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始まりはいつも、雨 8

私は時々、自分がどこに立ってんのかわからなくなる。








泣くな。
奏多なんかの為に、涙を流してなるものか。
こぼれそうな嗚咽を必死で我慢して、私は書店のトイレに駆け込んだ。
泣いたら負けだ。泣くな。泣くなっ。
そう思えば思うほど、涙は堰を切ったように溢れて、止らなくなった。
悲しいんじゃなくて、悔し涙。
高校生相手に、何をやってんだ私は。
涙を吸って重くなったハンカチをぎゅーッと目頭に強く抑えつけて、必死で涙を堪えた。


ようやく涙が止って、トイレの個室から出てきた私は、鏡の前で呆然とした。
なんて、ひどい顔。
泣いて腫れぼったい目も、ぐずぐずいってる鼻も、何度も擦って赤くなった唇も。
何もかもがサイアクだった。
化粧ポーチから口紅を取り出す。
手持ちの中から、一番鮮やかな色を選んで唇に引いた。
嘘と強がりを乗せて、まだ微かに残るキスの感触をそれで誤魔化した。
乱れた髪に手をやった拍子に、ワンピースの袖口から、紅い痕が覗く。
首筋も、胸の谷間にだって、同じような痕がある。
何て言い訳すればいい?
ファンデーションやコンシーラーなんかじゃ誤魔化しが効かない。
この充血具合だと、薄くなるのに3日。
完全に消えるまでには、5日はかかるような状態だ。

サイアクだ。
ホント、何もかもが最悪───。




「あー、もう、サイアクぅー」

心の声を代弁するかのようなセリフが扉の向こうから聞こえてきて。
やましさからか、私の身体がビクと強張った。
鏡の越しに見える扉が開いて、仕事帰りのOLが、大声で話しながら化粧室に入ってきた。
泣き顔を悟られないように、下を向いてやりすごす。

「N商事のエリートばっかっていうからさぁ、気合入れてったのに、今までで一番最悪!」
先客の都合なんて気にもかけず、大声で話しはじめるもんだから、居心地が悪くなった私は、その場から立ち去ろうと鞄を肩にかけた。
 「結局はさ、栞は酒井くん以上の男なんていないって、言いたいんでしょ?」
聞き覚えのある苗字に、思わず帰りかけた足が止まる。
───酒井?
まさか…ね。
そんなありきたりな苗字、ゴロゴロしてる。
そう思いながらも、パウダールームの薄いつい立の向こう側。
さっきまで気にもとめなかった彼女達の顔を、向こうに気づかれないようにそっと窺った。
仕事帰りに、化粧直しに立ち寄ったとでもいう風なOL3人組。
 ───あ。
あの人、見たことある。
マスカラごてごての気合の入ったメイクと、目の下の泣きぼくろ、名古屋嬢のような派手な巻き髪。
ともひろの職場の受付嬢だ。
こんな時にともひろの職場の人間に出くわすなんて、なんて偶然なんだろう。
じゃあ、酒井っていうのはやっぱり───。



「酒井って、営業二課の赤メガネくん?」
「課が違っても彼、超有名だよねー。あれでしょ? 大卒しか採らないうちが、専門上がりを採ったって、入社当初噂になった……」
「何でも酒井くんの父親がうちのお偉いさんと、つながりがあるらしくてさー、コネで入ったみたいよ?」
「なぁんだ。じゃあ、親の七光りで入っただけかー」
「じゃないとさぁ、専門上がりなんて採らないって。うちじゃ、異例中の異例でしょ」
「でも、彼。かなりのやり手らしいよ? 飲み込みと吸収が早くて、教えたことをすぐに覚えて実行できる。臨機応変に対応できて、愛想もいいから相手先の受けがいい。大卒の新入社員よりもよっぽど役に立つって、彼と組んだ先輩がみんな言うの」
「コネ以上に、実力も備わってるってワケか」
「男前だし、仕事デキるし。何でもそつなくこなすくせに、そういうのをひけらかさず颯爽としてて、嫌味がない。
おまけに親元しっかりしてるからさ、将来安泰? くぅー、完璧じゃん!」
「でも…隙がなさすぎて、とっつきにくくない? あれだけいろいろ完璧すぎるとさ、付け入る隙がないっていうか……」
「あー…それ。わかる〜!」

タイミング悪く、ともひろの話をはじめるものだから。
私は鏡の前に立ち尽くしたまま、出るタイミングを失った。
聞いちゃいけないって思いながらも、彼の噂話に、そこから離れられなくなってしまう。




