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全力少年 33
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サウダージ   サイド*安部 

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気が立って仕方がない。
意味もなく苛立つ。
もどかしい想いが、ただ心を抉るように駐在して。
今まで味わったこともない不快感に、押し潰されそうになる。






「あ…っ、クソッ…!」
小さなゲーム機から流れる音楽が、ジ・エンドを告げて。
オレは大きく息を吐いた。
ミネラルウォーターを一気に飲み干して、ゴミ箱へ投げる。
入り損ねた空のペットボトルがカランと音を立てて部屋に転がるのを、俺は冷めた視線で見つめた。

「…あーあ。後味、悪っ」

隣のバカ犬が、うるさく吠える。
AM6:00だ。
結局、俺は一睡もできなかった。
数時間前のキスを思い出して、園田のくしゃくしゃの泣き顔が浮かんでは消えて。
子どもみたいにしゃくりあげる泣き声が、鼓膜の奥を強く揺らして離れない。
俺の全てを拒んだ園田の抵抗。
切れた唇と打たれた頬が、ひりりと痛む。


「…馬鹿みてぇ…どいつもこいつも」


蒼吾のやつ。
なりふり構わず、なぐりやがった。
乱闘騒ぎで捕まったりなんかしたら、ヤバイくせに。
青春、全部懸けてんだろ、高校球児が。
人を庇ってまた、大会出場停止になるつもりか。
秋大近いつーのに。
「…ばっかじゃねーの…」
蒼吾は昔からそういう奴だ。
大事なヤツの為なら、自分を犠牲にすることぐらいへでもない強い精神。
いつだって全力投球で、うざいくらいに熱い。
偽りだらけの俺が、勝てるはずがない。

わかってんだよ、そんなこと。
園田の気持ちはどうしたって、オレの自由にはならねえ。
臆病で気が弱くて。
人に頼らなければ何も出来ないくせに、妙に頑固で。
俺が想像するよりもずっと、芯が強い。
たとえ脅して、無理矢理自分のものにしたって、心はふり向かせることはできない。
過去も今も。
園田の気持ちを揺さぶることができるのは、蒼吾だけだ。
今頃。
俺が滅多に見ることの出来ない砂糖菓子のような甘い笑顔を滲ませて。
アイツの腕の中で甘えてんだろう。
身も心も、アイツのものになったにちがいない。


「…んだよ。ちきしょー…っ」


馬鹿な想像に耐え切れなくなって、俺はその場にうずくまった。
とっとと身を引けばよかった。
そうすりゃあ、彼女を傷つけることも、後悔に押しつぶされることもなかったのに。

「くそ…ッ」

立ち上がってTシャツを脱ぎ捨てた。
新しいシャツに袖を通す。
スポーツタオルを首からかけて、キャスケットを目深に被り、携帯をポケットに突っ込んだ。
落ち込みそうな時は、バスケだ。
もう園田のことは、忘れてしまえ。
部屋に転がったボールを抱えて、バッシュを肩に担いだら、携帯が鳴った。



蒼吾だった。












朝っぱらからなんだよ。
どうせ園田と仲直りして、オイシイ思いしてんだ。
一発ぐらい殴らせろ。
そういう開き直った気持ちで、待ち合わせ場所へ向かった。
こんな早朝を指定してきたのは。
アイツも部活があるからだろう。
それなら話は早い。
とっとと終わらせて、もうアイツとはこれっきりだ。


坂を登りきった先に、屋外に設置されたバスケットコートが見えた。
視界に人の影を認める。
もう来てんのかよ、早えーな。
苛立ちにチッと舌を鳴らした瞬間、向こうも俺に気づいた。












「…は?」



















思わずケータイを開けて着信を確認した。
俺。
寝ぼけてねえよな?
さっき話したのは蒼吾…だよな?
着信履歴を見ても間違いない。







じゃあ、なんで。













「園田がいるんだよ───」









意味、わかんね。









「おはよう」
俺に気づいた園田が、小さく笑う。
バッカじゃねえの?
あんなキスの後で、まだ笑ってくれるんだ。
ああ、そう。
アイツと朝まで一緒にいたわけだ。
園田の笑顔が同情めいて見えて、ますます俺を苛々させる。


