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魔法のコトバ*番外編〜君フェチ 2




本日。
魔法のコトバ*番外編〜君フェチ 2を更新しました。
R-18作品になりますので、裏へ格納します。
話は、とにかく甘い仕様になってます。
9月の憂鬱後編のそのまま続きだと思って、読んでください。
年齢に達してない方、そういう描写が苦手な方は、ご遠慮ください。


なお。
前作と同様、興味本位ではなく、ふたりのこれまでの成長の過程を読んでくださった方にのみ、読んでいただきたいという理由から、引き続きPASS制にさせてもらっています。
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PASS* mahounokotoba


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更新とお知らせ comments(0) -
嘘も愛も真実 6



お互い第一印象は、最悪。
自分というものをしっかり持ってる者同士、ぶつかるかと思いきや、腹を据えて向き合ってみると意外にもとわとは気が合った。
そばにいても苦痛じゃない。空気みたいな存在。
「お前ら、付き合ってんの?」
長く一緒にいると、そう聞かれることもたびたびで。
「えー? ともひろなんて、恋愛対象外よ」
そう言って笑うとわの言葉に、最初は傷つきもしなかった。
友達よりも少し上のポジションに相手を置いて、お互いがお互いを認める存在。
二年に進級して同じクラスになったとわは、気がつけばいつもオレの隣にいた。










「……今日も聞かれた」
部室棟の屋外階段でとわと昼食を取るのが、毎日の日課になっていた。
小さな弁当箱の中の卵焼きを箸でつっつきながら、オレの隣で拗ねたようにとわが唇を尖らせた。
「オレと付き合ってんのかって?」
「そう」
「べつに、思いたいヤツには思わせとけばいいだろ」
いちいち訂正するのもめんどくさい。
「…ねえ、ともひろ。アンタ、私と付き合ってるか? って聞かれて、なんて答えてるのよ? 適当に相槌打ってるだけじゃないの? ちゃんと否定してくれてる?」
「否定はしてる。でも向こうが勝手に勘違いしてんのはもう、どうしようもないだろ。人の思考の中まで、いちいち訂正できるか」
「ともひろは女避けになるからまあいいか、ぐらいに思ってるかもしれないけど、私は…────」
「? なんだよ。言いかけてやめんな」
「とにかく。ともひろがちゃんと否定してくれればいいことだから」
ふて腐れた顔がオレを睨みつけて、抱え込んだ膝の上にちょこんと弁当箱を乗せた。
卵焼きを口に放り込んだ横顔が、むくれてる。
何をそんなに拗ねてんだか。


「食う?」
とわの機嫌が甘いもので簡単に直るっていうのは、今までの付き合いで学んだ。
「…ともひろがお菓子持ってんの、珍しいね」
ふて腐れた顔でオレを睨みつけながらも、差し出されたメンズポッキーの箱へと素直に手が伸びてくる。
懐きの悪い猫が餌付けされたみたいで、ちょっと可愛い。
「女子に貰った。甘いの好きじゃないけど、お前が食うかなと思って。全部やるよ」
「…った!」
パコンと箱で頭を小突いたら、とわが大げさに嫌な顔をした。
…ったく。やりにくい。
今日の不機嫌な原因はなんだよ。


「午後から雨だっけ?」
昼前までは青く高かった空は、灰色の雲を散りばめはじめて、見上げた空からは大きな水の粒が今にも落ちてきそうだった。
「天気予報ではそう言ってたけど。……なに?」
オレが見ていることに気づいたとわが、眉を寄せる。
「お前、ほんっと雨女。イベントある日は、必ず降るよな?」
この日は放課後、部活用の新しいシューズを一緒に見に行く予定にしていた。
とわといると、いつも雨にぶち当たる。
「うっさいな。何を今さら。傘、持ってきてんでしょ?」
「勿論」
彼女と約束をした日は、99パーセントの確立で、雨になるから傘は手放せない。
だから最初は屋上で食べてた弁当も、こうやっていつの間にか、屋根のある部室棟の階段付近で食べるのが当たり前になった。
どうも彼女は、雨に好かれているらしい。


「やだよね、雨。髪決まんないし、泥は跳ねるし。出かける場所は限られるし………、グランドが使えない」
「グランド? 今日、体育あったっけ?」
「ないけど……ただ、なんとなく。陸上部とか、サッカー部とか。部活できなくて嫌だろうなって思って」
「? 何、他の部の心配なんかしてんだよ」
「うん。……私、雨、キライ…」
ぽつんと言葉を落としたとわが、抱えた膝の上に顎を置いた。
「……オレ、雨好きだけど?」
伸ばした手で、とわの頭を撫でてやったら、髪が乱れるから触んないでっ!って叱られた。
や、なんかさ。
お前が何でか、寂しそうな顔してるから。


「なんで雨が好きなの?」
「んー…。降りだす前の独特な匂いが好きだし、雨粒が分散してくの見るのも好き。音聞いてるとさ落ち着くし、雨だとカノジョと家でまったりできるから」
実際、ふたりきりでまったりなんていう経験はないが。
休日を好きでもない女のために使うのが馬鹿らしくて。
「ふたりでいられるのなら、そういうのもよくないか?」
「……なんか、ともひろが言うと厭らしく聞えるんだけど」
「いやらしく?」
「だって………そういうことでしょ?」

ふいと横を向いたその頬が、ほのかに赤く染まってるのをオレは見逃さなかった。
経験あるのかと思いきや、まっさらなんだよな、コイツ。
もしかして、キスの経験もなかったりする?
気が強くて、生意気で、行動派な割には奥手だ。
こいつもいつか、男に染められる日が来るんだろうか。
想像がつかないし、想像したくもない。




風に混じって、少し雨の匂いがし始めた空をオレはぼんやりと見上げた。
「──────なあ、とわ」
「なに?」
「今さらだけどさ、お前って……付き合ってるやつ、いるの?」
経験がないつってんだから、いないとは思う。
けど、プラトニックな関係なだけかもしれない。
「彼氏がいたらこんなにずっと、ともひろといたりしないわよ」
「じゃあ好きなやつは?」
「………いないよ」
「なんだよ、今の間は」
突っ込んで聞いたら、とわがまた頬を膨らませた。

「昔、そういう人がいたけど、フラレタっていってんの。ニュアンスでそれぐらい察してよ。ともひろのせいで、思い出しちゃったじゃない」
「それはご愁傷様。聞いたオレが悪かった」
「嫌味な言い方! 自分がちょっとモテるからって。ていうか、ともひろって女の子に告って、振られたことないでしょ?」
「ふられる以前の問題。告った経験がない」
「うわー。じゃあ付き合った彼女全部、向こうからなんだ! 恵まれたヤツー」
とわがへの字に唇を歪めた。
べつに恵まれたりなんかしてない。

「なあ」
「うん?」
「人を好きになるって、どんな感じ?」
「え? ともひろ……好きになったことないの? ていうか、好きでもないのに付き合ってんの? うわ、やっぱサイテー」
「軽蔑した?」
「まあ……知ってたけどね。でないとあんなにコロコロ、彼女が変わったりしないもん。軽蔑はしないけど、理解は出来ないよ。好きでもない人とキスしたり抱き合ったりできるともひろの軽さって、私には理解不可能だもん」
「……お前はオレみたいな男に、引っかかるなよ?」
「モチロン!」
「……嬉しそうに頷くな。ちょっとはフォローしろ。 ────で? 恋に落ちる瞬間って、どんな感じだよ?」
「んー…そうねぇ。バレーボールみたいな感じかな」
「なんだよ、それは」
「アタックが決まるみたいにね、ズバンって、相手の陣地から打ち込まれてくる感じなのよ」
「お前、それ……どんだけバレーボール好きなんだよ?」
くくっと声を押し殺したように笑ったオレに、とわが不満そうに頬を膨らます。
「えー? なんで笑うのよ? 私、何もおかしなこと言ってないと思うけどー」
ポッキーをかじりながら膝を抱えていたとわが、真面目な顔でオレに向き直った。
「だって、そういうことでしょ」
真っ直ぐに腕を伸ばしてきて、拳を強く胸に当てられた。
親指の腹で胸のど真ん中を、ぐいと押される。





