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しあわせは、キミのとなり 3


「あれ……。酒井くん?」
クロークに荷物を預けて、開場までの時間をどこで過ごそうかと辺りを見渡していたら、声を掛けられた。
「やっぱりそうだー。背の高い人がいるなーって、目で追ってたら酒井くんなんだもん。びっくりしたー」
柔らかな栗色のショートヘアをふわふわ揺らしながら、猫のような目がオレを見上げる。
声をかけてきたのは高校時代の同級生、中田鈴だった。
「ひとり?」
「いや。とわと一緒に来てる。今は席を外してるけど。そっちは?」
「いつものメンバー。ほら」
その言葉に顔を向ければ、ホールに設けられた待合室の隅で、話に花を咲かせる賑やかな集団が見えた。
楽しそうな横顔は、どいつもこいつも知った顔ばかりだ。
「相変わらず仲がいいのね。もしかして付き合ってる?」
「だといいけど」
「なんだ。まだ物にしてないの? 案外奥手なのね」
中田の言葉にオレは苦笑いをした。
高校時代、とわの親友であった彼女は、オレの元カノでもある。
勘の鋭い彼女は、オレがとわに想いを寄せてたことに気づいていた。
卒業してからもずっと、忘れられなかったことも。

「そういう中田はまだ独り者か?」
「………大きなお世話よ。ていうか勘違いしないで。あたしの場合、好んでひとりでいるんだから。まだ若いのに、ひとりに絞るのはもったいないじゃない? ていうか。とわもよく来たよね。元カレの結婚式なんて、イヤじゃないのかな。しかも相手は、自分と被ってた女でしょ? あたしだったら絶対に来ない。顔も見たくないから」
率直な意見に思わず笑った。
「あたしだったら、梶よりもレベルの高い男同伴させて、見返してやるのに。たとえば………酒井くん、とか?」
上目遣いで、中田が見つめてきた。
昔からオレは、彼女のこういう媚びた態度が苦手だ。
「とわはそういうこと、やらないよ」
「でしょうね。そういうところも含めて、とわに惚れてんでしょ」
「そうだよ」
「……へー。いつになく素直に認めるんだ。やっぱり、とわとなんかあった?」
ずいと、中田が顔を寄せてきた。
中田相手に、素直に認めたのはまずかったか?
まあ、彼女になら話しても大丈夫な気もするが。
「ねえ、なんの話?」
いつの間に戻って来たのか、声に振り返ればとわがすぐ後ろに立っていて、オレと中田を交互に見比べていた。
「私のこと、話してなかった? 名前、聞えたけど」
「元彼の結婚式に普通来るかって話だよ」
「それを言うなら梶の方でしょ。普通呼ぶ? とわにも失礼だし、結婚相手も嫌がるでしょ。配慮が足りないわ」
中田があからさまに顔をしかめた。
「あー…そっか。そっちの都合は考えなかったな。私、遠慮したほうがよかったのかな」
「アンタが向こうの女の心配しなくていいの! そういう意味で言ったんじゃないから。人の彼氏寝取ったあげく、水ぶっ掛けて泣きついてきた女に同情なんてしなくていい」
なんの気もなく中田が暴露した事実に、オレは唖然とする。
「………そんなことやられたのか」
「聞いてなかったの? 呼び出された店で逆上して、コップの水ぶっ掛けられたのよ」
そこまで詳しい内容は、初耳だ。
とわに視線で確認したら、苦く笑った。
中田の話は嘘でも大げさでもなく事実だと。
その当時のとわの胸中を思うと胸が痛む。
外じゃあ、抱きしめてもやれない。
「もういいよ、鈴。あのときはさ、腹も立ったし悔しかったけど、もう過去の話だから。タケルとは和解したんだって、前にも話したでしょ? 一発殴って気が済んだ。今は純粋に友達としてタケルのこと祝福したいって思ってる。だから来たの」
「──────でも」
「もういいだろ、中田。当事者のとわがそう言ってんだから、部外者のお前が話をややこしくするな」
気持ちは分かるがな。
「……まあ、とわがそれでいいなら、あたしはべつにいいんだけど。あーあ。つまんなーい」
要はそこか。
中田にオレらの関係を暴露しなくてよかった。
変な意味で利用されそうだ。