「でも酒井くんって、超有名な老舗旅館の跡取りなんでしょ? いくら将来安泰っていってもさぁ、親つき家業付きっていうのは、ちょっとねぇ…」 
「だからじゃない? とっかえひっかえ、女がコロコロ変わるのは。
あれだけいろいろやってんのに、悪い噂が立たないのは、お互いが割り切った恋愛やってるからでしょ。連れて歩くのにちょうどいい、自慢できる彼氏。経験値としてさ、一度はお願いしたいよねー」
「えー。年下じゃん?」
「それがいいんでしょ? 見た目も精神的にも下には見えないのに、自分より若くてガッツあって。経験豊富だからさ、いいテク持ってそう」
「何、その言い方。やらし〜」
「でも実際、うまいらしいよ? 深入りしすぎるとさ、抜けなれなくなるから要注意だって」
「それ言ったの、誰よ?」
「経理の真田。あの子、ちょうど去年の今頃、酒井くんと噂になってたじゃない? 振られた仕返しに、いろいろ言いふらしてるみたい」
「えー。1年も前のことをまだ言ってんのぉ?」
「SEXは上手いけど、若いクセにドライで一度寝たらそれっきり───、だって。ばっかじゃないの? それって、自分に魅力がないって、アピってるのと一緒じゃんねぇ」
「きっと真田も、はまりすぎて抜けられなくなったひとりだわ」
「たぶんね〜」
「だーから! あんたみたいに、たいした実力もないのに、顔だけで入ってきた受付嬢みたいな子は、ハードルが高い男よ? 酒井くんは。やめときな、やめときな」
「何よ、それー。ちょっと酒井くんと同じ課だからってさ、自分もできる女って錯覚してんじゃないのぉ?」
「してませんって!」

 「…あ。そういえば───今日、酒井くん来てたよね? 休日出勤?」
「違う違う。どうも忘れ物を取りにきたみたいでさ、すぐに帰ったよ」
「えー。忘れ物を取りに来るだけで、スーツで来んの?」
「女と会うんだってさ。デートですか?ってさりげなく探り入れたら、『そうだよ。彼女と待ち合わせ』だって。
しかもあたし、見ちゃったの。その彼女! ご丁寧にエントランスで、酒井くんを待っててさ。こう、線が細くて色白で…ロングヘアの似合う正統派美人! なんかさぁ、あまりにもお似合いすぎて、競う気失せたー」
「だからますます最悪なんだ。馬鹿な子ねぇ」




「それ。いつの話ですか?」








「───え?」


突然、振って沸いた声に3人が一斉に振り返った。







「とも───、酒井が出て行ったのって、いつの話?」







「……なに、アンタ……」


「この子……酒井くんの昔の女なんじゃない…?」




ひそひそ囁き合う声が聞えて、品定めをするみたいに頭の天辺からつま先まで、好奇の目で見られた。
それを無視して、彼女達にずいと詰め寄る。







「酒井がその女の人と出てったのって、何時頃かって聞いてんの!」

煮え切らない態度に、思わず啖呵をきった。
もう、なりふりなんて構ってられない。








「えー……。11時前だったかなぁ。あわよくば、ランチに誘おうと思って声を掛けたから───って、ちょっと……!」

話もそこそこに、私は化粧室を飛び出した。







ともひろの携帯を鳴らす。
電源が入ってない。
普段、切ることなんてないのにどうして───。
不安に囚われた心拍数が、2倍に跳ね上がる。


今日は仕事だって、ともひろは言った。
デスクワークだから、寝てなくても大丈夫って、笑いながら言ってくれた。
あの笑顔は嘘だったの?
私は、ともひろの言葉をどこまで信じればいい?
ずっと耳を塞いだままでいたあの日の言葉が、鼓膜の奥を揺らす。







────── とわサン。アイツ。他にオンナ、いるよ。とわさんじゃない、他の女 ──────








他の女を優しく抱きしめるともひろを想像したら、吐きそうになった。
心がひきつれる。
 ──────またか。
私はまたタケルの時のように、目に見える幸せに惑わされて、何かのサインを見失ってたの?
腕に抱かれたぬくもりも、キスの合間に囁かれる愛してるの言葉も。
ぜんぶ上辺だけの幸せで、確かなものではなかった?
目に見える幸せに酔いしれて、溺れていただけ?
わからない。何もかもが。
自分が今、どうしたくて、何をしたいのかさえ、見失ってしまう。





幸せが、足元からポロポロと崩れてく。


幸せって一体、何なんだろう───。







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はじまりはいつも、雨 7

横恋慕をほのめかしておいて、恋人に会いに行く?
バカにすんな。
大人をからかうのも大概に。









奏多が門をくぐったのは、郊外にある私立海星学園高等部。
小中高一貫教育の私立名門校だ。
中でも音楽科は、全国でも超有名レベルの学校だった。



校舎に入るわけでもなく、奏多は通いなれた校内をずんずん進んでく。
背が高いせいか、コンパスが長く歩幅が広い。
おまけに早足で歩くもんだから、私も半分意地になって、必死でそれを追いかけた。
白樺の並木を抜けた先に、横長の白い建物が見えた。
等間隔で、同じような扉が8つ並ぶ。
ぱっと見は部室棟のような雰囲気のそれが、東西向かい合わせで建っていて。
東側一番左の扉の前で、ようやく足を止めた奏多が、私を振り返った。




「………どこまでついてくるつもり?」
「鍵を返してくれるまで」
「…あっそ。勝手にすれば」

ポケットから取り出した鍵を奏多が回したら、カチャリと軽い音をたてて、扉が開いた。
私がいることを気にかけるでもなく、その中へと姿を消す。
逃してなるものかと一歩踏み込んだ私の視界に、大きな物体が映り込んだ。
黒く無感情なその存在に、思わず。
「───え?」
と、声が零れた。
踏み込んだ部屋は思ったよりも狭く、ひやりとしたコンクリート張りの部屋だった。
その部屋が普通よりも少し天井が高い理由は、充分に共鳴の得られる空間が必要だから。