「───────理屈じゃない。頭じゃないのよ。ここ。心の奥んところに、響くのよ。ぐっとね、入り込んでくる感じ」


まるで最近、そういう瞬間を経験してきたみたいな顔して言う。
その凛とした瞳の輝きと、胸を押してくる拳の強さに、心がざわりとした。





「きっとね、好きって意識した瞬間から、気持ちが止らなくなるから」


にこり、見上げたとわがオレに笑いかけて、拳を引いた。



「ともひろがさ、本当に好きな子ができたら教えてよね。私、絶対に応援するからさ」
「……考えとく」
「えー? トモダチなのに、隠し事はなしよ?」
「お前も言えよ? 好きな奴、出来たら」
「うん。絶対言うから、その時はちゃんと協力してよね」




とわが嬉しそうに笑った。
今思えば。
この時とわは、もうタケルに恋をしてたのかもしれない。









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とわの彼方に 2 comments(0) -
嘘も愛も真実 5

地区予選。
あとひとつ勝ち進めば県内ベスト4というところまで、男子も女子も勝ち進んだ6月。
その日は珍しく、とわの姿がコートに見られなかった。


「練習風景の取材に来ました」
放課後の体育館に広報部がやってきた。
眼鏡をかけた堅物そうな三年の部長女子と、同じような雰囲気の女ふたり。
首からカメラをぶら下げた、男カメラマン3人を引き連れて。
校内掲示板に取り上げて、学校中で士気を盛り上げようという魂胆らしい。



「じゃあ────とりあえず、チーム写真から撮っとくか? 汗かいてべたつく前に。アフターよりも、ビフォーだろ?」
男子部キャプテンが声を張り上げた。
「部員全員、来てんのかー?」
「男子、全員揃ってまーす」
「女子は?」
「…一年の花井さんがまだ来てないみたいですけど…」
「欠席か?」
「学校に来てるのは、見ましたけど?」
「────あ。花井さんだったら、週番で担任に呼び出されてました。たぶん遅れてくるんじゃないですか?」
とわのクラスメイトらしい人物が手を上げた。
ああ、それで。
いつもなら一番先に来ているはずのアイツの姿が見えないのは。
練習熱心なとわが、私的な理由で遅れてくるのは考えられない。
担任に呼ばれてるなら納得だ。

「じゃあ、男子だけ先に撮るか。女子は花井が来てからな」
「えーっ! 私達こそ汗かいて乱れる前に、撮って欲しかったのにーっ」
「揃ってないんだから、仕方ないだろ」
「もうっ。花井さん、早く来てよねっ!」
ぶーぶー文句をタレながら、女子部員が練習へと戻っていく。
オレ達が写真を撮り終えて、練習が始まっても、とわはなかなか現れなかった。





ようやくとわが姿を見せたのは、練習が始まってから1時間近く経ってからだった。
「いいからさっさと着替えて来い!」
監督の怒鳴り声が聞えた先で、とわが頭を下げた後、部室へと走ってくのが見えた。
遅れたことを咎められたのだろう。
「むごいな、花井。別に私用で遅れたわけじゃないのに」
パスを組んでいた大野がそれを見ながら、肩をすくめた。
三年男子の予想通り、今年のセッターのポジションはとわが勝ち取った。
バレー部一年でレギュラーを勝ち取ったのは、彼女だけ。
スタメンメンバーの遅刻は、チーム練習に大きな影響を与える。
2日後にベスト4を懸けた試合が控えてるから、なおさらぴりぴりするのだろう。





「酒井ー! ボール行ったぞ!!」
「────え? あ……」


余所見をしてたもんだから、パスを見誤って受け損なったボールが、体育館の外へと転がった。



「バーカ。お前、どこ見てんだよー」
「悪い」


外に転がったボールは、水道の角に当たって跳ねて、あらぬ方向に行ってしまう。
つかホント、どこに転がった?

見失ったボールの行方を捜していたら、部室棟まで出た。
強風にあおられて、敷地の端まで転がってく白いボールを見つけて、溜息をつく。
シューズを履き替えるべきか、そのまま行くべきか。
水はけが悪い雨上がりのグランドは、ところどころに水溜りができて、グズグズだ。
どうでもいいことを真剣に考えて立ち止まっていたら、その目の前を人が横切った。
首からぶら下げた一眼レフカメラを大事そうに抱えて。

……広報部のカメラマンか?
さっきまで中で撮影してたはずなのに、いつの間に外に出てたんだよ。
ああ、サッカー部もいいとこまで勝ち進んでるから、そっちと同時取材つってたかな。
つかあんなヤツ、広報部にいたっけ?
それにしても────マニアックなカメラだな。
望遠レンズ、それどこまで寄れるんだよ? 
つうか、取材してんのに、何をそんなコソコソと。
堂々とすりゃいいのに。




「────撮ったか?」
「撮った撮った。バッチリ!」


大事そうにカメラを抱えて出て来た男は、部室の切れ目で待ってた別の男子生徒と合流するなり、顔を見合わせて笑った。
ああ、そういうこと。
言葉のニュアンスと、鼻の下が伸びたにやけた表情から、何を撮ったのかを悟る。
部室棟の奥には屋外プールがある。
大方、水泳部員の水着姿でもカメラに収めてきたんだろう。
実物じゃなくて、写真でいいなんていう心理は理解できないが。
何を撮って、それをどうしようがオレには無害。
関係のないこと。
面倒なことには首を突っ込みたくないし、関わりたくもない。
聞かぬふりを決め込んで、そいつらの向こうに見えるボールを追いかけようとしたオレの耳に、会話の内容が飛び込んできた。


「で。誰、撮ったんだよ?」
「バレー部の女子。窓開いてんのにさ、気づきもせずに着替えてるから、すっげえいいアングルで撮れた」
「何てヤツ?」
「確か……一年の、花井────」



転がったボールを拾うよりも先に、気がついたらオレはそいつの手から、カメラを奪い取っていた。
「な…っ、なにするんだよっ!」
いきなり現れたオレに突然カメラを奪われたカメラ小僧が、悲鳴交じりの声を上げる。
今時珍しい、フィルム式のアナログカメラ。
バチンと勢いよく蓋を跳ね開けて、そこからフィルムを引き出した。



「あーーーーーッ!!!」


カメラを投げ捨てた。
ガシャンッ!とガラスが割れたような音がして、ボディからレンズが離れて転がる。







「なんでこんなことするんだよっ!! せっかくいい写真が撮れたのに…ッ! 何の恨みがあってこんなこと…ああ、レンズが粉々じゃんか! どうしてくれるんだよっ!! 弁償しろよなっ!!」
苛立ちのままに、広報部のヤツがオレの胸倉を掴み上げた。
すごい形相で睨みつけたそいつを冷ややかな目で見下ろした。
「カメラぐらい、弁償してやるよ」
「弁償してやる? お前、これがどれだけするのか────ああ、お前。1年の酒井ってヤツか。あの酒井屋のボンボンの。カメラを弁償するぐらい、へでもないって? ふざけんなっ! いくら弁償されたってな、撮った写真は戻ってこないんだよ!」 
「酒井、お前何やって────」


ボールを捜しに出たきり、なかなか戻ってこないオレを心配した大野が、体育館から出てきた。
胸倉を掴まれたまま、睨みをきかせるオレを見つけて、ぎょっとした顔をする。
「……なに。喧嘩?」
それを目にした生徒の足が止る。
野次馬が集まってくる。
地区予選、出場停止になるぞ!!って、大野が青い顔をしたのが見えた。






「ちやほやされて、持ち上げられて。いいよな、人気者は。何やっても『あの酒井くんだからー』って、笑って済ませてもらえるんだろ? ふざけんなっ!」

思いっきり右腕を振り上げて、殴りつけようとしたそれを手のひらで受け止めた。
ジンと痺れる強さのそれが、オレの頬を打つことはなかった。
苛立ちの塊を手のひらに閉じ込めたまま、オレはそいつを見下ろした。




