかも野球部?意味わかんねー」
でしょうよ。
あたしだって何でアンタなのか、意味、わかんない。


「ねえ!寺島くんってば!」
チャイムと同時に席を立ったその背中を追いかける。
「待ってよ!寺島くん!」
人が敬意を示して君付けで読んでやってんのに。
その偉そうな態度は何なの?
あったまきた!


「ちょっと待てって言ってるでしょーっ!てらしまぁ!!」


シン…。
教室に幽霊が通った。

…じゃなくて。
あたしの大声に誰もがこっちを振り返る。
約一名、当の本人除いては。

「ち…ちょっと!寺島!!」
完全無視。
カッチーン!
「ちょっと!こっちに来てよ!」
教室を出たところで捕まえて、非常階段まで押し込んだ。

「何なんだよ、お前」
すごまれたって平気。
「だってそっちが無視するからでしょ?」
呼ばれたらちゃんと返事をしなさいって、親から習わなかった!?
「えらいドスの効いた声。そっちが素?女ってこえーな。
お前、男に生まれた方が良かったんじゃねーの?もしかしてついてる?」
何がよ!
この金髪オトコを目で殺せるのならば!と、あたしは睨みつけた。
「何の用だよ?さっさとしてくんねぇ?」
「だから。さっきの話、終わってないんだって!」
「はぁ?さっきの話?」
「その…。寺島ってガタイいいから。部活決めてないなら、野球部どうかなーって…」
「だから意味わかんねー。
所属するだけなら他にも楽な部活がたくさんあんのに、わざわざ野球部なんか入るわけねーだろ」
ごもっとも。
『部活なんかに青春、捧げるなんてカッコ悪』みたいなタイプの寺島が。
運動部の中でも練習も規則も厳し〜い野球部に、わざわざ入部するわけがない。
「ばーか。他、当れよ。オレは暇じゃねーんだよ」
気のきいた誘い文句が思いつかない。
アンタをスカウトしてこなきゃ入れないの。
センパイの側に行くための絶対条件が寺島。
アンタとアタシは運命共同体なのっ。


「待って…!」
チャンスを逃したくなくて、思わず強く寺島の腕を掴んだ。
「っざけんなよ、お前」
パシと、その手を払われる。
「気安くオレに触んな!」
冷めた目がジロリとあたしを見下ろして。
「お前のいる野球部だけはぜってー入んねーよ!勝手にひとりで青春やってろ!」
罵声を投げつけられた。
あーあ。
人生、そんなに甘くない。



「ハ〜イ。げきちーん」
「奈津は何でも単刀直入、ストレートすぎ。もう少しうまく立ち回るとか根回しとか、できないの?」
「世渡り上手になろうよぉ?なっち〜ん」
どこから見てたのか、悠里と春陽の哀れんだ声。
耳が痛い。
どうしてあたしは直球でしか勝負できないんだろう。
もう少し要領よくやってもいいのに。
「よく言えば正直者、悪く言えば考えナシのバカぁ?」
わかっちゃいるけど、春陽に指摘されるとムカつく。

「素人を勧誘するなら、魅力的な何かがないと…」
「入部してくれたらぁ、あたしを好きにしてもいいよぉとかぁ?」
「バカ春陽。節操ないこと言わないの!」
ポカンと悠里に頭を叩かれて、キャッと可愛い声が上がる。
「そうだよねぇ。あたしならともかくぅ、なっちんじゃぁ…ねぇ?」
そういう基準?
「まあ…。普通に考えてもあの寺島が、運動部になんて入るわけないよ。ましてや野球部になんて。お門違いもいいところ」
「でもぉ、そんなアウトロー君の寺島クンを入れたがるんだからぁ、何か特別な理由があってもいいんじゃないのぉ?」
「何でそもそも寺島なの?そこ、重要じゃん」
寺島獲得に向けていろいろリサーチはしてきたつもりだけど。
肝心なところが抜けてた。
寺島の過去。
中学生時代。
高校に入ってからの寺島の情報は集めたけれど、それ以前の情報がない。
だって寺島、県外受験組なんだもん。

「その条件を出したキャプテンと、もうひとりの…何だっけ?」
「ジンさん」
「そう。その人に聞いてみなよ」
「うーん…」
簡単に教えてくれそうにないなぁ。
それぐらい自分で調べろ。
それが出来ないなら入部資格ナシ!とか、強気で追い帰されそう。
「ダメもとでも聞いてみる価値はあるよ。無駄に寺島に体当たりするよりもその方が確実だって。
だって自分達でダメだったから、奈津を使って勧誘させてんでしょ?寺島を獲得する為なら向こうも協力してくれるんじゃない?」
そっか。なる程…。
あたしはいらなくても、寺島のことは欲しいんだもんね。
「何だったらぁ、あたしも一緒に行こうかぁ?」
話がややこしくなるからヤメテ。
女子力全開の春陽を押しのけて、よし!とガッツポーズ。


