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LoveLetter 3
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Love Letter 3   サイド*masiro

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広い通りに出てタクシーを捕まえて、ホテルに移動した。
フロントで荷物をお願いして、部屋へと上がる。
案内された部屋は、ふたりで使うにはもったいない広さで。
家具や調度品、照明に至るまで、しつらえの全てにこだわったデラックスルーム。
地上18階の大きな窓から見える夜景は、星屑を散りばめたみたいに綺麗だった。
「……こんな高そうな部屋、いいのかな…」
「いいんだよ。姉貴から俺たちに卒業祝いってことだから」
部屋は海月さんからの、卒業のお祝いのプレゼント。
嬉しいけど……。
ここまでグレードの高い部屋だと気を使う。
だって。
キッチンとか、部屋専用の露天風呂とかあるんだよ?
ダーツとか、Wiiとか、ボードゲームとか。
娯楽設備も充実していて、一晩じゃ使いこなせない。



さっそく部屋を探索していた蒼吾くんが、備え付けられた冷蔵庫を開けてやんちゃな笑顔を見せた。
「飲む?」
手にはビールの缶。
私は慌てて首を横に振る。
だって。
アルコールはまだ、味も楽しみ方もわからない。
「だよな? つか、酒がうまいと思えんし」
…そうなの?
てっきり、蒼吾くんは飲める人かと思ってた。
四国のおじいちゃん、強かったし。
日本酒とか、ぐいぐい飲んでたもん。
あの血を引いてれば、蒼吾くんもかなり強いはずだけど。
「まだ知らなくていい。どうせそのうち、嫌でも付き合わなきゃいけなくなるときが来るんだし。
それに今日は酒に潰れて大事な時間、台無しにしたくねえもん」
缶ビールをもとの場所にしまいながら、蒼吾くんが窮屈そうにネクタイを緩めた。
「あーッ、疲れた!!」
革靴を蹴飛ばして、そのまま勢いよくベッドにダイブ。
上質のスプリングが、蒼吾くんの大きな体を柔らかく跳ねさせた。
気を利かせてくれたのか、部屋はツインじゃなく、ダブル。
そういう関係なのがお見通しなのは、ちょっと恥ずかしい。



「蒼吾くん。ちゃんと脱いでからじゃないと、皺になっちゃうよ…」
「べつにいいよ。すぐにクリーニング出すし」
「でも……」
「ましろも靴、履き替えてこいよ。痛いんだろ?」

慣れないヒールは半日もしないうちに、私の両足に大きな水ぶくれを作った。
あまりの痛さに、ママに電話して履きなれたミュールを持ってきてもらったほど。
背伸びはダメだなぁ。
ぺったんこのスリッパに履き替えたらホッとした。
靴はやっぱりこうでなくちゃ。
キラキラをたくさん散りばめたストッキングも、ほんとはずっと気持ちが悪かった。
早く脱いで足を開放したいところだけど、蒼吾くんの前でそれはやめた。
お風呂はいるときにしよう。





「─────ましろ」

柔らかく呼ばれた気がして振り返ったら、蒼吾くんが笑ってた。
ベッドの上で胡坐をかいて、ぽんぽんって。
その隣を叩く。
甘い微笑みが私を誘う。
えーっと……。



「……先に、着替えてしまいたいんだけど……」

シフォン生地のワンピース型ドレスは皺になりやすい。
この日の為にママに頼み込んで高いドレスを買ってもらったから、大事にしたい。
「ダメ。今すぐ来て」
「今すぐって……」
「可愛いから脱ぐの禁止。つか、もっと近くで見せてよ。一日中バタバタしてて、俺ちゃんと見れてない」
困る、その顔。
ちょっと意地悪な、いたずらっ子の顔。
そんな顔でお願いされたら、NOなんて言えるはずがない。