「ふざけてんのは、そっちだろ。────わかってやってんのか? 盗撮は犯罪だって」







「盗撮って……」






ざわと周囲がわざめいて、取り巻く空気の色が変わる。
オレを掴み上げたままのそいつの、顔色が変わった。
ヤバイ、って目が泳ぐ。



「そっちの一眼レフ。身に覚えがないつうなら、証拠として提出してみろよ、それを」
「あの…っ、すみません、通して…っ」



ただならぬ事態を感じ取ったのか、広報部部長が人垣をかき分けてくるのが見えた。
顔面蒼白のそいつを見下ろすように、オレは言ってやった。




「部員の管理はちゃんとしとけ。そういう常識のないヤツに、カメラなんか持たせんな」











一度ボロが出たら、あとは次から次へと悪事が発覚した。
盗撮は今回だけじゃなかった。
お手柄だと囃し立てられ担がれるのが嫌で、昼休みや休み時間のたびにオレは、逃げるように屋上へと上がった。
目立つも群れるのも、好きじゃない。
ひとりの心地良さに目を閉じて、煙草を口にくわえたまま、コンクリの上へと寝転がった。
雲が低い。
火をつけようとしたところで、ガチャリと扉の開く音がしたから、オレは急いでそれをポケットに突っ込んだ。


「やっと見つけた」
頭の上から声が降ってきた。
顔を上げたオレの真上からとわがこっちを覗き込む形で、立ってるのが見えた。
片手にコンビニの袋をぶら下げて、もう片方には弁当サイズの小さなトート。
ここで食う気か。




「……なに?」
「なにって、天気いいから、ここでお弁当食べようかと思って」
天気いい?
「これのどこがいい天気なんだよ?」
低い雲を広げた梅雨の空は、今にも雨が降り出しそうだ。
「降ってなければ、いいお天気なの。私、雨女だからさ」
意図の見えない会話の内容に、オレは眉をしかめた。
「隣、座ってもいい?」
「……どうぞご勝手に。オレは行くから」
「あ! 待って!!」
立ち上がろうとしたオレの制服のネクタイが、ぐいと引っ張られた。
「なんだよ!」
「もう少しここにいれば?」
「なんで」
「だって……ひとりで食べるの寂しいじゃん」
「なんでオレがお前に付き合わなきゃいけないんだよ? そういう義理はないけど。つかお前、オレのこと嫌ってたんじゃないのか?」
バカとか、サイテーとか。
散々睨みつけて、ののしったくせに。
いきなり手のひら返すように寄ってきて、かわいく首を傾げられたって気味が悪い。

「うん、嫌い。嫌い────、だった。でも、ちゃんとお礼は言わなきゃいけないと思って」
とわがオレの隣に、膝を抱え込むようにして腰を降ろした。
「広報部にいる友達から聞いたの。昨日のカメラ小僧に私、撮られてたんだってね。アンタがああやってくれなきゃ、変な写真ばらまかれるところだった。だからお礼が言いたくて────」
「べつにお前の為なんかじゃない」
「わかってるわよ、そんなこと。でも、アンタがしたことに助けられたのは、事実だから。────ありがとう」
とわが素直に頭を下げた。
コンクリの上に丁寧に正座までして、伸ばした背筋をキレイに前へと折り曲げて。
気持ちのいい、清清しい礼の仕方だった。
顔を上げたとわが、にこり、笑う。
初めて素直に向けられた彼女の笑顔に、胸がざわついた。



「冷たいとか、軽いとか、ひどいヤツとか。アンタの悪い噂、いろいろ聞いてたけど……。
意外に正義感が強くて、熱いやつだったんだね。そういう面倒くさいことは、見て見ないふりをするようなヤツだとばかり思ってたんだけど……ちょっと見直した」
正座した足を崩して座りなおしながら、角の取れた笑顔をオレへと向けてくる。
「人のこと見下げるななんて偉そうなこと言っておいて、それをやってんのは自分だってことに、気づいたの。もう、先入観でアンタのこと見るのはやめる。人の噂とか意見とか、そういうのじゃなくて、ちゃんと本人を見ようと思って。人間、ちゃんと向き合ってみなきゃわからないよね? ────ということで、ハイ」
トートバッグから取り出した何かを、とわがオレの前に差し出してきた。
チェックのハンカチに包まれた、かわいいサイズの弁当箱だ。





「……なんだよ、これ」
「お礼。食べて」
「お前が作ったのか?」
「ううん。お母さんが────」

しまった、という表情でとわがバツの悪い顔をする。





「……自分の弁当、横流しか」
「ちがーう! 私のは私ので、こっちにあるの! ホラ────」

もうひとつの弁当箱をこれ見よがしにトートから取り出してオレに見せつけた。
オレに渡した弁当箱よりも、ふたまわりも小さな弁当箱。
そんなんで足りるのか?

「自分で作れたらよかったんだけど……私、そういうの苦手でさ」
とわがバツが悪そうに肩をすくめた。
「物を貰っても困るでしょ? アンタの趣味ってわかんないし。それなら、形に残らないものがいいかなーと思って。うちの親のお弁当、すっごく美味しいって評判なんだから! いいから開けてみてよ。ていうか、残したら承知しないから」
「人に勝手に押し付けといて、脅迫するつもりか、お前は」
「卵焼きとおにぎりは私が作ったんだからね。一応、アンタのために。食べてみてよ」
「……後で食う」
「なんで?」
「本人を前にしてマズイとは言えないだろ? まずいものを上手いって言える柄でもないし」
「ひどっ!! 食べる前から、まずいって決め付けんな!」
とわが拗ねたように唇を尖らせた。
笑ったり、怒ったり、拗ねてみせたり。いちいち感情の忙しいヤツだ。

「アンタさ、いっつもお昼、ウィダーインじゃない? ちゃんとしっかり、食べた方がいいよ?」
「余計なお世話だ。つか、それ。その呼び方やめろ」
「うん?」
「アンタじゃないから、オレ。ともひろ。酒井ともひろ、つうんだよ」

きょとん、と。
くっきりした二重の瞼を何度も瞬かせて、とわがオレを見上げた。





「……そんな名前だったんだ。アンタの下の名前。初めて知った」

本気でお前にとってオレは、どうでもいい存在だったんだな。
思わず渋い顔になる。






「私も。おい、とかお前じゃないから。花井とわっていうの。知ってた?」
「…知らない」
オレは嘘をついた。
とわが知らないのにオレだけ知ってたのが、なんかしゃくで。
「じゃあ、覚えてよ。とわでいいから、ともひろ」
「────いきなり名前呼び捨てか。馴れ馴れしい」
「んな…ッ! 今さら『酒井くん』なんてかわいく呼べるわけないでしょ、気持ちワルイ! 友達なんだからさ、それでいいでしょ」
「友達? お前がオレの? あんなに嫌ってたくせに。つか、お前の親友のことは、もういいのかよ?」
「あー…。それね、いいみたい。新しい彼氏ができて、そっちとラブラブだから。もうともひろは、過去の男らしいよ」
「…なんだそれは。オレは殴られ損か」
つかあの女、絶対『はじめて』なんかじゃなかったから。
場数踏んでる慣れた女の身体だったよ。
とわの性格を利用してのオレへの復讐────ってとこか。
こいつがそこのところを誤解したままだっていうのが納得いかないけど……、もういい。
めんどくさい。


「まあ、いいじゃない。私に殴られて、ちょっとは目が覚めたでしょ。懲りたでしょ? アンタの周りに、そういう友達っていないみたいだから。だから私がそういう存在になってあげる。アンタ、思ったよりもいいやつそうだから……一時休戦」
休戦って言われてもな、勝手に怒って敵対心を向けてたのは、お前だけだろ。
つくづく自分勝手なヤツだ。
でも。
飾らない、凛とした真っ直ぐな強さに、少し惹かれる。




「私は、アンタのあのガッツがちょっと気に入ったから。もっとともひろのことが、よく知りたい。────ダメかな?」
「駄目だつっても、引き下がる気はないんだろ?」
「……よくわかってるじゃない」