うん。
少しは先が、見えてきたかも。




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青春ライン comments(8) -
青春、始動! 3
*青春ライン STEP1


「なんなの!なんなの!!あのヒトはっ!
男臭い野球部に、潤いをって言ってやってんのに!大体、マネージャーなんてボランティアだっつーの!」
力任せに握りしめたら、未開封のペットボトルがべコって凹んだ。
中庭のベンチで 力いっぱい腹の内を吐き出して、桜の絨毯を蹴り上げる。
泥にまみれた桜の花びらが軽く舞った。

「ナツ。汚いってば。やめて」
食べていたお弁当から顔を上げて、白石悠里が迷惑そうに顔をしかめた。
「だって。思い出すと腹が立つんだもん!」
「もうその話はいいって。昨日からそればっかじゃん」
心底うんざりした表情で、悠里が凹んだペットボトルをあたしの手から奪い取った。
蓋を開けたら勢いよく中身が噴き出そう。
「どうすんのよ、コレ」
「ゴメン…」
うんと睨まれてあたしは肩をすくめた。

「下心、見え見えだったんじゃないのぉ?」
悠里の隣でコンパクトミラーを片手に、自分チェックをしていた朝比奈春陽が、面白そうに笑った。
太るからって昼食はサラダだけで済ませて。
色の落ちた唇にテカテカしたグロスを乗せる。
「下心なんてないよ」
「そっかなぁ?先輩目当ての入部なんて、不純な動機じゃないのぉ?」
ちくちくちくちく。
嫌味ばっか。

悠里と春陽は入学式で隣の席になって、意気投合して。
付き合いはまだまだ短いけど、うまくやってる。
ドライでサバサバした性格の悠里と、男には媚びるクセに女同士になると直球ストレートな春陽。
オンナノコ特有の“上辺だけ”みたいな付き合いがなくて、ふたりといると本音で話せて居心地がいい。
でも。
こういう時は、もうちょっと優しい言葉を掛けてくれてもいいんじゃない?

「なっちぃ、色気が足りないからなぁ」
「マネージャーに色気なんて必要ないです!」
「でもぉ。可愛いかブサイクかってゆったらぁ、やっぱ可愛い方がいいでしょう?」
ずいっと顔を近づけて、春陽が下から覗き込んだ。
「ね?」
可愛く首を傾げて得意の上目遣い。
うっわー。
こんなキラキラした目でお願いされたら、あの頑固一直線のキャプテンでも落ちちゃうのかな。
可愛さの秘訣を伝授してもらわなきゃ。

「もしかしてそのキャプテン、こっち系じゃないの?」
悠里が掌を返して頬に手を当てた。
いわゆる“おねえ系”。
いくら最近流行りだからってさ、やめてよ。
勘弁して。

「あ〜、違う違う」

ふいに頭の上から声がして、聞き覚えのある声に心臓が飛び上がった。
この声って、もしかして…。

「よ!食ってる?」

ベンチの後ろから身を乗り出すように上から覗き込んだセンパイと目が合った。
「中庭で弁当広げて、一年はやることが可愛いよな〜」
人なつっこい笑顔にドキンと心臓が跳ねる。
「センパイ、お昼は?」
「もう食った。昼イチで体育の授業だから、これから蒼吾と着替えに行くところ。…覗くなよ?」
「覗きませんって!」
そんなことしませんよーだ!
失礼しちゃう。
「相変わらず威勢がいいなぁ、お前。
昨日、もりぞーとジンさんにこっぴどくやられてたからさ、心配してたんだけど…元気そうじゃん」
「あれぐらいじゃめげませんよ。っていうか…もりぞーって?」
誰よ?
「ああ。キャプテンの事。
森田泰三(モリタ タイゾウ)。略してもりぞー。NHKのさ、モリゾーじぃさんに似てね?」
確かに。
ぬぼーっとした外見とか、でっかい図体とか、三白眼とか?
見た目だけならかなり似てる。


「去年も今年も。マネージャーやりたいって女子が何人かいたんだけど、全部もりぞーとジンさんに追い返されてさ。結構可愛い子いたのに、もったいないよなー」
ぬ。
聞き捨てならないセリフ。
「真崎ぐらいだよ。入部届け付き返されても、諦めずに食ってかかったのって。根性あるよ、お前」
センパイはさらっと人のことを褒めて、その気にさせるのが巧い。
たとえそれがお世辞や社交辞令だとしても、その屈託のない無邪気な笑顔で言われると本気にしちゃう。
センパイの言葉ひとつで舞い上がちゃうあたしも、かなり単純なんだけど。

「…どうしてキャプテンはそんなに、マネージャーを毛嫌いするんですか?」
「別にマネージャーが嫌っつーワケじゃないよ。男マネなら即OKだろ。
サポート自体は欲しがってんだし。たぶん、女が部に入ってくるのが嫌なんだよ」
「やっぱコッチ系じゃん…」
悠里がポソッと耳打ち。
だから。
それだけは勘弁してー。
あのガタイと顔でそれだけはありえないから。

「女の子入ちゃうとぉ、規律が乱れるからでしょう?」
栗色に染めた自慢の巻き髪を指でくるくる弄びながら、春陽が上目遣い。
そりゃあ。
春陽みたいな子がマネージャーに入ったら、規律、乱れまくりでしょうよ。

「過去に痛い目見てるからなぁ、あの人ら」
「痛い目?」
「ん〜…。なあ?」
センパイが友達と顔を見合わせて苦い顔。
あ。
この人も野球部員だ。
センパイとバッテリー組んでる人。
無駄に背が高いなぁ…なんてのんきに見てたら、その人とばっちり視線が合わさって、軽く睨まれた。
何で?

