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サウダージ サイド*安部
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気が立って仕方がない。
意味もなく苛立つ。
もどかしい想いが、ただ心を抉るように駐在して。
今まで味わったこともない不快感に、押し潰されそうになる。
*
「あ…っ、クソッ…!」
小さなゲーム機から流れる音楽が、ジ・エンドを告げて。
オレは大きく息を吐いた。
ミネラルウォーターを一気に飲み干して、ゴミ箱へ投げる。
入り損ねた空のペットボトルがカランと音を立てて部屋に転がるのを、俺は冷めた視線で見つめた。
「…あーあ。後味、悪っ」
隣のバカ犬が、うるさく吠える。
AM6:00だ。
結局、俺は一睡もできなかった。
数時間前のキスを思い出して、園田のくしゃくしゃの泣き顔が浮かんでは消えて。
子どもみたいにしゃくりあげる泣き声が、鼓膜の奥を強く揺らして離れない。
俺の全てを拒んだ園田の抵抗。
切れた唇と打たれた頬が、ひりりと痛む。
「…馬鹿みてぇ…どいつもこいつも」
蒼吾のやつ。
なりふり構わず、なぐりやがった。
乱闘騒ぎで捕まったりなんかしたら、ヤバイくせに。
青春、全部懸けてんだろ、高校球児が。
人を庇ってまた、大会出場停止になるつもりか。
秋大近いつーのに。
「…ばっかじゃねーの…」
蒼吾は昔からそういう奴だ。
大事なヤツの為なら、自分を犠牲にすることぐらいへでもない強い精神。
いつだって全力投球で、うざいくらいに熱い。
偽りだらけの俺が、勝てるはずがない。
わかってんだよ、そんなこと。
園田の気持ちはどうしたって、オレの自由にはならねえ。
臆病で気が弱くて。
人に頼らなければ何も出来ないくせに、妙に頑固で。
俺が想像するよりもずっと、芯が強い。
たとえ脅して、無理矢理自分のものにしたって、心はふり向かせることはできない。
過去も今も。
園田の気持ちを揺さぶることができるのは、蒼吾だけだ。
今頃。
俺が滅多に見ることの出来ない砂糖菓子のような甘い笑顔を滲ませて。
アイツの腕の中で甘えてんだろう。
身も心も、アイツのものになったにちがいない。
「…んだよ。ちきしょー…っ」
馬鹿な想像に耐え切れなくなって、俺はその場にうずくまった。
とっとと身を引けばよかった。
そうすりゃあ、彼女を傷つけることも、後悔に押しつぶされることもなかったのに。
「くそ…ッ」
立ち上がってTシャツを脱ぎ捨てた。
新しいシャツに袖を通す。
スポーツタオルを首からかけて、キャスケットを目深に被り、携帯をポケットに突っ込んだ。
落ち込みそうな時は、バスケだ。
もう園田のことは、忘れてしまえ。
部屋に転がったボールを抱えて、バッシュを肩に担いだら、携帯が鳴った。
蒼吾だった。
*
朝っぱらからなんだよ。
どうせ園田と仲直りして、オイシイ思いしてんだ。
一発ぐらい殴らせろ。
そういう開き直った気持ちで、待ち合わせ場所へ向かった。
こんな早朝を指定してきたのは。
アイツも部活があるからだろう。
それなら話は早い。
とっとと終わらせて、もうアイツとはこれっきりだ。
坂を登りきった先に、屋外に設置されたバスケットコートが見えた。
視界に人の影を認める。
もう来てんのかよ、早えーな。
苛立ちにチッと舌を鳴らした瞬間、向こうも俺に気づいた。
「…は?」
思わずケータイを開けて着信を確認した。
俺。
寝ぼけてねえよな?
さっき話したのは蒼吾…だよな?
着信履歴を見ても間違いない。
じゃあ、なんで。
「園田がいるんだよ───」
意味、わかんね。
「おはよう」
俺に気づいた園田が、小さく笑う。
バッカじゃねえの?
