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全力少年 31
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サンクチュアリ   サイド*ましろ 

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蒼吾くんにおぶられて、神社の入り口まで戻ったら、たくさんの自転車に紛れて藍色の自転車が置いてあった。
「後ろ、平気?」
「うん…」
背中から降りて、自転車の荷台に座る。
本音云うと、もっとくっついていたかったけれど。
あの子どうしたんだよー的な、好奇心の視線がイタイ。
人に注目されるのは、すごく苦手。
「しっかりつかまってろよー」
おっきな蒼吾くんの背中。
私がつかまったのを確認してから、ぐんとペダルを漕ぎ出した。


「…どこ行くの?」
交差点で止まった背中に問いかけたら。
「どこまでなら連れてっていい?」
見下ろされて、ふって笑う。
そんな風にはぐらかされたら、本気なのか嘘なのかわからない。
蒼吾くんとなら、どこまでだっていいのに。



神社から離れるにつれて、人が少なくなる。
虫の音がりーって、鼓膜の深いところを揺らして、車輪がアスファルトを転がる音だけが、耳に届く。
空を仰いだら、頭上には満点の星。
届きそうな錯覚に、思わず手を伸ばす。
「何やってんの?」
「星。降ってきそうだなーと思って…」
「星? ───あー…ホント」
自転車を転がしながら大きな背中が空を見上げる。
片手運転したり、空を見上げたり。
蒼吾くんのハンドルさばきはいつも器用だ。
まるで自転車が彼の手足みたい。
「うあ。すっげーなぁ。マジで降ってきそう」
蒼吾くんといるだけで、普段の夜が、特別な夜になる。
ずっと色褪せてた夏が、色をつけて動き出す。
逞しい体に腕を回して、おっきな背中に頬を寄せた。
確かな鼓動と彼の体温にひどく安心して、私は静かに目を閉じた。





「とうちゃーく!」

10分ほど自転車を走らせて着いた目的地。
地面に足をついて、その場所を仰ぎ見た。






「到着って…ここ───」






桜塚小学校だ。


私と蒼吾くんの母校。
見覚えがある道だと思っていたのは、毎日通った通学路。

「久しぶりだろ?」
「うん」
転校でこの街を離れてから、5年ぶりだ。
近くに住んでいても、卒業すれば立ち寄る機会はぐんと減る。
同窓会でもなければ、踏み込むこともない。
「お前ともう一度、来てみたかったんだー」
自転車を門の脇に停めながら、無邪気に笑う。
臭いのなんとかしていい?なんて聞くから。
てっきりそういう場所を想像してたんだけど……。
「…何、笑ってんの?」
蒼吾くんらしい発想が可愛くて、思わず笑みがこぼれる。


「…大丈夫なの?」
学校に忍び込むなんて、見つかったら即アウトだ。
「軽く不法侵入? 軽く犯罪?」
いたずらに笑って、蒼吾くんが校門にまたがって手を差し出した。
「やばくなったら、園田を担いで逃げるぐらいの覚悟はあるからさ、おいで」
蒼吾くんが軽々と、私の体を引っぱり上げる。
無茶するなぁ、もう。
でもそういうところも、好きだなあって思う。



「とりあえず。騒ぐの禁止。目立つの禁止。うるさいのも禁止な?」
繋いだ指を絡ませて、校舎の間をぐんぐん歩いてく。
懐かしい。
少し古びた3階建ての校舎も、運動場脇の大きな桜の木も。
あれ?
ジャングルジムってこんなに小さかったっけ?
「オレらがでかくなったんだろー?」
見つけた瞬間、走り出して。
あっという間に、蒼吾くんはジャングルジムの上だ。
「すっげえ! 全部が全部、ちっちぇえ!」
そういう無邪気な笑顔、変わんないなぁ。
すぐ側の丸太橋のふちに腰掛けて、てっぺんを仰ぎ見る。
あの頃いつも、教室の窓から見てた。
昼休みのチャイムと同時に運動場に駆け出して、ジャングルジムのてっぺんに登って、ここがオレらの基地だって叫ぶ。
クラスの男の子達と汗だくになって走り回って、何をやっても全力投球。
蒼吾くんの回りはいつも友達がいっぱいいて、笑い声が堪えない。
私も本当は…その輪の中に入りたかった。
彼の隣で楽しそうに笑ってる女の子達が、羨ましくて仕方がなかった。

