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嘘も愛も真実 10


気がつけば、また一年が過ぎようとしていた。
専門学校を卒業したオレは、社会に出て、酒井の息のかかった企業に就職して、2年目を迎えた。
毎日はめまぐるしく、仕事に追われる日々。
時間だけが手のひらからこぼれていって、過ぎたオレの手にはなにも残らない。
成長期を終えて、ハタチを過ぎて。
いつの間にか、鏡に映る自分にあまり変化が見られなくなって、それと同じように日々も変わらなかった。
彼女がいなくなったとたん、オレの世界は色を失った。



高校を卒業してから今でもずっと。
季節の変わり目には必ず、とわからハガキが届く。
写真の中で微笑む彼女は年を重ねるごとに大人びて、綺麗になっていく。

─────── バカねえ、ともひろは。ここにある笑顔はみんな本物だから。偽者なんてないんだよ? ───────

高校最後の日、そう言って笑った彼女の笑顔は、あの頃と少しも変わりなく。
今でもきっとタケルの隣で、幸せそうに笑ってるんだろう。
もうとわとは、ずっと会ってない。
高校卒業後の新居に一度だけタケルと顔を出して、それきり。
オレ達はそれぞれの場所で、4年目の春を迎えていた。



これからも会うつもりはない。
募る想いとはうらはらに、もう二度と会わない、そう心に決めていた。
あの日までは。









父親に呼ばれて、久しぶりに実家に帰省していた日のことだった。
始発で帰るつもりで夜のうちに荷造りをしていたタイミングで携帯が鳴って、久しぶりにクラスの集まりに顔を出さないかという。
ちょうどタケルも春休みで地元に戻ってるらしかった。
話があるから聞いてほしい。
携帯の向こうから聞えてくる声は、真剣だった。
「とわは? 一緒に来てるのか?」
聞いたら、来ないと言う。
『ていうか、とわのことで話があるんだよ。相談つうか……事後報告だけど。とりあえず、8時に和良屋な。待ってる』
自分の意見を押し切ることのないタケルが、珍しくオレの返事も待たず携帯を切った。
話ってなんだよ。
嫌な予感がした。



急な呼び出しで約束の時間に少し遅れて行ったら、集まったメンツはほぼ出来上がっていて、オレを見つけた島が嬉しそうに声を上げた。
「うお。酒井が顔出すなんて珍しいなぁ! なに? 帰省中?」
「ああ。帰省ついでに呼ばれた。タケルは?」
「あれ? さっきまでそこにいたんだけど……」
オレを呼び出した当の本人が見当たらない。
どこ行った?
「タケルなら携帯鳴って、外出てったけど。なんか揉めてるふうだったぜ?」
「揉める?」
誰と。
「タケルなんかほっとけよ。どうせいつでも会えるんだろ? 久しぶりなんだからこっち付き合えって!」
無理矢理空いた席に座らされて、グラスにビールを注がれた。
出来上がってるから、そう簡単には離してくれそうにない。
下手に逃げて、酔っ払いに絡まれるのは厄介だ。
ここはしばらく付き合うしかない。

「わー。酒井くんだ! すっごく久しぶり!」
突然、腕を組まれた。
同じバレー部だった中田鈴。
あの頃とちっとも変わらない媚びるような上目遣いと、本人自慢のぽってりした唇をとがらせて、隣に座っていた島を押しのけてオレの隣を陣取った。
「卒業して以来じゃない? 珍しい。どうしたの?」
「タケルに呼ばれたんだよ。アイツ、知らない?」
「えー? 梶? 来てたっけ? 忘れたぁ」
「忘れたって、……お前なあ」
「それよか、飲もうよ。久しぶりなんだし。お酒、強いでしょ?」
グラスに残ったビールを空けろと言われて、仕方なく飲み干したら、またぬるいビールが注がれた。
ケースで注文してるもんだから、中途半端に栓の抜かれたビールのビンがあちこちに置かれてる。
ぬるくてまずくて、しかたない。


「とわとは? 会ってるの?」
「会ってないよ」
「……ふーん。あんなに仲良かったのにね。人の気持ちって、離れちゃうと簡単に変わっちゃうんだ?」
「………」
「なーんてね。うそ。まだ好きなんでしょ? 好きだから会ってない。会えない。違う? 今日だって絶対、とわが来てたら来なかったくせに。ていうか、とわが来るから今までの集まりにも顔出さなかったんでしょ? あー、ヤダヤダ。未練がましい男はこれだから」
「中田」
オレは軽く隣を睨みつけた。
「なによ。今、ここでする話じゃないって? 大丈夫よ。みんな出来上がってんだし、誰も聞いてないって。
今しかできないからするんじゃない。あたし本当は、ずっと酒井くんに言ってやろうと思ってたんだから。ちょうどいいわ」
ドン! と日本酒の入った一升瓶が目の前に置かれた。
みんな出来上がってる?
中田が一番、できあがってんじゃないのか。
つか店のスタッフも、酔っ払いに一升瓶なんて渡すな。
地元顔馴染みの居酒屋は、気心知れて何でもありだ。
オレは深く息を吐いてから、立ち上がった。


「ちょっと…、酒井くん? どこ行くつもり?」
「外。煙草」
「ここで吸えばいいじゃん。禁煙席じゃないんだし」
「アイツ……、大崎。妊婦だろ? 同じ部屋で吸えるか」
「わー、紳士〜、じゃない! それを口実にして、あたしから逃げたいだけでしょ。あ、待ってよ! あたしも行くから!!」

ビール瓶片手に中田がついてきた。
勘弁してくれ、鬱陶しい。





外に出たら、星が綺麗だった。
煙草をくわえて空を見上げる。
ジャケットを引っ掛けてきたのは正解だった。
夜はまだ冷える。
ふーっと溜息混じりの息を吐き出したら、煙が空に流れた。
クシュン!とオレのすぐ足元でくしゃみが聞えて、店の壁に背中を預けて丸く座っていた中田が鼻をすすった。
「……中、入れば? 風邪引く前に」
「ジャケットあるんだから貸してよ」
「ダメだ」
「……ケチ」
チッと舌打ちをした中田が隣で、持参していたグラスにビールを注いで、ちびちびやりはじめた。


「昔から酒井くんってそうよね。優しくないの。誰にでも平等に冷たい。
…ううん、冷たいって表現は変か。興味がないのよ。他人なんてどうでもいい感じ。そのそっけなさがいいのよってみんな言ってたけど……あたしにはその良さはわかんなかったわ。だって、好きなのに冷たくされたいって、変じゃない。
あたしは好きな人には優しくされたい。特別扱いして欲しい。あたしが変えてやる! ぐらいに思って付き合ったんだけど……、酒井くんは変わらなかった。あたしじゃ、変えられなかった。とわみたいに酒井くんをあんなふうに、笑わせられない」
「………」
「知ってた? とわといるとき、自分がどんな優しい顔してるのか。気づいてないでしょ?
とわもバカよね。そばにいすぎて、自分に向けられる酒井くんの表情は、他のみんなに向けられるそれと同じだと思ってる。特別なことに気づきもしない。だから」
「もういいだろ。過去の昔話は。今さら」
「さっきも言ったけど。今だから言うんじゃない。酒井くんが未練がましく、とわのことを過去にできないから言うの!
忘れられないぐらい好きなら、梶から奪っちゃえばいいのに。親友だから無理? 傷つけたくない? 意気地がないだけじゃない。偽善者! 結局は、臆病なだけなのよ。 
欲しいとだけ思っていくら望んでも、自分が動かなきゃ手に入らないわよ。努力もしないで、なんでも手に入ると思ったら大間違いよ! バーカ!」
ドン! と。
ビール瓶を地面に置いた中田が、すわった目でオレを睨みつけた。
外見はチャラけて見えるけど、中田は芯が一本通ったヤツだ。
勘の良さも昔から変わらない。
あの気の強いとわと対等に付き合えるんだから、中田もそうとうだ。
「……だいたい、あたしは最初から、納得がいかなかったのよ。とわが梶を選んだことも、酒井くんが簡単に自分の気持ちから手を引いたことも。酒井くんがとわと、まとまってくれたのならあたしだって、自分の気持ちにとっとと見切りをつけられたのに。なんで梶に持ってかれたまんまなのよ。これじゃあ、いつまでたっても報われないじゃない。……馬鹿みたい…っ」
中田は散々、自分の言いたいことをぶちまけたあと、ずるずると崩れ落ちた。
最後のほうは分けの分からない単語をいくつか呟いて、丸くうずまったまま動かなくなった。




「……おい。中田? おいって」

揺すっても起きそうにない。
こりゃダメだ。
完全に潰れた。


「──────もしもし、島? 誰かまともなヤツ、寄こして。外。中田が店の前で潰れてるから。え? 知るか。勝手に中田がついてきて、勝手に潰れたんだよ」
中にいる島に連絡して、応援を頼んだ。
さすがに、このまま放置していくわけにはいかない。
人が来るのを待つ間、二本目になる煙草を口にくわえて、空に煙を吐いた。
ぼんやりそれを見つめながら、中田の言葉を頭の中で繰り返す。




──────忘れられないぐらい好きなら、梶から奪っちゃえばいいのに。親友だから無理? 傷つけたくない? 意気地がないだけじゃない。偽善者。結局、臆病なだけなのよ ──────