おずおずと距離を寄せる。
すぐそばまで来たら、もどかしいといわんばかりに、蒼吾くんが私の腕を引っ張った。
優しいけど、少し強引に。
「わ…っ!」
身構えてなかった体は、ぽすんと蒼吾くんの腕の中に納まって。
そのままぎゅっと抱きしめられた。
子どもが母親に抱きつくみたいに、腰に腕を回して抱きついてくる。
短く立てた髪が顎に当たった。
汗かくと匂いがキツクなるからいやなんだ、って。
普段は何もつけてない髪が、今日は整髪料で整えられてる。
いつもと違う蒼吾くんの匂い。
礼服もネクタイも。
俺が着ると七五三みたいで笑っちゃうよな、なんて蒼吾くんは言ってたけど。
ちっともそんなことないの。
格好よくて、大人びて見えて……ドキドキする。


「……この服。いつ買ったの?」
蒼吾くんが下から見上げた。
「わりと…最近」
先週…だったかな。
「日下部と?」
「選びに行ったのは凪ちゃんとだけど、最終的にはママに見てもらったの。
……似合うかな?」
「うん。すげえ、可愛い。ましろに似合ってる。スカートがちょっと短すぎる気もするけど……今は俺しかいないから、それも良し」
「なにそれ…」
蒼吾くんが眩しそうに目を細めて、私の手を取った。
そのまま胸の高さまで持ち上げられて、社交ダンスでもするみたいにくるりと回された。
スカートがふわんと膨らんで、柔らかく落ちてくる。
「うん。やっぱ可愛い」
もう一度言われて、恥ずかしさに逃げたくなった。
誰よりも蒼吾くんに褒めてほしかった。
だけど、そうやって面と面を向かって何度も言われると。
嬉しさよりも恥ずかしさが勝ってしまう。
なんだか、私が言わせてるみたい。


「……もういい?」
「まだもう少し。脱ぐなら俺が脱がせたいし」
「やだ、そんなの。自分で脱ぐから」
真っ赤になって慌てた私を喉の奥で笑いながら、くるりと体勢を変えた。
視界が回転する。
今度は私を後ろから抱きしめて、蒼吾くんが首筋に顔を埋めた。



「……疲れた?」
「ううん。平気。すごく楽しかった」
蒼吾くんの親族は賑やかで、温かで、優しくて。
みんな大好き。
「久しぶりに四国のおじいちゃんとおばあちゃんにも会えて、嬉しかった。
次は蒼吾とましろちゃんの番ね、って言われたよ」
「俺も言われた。つうか、催促? 早くひ孫の顔が見たいとか、順番飛び越えてるだろ」
指が優しく髪を梳く。
くすぐったくて、でも気持ちいい。


「ふたりともましろのこと、気に入ってるからなぁ」
私も。
おじいちゃんもおばあちゃんも、大好きだよ。
「…でもさ。俺が葵よりも先に結婚したら、絶対、殺されると思わねえ? 
見たか? ブーケトス。普通、あれって友人だけだろ? 親族は遠慮するもんじゃね? なのに一番まん前陣取ってさ、必死の形相で花を奪い取って、どんだけ結婚願望高いんだよって俺、身内としてすげえ恥ずかしかった」
数時間前の葵さんを思い出して、私はくすくすと笑った。

「気迫に負けて……つうか、葵に遠慮して、誰もブーケ取れないし」
「でもね、そのブーケ、私がもらったんだよ?」
「…マジで?」
「うん。ずっと持ってたでしょ。あれがそう」

受け取ったままの形で、ブーケがテーブルの上に置かれてる。
あとでお水につけなくちゃ。



「あの花束、ブーケだったのか」
「私のために葵さん、一所懸命取ってくれたみたい」
「葵が人のために、ねぇ…」
「なんかみんな、いろいろ気を使ってくれてる」
優しさが温かくて、胸が痛くなる。