海の見える大聖堂で式が厳かに行われたあと、会場を近くのレストランに移した。
披露宴は仲人を立てた格式ばったものとは違い、ゲストとのふれあいに重点を置いたアットホームなものだった。
新郎新婦の挨拶とケーキ入刀を済ませたあとは、フリースタイル。
堅苦しい上司の挨拶も、つまらない余興もない。
食事やアルコールは、ビュッフェスタイルで好きなときに取りに行ける。
新郎新婦はもちろん、他の招待客や親族とも自由に交流ができた。
披露宴というよりも、フォーマルな形の二次会に近い雰囲気だ。

「従来スタイルだと、新郎新婦が席から動けないでしょ? 相手に来てもらわないとろくに話もできない。その為に、二次会があるんだけど……ほら、彼女妊婦さんだから、長時間連れ出して体に負担をかけたくないって。披露宴を自由なスタイルにすることで、彼女にも自分の知り合いと仲良くなって欲しいんだってタケル、言ってた」
「なんでそんなこと、お前が知ってる」
「以前、タケルに相談されたことがあるの。ほら私、そういう仕事やってるから。相談って言っても、メールのやりとりだけだけど」
二次会には参加できない彼女への配慮と、自分達の好きな人はみんな仲良くなって欲しい。
人好きなタケルらしい演出だ。

タケルの彼女は、純白のウエディングドレスから一変して、シフォン生地の柔らかなマタニティドレスに着替えていた。
式ではそうは思わなかったが、こうやって間近で見ると、腹が目立つ。
妊娠7ヶ月って言ったっけ? 
小柄だからなおさら、突き出た腹はわかりやすい。
「赤ちゃんって、どっち? 男の子? 女の子?」
「男の子みたいです」
「だから前にせり出てるのね」
「よく動くんですよ。痛いぐらいに。ほら、今も。……触ってみます?」
「え。いいの?」
子どもを授かって柔らかくなったのか、それともタケルを確実に手に入れられて安心したのか。
タケルの彼女は話に聞くよりも、穏やかな印象を受けた。
とわに水をぶっかけたぐらいの女だ。
もっと強烈なのを想像していたんだが……。



「……ねえ、酒井くん」
その様子を遠巻きで見ていた中田が、オレに声をかけてきた。
「あれ、どういうこと? いつの間にか、仲良くなっちゃってるんだけど」
「ああ。オレも、びっくりしたよ」


新婦のおなかを嬉しそうに触ってるのは、オレの恋人。
式には参加したが、新婦との接触は避けるつもりだろうと思いきや、とわは開始早々、真っ先に彼女の元へ向かった。
そして祝福の言葉を告げたのだ。
「おめでとう。幸せになってね」
と。
嫌味でも、悪意でもなく、それがとわの素直な気持ちだったのだろう。
元カノの登場に警戒していた新婦も、自分に向けられるとわの素直な笑顔と言葉に、過去の自分の行動を恥じて、謝罪をした。
そこからはもう、何をそんなに意気投合したのかは分からないが、楽しそうに会話が弾んでる。
とわと。タケルと。その嫁さんと。
過去を思えば考えられない組み合わせを横目に、オレは複雑な表情で、飲みかけのワインを口に運んだ。
まあ、祝いの席で揉め事は起こしたくない。


「……なんていうか。本妻と愛人に囲まれた旦那みたいよねぇ、梶」
「変な例え方をするな」
思わず苦い顔で、中田を睨みつける。
とわを愛人扱いするな。
「だって、ありえなくない? ていうか梶のやつ、顔とかスタイルとか、そういうので選んだんじゃなさそうね。彼女、思ったよりも普通すぎてなんか拍子抜けしちゃった」
当時付き合っていたとわを捨てて選んだ女だ。
とびきりの美少女を想像してたのだが──────とくべつ秀でたところはない、普通の女だった。
あえて長所を上げるなら、若さと、笑ったとき左頬に出るえくぼがチャーミングなぐらいだ。
どこをどう見比べたって、とわの方がいい女。
外見ではない何かにタケルは惹かれたんだろう。
「そりゃ、我を忘れて必死にもなるわよね。とわの方が美人だもん」
向こうだって必死だった。本気だったのだ。
相手に恋人がいようと、たとえ自分を見ていないとしても、引けない恋があるっていうことは、オレもよく知っている。
そう考えると、人の男を横取りした最低な女だと思っていた新婦に対する見方まで、少し変わってくる。
とわにした行為に同意はしてやれないが、そのときの心情は理解できる。