「何の用?」 


思い切り不機嫌な顔で睨みつけてやったら、園田の笑顔が強張った。
服従欲を煽る。
どうせ手に入らねぇのなら、ズタズタに傷つけてやりたい。
俺の顔なんて、二度と見たくないって思えるほどに。



「俺、蒼吾に呼び出されたはずだけど」


「…私からだと…来てくれないと思ったから…」



そりゃそーだ。
お前だってわかってたら、俺は行かない。
てか。
俺とふたりきりで会わせる余裕が、今のアイツはあるわけだ。
ますますムカツク。


「何で今さら、会おうと思ったわけ? 今の状況、わかってんのお前」


ジリと追い詰めたら、園田が一歩後ずさった。
全身で警戒してんの、伝わってくる。




「…その……。ちゃんと、理由……聞いておきたくて…」
「なんの?」
「安部くんが、……キスした理由……」






「はあ?」







なんで今さら。








「ケジメ、つけろって…蒼吾くんが……」










はーん。




そういうこと。






無駄な恋愛感情は、とっとと清算してこいって?
見事な独占欲だね、アイツも。
てか、園田も。
素直にそれを云う?





「…理由がいんの?」
モヤモヤと黒い心が押し寄せて、俺は頭をガッとかいた。
「男はな、キスなんて誰とでもできんだよ。やらせてくれるんだったら、誰だっていい。俺、彼女いねーの長いし、手ごろなお前で間に合わせただけ。もっと違う理由だと思ったか? ───自惚れんな」
アイツの策略に乗せられて告るほど、俺は馬鹿じゃねえ。





一瞬で園田の表情から笑みが消え、その顔が下を向いてしまう。
「…そっか。そういう理由なら…」
長い髪で隠れて、表情がよく見えない。
「…私なりにいろいろ考えたの。言葉の意味、キスの…理由。
キライじゃないのなら、安部くんにとって私の存在ってなに? もし万が一…気持ちの入ったキスだったら、そういう意味だったのなら…私、今までどれだけ安部くんのことを傷つけてきたんだろうって、ずっと考えてた。───よかった。そういうキスなら、カウントしない」


ふきっきれたみたいな顔して、園田が笑う。
こいつ。
今、こんな風に笑えんだ。
俯いた顔を上げて、相手の目を見て。
そんな目で、俺を見んな。
まっさらで、人を疑うことも知らない、子どもみたいな純粋な瞳で、俺を見んな。
頼むから。
素直になれない偽りだらけの自分が、すげえ、すげえ。
馬鹿みたいじゃねえか。


なに今更、俺のこと、気遣ってんだよ。
俺が傷ついてないのならそれでよかった?
傷つけられたの、お前だぞ?
人を傷つけるぐらいなら、自分が傷つくほうがよほどいいって?
偽善にも程がある。
ほんとに、本当に。
バッカじゃねーの!?










「───安、部…くん……?」



気がついた時、俺は園田の手を掴んでた。
嘘と偽りで自分を塗り固めるのは、もう限界。


「ハイ、そうですかって。お前は何でも簡単に信じすぎなんだよっ!
おかしいと思ったのなら聞けよっ! 疑問、持てよ! もっと…自分に自信持てよっ!
誰でもいいなら、同じ女に2度も、キスしようとなんてするかよっ! わざわざ人の女に!!
ほんっと! お前は馬鹿だ! 無知で、鈍くて、無神経で…俺のキモチに、微塵も気づかねえんだからっ!」





馬鹿は───、俺だ。






気づくわけねえよ。
分かってもらえる努力も、アプローチも、何もしてねえくせに。
人のせいにして、園田のせいにして。
理解してもらうことばかり、受身になって。
鈍感もクソもあるか!