「そっか……」


おっきな手が髪をかきまぜたあと、そっと私の手を握った。
温かくて頼もしくて、優しい手。
あたしの指に絡んでくる指は、長くて、ゴツゴツしてて、骨ばってて。
たくさん豆が潰れた皮のぶ厚い手は決してキレイとはいえないけど、いつも私を包み込んでくれる優しい手。
その手をに握りしめると、胸が少し苦しくなる。


「……すごいね」
「うん?」
「夜景。星が地上にあるみたい」
「……気に入った?」
「もちろん。でも……、こういう人工的な夜景よりも、四国のおばあちゃんちで見た本物の星空の方が私は好きかな。すごいよね、あれ。星が降ってくるっていう感覚、初めて経験した。あの星空はどこにも負けないよ……」
「それ、ばあちゃん達に言ってやって。すげえ喜ぶから」
まるで自分が褒められたかのように、蒼吾くんが嬉しそうに顔をほころばせた。



「……また、行けるかな?」

河で遊んで、北村のお店のアイス食べて、縁側で花火するの。
今度は向日葵畑にも行ってみたいな。
「次行くときは水着、着てくれる?」
「えー…。考えとく」
「着てくれないなら、連れてかない」
蒼吾くんがそっぽを向いて、本気でむくれた。
ひどいなぁ、蒼吾くん。
あたしが泳げないの、知ってるくせに。

「だから教えてやるつってるじゃん」
「……やだ。蒼吾くん、スパルタっぽいもん」
「彼女には優しくします」
「ほんとう?」
「ああ。ホント。だから、今年の夏も行こう」
大人びた笑顔を見せて、蒼吾くんが手を出した。



「ゆびきり」

本当は指切りは小指同士で約束するものだけど。
蒼吾くんが差し出したのは、左手の薬指。
一瞬戸惑った私の手を取って、向かい合う。
真摯な瞳が、真っ直ぐに私を見つめた。


「─────約束する。今年だけじゃなくて、来年も再来年も。夏だけじゃなくて、ふたりで旅行とか楽しいこといっぱいしよう。……なっ?」

そう言って覗き込んだ蒼吾くんの笑顔が、あまりに優しくて。
薬指を絡めたら、泣いてしまった。
ずっと我慢していたものが、止らない。
今日は絶対、泣かないつもりだったのに。







「ごめ…んなさい、ごめ…っ、泣くつもりなんて、なかった、のに……っ」


ぬぐってもぬぐっても、それは止らなかった。
堰を切るように溢れた涙はこぼれて、ポロポロと頬を伝う。
声を殺して泣き始めた私を、蒼吾くんはしょうがねぇなぁって、ポンポンと頭を撫でてくれたあと。
今度は正面から、優しく抱きしめた。






「……なあ、ましろ。頑張らなくていいから。一緒にいる今から、我慢しなくていい。
もうお前、ずっと我慢してるだろ? そうさせてんの、俺だけど……お前がそういう顔してんの、辛いんだ。こっちのがどうにかなりそう」

そう言う蒼吾くんだって。
今日はいつも以上に、はしゃいで、テンション高くて、優しくて。
私が泣かないように、寂しくないように。
精一杯気を使ってくれてるの、ちゃんと知ってたよ?
だから私も応えたかった。
とびきりの笑顔を見せて、明日からはもう、この街にはいない蒼吾くんを。
ちゃんと笑って、送り出してあげたかった。



ぎゅっと抱きしめてくれる蒼吾くんの力強い腕。
人より少し高い体温。
ましろ、って鼓膜を響かせてくれる、優しく低い声。
明日からは、隣には、いない。







「……荷造り、できた?」


「昨日、全部送った。あとは身の回りのものと一緒に……オレが行けばいいだけ」






「そっか……」



それ以上は声にならなくて、私は顔を押し付けるみたいにして、蒼吾くんに抱きついた。
一緒にいるのに、寂しい。苦しい。




「たくさん泣かせると思う。勝手に決めてごめんな。
俺が進路を決めたとき、行って来いって、背中を押してくれて本当に嬉しかった。ましろが俺の彼女で本当によかった。
そばにいられなくてごめん。でもそのぶん、電話する。メールもする。休みが取れたら、会いに行くから─────」