「なに?」
「……え?」
「ぼーっとしてるから」
「んー…。ちょっと昔を思い出しちゃった」
「……園田も登るか?」
「浴衣じゃあ、無理だよ…」
「平気。オレ、いるから」

蒼吾くんが私をひっぱり上げた。
「わ。すごい」
いつもと違う視界、憧れてた場所。
こんな風に見えてたんだ。
視界が開けて、空が近くて、ますます星に手が届きそうな錯覚。
一度、こんな景色を知ったら手放せなくなる。
男の子達が競って登りたがるはずだ。
いつだってジャングルジムのてっぺんは、学内でも目立つ部類の男の子達が占領してて。
積極的な女の子が、みんなのジャングルジムでしょ! 何やってんの、男子!なんて怒ってて。
私はいつも、それを遠目にみてるだけだった。
登りたいって気持ちを言葉にする勇気も、踏み出す度胸もなく。
5年間、私は一度だってここに登ったことがない。

「落ちんなよ?」
「そこまでどんくさくないよ…」
「どうだか」

うははって蒼吾くんが笑って、うーんとめいいっぱい、空に体を伸ばした。
「小学生のオレに見せてやりたい。自慢したい!」
「…なにを?」
「今のオレ。園田と付き合ってんだーって」
イヒヒって笑ってピースサイン。
あー。
今、なんだか、小学生の蒼吾くんが垣間見えた。
「昔に戻りたい…とか、思ったことある?」
「んー? 今は戻りたいなんて思わねえけど…あの頃は、時間を巻き戻せたらいいのにって、いつも思ってたよ」
「…時間を、巻き戻す?」
「とにかくあの頃のオレは、毎日、自己嫌悪。後悔の大安売りって感じで…。
園田にキスしたことは後悔してねえけど…、そこまでの過程は、取り消せるならなかったことにしたい。好きな子を傷つける前に……」
優しい声を、曇らせないで。
私だって後悔の嵐だ。
もう少し自分に自信が持ててたら、一歩踏み出す勇気があったのなら。
蒼吾くんとすれ違ってばかりいた2年が、もう少し違うものだったのかな。


「園田」
ふいに名前を呼ばれて振り返った私に、蒼吾くんが口づけた。
びっくりして離したそれを、更に塞がれる。
存在を確かめるような優しく穏やかなキスが降ってくる。
頭の芯がしびれて、何も考えられない。
蒼吾くんの首に腕を回して、それに応える。
ほんの数秒のキスが、随分と長い時間に感じられた。
ゆっくりと唇を開放して。名残惜しむように、視線を絡めた。
初めて会った7年前と全く変わらない、真っ直ぐで強い眼差し。
放たれる強い視線に、酔いそうになる。

あの頃の私は、夢にも思わなかった。
蒼吾くんと共に歩く未来を。



「場所、移動しよっか。オレ、自分が臭くて臭くて…鼻が曲がる!」
苦笑交じりに呟いて、ジャングルジムから飛び降りる。
すごい。
私はそんなこと、怖くてできないのに。
「移動って、どこに?」
「とりあえず水のあるところ。体育館横の手洗い場とか、部室棟とか……。あ───」
いいとこ、みーっけ。
そういう顔。
「とりあえず、降りて来いよ」
「うん……」
「あ。園田」
蒼吾くんが振り返って、ジャングルジムのてっぺんで、のろのろしてる私を見上げた。
「なに?」
「えーと。オレなりに夢とかありましてー」
「夢?」
「できること、全部こなしていいデスカ?」
「何で敬語?」
「お願い事だから」
「うーん…。内容によるかなー?」
「じゃあイヤじゃないことなら、OK?」
「うん。いいよ」
「うっし!」
蒼吾くんが背中を見せてガッツポーズ。
くるりとこっちを振り返って、私に向かって手を広げた。
はい?
「ジャングルジムから降りれなくなった彼女を受け止めてやるの、お約束じゃね?」
「…無理」
「へ?」
「ここから飛び降りるのなんて、無理だよ」
ジャングルジムのてっぺんで腰を上げたら、思ったよりも高くて、足が竦んだ。
下を見るとなおさら。
飛び降りるなんて、絶対無理。
受け止めてもらうとか、それ以前の問題。