「あーーーーーっ! もうっっ!!!」






ガリガリと頭をかき上げて、俺は地面にうずくまった。






「………バっカ、ヤロウ…。カウント、しろよ……っ」




呻るように絞り出たのは本音。
消えてくれないもどかしい気持ち。
形にならない歯がゆい想い。
鼻の奥がつんとする。
誤解されたまま、本気のキスをまた嘘のキスだと思われて。
カウントされなくて。
同じことを繰り返すのは、二度とゴメンだ。














「園田」







「……な、に…?」

















「俺、お前好きだ」

















「……え…?」










「蒼吾よりも、ずっとずっと前から…俺、お前好きだ───」










目が合えば暴言を吐いて、寄っては突っかかり、意地悪した。
そんなことでしか、気を引く方法が思いつかなかった。
ほんとは泣かせたくなんてねえのに、たくさん、泣かせた。
嫌いでいる間は、心の片隅にでも俺がいるだろ?
園田の心が全部、アイツで埋まっていくのが嫌だったんだ。


ただ、素直になればよかっただけのことを。
今頃、気づくなんて。







「……私、は…蒼吾くんが、好き……。だから、安部くんの想いには……」







戸惑いを見せた顔が、一瞬で泣き顔に変わる。
告白とキスの意味を急速に噛み砕いて、理解して。
俺を傷つけた───って、激しく後悔したに違いない。
他人を傷つけて、平気でなんていられない園田だから。









「わかってる。でも俺は、園田が好きだ」






園田は変わらない。
あの頃のまま、真っ白な気持ちを失くさないまま綺麗になった彼女だから。
何年経っても好きだと思う。
俺は───やっぱりコイツが好きなんだ。





「そんな顔、すんな。振られる覚悟で言ったんだから。
気持ち伝えたからって、今更、蒼吾から奪おうなんて思っちゃいねえし。ケジメだよ、ケジメ!」




アイツだって。
そういうつもりで、お前のこと、寄こしたんだろ?
だったら、潔くふられてやる。
思惑通り、乗せられてやるよ。




「じゃ。そういうことだから。部活あるし……俺、行くわ」



いつまでも引きずって、めそめそすんのは俺らしくない。
けれど。
フラレタ後も平然を装って側にいられるほど、強くもない。








「───安部、くん…っ!」






腹から絞り出す大きな声。
そんな声、初めて聞いたよ。
顔を上げられるようになったのも、人の目を見て話せるようになったのも、笑顔が眩しいのも。
全部全部、アイツが側にいるから。
蒼吾の存在が、園田を変えたんだ───。







「あの……っ。好きになってくれて…ありがとう! 
気持ち、嬉しかった。嫌われてないってわかって…安心した。
安部くんの気持ちに、ずっと気づけなくてごめんなさい。それから───気持ちに応えられなくて…ごめんなさい」




まるで儀式みたいに。
深く深く、園田が体を折り曲げた。





「…謝んな」




あやまられたら、余計、惨めになる。





「顔、上げろ。ありがとう、だろう。こういう時は」





最後ぐらい、笑え。
それだけで、俺は救われる。


















帰り道、ケータイが鳴った。



『ケジメ、ちゃんとつけたか?』

「───勝手なこと、すんな。バカ蒼吾」



このタイミングでかけてきたってことは、園田から連絡がいったに違いない。
失恋確定。
コイツに伝わってる。


『自分の思ってること、いつも腹に抱えたままにしてっから、お前、性格悪いんだ』
「あ?」
『たまには素直になれよ。全部、ぶちゃければいーんだよ。
自分の思ってること、相手に伝えるのってすげえ難しいけどな、大事なことなんだぞ? 園田なんて、ただでさえ鈍いんだから、黙ってたら死ぬまで気づかないままだ』
「……園田に会わせたのは、同情? それとも余裕?」
『どっちでもねえよ』
「俺がふられて、せいせいしただろ?」
『ああ。せーせいしたね!』