ぎゅうっと、背筋が弓なりになるほど強く抱きしめられた。
語尾が掠れて歪んでる。
顔は私の髪に埋められて見えないけれど、泣いてるのかもしれなかった。
胸が破れそうになる。







「約束する。卒業したら絶対、園田のこと迎えに行くから。
4年間、待っててほしい」



蒼吾くんの腕の締め付けが強くなる。
息苦しいぐらいに抱きしめてくれる。
確かにここにいる、ここにある。
その現実が切なくて、苦しくて。
もう、涙が止らなかった。

明日は泣かないから。
笑顔で見送るから。
今日だけは蒼吾くんの胸で、泣かせて。








形に見える絆が欲しかった。
すがるものが欲しかった。
これから。
それぞれの道を歩むことになる私たちの未来に、確かな約束が。


ねえ、蒼吾くん。
その頃の私たちにとって、この恋が全てだった。
なんの疑いもなく、信じてた。
たとえ距離が遠く離れてたとしても、私たちふたりの絆は永遠なんだって。











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LoveLetter comments(15) -
LoveLetter 2
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Love Letter 2   サイド*masiro

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楽しく幸せな時間はあっという間に過ぎた。
「新居、近いから遊びに来てね」
手土産を渡しながら、海月さんが笑う。
「今度また、蒼吾くんと一緒におじゃまさせてください」
「…ええ。待ってるわ」
蒼吾くんのご両親と、四国のおばあちゃん達にも簡単なお礼と挨拶を済ませて帰ろうとすると、海月さんの旦那さんになった信吾さんが私達を呼び止めた。
「あれ。ふたりは二次会来ないの?」
「…あ。すみません。今日はもう」
断ると残念そうな顔をする。
「最後まで付き合えとは言わないから、少し顔を出さないか? ゆっくり話もしたいし…」
信吾さんは少し、酔っぱらってるらしかった。
断られたことに対して、強要する人じゃない。
新郎に用意されたお酌用のアルコールを捨てるバケツに、あまりお酒が入ってなかったって。
海月さんが心配してたのを思い出す。
そういえば信吾さん。
注がれたお酒には全部、律儀に付き合ってたっけ。
僕らのために祝ってくれた酒を捨てるなんて、幸せを捨てるみたいで嫌だ、って頬を紅く染めながら。
あまり強い方じゃないのになぁ、って苦笑いを浮かべる海月さんの顔は、でもそういうところが愛おしいんだってニュアンスを醸し出していて、ふたりの仲のよさを実感した。


「ごめんな、信にぃ。明日、早いんだ。また近いうちに顔出すよ」
「近いうちっていつだよ、蒼吾。明日か?」
「……なわけねぇだろ」
蒼吾くんがめんどくさそうに頭をかく。
面倒なことにつかまっちまった、そんな顔。
「遅くても、ゴールデンウイークまでには顔出すよ」
「えらく先じゃないか」
「俺も暇じゃねえから……」
「だったら、なおさら顔出して帰れよ。蒼吾がだめなら、ましろちゃんだけでもいいし…」
しつこく催促されて。
蒼吾くんの顔が少し、不機嫌になった。


「ましろだけとかって、それこそ無理だから。コイツ、人見知り激しいし」
「人見知りもなにも。知り合いだらけだろ?」
「コイツの知り合いはうちの身内だけ。だいたい、親族は二次会に来ねーし。ましろにとったら他人だらけじゃねーか」
「だったら蒼吾も…」
「だーかーらぁ、明日、早いから無理なんだって。寝坊とか、ありえねえから!」
蒼吾くんが私の背中を押した。
行こう、ってうながす。
いいの? 信吾さんこのままにしちゃっても…。
「水臭いこと言うなよ。僕はただ、今日の幸せを弟とその恋人と、分かち合いたいだけで…」
しゅんと、子どものように顔を伏せた信吾さんは、耳の後ろまで真っ赤だった。
熟れた林檎みたい。
そっか。
かなり酔っぱらってるんだ。
普段の真面目な信吾さんからは想像できない弱弱しい表情に、さすがの蒼吾くんも邪険にはできないと思ったのか。
帰りかけた足を止めた。
大きなため息を吐き出す。