「誰もてっぺんから降りろなんて言ってねえよ。それはさすがに、オレでも無理だって。
とりあえず、もう2段降りて、体の向き変えて……んで、飛び降りる!」

宙を舞ったのは、ほんの一瞬で。
目を開けた時にはもう、蒼吾くんの腕の中。
ぎゅーって強く抱きしめて、子どもにするみたいに頭を撫でてくれる。
「お約束どうこうじゃなくてもさー、実際、降りられなくなってんじゃん」
照れ隠しに憎まれ口を叩く。
あらためて、彼の力強さと逞しさを実感したのと同時。
なんて運動神経がなさ過ぎるんだろう、っていう恥ずかしさが入り混じって、私は真っ赤になって顔を伏せた。
そしたら蒼吾くんがうははって笑って。
「いっこめ、クリア!」
唇がそっと耳元を通り過ぎて、頬に落ちた。
そういう全ての一瞬が、とても、愛しかった。
息苦しいくらいに、幸せ。









「…あの頃のままだと…、こっから入れるはずなんだよなー」
目的の場所の入り口で、蒼吾くんが難しい顔をした。
フェンスにひっかけた南京錠に、悪戦苦闘中。
「…本当にそれ、外れるの?」
「オレの記憶だと、上下に引っ張っるだけで、簡単に外れたんだけど……よし! ビンゴ!」
カシャンと鈍い音が小さく響いて、外れたそれを嬉しそうに私に見せた。
「かなり古いからバカになってんだよー。裏の方は、普段利用してねえから開けることもねえし…やっぱり茂野、気づいてねえままか」
茂野っていうのは、当時の担任の先生。
ていうか、蒼吾くん。
学校に忍び込んだのって、これが初めてじゃないでしょう?
やんちゃなのは、昔も今も変わらない。

南京錠を外して、フェンスを開ける。
コンクリートの階段を登ったら、塩素の匂いが鼻をついた。
「わ…。夏休みもプールの水、張ってるんだ…」
「水泳部が使ってるからなー。それに、午前中は生徒に開放してただろ? オレ。開放日は毎日、行ってたけど?」
「私は…行ったこと、ないや」
水泳の授業だってイヤで堪らなかったのに、わざわざ自分からプールに通うなんて、ありえない。
「あー…。もしかして、カナヅチ?」
「…もしかしなくても」
頬を膨らませて拗ねた私の頭をくしゃくしゃってして。
「今度、教えてやるよ」
蒼吾くんが嬉しそうに笑った。


人気のない夜のプールは、昼間の賑やかな場所とは異なった様子を見せて。
静かな水面をゆらゆらと漂わせてた。
薄っすらと満ち始めた月が、柔らかな光を漂わせる。


「とりあえず、頭。洗っていっか?」
「うん。でも…タオルないよ?」
「暑いからすぐ乾く」
プール脇のホースで頭から水を被って、ガシガシ。
犬みたいに顔を振る。
「これもくっせー! ちきしょー! 涼のヤツーー」
Tシャツも脱いでバシャバシャ乱暴に洗う。
「お前も足、洗う?」
「私は……」
大丈夫、って。笑って返すつもりだったのに。
視界に映りこんだその姿に、硬直してしまった。

微かな光にぼんやりと浮かび上がる蒼吾くんの上半身は。
肩から腕、背中にかけてのラインがすごくしっかりしていて。
「捕手は肩が命!」なんて言ってた彼の努力っぷりが、ありありと出てる。
首筋がスッと伸びて、肩幅もがっちり逞しくて、力を入れたら背中辺りの筋肉がきゅってなる。
知らないわけじゃない。
何度も抱きしめられたから。
腕の強さも、胸の広さも逞しさも、ちゃんと知ってる。
でも実際。
それを目の当たりにするのは初めてで。
目のやり場に困った私は思わず、あからさまに顔をそらしてしまった。
やんちゃで無邪気なままだけど、小学生の蒼吾くんとは違う。
男の人なんだって、意識する。
「……園田?」
どした?
ノー天気に笑いながら蒼吾くんが間近で覗き込んだ。
アナタの身体に見とれてました、なんて。
口が裂けても云えない。
「…なんでも、ない……」
「そ? 変な園田」
水が弾ける音に混ざって、蒼吾くんが小さく笑った。
鼓膜に響く声が、低くて心地いい。
よく通るその声は、グラウンドの端まで届くほど力強いのに。
私を呼ぶ声は、切ないくらいに優しいから。
頬が熱る。
体が芯から熱くなる。