「…一発、殴らせろ」

お前には園田がいる。
それぐらい、させてくれてもいいだろ。



『いつでも来いよ。受けて立つからさ』





ケータイの向こうで蒼吾が笑う。




『じゃあな。そういうことだから』


「蒼吾!」
切る寸前、アイツを呼び止めた。








「……俺を、殴んなくていいのか?」








『……もういいさ。だってお前、全力でぶつかってきたんだろ?』







凛とした痛みが強く胸を打つ。
乱暴に携帯を折り曲げて、ポケットに突っ込んだ。







俺。
今まで、一度だって全力で園田にぶつかってったこと、なかった。
偽って誤魔化して、小学生並みのアプローチをずっと繰り返してきた。
そんなんで気づくわけねえのに。伝わるわけねえのに。
アイツの心に、響くわけねえのに。




虚勢も意地もプライドも。
全部取っ払って、ぶっ壊して。
蒼吾みたいに全力でぶつかっていれば、何かが違ってた?





「…なーんてな」





そんなの、今さら。








あの時、ああしてたら。こうしてたら。
もしもの可能性を想像して後悔するほど、俺はアイツが好きだった。








「あーあ! 気づくの遅すぎだろ、俺」







今さらだけど、泣けた。


園田が最後に見せてくれたとびっきりの笑顔が、今の俺には眩しすぎて。


泣けた。














格好悪いけど……それも、よしだ。

















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全力少年(魔法のコトバ* 続編) comments(0) -
全力少年 32
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約束   サイド*ましろ*蒼吾 

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ドカッとプールサイドに胡坐をかいて。
「腹減ったー」
蒼吾くんがコンビニ袋を覗き込んだ。
中から冷やし中華を取り出して、割り箸の袋を歯で噛み切ったところで。
ふと。顔を上げる。
「…昔さー、割り箸占いって流行ったよな」
左側が好きな人、右側が自分。
好きな人を思い浮かべて、左右均等に割れたら両想い。
片想いならば、気持ちが大きい方に大きく割れる。
そういう類の恋占いが、小学生当時、よく流行った。
「女子がさー、当たる当たるって異様なくらいに盛り上がって。馬鹿らしいって言いながらもオレ、こっそり家とかでやった。何度やっても左ばっかが大きくてさ、凹んだ」
「私も…やったよ」
やっぱり、左ばっかりおっきくて。
辛くて、切なくて。泣いた。
最初から分かりきってた答えなのに悲しくなるのは、心のどこかで期待してたからだ。
現実を突きつけられたみたいで、悲しかった。

「思い浮かべた好きな奴って…もしかして、オレ?」
「…うん」
初恋だって、言ったでしょ?
キス事件までは、一途に想ってた。
「えー。じゃあ両想いじゃん! 当たらねえんだ、あれ!」
しかめっ面で唇を尖らせて、ぱきん。
割り箸を割ったら、やっぱり左側が大きく割れた。
「ほらな? 恋人同士になっても、キレイに割れねえ」
「…あのね。利き手に力が入るから、どうしてもそっち側が大きくなっちゃうみたいだよ?」
「……マジで?」
「うん」
「えー。単にオレが不器用なだけかよー」
なんだよー、真面目に信じて損した。
拗ねた横顔が、可愛くて笑ってしまう。

大盛の冷やし中華をあっという間にたいらげて、蒼吾くんが大きな体を空へと伸ばす。
「なに?」
私が見てることに気付いた瞳が優しく微笑んだ。
どうしてだろう。
一緒にいるのに、胸が締め付けられるように切ない。
どうしようもなく寂しさが押し寄せて。
優しく微笑まれるだけで、泣きそうになる。
そっと手を取って、蒼吾くんが指を絡めた。
指先から伝わる柔らかな温かさに触れたら。
また、泣きたくなった。
「…そんな顔、すんなよ。一緒にいるのに……」
落ちてきたのは甘いキス。
正面から、蒼吾くんが私を抱きしめる。
力強い腕に抱きしめられた時の安心感。
手をつないだ時、ぎゅっと握り返してくれる逞しさ。
伝う肌の温度。
彼を想うだけで胸が張り裂けそうなくらい切なくて。
蒼吾くんが触れるたびに、私、熱くなる。