他人の幸せを壊してまで、自分が幸せになりたいとは思わない。
その結果がとわを泣かすことになるになら、なおさら。
「めんどくさ」
ため息と一緒に煙も全部吐き出して、携帯灰皿に吸殻を押し込んだ。
三本目に手を出そうかどうか迷ってポケットを探ったとき、ふと、声が聞えた。
店の裏にタケルがいた。
なんだ、こんな近くにいたのか。




三本目を吸うことを諦めて、店の裏へと歩いた。
タケルはオレに気づかず、なにやら真剣に携帯で話し込んでいる。
そういや、誰かと揉めてるふうだったって、金子が言ってたっけ。
途切れ途切れに聞えてくる会話の内容は、揉めてるというよりも、なだめてるふうに聞えた。



「もう泣くなって。おれ、ちゃんとするから」


顔も見えない相手が泣いてるってわかるぐらに、電話の向こうで誰かが泣いてる。
とわか?
もしそうだとしたら、あの気の強いヤツが、電話越しに弱音を吐くなんてよっぽどだ。
──────なにがあった。

聞くつもりなんてなかった。
けど、聞えてくる会話の内容が内容なだけに、オレはその場からどんどん離れられなくなった。
聞き耳を立てずにはいられない。






「……おれにはもう、寧々だけだから。…愛してる。じゃあな」



オレは愕然とした。

タケルが甘い言葉を囁く相手が、とわじゃない事実に。














気がついたらオレは、タケルの手から携帯を奪い取っていた。
「……とも、ひろ……。お前、いつから──────」
通話はすでにもう、切れた状態で相手には繋がらない。
履歴を調べたら、しっかり女の名前が残ってた。
塚原寧々。
とわじゃない。







「どういうことだ、タケル。説明しろ」


愛してる?
友達なんかじゃない、電話の相手は。
浮気のつもりなら、携帯に入れる名前ぐらい、変えろ。
偽れ!
もしもとわが、これを偶然見つけたとき、何十件も残る女の名前の履歴をなんて説明するつもりだった?

浮気ならまだいい。
戻る気があるなら、気持ちがまだあるのなら、やり直せるかもしれない。
黙って嘘ついて、なかったことにして。
卑怯なやり方かもしれないけど、言わない優しさも選択できる。
でも。
タケルの本質はバカがつくほど正直で、そういう小細工ができない男。
だからこそわかる。
わかるから、腹が立つ。
浮気じゃない。
本気だ。
それなら──────確実に、とわが泣くことになる。



「盗み聞きなんて卑怯だろ、ともひろ」
「聞えたんだよ」
「……ま、そんなのどっちでもいいや。どうせ今日、話そうと思ってたことだから」
タケルが力なく笑って、足元にあった小石をポンと蹴った。

「……先輩に言われたんだよ。お前はこのまま、ひとりしか女を知らなくていいのか、って。
オレさ、お前は男じゃない!みたいに言われたような気がして、カッときちゃって……。合コンで潰れた子、連れて帰っちゃったんだよ。それが彼女。浮気つうか……、はじめはほんの出来心で手を出したのに、それっきりにできなくて。ずるずる会ってるうちに……好きになちゃったんだよ」
なに手なんか出してんだよ。乗せられてんだよ。
とわがいるのに……!
拳が砕けそうなぐらい苛立ちを握り締めたまま、それを誤魔化すみたいに煙草に火をつけた。
落ち着け。
最後まで、話を聞くまでは冷静でいろ。
「向こうは知ってんのか? お前にとわがいることを」
「もちろん最初は黙ってたよ。知らなかった。でも……バレた。だから、泣いてる」
「……とわはどうするつもりだ? このこと、知ってるのか?」
タケルが静かに首を横に振った。
知るわけない。
知ってたらこんなことにはなってない。


「寧々が…、彼女が泣くんだよ。おれがいないとダメだって。生きていけないって……。
とわのことは好きだよ。好きだけど……なんていうか、長くいすぎてもう、ドキドキしないんだよ。とわと一緒にいるのは、ほとんど情だけ。恋愛感情のそれとはもう、違う。
とわは強いから、泣かないから、ひとりでも大丈夫だろ? でも、長く付き合ってきたから切れなくて。
なあ、ともひろ。オレどうしたらいい? どうすればとわを傷つけずに──────ッ!!!?」



気がついたら殴ってた。
頭に血が昇って、怒りに我を忘れて、場所とか立場とか、そういうのも全部吹っ飛んで。
オレの中のずっと我慢してた何かが、音を立てて切れた。



「──────どうしたら傷つけずにすむか? ふざけんな。
もうお前が違う女に手を出した時点で、とわを傷つけてんだよ。裏切ってんだよ! とわを傷つけない選択肢はもうとっくに失くしたあとだって、どうして気づかない? 気づけない?
少しでもとわとやり直す気があるなら、オレは黙っててやる。浮気したことは、絶対口にするな。秘密は墓場まで持ってくぐらいの覚悟はしとけ。
でも。その気がないなら、ちゃんと白黒つけろ! アイツが先に気づく前に。
情に流されて別れられないお前のそれは、優しさじゃないっ! お前の身勝手な情だけで、ずるずる延ばすな!」

涙なんて手段。
これだから、すぐに泣く女は嫌いだ。
涙を武器にして、かわいく泣けば男は戻ってくるって、浅はかな考え。
タケルも、底が浅い男だ。
とわが泣かないのは強さだと、ずっと思ってたのか?
勘違いしてたのか? 4年も。





「とわの泣かないそれは、強さなんかじゃない。強がりだ。履き違えるなっ!!」

オレがもう一度、右手を振り上げたとき。
背後から何かにそれを止められた。
「なにやってんだよっ! 酒井っ!! 呼ばれて来てみればこんなこと……! やめろって…っ」
中田を迎えに来た島と金子に身を挺して止められた。
ふたり掛かりで押さえつけられては、いくらなんでも身動きが取れない。
おまけにひとりはクラスで一番体格のよかった、ラグビー部の金子。
仕方なくオレは殴るのをやめた。
殴ったところでもう、もとには戻らない。




「……ったく、なにらしくないことやってんだ。……タケル、平気か?」
「ああ……」
「酒井。中田は?」
言われて顎をしゃくった。
中田なら、店の軒下で潰れたままだ。
「お前ら……中田のことで揉めたわけ?」
「まさか。アイツはまったく関係ない」
「じゃあ」
「──────島。中田連れて、金子と先に戻って。つか、席外して。おれはまだ、ともひろと話すことあるから」
「話すって……大丈夫なのか? 酒井、お前…まだ怒りおさまってないだろ」
「ともひろにはちゃんと、おれを殴る理由があるんだよ。いいから。席外せって」
「……わかった。なにがあったのか知らねえけど……ほどほどにしとけよ?」
軽くオレの肩を叩いて、ふたりが席を外した。
もう殴るなよ、島がそう釘を刺して。






ふたりの姿が見えなくなったあと、タケルが大きなため息をつきながら、店の壁に背中を預けるように座り込んだ。
軽く砂塵が舞って、砂の乾いた匂いが夜風に流れた。
しばらくの間、オレもタケルも口を開かなかった。
降りてくる沈黙は、決して心地のいいものじゃない。



「………あのさ。頭冷えていろいろ考えてたらさ、思い出したんだけど…。ひとつ聞いてもいいか?」

先に沈黙を破ったのは、タケルだった。






「お前さ、とわのこと、好きだろ?」


膝の間に顔を埋めて難しい顔をしていたタケルが顔を上げて。
まるでパズルの最後のピースがはまったみたいな顔して、微かに笑った。




「おれ、高校時代にさ、何度か聞かれたことあったんだよ。お前と付き合ってた女子から。
コトの最中にさ、無意識に口走る名前があるんだって、お前、自分で気づいてた?
『゛とわ゛って、梶の彼女でしょ。なんで酒井くんの口からあの子の名前が出てくんのよ?』 何度も聞かれた。何度も否定した。とわはおれの彼女だって。ともひろとは何でもないって。
つうか、おれもさ、本当は薄々気づいてたのに、知らないふりしてただけなんだけど……。なあ、そういうことだろ? おれを殴った理由は。
………いつからだよ? お前、いつからとわのこと──────」

「………」

「言えよ! つうか、お前、とわが好きだったくせに、おれに紹介したのか? なんでっ!?」

立ち上がったタケルが今度は、オレの胸倉を掴み上げた。



「………とわだけは、手が出せなかった。好きだったから、本気だったから。アイツを酒井の揉め事に、巻き込みたくなかった。
とわが選んだのが他の男なら、紹介なんてしてない。大事な女を人になんてやれるか。
でも………。お前だったから、タケルだったから! とわを任せても大丈夫だって思ったから…っ!
なのに、この有様か──────!」
胸倉を掴んだ手を勢いよく振りほどいた。
一瞬、息を飲んだタケルを、オレは冷たく見下ろした。









「──────タケル。
お前はもう、とわを選ぶ気はないんだろ? だったら、オレがもらっても文句はないよな?」









「………え?」


まさかオレの口から、そんな言葉が出てくるなんて、思いもしなかったんだろう。
タケルの顔色が明らかに変わった。





「………お前…、なに言って──────」
「人のものになるって聞いたら、急に惜しくなったか?」
「違う! そういうことを言ってんじゃなくて………。本気、なのか?」
「冗談で言うか、そんなこと」