ドキドキがずっと続いて…鳴り止まないの。







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全力少年(魔法のコトバ* 続編) comments(1) -
全力少年 30
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スキというキスを。2   サイド*蒼吾 

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優しいキスを終えて深いキスが始まる頃には、園田はもう、身体に力が入らなくなって、オレのシャツに強くしがみついた。
息が上がって苦しくても、懸命にオレのキスを追う。


「好き。蒼吾くん……大好き。すごくすごく、すき───」


甘い囁きが、合わさる唇から漏れた。





「ずっと、好き……」




囁く言葉が甘い毒となって、全身に染み渡る。
強く抱きしめたら、園田の体が柔らかくしなった。
くたりとなってオレに寄り添うように身体を預けてくる。
押し倒したくなる衝動を唇を合わせることで誤魔化して、オレは幾度となく小さなキスを繰り返した。
足りない。満たされない。
もっと、もっと。と願ってしまう。
いつからこんなにも、欲深くなってしまったんだろう。


「ん…っ」



名残惜しく唇を離すと、艶めいた声が漏れた。
喘ぐように肩で息をしながら、潤んだ瞳で見上げてくる。
だからヤバいんだって。
そういう仕草のひとつひとつが。
キスだけのプラトニックな関係に、そろそろ限界を感じる。
だって、半年だもんな。


こてん、と園田が頭を倒した拍子に。
柔らかい髪が肩に、頬に触れる。
汗だってかいてるはずなのに、相変わらずいい匂い。
ちらちらと浴衣の合わせから覗く白い胸元が、オレを誘ってるみたいで。
正直、目のやり場に困る。
あー。やばい。
理性と本能が戦う。



急に強い風が吹いて、木々がさわさわと鳴った。
ひやりとした風が頬をさらって、覆い茂った葉を大きく揺らす。
空を仰いだオレの頬に、笹の葉がはらはらと、かすめるように落ちてきたと同時。
園田の身体が、びくりと強張った。
「怖い?」
「…ううん。平気。蒼吾くんが、いるから……」
そう言いながらも、Tシャツの袖を掴む指先は小さく震える。
本当は怖いくせに。
驚かしたりなんかしたら、マジで泣くだろうな。


「とりあえず、ここから出るか」


追いかけるのに夢中で気づかなかったけれど、確かに不気味だ。
長居はしたくねえ場所。
気がめいる。


「ほら───負ぶってやる」
「い、いいよ…」
「その下駄と足じゃあ、歩けねえだろ?」
「でも……重いから…」
「…なんでしたら、お姫さま抱っこでもしましょうか?」
冗談めかして言ったら。
「それは……」
遠慮させてください。
園田が千切れんばかりに首を横に振った。
なんだよ。
そんなに拒否んなくてもいいだろ。



「じゃあ背中な。素直におぶさる! こんなところに、いつまでも居たくねえだろ?」



じゃあ…と。
遠慮がちに手が肩に触れて、園田がじわりと負ぶさってきた。
軽っ。
「…お前…何キロあんの?」
こんなんで重いなんて言ってたら、嫌味にしか聞こえない。
「……内緒」
小さく笑って、オレの肩にこてんと頬をくっつけて、よりかかる。
あー。
この体勢はヤバイ。