「彼女に…会いにきたんじゃなかったの───?」



「そうだよ。この子が俺の恋人。俺の聖域。だから───、邪魔しないでくれる?」











奏多が私を見つめて、意地悪く笑った。
その部屋にあった物は、黒いグランドピアノ。
ピアノが恋人? かなたの聖域? また何の冗談を───。
喉元まで出かかった言葉がそれ以上続かなかったのは、それが嘘じゃないって思い知らされたから。
重く頑丈な蓋を開けた後、黒と白が一定に並んでいる鍵盤に指を乗せて、すぅと、深く息を吸い込んだ。
次の瞬間、奏多の恋人が音を奏でた。
澄んだ音。
力強く重みがあって、なのにどこか繊細で、どこまでも音の波が広がる気がした。
導き出される音色に、心が震える。
初めて間近で見た時、綺麗だって思ったかなたの指が音を導き出す。
………すごい。
あの指は、ピアノを弾く指だ──────。











「………さん、とわさん…!」

「え?」

「そこ、閉めてくれる? 防音設備の意味、ないんだけど」




そう言われて初めて、自分が夢中でその音に聞き入っていたことに気づく。
音の波に圧倒されて、声も出なかった。




「…奏多、すごい。キミ、天才だわ……」
こぼした本音に、一瞬、目を丸くして、何か言いたげに開いた口が、それを飲み込むように再び閉ざされた。
「………なに?」
「とわさんって、俺のピアノを聴きに来たわけ? 当初の目的、忘れてるだろ?」
変な人だな、って奏多が笑う。
「いいの。それぐらい、感動したんだから。奏多は……わざわざ、ピアノを弾くために学校に来たの?」
「悪い?」
「ぼんぼんなんだからさ、ピアノぐらい家にあるでしょ?」
こんな練習用なんかじゃなくて、コンサート・グランドランクのピアノが、あの家にはありそうだ。
「俺が家で弾くと、嫌がる人がいるから。ここだと誰にも邪魔されない」


そう言ってまた、新しい曲を弾き始める。
すごい集中力。
鍵盤に指を乗せたら、周りの音なんて全然聞こえてない、見えてない。
ピアノの音だけが、彼の世界。
私は目的も忘れて、奏多が奏でる音に聞惚れた。
この子の音は、心が震える。









「──────いつまでそこにいるつもり?」
4、5曲ほど弾き終えたところで、奏多がメロディーを奏でたままに、私に聞いた。
「鍵を返してもらうまでに、決まってるでしょ」
「持ってないっていったろ?」
「ここの鍵を出した時、あの束の中に私の鍵も入ってた。違う?」
「…目ざといな」
「返して。もらったら、おとなしく帰ってあげるから」

フッとかなたが笑ったのと同時、音が途切れた。
鍵盤に乗せた指が旋律を止めて、座った位置から静かに私を見上げて笑みを浮かべる。




「……何がおかしいの?」


「とわさんは、分かってないなぁと思って」




「…どういう意味?」



「酒井さんを信じるなんて言ってるくせに、やってることが間逆だってこと。そんなこともわからないの?」


弾くことをやめたかなたが、椅子を正面から座りなおして、私の方を向いた。






「信じてるならさ、何で酒井さんに相談しないんだよ? 社員名簿調べて、男のテリトリーにひとりで乗り込んできたのは、やましい気持ちがあるからだろ? 自分が非力なのはわかってるはずだ。高校生だって、男に力では適うはずがないって───昨日、ちゃんと分からせてあげたんだから」





「私を抱きしめたあれは…牽制、だったの……?」


「とわさんが大人大人って、主張するから、大人である前に女であることを、わからせてやっただけ。
男の怖さを十分思い知ったはずなのに、それでもひとりで来たってことは、心のどこかで酒井さんのこと、疑ってる自分がいるからだろう? 本人に確かめる勇気がないから、俺に会いに来た。現実を見ないふりして、さっさと終わらせようと思ってる。違う? とわさんこそ、鍵という口実があって、よかったね」


「……っく!」




何でも分かったような物言いに、私はカッとなって思わず手を振り上げた。







「───殴れば? 殴った時点で、俺の言ってることが正しいって、自分から認めることになるよ。そんなこともわからないの?」
勝ち誇ったような顔をされて、一瞬で躊躇してしまった私の手を奏多が捕まえた。
この子は、私の心を先読みする。
だからだ。
この子の前で冷静になれないのは。
確かに、奏多が言ってることは間違ってない。
それでころか、私がひたかくしにしてた心の黒い部分を全部見透かされて、暴露された気分だった。