こんなやつに4年もとわを持ってかれてたかと思うと、腹が立つ。
そのことに気づけなかった自分に。
もっと早く、そういう決断を下せなかった自分に。








「ちょっと……、待てよ…。だってお前…婚約者、いるんだろ? 『リオコ』はどうすんだよ!? 断るのか? 断れるのか!? 酒井を諦めるのか? 捨てるのか!?」
「捨てない」
「だったら……! とわのことはそっとしとけよ! 今までお前が、そうやってきたみたいに。期限つきの恋愛なんて、オレの心変わりよりよほど残酷じゃないか!」
「誰が期限つきだなんて言った。とわが手に入るのなら、一生手放したりするもんか」
「じゃあやっぱり……とわを選んで、酒井を捨てるつもりなのか?」
「どっちも捨てない」
「どっちもって………意味わかんねえよ…。そんなこと、できるわけないだろ? 第一、とわは酒井に相応しくないじゃないか。地位も名誉も、家柄もない。絶対、酒井に潰されるぞ」
半分投げやりみたいにハッと笑い捨てて、タケルがズサッとその場に座り込んだ。










「──────相応しいってなんだよ? 相手が自分にふさわしいかどうかを決めんのは、他人じゃない。オレだ。お前が勝手に判断するな。
3年……いや、2年でいい。オレが誰を選んでも酒井に文句言わせないぐらいの男になってやるから。認めさせてやる。そうすれば、とわを選んでも文句ないだろ?」






オレはずっと、ずっと。たったひとりが欲しかった。


結婚相手ぐらい、自分で決める。










「2年…、ね。できるのか? 短期間でそんな大規模なこと」



ハッと鼻で笑ったタケルが、真顔でオレを見上げた。





「できるか、できないか、じゃない。やるんだよ」
「……勝手にしろよ、もう。おれは止めないから。つうか、止める権利もないけど。
おれも、お前がアイツを支えてくれるなら文句ないし。…って、おれが言えた立場じゃないけど。
…とわと、話する。会ってちゃんと話すよ。泣かれるかもしれないけど、ちゃんと。おれはもう、とわを選べないから。幸せにできないから。そのぶんお前が幸せにしてやって」
「言われなくてもそうする」
「……ハッ。すげえ。モテる男はやっぱ、言うことも違うね。その自信、どこから来るんだよ。まだとわが、お前のこと好きになるかどうかもわからないのに」
「……そのときは、長期戦で行くさ」



今までずっと、言えなかった。
望むことさえ無理なんだって、ずっと諦めてきた。
でも、手を伸ばしていいなら。
とわがオレを見てくれるようになるまで、いくらでも待ってやる。












けれど物事は、オレの思うようにうまくは進まなかった。
オレが先手を打つよりも、タケルがとわに切り出すよりも先に、女が動いた。
一番、サイアクのパターンだ。
とわが精一杯の強がりで自分の恋に幕を引いてしまってから、オレはそれをタケルから聞いて知った。





『泣かなかったよ、とわは。それどころか、ケータイ真っ二つに折ってさ、アイツらしい』



泣かなかっただって?
泣けなかっただけだろ。
お前はこの4年間、とわの何を見てきた。
男にすがって、かっこ悪いところを全部見せて、泣ける女かアイツが。
本当は、追いかけてきて欲しかったにきまってる。
引き止めてほしいにきまってるのに。
そういう選択肢も可能性も全部、アイツは携帯を折ることで自分から断ち切った。

こういうとき、一人で暮らしていると、どん底まで落ち込むからダメだ。
いくら人前で強がって見せたって、平気でいられるわけがない。
ひとりになんかしておけない。






自分を裏切った男のことを想って涙を流すな。
悲しみで全部、心を埋めてしまうな。
もう絶対、ひとりにはさせないから──────。





もう遠慮はしないと強く心に決めた。とわにも、タケルにも、自分自身にも。










「──────もしもし、とわか? オレだ」



オレは4年ぶりに、とわの声を聞いた。








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とわの彼方に 2 comments(16) -
とわの彼方に〜瞬間センチメンタル(回想編追記)


本日。
とわの彼方に〜瞬間センチメンタルを更新しました。
本編から切り放したい感じなのと、少し色のある表現が入ってるので、裏に格納します。
回想編の追記。
とわがタケルとまとまった時期ぐらいの話です。
裏ブログですので18歳未満(高校生不可)の年齢に達してない方は、ご遠慮ください。
更新とお知らせ comments(1) -
嘘も愛も真実 9



「──────タケルが、お前のこと紹介してくれって言ってるんだけど、どうする?」

いつもの部室棟の入り口で、前フリもなく切り出したら。
とわが開けたばかりの弁当をみごとにひっくり返した。










「え?」




ビー玉みたいな目を瞬きもさせず、きょとんとこちらを見返した。
ふっくら艶のある唇が、馬鹿みたいに半開きだ。
動揺に気づかないふりして、オレは言葉を続けた。


「今度の日曜、アイツと出かける予定にしてる。タケルが話したいから、お前も連れてきてくれって言ってんだけど」
放心状態のとわにわかりやすく伝わるように、ゆっくりそう言ったら。
え? と、もう一度、とわが首を傾げた。


「ちょっと……待ってよ。意味がわからないんだけど」
「もう一度、言おうか?」
「そういう意味じゃなくて………」
唇に手を当てたまま眉を寄せて、ひどく難しい顔をした。


「……だって、梶くんが、なんで……私と? 話したいって? やっぱり意味がわからないんだけど。
あ。……ともひろ、アンタまさか──────」
伸ばした手がオレのブレザーの襟元を引っつかんで、とわがずいと顔を寄せた。
「私が梶くんを好きなこと、ばらしたんじゃないでしょうね!?」
ああ。
結論はそっちに行ったわけね。
自分に気があるなんて考えには、微塵もたどり着かない。
お前、結構可愛いのに。モテんのに。
そういうとこは、全然自覚と興味がないから。




「そんなことするか。向こうからお前のこと、紹介しろって言ってきたんだよ」
「……なんで? どうして? そこが意味わかんないんだって。なんで、梶くんが──────」
「お前に気があるんだよ。紹介してくれつってんだから、そういうことだろ」
きっぱりと言い切ったら、間近に見えたくっきりした二重の瞳が、ますます大きく見開いた。
凛とした瞳の輝きに、吸い込まれそうになる。








「………うっそ…。信じられない……」


オレからぱったり手が離れたかと思うと、崩れるみたいにとわがその場に座り込んだ。
制服が汚れることなんてお構いなしに、ぺたんと座り込む。
じっと地面を見つめる横顔は、放心状態だった。
そんなとわの姿に溜息をひとつ落として、ひっくり返した弁当をオレは拾い集めた。
もう食べられそうにない。



「弁当はもう無理だな。なにか買ってくるか?」
「……いらない。ダイエットする」
「ダイエットってお前……」

必要ない体系のくせに。



「だって、腕とか脚とか、ぷよぷよしててヤバイもん。こんなの梶くんには、見せられない。決めた。日曜までに3キロは落とす!」
「3キロってお前……」
日曜まで、あと2日しかないのに。
お前のその細い身体からまだ3キロ絞るって、ぜったい無理だろ。
つうか、必要ない。
ガリガリよりも、抱きしめて柔らかいぐらいの体の方が、男にとったらクルんだよ。
言ったところで聞かない、有言実行の女だ。
やると決めたからには、絶対やるんだろう。
オレはもひとつ、ため息をついた。

「ていうか、どうしようっ。服、なに着てけばいい? 梶くんってどういうのが好きなの?」
「そんなの知るか。自分で聞け」
「聞けないから、ともひろに聞いてんでしょ!? やっぱ、パンツよりスカートかな。絶対雨降るだろうから、白っぽいのは着れないし。でも、女の子カラーは外せないよね……」
「……オレは、普段のままでいいと思うけど」
「なによ。その投げやりな意見は。どうでもいいって思ってるから、真剣に考えてくれないんでしょ?」
着飾らない、ありのままのとわをアイツは好きになったんだから、自分の為に選んでくれた服なら、なにを着たってかわいく見えるに決まってる。
男なんて、結構単純なんだよ。
タケルは、とわにベタ惚れだ。



「髪、どうしよう。痛んでるから、思い切って切っちゃおうか。梶くんって、どんなのが好き? あまり短くしないほうがいいかな? ねえ、ともひろ? 聞いてる?」
「聞いてる。オレは今のままのお前でいいと思うし、あまり張り切り過ぎると逆に引かれると思う」
「……あ。そっか。そうだよね…。気合の入れすぎはいかにもって感じで、駄目か」
「つうか、ふたりで会うか? オレ、必要ないだろ。外すけど?」
「ダメっ。最初からふたりきりなんて、ムリっ。絶対、緊張して間が持たないから! つまらない女とか思われて、そのままジ・エンドなんてやだよ。ともひろ、お願い! 一緒にいてよ」

オレと会うときは、あまりそういうの考えないくせに。
ふたりきりでも平気なくせに。
最初からオレは、『恋愛対象外』でこれからもずっと、そうだろう。
友達以上のラインをオレは超えられない。