「……あのさ」
「うん?」
「あんまくっつかないで欲しいんだケド…」
「…暑い?」


「うん……あちー」



冬ならまだしも、薄いTシャツの向こう側。
柔らかな体を押し付けられたら、嫌でも体温が上昇する。







竹薮を南に突っ切ったら、すぐに裏参道にでた。
外灯の明かりを見つけて、園田が安堵の息を漏らす。
「大丈夫…かな……」
「何が?」
「竹薮に入ったら、原因不明の高熱に浮かされるんでしょ───?」
背中で呟く声があまりにも真剣すぎて、おかしくって笑っちまう。
「その話は迷信。子どもが竹薮に入らないように、大人がわざとに流したデマ。
裏参道に抜ける近道として、オレらはフツーに使ってるけど…ほらこの通り。何でもねえよ」
「…うそ……」
「あの場所は通りから死角になってて危ねえんだよ。
幽霊どうこうよりも、連れ込まれて悪さされて…そういう危険性が高いから…」
不審者が頻繁に出る場所───自分で言ってぞっとした。
園田に何もなくてよかった。
本当に。
「頼むからお前はオレの手の届くところにいて」
方向音痴でも何でも、ちゃんとオレが軌道修正してやるから…。
うん、と園田が頷いて、きゅうっと背中にしがみついてきた。
こういうところが好きだって思う。
素直で可愛い。



コンビニで絆創膏と消毒液とビーチサンダルを買って、ベンチに腰掛けた。
「足、出して」
言われるままに、園田が足を差し出す。
「うっわ。ひでえな、これ」
親指と人差し指の間が赤く刷り剥けて、血が滲む。
おまけに素足で走ったもんだから、擦り傷や切り傷がいくつもできて痛々しい。
「よくこんなので走ったな」
「必死だったから……」
「気分はバイオハザードだろ?」
「もう!」
園田が頬を膨らまして手を振り上げた。
「ははっ。わり。ゴメンな」
半分はオレにも責任がある。
反省してます。ゴメン。
てか。
ちっちぇえ足! 
何センチだよ、これ。
素足に履いたオレのスポーツサンダルがぶかぶかで、ますます足がちっこく見える。
これじゃあまるで、子どもの足だ。
華奢で頼りなくて、ますます守ってやらなきゃという気にさせられる。

「帰りも、おぶってやるから」
「ううん。もう平気。痛くないよ。ひとりで歩ける」
「嘘つけ。こんなんで歩かせられるか。見てるこっちのが痛い。てか、この下駄じゃあどっちにしろ無理だ」
年季の入った下駄は底が磨り減って傷だらけで、鼻緒も何度か直した痕がある。


「…これ、随分年季入ってんな。かなり古いだろ?」
「ママが私ぐらいの時に履いてたやつだから…」
「ふーん。大事に履いてんだな」
「うん…。パパとママの思い出の下駄だから…」


褒められて嬉しいのか、それとも両親のロマンスでも思い出したのか。
園田が頬を桃色に染めて俯いた。
ほつれ髪が一筋、頬へと流れる。
その横顔がやけに艶めいてみえて、ドキリと心臓が高鳴った。
小さく白い肩をそのまま抱き寄せて、キスしたくなる。




「これ───。直したの最近?」


痕跡が新しい。


「うん。安部くんが───」







園田が口を押さえた。
慌てて口を噤む。









「……安部? これ直したの、アイツ?」







追い討ちをかけるような質問に、ぐっと、ますます言葉を詰まらせる。




「今さらだけどさ、何でアイツと一緒にいたわけ?」





疑ってるわけじゃないけど、ちゃんとした理由が聞きたい。



「……う、ん…」



園田がぽつりぽつりと今までの経緯を話し始めた。
携帯を落としたこと。
鼻緒が切れて、安部に直してもらったこと。
一緒に携帯を探してもらったこと。
それから───。



「もういい。大体、わかったから」



思い出すとツライのか、最後には泣き顔になった。
「嫌なこと、思い出させてゴメンな」
落ち着かせるように園田の手を握ってやる。
俯いたまま、園田がふるふると首を横にふった。








「どうして安部くんは、いつもいつも、私が嫌がることばかりするのかな…」




そりゃあ、園田サン。
それは不器用なアイツなりのアプローチってヤツで。
悲しいかな、愛情の裏返し。
理由が分かればめちゃくちゃ分かりやすいけれど。
天邪鬼な愛情表現じゃあ、天然鈍感な彼女に通用するわけがない。
園田の鈍感っぷりは、ある意味最強だから。
正直、同情するよ。
焦れて、煮詰まって、実力行使に出たアイツの焦り。
すげえわかる。伝わってくる。
キスしたことは勿論、許せねえけど。
でもそれだけ、今のアイツは追い詰められてる。
何とかしねえと。