「気持ちは嬉しいけど…。今日だけはマジでゴメン。また今度顔出すから」
それでも蒼吾くんの意志は強かった。
蒼吾くんがNOだと言えば、NO。
その頑固な性格は、信吾さんもちゃんとわかってるはずなのに、お酒が入ってるからてんでダメ。
なんだか気の毒になってくる。
「あの……、少しだけなら顔、出しましょうか? お酒は飲めないですけど」
思わずそう切り出したら、馬鹿っ、って小さく睨まれた。
だって…。
こんなに一生懸命なのに、断るのはなんだか申し訳なくて。
ちょっとだけなら…。

「ああ、もうっ、信吾さん?! なにやってるのよ、見苦しい! 絡まないでって言ってるでしょ」
別の招待客と話していた海月さんが戻ってきて、私たちの間に割り込んだ。
「また今度があるじゃない。蒼吾は私の弟なんだし」
「今度なんて言ってたら、いつ会えるかわからないじゃないか。だって蒼吾くんは」
「はいはい。わかってるなら、野暮なことはしないの!」
今のうちに行ってと海月さんが目配せをする。
「海月さん、私少しだったら……」
「いいの。気を使わないで。この人、酔っぱらってるだけだから。普段だったらこんな無茶は言わない。今日みたいな日にふたりを引き止めたなんて知ったら、あとで絶対後悔するから。信吾のためにも、行って」
「でも……」
「……今夜は蒼吾とお泊りでしょ?」
海月さんが私の耳元に顔を近づけて、嬉しそうに耳打ちした。
返事の代わりに、私の顔がみるみるうちに赤く染まる。
分かりやすくてイヤになる。


「ほら、蒼吾。さっさとましろちゃん、連れて帰って」
ぼやぼやしてたら本当に朝まで付き合わされるわよ?って、海月さんがちょっと意地悪に笑った。
「……サンキューな、姉貴。しばらく会えないけど…頑張れよ」
「そっちこそ」
「出戻ってくるんじゃねーぞ」
「アンタに言われたくなーい」
「……じゃあ、海月さん。今日はこれで」
私は深く頭を下げた。
「蒼吾。ましろちゃん、泣かすんじゃないわよ」
「そんなことしねえよ。バーカ!」
蒼吾くんは最後まで悪態ついて。
だけど海月さんに向けられた笑顔は、とっても柔らかであったかい。
親しい人にだけ向けられる、特別な顔。
お嫁に行っても、苗字が変わっても。
海月さんはこれからもずっと、蒼吾くんのお姉さんであることに変わりない。






クロークに預けておいた荷物を受け取って、式場を出る。
時刻は8時を回っていて、星はとっくに瞬き始めている。
3月といっても夜はまだ寒かった。
北風に肩をさすったら、蒼吾くんが首に巻いていたマフラーで冷えた体を包んでくれた。
あったかい。


「あーあ。信にぃ、もう姉貴に主導権握られてやんの。10も年上なのに、あれでいいんかね」
ふたりのやりとりを思い出しながら、蒼吾くんが肩をすくめる。
「主導権とかそういうの、どっちでもいいと思う。幸せそうだったから、ふたりとも」
幸せの形は、恋人の数だけ違うのよって。
いつか私が悩みを相談したとき、海月さんが教えてくれた。
背中を押してくれた。
あの時の言葉は、今でも私の心の根っこのところにちゃんと存在する。
「まあ、うちも父さんより母さんだったし。家族構成的にも圧倒的に女が多いから、夏木家はどうしても女が強くなるよな」
「蒼吾くんのお姉さん、私好きだよ?」
強くて、明るくて、優しくて、真っ直ぐで。
私もいつか、海月さんや葵さんみたく強くなりたい。
なれるかな?
聞いたら、蒼吾くんが苦い顔をした。 
「いや、そこ。見習わなくていいから。つか、あいつらを手本とか、絶対やめて」
心底嫌そうに顔を歪めた見せた蒼吾くんがおかしくって、また笑った。