「……わかった。ただし、これ一度きりだからな」
二度目はない。
『女』なとわを見るのは、二度と御免だ。
「ありがとう! ともひろ。感謝する! うまくいったら、なんでも奢るから!」
とびきりの笑顔を見せてくれたあとも、とわの意識はタケルと会える日曜日から離れなかった。
ケータイで天気を調べたり、流行の服をリサーチしたり。
普段気の強いとわからは考えられない『女の子』な横顔。
ああ。
オレじゃ無理だ。
オレじゃあとわに、こんな甘い表情、させてやれない。




「……とわ」


「なに?」



「よかったな。きっとお前ら、うまくいくよ」







あの頃、とわの視線の先にいたのはオレじゃなかった。
そぶりも見せず、気持ちに固く蓋をして。
オレじゃない他の男のためにきれいになっていくとわを、オレはずっと見てた。

オレが未来を思い描くとき、いつも頭の隅を掠めるのは『サカイ』の存在だった。
心の欲求に、ブレーキをかける。
とわは駄目だ。
手に入れても、ずっとそばにいられないなら、それは残酷なこと。
手を出すな。欲しいと思うな。
本気だからこそ、彼女だけは絶対に。
触れて手に入れたら最後、オレは絶対、とわを手放せなくなる。





──────とわだけは、ダメだ。















神様のいたずらか、それともそれが運命だったのか。
高校最後の年は、3人が同じクラスになった。


ふたりでいるのが当たり前だったオレらの関係は、いつの間にか3人でいるのが当たり前になって。
季節が夏に変わる頃には、とわはタケルの彼女になった。
お互い惹かれ合ってたくせに、半年の間まとまらなかった理由は、たぶんオレにあるのだろう。
「ともひろとの関係を崩したくなかったから……」
そう言ってとわが申し訳なさそうに笑ったけど。
オレから言わせてもらえば、タケルが入ってきた時点で、「ふたり」の関係は崩れた。
いや。
オレがとわに惹かれた時点で、いつまでも変わらない関係なんて、無理だったんだ。
恋愛感情が絡めば、男女の友情なんて、同姓同士のそれより難しい。
オレの側で、とわはどんどん綺麗になってく。
女になってく。
三年の後半はもう、さっさと高校生活が終わればいいぐらいにしか、思ってなかった。







季節は巡って、とわと出合ってから三度目の春を迎えた。
4月からオレはこの街を出て、他県で暮らす。
とわは地元の短大へ。
タケルは隣の市内の大学へ進学することが決まって、それぞれが別の道を歩むことになった。


「卒業してもさ、時々は3人で集まろうな!」
卒業証書の入った筒を高らかに空へと上げて、うんと背筋を伸ばしながら、タケルが言った。
「ともひろ、一人暮らしするんでしょ? だったら、月一で集まろうよってタケルと話してたの。ともひろんちに。私、たまには美味しいもの作ってあげるからさ」
「えー? とわ、料理できたっけ?」
「うるさいなー、タケルは。これから練習するの!」
勝手に決めて、勝手に盛り上がって。
オレの気持ちを知らないからこそ、そんな言葉が簡単に出てくる。
わかってる。
オレがどんなに頑張っても『トモダチ』のポジションを卒業できないってことぐらい。



「オレ、イチ抜け」
「え?」
「ふたりでよろしくやれよ。それぞれ別の大学に通うことになるんだから、わざわざ無理して時間作って、3人で会わなくていいから。そのぶん、ふたりで会えよ」
「べつに無理なんて……そんな寂しいこと、言わないでよ」
見せつけられんのは、結構キツイ。
オレはもうとにかく、「3人」から卒業したかった。
「オレも、今の彼女と春から一緒に住むから。お前らが来ると邪魔なんだよ」
「……彼女と一緒に住むの? すごーい、本命が出来たんだ」
嬉しそうに笑ってくれたとわに、少し罪悪感が残ったけど、本当のことは言うつもりはなかった。
オレの気持ちも。





「タケルーっ! 写真っ!!」
「おう! 今行くー! ゴメン。ちょっとおれ、混ざってくるわ。先行ってて」
「うん。行ってらっしゃい。ゆっくりでいいから」
タケルがサッカー部の連中に混じってくのをふたりで見送った。
「おいおい。最後の日まで、見せつけんなよなー」
はやしたてる声に否定もせずに、のろけた顔で嬉しそうに笑うタケルが遠くに見えた。

三年の学年が終わる頃には、誰もオレたちに「付き合ってるのか?」なんて聞かなくなった。
今ではもうすっかり、とわの隣に寄り添うのは、タケルが当たり前で。
オレはふたりの「親友」だ。
卒業してもその関係は変わらず、これからもこのふたりは、一緒に歩いていくんだろう。




「……ねえ、ともひろ」

眩しそうにタケルの背中を目で追いながら、とわがオレを呼んだ。



「本当に集まるつもりないの? 3人で、こうやって今までみたいに───────」
「めんどくさいんだよ。卒業してもわざわざなんて。今までは、学校が同じだからつるんでただけだ」
住む場所が違って、仲間が変わって、会う回数が少なくなって。
自然消滅してくぐらいなら、最初から会わないほうがいい。
「つうか、実際なかなか会えないのが現状だろ。3人で会うぶん、その時間をタケルと会う時間に使えよ。学校違えば、今みたいに毎日なんてないぞ」
「……そうだね。タケル、大学上がってもサッカー続けるだろうし」
「ちゃんと捕まえとけよ? 大学入ったら、いろいろ誘惑多いらしいから」
「えー? やだな、それは。でもタケルに限って、そんなことないと思うけど…」
「まあ、アイツにそんな度胸はないだろうな」
「なにそれ。度胸があれば浮気するみたいな言い方、しないでよ……」
「じゃあ、どんな言い方ならいいんだよ?」
「お前にベタ惚れだからアイツは絶対、浮気なんてしないよ、とか?」
「……自意識過剰」
「いいの! ほんと、それぐらいに思ってるんだから! 信じてんだから!」
とわが怒りに任せて、右手を振り上げた。
睨みつけてくる瞳には、薄っすら涙の膜。



「……大丈夫だよ、お前らは」
右手がオレをぶん殴ってくる前に、その手を取って捕まえた。
「タケルはお前にベタ惚れだから、アイツは絶対、浮気なんてしない」
「もう。それ、私が言ったまんまじゃない……」

タケルと別の進路を選んだとき。
離れても平気だなんて、笑いながらとわがそんなふうに言ったけど。
人に弱音なんて吐けないお前のことだ。
本当は、不安でしょうがなかったんだろ?
ふたりなら大丈夫だって、誰かにそう言ってほしかったんだろ?
それぐらいわかってるから。


「タケルは真面目なやつだから、お前を悲しませるようなことは、絶対しない。お前らふたりなら、大丈夫だから」
「……うん」
「それに、もしもタケルがお前を泣かすようなことがあれば、オレがアイツをぶん殴ってやるから、安心しろ」
「えー? それ。ともひろらしくない台詞だな」
「だって、お前が泣くなんてよっぽどだろ?」
「うん。確かに。……ありがとう、ともひろ。アンタがそうやって言ってくれると、すごく心強いや」
「弱気になるなよ。お前らしくないから」
「……うん。
ね。たまになら、遊びに行っていい?」



「……考えとくよ」


離れることを選んだのはオレ自身。
側にいたら、どうしても手を伸ばしてしまう。
いつか自分の理性がぶちきれる。





「部活の打ち上げ、女子は何時から?」
「7時。そっちは?」
「8時」
「かぶってるねー。混ざっちゃいそう。もしかして、男子はそれが目的? うるさいからやなんだけど」
「いいだろ。最後なんだし」
「そっか。最後だもんね。もう、こんなふうにみんなで──────ってうのは、ないんだ。なんか……寂しいな」
柄にもなく、ぐずと隣でとわが鼻を鳴らした。
目が赤く潤んでたけど、あえて見ないふりをした。
涙なんか見たら、オレはきっとまた、手を伸ばしてしまう。



「あーあ! 私の3年間は、部活ばっかだったなー」

鼻をすすり上げたとわが、泣きそうなのをわざと誤魔化すみたいに、大きな声を上げて、空を見上げた。
この日は珍しく、晴天だった。
もう、雨を思い出すな。
とわを思い出すなって、空まで語ってる。



「女子はオレらと違って、強かったからな」
強く勝ち進んだ分、オレら以上に部活三昧の日々だった。
「でも、それがいいって思ったんだろ?」
「うん。青春懸けたわ」
そう言って笑うとわの横顔は清清しくて、いつでも彼女のそれは眩しかった。
当たり前のように毎日一緒にいたのに、卒業してしまえばもう、こうやって会うことも、話すこともない。


「……新しい場所でやってけるのかな。心配」
「お前なら大丈夫だ」
「私のことじゃないよ、ともひろのこと」
「オレ? オレならいつも、うまくやってる」
「確かに世渡り上手っていうか……私と違ってさ優等生だもん。頭いいから、うまく立ち回れたりするんだろうけど……。
ともひろってさ、人に心を許さないっていうか……心の内をあまり見せないでしょ? 感情表現がすっごくへたくそだと思うのよ。辛いときも弱音を吐かないし、悲しいときも涙を流さない。寂しいからって、人に寄り添ったり甘えたりしないし、苦しいときほど、全部自分で飲み込んでしまう。だから……ちょっと心配」
「………」
「この先、そういうのを全部見せられる大事な人に、出会えるといいね」
「……阿呆。お前が心配しなくても、いるよ。オレにもそういう存在が」
「え? いるの? そういう存在が。初耳! 私、聞いてないんだけど……。
あ、そっか。できたんだっけ? 一緒に住むんだよね、その人と。ともひろが他人と一緒に住むことを決めるなんて、よっぽどだもんね。大事にしなよ」
「大きなお世話だ」