「…ごめんね……」

「なに?」

「私が、安部くんの話なんてしたから……」




オレが黙りこくった理由を自分のせいだと思ったらしい。
目尻に溜まった涙の粒が、今にも零れ落ちそうだ。
コンビニの前でなければ、抱きしめてやれるのに。


「あー……」
ガシガシッと頭を乱暴にかいた。
我慢できずに、園田の体を引き寄せて、頬に唇を触れさせる。
偶然を装って、ごく軽く。
本当は唇に行きたかったけど、ここが今のオレの限界。
人前でベタベタすんの、オレも園田も好きじゃない。
一瞬、目をまん丸に見開いた園田が、真っ直ぐにオレを見上げた。
目が合うと、くしゃり。
泣き笑いみたいな表情をこっちに向ける。
オレは黙って園田の手を取り握った。
指を絡ませ強く握る。




「蒼吾くん……」
「なに?」
「あのね…。なんか……変な匂い、するよ?」
「ああ…ゴメン。汗臭い?」
「ううん。そういう匂いじゃなくて───その…生臭い…みたいな…」




「───あ」




今さらながらに思い出した。
臭いはずだ。
金魚の水を頭からぶっかけられたんだから。
涼の行動はいつも、突拍子がなく大胆だ。
気の毒な金魚と、後でとんでもないことをしてしまったと後悔する涼を思い浮かべて、オレは思わず苦笑した。
「…どうして笑うの?」
園田がオレの隣で不思議そうに首を傾げた。
「詳しくは涼に聞いて」
ますます意味が分からないと、顔をしかめた園田に、立ち上がって手を差し出す。
「そろそろ帰るか」
オレも園田も、ひどい格好だ。

「………」

繋いだ手を園田がきゅっと握り返してきた。
手を繋いで黙り込んだまま、ベンチから腰を上げようとしない。
「足、まだ痛い?」
覗き込んだら、ふるふると首を横に振った。
どうしたんだよ?
俯いてるから、表情がよく見えない。
オレは焦れて、園田の前にしゃがみこむ。
下から覗き込むように園田を見上げたら、何をそんなに我慢することがあるのか、唇を強く噛締めていた。




「…まだ何か、辛いことがあるのか?」



ふるふると首を振る園田の目には、薄っすらと涙の膜。
あー。
また泣きそうだ。







「黙ってたらわかんね。言って?」








優しく問いかけたら、園田の顔がますます泣きそうになった。





「………とにかく、今日はもう帰ろ。送ってくから」





背中を向けたところで園田の声が追いかけてきた。







「……帰りたく…ない……の」







とても小さな声。
何を言ったのか、よく聞き取れなかった。






「なに?」





「せっかく会えたのに……このまま帰るの、やだ。もう少し…蒼吾くんと、一緒に、いちゃダメかな───?」











「あー……」




参った。
今のオレに、その言葉は反則だ。
ここがコンビニ前でなければ、迷わず抱きしめてた。


うな垂れるようにその場に座り込んで、膝の間に顔を埋める。
内面の嬉しさが表に出ないように、できるだけ冷静に、平静に装って。
だけど、それでも出てしまう。
ヤバイ。ヤバイ。
忍耐の限界だ。
ガシガシガシッと、乱雑に頭を掻いた。
ポケットから携帯を取り出して時間を確認する。
もう9時だ。
ひとりでいるにしても、オレといるにしても、親が心配する時刻になる。
嘘をついてまでオレを選ぶ勇気、園田は持ち合わせてないだろ?






「……時間は、平気なのか?」



こくり。
顔を上げないままで、園田が頷いた。





「今日のオレ。園田のこと、ちゃんと帰せる自信がねえんだけど……」




そういう覚悟、園田にあんの?





言葉で伝えることよりも先に、園田がぎゅっとオレの背中に腕をまわして抱きついてきた。
普段では考えられない、衝動的で大胆な行動に決心が揺らぐ。
無茶しないって約束したばっかりなのに。




「───もう少しだけ、一緒にいようか?」

耳元で囁いたら、園田が弾かれたように顔を上げた。
泣き笑いみたいな表情で、こっちを見上げてくる。
あー。ヤバイ。
自分で自分の首、絞めたかも。
「オレ。とりあえず、臭いの何とかしたいんだけど……」
座り込んだアスファルトから立ち上がって、彼女を見下ろした。
差し出した手を握り返して、園田が嬉しそうに笑った。











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