「もりぞーやジンさんが一年の時、マネージャー絡みで、部員が不祥事を起こしたらしくてな」
相方さんがじっとあたしを見据えて口を開く。
「選手目当てで入部しきて。不祥事起こして。
そいつのせいで、いい線まで行ってた夏の試合が立ち消えになった」
ギク。
「こっちは真面目一直線で甲子園に向かって頑張ってんのに、不純な動機で入ってきて、めちゃくちゃにして。そりゃ迷惑な話だよな?」
ギクギク。
何だかさりげ〜に釘を刺されてるように聞こえのは、あたしの気のせい?


「不祥事って…その子、何したんですか?」
悠里が興味津々で身を乗り出した。
あたしもその辺のところ、参考までに聞いておかないと。
「当時のエースとキャッチャーと三角関係ってヤツ。
もともとキャッチャーと付き合ってたのに、エースの押しに負けて流されて、部室でナニやってたのが見つかってバレテ、大惨事」
うっわぁー。
それは泥沼。

「バッテリーはめちゃくちゃ。おまけに部室での不純異性交遊に、暴力沙汰。そりゃ、高野連の耳に入ったらおおごとだよな。考えただけでぞっとする」
大げさに体を震わせてセンパイが肩をすくめた。

「あ〜…。
部室でやっちゃあマズイよねぇ?そういうのは隠れてうまくやらないとぉ。
ね?」

何の同意を求めてんのよ、春陽は!
センパイ達、ドン引きじゃないのよぉ!!


「3年の部員にその話はタブーだから、噂でしか知らないけど。もりぞーらが女マネを嫌がる理由はたぶんそんなとこ」
春陽の話をさらっと交わして、センパイがわしゃわしゃと頭を掻いた。
夏の試合が立ち消えになったぐらいだから、話に尾びれが付いたとしても、この噂はホント。
実際、あの頑固で真面目なキャプテンがこんなにも女マネを毛嫌いするんだから、きっと事実。
こりゃ本気で頑張らないと、簡単に折れてくれそうにないなぁ。


「何、難しい顔してんだよ?真崎に限ってそんな事ないだろ?
チームが勝ち上げる為の手伝いをさせてくれなんて、生半可な気持ちじゃ言えねぇって!オレあの時、マジで感動したから!」


パタパタと尻尾を振る柴犬の幻が見える気がする。
センパイはあたしが、不純な動機で入部したいなんて、微塵も思ってない。
無邪気に人を信じて、素直で、無駄に元気で。
そういうところを好きにはなったんだけど…。


「野球を熱く語る奴が選手目当てなワケ、ないもんなっ!」


こう疑いもせず信じてもらえると、良心がちくりと痛む。
あたしがマネージャーをやりたい理由って、不祥事を起こした先代マネージャーさんと同じような動機…なんだもん。
なんだかすっごく後ろめたい。

「もりぞーやジンさんはあんなだけど…悪い人じゃねーんだ。
野球に関しては真面目で融通が利かないだけ。ああいってるけど、ホントは誰よりもマネージャーが欲しいって思ってるはずだぜ?
期待できないやつには何も言わないし、無駄なエネルギーは使わねーよ、あの人らは。
真崎なら何かやってくれそうって、思ったんだろ?」
白い歯を見せてニカッと笑う。
笑顔が爽やかすぎてクラクラする。
その笑顔ひとつで、センパイの為なら何だって出来そうな気がしてくる。
あたし、かなり重症だー。

「オレらもマネージャー欲しいよ。できれば男じゃなくて、可愛い女の子希望!
ジンさんが、マネージャーはチームの花や飾りじゃないって言ってたけどさ、でも正直なところ、力仕事は出来てもやっぱ野郎じゃ癒されないだろ?
だから真崎には頑張って欲しい。オレ。期待、してっから!」
センパイがくしゃって、頭を撫でた。
キラキラ顔を輝かせて、とびきりの笑顔を見せてくれる。
それは真夏の太陽よりも眩しくって、あたしの胸を熱く焦がす。



可愛い子希望って……。
あたしでもいいってこと?