「───────とわ! ともひろ!!」
「あ。タケルが戻ってきた」

声に振り返れば、手に持った何かをぶんぶん振り回しながら、タケルが走ってくるのが見えた。
「カメラ! 借りてきた。せっかくだからさ、撮ってもらおうぜ」
「わっ。一眼レフじゃん。誰の?」
「数学の野本。強奪してきた。撮ったらあとで現像して、送ってくれるらしいから。3人いんのにさ、誰もカメラ持ってないっておかしくね?」
「ほんと。そういうアイテム、忘れてたわ」
「つうか女子だろ? とわ。普通はそういの、お前が気を利かせて持ってくるんじゃないの?」
「だってデジカメなんて親持ちで、自分専用なんて持ってないんだもん。ケータイがあれば、必要ないし」
「雰囲気の問題だろ。こいうのは。とにかく、せっかくだから撮ってもらおうぜ!」
タケルがまた走って行って、その辺にいるやつにカメラを手渡した。


「そういえば…。ずっと一緒にいたのに、写真ってないよね? 部活とか、クラス写真はあるけど……。
こうやってカメラ構えてさ、ちゃんと撮った写真って一枚もないかも」
「クラス写真っていえばさ、ともひろお前、どれも仏頂面ばっかだよなー。あんま撮ると魂抜かれるからなんて、真顔でアホみたいなこと言ってさ」
「なにそれー」
「……写真はあんま好きじゃないんだよ。映ってる笑顔、みんな偽者みたいな気がして……」
毎年必ず撮る家族写真は、父も母も笑っていた。
上辺だけの偽者の笑顔を見て、「素敵な家族ね」人は口を揃えてみんな言う。
嘘か真実なのかも見分けられない写真が、オレは大嫌いだった。

「大石ー! ちゃんと枠に入れろよー?」
「入んねえからもっと固まれって。いいか? 撮るぞ。みんな笑えよ!」
カメラを構えたヤツが、お決まりみたいな文句を叫んで。
距離を置いたはずのとわの体が近づいて、くっとオレのブレザーの袖を掴む。






「バカねえ、ともひろは。ここにある笑顔はみんな本物だから。偽者なんてないんだよ?」




ポンととわが、オレの肩を叩いた。









「ほら、ともひろ。最後ぐらい、ちゃんと笑いなって」


卒業写真





─────── この先、そういうのを全部見せられる大事な人に、出会えるといいね ───────

いるよ。
オレにもそういう存在が。
いたよ、ずっと隣に。

オレのために泣いてくれたり、怒ってくれたり、本気でぶつかってくれるヤツが。
オレのことを本当に理解してくれるかけがえのない存在に、オレはいつも救われた。





オレの3年間は間違いなく、『とわ』だったから。






そのとき撮った写真は、3人で撮った最初で最後になった。
















「───────それから。卒業してからの集まりにオレは、ほとんど顔を出さなかった。
付き合いで顔を出すことがあったとしても、とわが来ると聞いた日は、必然的に避けて会わないようにした」
友達としていられる限界はとっくに過ぎてしまっていて、会ってしまえばもう、気持ちを抑えられる自信がなかった。
顔を見れば、言葉を交わせば、無理矢理断ち切ったあの日の気持ちが蘇る。
無駄な恋愛感情は、とわを混乱させるだけ。
悲しませるだけだ。
オレの気持ちを知ってしまえばきっと、アイツは混乱するに決まってる。
気づけなかったことに自分を責めて、悩むにきまってる。
とわを追い詰める、それだけはどうしても避けたかった。


「高校卒業してからのオレは一番荒れてた時期で、言い寄って来る女とは片っ端から付き合ったよ」
「彼女以上を見つけるために? でも、結局見つからなかったんでしょう? それどころか逆に、虚しさが募るだけだった。違う?」
「……その通りだよ」
「バカねぇ……。誰かの代わりなんて、誰にもできるわけないのに……」

まるで自分がそういう経験をしてきたみたいな表情で目を細めながら、話を聞いてる間、ずっと口にしなかったワインをリオコが初めて口に運んだ。
降っていた雨はいつの間にかやんで、雲の切れ間から、微かに星が覗く。


「それは身をもって思い知ったよ。とわの代わりなんて誰もできない、とわ以上なんてどこにもいないって」
「そんなに好きなら奪ちゃえばよかったのに。親友の彼女だから、それはできなかった?」
「奪ってどうする? ふたりの仲を裂いて、とわもタケルも傷つけて。そうまでして、もし手に入れられたとしても、ずっとそばにいてやることなんてできないのに」
季節の挨拶の葉書には、タケルの側で幸せそうに笑うとわの写真が添付されていて、見たくもない現実をいつも破って捨てた。
紙切れみたいに簡単に、ふたりの中を裂くことができたならって、何度思ったことか。


「ていうか、酒井くん。あなた、あのことがなければ私と、式当日まで会うつもりがなかったのね? ひどい人」
肩をすくめながら渋い顔で、リオコが笑った。
「……ああ…。それは謝る。正直、全く興味がなかったから。『リオコ』にじゃなく、『酒井の婚約者』って存在に」
「だからそれがひどいって言ってるのよ。名前だけに惑わされて、中身をちゃんと見ようともしないあなたに。
それじゃあ、今のあの子と同じじゃない。まあ……それだけあの子に夢中で、あの子にしか興味がなかったのだろうけど。
結局その後、彼女の元恋人とは友達の縁を切ったんでしょ? 人間だもの。彼女がいたって他の子に惹かれちゃうことぐらいあるじゃない。それに、その子が彼女を手放すのなら、あなたにとったら好都合だったはずでしょ? なのにどうして───────」
「オレだって。相手がタケルでないなら、泣くのがとわじゃないなら、そういうことだってある、惚れてしまったのなら仕方ないだろって言ってやれたかもしれない。でもそれは、タケルがちゃんとけじめをつけてたらの話だ。アイツが自分勝手な優しさで中途半端なことをしてたから、一番最悪な形でとわがそれを知った。とわを傷つけた。
オレはどうしてもそれが、許せなかった───────」








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とわの彼方に 2 comments(7) -
嘘も愛も真実 8


梶タケルは、オレの幼馴染だ。
家が近所で幼稚園が一緒で、家柄のせいで大人からも友達からも、特別な目で見られやすいオレにとって。
唯一、他の友達と変わらず接してくれたのがタケルだった。
小学校から一貫性の私立校に進んだオレとは、別の学校へ通ったけど、タケルとの関係は途切れなかった。
親への反抗でオレがそこを飛び出したときも、タケルがいるという理由から、今の学校を選んだ。
オレのことを「ともひろ」って呼ぶ友人は、とわとタケルくらいだ。
それでいいと思ったし、これからもそれだけでいい。










「お前んち来るの、久しぶりだなー!」
部活帰りのタケルと、この日はたまたま一緒になった。
コンビニで買い込んだ大量の食料品の入ったレジ袋をぶら下げたタケルが、靴を脱ぎながら懐かしそうに、玄関を見渡した。
「相変わらず広いな、お前んち。玄関だけで軽くひと部屋ぶんあるじゃね? へたしたらオレの部屋より広いもんなー。羨ましい。おれ、引っ越してきてここに住んじゃおうかなー」
「バカ言うな」
冗談めかした台詞を笑いながら吐くタケルを促して、家に上がった。
古い日本家屋は、廊下を歩くたびに床が軽く沈んで、ミシと音を立てる。



「誰もいないの?」
「ああ。普段はほとんどな。気楽でいいだろ?」
「……っかったぁ〜。おれ、お前んちのおばさん苦手でさ。
あまり表情を表に出さないだろ? 綺麗すぎて怖いつうか……、子ども心にすげえ苦手意識が強かった。今もあんな感じ?」
「ああ」

人間そう簡単には変われない。
むしろ、家族に対して無表情なのは、昔よりもひどくなってる気がする。
客相手だと、全然違うくせに。



「なんていうか……人形みたいで怖いよな。美人なんだからさ、もうちょっと笑えば──────」

不自然に言葉を途切れさせたタケルの顔色が変わった。
ヤバイ、って引きつった顔。


「ともひろ」
女にしては低く重みのある声が響いて、その声にオレは渋い顔をした。
母だ。
「帰ってるなら挨拶ぐらいなさい」
「……今、帰ったところだよ」
「お友達?」
「ああ」
「おじゃましまーす……」
タケルが社交辞令の延長線のような挨拶で頭を下げながら、母親の前を通り過ぎた。
深く関わるな。
タケルの本能が、そうさせる。
「じゃあ、もう上がるから」
オレもそれと同じように目も合わせず、そこを通り抜けたところで、背後から呼び止められた。



「──────ともひろ。あなたはいつになったら会うつもり?」
その言葉にオレは足を止めた。
「一度ぐらい、理央子ちゃんと、顔合わせなさい」
「それは今、ここでする話じゃないだろ」
なにもわざわざ、タケルのいる前で。
「今しなくていつするつもり? その話をするために、わざわざ仕事を抜け出してきたのよ」
それは自分だけの都合だろ。
オレの知ったことじゃない。
「……タケル。先上がっていいよ。部屋、わかるだろ?」
「ああ。わかった」
この話は他人には聞かれたくない。