とわは意地悪そうに眉を吊り上げた後、屈託のない笑顔を見せた。





怒ったり、笑ったり、喜んだり。
感情がそのまま言動になって現れるとわ。
『女友達』って呼べる存在ができたのは、後にも先にも彼女ひとりだけだった。










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とわの彼方に 2 comments(0) -
嘘も愛も真実 4

それからしばらくは、とわと関わることはなかった。
クラスは違うし、同じバレー部といっても、コートが隣合わせなだけで、男女混合で練習することなんてほとんどない。
たまに校内ですれ違うことがあっても、アイツは顔を見ようともしない。
目も合わせてこない。
べつにどうでもいいことだと、気にも止めなかった。







ゴールデンウイークが終わってからしばらく、夏日が続いた。
この時期からこの暑さじゃ、今年の夏は思いやられる。
おまけに梅雨の近いこの時期は、暑さに混じって湿度も高く、不快指数も跳ね上がる。
だるいな。
午前の練習を終えて、用具の片付けから戻ってきたオレは、纏わりつくような不快な暑さに顔を歪めた。
中途半端に乾きかけた汗がベタベタして、気持ちが悪い。
帰ったら即シャワーだ、なんて考えながら何気なく隣のコートに目を移した先にとわを見つけて、視線を上げた。

休日の体育館は、午前と午後とで男女の使用権が入れ替わる。
バスケ部も同じ体育館を使用していて、半分しか使えないからだ。
今日は午前中が男子だった。
休日のコート配分は昼を挟んで午前と午後の間に、1時間ほどコートが空く。
とわはいつも男子部の練習が終わる頃にはもう来ていて、簡単な準備を済ませた後、壁パスやサーブなんかの練習をしていた。
こっちはお遊びでやってんじゃないのに─────なんて熱く語るだけあって、練習熱心だ。





「────あの子、またやってる」

開け放した運動場側の扉の向こうから声が聞えた。
先に着替えを終えて帰宅途中の上級生がとわの姿を見つけて、足を止めたようだった。


「あー…、1年の? なんつったっけ?」
「花井だろ。早朝とか、昼休みとかも、結構自主練やってるよな」
「熱心な子だよな。真面目つうか……負けん気が強そう」
「まあ地区予選近いし…。うちの一年にもあれぐらいの意気込みがあればいいのに」

部活が始まる前だというのに、すでにとわの髪は汗で濡れていた。
この後女子は、3、4時間みっちり練習だろ。
始まる前からそんな全力で持つのか?
顎下へと流れた汗をTシャツの襟元でぬぐいながら、オレは他人事のようにそれを見つめた。
「酒井ー? 先、上がるぞー」
片づけを終えた同級生達が、部室へと戻ってく。



「────花井のサーブのフォーム、すげえ綺麗なんだけど」
「振り上げた時の腕のラインなんか、手本みたいだよな」
「今年のレギュラー争い、ひと波乱あるかも。一年でレギュラー入りの可能性、大じゃね?」
「女子部、もめるぞ〜?」
「顧問の鈴木、年功序列つうよりも、戦力重視だもんなあ」
「女子のセッターって岡田だっけ?」
「あー…岡田めぐみか。アイツのトスって結構、ムラがあるから……マジで今年のレギュラー、花井が取るかも」


30センチほど開いた扉の向こうで、上級生達はまだ話し込んでいた。
壁に背中を預けて水分補給しているオレの存在には気づいていないのだろう。
すぐ背中の後ろから聞えてくる話題は、聞きたくなくても耳に入るし、見たくなくても自然に話題の人物へと視線が向いてしまう。
ふと、オレの視線を感じたのか、とわがこっちを向いた。
オレを認めた瞬間、眉間に不自然な皺が寄る。
ハイハイ、オレはお呼びでないわけね。見るのもあつかましいっていうのか。
溜息をついて、スコアボードに引っ掛けてあったタオルを手に取って、オレは立ち上がった。
べつに好き好んでお前を見てたわけじゃない。





「────つうか…花井って、結構可愛いくね?」


重く大きな扉に手を伸ばしかけた時、聞えてきた話題に、その手が止った。


「あ、オレも! 今そう言おうと思った!」
「えー? なんだよお前ら、ああいうのがタイプ?」
「あんま目立つ子じゃないけどさ、よく見るとすげえキレイな顔してんだよ、アイツ」
「でも、気が強そうじゃね? 扱い辛そう」
「従順な子よりもさ、ああいうちょっと気が強い女の方が、オレはいいな。自分だけに見せてくれる顔で甘えてこられたりなんかしたらさ、結構ヤバイかも……」
「あー…、それは確かに。結構クルかも」
「だろ?」

異様に盛り上がりを見せる上級生の話題に、外に出るタイミングを誤ったオレは、扉の前に立ち尽くした。
どのタイミングで出るべきか。
待つべきか。


「……つうかさ、花井の体付きって、何かやらしくね? 腕を振り上げた時の体のラインに、オレは結構、ムラっとくるんだけど」
「あー、わかる! それ!! アイツいつも、ぴたっとしたTシャツ着てるじゃん? トス上げる時とかサーブの時にさ、胸とか腰のラインがキレイに出るからさ、つい花井にばっか目が行くんだよなー」
「腹とか見えた時にはさ、ヨッシャ!って思う」
「…うっわ。お前らサイアクー! どこ見てんだよー」
「男なら別に普通だろ。どうせ見るなら、いいもの見たいじゃん。花井のスタイルって結構、レベル高いよ? 腰位置高いし、手足長いし、肌キレイそうだし。胸とか尻とか、理想の丸みとラインじゃね? そりゃ男ならさ、いろいろ想像しちゃうだろー」
「二年の男バスから、結構人気が高いらしいぜ?」
「それでか。男バスの連中、練習前によくコートの入り口でたむろってるもんな」
「でも花井って、ガード固そう」
「だからいいんだよ。固いから崩してやりたくなる。攻略してみたくなる。オレ、花井に告っちゃおうか────」



体育館から出たオレは、ガシャンと後ろ手に扉を閉めた。
上級生の視界からとわを遮断するような形で。








「────酒井……? お前、何やって────」



中からいきなり現れたオレに驚いた三年が、珍しいものでも見るかのように、目を大きく見開いた。


「……防護ネット張ってないんで、ボールが飛んできたらヤバイでしょ」
「べつにそれぐらい、飛んできたら俺らよけられるし。な?」
「ああ。つうかお前、いつからそこにいたの? もしかしなくても……俺らの話、聞いてた?」
「……会話の内容、中まで筒抜けでしたよ。花井にも、聞えてたかも」


口から滑るように出てきたオレの嘘に、上級生がバツが悪そうな表情で顔を見合わせた。
すぐ側にいなければ、聞えるようなボリュームじゃない。
ましてや練習に集中していたとわには、聞えてないはずだ。
でもなぜか、気がつけばそうやって嘘をついていた。


「別に口外するつもりはありませんけど。でもそういう話題は、もう少し声のボリュームを絞った方がいいと思いますよ。
じゃあ────オツカレサマでした」
「お、おう。オツカレ……」



なぜか苛立った。
胸につっかえるような苛立ちを押し流したくて、手にしたペットボトルを口元に運ぶ。
中のスポーツ飲料はもう、一滴も残ってなかった。
「…チッ」
短く舌打ちをして、部室に戻った。
同級生はもうとっくに引き上げた後で、オレの荷物だけが長机の上に残っていた。
一年のうちはロッカーは使えない。
汗を吸って重くなったTシャツを脱ぎ捨てて、新しいシャツに袖を通す。
部室に戻る途中で買ってきたスポーツ飲料を一気に飲み干しても、ムカムカした気持ちは治まらなかった。
なんでこんなに苛立つのかがわからない自分に、余計苛々する。
着替えを終えて部室から出た時、自主練から戻ってきたとわと、ばったり出くわした。