もう。





嬉しくって死にそう。





「ナ〜ツ〜。締りのない顔。ほら、く・ち。開いてるって!」
肘で小突かれて、あたしははじめて自分がバカみたいにぼさっと口を開けてることに気付いた。
いけない、いけない。
「今のが例のセンパイ?」
チビとのっぽのデコボコバッテリーが見えなくなったのを確認してから、悠里がにやけた顔であたしを振り返った。

「うん。そうだよ」
「ふ〜ん…」
「何?」
「好きな人追いかけて受験したって聞いてたからさ、もっとカッチョイ〜イ爽やかクンを想像してたんだけど…。思ったよりもフツー。ていうか、ホントにあの人、2年なの?」
「ちっちゃいし、童顔だしさぁ。上級生っていうよりも中坊?って感じぃ〜?」
きっつぅ。
「いいの!ちっちゃくても、普通でも!ライバルは少ない方が燃えるんだから!」
「それをいうなら、ライバルは多いほうが燃える、でしょ?」
だって。
春陽みたいに可愛くもないし、ライバルを蹴散らす程の自信もないから。
それなら少ない方がいいもん。


「で?入部の条件って何だっけ?」
「寺島を野球部にスカウトしてこいって」
「…寺島って…、うちのクラスの寺島?」
「うん。その寺島」
「なんで?」
「さあ?あたしに聞かないでよ」
こっちが理由を知りたいぐらい。
「えー。やめときなよぉ。いい噂、聞かないよぉ、アイツ〜」
「知ってる」
そんなのとっくにリサーチ済み。
「じゃあやめときなってぇ。変なのに関わらない方がいいよぉ」
「そんなこと言ったって、キャプテンのご指名なんだからしょうがないでしょ?」
あたしだって。
入学早々、面倒なヤツに関わりたくない。
刺激のない高校生活は退屈だけど、スパイスは程々でいい。


でも。
それで野球部に入れるなら。
センパイに、少しでも近づけるきっかけを掴めるのなら。
やってやろうじゃないの。


乙女の恋のパワーをなめんじゃないよ!







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青春ライン comments(5) -
全力少年 10
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イシンデンシン    サイド*ましろ 

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会いたいって思ったら、蒼吾くんが現れた。
こういうのって、以心伝心っていうんでしょう?









初めて親にうそをついた。


「もう遅いから明日にしたら?」って言うママに。
どうしても今日、必要なものがあるからって。
「車、出そうか?」って心配するパパに。
ひとりで大丈夫だからって、嘘をついた。
それほど悪いことをしているわけじゃないのに、すごく罪悪感。
後ろめたい気持ちになる。
「いいのか?」
私を気遣う蒼吾くんに返事をするかわりに。
自転車を漕ぐ大きな背中に、ぎゅっとしがみついた。


蒼吾くんの風を切って走る自転車が好き。
大きな背中にしがみついて一緒に走っていると、嫌なことも辛いことも全部、風がさらってしまう気がするから。
寄り添う背中から伝う鼓動を聞いてると、すごく安心するの。
温かな体温に包まれると、ひとりじゃないんだって実感できる。
いつだってエネルギッシュな蒼吾くんから、元気を分けてもらえる。


「今度さー、住吉んところの神社で夏祭りあるじゃん?あれ、一緒に行かねぇ?」
大きな背中が呟いた。
「…うん」
「日下部とか…誘うなよ?」
「どうして?」
「人が多いから人数多いと大変じゃん。去年、部の連中と行ってサイアクだった。アイツら団体行動、苦手だからな」
「チームワーク良さそうなのに…」
「野球なんて、結局のところ個人プレイみたいなところあるし」
「ふーん…」
「とにかく! 今年はあいつらは抜き! 日下部も抜き! ふたりで行こうぜ」
「うん…」
何気なく交わす会話のひとつひとつに、蒼吾くんの優しさが滲み出る。






満点の星空を走り、河川敷を抜けて、コンビニに着いた。
そこで言い訳のレポート用紙とパピコをひとつ買って、自転車の前籠に突っ込む。
荷台に座ろうと後ろに回ったら、ポケットから鍵を出しかけた蒼吾くんが私を振り返った。

「チャリ。やめた。帰り、歩こう」
短くそう言って、前籠に突っ込んだコンビニ袋を取り出した。
「…自転車は……どうするの?」
「帰りに乗って帰るからへーき!」
ニッと、悪戯っぽい笑顔を浮かべながら。
「ん!」
大きく手を開いて私の前に差し出した。
「手。繋いどく?」
大きな掌が私の手を捕まえて、ギュッと包み込んだ。
少し汗ばんでゴツゴツとした掌の中に、私の小さな手はしっくり納まる。
蒼吾くんの体温が掌から伝わってきて、なんだか泣きそうになった。







「チャリだとすぐ着いちまうから…たまにはこういうのも、いいだろ?」


もっともっと、蒼吾くんと一緒にいたいって私の気持ちが彼に伝わる。
欲しい時に必要な言葉をくれて。
不安な時は優しく包み込んでくれる。
どうしてかな。
蒼吾くんには言葉にしなくても、伝わることがたくさんある。





