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意地とプライド、本音のココロ サイド*ましろ
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何だか蒼吾くんの様子が変だった。
太陽みたいな陽気さに影がさして、テンション低いっていうか。
ほとんど笑わない。
ムスッと黙り込んで、苛々してるのがピリピリ伝わる。
……何かあったの?
「…なにあれ」
「戻ってきてからずっと、ああなんだけど」
「午後の授業サボってアイツ、どこ行ってたんだよ?」
「さあ?」
「こえーよ、蒼吾」
神経を逆撫でるような外野の声も。
まるで聞こえてない。
制服のズボンのポケットに手を突っ込んで。
大きな身体を椅子にあずけて。
ムスッとした顔で、開け放った窓の向こうに視線をやる。
時々。
苛立ちを振り払うみたいに頭をガッと掻き上げて、また溜息。
うわ…。
めちゃくちゃ機嫌が悪い。
「そーごー。行くぞ!」
帰り支度を終えた守口くんが教室の入口で声を張り上げた。
「後で行くから。先行ってろ」
ちらりと視線だけ投げかけて、手で追いやって先に行かせる。
いつもなら授業が終わると真っ先に部活に行くのに。
やっぱりなにか変。
「アイツの機嫌の悪さMAXだぜ。ああいう時はとばっちりくらうから、自己処理できるまで放置しておいた方がいいよ」
教室の入口で立ち往生してた私の肩をポンと叩いて。
守口くんがそっと耳打ちした。
付き合いの長い守口くんは、蒼吾くんの扱いをよくわかってる。
機嫌の悪い時は詮索しない。
余計なことを言わない。
土足で踏み込まない。
だけど。
いつもと違うからこそ放っておけない。
私が落ち込んでる時は、いつだって一番に気付いてくれるから。
元気を分けてくれる人だから。
蒼吾くんが元気のない時は、私が力になってあげたい。
「……蒼吾くん?」
後ろからそっと声を掛けた。
「ああ…園田」
本当に今日はどうしたの?
いつもの笑顔が見られないから心配になる。
「…部活…行かないの?」
「そっちこそ」
「私は……校庭のデッサン画、提出しなきゃいけなくて……。ここで描いてもいい?」
「…ああ」
好きにすれば。
みたいな無言のオーラに、勇気が怯みそうになる。
それを無理矢理、奮い立たせて。
蒼吾くんの前の席に腰を降ろして、鞄よりもふたまわりほど大きなスケッチブックを開いた。
窓の向こうに見えた降り出しそうな空は、雲がうんと近くて、じとりとした暑さが纏わりつく。
制服が肌に張り付くような感覚が、気持ち悪かった。
「…雨、降りそうだね」
「ああ…」
「雨の日は野球部は何するの?」
「…ストレッチと柔軟が主。ブルペンは雨天用に急ごしらえの屋根がついてっから、投手と捕手はそこで練習」
「ふーん…」
グラウンドから微かに聞こえていた部活動の声も、にわかに降り出した雨にかき消されてしまう。
賑やかだった放課後の教室も、ひとり、ふたりと減っていって。
いつの間にか、蒼吾くんとふたりきりになった。
「ねぇ、蒼吾くん」
「なに?」
「何か……あったの?」
「…別に。なんも」
嘘ばっか。
私には隠し事するな、嘘つくなって言うくせに。
蒼吾くんは何も話してくれない。
そんなのずるい。
私にだって話を聞くことぐらいできるのに。
たまには頼りにしてよ。
「午後の授業、出なかったの?」
「…ああ」
「また、屋上で寝てたの? 声掛けてくれたら、私も一緒に───」
「なあ、園田」
「うん?」
「悪いんだけど……ひとりにしてくれねぇ───?」
え?
どうして……?
零れそうになった言葉が、振り出した雨の音にかき消された。
いつも目を見て話す蒼吾くんが、私を見ようともしない。
視線が噛み合わない。
「ゴメン。また夜、連絡すっから…」
どうして顔を上げてくれないの?
目を見て話してくれないの?
思ってること、悩んでること。
ひとりで抱え込まないで、話してくれればいのに。
私じゃ頼りにならない?
側にいるのも迷惑?