赤ん坊の話題で盛り上がっているとわの笑顔を横目に、オレはデザートが並ぶテーブルの近くに一人腰かけた。
アルコールにも飽きて口寂しさに煙草でも吸おうかと腰を上げたタイミングで、誰かに呼ばれた。
「ともひろ」
声に振り向くと、自分を取り囲んでいたゲストとさりげなく会話を終えたタケルが、こっちに笑顔を向けていた。
「……来てくれたんだな」
「ああ」
「ちょっといい?」
タケルが、窓の向こうに見えるテラスを指差した。
とわは──────と、首をめぐらせたが、話に夢中になっている彼女はこちらに見向きもしない。
艶めいた彼女を残していくには少し心配だったが、中田がそばにいる。
話もまだ終わりそうにないから、しばらくは大丈夫だろう。
ずっと我慢していた煙草を吸うにも、ちょうどいいタイミングだった。



テラスに出ると、降っていた雪はいつの間にか上がり、月明かりが手すりや木々に積もった白を、銀色に輝かせていた。

「主役が席を離れて、大丈夫なのか?」
「今日のオレは引き立て役。主役は嫁さんだから。ゲストとはひと通り話してきたし、少しぐらい抜けてもわかんないよ」
幼さの覗く無邪気な笑顔は、昔とちっとも変わらない。
懐かしさに目を細めながら、懐から取り出した煙草を口に咥えた。
ジッポで火をつける。
「ともひろとこうやって面と面を向かって話すのって、すげえ久しぶりだよな。もう……3年になるのか?」
ぶん殴ったあの日から、タケルとはずっと会ってなかった。
オレが、コイツをずっと許せなかったからだ。
「………そんなに経つんだな」
昔を懐かしむように目を細めて、煙を空に向かって吐いた。


「……仕事、どうよ? 相変わらず忙しいの?」
「以前勤めてた企業は退社して、今は親父の会社を引き継いでる。出張も多いから、そこそこ忙しいよ」
「お前のそこそこは、かなりだろ。自分に厳しいヤツだから、弱音も吐かないし。体に鞭打って働いてんじゃないのか? あまり無理すんなよ?」

タケルが笑った。
とわのことがなければ、タケルはいいやつだって今でも思う。
他人に無関心なオレと違って、本気で人を気遣える優しいヤツ。
見えてる部分がすべて表の、嘘をつけない正直者。
だからこそ、嘘をついてまで貫き通した本気の恋を、今はもう、祝福してやるべきかもしれない。
誰もが、初めて付き合った相手と永遠の愛を交わすわけじゃない。
初めての恋が成就するなんて、ごく稀だ。
出会いがあれば、別れもある。
運命のパートナーと、出会う順番が間違ってただけ。
そんなふうに考えられるようになったのは、とわに感化されたせいか。




「……赤ん坊、できたんだって?」
「とわから聞いた?」
「正直、驚いたよ。お前が結婚することよりも、赤ん坊ができたことよりも、オレの知らないところでとわと会ってたことに」
「……なに。妬いてんの?」
「あまりいい気はしない」
本音をこぼしたら笑われた。
「会ったのは偶然。意図的にじゃない。それに心配しなくても、今のとわはお前しか見えてないよ。つうか……最初から、とわにとってともひろは特別だったのかもな。オレ、4年も付き合ったのにさ、あんなふうに泣くとわを初めて見たから。あまりにも儚げで頼りなくて……思わず抱きしめてやりたくなった」
タケルに向かって、オレは黙って蹴りを入れた。
ギャッ!と、隣で声が上がる。
淡いクリーム色のタキシードに、くっきりと足型が付いたからだ。
「なにすんだよッ。これ、借り物だぞ!」
「お前にはもう、とわに触れる資格はない」 
「バカ! 下心じゃなくて、友情だよ!」
「どっちでも同じだ」
「アーッ、もう! お前ってそういうヤツだったか? キャラ、違うくない!?」
「もともとこうだよ」
とわに対しては、ずっとこんなだ。
気持ちを隠す必要がなくなっただけの違い。