「歩きながら食ったんでい?」
コンビニ袋からパピコを取り出して、パキンとふたつに折った。
そのうちのひとつを私に手渡す。
「ゲ。もう溶けてるぞ!園田、早く食え!」
無邪気に笑う蒼吾くんを見てたら、なんだか泣けてきた。
泣けて泣けて、仕方がない。









「…園田───」


蒼吾くんが足を止めた。








「…どした? 何で泣いてんの…?」



泣き虫は返上したはずなのに。
あの時の記憶が、弱い心を呼び起こす。
蒼吾くんに、心配なんてかけたくないのに。









イシンデンシン。

夜空を伝って、私のココロが蒼吾くんに伝わる。
蒼吾くんがそっと距離を詰めて、大きな体を折り曲げた。
ふわ、と。
夏の夜風に乗って、蒼吾くんの匂い。







「オレ、部活のままで来たから…汗くせーかも」



躊躇い気味に私を引き寄せて、その腕にそっと抱きしめた。
汗と、太陽と、土の匂い。
真夏の太陽の下でグラウンドを思い切り駆けて。
毎日ヘトヘトになるまで夢を追いかける。
部活の後は、「風呂に入ったらすぐに寝ちまうんだー」って言ってるクセに。
電話の途中でそのまま眠りこけちゃうくらい、いつも疲れているのに。
それでも会いに来てくれた。
なにも聞かずに抱きしめてくれる。
蒼吾くんの優しさを感じて、胸の深いところがきゅうってなった。
大きな背中に腕を回して強くしがみつく。
抱きしめた手が髪にもぐって、後頭部から私を引き寄せた。
影が重なって、唇が触れる寸前。
夕方の安部くんの影と、ほんの一瞬、それが重なった。










「───園田…?」


緊張が走った私の小さな変化を蒼吾くんは見逃さない。








この人は違うのに。
蒼吾くんなのに───。









「お前───やっぱ、何かあっただろ? 安部に、何かされた?」



大きく首を振って否定する。
ぶんぶんと髪が乱れるくらいに強く。











「じゃあ───何だよ、コレは?」



蒼吾くんがキャミワンピの上に羽織ってたパーカーの肩口をめくった。
肩に、赤く薄っすら指の跡。
暗いから分かんないって思ってたのに。

とっさにパーカーで隠したけれど、もう手遅れ。
あからさまに顔を逸らしてしまった私を捕まえて、蒼吾くんが正面から覗き込んだ。









「体育館通路で安部と会った時、お前はアイツに気付いてなかったよな? なのに今、アイツの名前を出しても否定しなかった。会ったんだろ、アイツと。安部に何された?」



どうして蒼吾くんは、こういうことばかり勘が鋭いんだろう。
確信をつかれて、私は何も言えなくなる。
気まずい空気がふたりの間を流れて、息をするのさえ苦しく感じた。
何も言わない私に痺れを切らせたのか、蒼吾くんが重い溜息を零した。






「別に責めてんじゃねーよ。だから、そんなにビクビクすんな。オレに怯えんな」

蒼吾くんが私の手を引き寄せた。
溶けて溢れたパピコを口に運んで、それを食べる。
そのまま腕を伝ったアイスを舌が舐め取ってく。
舌が腕を這うリアルな感触にビクリと身を引いたら、そのまま腰から抱き込まれた。
唇が強く、押し付けられる。





「ふぅ……っ!」


荒々しく押し付けられた唇は、何度も何度も角度を変えて、息も出来ないほど深く絡み付いてきた。
いつもの優しいキスとは違う。
苦しい。
男の荒々しさを全身で感じて、少し怖くなる。
膝がガクガクと笑って、力強い腕にすがりつくような形で蒼吾くんに身体を預けた。
すがらなきゃ、立ってられない。




荒々しいキスから解放されたのは、随分と時間が経ってから。
絡みつくような蒼吾くんの視線を間近に感じて、まともに顔が上げられない。
俯いた私の顎に手をかけて、蒼吾くんが強引に顔を上向けた。











「オレには隠し事すんな。嘘つくな。迷惑だなんて、思わねーから…」




間近に見えた蒼吾くんの顔が辛そうに歪んで、気持ちのままに私を抱きしめた。
呻るように告げられた言葉に、胸のうんと深いところがきゅってなって、私の心を強く締め付ける。




蒼吾くんの優しさに包まれて、涙が止まらなかった。












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(Webコンテンツは魔法のコトバ*単作品のランキングです)
全力少年(魔法のコトバ* 続編) comments(6) -
全力少年 9
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強がりの向こうがわ    サイド*蒼吾 

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その日のゲームは最悪だった。


テスト明けの部活解禁日。
一軍、二軍。
学年関係ナシでバランスよく部員を振り分けて。
即席チームで簡単な試合をすることになった。
オレとバッテリーを組んだのは、ついこの間まで中坊だった一年生。
涼とは敵同士。