自販機で飲み物をふたつ買って、そのうちの一本を蒼吾くんから受け取る。
熱くて甘いミルクティー。
口に含んだら、ホッと顔が緩んだ。
リングプルを開けながら、蒼吾くんが私を見下ろした。
「つか、ましろ。俺すげえ心配なんだけど」
「うん?」
「お前のお人よしなのと、流されやすいのと、人をすぐ信じる性格。いつかそれが裏目に出て、取り返しのつかないことになっちまうんじゃないかって、俺はすげえ心配で…」
「だけどやっぱり、人を疑うよりもまず信じたいから……」
思ったことを素直に口に出す。
蒼吾くんがじっと私を見つめて、大きなため息をついた。
「……ま、そういうところがましろなんだけど」
しょうがねぇよなぁって、ポンポンと頭を撫でて笑う。
ちょっと唇の端を持ち上げた微笑み。
じっと見つめられて、頬が熱くなるのを感じた。

「蒼吾くん、なんか保護者みたい」
「心配なんだよ、いろいろと。お前、危なっかしいから。ふわふわしてて、風船みたいだし。ちゃんと紐、つかまえてないと不安で。怖くて」
「間違ってたら、軌道修正してくれるんでしょ? 蒼吾くんが」
ずっと前に、そう言ってくれたよね?
「してやるけど。でもそれは、もしもの話で。やっぱり棘の道より、無難で安全な道を歩んで欲しいって思うだろ?」
「心配性だなぁ…」
「悪いか」
「悪くないよ。嬉しい…」
幸せを噛締めた横顔に、蒼吾くんの唇が優しく触れる。
空いた方の手をそっと握られた。



「……手、あったかいな」
「紅茶があったかいから」
「俺も、ぬくいやつにすればよかった」
「……寒いのにサイダーとか、ありえないよ」

蒼吾くんが買ったのは、冬なのに絵柄が夏仕様のサイダー。
寒くないのかな。
でもそれが、あまりに蒼吾くんらしくて、似合いすぎて、笑っちゃう。
「俺、珈琲とか紅茶とか、苦手なんだよ。どっちも独特な口に残るような苦味、つうの? あれがどうにも苦手でさ」
「私も珈琲はダメだけど……、紅茶は甘くておいしいよ?」
「それはましろの顔見てたらわかるけど」
また唇が軽く触れる。
今度は唇に。
「甘い。けど、苦い…!」
そんなの。
キスしたあとに、言わないでほしい。











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LoveLetter comments(8) -
LoveLetter 1
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Love Letter 1   サイド*masiro

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純白のドレスに、色鮮やかなブーケ。
真っ青な空から雪のように舞い落ちるのは、たくさんの幸せを散りばめた色。
私の瞳に映る世界は、虹色だった。









「……誰だ、あれ。別人なんだけど」
ボソリと聞えてきた言葉に私は隣を見上げて、思わず苦笑いをした。
「これなら姉貴でも出れるんじゃね? あの番組! ビフォーとアフターでこんなに違いますって、あれ。プロってホント、すげえな! 」
悪態ついたセリフが照れ隠しなのは知ってる。
眩しそうに、嬉しそうに。
目を細めた横顔が、言葉を裏切ってるから。


