〜とわの彼方に*
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Story
*
一年目の結婚記念日に、約束をした。
「お祝いに、なにか記念に残るものを買いに行こう。なにが欲しいか、ゆっくり考えといて」
そう切り出した俺に考える間もなく。
「じゃあ、おそろいのものがいい」
無邪気に笑って、彼女がそう言った。
だからてっきり。
ペアリングとか、腕時計とか、ブレスレットとか。
そういう身につけるものを選びに、オシャレなショップめぐりをするもんだと思っていたのだが。
なんでどうして、ここなんだ?
アニバーサリー当日。
俺が連れて行かれたのは、ジュエリー店でもアクセサリー店でもない。
派手な広告。数字が陳列された値札。
どこよりもとにかく安い!のビラが店内にたくさん貼ってある賑やかな場所。
大型の家電販売店。
家電で欲しいものがあるなら、アニバーサリーのプレゼントとしてじゃなく、買っていいから。
言っても彼女は、どうしても記念品はそれがいいのと、譲らなかった。
「ねえ、今日は車はやめようよ」
家を出る前、そう言った彼女のために。
行きは電車とバスを乗り継いだ。
帰りは家まで歩くという。
まるでスキップでもするかのような軽い足取りで前を歩く彼女の右手には、店の紙袋。
ふわふわ宙を漂う銀色の風船も、店でもらった。
嬉しそうに口ずさむのは、さっきまでいた店内で流れていたCMソング。
「ね。せっかくだから、そこの公園でお昼して行こっか」
帰り道に見つけた緑豊かな公園を指差しながら笑顔を見せた。
公園前のベーカリーで昼飯を買った。
うちの近所にもあるこの店のベーグルサンドはうまい。
毎日食べても飽きないそれは、うちの朝食の食卓にもよくのぼる。
だけど。
いくらうまいからといって、出かけたこの日まで、食べなくてもいいのにと思う。
記念日なんだから。
立ち寄った公園のベンチでは、さっそくとわが家電メーカーの箱を開けていた。
頬をほころばせた嬉しそうな横顔は、家に帰るまで待ちきれない子どもみたいだ。
ずうずうしくも。
すぐ使いたいからと言って、店で充電までしてもらってきてる。
いつの間に。
「……なあ、とわ」
「なあに?」
「おそろいのものって言ったよな」
「うん、言ったー」
「それのどこがおそろい?」
ふたつならまだしも、買ったのはひとつ。
彼女の言うおそろいの意味が、俺にはいまいち理解できない。
「わからない?」
「わからないから聞いてる」
真面目な顔で聞き返したら、ちょっと考えるような間のあと。
「ずっと欲しかったんだよねー」
はぐらかすようにそう言った。
確かにそれは、うちにはないもの。
理由は俺が嫌うから。
でも、いずれは持ちたいとは考えていた。
だけどそれが、一年目のプレゼントじゃなくてもいいのに。
「それに。どうせ買うならもっとしっかりしたの、買えばよかっただろ」
「ううん。これがいいの。大きさや機能にこだわらず、携帯できるやつ」
ああいえば、こういう。
焼きたてのベーグルの入った袋は、開封されることのないまま、ベンチの上だ。
先に食べてもいいと言われたが、ひとりで食ったってうまくない。
俺は腹を据えて、待つことにした。
彼女は自分の手元に必死だ。
こうなると、今やってることが落ち着くまで、何を言っても取り合ってくれない。
集中しているときの彼女はストイックだ。
横やりを入れると、すごく怒るんだ。
過去にそれで彼女を怒らせた俺は、一週間、禁欲生活を強いられた経験がある。
あれはとわが、友達に教わったばかりのネイルを、自分に試していたときだ。
いつになく必死な横顔が可愛くて、ほんの意地悪のつもりで手を出したら、止らなくなって最後まで抱いてしまった。
作業を中断させたうえに、中途半端に乾きかけのネイルは形を成さないまま乾いてしまい。
おまけに、買い換えたばかりのラグをマニキュアで汚した。