試合経験の少ない一年を上級生のオレが。
ゲームを組み立てて、引っ張ってやらなきゃいけねぇのに。
ちっとも試合に集中できない。
部活前にアイツと会ったばかりに。
安部の冷めた目つきが脳裏にこびり付いて、ゲームの行方よりも園田のことが気になって仕方ない。
オレの理不尽なリードをおかしいと感じても、ピッチャーは首を横に振れない。
ただ上級生のリードに従うだけ。

結果はさんざんだった。







試合を終えて一年のクールダウンに付き合っていたら、緑のネクタイ集団がわらわらと校門に向かうのが見えた。
それと同刻に部活を終えて、校舎から出てくる園田の姿。
なんでわざわざこのタイミングに!
このままじゃあ、安部と鉢合わせしてしまう。
佐倉は?
何やってんだよ!?
下げたくもない頭を下げて、意地もプライドも捨てて、アイツに頼んだのに!
園田を…ここに連れて来るべきか?
でもそんなことをすれば、キャプテンに怒鳴られるにきまってる。
涼は───?
そういえばアイツ、今日のミーティングメンバーから外れてただろ。



「涼、知らねえ!?」
片づけをしていたマネージャーを捕まえて、問い詰めた。
あまりの形相に、真崎の目がビクと大きく見開く。
「もう帰りましたけど…」
カーッ!
使えねーヤツ!
「オレ、ちょっと急用思い出したから、キャプテンに腹が痛いとか何とか適当に理由をつけて、ミーティング遅らせといてくれねぇ?」
「それは…無理な相談なんですけど…」
「ナンデ!? 適当に誤魔化せばいいだろ?」
「だって…」
真崎の視線がオレを通り越してじわりと上目遣い。











まさか…。




背後を振り返ったタイミングで、ポカン!と勢いよく頭を叩かれた。
「ゲームに集中できない捕手は、次の試合からスタメン外すよ?」
にこり。
ジンさんが仏の顔で微笑んだ。
顔は笑ってんのに、言葉はマジだ。
こっええーーー。
「今日のお前のリード、何? ひどすぎ」
「…スミマセン…」
「女にかまけてる暇があるなら、先にミーティングルームに行って、ひとりで反省してろ」
うっ。
「返事は!?」
「ハイ!!」
怒らせると怖いのはキャプテンよりもジンさん。
これ。
野球部内の常識。
仏の笑顔に逆らえないオレは、結局、アイツに頼るしかなかった。
佐倉。
頼むぞ!












ミーティングが終わったら、とっくに9時を過ぎてた。
急いで部室に戻ったオレは、乱暴にユニフォームを脱捨てて、Tシャツに袖を通す。
「オヤジが危篤なんで、先、帰りマス!!」
シャレにもならない嘘をついて、勢いよく自転車にまたがる。
すっかり暗闇の色を濃くした校庭へぐんと漕ぎ出したら。
ピロリンと、制服のズボンに突っ込んだ携帯が鳴った。
着信は佐倉。
『ましろちゃん、無事、送り届けたから』
そっけないメールが一行。







「送ったって…アイツ…」


園田と一緒に帰った?
ナンデ!?


だって今日は、日下部と約束があるから、園田の無事を確認する程度しか協力できないって。
アイツ、言ってたのに。
日下部との約束よりも園田を優先した理由って、ナンダ!?






いてもたってもいられなくなって、そのまま園田の番号をプッシュ。
ツーコールで園田が出た。









「もしもし!?」



『…蒼吾くん…? 部活、終わったの?』


遅くまでお疲れさまって、ケータイの向こうで園田が笑う。
その声が心なしか元気がないように聞こえるのは、オレの気のせい?










『もう、家に着いたの?』

「まだ。今、帰り道」

『そっか……』




やっぱり様子が変だ。
いつもなら疲れたオレを気遣って、家に帰ってからかけなおしたのでいーよって言うのに。
今日はそれを言わない。
ケータイを切りたがらない。






「園田。なんか…あった?」


『…どうして?』


「声に元気がねーから…」









『…今日は、ちょっと…疲れちゃった…』





ケータイの向こうで、強がって笑う園田の顔が想像できた。
ぜってぇ無理して笑ってる。
ちきしょー!
オレは力任せに自転車を漕いだ。
苛立ちと不安を振り切るかのように全速力で。



考えたくねぇけど。
やっぱり安部と、何かあった───?








オレは自転車を漕ぐのをやめて、空を仰ぎ見た。
来ちまった…。
自転車をとめたのは閑静な住宅街の一角。
小麦色の屋根に白い壁が眩しい園田んち。
こんな時間に行ったって、会えるはずもねーのに。
親に嘘をついてまで外に出てくる勇気も度胸も、園田にはねぇのに。
いてもたってもいられなくなって。
気がついたらここに足が向いてた。




見上げた家の向こう。
空にポッカリ浮んだ月と、満点の星。
初夏の湿気を帯びた生ぬるい風が頬を撫でて、額に浮んだ汗を乾かしていく。
2階のカーテンの向こうで。
園田の影がゆらりと動くのが見えた。











『…蒼吾くん…。…私ね…今すごく、蒼吾くんに会いたいよ……』




ケータイの向こうの泣きそうな声。
普段、控えめな園田の初めての我がまま。
オレに会いたいだなんて、都合のいい空耳じゃないよな?