私は、心のどこかで後悔してた。
タケルとのこと。
どうしてあの時、自分から手を離してしまったんだろうって。
あのままセーラー服の彼女が来たことなんて忘れて、タケルが浮気してることなんて気づかないふりして、あのまま付き合っていたのなら……。
私じゃなくて、高校生の彼女と終わりを迎えて、タケルと元に戻れたのかもしれない。
幸せになれたのかもしれない。
涙で枕を濡らしながら、何度も何度も想像した。
もちろんそれは朝になると、自分の選択は間違いではなかったって思うけれど、どうしても夜になるとダメだった。
寂しすぎて、手を離してしまったことを後悔した。
今更、タケルに未練があるわけじゃない。
私は、ともひろと同じ事を繰り返すのが怖くて、現実を見ないふりして、向き合うことから逃げた。
聞かなければなかったことにできる、知らなければ見なかったことにできる。
ともひろを信じてるからじゃなくて、自分に都合の悪い現実から、さっさと逃げ出したかっただけだ。
そういう私のずるい部分を、この子は簡単に見透かしてしまうから、怖くて仕方がなかった。






「………図星をつかれると、しゃべらなくなるのは、とわさんの癖? 」

奏多が見透かしたように笑う。




「わたしは…っ。私は───、何を言われようと、ともひろを信じてる。信じるって、決めたの。
奏多から聞くことなんて、何もない。鍵をもらって、それで終わりにするつもりで………」



喉の奥がつかえて、言葉がそれ以上、続かなかった。
きっと私の顔は、半泣きだったんだろう。
奏多が少し困ったような顔をして、制服のポケットに手を突っ込んだ。







「手」
「…なに?」
「手、出して。鍵、返すから」


金属音が鼓膜を掠めた後、目の前に鍵が差し出された。
にごった音は、さっきまで心地良く響いた、かなたのピアノの音とは全く違う音色。
手のひらに落ちた確かな感触に安堵して、それを二度と手放さないように手の中に閉じ込めた。





「…もう、奏多には二度と会わないから。さよなら」


別れを告げて、そこから立ち去ろうと踵を返した瞬間。










「───っ、きゃぁ……ッ!!」


肩を強く捕まれたかと思うと、ドンと体を押された。
不意をつかれてバランスを保てなくなった私の体は、すぐ後ろにあったソファに足を取られて、その上に転がる。
「…っ、た……ぃ。もう、なにすん───きゃ…あッ!!」
再度、肩が捕まれて、ソファの上に押し倒される。
慌てて体を起こそうとしたけれど、できなかった。
私の両腕に奏多の手が重なって、ソファに押し付けるように組み敷かれたからだ。
無感情な視線で見下ろされて、背筋がゾクリと震えた。




「な……に……」


「ホントわかりやすい人だね。俺の読み通りに行動してくれるから、すごく扱いやすいんだけど」


奏多の顔がぐっと近づいて、声が間近に聞こえた。
「や、ぁ…ッ」
耳元にわざと息を吹きかけるように囁かれて、私の身体がビクと震え上がる。






「…甘ったるい声。その声でいつも、酒井さんのこと誘ってんの?」


「何を───ていうか、どいて! また牽制のつもり!?」




「とわさんが揺らがないから、実力行使。───ねえ。酒井さんと、別れてよ」









「……え…?」



「アイツと付き合ったって、いいことなんてない。いつか捨てられるよ? 深入りして傷つく前に、別れといた方がいいって思わない?」





「なに……言ってんの…? どうしてそんなこと、言うのよ……」



「とわさんだってさ、酒井さんとの永遠を夢見てるわけじゃないだろ? いつかは別れが来る、そのことを初めからわかって付き合ってるんだろ? どうせ別れるのなら、早い方が傷つかなくていいと思うけど」






「なにが…言いたいのか……わかんないよ。奏多」


「手っ取り早く、俺にしとけば? 添い寝ぐらい、俺だってしてやれるよ。酒井さんがそうしたみたいに、寂しさを埋めてやれたら、とわさんは俺の事、好きになるんだろう?」



「…どうしてそれを───。…ッ!?」


私へと伸ばされた手が襟元にかかるのが見えて、体が強張った。







「……声、出すよ」
「───出せば? ここがどういう場所かぐらい、わかるだろ? 気丈に振舞ってるけどさ、とわさんって案外、脆いよね? 揺さぶれば黙ってられない。罪悪感で押しつぶされて、自滅するタイプ。どれぐらい大声を出せば外に聞こえるのか、試してみる?」
「……っ!!」
ワンピースのスナップがひとつ、奏多に外された。
さっきまでピアノを奏でていたあの指に鎖骨を撫でられて、ゾクリと背筋が震えた。
「奏多っ!」
思わず大きな声が、出てしまう。














「酒井さんは抱く時に、必ず痕を残す人? 自分の所有物だっていう自己主張の印。意外に独占欲、強いんだ。
こういう男ってさ、自分がつけた場所と数、覚えてるんだよね? ひとつ増えてたら酒井さん、どう思うかな?」






「や、だ……ッ、やめ───っ!!」




首筋に痛いほど吸い付かれた。
生暖かい唇の感触に肌が粟立つ。
首筋と、胸の谷間。
手首の柔らかい場所に、痕を付けられたのが分かった。
ともひろのものでない、紅い花が咲く。