愛おしいって、こういう感情をいうんだ。











そんな泣きそうな顔で見つめられても困る。
理性スレスレで、こっちはどうしたらいいんだか。


今にも泣きそうな唇にキスをして、小さな体を正面から抱きしめた。
園田の精神状態は簡単に思い浮かぶ。
ずっと離れてたから。
あんなことがあった後だから。
側にいても、寂しくて不安で仕方がない。
気持ちだけじゃない、確かな何かが欲しい。
寄り添うだけじゃ、園田が足りない。


押し付けた唇をわずかに離し、下唇を自分の唇で挟んだままそっとなぞった。
んっ、と。
園田の唇から零れ出た甘い吐息に、身体中が熱を持つ。
このまま欲に身を任せて、浴衣の下に隠された白い肌をこの目で見て、触れて。
園田の全部をオレのものにできたら、どんなに楽になるか。
腕の中に閉じ込めて、彼女の髪に頬を寄せる。
指を埋めて、何度も髪を梳く。
栗色の髪から微かに香る甘い匂いに、酔いそうになる。
浴衣のせいか、夜の魔法か。
今日の園田は一段と、艶やかだった。
薫り立つ女の色気を身に纏った園田に翻弄される。
我慢できずに髪をたぐって、露になった白いうなじに唇を押し付けた。
んっ、と力が入るのは、決まって弱いところに口づけた瞬間。
耳の横に留めていた園田の髪がふわりと落ちてきて、オレの肩に広がった。
う、わ…ヤバイ。
髪の感触だけで感じる。
咄嗟に園田の肩を掴んだオレは、小さな体をぐいと押しやった。

「蒼吾、くん……?」
「あ…いや……」

ずっと手を出さずに大事にしてきた。
我慢してきた。
気持ち盛り上がって、こういうところで…って。
そういう無茶はもうしたくない。


「あのさ、これ───」
気持ちを誤魔化すように、ポケットから1枚の紙切れを取り出して見せた。
「次の休み、うちの田舎、いかね?」
「…田舎?」
「じいちゃんち。四国にあるんだ」
ずっと渡せないままポケットに突っ込んだくしゃくしゃのチケット。
1枚を園田に手渡す。
「泊まり…なんだ…」
手元に視線を落としたまま、ポツリ。
ニュアンスから、断られそうな匂い。
「ダメ…?」
いきなり泊まり、なんて。
園田んち、そういうの厳しそうだし。

「…話してみる」
「話すって……正直に全部?」
「うん。嘘つくの、嫌だから…。蒼吾くんとのことで、嘘はつきたくないの。大丈夫。ちゃんと説得する。だから…これ、もらっていい?」
もらっていいも何も。
それは園田のだから。
「いい返事、待ってる」
そう伝えたら、園田が嬉しそうに笑った。
もうそれだけで十分なくらい、幸せな気持ちになる。


「…ね、蒼吾くん。プレゼント、何がいい?」
手持ちの巾着に大事そうにチケットをしまいながら、園田が顔を上げた。
「プレゼント?」
「だって、この中の1日、蒼吾くん誕生日でしょう?」










あ。









「ホントだ───」






園田との小旅行の可能性に、すっかり舞い上がってたオレは。
自分の誕生日なんて、忘れてた。
実際。
彼女と過ごす特別な誕生日は、今年が初めてなわけで。
そこまで頭が回らなかったのが事実。