タケルが部屋まで上がったのを見届けてから、オレは登りかけていた階段を降りた。
リビングに行くように促されたが、それは断った。
あんなところに座らされたら、話が長くなるに決まってる。

「あなた、どうするつもり? 先月も部活があるだの何だの言って、断ったでしょ? もうこれで5度目よ。いいかげんになさい」
「オレの都合も聞かずに、勝手に段取りしてきたのはそっちだろ?」
いちいち合わせられるか。
「じゃあいつならいいの? 先方も顔合わせだけでも、って言ってきてるから、せめて──────」
「顔合わせ? ……ハッ。馬鹿らしい。会ってお互いのなにを知るっていうんだよ?」
オレのためじゃない、酒井のための結婚。
相手を知ったところで、オレに断る権利も選択肢もないくせに。
わざわざ時間を作って会うなんて、無意味なことだ。
仲を深める必要はない。
「会いませんよ、オレは」
「会わないって、あなたどういうつもり──────」
「酒井は継ぐ。酒井のためだっていうのなら、結婚もする。だけど婚約者そのものに、興味はないから。興味がないものに時間は裂けない。どうせこの結婚は絶対なんだろ? だったら。式当日に会うので、十分だ」
「ともひろ──────!!」
母親を軽く睨みつけたあと、オレを呼ぶ声も全部無視して、階段を上がった。
決められた未来。がんじがらめの人生。
息が詰まる。





「……話、終わったの?」
部屋に上がったら、読んでいた雑誌から顔も上げずに、タケルが聞いた。
「ああ。終わった」
「……そっか。オツカレ」
「吸ってもい?」
「いいけど。窓、全開でヨロシク。匂いつくとまずいから」
「ああ」

制服のタイをシャツから抜き取って、上着と一緒にベッドに投げた。
窓を全開にしたそこにパソコン用の椅子を引っ張っていって、煙草を咥えた。


「なあ、ともひろ」
「なに?」
「おばさん、おれのこと覚えてなかったなー」
「……随分、会ってなかったからだろ。お前あまり、昔の面影ねえし」
「そっかな。おれのことはきっと、酒井にふさわしくない友達って思ってるから、記憶にも残らないんだよ」
「………」
買ってきた袋の中から缶コーヒーを取り出して、タケルがオレに投げて寄こした。
「飲めよ。んで、落ち着けば? お前、ずっと顔怖えーよ」
「……なあ、タケル」
「ん?」
「酒井に必要なくても、オレには必要だから」
「……なにそれ。いいこと言うねー」
タケルが嬉しそうに顔を上げて笑った。

「けどさ。お前……母親があの調子じゃ、息が詰まるだろ? 大丈夫?」
「普段はほとんど家にいないから。顔さえ合わせなければ、それで平気だ」
「それもなんか……寂しいよな。家族なのに」

真面目にそんなことを言うタケルに、オレは苦笑した。
幸せな家庭に育ったからこそ出てくる言葉だ、それは。
物心ついてからずっとこんなものだったオレにとっての家族なんて、あんなものだ。




がさがさとコンビニ袋をあさって、タケルが買ってきたばかりのスナック菓子の袋を開けた。
読んでる雑誌も、来る途中にコンビニで買ってきたものだ。
他にも、おにぎりやサンドウィッチなんかの食料品が、袋の中からいくつも出てくる。
「どれだけ食う気だ、お前……」
「部活の後で、腹減ったんだよー。ずっと走りっぱだったから」
ついでに2本目になるサイダーのペットボトルの蓋も開けた。
シュッと炭酸が抜ける音がして、しゅわしゅわと小さな泡の気泡が、いくつも底から浮き上がってくる。
小柄な体のどこに、それが入って行くんだか。
まあそれだけ、部活で体動かしてるってことか。
走りこむ量は、バレー部とサッカー部じゃ、格段に違う。


「なあ。ともひろ。リオコって、誰?」
「……親戚」
「えー? 違うだろ。誤魔化すなって。おばさんの話はそんな感じじゃなかった。もっと特別っぽいつうか……」
「嘘は言ってない。親戚じゃないけど、親戚みたいなものだ」
「どっちだよ、それは」
「ゆくゆくは身内になるやつ」
「はあ? 意味わかんねー」
「……婚約者、だってさ」
「婚約者? ──────は……?」


タケルのすべての動作が一瞬止って、オレを真顔で見つめた。
もう、視線で穴が開きそうなぐらい強い眼差しで。





「え。マジで言ってる? それ」
「そんなこと。冗談なんかで言うか。阿呆」
「……すっ、げーーーー!!! なにそれ! ドラマの世界じゃん!! カッケーな!!」
読みかけの雑誌をばっさり閉じて、タケルが好奇心に身を乗り出した。
「どんな子? お前の婚約者つうぐらいだから、生粋のお嬢さまだろ? 美人系? 可愛い系?」
「知るか。そんなの。会ったこともないのに」
相手そのものにも、興味が湧かない。

「結婚すんの? 会ったこともない女と?
つうか、なんで会わないだよ? 会ってみないとわからねえじゃん。男女の仲なんて、それからだろ?」
「それから? 将来はもう決まってるのに、それからもなにもないだろ」
「んだよー、それ。これからもずっと会わないつもりなのかよ?」
「ああ。式当日で、十分だ」
「えー。会えばいいのに。もったいねえの。すげえ美人かもしれないのに」
「……羨ましいなら、変わってやるけど」
オレはお前の方が、よほど恵まれてるって思うし、羨ましい。
昔からこいつは、オレにないものをたくさん持ってる。
家族。友達。自由。そして──────とわ。
オレがどんなに望んでも手に入らないものをコイツは当たり前のように持っていて、そのありきたりな幸せが羨ましくてしょうかなかった。
家柄に恵まれて、望むものは何でも手に入れられて、なに不自由のない生活。
それを人は羨ましいという。
だけど。
本当に欲しいものは、いつも手に入らない。





「あ。サッカーの再放送やってるじゃん。やった!」
何気なくチャンネルを回していたタケルの手が、見つけたスポーツチャンネルで止った。
画面を見つめる顔が、生き生きしてる。
ちゃらちゃらして見えるけど、情に厚く優しい性格のタケル。
癖の強い日に焼けた茶色い髪が、ふわふわと視界で揺れた。


────── あのさ。私、好きになちゃったみたいなの。梶くんのこと ──────

あの日のとわの横顔が蘇る。
とわはタケルのどこに惹かれた?





「タケル」
「んー? なに?」
「お前って、彼女いるの?………」
「えー? いないけど。いたら仲良くお前と肩並べて帰らないって。チャリの後ろ乗っけて、ニケツして、これ見よがしに見せつけながら登下校すんのがおれの夢。
……なんだよ?」
「べつになにも言ってないだろ」
「言ってなくても目が語ってるよ。しょっぼい夢ーとか思ったろ、お前……。そりゃ、女が絶えずアレコレやってきたお前にしてみたら、おれのそれはしょうもない夢だろうけど。どうせおれの女いない暦は、年齢と一緒だよ。カッケーだろ?」
「好きな女は?」
「好きな子? あー……いるけど──────内緒」
いるんだ。
そういう存在が。
それがとわじゃないって保証もないのに、オレはそのときホッとした。
……ホッとした?
タケルの想う相手がとわじゃないなら、アイツが泣くことになるのに。
相反する心。
オレはどうしたい?


「……眉間にしわ」
「え」
「なに難しい顔、してんの」
オレの真似だと言って、タケルが思い切り顔を歪めて表情を作った。
「そっちこそ。どうすんの。婚約者がいるのに、いろいろ付き合ったりしちゃってさ」
「べつにどうもしない。今、付き合ってる女と、結婚するわけじゃないだろ」
「……あの子は?」
「あの子?」
「──────花井とわ。付き合ってんだろ?」
タケルの口からとわの名前が出てくるとは思わなかった。
とわの気持ちを知っているせいか、タケルがその名を口にしただけで、色を含んだ音色に聞える。
心臓が嫌な音を立てた。


「お前にしては長く付き合ってるみたいだからさ、真剣なんだろ?」
「……とわは、ただの友達だ。付き合ってない」
「え。……なにそれ。マジ、で? あんなに一緒にいるのに?」
本気だったらなおさら付き合えない。
ずっと一緒にいてやれないなら、残酷だ。



「おれ、てっきりお前ら、付き合ってるもんだとばっか思ってたんだけど……。なーんだ。そっか……」

逆向きに座った椅子の背もたれに顎をのっけたまま、回転式のそれをぐるぐる回す。
横顔が嬉しさを噛みしめてる。
なんだよ。
その嬉しそうな表情は。




「じゃあさ──────オレがもらってもい? 花井のこと。
もらう、つう表現はずうずうしいけど。お前の彼女じゃないならさ、アタックしちゃってもいいってことだよな?」
「お前、いつから──────」
「いつからなんて、覚えてないよ。お前と一緒にいるのをよく見かけてさ、ともひろが特定の女子と仲良くするの珍しいなって興味が沸いて……目で追ってるうちに、いつの間にか好きになってたんだよ。
けど、お前の彼女だし、人のもんだし、駄目だろって、半分諦めてたんだけど……」
ぐるんと椅子を一回転させたタケルが、こっちを向いた。
嬉しそうに笑う。
「でも。お前と付き合ってないつうんだったら、おれ、ちょっと頑張ってみようかなーって」
「………本気か?」
「ああ。結構、マジだよ。卒業まで、あと一年しかないし……。
おれ、花井が欲しい」