「どうして…っ? どうしてこういうこと、するの…っ!? 奏多は、何が目的で……っ、離してよ…ッ!!!」


「───目的? とわさんのこと、めちゃくちゃにしてやりたいからだよ。酒井さんが大事にしてるものは全部、めちゃくちゃに壊してやりたい」





「なんで───ッ……!?」




その後の言葉は続かせてもらえなかった。
奏多の顔がぐっと近づいて、反論の言葉も拒絶も、悲鳴も。
全部、キスで飲み込まれた。







「や、ぁ…ッ、やめ───!!!」


奏多の唇が強く押し付けられて、舌が荒々しく唇の中に入り込んできても、動けないし逃げられなかった。
ともひろではない這うようなキスに、全身がひどく粟立つ。
やだ、やだ、やだ、やだ……ッ!!!
必死でもがいても、両腕をがっちりと固定された私は動けない。
行動がわかりやすいというのなら、これも全部、仕組まれたこと?
私がひとりで来ることも、諦めずにのこのこついてくることも、ピアノの音色に気を許して油断してしまうことも。
全部、全部、奏多の手の内───。







「…っつぅ…ッ!?」


思い切り歯を立てて噛み付いた。
気が緩んだ隙に、奏多の体を思い切り突き飛ばしてその場から逃れた。
逃げ出そうとした足が恐怖にもつれて、扉までは届かなかった。
はだけた胸元を隠すのが、今の私にできる唯一の抵抗。




「来ないで…っ。それ以上、私に近づかないで───っ!」
「今日はもう、しない」
ホールドアップとでも言うかのように、奏多が両手を挙げて肩の横で止めた。
「もう二度と、私に近づかないで! 関わらないで!!」
「うん。俺からはもう、近づかない。鍵も返したしね。でも───今度はきっと、とわさんの方から俺に会いにくると思うよ?」
「行くわけないでしょ…っ」
「どうかな?」

笑みを浮かべた奏多が、ピアノに置いたスコアから1枚のカードを抜き出した。
無言で私の前に差し出す。
数字の陳列が見えた。ケータイの番号だ。






「…奏多の番号でしょ。 そんなの、いらないから」
「裏はそうだけど、見てもらいたいのは表」



そんな風に言われて手渡されたら、見ないわけにはいかない。
恐る恐る、表をめくる。
奏多のケータイ番号が書かれたカードの表は、どこかのお店の名刺みたいだった。





「シーサイド・パーク・ホテル……?」


「アイツのこと信じてるっていうならさ、行ってみるといいよ。そこに。
何が真実なのか、自分の目で確かめればいい」





カードを手にしたまま、動けなくなってしまった私の背後で、扉が開く音がした。
背中を押されて、外へと押し出される。


「真実を目の前にして、見ないふりができるのならさ、それを俺に聞かせてよ。
待ってる───」





背後で扉の閉まる音が、ひと際大きく響いた。
レッドカードを突きつけられて、無理矢理ドロップアウトさせられた気分だった。
固く閉じたその向こうから微かにピアノの音が聞こえた。
かなたが奏でるそのメロディーが、心をざわつかせて、鼓膜を揺らしたまま離れなかった。







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9月の憂鬱  前編




園田の様子がおかしい。
怒ってるわけじゃあないみたいだけど……何だかぎこちない。
何か思うところがある顔だな、あれは。
オレ。
アイツを不安にさせるようなこと、したっけ?
振り返ってみるけれど、それといって心当たりがない。


待ち合わせの時間には遅れなかった。
たくさん写真が撮りたいっていう園田のお願いに、姉貴からデジカメも借りてきた。
デートの途中で、誰かに割り込まれたり、部活召集がかかることもない。
園田が絶対嫌だと言い張った、絶叫マシーンはあえて外すして。
嬉しいハプニング満載のお化け屋敷も、我慢した。
そのかわりと言っちゃなんだけど。
観覧車の中ではうんとキスをしてやった。
密室で、誰も見てないのをいいことに、ディープで長いやつをたっぷりと。
そりゃあ、ちょっとやりすぎたかなーとは思ったけれど。
恋人同士、観覧車の天辺でのキスなんて、お約束だろ?
園田もそれをわかっているから、素直にオレのキスに応じてくれた。




でも、明らかに。
その辺りからなんだよな。


園田の様子が、いつもと違うって気づいたのは。
















降り出しそうな空模様に、早めに遊園地を引き上げた。
帰るにはまだ早い時間だったから、園田を送り届けたついでに、部屋に上がらせてもらう。
園田が淹れてくれたアイスティーで喉を潤して、コンビニでチョイスしてきたばかりのプリンを食べながら、今日撮った写真をふたりで確認した。


「どれ、プリントしとこうか?」
「えー…迷う。全部───っていうのは……ダメ?」
「別にいいけど……かなりの数だそ?」

今日一日で、軽く100枚は超えてる。
園田のとびきりを残したくて、何度もシャッターを切ったから。
気に入らないやつは、後で消去すればいい。
そう思って撮りまくったのに、結局どれもいい瞬間すぎて、消去できない。


「自分だけで映ってるやつもいんの?」
「うん」
「それって……どんだけ自分好きなんだよ?」
冗談めかして笑ったら、園田がもう!と手を振り上げた。
大げさに声を上げてそれをよけて、冗談だよと笑う。
「だって……。蒼吾くんが撮ってくれた写真だから、記念に全部欲しくて。
それを見るたびに、その時の蒼吾くんを思い出せるでしょ? だから……」


傍から見ていて恥ずかしいほど惚気るって、こういうことをいうんだろうな。
液晶を見ながら嬉しそうに笑う園田を見て、ふとそんな風に思った。
できることなら、一緒にいられるすべての瞬間を、メモリーの中に納められたらいいのにって、欲張りなことを考えてしまう。




「あ。ねえ、見て見て! ほら、この写真の蒼吾くん、すごくいい顔! プリントしてもらったら、ボードに貼ろうかな。あ。こっちもいい顔───」

嬉しそうに頬を蒸気させて、身を乗り出してきた園田の腕を掴んで引き寄せた。
その拍子にデジカメが手から離れて、白い絨毯の上に音もなく転がる。
肩を抱き寄せてキス。
唇を割って入ろうとしたら、拒まれた。




だから、なんで───!?