「───園田」



『うん?』







「お前…今から外、出れる? オレ、今…お前んちの前にいるんだけど…」







全部言い終わらないうちに、部屋のカーテンが開いた。
白い大きな窓を開けて、園田が身を乗り出した。
開け広げた窓から、クーラーのひんやりした風が流れてくる。










『───蒼吾くん…』



夜空に響く声と、ケータイから聞こえる声が重なった。
「よお」
軽く挨拶がてらに手を上げたら、くしゃりと園田が泣きそうな顔になった。
逆光でよくは見えなかったけど。
でも、オレにはそう見えた。


『何で…ここにいるの…?』


園田の声がダブって聞こえる。








「何でって───、園田の顔。見たかったから。遅いからもう、外…出られないよな?」




会えないことを前提でここに寄ったはずなのに。
こうやって直接、顔を見るとダメだな、オレ。
会えただけじゃ物足りねぇ…って思ってしまう。
こうやって顔を見て話せただけでも、満足しなきゃいけねぇのに。






「帰ったらまた電話する!」


ニカッって笑って、ケータイを握りしめた手を振った。
園田にしっかりと見えるように、大きくブンブンと。
「じゃーなっ」
小さく、けれどはっきりと。
園田にだけ聞こえるように口を動かして、ケータイを切ろうとした。
そしたら。








「蒼吾くん───!」



思いのほか大きな声で叫んでしまったことに自分でも驚いた園田が、そろりと部屋を振り返った。
大丈夫。
誰も気付いてねぇよ。





「なに?どした?」


まだ園田と繋がっているケータイを耳にして、問いかけた。



「…何か忘れもん?」

『違うの。そうじゃ…なくて…』

「なに?」







『………』







「園田?」







『…行くから…。私、行くから…そこで、待ってて───』










園田の口からまさか、そんな言葉が出てくるなんて思いもしなかったオレは。
漕ぎ出そうと踏み込んでいたペダルを思わず踏み外しそうになった。





オレ、また。


自分に都合のいい夢を、見てんじゃない……よな?












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言わないで    サイド*ましろ 

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「何やってんだよ」



唇までの距離はほんの数センチ。
わずかの空間しかないふたりの間を割って入るように背後から声がした。
ビクと、安部くんの肩が震えて行動が止まる。
低音だけれど凛と張りのある声───。
聞き覚えのある声に、じわり。
安部くんが苦い顔をして振り返った。




「げ…。佐倉…───」



私を押さえつけた肩の向こう。
薄茶色の柔らかな髪を揺らして、佐倉くんがにこりと微笑むのが見えた。
「久しぶりに再会したクラスメイトに、その態度はあんまりじゃない?
もうちょっと違うリアクションないの?」
人好きのする柔らかな笑顔を浮かべたまま、佐倉くんが近づいた。
「安部って…この近くの高校だったっけ?」
チラリ。
制服のネクタイと腕のエムブレムに視線を送る。
「家に帰るにしてはあまりに逆方向だよな?もしかして…ましろちゃんに会いにきたの?」
「んなわけねーだろッ!部の練習試合に来てたんだよ!」
すかさず安部くんが言葉をはね返す。
「ふーん…」
「なんだよ?」
「な。…俺も混ぜてもらっていいかな?」
「はあ?」

「久しぶりにやろうよ。同窓会───」

にこりと微笑む佐倉くんに安部くんがカッとなって、声を荒げた。


「聞いてたのかよっ。趣味、わっりーな!」
「そういうそっちは、頭悪いね」
「はあぁ?」
思い切り不機嫌に顔をしかめた安部くんに、佐倉くんが近づいて。
何やら耳打ちをした。


「…な…っ!何、言ってんだよおっ前!そんなわけ…ねーだろ…っ!!」


にこりと微笑む佐倉くんに安部くんがカッとなって、声を荒げる。
耳まで真っ赤になって怒り出す。
何を言ったの?
壁際に押し込められたままの状態の私は、安部くんと視線が合わさって。
次の瞬間。
ドン!と体を押された。



「きゃあ…っ!」
あまりに咄嗟すぎて、瞬発力のない私は。
体だけ佐倉くんにすがるような形で、膝小僧を思い切り擦り剥いた。
じわり、血が滲む。
「大丈夫?」
「…うん。平気…」
安部くんは、そんなどんくさい私がますます気に入らないらしく。
「チッ」
と短く舌打ちをして、冷めた目つきで見下ろした。
手を差し伸べてくれた佐倉くんの肩越しで、私にだけ見えるように、安部くんの口が動いた。