「あ」


オレを見つけた顔がまた、あからさまに不機嫌になる。
一瞬交わってしまった視線をきれいに無視して、オレの前を通り過ぎようとした彼女の腕を、オレは思わず掴んで引き止めた。
「……なによ」
とわが驚いたのは一瞬。
すぐに気を取り直した彼女は、オレに敵意の視線を向けた。
その顔がオレ限定つうのが、ムカつくんだよ。
オレが直接、お前に何かしたか?
今の三年がお前を厭らしい目で見てたのなんて気づきもせず、笑顔で挨拶振りまくせに。
何もしてないオレに対してはそうやって、敵意を剥き出しにする。
オレ以外のやつには、すげえ素直に笑えるくせに。
ムカツク。


「……なに、ジロジロ見てるのよ。ていうか、放して」



上級生の話を聞くまで、そういうのを意識したこともなかった。
けれど今日は自然に、とわの体に目が行く。
ハーフパンツにサポーター、上は真っ白なTシャツという格好をしていた。
柔らかい素材のTシャツは体のラインによくフィットしていて、裾は大きく手を振り上げたら腹が見えてしまいそうな中途半端な短さ。
汗ばんだシャツの白がところどころ透けて、肌色を滲ませる。



「────お前、そういうTシャツ着るのやめたら?」
「そういうTシャツ? ……これの何がいけないのよ」
「体にフィットしすぎだ」
「えー? ダボってしてんのは、トスを上げる時にもたつくからやなのよ。試合だってこういうフィットしたユニフォームを着るじゃない。より試合に近い格好でシュミレーションしてんだから、私が何を着ようが、アンタには関係ないでしょ」
ムッと顔をしかめて、掴まれた手を振り払おうとしたのをオレはさせなかった。
「…ちょ、っ……!?」
そのままもう片方の腕も捕まえて、壁へと縫い止める。
とわが息を飲んだのが、リアルに伝わった。






「わかってんの、お前?」



「なにが」



こんな状況に追い詰められても、オレを睨みつける目は鋭さを落とさなかった。
それどころか、ますます強くオレを睨みつける。
壁に押しつけていたとわの両手首を片手でまとめるように拘束して、もう一方の手をとわの腰元へと伸ばした。
腕を頭の上で拘束されたことで、Tシャツの裾から素肌が覗く。

「ちょ、っ、何やって……!」

そこに軽く指を這わせたら、とわが泣きそうな声を上げた。


「や、ぁ……ッ」





普段の勝気で生意気なとわからは想像もつかない艶のある声がこぼれた途端、カッと体の奥が熱くなった。
一瞬だけ触れた、リアルな肌の質感に背筋がゾクゾクした。
女の体なんて、いくらでも知ってんのに。
今さらなんで、こんなヤツに。




「────バカ…っ!! 変態!! 何やってんのよ…っ、放してっ!!」

震える声で威嚇されても、迫力がない。
涙で潤ませた瞳をキッと吊り上げて、それでも強くオレを睨みつけてくる。
ああ、そうか。
コイツのそれは強がりか。
実際物凄く、精神状態が強いわけじゃない。
弱くて小さいくせに、毛を逆立てて威嚇することで、少しでも自分を強く見せようとしてくる子猫みたいだ。
そう思ったら少し、とわのことがかわいく思えた。
拘束していた腕を放したと同時に、とわが真っ赤な顔で、ぎゅっとTシャツの裾を押さえた。
ようやく、オレの言いたいことを理解したことに安堵しつつも、悪態ついた言葉が口を滑る。





「こうやって腕を上げたとき、肌が見えてんだよ。男がそういうの見て何を考えてんのか、ちっともわかってないだろ、お前。腹とかへそとか、簡単に見せてたバカな自分を自覚しろ。阿呆が」


「────だからって、こんなことしなくてもいいでしょ…っ! アンタやっぱ、サイテー!!」


目に涙をいっぱい溜めて、小学生みたいにオレを怒鳴りつけたとわは、逃げるようにその場を走り去った。
これで懲りたのかと思えば、次の日からもとわは、そういうTシャツを着てくるのをやめなかった。
まるでオレへの当て付けかのように。
オレはとことん、彼女に嫌われてるらしい。










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とわの彼方に 2 comments(7) -
嘘も愛も真実 3

まさか、ぶん殴られるなんて、思いもしなかった。
左の頬が熱く熱を持って、ジンとした。
身構えてなかった体は一瞬よろめいたけど、堪えられない衝撃じゃない。
誰かに手を上げられたのは勿論、女に拳で殴られた経験なんて、後にも先にもとわひとりだけだ。



「─────なんで殴られたのか。身に覚えがあるでしょ? それともありすぎて、どれかわからない?」

やり返すとか、怒鳴るとか。
そんなことを考えるよりも前に、あっけにとられる。

偉そうにオレを見下げて、そんなことを言う。
なんていうかお前、拳で男殴りつけるなんてさ、男前すぎるだろ。











高校に進学して、春も間もない5月だった。
とわに呼び出されたのは。
その頃のオレといえば、相変わらずで、告白されれば付き合って、体を重ねては、別れての繰り返し。
入学してからのひと月で、告ってきた女の数は、軽く10人を超えていた。
「すげえな、酒井ー」
「羨ましすぎ! 何人か回せよー!!」
ダチが口を揃えて言うけど、そんなのちっとも嬉しくない。
断れば、すかしてるだの酷いだの言われ。
いざ付き合ってみれば、「冷たい」「優しくない」「思ってたイメージと何か違う」って、すぐにオレを見限る。
大体、上辺だけを見て中身を見ようともせず、告ってくるからそういうことになる。
自業自得だ。
まあ。
女避けの為だけに、気持ちがないのに付き合ったりしてるオレも、最低だけど。




「うおーい、酒井ー!」
その日も、教室の入り口で呼ばれた。
「呼び出しー」


そう聞くともううんざりで、嫌な顔を隠せないところまできてた。




「今日の女は1年ー。あとで、焼却炉に来てくれってさ。────結構、可愛かったけど?」
どうする? って、言葉にしないけど疑問形。
お節介なニヤニヤ顔も正直、鬱陶しい。



「すっげえな、酒井。今日、3人目じゃね?」
「うっそ? マジで!? 何で集中してんの?」
「だってコイツ、今日からフリーだから」


付き合ってた女とは、昨晩別れた。
『酒井くんはわたしのこと、好きじゃないでしょ? 優しくないし…冷たい。それに、思ってたイメージと何か違うのよ』
お決まりの文句を吐いて、ジ・エンド。
最短5日の恋人。記録更新だ。
来るもの拒まず、去るもの追わずな男────って、オレに変なレッテルが貼られてるのは知ってる。
半分事実で、半分はでたらめだ。
誰彼構わず片っ端からOKしてるわけじゃない。
オレにだってタイプはある。
選ぶ基準は顔つうよりも、中身だ。
生理的に受け付けない女は勿論だけど、恋愛にどっぷり嵌りそうな重い女はNG。
男を知らない女は何かと面倒くさいから、絶対OKしないって決めてる。
あっさりドライで、割り切った恋愛ができそうなヤツ限定。
別にセックスがしたくて付き合うわけじゃない。
誘われればそれに応じるけど、オレの方からキスや体を求めることはなかった。
それにオレは、付き合ってる女がいるのに他の女と────なんて面倒なことはしない。
好きでもない女の為に、修羅場るのはご免だ。
だから呼び出しが集中するのは別れてすぐ、フリーになった時。
条件さえクリアしてれば、一番最初に告ってきたヤツと付き合うパターンが多かった。
今朝の2人は、どっちもNG。



────それにしても。
焼却炉?
珍しい場所を指定してきたもんだ。
人目につかないところを選んだにしても、普通なら屋上とか、校舎裏とか、部室等とか。
音楽室───なんてのもあったな。
愛を告白するっていうのに、何を好き好んであんな汚い場所で。
ムードもへったくれもない。
まあ確かに、掃除以外の時間にあの場所へ人が近づくことはない。
誰にも見られたくないほど、シャイなのか。
それなら手紙とか電話とか、古風な手段を取ればいいのに。
べつにどうでもいいことをぐだぐだと考えながら、校舎の角を曲がって、焼却炉の黒ずんだ煙突が見える場所まで来たとき。
彼女が見えた。