あんなキスの後で、まだ笑ってくれるんだ。
ああ、そう。
アイツと朝まで一緒にいたわけだ。
園田の笑顔が同情めいて見えて、ますます俺を苛々させる。
「何の用?」
思い切り不機嫌な顔で睨みつけてやったら、園田の笑顔が強張った。
服従欲を煽る。
どうせ手に入らねぇのなら、ズタズタに傷つけてやりたい。
俺の顔なんて、二度と見たくないって思えるほどに。
「俺、蒼吾に呼び出されたはずだけど」
「…私からだと…来てくれないと思ったから…」
そりゃそーだ。
お前だってわかってたら、俺は行かない。
てか。
俺とふたりきりで会わせる余裕が、今のアイツはあるわけだ。
ますますムカツク。
「何で今さら、会おうと思ったわけ? 今の状況、わかってんのお前」
ジリと追い詰めたら、園田が一歩後ずさった。
全身で警戒してんの、伝わってくる。
「…その……。ちゃんと、理由……聞いておきたくて…」
「なんの?」
「安部くんが、……キスした理由……」
「はあ?」
なんで今さら。
「ケジメ、つけろって…蒼吾くんが……」
はーん。
そういうこと。
無駄な恋愛感情は、とっとと清算してこいって?
見事な独占欲だね、アイツも。
てか、園田も。
素直にそれを云う?
「…理由がいんの?」
モヤモヤと黒い心が押し寄せて、俺は頭をガッとかいた。
「男はな、キスなんて誰とでもできんだよ。やらせてくれるんだったら、誰だっていい。俺、彼女いねーの長いし、手ごろなお前で間に合わせただけ。もっと違う理由だと思ったか? ───自惚れんな」
アイツの策略に乗せられて告るほど、俺は馬鹿じゃねえ。
一瞬で園田の表情から笑みが消え、その顔が下を向いてしまう。
「…そっか。そういう理由なら…」
長い髪で隠れて、表情がよく見えない。
「…私なりにいろいろ考えたの。言葉の意味、キスの…理由。
キライじゃないのなら、安部くんにとって私の存在ってなに? もし万が一…気持ちの入ったキスだったら、そういう意味だったのなら…私、今までどれだけ安部くんのことを傷つけてきたんだろうって、ずっと考えてた。───よかった。そういうキスなら、カウントしない」
ふきっきれたみたいな顔して、園田が笑う。
こいつ。
今、こんな風に笑えんだ。
俯いた顔を上げて、相手の目を見て。
そんな目で、俺を見んな。
まっさらで、人を疑うことも知らない、子どもみたいな純粋な瞳で、俺を見んな。
頼むから。
素直になれない偽りだらけの自分が、すげえ、すげえ。
馬鹿みたいじゃねえか。
なに今更、俺のこと、気遣ってんだよ。
俺が傷ついてないのならそれでよかった?
傷つけられたの、お前だぞ?
人を傷つけるぐらいなら、自分が傷つくほうがよほどいいって?
偽善にも程がある。
ほんとに、本当に。
バッカじゃねーの!?
「───安、部…くん……?」
気がついた時、俺は園田の手を掴んでた。
嘘と偽りで自分を塗り固めるのは、もう限界。
「ハイ、そうですかって。お前は何でも簡単に信じすぎなんだよっ!
おかしいと思ったのなら聞けよっ! 疑問、持てよ! もっと…自分に自信持てよっ!
誰でもいいなら、同じ女に2度も、キスしようとなんてするかよっ! わざわざ人の女に!!
ほんっと! お前は馬鹿だ! 無知で、鈍くて、無神経で…俺のキモチに、微塵も気づかねえんだからっ!」
馬鹿は───、俺だ。
気づくわけねえよ。
分かってもらえる努力も、アプローチも、何もしてねえくせに。
人のせいにして、園田のせいにして。
理解してもらうことばかり、受身になって。
鈍感もクソもあるか!
「あーーーーーっ! もうっっ!!!」
ガリガリと頭をかき上げて、俺は地面にうずくまった。
「………バっカ、ヤロウ…。カウント、しろよ……っ」
呻るように絞り出たのは本音。
消えてくれないもどかしい気持ち。
形にならない歯がゆい想い。
鼻の奥がつんとする。
誤解されたまま、本気のキスをまた嘘のキスだと思われて。
カウントされなくて。
同じことを繰り返すのは、二度とゴメンだ。
「園田」
「……な、に…?」
「俺、お前好きだ」
「……え…?」
「蒼吾よりも、ずっとずっと前から…俺、お前好きだ───」
目が合えば暴言を吐いて、寄っては突っかかり、意地悪した。
そんなことでしか、気を引く方法が思いつかなかった。
ほんとは泣かせたくなんてねえのに、たくさん、泣かせた。
嫌いでいる間は、心の片隅にでも俺がいるだろ?