春、3月。
夏木家の一番上のお姉さんが結婚した。
私と蒼吾くんは18になって、ついこの間、高校を卒業したばかり。
それぞれが思い描く未来の地図を片手に、新しい第一歩を踏み出そうとする、そんな季節のハッピーなイベントは、私達にも幸せを運んでくれた。
胸がいっぱいになる。


「……海月さん、綺麗だね」
もともと綺麗な人ではあったけれど、この日の海月さんは私が知ってる彼女の中で一番綺麗だった。
マリアベールに包まれた横顔は、柔らかで優しくて、幸せが滲み出てる。
結婚したら、何かが変わるのかな?
ずーっと一緒にいられて、羨ましい………。
いつかは私も─────。
そんな未来を想像しながら隣を見上げたら、蒼吾くんと目が合った。
いつから見てたの?
なにか言いたげな瞳が、じっとこっちを見つめてくる。


「なに?」
「ましろは短いヤツだな」
「?」
「ウエディングドレス。ロングもいいけど……お前小ちゃいし、足がキレイだからミニ丈の方が似合いそう」
……珍しく真剣な顔してると思ったら。
そんなこと考えてたの?
「姉貴の他にも何組かすれ違っただろ? 花嫁見るたびにウエディングドレスつっても、いろんなのあるんだなぁとか考えててさ。ましろだったらこういうデザインが似合って、ベールは姉貴みたいなマリアベールじゃなくて、ふわっふわの柔らかいヤツで、ブーケは……とか、いろいろ考えてた。……俺、顔にやけてなかったか?」

嬉しいような恥ずかしいような、手に余る幸せがこそばがゆい。
照れ隠しに振り上げた手を蒼吾くんが捕まえて、そのまま強く引かれた。
蒼吾くんが私の耳元に唇を近づける。
ぐっと近づいた距離にトクンと鼓動が跳ねた。


「なあ、ましろ─────」

そっと。
蒼吾くんが耳打ちしてきた言葉に、ぶわっと顔が朱に染まるのが自分でも分かった。
そんな私を見て、蒼吾くんが大人びた笑顔を見せる。
最近の蒼吾くんは時々、こんな表情をする。
幼さの抜けた男の人の顔。
なんだか知らない人みたいで、ドキドキする。



「蒼吾、こっち来てー! シャッター押してよ」
「おう! 今行くー!」
ちょっと待ってて、って。
また大人びた顔をのぞかせて、蒼吾くんが呼ばれた方へ走ってく。
大きな背中を見送りながら、私は頬を両手で覆った。
顔のほてりが治まらない。
気を抜いたら涙が出てきそう。
だって、さっきの言葉は─────。


「ましろちゃん、蒼吾知らない?」
言葉の余韻にぼんやりしてたら、背後から声を掛けられた。
「……あ。
今、お母さんに呼ばれて、あっちでシャッター押してます」
「えー? こっちが先だって言ったのにー」
肝心なときに使えないヤツ、と。
拗ねたように頬を膨らませたのは夏木家の二番目のお姉さん、葵さん。
背中の大きく開いた紺碧のドレスを身に纏った彼女は、今日も一段と派手で艶やかで。
同姓から見ても魅力的なオーラに、つい見とれてしまう。
年はそんなに違わないのにな。
葵さんの隣に並ぶと、中学生のように見えてしまう自分か悲しい。
「……ましろちゃん?」
綺麗な横顔を見つめてると、視線に気づいた葵さんが私を振り返って、不思議そうな顔をした。
なに?
「顔、赤いけど…大丈夫? もうアルコールが回っちゃった?」
「…いえ」
アルコールは口にしてない。
「じゃあ、人に酔っちゃったのかな。今日は随分と多いから…」
親戚が多く、交友関係の広い夏木家の式は、招待客も多く賑やかだった。
海月さんが教えている空手道場のお弟子さんが招待されていたり、信吾さんの仕事関係の人もいっぱい来ていて、かなり大規模なお式。
ばやぼやしてると、人波に飲み込まれてしまう。
「こんなときに蒼吾はなにやってんのよ。のんきにシャッター押してる場合じゃないってば。ちょっと待ってて。あたし、呼んできてあげるから」
「い、いいです! 大丈夫ですから!」
慌てて引き止める。
だって。
顔が赤い原因はたぶん、アルコールでも人に酔ったのでもなく、蒼吾くんがあんなこと言うから─────。