スッと伸びた背筋。
日に当たると微かに茶色く輝く真っ直ぐな髪が肩の上で柔らかく揺れた。
真新しい制服の胸元は、リボンじゃなくてネクタイ。
可愛さをアピールする女は大抵リボン派なのに、パリッと結んだネクタイが新鮮というか、似合ってるていうか、様になる。
特別美人ってわけじゃないけど、パーツパーツが整っていて、洗練されてる感じだ。
意思の強そうなくっきりとした二重の瞳がひどく印象的で、目を惹いた。
オレに気づいて振り返った彼女が、無遠慮に視線で撫で回してきた。




「アンタが酒井くん?」

自分から呼び出したくせに、わざわざオレに名前を確認する。



「……そうだけど。なに?」



「もっとこっち、来てよ」

くいと顎をしゃくられた。
何でいちいちお前、偉そうなんだよ? 
ちょっとむっとする。



「こっち。もっと奥まで来て」
「なんで」
「いいから」

そう言って、振り返りもせずに、スタスタと奥へと歩いてく。
無造作に降ろされた真っ直ぐな髪が、風にさらりと揺れた。




「ここじゃ駄目なのか? なんでわざわざそんな奥まで────」

「ひと目につかないところがいいから。変なとこ見つかって噂になるのは、嫌だもの」


変なところって────押し倒して、キスでも迫る気か?
見かけによらず、大胆な女。



面倒くさくなって頭をかいた。
そういうことに積極的な女は、好きじゃない。






焼却炉よりもまだ奥。
デカイサイズの倉庫がいくつも並ぶ鬱蒼とした場所まで来ると、ようやく彼女が足を止めた。
振り返った顔が、オレを見上げる。


「────で。なんだよ。オレも暇じゃないんで、さっさとしてくれない?」

「うん。すぐ済むから」

にこり。可愛く笑いかけた、次の瞬間。
オレの事、思いっきりぶん殴ってきやがった。












たぶん身構えてたら、こんなにあっさり殴られることはなかった。
不意打ちつうか、だまし討ち。
まさか、しかも、拳で。





「─────なんで殴られたのか。身に覚えがあるでしょ? それともありすぎて、どれかわからない?」

わかるか、バカヤロウ。



「まゆ、泣いたんだから。初めての男がアンタみたいな尻軽男なんて、サイテー」


まゆ? あゆって言ったのか? どっちだ。
つうか、どの女のこと言ってんのか、さっぱりわからない。
付き合った女なんて顔と名前が不一致だ。
しかも、オレが『初めて』?
そういう不慣れな女とセックスした記憶は、ないけど。
オレに体を許す女はそれこそ、どいつもこいつも尻軽ばっかだ。
そっちこそ、何か大きな勘違いしてんじゃないのか。




「────二度とまゆに近づかないで」

投げつけられた眼差しは、有無を言わせない強さがあった。
絶対零度な視線でオレを強く睨みつけた後、艶やかな髪を颯爽と翻して、校舎の向こうへ消えた。
つうか、そんな女。
こっちから願い下げだ。





「……ふざけんな…ッ」

苛立ちのままにフェンスを蹴り上げたら、ガシャンッと鈍い音がして、中途半端に閉じてた扉が開いた。
蹴り上げた足よりも、打たれた頬の方が痛かった。












その数日後。
全校朝礼で、とわの姿を見かけた。
あからさまに敵意を剥き出しにしてきたあの彼女からは全く想像のつかない、爽やかな笑顔で、友達と笑い合ってる楽しそうな横顔。
まるで別人だった。
隣にいる女は、確かに見覚えがあった。
……ああ、アイツが『まゆ』か。
好きでもない女の下の名前なんて、いちいち覚えてない。
つうかあの女、絶対『初めて』なんかじゃない。
上辺だけの友情に惑わされて、騙されてんのは、お前のほうじゃないのか。


「……なあ、あれ。なんていうヤツ?」
「あれ? ───どれ?」
「1Dの中の、ひとりだけネクタイしてる女」
「……ああ、花井のこと?」
「花井?」
「そう。花井とわ。俺、アイツと同中」

ふーん。
はない とわ、ね。変な名前だ。


「……んだよ?」
「酒井ってああいうの、タイプ?」
じっとオレを見つめてくる目が笑った。
「なんで」
「お前が自分から女のこと聞いてくんの、珍しいから」
いちいち詮索すんの、やめろ。
鬱陶しい。
「べつに。そんなんじゃない。周りみんなリボンだからさ、目立つんだよ。ネクタイ組は」
「あー…。まあな。1年の内はみんなかわいこぶって、リボンから入るらしいけど、最初からネクタイつうヤツは珍しいよなー。学年上がるとさ、それぞれ個性は出てくるみたいだけど」
うちの女子の制服は、リボンが基本だ。
だけど個性の尊重ってことで、希望者には男と同カラーのネクタイが認められてる。
1年の最初からネクタイつうやつは、ごく稀で珍しい。
「部活の先輩が言ってたんだけどな、ネクタイを選ぶ女子は、勝気で男勝りで、正義感が強いやつが多いらしいぜ? まさに花井って、そんな感じ。ピッタリだよな? ……あ、そうか。お前、アイツのこと知らないのか」
「……ああ。知らない。つうか、興味もない」



アイツはオレを嫌ってる。
まあ、もう。
関わることもあるまい。
勝手に高をくくって、そう考えてたのに。






望まないものこそ、なぜか縁があるもので。
会いたくないって思ってるやつほど、偶然ばったりってパターンが多いのは、何でだ。



「あ」
「げっ」



とわとの二度目は、アウトレットモールの中にあるスポーツ用品店だった。
部活用のシューズを買おうと立ち寄った店内で、伸ばした手に重なるように伸びてきた手。
同じものに手を伸ばしたことに気づき、お互いがお互いを振り返った瞬間、オレを認識した顔が、あからさまに嫌な顔をした。
つうか今、「げっ」って言ったのはお前か。


「……なによ。なんでアンタが、こんなところにいるのよ」
「買い物だ。いて悪いか」
「べつに」
ついとそっぽを向いた彼女が、また手を伸ばす。
少し高い場所にあるシューズへと、精一杯の背伸びをして。
指先がそれに届くよりも先に、オレはそれを手元に引き寄せた。


「───あ」
「これか?」
「…そう。取ってくれたの? ありがと───」
「オレもこれ、買うんだよ」
「え? ……ずっ、ずっるい!! 私が先に───」
「こっちが先だったから。取ったのも、手を伸ばしたのも」
「それは身長の差でしょ!? 私が先に、唾つけといたんだから…っ」
「唾って、お前……」
小学生か。
顔は大人びてんのに、どこか発想が幼い。
ギャップつうか、イメージとミスマッチな幼さに、思わず溜息がこぼれた。


「つうか、これ。メンズだろ。それにサイズ、28。お前じゃ大きすぎるんじゃないのか?」
「いいの、それで。そのモデル、そのサイズ、そのカラーが欲しいんだから。全日本の青木選手が使ってるのが欲しくて、バイトしてお金を貯めて、やっとなんだからねっ」
なんてミーハーな。
手に取ったシューズには、『全日本・青木 大輔使用モデル!!』の派手派手しいタグと、現品限りのデッカイ赤札。
「人気モデルでどこも在庫切れで、もうここにしかないって言われたんだから。譲ってよ。アンタなんかには、勿体無いシューズよ」
「人を勝手に評価するな。つかそっちこそ。履かないなら、宝の持ち腐れ。オレが買う。オレが履く」
「あーッ!!」
声を上げたとわを無視して、レジに突っ込んだ。
まるで子犬が吼えるみたいに噛み付いてくる彼女を横目に、カードでさっさと支払いも済ませた。
店員がオレへと差し出したスポーツ店のロゴの入った紙袋を、とわが恨めしそうに睨みつけた。