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とわの彼方に 2 comments(0) -
裏ページのパスワードについて
RS*幸せのカタチ。は。
管理人りくそらたの裏・小説置き場です。
諸々の事情で本編より切り離したい内容の作品群を置いてます。
年齢制限のある作品をいくつか扱っているため、18歳以上(高校生不可)で心身ともに大人の方、マナーを守れる方のみの入場とさせていただきますので、ご了承ください。
裏に置いている作品は、どれも本館に置いてある作品の続編や番外編になっています。
本編を読まれてから入場されることをお勧めします。


パスワード

mahounokotoba
更新とお知らせ comments(5) -
とわの彼方にSS〜love is a secret
本日。
とわの彼方にSS〜love is a secret を裏ブログにて公開しました。
少し話は前後しますが、とわの友達でもあり、ともひろの元カノでもある鈴視点のお話になります。
年齢制限はございませんが、内容的に本編と切り放したい感じなので、裏へ格納します。
もう一話、これと対になるR指定の話があるので、それもまた近いうちに。


パスワードは前回と変わりません。
どうぞよろしく。
更新とお知らせ comments(2) -
嘘も愛も真実 7


とわはいつも欲しい言葉をくれて、オレが迷って見つけられなかった出口を、簡単に見出す。
君といると、こだわってきたものの小ささに。
オレはいつも気付かされる。








「───────酒井、ちょっと」
呼ばれたのは、4時限目の体育を終えた後だった。
着替えを済ませて、昼食をとりにいつもの場所へ向かおうとした時、教室の外から呼ばれた。
同じバレー部の大野だ。
目が合うと、クイと顎をしゃくられた。
「なに?」
「アイツ、やばくね?」
大野にしてはめずらしい笑みの消えた真面目な顔で、そう言われた。
「……アイツ?」
「花井。さっきうちのクラスの女子に連れてかれたけど……囲まれてる」
「なんでとわが」
気が強くて少し生意気なところはあるけど、人に恨まれたり、反感を買うようなヤツじゃない。


「なんでって……お前のせいじゃね? 花井がお前の特別っぽいから─────」
「どこ」
「え?」
「どこ連れてかれた」
「お前……顔ムチャクチャこえーけど」
「──────どこだ、つってんだよ」

思いのほか低く響いた声色に、和やかに盛り上がってた教室の空気が、シンと波打った。
一瞬で、注目されたのがわかる。
それでも構わずオレは大野を睨みつけた。
視線だけでどこだ、と問い詰める。


「……南校舎裏の焼却炉───────って、おいっ!? 酒井…っ」
全部聞き終わる前に、オレはそこを飛び出した。
大野の声が追いかけてくる。
「なに熱くなってんだよ! ほっとけよ! お前が行ったら、花井がまた反感買うだけだろ!? 余計な首をつっこまない方がお前にとっても、花井にとっても───────」
「つっこんで来たのは、向こうだろ」
オレのことでアイツが連れてかれたつうのならなおさら、黙ってられるか。
巻き込まれたのはとわの方だ。
「──────酒井っ!!」
追いかけてくる声を無視して、地面を蹴った。
南校舎は今いる場所から随分遠い。


急いで階段を降りた。
渡り廊下を走り抜けて、南側の校舎へと渡ったところで、窓の向こうに焼却炉の古びた煙突が見えた。
その前に女子が4、5人固まっているのが見えて、それに取り囲まれるような形で見えた頭はとわ。
内容までは聞き取れないが、なにやら言い争ってるような声が耳に届く。
とわを追い詰めてんのは、隣のクラスの佐藤。
昨日までオレが付き合ってた女だ。
主犯を認識した瞬間、とわが呼び出された理由は大方予想がついた。
とわは友達だつっても、聞く耳持たなかったあの女。
別れた理由と怒りのはけ口を、全部とわに持ってったか。
「……ふざけんな…!」
裏に出るには校舎の端にある出口まで回らなきゃならない。
すぐ向こうに見えてんのに、まどろっこしい。
特別教室ばかり並ぶ1階の廊下を全力で走り抜けて、上履きのまま外へと飛び出した。
近づけば近づくほど、言い争う内容がクリアに聞えてくる。



「──────この子が酒井くんと付合ってたのは、知ってたんでしょ? なのになんで彼女でもなんでもないアンタが、この子を差し置いて、酒井くんの隣にいるのよ!?」
「知らないよ、そんなの。ともひろとそういうことは、話さないから…」
「…知らなかった? そういう大事なことも話してもらえないのなら、やっぱり友達でもなんでもないじゃない、そんな関係!」
「それとこれと、私に何の関係があるのよ? ていうか、呼ばれた意味がわからない」
「……意味がわからない? バッカじゃないの、この女。酒井くんに付きまとうの、やめろっつってんの! 彼女でも何でもないくせに!」 
「ちょっと酒井くんに気に入られてるからって、いい気にならないで」
「──────いい気になるな?
べつにそんなつもりはないし、付きまとってるつもりもない。お互い気が合うから、お互いの存在が大事だって思うから一緒にいるんじゃない。何も知らないあなた達に、私たちの関係をどうこう言われる筋合いは──────」


とわの言葉が不自然に途切れた。
それと同時。
パン!と、乾いた音が空を裂いて、オレの鼓膜に届く。



オレがその場に踏み込んだときはすでに、とわが頬を打たれたあとで。
頬を押さえたとわが、見上げた瞳をキッと吊り上げて、右手を大きく振り上げた瞬間だった。
「きゃっ!!」
やり返されるなんて思ってなかったのだろう。
目の前に手を振りかざされて、佐藤が反射的に目を瞑った。



「──────ストップ!」

振り上げたその手を後ろから掴んだ。
「とも、ひろ……?」
びっくりしたとわが、オレを振り返り、驚きに目を見開く。
よほどきつく打たれたんだろう。左の頬が真っ赤だった。








「──────酒井くん…っ!!」

とわの迫力に気圧されて強張っていた佐藤の顔が、オレを認識したとたん、ぱっと輝いて。
逃げるように、オレの背後に回りこんだ。
まるで庇ってとでもいう風に。
止めに入ったオレが、自分を助けてくれたとでも勘違いしたんだろう。
庇ったのはお前じゃない。
とわの方だ。




「ともひろ、なんでここが……」


「殴るなよ。手を上げたりなんかしたら悪くなくても、不利な立場に追い込まれるから」

「でも…っ」



「いいから。行くぞ」


背後でオレのシャツをつかむ佐藤の態度を無視して、掴んだとわの手を一度ほどいてから、強く握りなおした。





「……え? ちょ、と? 酒井くん…っ!? なんで…っ?」

追いかけてくる声も徹底的に無視した。



「いいの? あの子、ともひろの彼女なんじゃ─────」
「昨日、別れた。もう、彼女でもなんでもない」
とわに手を上げるような女は、こっちから願い下げだ。
「でも……」




「──────待ちなさいよっ」



とわが背後を振り返ろうとしたとき、罵声に近い声が背後に響いた。
向こうもプライドとか自尊心とかそういうの、傷つけられて必死だったんだろう。
自分が蒔いた種を他人のせいにして、そんなことを言われても、こっちは知ったことじゃないのに。
佐藤の必死な声に、校舎の入り口まであと一歩というところで、とわが足を止めた。





「──────そんなんだから、誰も本気になってくれないのよっ! あたしだってべつに酒井くんそのものが好きなんかじゃなかったっ! 欲しかったのは、『酒井くんの彼女』っていう肩書き! 酒井くんと付き合う女の子はみんなそうよ。酒井くんの彼女だと自慢できるから、羨ましがれるから、ただそれだけの為に付き合ってるの!! 誰も本気で酒井くんのことなんか好きにならない。上辺だけの男に、そんな価値もないんだから……っ! 」





繋いでたはずの手が振りほどかれて、とわがオレから離れた。
まさか戻ってくるなんて思わなかったのだろう。
真っ直ぐに距離を詰めてくるとわの姿に、佐藤の顔があからさまに強張って、周囲の空気をぴしと凍らせる。





「言いたいことは、それだけ?」


あっと思ったときは、もう遅かった。
とわが打たれたときよりも甲高い音が校舎に反響して、その場にいた誰もが、その迫力にハッと息を飲んだ。
今度こそ本当に、とわが佐藤の頬をひっぱたいたからだ。








「─────痛い? 痛いでしょ? ともひろはもっと痛いわよ。手を上げることばかりが、暴力じゃない。言葉の暴力だってあるんだから。そういうの、ちゃんとわかって言ってるの!?」


打たれた頬は遠目でもわかるほど、見る見るうちに赤く腫れて。
腫れと正比例するかのように、佐藤の目に涙が浮かんでくる。


「そっちこそ、好きでもないくせに簡単に付き合ったりするから、そういうことになるんじゃない。自業自得よ。
ともひろのこと、よく知らないくせに。知ろうともしないくせに。アンタのほうがよっぽど失礼じゃない。
ともひろに謝ってよ。ともひろを侮辱したら、許さないから…!」