「だから…この旅行は絶対、行きたいの。説得する。
その日はずっと、一緒にいよう?」

いつだって相手の気持ちを優先して、自分の気持ちは後回し。
よく言えば優しい、悪く言えば他人任せな園田がそんな風に言うなんて。
多くを望んだら、罰が当たる。
「ね。何が欲しい?」
それ。
本人に聞く?
「初めてなんだからさ、こう…サプライズとか…ねえの?」
素直な質問が、園田らしいちゃあ、らしいけど。
「いろいろ考えたんだけど……思いつかなくて……」
やっぱり、本人に聞くのが一番確かでしょ?
園田が笑う。
「んー…欲しいものかー…。いっぱいあるぞ?
Wiiのソフトだろー、新しいミットも欲しいし、スポーツバッグも……。てか、何でもいいの?」
「うん。常識の範囲でお願いします」
あー。どうしよ。
悩む。
どうせなら記念になるものがいい。
「んー…」
「返事は急がなくてもいいよ。ゆっくり考えて。それとも…一緒に選びに行く?」
それもありかも。
デートも出来て、一石二鳥?
真剣に考え込んでいたら、隣でくすくすと笑う声が聞こえた。
「…なんだよ」
「だって蒼吾くん。すごく難しい顔してるから…」
「そりゃあ、初めて園田からもらうもんだし…」
真剣に悩むだろ?
「一度きりじゃないんだから。そんなに真剣に悩まなくても大丈夫だよ?」
今年も、来年も、その先もずっと。
蒼吾くんと一緒にいるから───。
そう言って、優しい色を湛えた瞳がオレに微笑みかけた。
あー、もう。
自分が生まれた日に、園田が側にいてくれるのなら、もうそれだけで満たされる。
彼女さえ側にいてくれるのなら……。



「わ。いい風ー。ちょっぴり、秋の匂いがするね」

夜風が園田の髪をそよがす。
ふわりと柔らかな髪をさらって、月の光に透けて黄色く輝く。
日本人離れした瞳と髪の色。
初めて目にした時、とても綺麗だと思った。
恋して焦がれてやまなかった、小学生の自分。
あの時からずっと。
好きの気持ちが静かに降り積もって、今でもそれはやむことがない。








「───あ」
















素足をプールの水に浸して涼を取っていた園田が。
オレが突然上げた声に、顔を上げた。











「みつけた。すげえ欲しいもの」








「…なに?」



「あのさ───」







耳元で囁いた瞬間。
ぱあっと園田の頬が朱に染まる。
彼女の紅く熟れた唇よりもずっとずっと、鮮やかな赤。





「───ダメ?」





あきらかに動揺の色。











「……だめ……じゃない…けど……」


「けど?」
「本当に…いいの? そんなので……」
「絶対、それがいい。決めた!」
「決めたって……」


恥ずかしいのか、照れ隠しなのか。
頬を赤らめて、ぷいとそっぽを向く。
そういう全部の仕草が可愛くて、好きだって思う。


「怒った?」
背中から抱きしめて唇を寄せる。
軽く耳朶に触れたら、ビクと身体が強張った。
「……怒ってないよ」
「じゃあ、嫌だった?」
抱きしめた腕の中で、ふるふると首を横に振る。
「…嫌じゃ……ない…」
「じゃあ…それで、い?」
「………」
しばらくぴくりとも動かなかった園田が、オレの腕を逃れた。
身体の向きを変えて、絡みつくような視線でオレを見上げた後。
そのまま、甘えるようにオレの胸におでこを押し付けた。





「……蒼吾くんがそれでいいのなら……いいよ……」




囁きが甘い痺れとなって、オレの耳に届く。
どんな表情をしてるのかちゃんと見ておきたくて、頬を両手で包み込んで上を向かせた。
涙を帯びた茶色い瞳は不安を帯びて渦まいて。
けれど。
オレが望むならそれでもいいと、静かに頷く。






欲しいものはただひとつ。
ずっと欲しくて焦がれて、堪らなかったもの。









「じゃあさ…誕生日に園田のこと、オレにちょうだい。約束な」







心が全部、園田で埋まってく。










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