とわが激怒したのは言うまでもない。
セックスはおろか、キスも抱きしめることさえ許してもらえなかった一週間。
あれはさすがに、キツかった。
苦い記憶に眉をしかめてため息をついた。
べつに急ぐ用もない。
せっかくの記念日にそれが原因で喧嘩するのもいやだ。
納得いくまでいじらせて、あとでゆっくり話を聞こう。
ベンチに深く腰掛けて、煙草をくわえた。
吐いた煙が緩やかに空に流れて、風に消えた。
久しぶりに天気のいい休日だった。
こんなにも澄んだ空を見上げるのは、何年ぶりだろう。
普段は何かと忙しく、空なんか見る暇もない。
とわと出かける休日は決まって雨ばかり。
晴天の休日なんて、本当に久しぶりだった。
こういう休日の過ごし方も悪くないと、流れる雲を見ながらぼんやりと思う。
「……ねえ、これってどうやるの?」
穏やかな時間の流れの気持ちよさに目を閉じていたら、くいと袖を引っ張られた。
どうやら、行き詰ったらしい。
人に頼るのを嫌う彼女は、自分が納得するまでとことんやらなきゃ気がすまない。
甘えてくれれば、何でもしてやるのに。
まあ。
そういう、自立したとこも好きなんだが。
「かして」
とわが数十分、にらめっこで格闘していたそれは。
俺の手によって、あっさり解決した。
「すごい、ともひろ。あたしぜんぜんわかんなかったのに」
「……機械音痴」
意地悪く笑ったら、怒った彼女が俺の右の横腹をグーでパンチ。
この、暴力女め。
手加減してるみたいだから、まあ痛くはなかったけど。
「ん」
もう使えるそれをとわに手渡す。
「初めてはとわが使いたいんだろ」
「うん。ていうか。最初はもう決めてるから」
とわが手を伸ばして、それを俺たちが座るベンチへと向けた。
俺の肩にもたれるように寄り添って、空へと高く掲げる。
「では。記念すべき第一枚を。ハイ、チーズ…!」
カシャッと。
軽快な音が響いて、シャッターが切られた。
とわが欲しがったのは、コンパクトサイズのデジタルカメラ。
写真嫌いな俺のせいで、うちにはちゃんとしたやつがない。
カメラを確認しながら、隣で嬉しそうな顔。
「満足したか?」
「うん! デジカメってやっぱり携帯のカメラとは違うね。シャッタースピードも速いし、色もきれい」
写真の出来具合に満足したあと、被写体になりそうなものを見つけてはシャッターを切り、その都度チェックを忘れない。
満足げな横顔に俺は声をかける。
「……なあ。やっぱりそれとはべつで、他にちゃんとしたもの買いに行こうか」
「え。なんで?」
とわが見ていた液晶画面から、驚いたように顔を上げる。
「デジカメもいいけど……もっと記念日らしい品物を」
「……どうしてわかんないかな」
呟いた横顔はふくれっ面。
どうも拗ねたらしい。
「だって、お前がおそろいがいいって言うから」
「ちゃんとおそろいじゃない。ほら、よく見てよ」
買ったばかりのデジカメを見ろと言わんばかりに突きつけた。
ったく。
なにがおそろいなんだか。
ため息混じりに、とわが今、撮ったばかりの写真をチェック。
公園前で買ったお気に入りのベーグルサンド。
ふたつ並んだ缶コーヒー。
一緒に見上げた空。雲。風。
はじめて、そのカメラで撮ったふたりの写真。
「─────ね、わかる? 幸せがおそろいでしょう?」
とわが嬉しそうに見せてくれたそれは、ふたりぶんの幸せを詰め込んだ何気ない日常の風景。
だけどそれは、今。
同じ時間を共通している俺たちふたりの幸せの証。
……ああ。
おそろいって、そういうことか。
「そういう瞬間をこれからはひとつひとつ、形に残して行きたかったの」
彼女らしい、ユニークでかわいい発想に、自然と笑みがこぼれる。
そういうプレゼントも悪くない。
「あ。今の、すごくいい顔!」
澄んだ空に響くのは、気持ちのいいシャッターの音。
2年目が始まる音。
FIN〜
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