オレはべつに頑固なんかじゃない。
シューズにもこだわりはない。
だけど。
この時ばかりはなぜか、譲れなかった。
シューズを、じゃない。
この女に優位に立たれることを───、だ。





「……さすが噂の酒井屋の息子。何でも望む分だけ与えられて、何かを手に入れるために努力したり、必死になったりしたことないでしょ?」
店を出ても未練がましくオレの後をついて来るとわが、唇を尖らせた。
怒ったり拗ねたり、いちいち感情的な女だな。
「カード払い? しかもゴールド? 高校生が、ありえない。私はバイトしてお金貯めて、やっとだったのに……!」
強く唇を噛締めた顔が、下を向く。
瞳を潤ませてるそれは、悔し涙か?
大人びてるかと思えば妙に幼くて、気が強いのかと思えば簡単に涙で瞳を潤ませる。
なんだコイツ───面白い……。
オレに媚びを売らない、突っかかってくる女っていうのも初めてで。
『サイアクな女』から、少しとわに興味が沸いた。




「…つうか、お前。バレー部なの?」
「そっちこそ」

ひと月もずっと、隣のコートで練習してたつうのに、全然気づかなかった。



「だからか、だからなのね」
「何が?」
「今年の女バレ。初心者入部が異様に多いのは。こっちはお遊びでやってんじゃないのに」
「…なんのことだよ?」
「アンタ目当てで入部してきた子がたくさんいるって言ってんの。別に初心者でもさ、やる気があるならいいけど…。練習中も上の空で、男子コートばっか見てるからミスの連発で、真面目にやってる部員の足をひっぱることしかしない。はっきり言って迷惑してるんだから。
……アンタやめなよ、バレー部」
「なんでオレが。言う相手、間違ってるだろ、それは」
「だって……全ての諸悪の根源が全部、アンタなんだもん。まゆのことだって───」
「そいつ。絶対、初めてなんかじゃないから」
「……え?」
「お前、単純そうだからさ、絶対騙されてる。いいように使われてるから。オレを評価する前に、自分の周りの人間をちゃんと見極めた方がいいんじゃないのか?」

オレの少し後ろをついてきてたとわが、ぴたりと足を止めた。
気配がなくなったのを不思議に思って、振り返ったオレを、キッと強く睨みつける。





「……やっぱアンタ、サイテー。
まゆのこと知らないくせに、私たちのことなんて知りもしないくせに。上辺だけ見て、文句言うのやめてよ」
「オレはただ───」
「ちょっと人より何でもできるからって、上から見ないで。
たまには降りてみなさいよ。同じ目線になって、ちゃんと物を見ろ。自分から心を開かないと、相手だって心を開いてくれないから。だからアンタは長続きしないのよ。
女、なめんな。馬鹿にしないで」
「───あ、おい……っ!!」
「ついて来ないで」



ついてきてたのは、お前の方じゃないのか。
つかもういいのか、バレーシューズは。







出会った頃のとわは、オレに対していつも喧嘩腰だった。
べつにオレ、とわに対して何かしたつもりはないんだけど。








黙ってりゃ、結構可愛いのに。



勿体ない。










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とわの彼方に 2 comments(0) -
嘘も愛も真実 2



オレが初めて異性と付き合ったのは、中学の時だった。
よくありがちなクラスメイト、部活仲間の同級生。
告白は向こうからで、彼女のことはそれまで、特に意識したこともなかった。
べつに嫌いじゃなかったし、一緒にいても苦痛じゃない。
それなりに可愛かった。
顔も知らない、話したこともないやつに好きだと言われて付き合うよりかは、よほどいい。
ただそれだけの理由で、友達の延長線上に彼女という存在を置いて、付き合いを始めた。

ちょうどその頃のオレは、友達以上の関係や異性の体に強く興味が出始めた年頃で、女の柔らかさや気持ちよさを覚えたのも彼女だった。
デートといえば、うちがほとんど。
両親は仕事で忙しくほとんど家にいることがない。
抱き合うには、好都合だった。



「────ともひろ」
何度目かはわからない。
彼女がいつものように家に来た時、自分の部屋へと上がりかけたオレを母親が呼び止めた。
家になんてめったに帰ることのない彼女が、珍しい。
「ちょっといらっしゃい」
隣にいる彼女をまるで品定めでもするかのように、視線で撫で回した後、渋い顔をした。
好意的とは言えないその表情に、隣にいた彼女が萎縮したのがわかった。
「…悪い。先に部屋、行ってて」
不安そうに顔を曇らせた彼女を先に部屋へと上がらせた後、自分だけリビングへ降りてった。


珍しく母が台所に立っていた。
おそらく仕事の途中で抜け出してきたのだろう。
おかみの品格に相応しい、うぐいす色の高価な着物を颯爽と身に纏い、優雅な動作で食器棚の扉を開けた。
そこから急須と来客用の茶器一式を取り出して、建水の蓋を開ける。
ポンと乾いた音を立てたそれから、茶の葉独特な匂いがふわと香った。
その様子を遠目で見つめながら、オレは目を細めた。
母が台所に立つこと自体に、ひどく違和感を覚える。




「今のお嬢さんは? お友達?」
「……彼女だけど」
「そう」
「なに?」
「いいえ。美味しいお茶菓子をいただいたから、持ってあがりなさい」
「いらない」
オレの手にぶら下げてるコンビニの袋が、目に入らないわけないのに、そんなことを言う。
「そう? じゃあ、お茶だけでも持って上がりなさい」
「だから、いらないって────」
「そんなジャンクフードばかり食べてたら、体に悪いでしょう」
ぴしゃりと言われた。



「…なんだよ。彼女が気に入らない?」
「そんなことなくてよ。可愛らしい子じゃない」
「……だったら社交辞令でも笑えば?」 
「笑えないわよ」
「なんで」
「価値がないものには、それさえも勿体無いもの」

結局はオレが『女』を連れてきたのが、気に入らないってわけか。
余所者に向ける笑顔はないって。
昔からそうだ。
本家がどうとか、後継者がどうとか。
酒井の中に不相応な人間の血が混じることをひどく嫌う。
それなりの地位と身分と、そして家柄のある人間だけを選りすぐって、婚約者としてあてがう。
当主の時期跡取りとして、それは当たり前のことだと口を揃えて言われてきた。
そうやって代々、酒井の家は続いてきたのだと。
後継者? 跡取り? 許婚?
いつの時代の話だ。古いだけが取り得の田舎の旧家のくせに。
確かに父は、若い頃から酒井の家と旅館と伝統を守り、他にも手広く事業を手がけてきた。
おそらく酒井の系譜の中で、一番の出世頭じゃないだろうか。
その輝かしい軌跡と、人生を懸けた努力を父の代で終わらせたくはない。
それを引き継いで守っていくのは息子の勤めだ、ぐらいには思ってやってきたつもりだった。
だけど。
オレの恋愛感や恋人についてまで、どうこう言われる筋合いはない。


「……オレが誰と付き合おうが関係ないだろ」
旅館の経営と、酒井の家以外、興味がない。
いつだってオレと妹のことは二の次だったくせに、こういう時だけ出てきて母親面か。
「ええ。好きになさい。あなたが誰を好きになって、誰と付き合っても、一切口出しはしませんから。恋愛は自由ですものね。
───でも。結婚は酒井の名前に相応しい、しかるべき相手としてもらいます。もうね、決まってるのよ。桜庭のお嬢さん。確か……理央子ちゃんって言ったかしら? あなたよりふたつ年上の綺麗なお嬢さんよ。今の子とは比べようのないくらいにはね。身元が確かでしっかりしていて、才色兼備という言葉が相応しい娘さん───酒井にはそういう女が必要よ」
「ちょっと待てよ! オレ今、彼女と付き合ってるって───」
「だからそれはべつに構わないって言ってるでしょう? 何事も経験だから。酒井の名前を穢さない程度に存分やればいい。ただ───避妊だけはちゃんとおやりなさい。厄介ごとはこの家には、持ち込まないこと」