困惑の瞳を投げかけても、それが蒼吾くんの瞳に映ることはなかった。
「…ごめんね。邪魔、しちゃって……」
スケッチブックは真っ白なまま、湿気を帯びた風がページを捲る。
「…じゃあ……メール、待ってるね」
じゃあな、って片手を上げるだけで。
蒼吾くんは振り返らない。
いつも堂堂としている大きな背中が、やけに小さく見えた。
それがたまらなく胸を締め付ける。
気がついたら、蒼吾くんを抱きしめてた。
大きな背中を強く、強く。
「……どうしたんだよ…」
衝動的で大胆な行動に自分でも驚いた。
「だって……」
蒼吾くんが泣きそうなんだもん。
何も話してくれないんだもん。
顔、上げてくれないんだもん。
いつもの蒼吾くんらしくないから、不安で仕方ない。
回した腕に力を込めて、ぎゅっと大きな背中を抱きしめた。
何かあったの?
どうして悩んでいるの?
話してくれるまで、絶対に離れない。
ふぅ、って。
深い溜息が零れるのと同時。
私の手に蒼吾くんの手が重ねられた。
ごつごつと骨ばった指で確かめるように触れて、撫でて。
そのまま私の手を包み込んだ。
しがみついた腕をそっと剥がして、私の体を蒼吾くんの前へと移動させる。
正面から向き合って、初めて視線がぶつかった。
手を強く握りしめたまんま、真っ直ぐに見つめてくる。
その顔は無表情だった。
蒼吾くんの気持ちが、読み取れない。
カタン、と。
小さく椅子を鳴らして蒼吾くんが身を乗り出した。
じれったいくらいなスローテンポで、私の方へ手を伸ばす。
ゴツゴツと皮の分厚い指が頬に触れた。
ゆっくりゆっくり。
まるで私の存在を確かめるみたいにして、指が頬を滑ってく。
「…蒼吾、くん…?」
心がざわざわした。
蒼吾くんが今、何を考えているのかつかめない。
ふわふわと無機質な感覚に、なぜか体が震えた。
引き寄せられた私の身体が、蒼吾くんの膝の間にすっぽりと納まった。
腰の辺りでがっちりと腕を組まれて閉じ込められて、身動きが取れない。
「…ん…っ」
親指の腹で唇をなぞられた。
何度も何度も、指でなぞった後、私の腕を強く引き寄せて、顔を近づけてくる。
いつもと違う態度に戸惑いを感じながらも瞳を閉じて、蒼吾くんの唇を受け止めた。
蒼吾くんがそうしたいならいいよ。
それで気持ちが楽になるのなら、笑ってくれるのなら…。
確かめるように唇が合わさった。
優しいキス。
触れて、角度を変えて、何度も繰り返されるキスに私はできる限り答えた。
「園田」
唇を解放した後、蒼吾くんが口を開いた。
「───オレ、いつまで待てばいい?」
真面目な顔でそう聞かれた。
「……待つって…?」
なんて無神経な質問をしてしまったんだろうって。
後から後悔。
蒼吾くんがこの時、どれだけ思い詰めているかなんて。
思いもしなかったから───。
意思の強い真っ直ぐな眼差が、険しくなった。
あ───と思った時には。
ふたたび唇で塞がれた。
「……んぅっ!! 」
唇を押し付けられたと同時に舌が割り入って、声も言葉も飲み込まれた。
逃げないようにがっちりと抱え込まれた身体は、よじっても叩いてもびくともしない。
攻め立てるようなキスは、息つく暇も与えてはくれない。
息苦しさに口元を緩めれば、舌が入り込んで絡み付いてくる。
唇をこじ開けて、捕まえて、蒼吾くんが強く吸い上げる。
優しさのカケラもない強引なキスに、目尻に涙が浮かんで、溢れて、それが零れた。
苦しい。
息ができない。
蒼吾くんに口内を好きにされて、なすすべもなくただもがくだけ。
長いのとか、深いのとか。
したことあるけど、こんなに激しく噛み付くようなキスは初めて。
怖い。
「───ふぅ…ッ!?」
蒼吾くんの手が胸に触れた。
偶然とかそういうのじゃなくて、意思を持って触れてきた手。
びっくりした。
すごく、焦った。
だってそんなの、心の準備ができてない。
それにここ、学校なのに。
でも、もっと焦ったのは。
その手がセーラーとスカートの隙間から、躊躇いなく素肌に触れてきたこと。
大きくてゴツゴツとした骨ばった掌が、私の肌を直に撫でた。
ビクと体が震える。
やだ…っ。
どうしよう……!