しばらくして、葵さんに呼ばれた蒼吾くんがカメラ片手に戻ってくる。
心配そうな表情を浮かべて。
「人に酔ったって? ましろ。あっちの人の少ない方、行くか?」
優しく背中を押されて、私は慌てて首を振った。
「ち、違うの! 蒼吾くん。人に酔ったんじゃなくて」
「なに? ジュースとカクテル、間違えたとか?」
「お酒なんか飲んでないよ…」
「じゃあ腹いてーの? 気分悪い?」
蒼吾くんは物事にきっぱり白黒つけないと、納得できない性格。
理由がわからないから、しつこく聞いてくる。
たいした理由じゃないのに、そんなおおごとにされたら、ますます言いにくくなっちゃう。
「なんでもないの。体調が悪いとか、そういうのじゃないから。……ほら行って?」
お母さんが呼んでるよ。
背中を押そうとしたら、その手を取られた。
大きな背を折り曲げた蒼吾くんが、真面目な顔で覗き込む。
「ましろ。べつに俺が主役じゃねーから、抜けても平気なんだよ。気分悪いとかなら、医務室連れて行ってやるから、ちゃんと言って」
いつだって蒼吾くんは私を優先してくれる。
そういうとこ、大好きだけど。
心配性で、大事にされすぎるのは……ちょっと、困る。
「ましろ?」
ちゃんと納得できる理由を話さなきゃ、蒼吾くんは引きそうにない。

「だって、蒼吾くんがあんなこと言うから……」
葵さんに勘違いされて。
呼ばなくていいって言ったのに。
だから。
ああ。
言いたいことがめちゃくちゃだ。
「なんか俺、マズイこと言ったっけ?」
「だって……」
本気にしちゃうよ?



─────なあ、ましろ。いつか、オレの為に着て?


甘い囁きはいつまでも耳に残る。
嬉しくって、くすぐったくて、思い出すたびに私の頬を熱くする。
きょとん、と。
目を丸く見開いて私を見つめていた蒼吾くんが、目元を柔らかくした。





「ぶぁーか。 冗談でそんなこと言うか!」

照れ隠しに軽く私の頭を小突いて、満面の笑みをくれた。
なんでもないみたいに言うくせに、耳が真っ赤になってる。
そんな蒼吾くんを見てたら、胸の奥がきゅっとなる。
……ああダメ。
今日はいつも以上に涙腺がゆるくなってる。
油断してたら、簡単に泣きそうだ。
嬉しくて、でもどこか苦しくて。
涙をこらえて下を向いたら、蒼吾くんがそっと私の手を取った。




「一応、あれでも本気のプロポーズだから。いつか、返事……聞かせてくれる……?」


いつか、なんて。
待たなくてもいい。
本当は、今すぐにでもここからさらってほしいぐらいなのに─────。


耳届くか届かないかの小さな声は、いつも簡単に蒼吾くんの心に届いて。
あたしの心を柔らかく抱きしめてくれる。
彼はいつだってそうしてくれた。
だから、大好き。



「フラワーシャワーが始まるって! 行こう!」
人波が大きく動いた。
平均よりもずっと小さな私の身長は、人混みに紛れると簡単に隠れてしまう。
蒼吾くんが庇うように私の肩を抱いた。
髪をぐしゃぐしゃっとして、突然に私の瞳の奥を覗き込むように、体勢を低くした。
トン、と。
唇が触れたのは、ほんの一瞬で。
慌てた私が真っ赤になるよりも先に。





 「約束なっ」


真っ直ぐな瞳を細めて、清々しいほどに笑ってそう言った。












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