園田がおかしな態度を取るのは、キスした時や、体に触れた時。
付き合いはじめじゃないんだからさ、あからさまに意識しすぎるのは変だ。
もう、そういうプラトニックな仲でもないし。
そりゃあ。
いつまでたっても「慣れない」「初々しい」───園田のそういうところが、惚れる要素ではあるんだけど。
でも今日は、そういう気恥ずかしさの拒絶とは、ちょっと違う。



「…ましろ。もうちょっと口、開けて───」

甘く名前を囁いても、頑なに閉じた唇はオレの進入を拒む。
軽く触れるのはOKで、ベロちゅーは駄目?
それ以上のこともやってんのに、それっておかしくね?


「…あっ!」
前触れもなく、胸に触れた。
気が緩んだその隙に舌で割り入って、逃げる舌を捕まえてやろうとした。
その瞬間、園田がオレを突き飛ばした。
不意の出来事に逆らう暇もなく、オレは派手にベッドから転がり落ちた。
呆然とするオレ以上に。
無意識に出てしまった拒絶の態度に、園田の顔が青くなる。


明らかに今日の園田は、おかしい。
下に親がいるから駄目だとか、そういう反応じゃない。
そういうことをするオレが嫌───つう態度。
二度目が嫌?(正しく数えると二度目じゃねえけど)
誕生日みたく約束してないから駄目?
四国から戻って、あれから一度も、園田のこと抱いてねえのに。
言っとくけどオレ、結構我慢してんだぞ。
今すぐ抱きたいって言ってんじゃない。
深いキスも、体に触れるのも駄目じゃあ、納得いかねえ。
オレが何をしたっていうんだ?





「あの…っ、ごめ……っ、突き落としたりするつもりなんか、なくて…その……」


見る見る間に園田の顔が泣きそうに歪んで、目尻に涙が浮かぶ。
その態度から、オレを突き飛ばしたのには何か理由があることを悟る。
何なんだ、まったく。
むちゃくちゃに突っ走りたくなる気持ちを無理矢理抑え込んで、園田の正面に座る。
手を握って、強く見据えた。







「不満があるのなら言って。
理由も分からずに、拒まれんのはたまらない」



ここで強く出たら、園田は怖がって萎縮してしまう。
泣くばかりで、何も話せなくなるのは目に見えてる。
彼女のペースを守りつつ、ゆっくりうまく誘導してやると、素直に本音を話してくれるはず。
それが長い付き合いで学んだ、園田の上手な扱い方。
案の定。
ごまかしは効かないと悟った園田が、ぽつりぽつりと話はじめる。









「…言っても、怒らない……?」


「ああ。約束する」










「あのね……。




蒼吾くんって……その……私以外の女の子と………したこと、あるの……?」











ハイ?









「…なんで、そんな風に思うんだよ?」


突拍子もない質問に、思わず聞き返してしまった。









「だって…。慣れてるっていうか…その…キスも上手で……、初めての時も、余裕があったから……。
前にも誰かと、そういうこと、したことあるのかな、って不安になって───」


「……オレ。余裕があるように見えた?」







「…うん……。




余裕があるのは、それなりに経験積んでるからだって、みんなが言うから…」











みんなって、誰だよ?












つうか。





誰に、どこまで、何を話したら。そんな方向、行くんだよ!!














「園田。ちゃんと説明しろ」






約束通り、怒るつもりはない。



だけど。







全部聞くまで、オレ。

ぜってえ、帰んないからなっ!








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魔法のコトバ* 続編 2 comments(0) -
バースデイ・バースデイ 5



誕生日当日は、ばあちゃんがケーキを用意してくれた。
イチゴがたくさん乗っかった、生クリームたっぷりのホールケーキは、村唯一の洋菓子屋『サンタサンタ』のケーキだ。
「ん。園田のぶん」
「ありがとう」
「アイツらにたかられる前に、食うべ食うべ」
店の名前からか、クリスマスでもないのにサンタの砂糖菓子が乗っかってる。
そこには何の違和感も持たず、均等に振り分けられたはずのケーキの大小で、低レベルな争いを続ける小学生4人に、オレは溜息を零した。
オレが今日、誕生日だということをどこからか聞きつけて、朝一から押しかけてきやがった。
ご丁寧に洋菓子屋に回って、ケーキ持参だ。




「たまたまさー、ケーキ屋の前を通ったらな、おばちゃんに届けてって頼まれたんよー」
「俺らも忙しいんやけどさ、おばちゃんがどーしても!って言うけん、持ってきてやった!」