逃げようとした身体は腰の辺りでガッチリと固定されて、動けない。
身をよじることもさせてくれない。
蒼吾くんの掌が下着の上から胸の膨らみに触れた。
手のひら全部で触れて、押し潰すみたいに強く揉みしだく。
「……や、ぁ……んッ!!」
ちっとも優しくない手。
乱暴で、荒々しくて。
蒼吾くんじゃないみたいで、すごく怖い───。
「やだ…ッ! そーご、クン…っ、やめて…っ! ここ、学校…だから───っ」
もう、半分悲鳴のように擦れた声が教室に響いた。
声を出したら誰かがきちゃう、とか。
こんなところを見つかったら、変な噂が立っちゃうとか。
そんな事を考える余裕もない。
「…きゃあ……ッ!」
ガタタッ、と。
椅子が倒れる激しい音が鼓膜を揺らして、それと同時に床に押し倒された。
「……ったぁ…」
背中と後頭部に鈍い痛みが走る。
銀色の机の脚と、くすんだ椅子の座面。
普段あまり見上げることのない蛍光灯のぶら下った天上が、いっぺんに視界に飛び込む。
教室の床は、夏だというのにやけに冷たかった。
でもそれ以上に、冷めた表情で私を見下ろす蒼吾くんの視線に、背筋がゾクリとした。
「───学校じゃなかったら、いいの?」
ドクリと心臓が突き上げた。
呻るような蒼吾くんの本音に、胸の奥がひきつれた。
「…だからオレ、ひとりにしてくれって云ったろ? 今日、園田に触れたら、押さえる自信、なかったから───」
絞り出された声は低く擦れていて。
そんな辛そうに本音を零す蒼吾くんを見てたら、それ以上、何も言えなかった。
今、駄目って言ったら蒼吾くんを全部、否定することになる。
蒼吾くんを傷つけてしまう。
そう思ったらとてもじゃないけど、ダメだなんて言えなかった。
蒼吾くんが襟元に手を掛けた。
セーラー服のスナップが彼の手によって外されていく音がリアルに鼓膜に響いて、ますます怖くなった。
鎖骨から胸の上部が露わになっていくのが、見なくてもわかる。
私の素肌が外気に晒される。
影が降りた。
「あ……っ」
舌と唇が首筋に降りていく感触に、全身が粟立つ。
蒼吾くんに触れられるのが嫌なんじゃない。
こんなの初めてだから。
こんな場所だから。
だから、怖いだけ。
自分にそう言い聞かせるけれど身体はひどく正直で、蒼吾くんが素肌に触れるたびに小さく震えた。
目を開けることなんてできなくて。
ただがむしゃらに、蒼吾くんのシャツを掴む。
胸元まで降りてきた唇が止まった。
「───お前がいつも、そういう顔、すっから……」
じゃあ。
どういう顔、すればいいの───?
何もかもが分からなくなって涙が滲んだ。
泣いちゃだめだ。
今泣いたら私じゃなくて、蒼吾くんが惨めになる。傷つける。
泣くほどイヤだったのかって。
もっともっと、嫌な気持ちにさせてしまう。
だから。
「ごめん。オレ、どうかしてた……」
蒼吾くんが私の身体を引き起こして腕の中に抱きしめた。
ぎこちない手付きで、はだけた制服を直してくれる。
身体の下敷きになってた白いスカーフが汚れてた。
いつも笑ってる大きな口元を真一文字に結んだ苦い顔。
後悔の表情。
「…泣かせてゴメン。嫌な思いさせて、ゴメン……」
たぶん。
蒼吾くんをここまで追い詰めたのは私。
そういうの、ちゃんと考えなくちゃいけない時期は、もうとっくに過ぎてるのに。
何もかも蒼吾くんとがはじめて。
ひとつひとつのはじめてを、蒼吾くんと一緒に大事に歩いて行きたいから。
もう少し待って欲しいだなんて。
それは私だけの我が侭であることに、今さら気づく。
「これじゃオレ、アイツと一緒だよな…」
謝罪の言葉と一緒に、消え入るように呟かれた言葉の意味。
私にはまだ、分からなかった。
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