園田の心が全部、アイツで埋まっていくのが嫌だったんだ。
ただ、素直になればよかっただけのことを。
今頃、気づくなんて。
「……私、は…蒼吾くんが、好き……。だから、安部くんの想いには……」
戸惑いを見せた顔が、一瞬で泣き顔に変わる。
告白とキスの意味を急速に噛み砕いて、理解して。
俺を傷つけた───って、激しく後悔したに違いない。
他人を傷つけて、平気でなんていられない園田だから。
「わかってる。でも俺は、園田が好きだ」
園田は変わらない。
あの頃のまま、真っ白な気持ちを失くさないまま綺麗になった彼女だから。
何年経っても好きだと思う。
俺は───やっぱりコイツが好きなんだ。
「そんな顔、すんな。振られる覚悟で言ったんだから。
気持ち伝えたからって、今更、蒼吾から奪おうなんて思っちゃいねえし。ケジメだよ、ケジメ!」
アイツだって。
そういうつもりで、お前のこと、寄こしたんだろ?
だったら、潔くふられてやる。
思惑通り、乗せられてやるよ。
「じゃ。そういうことだから。部活あるし……俺、行くわ」
いつまでも引きずって、めそめそすんのは俺らしくない。
けれど。
フラレタ後も平然を装って側にいられるほど、強くもない。
「───安部、くん…っ!」
腹から絞り出す大きな声。
そんな声、初めて聞いたよ。
顔を上げられるようになったのも、人の目を見て話せるようになったのも、笑顔が眩しいのも。
全部全部、アイツが側にいるから。
蒼吾の存在が、園田を変えたんだ───。
「あの……っ。好きになってくれて…ありがとう!
気持ち、嬉しかった。嫌われてないってわかって…安心した。
安部くんの気持ちに、ずっと気づけなくてごめんなさい。それから───気持ちに応えられなくて…ごめんなさい」
まるで儀式みたいに。
深く深く、園田が体を折り曲げた。
「…謝んな」
あやまられたら、余計、惨めになる。
「顔、上げろ。ありがとう、だろう。こういう時は」
最後ぐらい、笑え。
それだけで、俺は救われる。
*
帰り道、ケータイが鳴った。
『ケジメ、ちゃんとつけたか?』
「───勝手なこと、すんな。バカ蒼吾」
このタイミングでかけてきたってことは、園田から連絡がいったに違いない。
失恋確定。
コイツに伝わってる。
『自分の思ってること、いつも腹に抱えたままにしてっから、お前、性格悪いんだ』
「あ?」
『たまには素直になれよ。全部、ぶちゃければいーんだよ。
自分の思ってること、相手に伝えるのってすげえ難しいけどな、大事なことなんだぞ? 園田なんて、ただでさえ鈍いんだから、黙ってたら死ぬまで気づかないままだ』
「……園田に会わせたのは、同情? それとも余裕?」
『どっちでもねえよ』
「俺がふられて、せいせいしただろ?」
『ああ。せーせいしたね!』
「…一発、殴らせろ」
お前には園田がいる。
それぐらい、させてくれてもいいだろ。
『いつでも来いよ。受けて立つからさ』
ケータイの向こうで蒼吾が笑う。
『じゃあな。そういうことだから』
「蒼吾!」
切る寸前、アイツを呼び止めた。
「……俺を、殴んなくていいのか?」
『……もういいさ。だってお前、全力でぶつかってきたんだろ?』
凛とした痛みが強く胸を打つ。
乱暴に携帯を折り曲げて、ポケットに突っ込んだ。
俺。
今まで、一度だって全力で園田にぶつかってったこと、なかった。
偽って誤魔化して、小学生並みのアプローチをずっと繰り返してきた。
そんなんで気づくわけねえのに。伝わるわけねえのに。
アイツの心に、響くわけねえのに。
虚勢も意地もプライドも。
全部取っ払って、ぶっ壊して。
蒼吾みたいに全力でぶつかっていれば、何かが違ってた?
「…なーんてな」
そんなの、今さら。
あの時、ああしてたら。こうしてたら。
もしもの可能性を想像して後悔するほど、俺はアイツが好きだった。
「あーあ! 気づくの遅すぎだろ、俺」
今さらだけど、泣けた。
園田が最後に見せてくれたとびっきりの笑顔が、今の俺には眩しすぎて。
泣けた。
格好悪いけど……それも、よしだ。
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