小学生の何がどう忙しいんだか。
素直にケーキ食いたいから取りに行ったとでも言えば、可愛げがあんのに。
回りくどい言い方を。
おまけに。
食う気満々でケーキの前に居座るもんだからさ。
ばあちゃんが気を利かせて、早めに切り分けることになった。
午前10時にケーキを囲んだ誕生日なんて、今年が初めてだ。
「まあ、ええがね。食べたい時に食べるんが、一番おいしいけんな」
ばあちゃんも、こいつらが来ることを見越してたんだろう。
10人で分けたとしても十分に満足できるジャンボサイズだ。


「出さんと負けよっ、ジャンケンポイッ!」
一番大きなケーキ(オレには全部、同じに見えるけど)は、あみだの末、喜助がゲットした。
今度はケーキの上に乗っかった砂糖菓子のサンタと、チョコレートでできたバースディプレートを誰が食うかの勝負だ。
「喜助はでっかいの取ったんやけん、除外! 除外!」
「えー! なんでぇ!?」
お前ら。
今日の主役はオレだつうことを忘れてるだろ?
そういう飾りもんは、誕生日のオレに一番の権利があるんじゃねえのか?


…まあ。
今日のオレはいつもより寛大だ。
なぜかって───そこんところは、聞かないでくれ。








「…蒼吾くん」
「ん?」
「クリーム。ついてる」
唇の端についていたであろうクリームを園田が指でぬぐって、ペロリと舐めた。
なんて事ないその仕草に、ドギマギして、心拍数が上がる。
「…なに?」
「なーんかさ、こういうやりとりって、いいよな。深く付き合ってこそじゃね?」
「?」
「昨夜の園田をアレコレ思い出しちま───ってえ!」
ポカンと殴られた。
デリカシーのないオレは嫌い、って、頬を真っ赤に染めてそっぽを向く。
あんな後でも、変わらずシャイなままで可愛い。
もうずっと、そのままでいて。





「それ。すごいよね」
ケーキを食べ終えた園田が指差したスーパーのレジ袋には、これでもかってなぐらいに駄菓子が詰め込まれてる。
大和ら男4人がくれた誕生日プレゼントだ。
「つか。全部、うまい棒ってどうなの? もう少し、バラエティにとんでもよくね?」
「でも、立夏ちゃんはホラ、手作りクッキーじゃない」
「これはいいんだ。これは」
「もらえるだけでも良しとしなきゃ」
「つっても、うまい棒40本ってなあ…」
「ホントはすごく嬉しいんでしょう?」
何もかも見透かした顔して、園田が笑う。
「ああ。ちょっと感動した」
これだけ大量のうまい棒が、北村商店に置いてるはずがない。
足らない分は、何日も前から注文して取り寄せたに違いない。
物がどうこうというよりも、その気持ちが嬉しい。
小学生のクセに、生意気なことを。





「私からも。はい、これ───」
「え? なんで?」
「なんでって……蒼吾くん、誕生日だから…」
「もう、もらったじゃん」
「あんなの…プレゼントのうちに入らないもん。いいから、開けてみて?」

園田がオレの手を引き寄せて、手のひらの上に小さな箱を置いた。
箱の水色とリボンのオレンジ色のコントラストが、真夏の空と太陽を連想させる。
リボンを解いて蓋を開けると、中からイヤーフックのイヤホンが出てきた。




「うおっ。これ……! オレが欲しかったヤツ! なんで!?」
「守口くんに相談に乗ってもらったの。プレゼントするのなら、やっぱり蒼吾くんが欲しいものがいいでしょ? ちょうど壊れて新しいのを欲しがってるって聞いたから…」
「いいの? もらっても」
「うん。使ってもらえたら、嬉しい」
さっそく手持ちのiPodに差し込んでみる。
「…どう?」
「いい! 低音が腹に響く!」
スポーツタイプだから、ジョギングにも使える。
「つか、これ。高かったろ? マジでいいの?」
「私の誕生日に、期待してる」
「うしっ。任せとけ!」
バイトは無理だから今から貯める!
クリスマスもお年玉も、貯金だ!
「それは、冗談だって。蒼吾くんが喜んでくれるだけで、私は嬉しいから。そのかわり、大事に使ってね?」
「モチロン!」
コードを伸ばして、イヤホンのひとつを園田の耳に掛けてやる。
「ど? 音、良くね?」
「うん。ノイズが少ないね」
「だろ? 再生音が漏れにくく、かつ、周りの音もある程度聞こえて。動いても落ちないイヤホンなんて、サイコーじゃね?」
おまけに。色はオレの大好きなブルーだ。
もう完璧。




「あーっ! 何、ふたりでいちゃいちゃしてんだよ!」
「隠れてコソコソと!」
「やっらしぃ!」
「不潔ー!」

ケーキ争奪戦に一区切り終えた男4人組が、ニヤニヤとオレの前に現れた。

「園田はオレの嫁だ。イチャイチャして何が悪い? 文句あるか?」
「わ。開き直りやがった!」
「蒼吾はそういうとこが、大人気ないんだよなっ!」
「あれは、なったらいかん大人の見本だ」
「あんな大人になるのだけは、やめとこな?」
「なーっ」




「…おっ前ら……、言いたい放題、言いやがって! 全員、沈下橋から放り込んでやるっ!」



「ぎゃーーっ! 蒼吾が切れたー! 逃っげろーー!!」




わーっと奇声を上げて、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれが逃げた。
「じゃーな! 蒼吾っ! 誕生日に免じて、今日はふたりっきりにしてやるけん!」
「せいぜい、いちゃいちゃすればええよ」
「俺ら沈下橋におるけん、どーしてもっていうのなら遊んでやる。いつでも来いよ!」
「じゃーな! ばあちゃん、ケーキご馳走さん!!」
肩に掛けたバスタオルをマントのように翻して、真夏の空の向こう、アイツらは散った。
食うもん食ったら、退散かよ。
ひっきょう!