「───え…?」




すうーっと血の気が引いていく感じは久しぶりだった。
佐倉くんの腕を掴んだまま、ずるりと下がっていく。
「…ましろちゃん!?」
私の異変に気付いた佐倉くんが、膝を付いて下から顔を覗きこんだ。
キレイな顔がぼんやりぼやけて、うまく焦点が合わない。
意識が遠のきかけているのが、自分でもわかった。




「安部…っ、誰か呼んで───」
「いい!…やめて…」
グッと佐倉くんのシャツを掴んで、私は首を振った。
「けど…」
「大丈夫…だから…」
安部くんになんて頼りたくないもの。
「…まだ例の貧血、治ってねーのかよ。弱っちぃな!」
「安部っ!」
珍しく佐倉くんが声を荒げた。
聞いたことのない声色に、一瞬、体が竦む。


「こんな時に何言ってんだよ!?もとはといえば、お前のせいだろ?」
「俺の、せい?」
ふうんと鼻を鳴らして、安部くんが私を見下ろした。







「自分の弱さを人のせいにすんな!」


痛いほど真っ直ぐ私を見つめて言い放った。
冷たい視線が私を射抜く。
何も言い返せない。
その言葉をすんなり受け入れることは出来ないけれど、否定もできなかった。





安部くんが苛立ちに頭をガッと掻き上げて。
「お前らふたりでよろしくやってろ!」
捨て台詞のような言葉を投げつけた。
「おい!安部…っ!」
呼び止める声なんて聞く耳も持たず。
「ぶぁーか!」
ふて腐れた顔で吐き捨てて、そこから立ち去る。
偉そうに肩を張って歩く後姿が一瞬で、雑路の中に紛れて消えた。

見たくなんてないのに。
私は安部くんの背中から、視線が外せなかった。




「大丈夫?」
姿が見えなくなったのを確認してから、膝を付いて佐倉くんが私を覗き込んだ。
「ごめんな」
「…どうして…佐倉くんが謝るの?」
むしろ。
謝らなきゃいけないのは私の方。
たまたま通りかかったばっかりに、嫌なことに巻き込んでしまった。
「俺が煽ることを言ったから、安部のヤツ、カッとなって…」
足は大丈夫?って佐倉くんに尋ねられてから、今頃になって痛みが押し寄せてくる。
「これぐらい平気…。それよりも…安部くんに何て…言ったの?」
「さあ?」
肝心なところは笑ってはぐらかされた。
佐倉くんはいつもそう。
笑顔の向こうに本音を隠してしまう。
でも、もうこれ以上。
安部くんのことを考えたくなかったから、私も深くは聞かなかった。


「変わらないよなぁ、アイツは」
呆れたように笑って、私に手を差し伸べた。
それに頼ろうと手を伸ばすけれど、体がいうことをきいてくれない。
今頃になって、恐怖が体を芯から震わせた。
「平気?」
佐倉くんが心配そうな顔で覗き込む。
大丈夫、って伝えたいのに声が出ない。
小さく頷くのが精一杯。



「やっぱり、蒼吾の言うとおりだ」




「───え…?」


「安部が来てるの見かけたから、嫌な予感がするって。
鋭いよな、アイツ」
傷心の私を気遣うように、佐倉くんが優しく微笑んだ。
「大事なミーティングで抜けられないから、ましろちゃんの事を頼むって。
俺に頭を下げるぐらいだから、よほど心配だったんだろうな。
アイツ。まだ校内に残ってるはずだから戻る?膝も…消毒した方がいいだろ?」
ますます顔が上げられなくなった。
蒼吾くんのさりげない優しさが、傷ついた心に淡く浸透していく。
目尻に涙が溜まるような気がして、うまく笑えなくなった。


「佐倉くん…」
「なに?」



「今日のこと…蒼吾くんには言わないで…」



肩を抱かれたり、抱きしめられたり。
蒼吾くん以外の人に触れられたことを、彼には知られたくない。



「それで、ましろちゃんはいいの?」
「心配…かけたくないから…」
「…わかった。ましろちゃんがそう言うなら…」
心中を察してくれたのか、佐倉くんが溜息を落とした。

「どうする?学校、戻る?」
「ううん。いい。
今日はこのまま帰るから、蒼吾くんには何もなかったって伝えて?」
だって今、佐倉くんと戻ったら、何かあったって言ってるようなものだもん。
平気な顔で蒼吾くんに会う自信なんて、ない。


「…今日はもう遅いし送って行くよ。蒼吾には後でメールしておく」
そう言って佐倉くんが、足元に転がった私の鞄を拾い上げた。
座り込んだ私を引き上げて、ハイと手渡す。
「…ありがとう…」
ようやく自分の足で立つことができて、私はゆっくりと笑ってみせた。
「安部はバスケの練習試合でが来てただけだから、もう会うことはないよ。だから、今日のことは忘れて」
そう言って優しく笑う佐倉くんに、私はただ黙って頷くだけで。
それ以上、何も言えなかった。





だってあの時。
すがりついた佐倉くんの肩の向こうで。
私にだけ見えるように、安部くんが言ったんだ。




“また来る”って。






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