何を言ってんだ、この人は。
子どもを酒井の為の道具としか思っていない。
酒井を守るために、子どもの未来も希望も。何もかもを犠牲にして、それでも酒井の為だ、オレの為だとわかったようなことをいう。
おそらく母もそうだったのだろう。
そうやって言われ続けて、この酒井に嫁いできた可哀想な女。
家の為だけの愛のない結婚、その末に生まれてきたオレにも妹にも、愛情が湧かないのは当然といえば当然だろう。


「もうあなたが生まれた時からこの結婚は決まっているの。それに従えないというのなら、酒井の家を捨てるぐらいの覚悟をなさい。それに───今付き合ってるからって、一生寄り添うとは限らないでしょう? 恋や愛だなんて、所詮まやかし。今のあなたぐらいの年の恋愛なんて、おままごとみたいなものよ。本気の恋愛なんて、最初からしないことね」

べつに最初から、永遠を望んでたわけじゃない。
だけど、誰だって別れることを前提に付き合ったりはしないだろ。








当時のオレは、真剣に悩んだ。
確かに母の言うとおり、今付き合ってるからといって、一生寄り添うとは限らない。
でも、オレを本気で好きだと言ってくれる彼女に対してどうしても、罪悪感がぬぐえなくて苦しくてたまらない。
付き合うきっかけはどうだったにしろ、長くいると情が移る。
それが愛と呼べるかと聞かれると、自信はない。
だけど、ちゃんと真面目に付き合ってきたし、大事にしてたつもりだった。
だから思い悩んだ末、彼女にそれを打ち明けた時、それでもオレが好きだと言ってくれた彼女の笑顔に心底安心したし、救われた。
その時は、彼女の笑顔を信じた。
けれど物事はオレの描くように上手くはいかなかった。
現実は容赦なく、残酷だ。








曽祖父が来るというから、部活のある彼女を校内に残して、珍しくひとりで下校した日のことだった。
校門まで出たところで、携帯を忘れたことに気づき、教室まで取りに戻った。
教室の前まで来た時、ふと上がった自分の名前と聞き覚えのある声に、思わず足を止める。



「─────ごめんって、本気で謝るのよ。あの酒井くんが。ちょっとびっくりしちゃった」

彼女の声だった。


「えー。それって、茉莉と本気で結婚を考えてたってこと? まだ中学生なのに? それって重くない?」
「重いわよ、もちろん。ていうかそんなつもり、さらさらないのにさ」
「だろうね……。茉莉、酒井くんのこと、最初から本気じゃなかったでしょ」
「えーっ!? なにそれ!! 本気じゃないくせに、あの酒井くんを独り占めしてたわけ? ずるくない?」
「ずるいも何も。向こうがあたしのことが好きだっていうんだから、仕方ないでしょ?
気持ちいいわよー、酒井くんの隣。彼女ってポジション。みんなが羨ましがって、羨望の眼差しで見られてる時の優越感。もう、えっちの時以上にぞくぞくするの!」
「うわ。アンタそれ、サイアク〜!」
「アクセサリー感覚で男変えんのやめなってー」
「でもちゃんと好きよ? 酒井くんのこと。
カッコイイし大人びてるし、体の相性もピッタリはまるし、お金持ってるしさ。洗練されてる、っていうの? クラスの男子とは、ちょっと違う雰囲気よね? 人気も校内ぴか一だし」
「それって好きっていえるの? 高価なおもちゃを買ってもらった子どもが、自慢げに見せびらかしてるみたい」
「まあ、一種のステータスみたいなものよね。あの酒井くんと付き合ってるって聞いたら、女の株が上がるでしょ? ダメ元で告ったら、運よく手に入った。ただそれだけ。どうせ付き合うならさ、いい男と付き合いたいじゃない?」
「─────ホント、最悪。酒井くんもこんな子、さっさと乗り換えればいいのに」
「まあ向こうも見る目がなかったんでしょ。仕方ないわよ。この子、外面いいし顔は可愛いから」
「ひどーい! 何それ!! アンタ、どっちの味方よ?」
「だってさ、あまりに酒井くんが不憫で…」
「いいのよ、それで。どうせ誰も、本気で彼と付き合ったりなんてしないから。
だってね、あの酒井の跡取りだよ? 地元で彼の家の凄さを知らない人なんていないでしょ? この窓から見えてるこっちの山からずっとこの先まで、酒井の持ち物なのよ? 半端ないわよ。
結局ね、押し潰されるのよ。酒井の名前に、家に。酒井くんの母親のあたしを見る目、普通じゃなかったから。
確かにいい男だけどさ、バックがあれだもの。誰も本気で付き合ったりしないって」


「ちょ、茉莉……っ」

「なによ?」



力任せにドアを蹴った。
ガンッ!!と木の乾いた音と、扉に張ったガラスが共鳴する不快な音が校舎に響く。
ドアの向こうで、身を縮こまらせた友人と、引きつった顔の彼女が見えた。
もう、どうでもよかった。








「酒井くん、待って……っ!!」







それでも彼女は追いかけてきた。


「なんだよ?」

「今のは、その……っ」



彼女の目から、ボタボタッと涙が零れ落ちる。
そうまでしてすがろうとするものは何だ? オレ自信じゃないってことは、お前が一番良くわかってるくせに。
涙なんて手段。
反吐が出る。










「─────終わりだ。藤本。もうオレに近づくな」






好きという上辺だけを滑ってく言葉に騙されて、偽者の幸せを抱いて。
望んでも望まなくても、結果はこうか。





気持ちが冷めるのは一瞬だった。

もちろん彼女みたいに、全ての女がそうじゃないってこともわかってる。
けど、決まった未来の待ってるオレに、何ができるというのだろう。
酒井の家も未来も全て投げ出せるほど、大人じゃなかった。
15歳という年齢で全てを悟るにはまだ、幼すぎた。


いつだってオレが掴むものは、偽者。
本物が欲しくてたまらない。











それ以来。
オレは人を真面目に好きになるのはやめた。
「好き」という感情が煩わしい。
絶対の愛も、永遠も。この世には存在しやしない。
全てが何もかも、馬鹿らしい。
小中高と一貫性の私立校に通ってたオレは、高校はそこを飛び出して公立校へ進学した。
苛立ちや虚しさを紛らわせる為に吸いはじめた煙草は、手放せなくなった。
煙草も、高校も。親と酒井に対する子どもじみた反抗だった。


高校に進学しても相変わらず、言い寄ってくる女は堪えなかった。
半分はオレに、半分は酒井という肩書きに。
適当にかわして、その中から本気になりそうにない割り切った恋愛のできそうなヤツだけ選んで、適当に付き合った。
言い方悪いけど、体だけの関係。
彼女がいるってだけで、女避けにもなる。
好きじゃなくても、女なんて簡単に抱ける。最低だった。虚しいだけの中身のない恋愛。
別に自分から会ったり、連絡したり、体を求めたりすることはなかった。
誘われたらそれに応じる。
ただそれだけだ。


そんな中、とわと出合った。
ひと目見た瞬間、視線を奪われて、恋に落ちて、運命を感じて─────なんて。
出会いはそんな甘いものじゃない。
とわとの出会いは強烈。第一印象はホント、サイアクだった。











なんで、って。



初対面でアイツはオレを、思い切り、ぶん殴ったからだ。









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とわの彼方に 2 comments(9) -
魔法のコトバ*番外編〜君フェチ 1



本日。
魔法のコトバ*番外編〜君フェチ 1を更新しました。
R-18作品になりますので、裏へ格納します。
話は、とにかく甘い仕様になってます。
9月の憂鬱後編のそのまま続きだと思って、読んでください。
年齢に達してない方、そういう描写が苦手な方は、ご遠慮ください。


なお。
前作と同様、興味本位ではなく、ふたりのこれまでの成長の過程を読んでくださった方にのみ、読んでいただきたいという理由から、引き続きPASS制にさせてもらっています。
一度cookieに登録すると次回ログインフォームが省略されます。
再度利用される場合はcookieを有効にして、パス保存をされるといいかもです。





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PASS* mahounokotoba


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