オレのすぐ後ろで、園田がくすくす笑う。
「大和くんたち。かわいいよね」
「そうだけど…ウザイ!」
思い切り顔をしかめてやったら、園田がまた、声を立てて笑った。
あいつらがうるさいお陰で、こんな園田の笑顔がみられるのなら、それはそれで良しだ。
無邪気に笑い続ける園田の前で軽く身体を折り曲げて、チュッと音を立てて唇に触れた。
「あ」
「…なに?」
「今、大和くんに見られてた」
「うえー。マジで?」
「ほら、また振り返って───」
言葉の続きをキスで塞ぐ。
今度は触れるだけの子どもじみたキスなんかじゃなく、深く探る大人なキス。




「…蒼吾、く…っ ちょっ…まだ、見られて───ッん…」

胸を押し返して突っぱねてくる園田の手首を捕まえて、オレは開き直ってキスを続ける。
見たけりゃ見ればいい。
園田はオレの彼女で、オレの嫁(仮説)。
キスして、いちゃいちゃして何が悪い?
誰かに文句を言われる筋合いはねえ。



それに。
今日はオレの誕生日。
今年のオレは、最強だ。










「…蒼吾くん……」


くたりとオレの肩にもたれかかって、キスの余韻でとろんとしたままに、園田が口を開く。





「さっきからずっと、気になってたんだけど……」
「なに?」
「戻ってる。……名前、園田に……」
「あー…。ゴメン。いつものクセで、つい…」


゛園田゛が長いから、なかなか抜けね。


「つか。ゴメン。しばらくまだ、園田でいい? なんつうか…モロバレだから」
旅行から帰って、いきなりましろじゃあ、一線越えましたってアピールしてるようなもの。
「不幸にも。そういうことに敏感で、深読みしてくる連中ばっかが、オレの周りにいるもんで」
涼とか、ジンさんとか。佐倉とか、日下部とか。
おまけに───姉貴。
せっかくの綺麗な思い出を、ひやかされて、つつかれて。
それをネタにいじられんのは、ぜったい御免だ。
あからさますぎんのも、どうかと思う。






「…いいよ。なんとなく想像はつくから…」
それぞれの顔を思い浮かべて、園田が笑う。
「ごめんな」
「うん。また時々は……呼んでね…?」
「ああ。ベッドの上でなら、何度でも───ってぇ!」


真っ赤になった園田に、頬をつねられた。
最近の園田サン、容赦ねえの。
「もう知らない!」
照れ隠しに拗ねてみせて、もらったばかりのイヤホンを耳に掛けて独り占めした。
オレに背を向けて、ぷいとそ知らぬ顔。
そうやって、怒った顔も笑った顔も。
これからも見せてくれる表情、全部オレにちょうだい。









「───ましろ?」



後ろからそっと体を重ねて、イヤホン越しの耳に小さく囁く。
聞こえてないふりして、園田は振り返ろうとしないけれど、握り締めたipodの曲がもう終わってるのは、ちゃんと知ってる。













「なあ。

誕生日に園田のことちょうだいって約束、今日中ならまだ、有効───?」




甘く囁いた言葉に、間髪いれずに園田が振り返った。
何か言いたげに口元がぱくぱく動くけれど、声にならない。
今日。
早めにケーキを食ったのは、幸いだ。








「じいちゃんをうまくかわして、今夜は早めにあがろう……な?」






だって、約束だもんな?
誕生日に、園田をオレにくれるって。























翌日は。
昼になっても、園田は離れを出てこれなかった。


いつになく上機嫌のオレと、ぎこちない歩き方の園田の姿を見て。
港まで迎えに来た姉貴は、何かを感じ取ったのだった。

















Fin *









夏



蒼吾とましろの甘い甘い誕生日は、いかがだったでしょうか?
ここまで丁寧に書こうと思えたのは、読者さまの応援と励ましがあってこそ。
ふたりの話をもっと読みたいと言ってくださる方がいるからこそ、書けた。
いつもいつも、感謝です。

今回、新しいイラストが間に合わず、使いまわしでございます(汗)
「この絵、見たことあるぞー」とお気づきの、はづきファンの方、許して(笑)



もうしばらく、『まほコト』続きます。
ましろと蒼吾で書きたいネタは山のように。
連載当初は、本編のみで終わる予定のはずだったのにな…(苦笑)
どうかまた、こりずにお付き合いくださいませ。




りくそらた





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バースディ・バースディ 4-2
本日。
バースディ・バースディ4-2を更新しました。
引き続きR-18になってます。
18歳以下の方は、ご遠慮ください。
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