「うまく行ってんだな、とわと」
「ああ。来年……結婚する」
「マジで?」
「嘘なんかつくか」
「そっか……」

清清しい顔でタケルが笑ったあと、オレの方を真っ直ぐに向いて頭を下げた。






「……なに」


「ありがとな、ともひろ。来てくれて、こうやってちゃんと話すことが出来て、すげえ嬉しい……。
オレ、招待状出したものの、お前ら絶対来てくれないと思ってた。とわは絶対行くから!みたいなこと言ってたけど、どうせ社交辞令だって」
「アイツが友達に対して、社交辞令で誤魔化すようなヤツか」
「そうだとしても、お前が絶対行かせないと思ってた」
「……本音言うと、行かせたくはなかったけどな」
咥えていたタバコを携帯灰皿に落とすと、苦笑いをしながら煙を吐き出した。


「本当にありがとう」
「…礼なら、とわに言ってやって。オレを引っ張ってきたのは、アイツだから」
「ああ。……なあ、ともひろ」
「なんだ?」
「また前みたいに戻れるかな。……って、オレ、ずうずうしい?」
「……いいんじゃないの? とわもそれを望んでんだから」
「そういえば、赤ちゃん生まれたら一番に抱かせてとか、話してたよな? つうか、父親のオレより先にって、おかしくないか?」
「女ってわからないな。あれだけのことをされたくせに、どうして今更仲良くできるんだか」
「………ホントはわかってるくせに」
溜息混じりに呟いたオレに、タケルが笑った。
「裏切ったオレや、その原因になった彼女にとわがあんなふうに優しくできるのは、お前がいるからだろ?
辛い過去を笑顔に変えられるほど、今が幸せに満ちてるから。そんなふうにとわを幸せにしてやれた自分を誇っていいと思う。とわも、やっぱりいい女だって思ったよ」
「それはオレが一番良く知ってるよ」
「……のろけかよ」
苦笑したタケルにオレは笑った。



「じゃ、オレ。そろそろ中に戻るわ」
「ああ。オレも、もう一本吸ったら戻る」
二本目の煙草を口に咥えて、タケルに向かってひらひら手を振った。






「──────ともひろ」

会場に入る一歩手前、振り返ったタケルがオレを呼んだ。





「幸せにしてやって、とわのこと。誰よりも一番に幸せになる権利が、アイツにはあると思う」
「……当たり前だ。つうかそのセリフ、そっくりそのままお前に返すよ。なるんだろ? 父親に」



オレと目が合うと、ぱちぱち瞬きして、そしてゆっくりと笑顔を見せてくれた。
幸せそうな笑顔を見たら、ほんとに来てよかったと思う。


オレは煙草に火をつけたまま、体の向きを返して、外から会場を見渡した。
戻ってきたタケルを輪の中に迎えて、楽しそうに笑ってるオレの恋人。

──────『時間を重ねていろんなことがあったから。いろんな人に出会ったから、だから今の私があるんだって思うの。ともひろの隣で笑える今に辿りつくためには、タケルの存在も奏多の存在も、リオコさんも必要だったと思う。だから、すべてを否定しないで?』──────

横顔を見つめながら、彼女の言葉を思い出す。



逆境を乗り越えて、マイナスもプラスに変えられる。
本当にお前は、最高の女だよ。
オレには、もったいないぐらいに。
家に戻ったらうんと褒めて、うんと甘やかしてやりたい。













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↓お気に召したらぽちっとヨロシク。更新ペースが上がるかも…(笑)
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