周囲の人間はとわの迫力に気圧され、ただその場に立ちつくすばかり。
とわの体の横で握られた拳が、微かに震えていた。







「………もういいから、とわ。行くぞ」



震えるとわの手を再び握りなおして、その場から離れた。
そのままいつも昼食を取っている部室棟まで引っ張ってって、そこでようやく手を離した。
とわはずっと無言のままだった。
「お前……いくらなんでも、あれはやりすぎ─────」
振り返って、ぎょっとした。
唇を噛締めてじっと地面を睨みつけたその目から、ぽろぽろと涙が零れてたからだ。


「お前……なに泣いて─────」
「だって……っ! だって、悔しいじゃない!
あんな一方的な言われ方……っ。ともひろのこと、知らないくせに、知ろうともしないくせに……っ」
「……なに。オレがバカにされたことが悔しくって、泣いてるのか?」
「そうよ。悪い?」


思わず、ハッと乾いた笑みがオレの口からこぼれた。




「なに笑ってんのよ? 怒りなさいよ! バカっ! 馬鹿にされてんのよ、アンタ! 悔しくないの!?」
「べつにあんなセリフ、言われなれてるから。今さら、何とも思わないし傷ついたりもしない。オレの価値なんてあんなもんだ」
「どうして? どうしてともひろは、そうやっていつも自分のことを他人事みたいに言うのよ? おかしいよ。
たまには必死になりなよ。なりふり構わず、がむしゃらになってみれば? そうやって手にしたものは、きっと大事にできるから。自分を大事にできない人はね、他人にも優しくなれないのよ。価値とか言わないで。人は物じゃないんだから。ていうか、そんなことになれないで…っ」
「………」
「ああ、もうっ! もう一発、ひっぱたいてやればよかった!!」
口調はすげえ怒ってんのに、それとは正反対に、ぽろぽろと大粒の涙がとわの瞳からこぼれてく。
泣いてんのに、その横顔は凛としていて、とても綺麗だった。


涙なんて手段。
男を落とす為の、媚びるための。
泣けばかわいい。
泣けば何でも許されるって、バカな女の卑怯な手段。
すぐに泣く女は嫌いだった。
泣かれるとウザイ。重い。ひく。めんどくさい。
でも。
自分の為に泣く女は嫌いだけど、人の為に泣けるとわは、心底カッコイイって思った。
オレはこのとき、とわに救われた。







「阿呆。……ったく、なんでお前が泣くんだよ」


腕をつかんで引き寄せた。
手で、頬を伝う涙を優しくぬぐってやる。



「だって悔しいじゃない! ともひろは悔しくないの!?」




「悔しくない」


こうやって、お前が泣いてくれるから。
オレの為に本気で怒って、泣いてくれるやつがいるから。
だから─────。
















「ちょ……っ、なにやってんのよ、ともひろ……っ!?」




気がつけばオレは、とわを抱きしめていた。
突然すぎるオレの行動に驚いたとわが、精一杯の抵抗で突き飛ばそうとしたけど、ギュウって、腕の中に閉じ込めるみたいに。






ああ、オレ。
コイツ好きだ。
もう、お前には絶対、勝てねえ─────。















「……とも、ひろ…ってば!!」

どれぐらいの時間、そうしてたのか。
精一杯の抵抗で胸元をドンと叩かれたことで、ようやくオレは我に返る。
腕の中に閉じ込められていたとわが、渾身の力でオレを殴りつけようと右手を振り上げたのが見えて。
寸前のところで、その手を捕まえる。
「なにやってんのよ…っ、バカ!」
よほど苦しかったのか、それとも、こういうことに免疫がないのか。
すげえ怒ってるくせに、その顔は耳まで真っ赤で、目尻に涙さえ浮かんでた。
男に免疫のある慣れた女とばかり付き合ってきたオレにとって、ちょっと抱きしめただけでのこういう反応は、すごく新鮮だった。
作ってる女と違って、素直でストレートな反応が、かわいく見えて仕方ない。
オレがコイツを意識したから?
もちろんそれもあるだろうけど。
普段が勝気な性格なだけに、そのギャップとかわいさに、思わず笑みがこぼれてしまう。



「……なに? なんで笑ってんのよ?」
「思い出したんだよ。だってお前、カッコ良すぎるから。1対7で勝っちまうんだもんな。男前すぎ」
「だって……悔しかったんだもん。ともひろがあんなふに言われるのがさ。ていうか、なんでともひろはあんなところにいたのよ?」
「お前が囲まれてるって聞いたから。まあ、無駄な心配だったみたいだけどな」
助けるつもりが、逆に救われた。
男を拳でぶん殴るようなやつが、女相手に負けるはずがない。


部室横の自販機で缶ジュースを2本買って、コンクリの階段へと腰を降ろした。
その隣へとわを座らせて、微かに涙の筋の残る頬へと冷えた缶を押し付ける。
「…つ、めた…ッ」
「冷やしとけ。赤くなってるから。あとで腫れるぞ」
缶を渡したついでに、汗と涙で頬に張り付いた髪をそっと払ってやった。
「……少し、傷になってるな」
「ああ……。ぶたれたとき、爪がひっかかっちゃったのかな」
「ごめん」
「謝らないで。べつにこれぐらい、痛くないし、すぐに治るから」
なんでもないふうに笑うけど、頬に走った傷はかなり目立つ。
女の顔に傷作らせたらダメだろ、オレ。
しかも、一番守ってやりたい、大事な子に。
「でも、お前ぐらいの反射神経なら、あれ、避けられたんじゃないのか?」
「……まあね。でも、ちゃんと怒りを発散する場を作ってあげないと、彼女もやりきれないでしょ?」
「お前、もしかしてわざと─────」
「もちろん、やられたらやりかえすつもりだったけどね」
これだからコイツには、勝てない。
コツンと拳で頭を軽く小突いたら、いたずらっぽい表情を浮かべて、とわが笑った。


「あーあ。お昼、食べそこねちゃったね」
「食いに戻るか? お前、弁当教室に置いてんだろ?」
「けど時間ないし……ほら、予鈴」
昼休みの終わりを告げるチャイムが校舎の向こうから響いて、オレはその音に顔を上げた。

「次の授業、なんだっけ?」
「物理」
「あー…サボろっかな。腫れが引くまで戻りたくないし」
「たまにはいいかもな」
「ともひろは戻りなよ。一緒にフケて、また誤解されるのやだし」
「一緒だからいいんだろうが」
「……そういうこと、簡単に言ったりするから誤解されちゃうんじゃない」
「べつに、誰にでも言うわけじゃない」
とわだから。
お前だから、そういうことを言いたくなるんだよ。
手を伸ばして、とわの頭をぐしゃぐしゃって撫でた。

「もうっ。こういうのやめてよね。ボディタッチっていうか、スキンシップ。ともひろはなんでもなくても、こういうの見ちゃうと女の子はすぐに、勘違いしちゃうんだから」
「お前もするの?」
「そっちの勘違いじゃなくて、誤解される方の意味。 女子はすぐにいろいろと勘ぐる、めんどくさい生き物なんだからね」
「お前も女子だろうが」
「もちろんそうだけど……。私はめんどくさくないでしょ?」
「自分で言うな」
自信満々そう言い切るとわの頭をわざと拳で小突いたら。
「ほらこうやって、すぐ触る!」
とわがまたむくれた。
好きだからこそ、もっとお前に触れたいって思ってしまうんだよ。



「ともひろのファンの子達に誤解されるのは、べつにいいんだけどさ。事実違うし、否定すればいいから。
でも─────誤解してほしくない人もいるから……」
「なんだよ、それは」
「んー……」

曖昧な笑みを浮かべながら、とわが小さく膝を抱えた。
本鈴が鳴りはじめて、更衣室の方から着替えを済ませた男子が、わらわらとグラウンドへと出てきはじめる。
その中に何人か見覚えのある顔が見えた。
ああ、見たことあると思ったら。
あの集団は隣のクラスの奴らか。
ぼんやりと視線を送るオレの隣で、抱えた膝の上に顎を乗せて、とわが真剣な表情でグラウンドを見つめていた。



「私。やっぱサボるわ。次、体育だし……」
「物理だろ?」
突っ込んでも、返事は返ってこなかった。
一点を真っ直ぐに見据えたまま、とわの視線が離れない。
なに見てんだ?
「─────ねえ、ともひろ」
視線の行方を追いかけようとしたところで、くいとブレザーの袖が引っ張られた。
「なに?」
疑問符を投げかけても、とわはこっちを見なかった。



「あのさ。ともひろって……仲いいよね?」
「仲いい? 誰と」
「その……」

とわが見つめる視線の先に、大野が見えた。
そのほかにも運動部の連中が6、7人固まって、サッカーをしてんのが見える。



「大野のことか? お前だってアイツとは─────」
「そっちじゃなくて………梶くん」
「─────梶? 梶って……梶 タケル? サッカー部の?」
なんで、タケルの名前が出てくるんだよ。
「クラス違うけど、ともひろとは仲がいいっていうのを聞いて……」

オレが見たことのないような女の艶を含んだような横顔に、ドキリと胸が高鳴って。
それと同時に、嫌な予感がした。











「あのさ。私、好きになちゃったみたいなの。梶くんのこと」





好きだと自覚したとたん、こうだ。



なんでタケルなんだよ。
よりにもよって、オレの親友を。











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